風祭文庫・獣の館






「白鳥姫」



作・風祭玲


Vol.190





ザワザワ…

寒かった冬が過ぎ、ようやく春めいてきたある日、

ココ、野頭バレエ団一階ホールに置かれている掲示板の周辺は

レオタード姿の女性たちでごった返していた。

そう、今日は間近に迫っている”白鳥の湖”の配役を発表する日だった。

「うわぁぁぁ!!」

「…………」

張り出された配役表を眺めて前で喜ぶ者、

その反対にそっと俯く者と

まさにその1枚の紙は勝者と敗者の運命を明暗を分けていた。

そして、彼女たちの関心はもぅ一つの所に向いていた。

”オデット姫”

そう、この物語の主役を演じる薄幸の白鳥姫を演じる者の名前に向けられていた。

「うわぁぁぁ…」

「高柳さんではない…」

「うそ…」

名前を見た女性たちの声は一斉にどよめきへと変わっていく。

そのとき、

「おはようございます」

そう挨拶をしながら一人の少女が玄関のドアを開けて入ってきた。

「あっ、カンナだ…」

彼女に気付いた少女が声を上げる。

「…ほんとだ」

「おめでとうカンナ…」

と言いながら次々と少女達がその少女・野上カンナの周りに集まっていく。

「なっなんなの…」

彼女たちの祝福の意味が分からずカンナは困惑すると、

「ほらっ、今度の”白鳥の湖”の配役が発表されたのよ」

と説明する声が上がった。

「え?」

その声に驚いたカンナは大急ぎで掲示板の所に行くと、

張り出された配役表を眺めた。

”オデット姫:野上カンナ”

確かに主役であるオデット姫の欄に彼女の名前があった。

「そんなぁ…」

両手で口を塞ぎながらカンナが驚いていると、

「だって、カンナは頑張っていたじゃないっ」

「うん…」

「弓削先生もそこを認めてくれたのよ」

とカンナを褒め称えた。

「う…ん…」

カンナは笑みを浮かべたが、しかし、スグに表情が曇った。

「どうしたの?」

「嬉しくないの?」

そんな彼女の様子を見た少女達が声を掛けると、

「ううん…

 嬉しいよ…
 
 でも…」
 
そう言うとカンナは視線を逸らした。

それを見た少女達は

「あぁ…高柳さんのこと?

 彼女のことなんか気にしちゃぁダメよ」
 
「そうそう、高柳さんって

 ちょっとお金持ちでスタイルいいから
 
 図に乗っているだけ

 去年主役を努められたのも先生たちを買収したって話よ」
 
「ホント、彼女ってカンナみたいな直向きさがないもん」
 
と言ってカンナを慰めた。

しかし、

「誰が図に乗っているですってぇ!!」

そう言う叫び声と共に一人の少女がお供を従えて更衣室から出てきた。

高柳麗華…巻き毛の髪を頭の両脇でまとめた勝ち気そうな彼女は

フンッ

っと彼女達を一別すると悠然と掲示板を眺め始めた。

そして、オデット姫の所にカンナの文字を見つけると

ピクッと表情が固くなった。

ササ…

カンナを取り囲んでいた少女達は一歩カンナから下がった。

「あっ、あのぅ…あたしやっぱり弓削先生に言って辞退…」

一人残ったカンナは麗華のことを気にしながらそこまで言うと、

ジロっ

麗華はカンナを睨み付けると、

「あら…あたしに同情してくれるの?

