風祭文庫・獣の館






「適性検査」



作・風祭玲


Vol.194





『急募!!、

 生産設備の増強のため正社員若干名募集…詳細面談。つくば山麓製薬』

「こっコレは…」

年が明けて間もないある日、

学校の就職課で求人ファイルをめくっていた柳沢静香の目が思わず釘付けになった。

「どうしたの?、何か良いのあった?」

隣で同じようにファイルをめくっていた友人の優花が聞いてくると、

「うっううん…何でもない…」

彼女は思わずそう答えてしまうと、

『ごめん…優花っ』

静香は心の中で手を合わせた。

構造改革の遅れから来る長引く不況は静香達の就職戦線に暗い影を落としていた。

「あ〜ぁ、

 従姉妹の時は会社の方から資料を捨てるくらい送ってきた

 って聞いていたのになぁ」
 
と優花がため息混じりに言うと

「それって何時の話よぉ」

「12年ぐらい前かな…」

「もぅいい…」

そう言い残して静香はファイルを持って席を立った。



ポン!!

「……あっ!!」

それから数日後、静香の元に1通のメールが届いた。

それは製薬会社からの返事で、静香が送ったメールの返事だった。

「やったぁぁぁ!!」

面接の期日と会場が書かれている内容を読んだ静香は喜んだ、

しかし…

「し・ず・か!!」

面接当日、リクルートウェアをばっちりと決めた静香が

面接会場となった”つくば山麓製薬”の正門前に立ったとき

そうと言う声と共に

ポン!!

