風祭文庫・獣の館






「クリスマス奇譚」



作・風祭玲


Vol.358





「高橋君っ

 この間の報告書は上がっているの?」

「ちょっと、この伝票なによっ」

「ダメダメっ

 なに?この文章は!!

 やり直し!!」

「ここっ

 計算間違っているわよっ
 
 全部やり直し」

ざわめくオフィスの中で八重草美咲は一際声を張り上げる。

「よぅ、ぼろくそ言われたな」

美咲に散々罵声を浴びせられて肩を落としながら席に戻った部下に向かって

隣の課の同僚が声を掛けると、

「あーったく、やってられないよ」

部下はそう愚痴をこぼしながら書類を机の上に放り投げイスに座る。

そして、

「恋愛なんて眼中にない上昇志向のキャリア女ってこうも厄介とはなぁ」

と頭を掻きながらそうボヤくと、

「こらっ

 そこっ
 
 無駄話をしている暇があったら仕事をしなさい!!」

即座に美咲の怒号が上がった。

「だってさっ」

「ご愁傷様…」

部下と同僚はそう言うと手を上げ別れた。



それから数時間後…

多くの社員が帰宅し閑散としたオフィスで美咲は一人、

資料を片手にディスプレイに映し出されている見積書のチェックをしていた。

とその時、

彼女の携帯電話が鳴った。

「はいっ八重草です」

反射的に美咲が電話を取ると、

電話を掛けてきたのは美咲がつき合っていた男性・淳だった。

「なによっ、淳?

 何の用?」

電話相手が淳であること知った途端、美咲の態度が豹変する。

「あのねっ

 あたしは忙しいの?」

「え?クリスマス?」

「無理無理っ
 
 そんなノンビリ連休なんて休んでいる暇は無いわ」

「そーっ、クリスマスも正月もないわ、

 もぅ、こっちは忙しいんだからね。
 
 それと、こういう下らないことで電話を掛けてこないで頂戴」

美咲は一方的にそう言うと電話を切ってしまった。

「ふぅ」

電話を切った美咲は大きく深呼吸をして

「まったく、何を考えているのかしらっ

 クリスマスだから会おうってまったく
 
 あたしにはこの商談が第一なのっ」

そう呟くと、再び見積書に目を通し始めた。



カチャン

美咲が自宅のマンションに戻った時には既に日付が変わっていた。

都心からさほど離れていない高層マンション…

この最上階に美咲の部屋があった。

「はぁ…

 使えない部下を持つとこんなに大変だったとねぇ

 いっそ、あたしの課と並木課長の課と交換してくれないかなぁ」

そんな文句を言いながら美咲が郵便受けを覗いてみると、

カタン…

その中に洒落た包みに包まれた小さな包みが一つ入っている事に気がついた。

「ん?」

それに気づいた美咲が手に取ると、

包みの上に

「メリークリスマス」

と書かれた紙が貼られていた。

「誰からかしら?」

包みの差出人を確認しようと

エレベータに乗った美咲は包みをひっくり返したりしたが

しかし、包みには差出人を特定させる記載は何処にもなく、

ただ、包み紙のサンタクロースが笑顔で笑っているだけだった。

「気味悪いわねぇ」

そう思いながらも部屋に戻った美咲が包みを解くと、

包みの中の箱から出てきたのは一個の腕輪だった。

「なに?これ?」

首を捻りながら美咲は腕輪を手にとって眺める。

腕輪は木をくり抜いて作った物らしく、

素朴な印象を与え、

そして、その箱のなかには

「サンタより」

と書かれた紙が一枚入っていた。



「アイツめぇ」

その紙を握りつぶしながら美咲はこの包みの送り主が淳である事をさとると、

「まったく…

 手作りのプレゼント?
 
 今時流行らないってっ
 
 それに何よっ
 
 これでブレスレットのつもりなの?

 全く、あたしは昔のあたしじゃないんだからね。

 いつまでも子供じみた夢を追うなんて事は出来ないのよ」

と言って腕輪をゴミ箱めがけて放り投げようとしたとき、

スルッ

腕輪が美咲の手からすり抜けると、

パシッ!

っとその右手に填ってしまった。

「あれ?」

美咲は自分の右手首にしっかりと填ってしまった腕輪を見ると引っ張ってみたが、

しかし、

腕輪は美咲の腕にカッチリと填り外れることはなかった。

「なによこれぇ」

埒のあかない様子に文句を言いながら美咲は

ガンガン!!