 フン、そんな見え透いた同情はされた方がいい迷惑だわ、
 
 気分が悪くなりました。
 
 あたし…帰ります」
 
そう麗華は言い放つとそのまま更衣室に引き返していった。

「あっ、麗華様っ」

お供の女性たちも慌てて彼女のあとについていく。

「まったくお嬢様は困ったものね」

「ほんと」

麗華が居なくなると少女達は再び陰口を叩き始めたが、

しかし、カンナの表情は優れなかった。



「パパ、くやしぃ〜ぃ!!」

自宅に戻るなり麗華は父・一成に泣きついていた。

「おぉ麗華っ、一体どうしたんだ?」

一成は麗華の頭を撫でながら訊ねると、

「今度の公演、あたし、オデットじゃないのよぉ」

と言うと大声で泣き出してしまった。

「なに?、それは本当か?」

驚いた一成は娘に訊ねると、

「うん」

麗華は一成を見上げながら頷いた。

「許せんっ、麗華を蔑ろにするとは」

怒りに溢れた一成のその言葉を聞いた麗華はすぐに、

「ううん、違うのパパ…

 弓削先生は悪くはないわ
 
 悪いのは野上カンナっていう女よ、
 
 大してバレエはうまくない癖に、
 
 弓削先生に取り入っているのっ
 
 先生は彼女に騙されているのよ」
 
と訴える。

「なんと、本当か?」

一成は麗華にそう言うと、

コクン

麗華は素直に頷いた。

「う〜む、プリマの座欲しさに麗華を陥れるとは許せない女だ!!」

それを見た一成は肩をワナワナと震えさせながら、

「わかった、パパがそう言う悪い女に正義の鉄槌を下してあげる。

 麗華はおとなしく待ってなさい」
 
と言うとどこかに電話をかけ始めた。

「あぁ…わたしだが…」

電話口の相手と話す一成の後ろ姿を見ながら、

「うふふふ、うまく行ったわ…

 これでカンナは…」

ニヤッ
 
麗華は笑みを浮かべるとそう呟いた。



ココン!!、

コココ、

ココン!!

トゥシューズの音を立てながらカンナが華麗にフィニッシュを決めると、

パチパチパチ!!

レッスン室中から拍手が巻き起こった。

「うむ…きれいに決めましたねっ

 わたしが見込んだことがあります」
 
全身を包み込む黒タイツ姿にサングラスをかけ

厳しい顔をしながら彼女のバレエをじっと見守っていた弓削武が

優しく微笑みながらカンナに言う。

「あっありがとうございます」

彼の言葉にカンナがポッと頬を赤らめるとピョコンと頭を下げた。

「いや、やはりわたしの目に狂いはありませんでした、

 野上さん…今度の公演、頑張ってくださいね!!」
 
と弓削はカンナの両肩に手を置きそう言うと、

「はっはいっ、

 頑張りますっ」
 
カンナは力強く宣言した。

そう、カンナは弓削に憧れてこのバレエ団の門を叩き、

数々のイジメに遭いながらもコツコツとレッスンを重ねてきたのであった。



その日、カンナは一人で居残るとひたすらレッスンを続けていた。

『…今度の公演、頑張ってくださいね…』

弓削の言葉がカンナの頭の中を駆けめぐる。

「先生の為にも頑張らなくっちゃ…」

そう決心すると彼女の手足に熱がこもる。

それからしばらくして

レッスンにずっと集中していたカンナは、

ふと時計を見たとたん

「あっもぅこんな時間?」

っとその針が刺す数字に驚きの声を上げた。

「じゃぁ続きは明日ね…」

そう言い残してカンナがレッスン室から引き上げ

ガチャッ!!

隣のにある更衣室で着替え始めたとき、

フッ

突然彼女の周囲に黒い人影が立った。

「キャッ!!!」

突然のことにカンナが悲鳴を上げると、

「野上カンナだな」

っと野太い男の声が更衣室に響いた。

「…だっ誰?」

怯えながらカンナが訊ねると、

「我々と一緒に来て貰おうか」

そう言う男の声がしたのと同時にカンナの体に何かが押し当てられると、

ビシッ!!

強烈なショックが彼女を襲った。

「あっ…」

スローモーションのようにユックリとカンナの身体が崩れるように倒れていく、

「ふふふふふ」

男は笑みを浮かべると顎を動かして他の者たちに合図を送った。

ジワッ

倒れたカンナに黒い影が迫る。



「なに?

 パパ、あたしに見せたいものって」

部屋でくつろいでいた麗華が一成から呼び出され、

離れの地下室のドアを開けると、

「おぉ…麗華か、

 ホラ見てご覧っ、

 お前を陥れた悪い女を捕まえてきたぞ!!」

笑みを浮かべながら一成が指さした先には、

レオタード姿のカンナがグッタリとした姿で倒れていた。

「まぁ!!」

それを見た麗華は声には出さなかったものの驚いた顔をした。

「さぁて、この女、どうしてくれようか…」

腕を組みながら一成はカンナを見つめていると、

「ねぇパパぁ、この女のお仕置きはあたしにさせて、ねっ」

甘える様な声で麗華が一成に頼み込んだ。

「うん?、

 あっあぁ、
 
 お前がそれで良ければパパはかまわないが」

愛娘にねだられるように頼まれると一成はイヤとは言えなかった。

「ありがとう、パパ!!」

そう言うと麗華は一成に抱きつきキスをした。

「ふふ…いらっしゃい、カンナ…」

意識を失っているカンナを見る麗華の目は冷たく光っていた。


カチッ!!

