風祭文庫・獣の館






「願い事」



作・風祭玲


Vol.198





「はぁ……」

初秋の夕方、学校帰りの佐々木千里は大きくため息を吐いた。

「どうしたの?、ため息なんて吐いて」

隣を歩く西島明子が千里のため息に気づくと声をかけた。

「………明子は良いわよねぇ…」

ジロっ

っと千里は視線を明子に送るとそう呟いた。

「なによぉ、その言いぐさは…」

千里の態度にムッとした明子が文句を言うと、

「ちょちょっとぉ…

 雰囲気悪いわよ」

やや険悪な雰囲気に佐藤美佐子が仲裁に入り、

「らしくないわよ、千里」

と言った。

すると、

「(はぁ)……今度の日曜…体育祭でしょう」

と千里が言った途端。

「あっ、悪い悪い!!

 千里って体育祭だいっ嫌いだっけ」
 
と思いついたように明子が声を上げた。

そう、千里達が通う女子高の体育祭は間近に迫っていたのであった。

「千里…脚遅いもんね…」

美佐子がシミジミと言うと、

「悪かったわね」

ムッとした千里はプイッと横を向いてふくれた。

「まぁまぁ…

 あっそうだ、神社に行ってみないか?」
 
そう明子が言うと、

「神社?」

千里と美佐子が聞き返した。

「ちょっと離れているけど、

 お参りをすれば足が速くなると言う神社を知っているんだ」

と明子が言った。



「ふぅ〜ん、ここ?」

電車を乗り継いでようやく神社に来たときは、

日も暮れかかっていた。

「千里ぉ…何しているの?

 先行くよ」

「あんっ待ってよぉ」

そう言いながら3人が社に続く階段を上っていった。

そして階段を上がりながら、

「さすがに日が短くなったね…」

「うん、お彼岸を過ぎるとね…」

「空が高いわ…」

「天高く馬肥える秋とはよく言ったものだ」

「あたしそれを聞くと大きなウマのケツを連想しちゃう」

「もぅ!!」

そんな話をしているウチに千里達は社の前に立っていた。

「じゃっ、まずはお賽銭を上げて」

パンパン!!

と3人が柏手を打つと、

「どうか、足が速くなりますように」

と千里は願いを言ったが、

他の二人はというと、

「千里がウマ並になりますように」

とか

「ちーちゃんがウマになれますように」

と言った願い事を口ずさんでいた。

「あんたらねぇ…」

それを横で聞いていた千里が迫ると、

「あはは…ごめんごめん」

明子は頭をかきながら謝った。

「ところで、ここのご神体って何なの?」

と美佐子が訊ねると、

「あぁ、ここの御神体はウマだという話だよ」

明子はあっけらかんと答えた。

「ウマ?」

驚いた口調で千里が聞き返すと、

「なんでも、大昔、平のナントカと言うサムライが戦で犠牲になった

 ウマを弔ったのが始まりだとか…

 だからこの神社の裏手には奉納されたウマの蹄鉄なんかの塚があるって話だけど」

そう言いながら明子が神社の裏手に回ると、

「あぁ、あったあった」

と声を上げた。

「うわぁぁ…これのこと?」

明子の声に神社の裏に回った千里達が見たものは

おびただしく積み上げられた鉄くずの山だった。

「ウマの蹄鉄よ」

それを見ながら美佐子が答えると、

「ふぅぅん…」

そう言って千里が蹄鉄の山に一歩近づいたとき、

「あいたっ!!」

突然千里が悲鳴をあげると飛び上がった。

「どうしたの?」

「いたた…何か釘を踏んだみたい…」

そう言いながら千里が足を上げると、

彼女が履いていた靴底には、

ブスリ

と釘のような物体が突き刺さり、

足を突き抜た釘の先が表側に顔をのぞかせていた。

「うわぁぁぁ痛そう…」

美佐子がいかにも痛そうな表情をして言うと、

「ばちが当たったのね」

と明子言う。

「ちょっとぉ…他に何か慰めの言葉は出ないの?」

痛みを我慢しながら千里が文句を言うと、

「とっとにかく、社務所で手当てしてもらおう」

と美佐子が言うと千里の肩を担ぎ上げた。



「すみませーん…友達が怪我をしちゃって」

美佐子の声に応対に出た社務所の職員は、

事情を知ったとたん恐縮しスグに手当ての場所を貸してくれた。

ところが、

「あれ?」

応急処置をしようと千里の右足を見てみると、

彼女の足を突き刺していたはずの釘は何時の間にか消え、

また靴下を取って足を見てみると、

その部分が虫に刺されたように小さく腫れ血がうっすらとにじみ出ていた。

「なにこれ?」

美佐子が不思議そうに眺めると、

「ねぇ、いまでも痛い?」

そう瞳が訊ねると、

「…痛いんだけど

 …それが…なんか時間が過ぎるにつれて小さくなっているの」

と千里は答えた。



翌朝…

ズキン…

「うっうん…」

右足を走った軽い痛みに千里は目を覚ますと、

ムズムズ…

右足を覆うような言い様も無いムズ痒さに気が付いた、

「?」

そして、反射的に左足で右足を掻き始めると、

「!!」

何かに気づいた千里は

ガバッ!!

