風祭文庫・獣の館






「大蛇の舞」



作・風祭玲


Vol.191





シュルルルルン!!

タン!!

ココ、アイリス女学院の体育館で、

単色レオタードを身に包んだ一人の少女が

棚引くリボンに命を与えながら華麗舞う。

シュルルン…

タタン!!

そして、そんな彼女の舞を固唾をのんで見守る一団があった。

「さすがは先輩ね…」

「うわぁぁぁぁ…」

「あたしもあぁなりたいなぁ」

そう囁き合うのは少女と同じ新体操部に所属する少女達だった。

スタン!!

少女が華麗にフィニッシュを決めると、

パチパチパチ!!

彼女たちは大きく拍手を送った。

そしてそれを見計らうようにして

「みなさん、今度の大会用のレオタードが届きましたよ」

っと新体操部顧問の新保香は部員達に声を掛けた。

「はぁーい」

そう返事をすると手にした手具を置いて少女達が香の元に駆け寄ると

「はいっ、コレね…」

と言いながら彼女に包みを渡した。

しばらくして、

「あれ?、コーチ…このレオタードの柄…」

そう言いながら一人の少女が広げたレオタードを見て怪訝そうな表情をした。

「どうしたの?」

それを見た香が訊ねると、

「あのぅ…柄がみんなで決めたのと違っていませんか?」

っとレオタードを指さして答えた。

「柄?…どれ?見せて?」

彼女にそう言われて香がレオタードを手に取ると、

確かにレオタードはみんなで話し合って決めたデザインとは微妙に違っていた。

「あっホントだ!!」

他の少女たちも同じように声を上げる。

「う〜ん、困ったわねぇ…

 返品するにしても大会までそんなに日数はないし」

困惑した表情で香が呟くと、

「きっと、手違いがあったんでしょう

 全体的なデザインには問題ないと思いますので
 
 このままで良いんじゃないですか?」
 
先ほど舞を披露していたこの新体操部のキャプテンを務める新藤美保が声を上げた。

「新藤さんがそう言うなら…」

その一言で他の少女たちも次々と頷いた。

「そう…じゃぁ今回はみんなガマンして着てくれる?」

と香が言うと、

「コーチ、別にあたしたちはレオタードで演技をするわけでは無いですよ」

その声を聞いた香はやや明るい顔をして、

「そう、ありがとう

 それにしても、困ったものねぇ」
 
そう言いながら手にしたレオタードを眺め、

そしてひとこと、

「確かにウロコのような模様は指定したけど

 これじゃぁ、まるでヘビのウロコね…」

と生地を爪でこすりながら呟いた。

キン…

そのとき、生地が微かに光った。

「え?」

香は一瞬驚いたが、何も変化が起きなかったので、

「…気のせいかしら…」

と呟いた。



それからも美保達は練習を重ね、

そして、大会の日が来た。

県立体育館に来た香たちは早速ロッカールームで着替えると、

手具を持って体育館へと向かう。

体育館には既にライバル校の選手たちが試合前の練習に励んでいた。

「うわぁぁ……」

その様子を見て1年の柴本美由紀が声を上げると、

「う〜ん、この感覚…この臭い…

 やっぱ、大会となると空気が違うわ」
 
と美保は大きく背伸びをして深呼吸をした。

「はいっ、

 それでは各自準備運動をした後に

 軽く体を動かしてください」
 
香は美保たちにそう言うと準備の為に役員室へと向かっていった。

「ねぇ、どうかしら、このレオタード…」

山田綾子がくるりと回って見せると、

キラッ

気にしていた鱗状の生地が灯りを受けて妖しく光った。

「うん、良いんじゃない?

 こうして着てみると、この生地もそんなに悪くないわね」
 
吟味するように美保は頷くと、早速柔軟運動を念入りに始めた。

流れ始めた彼女の汗を受けてウロコの模様がさらに妖しく光った。

そして、時間が来た。

個人戦が先で団体は後というプログラムのために、

美保が先に演技をした。

美保は、ボール・こん棒・フープと難なくこなし、

そして最後のリボン演技が始まった。

音楽と共に彼女が持つリボンに生命が宿る。

とそのとき、

ジワッ…

「?」

演技をしているとき美保は脇腹のあたりに微かに痒みを覚えた。

しかし、大した痒みではなかったので無視して演技を続けていると、

ジワッ…ムズ…ムズ…

痒みは徐々に強くなってきた。

「なに?」

ムズムズ…

確かに強くなってくる痒みをガマンしながら美保は演技を続けたが、

しかし、集中力が欠いてきたためにミスが続発し始め、

その結果、美保は得意の個人演技で大きく点を落としてしまった。

「くっ」

これまで取ったことのない低い点に

ギッ

美保は唇をかみしめると心配顔の香たちにをよそに更衣室へと引き上げていった。

「なっなんなのよっ、さっきからのこの痒みは!!」

ロッカーの前でそう叫ぶとまるで悔しさをぶつけるようにして、

美保は自分の脇腹を爪を立てて思いっきり引っ掻いた。

すると、

ゾリィ…

「!!」

いつもとは違う感覚に彼女は驚いた。

「なっなに?」

慌てて脇腹を覗くと、

ヌルッ…

レオタードの模様だったはずのウロコが一枚一枚立ち

まるで生きているような艶めかしい光沢を放っていた。

「え?」

美保は恐る恐るウロコに触ってみると、

ゾリッ!!