ライトのスイッチが入ると強烈な光がカンナを照らし出す。

「うっ

 ううん…」

突然差し込んだ光にカンナが目覚めると、

眩しそうに顔を背けながらうっすらと目を開ける。

「うふふふ、気分はどう?」

彼女の前で仁王立ちをしている麗華が声を掛けた。

「ん?、その声は…高柳さん?」

探るようにカンナが訊ねると、

ブン!!

ピシッ!!

突然鞭の音が部屋に響いた。

「そう、貴女にプリマの座を追われた女よ」

と麗華はカンナに言い放つ。

「そんな…あたしは…」

カンナがそう言いながら体を動かした途端、

ガシッ…

カンナは自分の両手両足が何かに固定されて身動き一つ出来ないことに気づいた。

「こっこれは…」

驚くカンナを見て麗華は、

「うふふふふ…」

と微かに笑った。

「高柳さん…なっなんで、こんな事を…」

カンナがそう訊ねると、

「さぁ?

 あたしは貴女にお祝いを言おうと思ってお招きしたのよっ
 
 さてと、野上カンナさん…

 今度の舞台…あなたは弓削先生をたぶらかして
 
 まんまとオデット姫の座を射止めたのよね」

と麗華が言うと、

「そんな…それは違います、あっあたしは…」

カンナがそこまで言いかけたところで、

ピシッ!!

鞭の音が再び鳴り響いた。

「おだまりっ、

 オデットはあたしで決まりだったはず、

 それがひっくり返るなんてアナタがたぶらかしたに違いないわっ!!」
 
麗華は強い調子でカンナに言うと、

「あら…あたしとしたことが…

 オホホホホ…」
 
と急に態度を改めた。

「お嬢様…準備が出来ましたが…」

麗華の後ろの方から声がすると、

「そう…うふふふ」

麗華はカンナを見ながら冷たい笑みを浮かべた。


しばらくして

ガチャガチャガチャ!!

と言う音と共に黒いスーツを決めた男が台車を押してくると、

その台車の上には純白のチュチュと数々の小物が乗せてあった。

それを一目見た麗華は顔を動かして男に指示をすると、

「はいっ」

男は押ちついた低い声で返事をすると、

ゆっくりとカンナに近づいていく。

「なっなに?」

男は怯えるカンナの両手両足の拘束具を外すと、

カンナが着ていたレオタードを脱し、

替わりに用意してきたチュチュ着させる。

サッサッサッ

手慣れた手つきでカンナの顔にメイクを施していくと、

次第にカンナは白鳥姫へと変身していった。

「高柳さん、なっなんのマネなの?」

再び拘束具がつけられたものの、

しかし、

今にも白鳥姫として舞台にでられそうな姿になったカンナが麗華に問いただすと、

「うふふふ…

 折角、オデット姫に抜擢されたんですから、
 
 あたしからアナタにプレゼントをしてあげようと思ってね」
 
余裕を見せながら麗華がカンナに言うと、

スッ

彼女の左手が挙がった。

すると、それに合わせて一人の人影が麗華の後ろに立つ。

「?」

カンナはその人物の姿を見ようと目を凝らすと、

スグに人影は麗華の横に立った。

「そっそれは…」

「ほほほほほ…

 アナタがよく知っている、悪魔・ロッドバルトですわ」
 
と麗華は隣に立つ人物を紹介した。

スッ…

物語の中で姫を白鳥へと変身させた悪魔は、

カンナの前に向かうと丁寧なお辞儀をする。

「なっこれはどういうことですか?

