風祭文庫・異形変身の館






「魔法少女 だいた☆マクラ」
(第9話:ソンなのわたしは許せない)


作・徒然地蔵(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-374





二次元世界の夜の住宅街。

街灯の薄暗い光に照らされながら

マクラとテンは夜道を繁華街の方向へゆっくり歩いていた。

「テンさんも、抱き枕に変身するんだよね?」

「ええそうよ。

 抱き枕になって人間の魂を二次元へ吸引する。

 魂が魔物になれば退治する。

 それがこの世界の魔法少女の仕事だから。」

「私、さっき戦うテンさんがすごくカッコよく見えた。

 少し魔法少女になりたいって思った。

 でも魔法少女が魔物を招き寄せているのなら、

 結局は魔物退治も自作自演で…

 ごめんなさい。私、変なこと言ってる。

 助けて貰っておいて失礼なこと言ってる。」

「ううん。

 そう外れてないわ。確かに自作自演。

 でもね、この営みはこの世界にとって呼吸なの。

 この営みが止まればこの空間は打ち切られてしまう。

 私もあなたも、この街も、さっきの波江や泳子も、

 みんな消えてしまう。

 自作自演かどうかなんて問題じゃない。

 魔法少女の仕事は途絶えてはいけないの。」

「テンさんは魔法少女として踏み出すとき、

 迷わなかった?躊躇わなかった?」

「私も最初は迷ったわ。

 この空間と自分を維持するために

 三次元の人間を取り込んでいいのかって。

 でも思ったの。

 私がやらなくても別の誰かが魔法少女をやる。

 私がやらなくても魂は狩られ続ける。

 結果は変わらない。

 なら私が殊更に罪悪感を持つのは馬鹿らしいって。

 自分だけ損なの、私は許せない。

 それに人がその姿形を奪われないためにやることは、

 誰かから非難されるべきことなのかって。

 それで受け入れることにしたの。

 魔法少女としての自分を。」

「…」

「がっかりした?

 まあ、あなた好みかもしれない動機も少し言うと、

 ここの人達を守りたいって気持ちもあるわ。

 それが動機の一部になったのは、

 活動し始めてからかなり後の話しだけどね。」

「魂を吸収するとき、どんな気持ちなの?」

「何も感じないかな。

 踏み出したら怖いくらいすぐに慣れちゃった。

 …そう、慣れちゃうのよ。こういうのって。

 毎回感傷的になってたら身が持たないし。

 でも私みたいに慣れることが出来ない子は、

 心が壊れてリタイアしちゃう。

 三次元の記憶を持ち越してるのは

 魔法少女だけなんだけど、これも善し悪しね。

 三次元の人間だった記憶がなければ、

 人間を異空間の敵か家畜みたいに思えて

 何も考えずに済むんだろうけど。」

「三次元の記憶を持ってるのは魔法少女だけなの?」

「ええそうよ。魔法少女だけ特別なの。

 あ、特別ついでに魔法少女の特典を教えてあげる。

 実は魔法少女を続けてたら、

 三次元に帰れるかもしれないのよ。」

「えっ!そうなの!?」

「そうよ。驚いたでしょ?

 魔物は退治されると一粒の種になる。

 先輩からの言い伝えでは、

 この種を集めて思いを込めると三次元への扉が開くんだって。

 私と仲良かった先輩も昨日、

 種をたくさん集めて三次元へ帰ったわ。」

「ほんと!?」

「うん。帰るところを見たわけじゃないけどね。

 その先輩は種をたくさん集めていて、

 種を手に入れる毎にお祈りをしていたわ。

 そして昨日、魔物退治に出動したまま帰らなかった。

 魔物の気配が消滅したすぐ後に、先輩の気配も消失したの。

 麻衣のパソコンにその記録が残ってる。

 先輩は弓が武器だったんだけどすっごく強くて、

 負けたとか相打ちとかは考えられないから、

 種が溜まって三次元へ帰ったに違いないのよ。

 麻衣も先輩は卒業したって言ってたし。」

「卒業?

