風祭文庫・獣の館






「トゥシューズ」



作・風祭玲


Vol.227





「あれ?

 紫乃…どうしたのよっ

 そんなニコニコ顔しちゃって」

バレエ団の更衣室で水元悦子が隣で着替えている坂上紫乃の表情を見て訊ねると、

「えへへへ…知りたい?」

紫乃はもったいぶるような言い方で話しかけてきた。

「なっなによ、その言い方は」

普段とは違う彼女の態度に訝しげに悦子が聞き返すと、

「ジャーン」

と言いながら紫乃が袋から出したのは

淡いピンク色をしたサテン地のトゥシューズだった。

それを見た悦子は一瞬呆気にとられたが、

スグに、

「あっ、そっか!!

 紫乃、今日からトゥシューズのクラスになったんだね」

と喜びながら悦子は紫乃の手を握った。

「うん、そうなのよっ

 コレでアタシも悦子と一緒に踊れるわ」

「えっ?そっそぅ…」

そう言って喜ぶ紫乃のその台詞を聞いたとき、

悦子の表情が一瞬硬くなった。

「うん、悦子が応援してくれたんだもん、頑張らなくっちゃね」

と言う紫乃がそもそもバレエを始めたのは、

幼馴染みである悦子が子供の頃からバレエを習っていたのが切っ掛けだったが、

しかし、彼女の両親はバレエは経済的の余裕のある”お嬢様”がするものと決め込み、

バレエを習いたいという紫乃を教室へ連れて行くことはなかった。

そして、時が流れ、

就職し経済的余裕が生まれた紫乃がまず最初に始めたのは、

子供の頃のあこがれだったバレエを習うことだった。

無論、大人になってのバレエには抵抗があったモノの、

しかし、ずっとバレエを続けてきた悦子に相談したところ、

「別に大人も子供も関係ないわよ、

 要は本人のやる気ね」

の一言で悦子が通うバレエ団の教室の門を叩いたのであった。

しかし、

そのときの悦子にはある種の不安が頭をよぎっていた。

それは、紫乃の上達ぶりだった。

紫乃が自分のバレエ団の教室に来た頃は、

先輩である悦子は初心者の紫乃にあれこれアドバイスをしていたが、

しかし、まるで水を得たサカナのように上達をしていく紫乃の様子に

内心焦りを感じていたのであった。

「…紫乃があたしのライバルに…」

そう考えるだけでも悦子の心は大きく揺さぶられていた。

そして、それが、

「…けど…

 本当に紫乃って胸が大きいわねぇ」

とルンルン気分でレオタードに着替えている紫乃にそう言う台詞を言わせてしまった。

「なっなによっ、急に…」

悦子からその言葉を聞いた紫乃は驚きながら急いで胸を隠す。

一方、その様子を見ていた悦子の中に湧いたイジメ心からか、

「あたしなんか、子供の頃からずっとバレエ一筋だったから、

 ほら、胸が薄いこと薄いこと…」

と言いながら胸の膨らみが薄いことを手で強調した。

確かにハードなレッスンを続けてきた為に悦子の体脂肪は薄く、

胸の膨らみも申し訳程度にしかなかった。

紫乃はなかば羨望にも似た視線を感じながら、

「あたしはえっちゃんが羨ましいわ

 胸が大きいって言ったって、

 運動するには邪魔だし、
 
 肩は凝るし、良いコトなんて無いわよ

 もっとレッスンをしてえっちゃんみたいに胸を小さくしたいわ」

と言って黒のレオタードの襟口を肩の上に引き上げると、

「じゃぁ先行くね」

そう言い残してレッスン室へと向かっていった。

「ふん…ウシみたいな胸をしてよく言うわっ」

一人残った悦子は彼女の後ろ姿を眺めながらポツリと呟く。



程なくしてレオタードに着替え終わった悦子がレッスン室に入ると、

レッスン室の中央にレオタ姿の女性達が集まり

そして口々に

「うわぁぁぁ、坂上さん似合うわよぉ…」

「ホント…」

と言い合っていた。

「みんな…何しているの?」

後ろから近づいた悦子が訊ねると、

「あっ、水元さん…

 ちょっとちょっと」

と一人の女性が悦子に気が付く悦子の手を引き中へと引き込んでいた。

「なっなに?」