 貴女の前で踊れと言うことですか?」
 
カンナは麗華を見ながらそう言うと、

「おほほほ…まさか…

 カンナさん、
 
 オデット姫はこの悪魔・ロッドバルトによって白鳥にされてしまったんですよね」
 
とまるで確認するようにして麗華はカンナに尋ねた。

「えぇ…そうですが」

カンナが答えると。

「ほほほほほ…

 ホント、よく覚えていますね。
 
 そう、オデット姫は悪い悪魔ロッドバルトによって白鳥にされてしまったんです」
 
そう言いながら、麗華は用意していた注射器を取ると、

そっと、ロッドバルトに手渡した。

コクン

ロッドバルトの衣装を身につけた男は頷くとカンナに近づいていく、
 
「なっなによ」

怯える顔でカンナが声を上げると、

「安心して、カンナさん…いえ、オデット姫っ

 あなたはもうすぐ悪魔の魔法によって白鳥にされてしまうんですよ」
 
と麗華は囁いた。

悪魔の手より突き出た注射針が徐々にカンナの首筋に接近していく、

「いっいやぁぁぁぁ!!、

 ヤメテ!!」
 
カンナは悲鳴を上げたが、

しかし、身動きが思うように取れないカンナは逃げることが出来ず。

プスッ!!

ついに彼女の白いうなじに注射針が刺さった。

ジワッ

注射器の中の液体がユックリとカンナの体内へと注入されていく、

「イヤャァァァァ!!」

カンナが悲鳴を上げると、彼女のうなじから注射器が離れていった。

「うふふふ…」

まるで、これから楽しいショウが始まるのを待つ少女のように

麗華の顔は喜びと期待に満ちあふれる。

「いやぁぁぁ!!」

一方、カンナは弱々しい声で泣き続けたが、

ビグン!!

突然身体が動くと、

ビキビキビキ!!

と言う音を立てながら彼女の首が伸び始めた。

元々バレリーナの首はレッスンのせいもあって長いのだが、

しかし、カンナの首はまるでキリンの様に伸びていく、

「いっイヤァァァ!!」

いきなり襲った身体の変化にカンナは悲鳴を上げた。

「うふふふふふ」

麗華は目を大きく見開くとカンナの変身を見つめていた。

「イヤァァァ、ヤメテぇ」

長く伸びた首を左右に振りながらカンナは大声で泣き叫んでいると、

ベリッ!!

メキメキメキ…

今度は彼女の口が裂けるように開き、

鳥のクチバシのような固く光沢を放つものがカンナの口から生え始めた。

グググググ…

突き出していくそれは先が緩やかなカーブを描くクチバシへと変化していく、

「クゥー…クゥー…」

カンナは涙を流しながら鳥の様な鳴き声を上げると、

「あーはっはっはっ!!」

その姿を見た麗華は腹を抱えて笑い始めた。

「見てみて、あのカンナがまるで鳥だわっ

 痛い、痛い…お腹が痛いわ」

麗華はいまにもひっくり返りそうな笑い方で笑っているが、

しかし、そんな彼女の姿がカンナにとっては絶望へとなっていった。

「クゥ…」

笑い転げる麗華をカンナが見ていると今度は

シュル…

シュルシュル…

カンナの両腕からまるでわき出すようにして純白の羽毛が生え始めた。

「クェ?」(『え?なっなに?』)

腕の異変に気づいたカンナは慌てて自分の腕を眺めると、

シュル…シュル…

彼女の両腕に生え始めた羽毛は見る見るそれを純白色に変えていく、

「クェェェェ!!」(『いやぁぁぁ!!』)

ググググ…

羽毛に覆われていく彼女の両手とその指が形を変え始めた。

バチン!!

変化していく手についていけず拘束具が外れる。

彼女の両腕は生え揃っていく羽毛によって瞬く間に鳥の翼へと姿を変えてしまった。

「くぇぇぇぇぇ!!」(『いっいやぁぁぁ!!』)

バサッ!

バサッ!!

悲鳴を上げながらカンナは翼となった両腕を大きく羽ばたかせると、

ブオッ!

ブオッ!!