「!!」

まるでウロコが自分の肌から生えているような感覚に襲われた。

「やっやだぁ!!」

美保は慌ててレオタードを脱ごうとしたが、

「え?、あれ?」

いくら胸元に手をやっても

そこに在るはずのレオタードの襟に手が引っ掛からなかった。

「…そんな…

 どうして…」
 
ハッと美保は自分の両手首を見ると、

レオタードの袖口はまるで彼女の皮膚と一体化したようにとけ込んでいた。

「なっなによこれぇ!!」

あわてて他の部分を見ると、

ザザ…

ザザ…

生地の模様だったウロコは本物のウロコとなって覆い始めていた。

「イヤァァァ!!!」

美保が叫び声を上げた途端、

ザザザザザザ…

ウロコはレオタードからはみ出すと一気に彼女の身体全体を覆っていく、

「たっ助けて!!」

助けを呼ぼうとして駆け出そうとしたが、

そのとき

スゥ…

美保の右肩に一本の筋が走ると

ボト!!

右手がまるで関節から抜けるようにして床に落ちた。

「へ?」

床の上でピクピクと動く自分の右腕を眺めながら、

左手でそっと右肩を撫でてみると、

腕のあったあたりに大きな穴が空き、

ジワジワと中から肉が盛り上がって出来た穴を埋め始めていた。

「そっそんなぁ…」

足の力が抜け美保がその場に座り込むと、

程なくして、

ボト!!

今度は左腕が抜け落ちた。

「いやぁ…いやぁ…」

ガシャッ!!

両手を失った美保はロッカーに身体を預けるような姿勢で何度も呟く、

バサ…

ウロコに覆われていく頭から綺麗なお団子にまとめられた髪が塊となって、

彼女の足下に落ちた。

ひっく、ひっく…

美保は取り乱す一歩手前の状態へと追いつめられていた。

しかし、彼女の変身はさらに続き、

スゥ…

彼女の腹部に真横に一本の筋が現れると、

スゥ…

スゥ…

次々と筋が美保の腹から胸に向かって刻まれ始めた。

そしてさらに、

ブツッ!

ブツッ!

相次いで美保の両足が身体から離れたとたん、

ドサッ!!

美保の身体は冷たい床の上に転がった。

クネ…クネ…

「いっいやぁぁ…」

美保は身体をくねらせながら弱々しく泣き始めた。

しかし、彼女の変身はさらに続き、

ゴリッ!!

ビキビキビキ…

骨の音を響かせながら彼女の身体はユックリと細長く伸びていく、

またそれに合わせて、

モコッ

お尻から肉塊が盛り上がると、

ヌゥゥゥ…

ウロコに覆われた尻尾が生え始めた。

「いやぁ!!、助けてぇ!!」

美保が上げたその声を最後に、

ゴキゴキゴキ!!

美保の頭から骨の音が響くと、

「…ウググググ…」

ピシッ

彼女の舌が真ん中から裂け、

ピュルピュル

せわしなく彼女は舌を出し入れする。

グキグキグキ…

大きな音を立てながら美保の顎は大きく張り、

一方小さくなっていく頭によって、

見る見る彼女の頭部は三角形の形になっていく。

そして涙を流していた目からは瞼が消えると、

シャー

シャー

美保の身体は体長3mを越す大蛇へと変身してしまった。



ガチャ!!

更衣室の扉が開くと、

「…で、ね…」

「うん…」

と話ながら演技の終わったレオタード姿の少女たちが入ってきた。

そして、

シャー!!

更衣室の中央で蜷局を巻くヘビを見つけるや否や、

「いやぁぁぁぁ!!」

「ヘビぃ!!」

彼女たちは悲鳴を上げると我先にと逃げ出していった。

シャー…(『ヘビ…あたしが?』)

美保はそう呟きながら床の上をゆっくりと這って更衣室を抜け出すと、

そのまま廊下を進みはじめた、

やがて、換気用に開けられた小窓を見つけると、

そこから表へと這い出した。

シャー…(『あそこに森が…』)

美保は正面の駐車場の向こう側にある森をみつけると、

まるで吸い寄せられるようにして森へと入っていった。



一方、美保の変身を知らない香たちは、

次の団体種目を迎えようとしていた。

「みんなっ、新藤さんは残念な結果で終わったけど

 でも、あなた達には新藤さんの分まで頑張ってきてね。
 
 さぁ気持ちを引き締めて行きましょう!!」
 
と香は団体演技に向かう部員たちにハッパをかけた。

「ハイッ!!」

元気のいい少女たちの声が香を包み込んだ。

そして、手具を手に演舞台に向かおうとする彼女たちの一人が

せわしなく脇腹を掻き始めていた。

「?、どうしたの?」

それに気がついた香が少女に声を掛けた。

「あ?、コレですか?