っと彼女の肩が叩かれた。

「え?」

咄嗟に振り返ると同じようにリクルートウェアに身を包んだ優花が立っていた。

「ゆっ優花!!」

静香が驚きの声を上げると、

「よっ、あたし達も来ているよっ」

といつも静香と連んでいる桂子・奈々・三春の3人も顔を出した。

「げっ!!」

「ははは…静香、アンタ一人だけ抜け駆けしようと思っても無駄よ」

勝ち誇った様に優花は静香に言うと、

「ち…っ」

彼女は小さく舌打ちをした。

「けど…今時製薬会社がよく募集するね」

と優花は感心した表情で言うと、

「とにかく、ここで採用されるかしないかで

 春休みの卒業旅行に行けるかどうかが決まるわけだから

 気は抜けないね」
 
と桂子が言う、

「とにかく全力でアタックするのみ」

事実上ライバルが増えてしまった静香は気合いを入れると

他の連中と共に”つくば山麓製薬”に乗り込んでいった。



ザワザワ…

「げっこんないいるの?」

「そりゃまぁ…

 あっちこっちの大学に求人票を出したはずだからね…」

控え室に大勢いる学生を見て静香が驚いたような声を上げると、

それを冷静に分析した優花が答えた。

「やっぱどこもかしこも、みんなせっぱ詰まっているんだねぇ」

感心したように奈々が言うと、

しばらくして控え室に現れたのは白衣姿の男だった。

「どうも初めまして、みなさん、

 私はつくば山麓製薬の主任研究員の高畠と申します」
 
30代半ばと見える男はそう自己紹介をすると、

「まず、面接の前に適性検査を行いたいと思いますので、

 名前を呼びましたら順に隣の処置室…じゃなかった、
 
 検査室まで来てください。
 
 では、麻生さん」
 
と面接の前に適性検査をすることと最初に検査をする人の名前を呼ぶと

男は待合室から出て行った。

「はい」

と同時に男から呼ばれた女性が席を立つと隣の部屋に消えて行った。

「ねぇねぇ…なにを検査するんだろうね」

三春が小声で言うと、

「まぁ、良くある内容だろう」

「でも、一人づつと言うのも珍しいわね」

「そう言えばさっきの処置室って言いかけたけど…」

「元々はそう言う部屋なんでしょう」

っと桂子達は囁き合った。

そして、名前が呼ばれるたびに一人づつ隣の部屋に消えていく、

「あたしはまだまだ先か…」

呼ばれる順番が「あいうえお」順であることを知り静香は憮然とした表情になる。

「まっコレばかりはどうしようもないね」

と優花は静香に慰めの言葉をかけていると、

「佐々木さん」

っと優花の名前が呼ばれた。

「んじゃ行って来るね」

手を振りながら優花は隣の部屋に消えていった。

「んべー」

静香は優花の後ろ姿に舌を出して送った。

「まぁまぁ…焦らない焦らない」

「そうよ、あくまで適性検査なんだから」

と三春達は静香を慰めるが、

しかし、彼女たちの番は静香よりも先のために

静香にとっては慰めにはなってなかった。

そして、当然のように彼女たちも静香より先に隣の部屋へと消えていった。

やがて、森田と言う子が隣の部屋に消えると待合室には静香一人が残った。

ジリジリ…

言いようもない焦燥感が静香の心を締め付ける。

静香はこのときほど自分の名字を恨めしく思ったことはなかった。

「柳沢さん、柳沢静香さん」

待ちに待った静香の名前が呼ばれると、

「はいっ!!」

静香は大声を上げて部屋の戸を開けた。

すると、静香を待ちかまえていたのは、

高さ2メートルほどもあるガラスで出来た容器があり、

透明な扉を開けていた。

「?」

不思議そうに静香はそれを眺めていると、

「では衣服を脱いでこの中に入ってください」

と高畠の声が響き渡った。

「え?、

 あのぅ、服を脱ぐんですか?」

静香が思わず質問をすると、

「はい、コレまでの方も皆そうしていただきました」

と言う返事が返ってきた。

「………」

その言葉に静香は優花達が既に済ませたことを察すると、

「判りました」

と答え、スグに服を脱ぐと容器の中に入った。

クゥゥゥン

ゆっくりと扉が閉まったとき、静香の視界に異様なモノが飛び込んできた。

さっきまでは死角になってて見えなかったが、

そこには大きめのガラス製の容器があり

その中に人の様なカエルの様な…

そう人の形をしたカエルと言った方が良い様な不気味な生物が

大勢詰め込められていた。

「なっなにあれ?」

静香はギョッとして生き物を眺めていると、

彼女の存在に気づいたのか生き物の中の数匹が盛んに

「グウェ!、グウェ!!」

っと喉を膨らませながら鳴き始めた。

「うわぁぁぁ〜っ、気味悪いっ

 あっあのぅ…アレはいったい何ですか?」
 
と静香は高畠に訊ねると、

『あぁあれはねぇ…既に処置が終わったカエルたちだよ』

と彼は答えた。

「え?」

『では、君の処置を始めるね』

と言う声が響いた途端、

ブゥゥゥゥン…

と言う何かが動作する音共に、

シュワー!!!

突然容器の天井の方から緑色の液体が降り注ぎ始めた。

「キャッ!!」

突然のことに静香は驚いたが、

それよりもこの液体の異様な臭いを嗅いだ途端。

「ウェッ!!、何よこれぇ!!」

静香は鼻をつまむと声を上げた。

『あのぅ…処置が終わるまで我慢していただけませんか?』

とスピーカーを通して高畠の声がする。

「ちょちょっと、これて何よ!!

 検査とは違うじゃないっ」
 
静香は声を上げると、

ドンドン

っと容器を叩き始めた。

『あぁ、ダメだよ暴れては…』

静香の行動を窘めるように高畠が言うが、

「あたし帰るっ、ココ開けて!!」

と言いながら静香は尚も容器を叩いていると、

ズルッ!!

ベチョッ!!

彼女の髪が束になって頭から抜け落ちると容器の床に落ちた。

「へ?」

ペチッ!!

それを見た静香は思わず自分の頭をなで回してみると、

さっきまであったボリュームのある髪は彼女の頭の上から消え失せていた。

「そんな…」

ペチッ、

ペチッ

静香は信じられない表情をすると坊主頭になった頭をなで回す。

一方で彼女に降りそそいだ液体は

シュワァァァァァ!!

と言う音を立てながら静香の肉体にしみこんでいった。

「いやぁぁぁぁ!!」

突然静香が悲鳴を上げると、狂ったように容器の戸を叩き始めた。

「いやだ、出して!!