地下室に風が巻き起こった。

バサバサバサ…

「キャッ!!」

麗華が巻き上がったスカートを慌てて押さえ込むと、

地下室内に積んであった資料等の紙等が巻き起こった風によって散乱し始めた。

「クェェェェ!!」(『あっあぁっ!!』)

両手は自由になったものの

しかし脚は相変わらず拘束されたままだったので

カンナは身体のバランスを崩すとそのまま前に倒れ込んでしまった。

そしてそのときに脚の拘束具も外れてしまった。

しかし、

「クェェェェェ、クェェェェ」(『立てないよぉ誰か助けて!!』)
 
カンナは泣きながらもトゥシューズの音を立てながら

必死になって起きあがろうとしたが、

しかし、翼となってしまった彼女の両腕は身体の支えとなって

彼女の身体を再び起きあがらせることは出来なかった。

「クェクェ」(『ひぃひぃ…』)

ゴロン…

カンナは必死になって身体を回転させたたが、

それでも上半身を起こすことが出来ない。

ザザッザザッ!!

細かいチュールのスカートが彼女の身体の動きに合わせて音を上げる。

「クェェェェ、クェェェェ」(『やだよぉ、こんなのやだぁ』)

カンナは涙声で泣き叫ぶが、

しかし、彼女の口からは鳥の鳴き声しかでなかった。


ザワザワザワ…

翼となった両腕から露出している肩に向かって純白の羽毛が生え始めると、

それらは合流し、そしての長く伸びた首筋へと登っていく。

「クゥー…クゥー」

カンナは目を剥いて声を上げる。

羽毛は彼女の喉元を覆い尽くすと顔を覆い始めた。

バサッ!!(コロコロ…)

頭につけた羽根飾りと王冠が外れ

顔の横に転がっていく。

ググググ…

ユックリと確実にカンナの顔が流線型に整形されていくと、

ミシミシミシ…

突き出してくる胸骨にチュチュが悲鳴を上げ始めた。

まさに彼女の上半身は文字通り白鳥の姿になっていたのだった。

そして、彼女の変身はここで止まってしまった。

「クゥ…」

ようやく身体が落ち着いたのでカンナが頭を上げると、

勝ち誇った表情の麗華がカンナを見下ろしていた。

「あら、もぅ終わりなの?

 完全に白鳥になって無いじゃないっ
 
 ごめんなさいねぇ…
 
 あたしのロッドバルトの魔法は不完全みたいなのよ」
 
と笑いを堪えながらカンナに言った。

「くぇ?」

カンナが声を上げると、

「ほらっ、白鳥のお姫様が自分の姿を見たいそうよ」

と麗華はロッドバルトの脇を叩いた。

「はいっ」

ロッドバルトはそう返事をすると、

ドン!!

カンナの目の前に一枚の鏡を置いた。

その鏡には純白の羽毛と翼を持つ白鳥の姿をした上半身と、

チュチュとタイツ・トゥシューズを身につけたままの人の下半身を持った、

奇妙な生き物の姿が映し出されていた。

「クェェェェェ!!」

それを見たカンナは悲鳴を上げる。

「おほほほほほ…

 まぁ白鳥の上半身とバレリーナの下半身を持つなんて
 
 なんて素晴らしい身体なのかしら、カンナさん。
 
 今度の舞台、さぞかし美しい白鳥が飛ぶのでしょうねぇ」
 
と言いながら麗華は変わり果てたカンナをじっと見つめていた。



そして、野頭バレエ団公演の日が来た。

「高柳っ準備はいいか?」

弓削は支度室でメイクをする麗華にそう声を掛けると、

「はいっ、準備は出来ました」

煌びやかなチュチュを身に纏った麗華はそう返事をする。

「まったく、野上には失望したよ

 あれほど親身になってレッスンを見てあげたのに、
 
 ”バレエはもぅ飽きました。さようなら…”
 
 と言う手紙を送ったきり出てこないなんて、
 
 まったく」
 
そう言い残すとさっさと舞台袖へと向かっていった。

「うふふふふふ…

 そうよ、オデットはあたしじゃなきゃダメなのよ」
 
麗華はそう呟くと、支度室を出ていった。



そのころ北へ飛び立っていく白鳥たちの群の中に

足にトゥシューズを巻き付けた白鳥が一羽混じっていた。

そう、半鳥半人の姿にされたカンナだったが、

昨日、麗華に再び薬を打たれると、

完全な白鳥へと姿を変え、

そして、その日の朝飛び立って行った。

クェ…クェ…

空を飛ぶカンナにはもぅ人間だった頃の記憶は消えていた。



おわり