 なんか痒いんですよね」
 
「そう…」

そのとき、先の個人競技で美保が身体を掻いていたことを思い出したが、

大したことはない…

香はそう判断すると、彼女たちを送り出した。

彼女たちが綺麗に整列をすると、

いよいよ団体演技が始まった。

音楽に合わせてレオタード姿の少女たちが華麗に舞い始める。

「よしっ良い!!」

練習と変わらない少女たちの動きを見た香は自信を持った。

と、そのとき香の背後で

「更衣室にヘビが出たって?」

と役員たちが囁き始めていた。

「更衣室?…

 ヘビ?…」

不安に駆られながら

「あのぅ…何かあったんですか?」

香は役員に声を掛けると、

「あぁ、更衣室にヘビが出た、

 ってさっき女の子たちが血相を変えて飛び込んできてね」

と困惑した表情でその役員は香に説明をした。

「そう言えば…新藤さん、あれっきり戻ってこない…

 まさか…」
 
香は大急ぎで更衣室へと向かった。

ザワザワ…

更衣室の前では職員や少女たちでごった返していた。

「スミマセン、ちょっと通してくださいっ」

香はそう言いながら更衣室の前に行くと、

「あのぅ、うちの生徒がココに行ったまま戻って来ないのですが」

と更衣室の前で進入を拒んでいる職員に説明をした。

「え?、おいっ、誰か居たか?」

職員は部屋の中に話しかけると、

「いや、ヘビどころか誰もいない…

 けどなんだこりゃぁ?」

と言う声が返ってきた。

「スミマセン」

一瞬の隙をついて香が更衣室に入ると、

そのまま、美保たちが使っていたロッカーへと向かっていった。

そして、美保のロッカーが見えてきたところで、

捕獲用具を持ち屈み込んで何かを眺めている職員の姿を見つけた。

「あのっ、スミマセン!!」

そう言って香が声を掛けると、

職員が振り返りながら腰を上げた。

「え?、なっ?」

職員がどいた床の上には

不気味な光を放つウロコに覆われた人の手足を思わせる肉塊4つと、

髪の毛の塊が一つ、床の上に落ちていた。

「なに…これ?」

不思議そうに香がそれを眺めていると、

「ぎゃぁぁぁ!!」

会場の方から絶叫が響いてきた。

「なんだ、どうした!!」

更衣室の周辺に居た者はみな一斉に会場へと走っていく、

香もそれに続いて走った。

そして、彼女が会場に戻った時、信じられない光景を目撃した。

団体演技をしていたはずの美咲たちが全員跪いたり倒れたりして、

うめき声を上げていた。

「スミマセン…」

香は呆然と立ちつくしている人を押しのけながら美咲たちの元に駆けつける、

ところが…

「そんな…うっ腕が…」

そう彼女たちの身体はウロコに覆われ、さらに両腕が消えていた。

「うそ…」

香は口を両手で隠して驚く、

「イヤァァァ!!」

突然、一人が叫び声を上げると、

ビキビキビキ!!

大きな音を上げながら見る見るウロコに覆われた彼女の胴体が伸び始めた。

すると、ほかの選手たちも同じように変身していく、

「おいおいっ、なんだこれ?

 何かの奇術か」
 
男性の観客が声を上げる。

ブチン!!

手に続いて足も外れると、

まとめ上げた髪がまるで物が落ちるように頭から取れ、

坊主頭になった少女たちの身体は

見る見る身体をウロコに覆われた細長い生き物の姿へと変わっていく。

「…ヘビ…」

それらを見た香は怯えながらそう呟く。

すると、

「コっコーチ…苦しい…助けて…」

床を這いずりながら美咲が香に助けを求めてきた。

もぅ彼女の首から下はすっかりヘビの身体になっていた。

「そっそんなこと言われても…」

香が困惑していると、

次々と少女たちが香の傍に寄ってくる。

「コーチ…」

美咲がそう言った途端、

ゴキゴキゴキ!!

美咲の頭部から大きな音が響くと、

彼女の顔に筋が入ると見る見るヘビの顔へと変わっていく。

「いやぁぁぁぁ!!」

薫の悲鳴が上がると、

シャー

シャー

シャー

みなが呆然と見守る中

演舞台の上には長い身体をくねらせながら大蛇たちの競演が行われていた。




「…博士、実験は大成功です。

 アイリス女学院・新体操部の部員全員、大蛇へと変身していきました」

と混乱する会場の様子を携帯電話で報告する男の姿があった。

『そうか…成功したか…』

電話口の相手はそう答えると、

「はい、博士が作った生地で制作した”変身レオタード”の威力

 しっかりと記録しました」

『うむ…』

「ではわたしは今から戻ります」

そう報告すると男は、会場内を這いずり回る大蛇を一目見ると、

「じゃな、ヘビになったお嬢さん達…」

そう言い残して会場を後にした。



おわり



注)この物語はジプシーNさんより投稿していただいたネタ
  ”変身レオタード”をベースに書きました。