状況を理解できない悦子は困惑しながら輪の中に連れて行かれると、

「あっ、えっちゃんっ」

「紫乃…あなた、なんて格好をしているの?」

悦子の姿を見つけた紫乃が声をあげるのと同時に

悦子は紫乃の姿を見て驚いた。

「いやぁ…要らない衣装を整理していたら、

 コレが出てきてね、

 ちょっと坂上さんに試着してみて貰ったのよ」

と横から衣装係の担当が言うと、

「………」

悦子はやや複雑な表情で紫乃を見つめていた。

そう、紫乃がいま着ているのは

その昔、このバレエ団が海外のバレエ団との合同公演をしたときに作ったチュチュで、

公演後倉庫で眠っていたモノだった。

無論、折角作ったチュチュなので、

公演後、日本人バレリーナがこのチュチュを着てみたものの、

しかし、全体的なサイズが合わず、

それ以来使われずじまいに終わっていた。

「でも、いいわねぇ…

 コレを着られるなんて羨ましいわ」

そのときの様子を知っている団員が紫乃を眺めながらため息を付くと、

「そんな…」

紫乃ははにかみながらポアントで立たないモノの軽くピルエット風に回って見せた。

ムッ

その様子に悦子がカチンとくると、

パンパン

と手を叩き、

「さーさ、お遊びはココまで、

 みんなレッスン、レッスン!!」

と言いながらギャラリー達を散らせ、

そして、

「ほらっ、紫乃もそんなバレリーナ気取りをしていないの」

とややキツイ言い方をすると、

プッ!!

紫乃はむくれながら着ていたチュチュを脱ぎ始めた。

「どうしたのかしら水元さん…」

「機嫌が悪いみたいね」

そんな彼女の様子を見て皆が囁く、



「お疲れさまでした…」

レッスンが終わっても紫乃は一人居残ってポアントの練習を続けていた。

「じゃぁ坂上さん、

 戸締まり御願いね」

「はーぃ」

紫乃はそう返事をすると、

スクッ

っとポアントで身体をキープした。

「う〜ん、大体コツは掴めてきたわ…」

コッコッコッ

トゥシューズの音を立てながら紫乃はゆっくりとレッスン室の中を回り始めた。



一方、そんな彼女の様子を悦子は更衣室のドアの隙間から伺っていた。

「紫乃ったら、もぅポアントのコツを掴んだのね」

そう呟くと、

ギリギリ…

握りしめた手がかすかに震えだした。

「…まずい…このままでは…」

そう思ったとき、

『じゃぁどうする?』

と言う声が悦子の頭の中に響いた。

「え?」

その声に驚いた悦子が思わす振り向いたが、

しかし、

彼女の背後には誰も居なかった。

『ふふふふ…

 人間ごときにオレ様の姿は見えないよ』

と言う声が再び頭に響くと、

「だっ、誰よ…」

紫乃に気づかれないように悦子は小声を上げると、

『はははは…

 まぁ人間どもからは悪魔だとか鬼だとか言われている者だけどな』

と声は告げた。

「悪魔?…鬼?」

『そうさ、たったいま人間界に来たところでな、

 で、お前のその嫉妬心、

 なかなか気に入ったぞぉ、

 どうだ?

 人間界に来たご挨拶代わりにお前のその望み叶えてやろうか?』

と誘うように告げる。

「望み?」

悦子は悪魔と名乗る者の台詞の一部を悦子が繰り返すと、

『お前、アイツが邪魔なんだろう?

 消してやろうか?

 ア・イ・ツを…』

声はレッスン室でレッスンをしている紫乃に何かをするようなコトを告げた。

「そんな…

 あたしは…」

唐突な提案に悦子が首を振ると、

『良い物を見せてやろう…』

悪魔はそう言った途端、

パァァァ

周囲の景色が一変すると、

『…うわぁぁぁ、スゴイ、

 坂上さん、オデットよ!!』

と言う声と共にはにかむ紫乃の姿と、

紫乃の影でがっくりと頭を垂れている悦子の姿もあった。

「…これは…」

意外な光景に悦子が驚くと、

『半年後の景色さ…

 どうやら、あの娘はお前に勝ったようだな』

悪魔の声がそう言うと、

「そんな………」

悦子は衝撃を受けた。

「…そんな

 …紫乃がオデットに抜擢?