とテーブルの角に腕輪を叩きつけていると、

「あっ(くらっ)」

突然、めまいを感じるとそのまま倒れてしまった。



「うっ

 う゛〜っ」

気がついた美咲が起きあがると、

既に夜は明け、朝日が部屋の中に射しこんでいた。

「あれ?

 何であたし…こんなところで寝ていたんだろう?」

ボサボサの髪を掻きながら寝ぼけ眼で部屋を見ながら、

直前の記憶を思い起し始めると、程なくして

「あっ!」

っと声を上げると大急ぎで自分の右手を見た。

すると、

「なに?」

手首に填っていた腕輪は消え失せ、

変わりに、

腕輪のあったところに黒褐色の毛がグルリと輪をかくように生えていた。

「なっなんなの?」

リング状の毛を見ながら美咲は驚いていると、

「あっ」

ふと、時計を見るなり声を上げた。

「なにっ?もぅこんな時間!!」

時計の針の角度に驚いた美咲は腕の毛のことはすっかり忘れ、

ビデオの早送りの様に支度を整えると、

飛び出すようにしてマンションを後にした。

しかし、

美咲が電車に飛び乗ったころから、

ジワッ

彼女の右腕に生えた毛は次第にその範囲を広げ始めていた。



結局、始業時間ぎりぎりの時間に美咲は自分の席に着いた。

「ふぅ」

席に座った途端、美咲は大きく息を吐くと、

「あれ?」

自分の両手の爪がすべてが黒く染まっていることに気がついた。

「やだ、どうしたのかしら?」

黒ずんだ爪を見ながら美咲がそう呟いていると、

始業を知らせるチャイムが鳴った。



「で、九重さん、

 この書類は○○物流さんの○課長に送ってね」

「はいっ」

美咲は出来上がった見積書の発送の段取りを九重美由紀をしていると、

「あれ?」

何かに気づいた美由紀が声を上げた。

「どうかした?」

即座に美咲が訳を尋ねると、

「はっはぁ

 あのぅ八重草課長…」

「なに?」

「その頭…どうかしたのですか?」

美由紀はそう言いながら美咲の頭を指さした。

「え?」

美咲は美由紀が指摘していることの意味が分からないで居ると、

「頭の両側に瘤が出来ているのですが…」

と美由紀は改めて指摘する。

「瘤?」

「はい…

 この辺に左右2つ…」

美由紀はそう言いながら自分の耳の少し上の所を押さえると、

「?」

美咲は美由紀に指摘された所を自分の両手で触った。

すると、

コリッ!!

美咲の頭の両側、ちょうど耳の上あたりに2つの瘤が盛り上がっていた。

「(あっ本当だ…)」

瘤の感触を確かめながら美咲はそう呟くと、

「頭どこかにぶつけられたのですか?」

と心配そうに美由紀が尋ねる。

「ううん…」

美由紀の質問に美咲は首を横に振ると、

「別に痛くはないし…

 そのうち、引っ込むでしょう」

と返事をすると、

「じゃぁよろしくね」

そう言って見積書を美由紀に手渡した。



やがて昼に近くなったとき、

ぐぅぅぅ〜っ

美咲のお腹が微かに鳴ると、

「はぁ、そろそろお昼か…さてもぅひと頑張り」

美咲は壁に掲げられている時計をチラリと見てそう思うと

明細書が映し出されているパソコンのディスプレイを見た。

そして、画面いっぱいに映し出されている明細書を閉じたとき、

パッ

壁紙に使っている草原の写真が映し出された。

と同時に、

『あぁ…この草…美味しそう…』

一瞬、美咲の心の中にそんな声が響き渡った。

「え?

 あっあたし、何を考えているのかしら」

美咲はディスプレイに映し出された草を

美味しそうと思ってしまったことを不思議に思った。



「あら?、八重草さん…ダイエットしているのですか?」

「え?」

お昼…

バイキング形式の社員食堂で食事をとっている美咲は不意にそう話しかけられた。

その声に美咲が振り向くと、

そこには美咲と同期入社のライバルである川上千種がトレイを持って立っていた。

「………」

やや露骨に美咲がイヤそうな顔をすると、

「サラダだけをそんなにこんもりと取ってきて、

 他が何も無いだなんて

 彼氏でも出来たのかしらね」

と千種はやや皮肉を込めてそう指摘をすると、

「あっ」

美咲は自分が持ってきたトレイに野菜サラダだけを山盛りにして居ることに気がついた。

「なんで…こんなに…」

山盛りの野菜サラダを美咲は呆然と見ていると、

『さぁ早く食べよう…』

と言う声が頭に響いた。

すると、

「うっうん…

 ちょっとね…」

美咲は千種にそう返事をすると、

野菜サラダをがっつくようにして食べ始めた。

しかし、野菜サラダはスグになくなると、

席を立ち、また野菜サラダを山盛りにして戻ってくる。

そして多くの社員が呆然と見守る中

美咲は4回往復をしてようやく席を立った。



パキッ

ミシッ

そんな音に美咲が気づいたのは午後のことだった。

「?