っと起き上がると、夢中でパジャマの裾をめくり上げた。

そして、

「う…そ…」

と自分の右脚を見て驚愕した。

フサァ…

そう千里の右足の膝より下が栗毛色の毛にすっぽりと覆われ、

朝日を受けてキラキラと輝いていた。

「なっなによこれぇ」

フサフサ

と生えそろった毛を眺めた千里は慌ててバスルームに飛び込むと、

「なにか変な病気になったのかな…」

そう思いながら脱毛クリームとカミソリを片手に大急ぎで毛をそり落とし始めた。

「ふぅ…」

やっとの思いで栗毛色の毛をすべてそり落とし、

ようやく顔をのぞかせたスベスベの肌を眺めていると、

「あっ時間時間!!」

千里は登校までの時間があまり無いことに気づくと、

大急ぎで朝食を済ませると飛び出していった。



「おはよう、千里」

登校途中で美佐子と出会うと、

「昨日の怪我…大丈夫だった?」

と彼女は千里の怪我のことを訊ねると、

「うん、昨日の夜には傷は消えていたよ」

千里はそう答えると右足をやや高めに上げて美佐子に見せた。

「でも…変よねぇ…

 昨日見たときには痛そうなくらいに刺さっていたのに…」
 
思案顔で美佐子が言うと、

「それで…ね」

千里は今朝方脚に生えた毛について言おうとして喉元まででかかったが

しかし、それは飲み込んでしまった。

その一方で、

たまたま傍を通りかかった空き地に生えていた野草が目に飛び込んでくると、

ゴクリ…

千里がそれが無性に食べたくなり喉を鳴らしてしまった。

ブンブン!!

慌ててそれを否定するように千里が頭を振ると、

「どうしたの?」

美佐子が覗き込むようにして尋ねてきた。

「…え?

 うっうぅん…なんでもないなんでもない…」

取り繕うようにして千里が答えると、

「?」

首を傾げながら美佐子は

「そう…」

と返事をすると歩き始めた。

「どうしちゃったのかな…あたし…

 あんな物が食べたくなるなんて」

横目で雑草を眺めながら千里は学校へと急いだ。



昼休み…

「…それでねぇ…」

瞳や美佐子達とお弁当を食べ始めた千里だったが、

なぜが食事が喉を通らなかった。

「どうしたの?

 さっきからぜんぜん箸が進んでいないじゃない」

その様子を見た瞳が指摘すると、

「うっ、うん…何か食欲が無くて」

千里はそう答えるが、しかし、彼女のお腹はさっきから

グーグー

と鳴っていたのであった。

「…お腹はこんなに空いているのに、

 ぜんぜん食欲が湧いてこない」

弁当箱を眺めながら千里が呟くと、

スクッ

と立ち上がった。

「どうしたの?」

美佐子が訊ねると

「うっ、うん、ちょっと水を飲んでくる」

そう言い残して千里が教室を飛び出すと表に飛び出した。

校庭ではバレーに興じる者や、

木陰で本を読んでいる者などめいめい気ままに昼休みを過ごしているのだが、

その中を千里は歩いていくとふと校庭の片隅に生い茂る雑草が目に入った。

「…食べたい…」

ゴクリ…

それを見た千里は無性にその雑草を食べたくなった。

キョロキョロ

千里は周囲を確かめて人目が無いことを確認すると、

ザッ…

草の中に分け入り、

そして無意識に四つんばになると、

そっと口を草に近づけていった。

ぷ〜ん…

草の香りが彼女の鼻をくすぐる。

いつもなら吐き気をもよおしそうなその臭いが千里の食欲をさらに刺激した。

バクリ…

千里は大きく口を開けると、目の前の草を噛み千切った。

ムシャムシャ

彼女の口の中を草特有の青臭い香りが満ちあふれていったが、

「美味しい…」

千里はそう感じると次々と草を食み始めた。

「…知らなかった…草がこんなに美味しかっただなんて…」

雑草を噛みながら千里はそう思っていた。

しかし、

ジワッ…

千里の首筋からやや黒味がかった毛が伸び始めたことに

彼女は気づいていなかった。



キンコーン!!