 そんなことはあり得ないわ…

 …でも

 …でも、いまの紫乃の上達ぶりでは…

 あり得るかも…」

悦子がそう考え始めたとき、

『…ククク…

 あの娘…

 お前にとっては邪魔だよな』

確かめるようにして声が響く、

「邪魔……

 紫乃は…あたしからバレエを奪う…」

『そうさ、お前から何もかにも奪ってしまうぞ、

 あの女は…』

「紫乃は…邪魔…居なくなって…でも」

悪魔の声に誘導されながらも、

しかし、悦子は決断できなかった。

『なるほど…

 じゃぁ、アイツがバレエが出来ないようにするのはどうだ?』

そんな悦子の様子に悪魔が提案すると、

「バレエが出来ない?」

悦子は顔を上げて聞き返した。

『そうさ、バレエが出来なくなる。

 これならお前も後味が良いんじゃないか?』

と言う悪魔の提案に、

「紫乃がバレエを諦める…

 確かにそれなら…」

ついに悦子の心は決まった。

『どうする?』

確かめるように悪魔の声は囁いた。

すると、

「いいわっ、御願いするわ」

悦子はそう言った。

『よし、では契約成立…』

悪魔の声がそう響いた。



「あたしは犬…」

そのとき、紫乃はポアントを穿くときに教えられたことを思い出していた。

そう、ポアントの基本は犬にある。

これは四つ足動物はつま先で立っていると言うことの比喩なのだが、

紫乃は犬の姿を思い浮かべる、

「………」

しかし、そんな彼女の頭の中に浮かんできたのは、

白い毛に覆われた巨体に黒斑の斑模様、

そして、タップンっと揺れるボールのような乳房を持つウシだった。

「ンモー」

草をハミながら鳴き声を上げるウシの姿が脳裏一杯に広がると、

紫乃はムッとした表情になり、

「なんで…ウシが出てくるのよっ!!

 あたしが想像したいのは可愛い子犬なんだから!!」

と小声で文句を言った。

そのとき、

『お前はウシになりたいのか』

と言う声が響き渡った。

「え?」

思わず紫乃が驚きの声を上げた途端、

ガクン!!

「あっ?」

脚の力が突然抜けると、

ドサッ!!

「きゃっ」

軽い悲鳴を上げながら紫乃は床の上に倒れた。

「いたぁい」

と言いながら自分の脚を見た紫乃の目に写ったのは

ミシ…ミシ…ミシ…

徐々に形を変えていく自分の足だった。

「え?なにこれ?」

目を丸くして紫乃は自分の脚の変化を眺めていたが、

メリメリメリ!!

ビシ!!

と言う音と共に脚のトゥシューズがはじけ飛ぶと、

ゴリッ

2つに割れた黒い蹄が姿を現した。

「きゃぁぁぁぁ!!」

それを見た紫乃は悲鳴を上げたが、

しかし、誰も居ないレッスン室に飛び込んでくる人は居なかった。

「…たっ助けてぇ!!」

助けを呼びながら紫乃はレッスン室を這いずっていく、

ミシミシミシ

脚の筋の付き方が代わり、筋肉が張り出していく、

そして、

さらに体中からわき出すように獣毛が生え出した。

ゴキゴキゴキ!!

「あぁぁぁぁ…」

胴が長く伸びていくと、

胸の大きな乳房が消え、

代わりに下腹部に新しい膨らみが姿を現し始めた。

キシキシキシ…

着ていたレオタードは繊維が伸びきり悲鳴を上げ始める。

「だっ誰かぁ…」

姿を変えながらも紫乃は必死になって助けを求めているが、

しかし、獣毛に覆われた手が一瞬膨らむと、

ブチ!!

と言う音と共に手がはじけ飛び、

そして中から黒い蹄が飛び出した。

カツン!!

カツン!!

紫乃は手足の蹄を鳴らしながらも必死になって立ち上がろうとするが、

しかし、それは4本の脚で立ち上がろうとするウシの姿に他ならなかった。

モリモリ!!

ググググ…

突如、腰の後ろが盛り上がっていくと、

ビシッ

レオタードを引き裂いて先に房が付いた肉の鞭・尾が飛び出した。

「んもぉ…」

「んもぉ」

口の形が変わり紫乃は盛んにウシの鳴き声を発する。

メキメキメキ!!