 お願い!!」
 
そう叫びながら何度も何度も容器を叩いていると、

「グェコッ」

「っ!!」

静香は突然自分の口から出てきたカエルの鳴き声に驚き口をつぐんだ。

『なっ何?いまの…』

と言おうと口を開けると、

「グゥエコッ、グェェコッ」

再びカエルの鳴き声が静香の口より飛び出してきた。

『第1段階確認!!』

高畠の声が響くと、

プゥゥゥゥゥン…

数匹のハエが容器内に放たれた。

そしてそれらが静香の視野の中に入った途端。

ゴボッ!!

静香の口の中で舌が膨らみ始めた。

「うぐっうぐっ」

静香は目を剥きながら口を開くと、

ビシュッ!!

パシッ!!

まるでゴムのように舌が長く伸びると、

たちまち飛んでいるハエを次々と巻き取り口の中へと引き込んだ。

ザリッ

口の中にハエの食感が走ると

『うっ、うぇぇぇ』

慌てて静香は口の中のハエを吐き出した。

すると、

ドクン!!

心臓が大きく高鳴ると、

ムニムニムニ!!

彼女の手足の肌が見る見る黒みがかった緑色に染まり始めた。

『ひぃぃぃ!!』

それを見た静香は悲鳴を上げるるが、

しかし、彼女の口から出た言葉は

「グゥゥゥゥッェコ」

と言うカエルの鳴き声だった。

ムリムリ…

肌の色が変わった指先が大きく膨らむと、

指と指の間に膜が張り水掻きと化していく。

そして、両手からは1本づつ指が消え、

逆に両足には1本づつ指が増える。

『いやぁぁぁぁぁぁ』

その間にも彼女の変身は続き、

胸の乳首がポロリとまるでシールを剥がす様に落ちると

股間の秘所も閉じて綺麗に消えていた。

やがて体中の肌が暗い緑色に染まると、

ダラッ!!

わき出した粘液が肌を覆い妖しげな光を放つようになる。

『グッグェェェ!!』

メキメキメキ

間髪入れずに骨のきしむ音がすると、

静香の顔の形が徐々に変わりだした。

グキグキグキ…

細面の顔が見る見る口が大きく、

そして目が飛びだしたカエルの顔へと変貌していく、

静香の全身を覆う暗緑色の肌に黒い筋が次々と現れると、

ボコ…ボコボコ!!

背中の皮膚にイボの様な小さな膨らみが次々と姿を現し始めた。

「グェグェ!!」

容器の中で盛んに喉を鳴らす静香の姿はまさにガマガエル女と化していた。

『うむっ、見事なガマガエルになったな』

変身の終わった静香の身体を見ながら高畠はそう評価すると、

『どれサンプルをとってみるか』

と言う言葉と同時にマジックハンドの様なモノが静香に迫ってくると、

ゴリッ!!

彼女の皮膚の表面に覆っている粘液をすくった。

そして、そのまま分析機の標本ケースに粘液を入れると分析を始める。

やがて出てきた結果を見た高畠は、

『おぉ、コレはすばらしい!!

 柳沢静香さん…いや、B−78G963号、

 君は今日から我が社のAクラスの原料供給用生物として採用しよう』
 
と満足そうに告げると。

カチッ!!

静香の両手足に粘液の品質を示す札が取り付けられた。

「グェコ、グェコ」

と盛んにのどを鳴らして鳴き続ける静香は

既にガマガエルにされた女性達と一緒にされると、

そのまま敷地内にある沼へと放たれた。

「さぁ、そこが今日からの君の寮だ、

 虫をたくさん放してあるので好きなだけ食べるがいいよ」

高畠は静香達にそう言うと立ち去っていった。

「グェコ (『ねぇ…知ってる?、

 グェコ   以前から面接を受けに行った学生が行方不明になる

 グェコ」  謎の製薬会社があるんだって』)

「グェコ」(『いまさら言っても遅いわ!!』)

「グェコ」(『卒業旅行どうしようか?』)

「グェコ」(『あ〜ん、帰りたいよう』)

こうしてガマガエルにされ、

さらに身体からわき出る脂の品質でランクワケされた彼女達は、

次の日からその自分の醜い姿を見ながら脂を流す日々が始まった。



おわり