予鈴のチャイムが鳴ると

「あっいっけなーぃ…

 つい食べるのに夢中になっていたわ」

顔を上げた千里はそう言うとそそくさと立ち去っていった。

その一方で彼女が立ち去った後にはきれいに雑草が消えていた。

「あれ?、昼寝でもしていたの?」

教室に戻ってきた千里に美佐子がそう声をかけると、

「いや、草の匂いがするからさ」

と続けた。

「うん、まぁね」

草を食べていたとは言えずに千里は体操着が入った袋を取ると

「じゃぁいこうか!!」

と言って美佐子達と共に更衣室へと向かっていった。



「今日は何をやるの?」

更衣室で着替えながら美佐子が体育委員に訊ねると、

「体育祭が近いからその予行も兼ねて200m走をするってさ」

と校章の入った白いシャツを被りながら答えた。

「…うぅイヤだなぁ…」

それを聞いた千里はブルマを穿きながら呟くと、

「ボヤかないボヤかない」

明子が千里の肩を叩いた。

そのとき

「あれ??」

明子は千里の肩が微妙に変化していることに気づいた。

「どうしたの?」

明子の様子に千里が訊ねると、

「うっ、うぅん…何でもない」

と答えると、明子は着替えを始めた。

「変なの?」

先に着替え終わった千里は

「先行くね…」

と声をかけると更衣室から出ていった。

コキコキ…

千里の身体中の骨が微かな音を立てながら徐々に変形していく、

そしてそれに合わせるようにして、

筋肉もその付き方が変わり始め、

千里の踵はいつの間にか地面につなかくなっていた。

「?…なんかさっきから身体が変…」

グランドに集まった千里達を前に体育教師が説明をしているとき

千里は自分の身体が変化していることに気づいた。

モリモリ…

モリモリ…

けど、その変化はゆっくり進んでいったために

太股に影をつけながら筋が走り出していることまでは

気づいていなかった。


パァン!!

予行とはいえ本番さながらに200m走が始まった。

「はぁ…なんで足の速さを競わなきゃぁならないの?」

と文句を言う千里に、

「はいはい」

「さぁ出番だよ」

明子と美佐子は千里の腕を引っ張るようにして、

彼女の両手を握ったとき、

「あれ?」

千里の掌に弧を描く堅いものを感じた。

「?」

不思議そうに千里が二人を見ながら立ち上がると、

「え?」

体育座りをしていた、クラスメイト達が声を上げた。

モリィ!!

立ち上がった千里の太股の筋肉が大きく発達し、

さらに肩も筋肉が盛り上がっていた。

「?」

周囲の様子を見ながら千里はスタートラインで構えた途端。

「ねぇ、千里…

 その…首の毛って何?」
 
千里の右隣で構えた式部泰子が声をかけた。

「毛?」

それを聞いた千里は慌てて首に手を持っていくと、

サラサラサラ…

確かに彼女の首筋に沿うようにして毛が生えそろっていた。

サッー

たちどころに千里の顔から血の気が引くと立ち上がった。

「ん、どうした?佐々木?」

突然立ち上がった千里に体育教師が訊ねると、

ザワザワザワ…

千里の体中の毛が逆立ち波打ち始めた。

「千里っ、あなた脚…」

彼女の左隣の美佐子が千里の足を見ながら叫び声を上げた。

「えっ」

フサァ…

彼女の脚には朝方そり落としたはずの栗毛色の毛が再び生えると、

さらに腿の方まで広がり、

それどころか左足にも毛が生え始めていた。

「いっいやぁぁぁ!!」

千里は悲鳴を上げると、

ビキビキビキ!!

彼女の脚から大きな音が鳴ると、

グッグン!!

突然、千里の両足が一気に伸びた。

そしてそのためにバランスを崩した彼女は

「あっあっあぁ!!」

そのままつんのめりながら倒れてしまった。

ビクッ

ビクッ

ギギギギ…

千里の両足は堰を切ったようにその姿を変えていく、

「ヒックヒック…いやぁぁ」

泣きながら起き上がった千里だが、

すでに彼女の体中を栗毛の毛が覆い尽くしていた。

クラスメイト達は誰も声を上げることなく

黙って千里の変身を眺めていた。



ゴキッ!!

メキメキメキ…

と音を立てながら千里の両手の指の付け根が膨らみ始めると、

ブリッ

掌の皮を突き破って、黒く輝く馬蹄のような物体が顔を出した。

同じ事は彼女の両足にも起こっていて、

シューズを引き裂くようにして黒く輝く馬蹄が顔を出していた。

千里は必死になって起き上がったが、

しかし、倒れている間に骨盤が変形してしまったために、

2本足で立ち上がることは出来ず、

また両腕も伸びてしまっていたので、

生まれたばかりの子馬が立ち上がる当にして、

よろめきながら4つ足で起き上がった。

カタカタ…

カポン…

カポン…

震えるようにして千里は一歩一歩、蹄を鳴らしながら四つ足で歩いていく、

その間にも、彼女の体は変化しつづけ、

ビリビリビリ…ブチン!!

膨らんでいく臀部に追いついていけなくなった、

ブルマと下着が引き裂けると、

バサッ!!

長い毛に覆われた尻尾が千里の股間を隠すように垂れ下がった。

さらに

グリン!!

千里の首が伸びると見る見る首周りに筋肉が盛り上がると太くなり、

そして、

「ぐっげぇぇぇぇ」

メリメリ!!

彼女の顔が細長く変形すると両耳がピンと頭の上に立ち上がった。

「ウマだ…」

それを見ていた誰かがポツリと呟く、

「そっ、そんな千里がウマになっちゃった」

明子と美佐子が唖然と見つめる中、

「ブヒヒヒヒヒン!!」

一頭の栗毛のウマが大きく雄叫びをあげると、

バカッバカッバカッ!!

グラウンドを勢いよく走り始めた。



おわり