ついに頭の両側から角が生えると

ビリビリビリ!!

着ていたレオタードとタイツを引き裂いて

その下から白毛に黒毛が斑模様をつくる身体が姿を現した。

そう、紫乃はもはや人ではなくウシと化してしまっていた。



ガチャッ

ドアを開き、更衣室から悦子が顔を出すと、

ンモー

引き裂けたレオタードが散らばるレッスン室に1頭のウシが鳴き声を上げていた。

「……これが、あの紫乃?」

ウシを目の前にして悦子が信じられない顔をすると、

『そうだ、お前が望んだことだ』

悪魔の声が響いた。

「そんな…あたしは…」

ンモー

悦子はそのことに驚きながらも鳴き声を上げるウシを眺めていた。

そして、その表情が徐々に変わっていくと、

「……ふふ…

 紫乃…

 無様な姿なっちゃって…

 もぅあなたは一生ウシでいなさいね」

と笑みを浮かべながらウシとなった紫乃の頭を撫でていた。



それから半年後…

悦子は黒いチュチュを身にまとっていた。

そう悦子は白鳥姫・オデットは逃したものの、

黒鳥姫・オディールに抜擢されていたのだった。

「……残念だったね、水元さん」

一人がメイクの状態を点検している悦子に声をかける、

「なにが?」

鏡を見ながら悦子が訊ねると、

「だって、あの坂上さんがもしも居てくれたら、

 この公演は競演できたでしょうに…」

と残念そうな顔をして言った。

「そうね…紫乃が居てくれたらねぇ…」

悦子も残念そうな表情をしてそう言うと、

「でも、辞めちゃった人のことは何時までも言わないものよ」

と微笑みながら彼女に言った。

そうウシになってしまった紫乃は牧場へと引き取られ、

バレエ団には事情があって辞める。と悦子が知らせたのであった。

「そろそろ時間です」

開演を告げに着たスタッフの声に、

「さぁてでは行きましょうか」

メイクの点検が終わった悦子がそう言いながら立ち上がったとき、

ブチッ!!

と言う音を立てて、彼女が穿いていたトゥシューズの紐が切れてしまった。

「なっ、縁起の悪い」

それを見た悦子が文句を言いながら脱ぎ捨てると、

自分のバックの中から別のトゥシューズを探し始めた。

「あれぇ…無い…」

持ってきたはずの換えのトゥシューズがなかなか見つからず、

悦子の表情に焦りが出てくる。

「じゃぁ先行っているね」

そう言ってメンバー達は次々と席を立っていく、

「もぅ…何処に行っちゃたのかしら…」

鞄をひっくり返すようにして探し回っていると、

『コレを穿きなさい』

と言う声と共に一足のトゥシューズが差し出された。

「ありがとう…」

悦子がそう言ってそのトゥシューズを受け取ったとき、

「え?何?、この色」

と声を上げた。

そう、悦子が受け取ったトゥシューズは真っ黒な色をしていたのであった。

「だれよぉ…こんなのよこしたのは」

顔を上げて文句を言ったが控え室には悦子一人しか残っていなかった。

「あれ?…」

不思議そうに辺りを見回していると、

「水元さん…早く!!」

悦子をせかす声が外から響いた。

「はーぃ」

悦子はそう返事をすると黒のトゥシューズに脚を通した。



開演…

第一幕に出るメンバーが一斉に飛び出していく、

そしてその横で悦子は柔軟運動をして自分の番が来るのを待っていた。

キラリ…

そんな悦子の足下を黒いトゥシューズが光る。

『ふふふふ…

 水元悦子…

 契約に基づいてお前をいただく』

悪魔の声が響いたが、

しかし、舞台を前にした悦子に耳にはその声は届かなかった。

そうしているウチに第二幕となり、

悦子はスポットライトを浴びながら舞台の上に飛び出すと、

快活で裏の秘め事を持つ偽物の姫を演じた。

しかし、悦子が舞台に飛び出してスグに異変が彼女を襲いはじめた。

ミシミシミシ…

悦子が穿いている黒いトゥシューズの表面から布地の反射が無くなると、

ゴリィっ

シューズの先が二つに割れ蹄のように変化し始めた。

そして、それを見ていた観客の一人が隣に声を掛けた。

「なぁ…おいっ

 あのオディールの足、おかしくないか?」

「えぇ?…

 あっそう言えば」

その声は漣のようにゆっくりと観客席内に波紋を広げていく、

ザワザワ…

彼らにはちょうど悦子が履いている黒のトゥシューズがゆっくりと形を変え、

そして程なくして2つに割れた蹄と化していく様子が見えていたのであった。

カツン!