 何かしら?

 この音?」

そう思いながら美咲は周囲を見渡したが、

しかし、音源になるようなものは彼女の身の回りの何処にもなかった。



パキッ!!

何かが弾けるような音は確実に響き渡る。

「机の下?」

そう思いながら美咲が机の下覗こうとしたとき、

コツンッ

頭から生えた何かと机の端とが当たってしまった。

「え?

 なに?」

その感触に即座に美咲が頭を押さえると、

ニョキッ!!

「なに?」

美咲は自分の頭から突起物が生えていることにようやく気づいた。

ガタン!!

反射的に頭を押さえながら美咲が立ち上がると、

「は?」

作業中の部下達が一斉に美咲を見上げた。

しかし、美咲はそんな視線にはお構いなく

ダッとオフィスを飛び出してトイレへと駆け込むと、

洗面所の鏡に自分の姿を映し出した。

そして、鏡に映った自分の姿を見るなり、

「なっなっなにぃ!!」

美咲を目を丸くして驚いた。

ミシッ!!

そう美咲の頭の両側から焦げ茶色の角が5cmほど突き出し、

なおも徐々に成長をし続けてた。

「なっなによっ

 これぇ」

信じられないような表情をしながら美咲は頭から生えた角を引っ張ってみるが、

しかし、角は美咲の頭蓋骨から生えているのがビクともせず、

「とっ取れない!!

 なによこれぇ

 ほっ本物のつっ角ぉぉ?」

そう叫びながら驚く美咲が何気なく自分の手を見た途端、

「!!!」

朝には黒く染まっていた両手の爪がいまでは2倍ほどの大きさになり、

手の指もゴツゴツとした姿に変わっていた。

「いやぁぁぁぁぁ!!!」

それを見た美咲は悲鳴を上げると、

自分の席に掛け戻るなり、

「早退します!!」

と一言言うなりバックを片手に会社を飛び出してしまった。



タタンタタタタン

電車に揺られている間にも美咲を襲う変化は続き、

ミシミシ

ペキペキ

彼女の頭から生える角は徐々に大きさを増し、

また指の爪もゆっくりと大きくなっていた。

そして、脚の指からも爪が肥大化し始め、

キシキシ!!

美咲が履いている靴が悲鳴を上げ始めた。



カツカツカツ!!

マンションへと向かう美咲は必死だった。

「なんだ?」

「さぁ」

「なにかの罰ゲーム?」

道行く人は美咲を見ると皆興味本位で彼女を見た。

すでに美咲の角は10cmを越え、

さらに根本から別の角が生え始めていた。

その一方で、

美咲の喉元の皮膚が徐々に垂れ下がり始めていた。

ジワジワジワ

右手に生えた黒褐色の毛は既に美咲の右腕を覆い尽くし、

全身へと広がり始めていた。

そして、毛が広がって行くに連れ、

悪寒に似た感覚が美咲の身体を覆い尽くしていった。

「やっやだ

 なっなによこれぇ」

毛に覆われた手を見ると、

美咲の脚は次第に早くなるが、

しかし、

メキメキメキ!!

歩くごとに美咲の変身はスピードアップしていった。

「くはぁ!!」

徐々に息苦しくなっていくのを感じながら、

美咲はマンションにたどり着くと、

グリッ!!

手の半分を覆い尽くしている爪でエレベータの階数ボタンを押した。

「くっ」

バタンっ

動かなくなった指で悪戦苦闘しながら自分の部屋に美咲が飛び込むと、

ファサッ

美咲の手に生えた黒褐色の毛が伸び始めていた。



「くはぁはぁ」

ドサッ

服を着替えることなく美咲は床の上に倒れ込むと荒い息をする。

ミシミシミシ

バキバキバキ

まるで粘土細工のように美咲の身体は変形し、

そして、あるものへと姿を変えていった。

やがて、冬の短い日が沈む頃…

パキッ!!