カツン!!

踊ることに夢中で未だ自分の足の変化に気が付かない悦子は

蹄を鳴らしながら舞い続ける。

しかし、彼女の変化は舞台袖で待機している団員達も気づき始めた。

「ねぇ…水元さんの足…おかしくない?」

一人がそう指摘すると、

「本当だ…なにかしら…あれ」

他の団員達も目を細めて悦子の足に注視しはじめた。

そのころ、悦子の身体の変化は徐々にスピードを上げていた。

ジワジワ…

蹄がと化してしまった足先に続き、

白のバレエタイツに覆われている脚から白い獣毛が生え始めた。

そして、獣毛に覆われた脚はゆっくりとその形を変えていく、

「あれ?

 脚が…」

そのときようやく悦子は身体の異変に気が付いたが、

しかし場面はオディールの見せ所である

あの36回のグラン・フィッテに差し掛かろうとしていた。

ミシミシミシ…

悦子の胴が少しずつ伸び始めチュチュに張りが出てくる。

そして、

ムリムリ…

と下腹部が膨らみ始め出した。

ジャーン…

演奏が変わると悦子は蹄と化した足先を軸に勢いよくフィッテを回り始めた。

1回転…

2回転…

くるくると回る悦子の身体はその時を待っていたかのように変化のスピードを上げていく、

ミシミシミシ…

ゴリッ!!

骨格が変化していくとそれに併せて筋肉や筋の形が変わっていく、

5回転…

6回転…

モリッ!!

引っ詰めのシニョンスタイルにまとめた髪の中から小さな角が顔を出すと、

メリメリメリ!!

と成長し始めた。

「…なに?、

 この感覚…
 
 あぁ…あたし…
 
 なんだろう…
 
 あたし…もぅ…
 
 もぅ…」

フィッテをしながら悦子は

いつの間にか自分の身体が別のモノへと変化していく快感に酔いしれていた。

10回転…

11回転…

ミシミシミシ…ブチッ!!

身体の変化に付いていけなくなったチュチュのホックが弾け飛ぶと、

フサァ

開いた背筋からいつの間にかびっしりと生えそろっていた白と黒の毛が顔を覗かせる。

16回転…

17回転…

ミリミリ…

悦子の両耳は大きくそして垂れてくると回る勢いに靡き、

下腹部で膨らみ続けていた膨らみからは4つの突起が成長をし始めた。

20回転…

21回転…

グググ…

手のひらが大きく膨れていくと、

ベリッ!!

ついに指が剥がれ落ち、その跡には黒い蹄が顔を出した。

「あぁ…(もぅ)…あたしは…(もぅ)」

26回転…

27回転…

ベキベキベキ!!

頭の両脇に生えた角は大きく発達し、

グフッ!!

内臓が変化すると、

胃の中にあった内容物が口の中に逆流して来た。

31回転…

32回転…

「モゥ…

 モゥ…」

鼻腔が突きだしてくると悦子の顔の形は変化し、

そして、口からは盛んに牛の鳴き声を発し始めていた。

ビシッ

毛が次々と抜け落ちると止めていた髪留めが外れ、

髪飾りが床の上を勢いよく転がっていく、

「………」

ざわついていた観客達は皆黙りこくり、

また舞台上の団員達も呆気にとられながら悦子の姿を眺めていた。

そう、すでに悦子の変身は誰が見てもハッキリと判るようになっていた。

ヨロヨロ…

悦子の回転力は徐々に落ちはじめる。

35回転…

36回転…

ついに悦子は36回のグラン・フィッテを回りきった。

しかし、皆が目撃したのは、

拍手などではなく、

ビリビリビリビリ!!

「モォォォォォォォ!!」

劇場内に響き渡るチュチュの引き裂ける音と共に響いた、

ウシの雄叫びであった。



『クハハハハ…

 この間のお代をしかと頂いた。

 それだけ乳がでかければさぞかしミルクが出るだろう』

騒然とする劇場内に悪魔の声が劇場内に響き渡った。



おわり