美咲の頭の両側に生えた角は大きく成長をすると三つ又に枝分かれをし、

また、彼女の手は一度一つにまとまってしまった爪が2つに割れると蹄へと変化し、

その一方で動かなくなった指は徐々に短くそして手の中へと消えつつあった。

「(はぁ)いやぁいやぁ…」

弱々しく美咲はそう言いながら

ファサッ

服の間から生えそろった黒褐色毛を見せながら頭を振っていると、

ググググッ

彼女の鼻先が黒く染まると顔から突き出し始めた。

「うっうぇぇぇぇ」

次第に尖っていく口を感じながら美咲は狼狽えると、

「たっ助けてぇ…

 そうだ、淳ぃ」

美咲は淳のことを思い出すと這いずりながら電話を取ろうとした。

ところが、

「そっそんなぁ…」

蹄になってしまった美咲の手は電話を取るどころか、

物すら持てなくなっていた。

「いやぁぁぁぁぁ…

 誰か助けてぇ!!」

パニックに陥った美咲は助けを求めて立ち上がろうとしたが

しかし、

彼女が横になっている間に腰の形が変わり、

その為に両足だけでは立ち上がることは出来ず、

カッカッカッ

蹄を響かせながら、4つ脚で起きあがった。

そして、その際に

ビッ

ビリビリビリ!!

美咲が着ていたスカートスーツが大きな音を立てながら引き裂けると、

その中から見事に弛んだ首周りを覆う白毛と

身体を覆う黒褐色の毛とのコントラストが美しい美咲の身体が飛び出した。

「うっうっうっ

 なんで…

 一体、何が起きたの?」

4つ脚で起きあがった美咲は泣きながら部屋の中を歩き回っていた。

すると、じっと床を見ていた美咲の視界が徐々に正面をむき始め、

また、それと同時に彼女の上半身がゆっくりと高くなっていく、

「え?

 なに?」

次第にその姿勢が居ることが楽になっていく事に美咲は驚くと、

カツッ

カツッ

カツッ

蹄を響かせながら鏡台の鏡に自分の姿を映し出した。

「そっそんなぁ!!!」

そう鏡に映った美咲の姿は、

大きな角を振りかざし、

白と黒褐色の毛に覆われたトナカイになりかけている自分の姿だった。

「なっなんで…

 どうして」

信じられない物を見るような視線で美咲は鏡に映し出されてる自分の姿を見ていると、

クッ

クッ

美咲の視界がゆっくりと動きはじめ、

見えないはずの後ろ側の景色が見え始めてきた。

そして、鏡に映っている自分の顔も眼が両脇に移動していく様子が見て取れる。

「いやだ

 いやだ
 
 トナカイなんかになりたくないよ!!」

美咲はそう叫び声を上げるが

しかし、彼女の耳がピンと立つと

部屋の中に響く音が細かく聞こえ始めてきた。

「いや

 いや
 
 いや」

カツ

カツ

カツ

いつの間にか美咲はそう言いながら暗くなった部屋の中をグルグルを回っていた。

そして、ついに舌が変化してしまうと、

「クー

 クー」

美咲は言葉を失い、その口からは鳴き声しか響かなくなってしまった。

『(いやぁ

  あたし
  
  トナカイになっちゃったよぉ)』

部屋の中で美咲は声にならない声を上げていると、

シャンシャンシャン!!

空の向こうから鈴の音が響き始めた。

『(鈴?)』

その音に美咲は窓際に駆け寄って空を眺めると、

シャンシャンシャン

鈴の音を響かせながら、

多頭立てのトナカイを要したソリが美咲のマンションに向かって一直線に進んできた。

『(あっ

  まさか…
  
  サンタ?)』

その姿に美咲は驚いていると、

シャン

ソリは美咲の部屋の前で停止した。

そして、ソリの中から赤い服に身を包んだ太めの老人が姿を見せると、

「ほーほほほほほ、

 最後の一頭はここにおったか、
 
 探したぞ!!」

と言いながらベランダに降り立った。

『(そんな…

  サンタが本当にいただなんて…)』

トナカイの姿になってしまった美咲は驚くと同時に部屋の奥へと下がる。

すると、

カチャッ

鍵を掛けていたはずの窓が独りでに開くと

『さぁおいで、

 世界中の子供達が待っている。

 君は選ばれたんだよ』

とサンタはそう言いながら手を差し出した。

その途端、

『(あっ)』

ビッ

美咲の鼻に鼻輪が姿を現すと、

グググググ!!!

美咲はサンタの方へと引きづられていった。

『いや

 いや』

美咲は精一杯の抵抗をするが、

しかし、

『さぁいい子だ』

サンタはそういいながら美咲の身体にロープをかけると、

ソリを引くトナカイの隊列の中に美咲を繋いだ。

『さぁ世界中の子にプレゼントを!!』

サンタのかけ声と共に

ピシッ

ロープに力が入ると、

それを合図にして、

『行かなくちゃ…』

美咲はそう思うと前足を大きく蹴った。



おわり