 三次元へ帰ったのならそう言ってくれたらいいのにね。」

「うーん、そこなんだけどね。

 さっきの種の話しとか三次元へ帰るとかの話しになると、

 麻衣もQも途端に口が重くなっちゃうんだよね。

 まあ、普段から何考えてるかよく分かんない連中だけど。

 きっと、あんまり魔法少女に卒業されたくないんだよ。」

「ふーん…」

マクラはQや麻衣のことを考えながら、

街灯に照らされた静かな外路地から夜空を仰ぐのだった。



そして二人は住宅街を抜け、明るい繁華街に入った。

しかし街の明かりの明るさとは逆に

マクラの足取りはだんだんと重くなり、

表情も硬くなった。

「マクラ、大丈夫?」

「う、うん…」

「魔法少女をやるか迷ってるなら

 見習いとして事務所にいたらいいわ。

 今もそんな子、事務所に一人いるし。」

「本当?」

「ええ。

 もっとも今事務所にいる子はもうダメだけどね。」

「ダメ?」

「うん。

 その子は抱き枕として1回出動した切り、

 引きこもりになっちゃったの。

 仕事をせずに2週間。もうタイムリミットだわ。」

「タイムリミットって、姿を奪われるってこと?」

「そう。

 役割を果たさなければ別の役が割り振られる。

 でも次の役は私が見てきた限り、

 街の住人でも魔物でもないわ。」

「じゃあ、次の役って…」

話しをしているうちに二人は

事務所のあるテナントビルの手前までやって来た。

すると、一人の学生服の少女が

ヨタヨタしながら入り口から出て来るのが見えた。

「あの子は私が事務所から出て来るときに見た…

 テンさん、さっきの話しの子って、

 ひょっとしてあの子なの?」

「ええ。

 あんなに衰弱して。見るのも痛々しいわ。」

その少女は俯いたまま

頼りない足取りで二人の方へ歩いて来たが、

マクラがいるのに気が付いて顔を上げた。

「あなた、さっき事務所を飛び出して行った、

 新人の魔法少女の子よね。」

「う、うん…」

「ありがとう。」

「え?」

いきなりお礼を言われて驚くマクラに少女は話しを続ける。

「あなたのおかげで、

 もう抱き枕にはならないって決められた。

 私もね、あなたと同じように

 何も知らされずに抱き枕の仕事をやらされたの。

 そして仕事を続けないと姿を失くすって聞かされて

 絶望したわ。

 人間の魂を喰らうか、それとも姿を失うか。

 いくら考えても答えは出なかった。

 でも、あなたが魔法少女をきっぱり断って

 事務所を出て行く姿を見て、

 魂を喰らわない選択をすべきだって思ったの。

 それは人間として誇りある選択だって。

 迷ったまま時間切れになる前に、

 私は選択することが出来た。

 姿を失う結果には変わりないけどね。

 ありがとう。」

少女はマクラの手を握って微笑んだ後、

テンの顔を睨みつけた。

「テン…

 どっち着かずじゃなくなった今だから言える。

 私はあんたみたいにはならない。

 自分可愛さで他人を犠牲にし続ける食人鬼には!

 それからその子と

 どうして一緒にいるのか知らないけど、

 魔法少女をさせるつもり?

 だったらそんなのあたしが許さない!」

「随分と言うじゃない。

 私はこの子に魔法少女を強いる気もなければ、

 あなたの選択にケチをつけるつもりもない。

 けど、この子にあなたと同じ選択を

 期待するのはどうかと思うわ。

 数時間の経験で考えは変わる。

 最終的にはこの子が決めること。

 道連れが欲しい気持ちは分かるけど。」

「私は道連れなんか…!」

少女がそう言った瞬間である。

ユラッ…

少女の体が薄っすらと光り、陽炎のように揺らめいた。

「あ、あれ?わ、私…」

少女は前後にふらふらとよろめいた後、

ドサッと歩道に尻餅を着いて倒れ込んだ。

「うっ…

 かっ体が重い。手も足も動かせない。

 なのに、それでいいと感じてしまう。

 このままでいいと思ってしまう。

 頭もぼーっとして…な、何なの、これ…」

「だっ大丈夫?」

少女に近づこうとするマクラをテンは素早く制止する。

「マクラ!絶対触っちゃだめよ!

 巻き添えを食って

 あなたの色や形が壊れるかもしれないから!

 キャラ設定をオフにされた彼女は

 通行人には既に見えないし無害だわ。

 けど魔法少女には同期して侵食するから危険なの!」

それを聞いて少女は薄っすらと笑った。

「…そう。

 私、呪われた魔法少女から解放されたのね・・・」

少女はそう呟いた後、

歩道の真ん中でフワッと大の字になった。

ゴワ、ゴワゴワゴワ・・・

歩道と接した部分が癒着を始め、

少女と歩道の境目が失われて行く。

ゴワ、ゴワゴワゴワゴワ・・・

加えてその体は色をくすませながら粘土状になり、

背中側から歩道にゆっくりと同化し始めた。

そして口からは可笑しな言葉が漏れ出したのである。

「ふふふ、ふふふふふ…

 ねえ…踏んで…

 私、踏まれたいの。踏みつけられたいの。

 お願い、誰か踏んで。踏んでぇ…」

カツカツカツカツ

その声に導かれてか、

スーツ姿のサラリーマンが少女の方へと歩いて来た。

男は無表情のまま少女の右膝へと左足を振り降ろす。

グシャ

「あああ!」

少女の粘土状の右膝は簡単に踏み潰された。

しかし少女は痛がりもせずそれどころか歓喜の声を上げた。

「もっとぉ!もっとぉぉぉ!」

少女は踏まれる事を願った。

グシャ

グシャ

「かはぁ!ああぁぁぁ!」

左腹が、そして次に右肩が踏み潰される。

少女はその度に恍惚の表情を浮かべた。

「あれ?今何か踏んだかな?

 あの感触、ひょっとして犬の…?

 でも何もない。俺、疲れてるのかな。

 それより早く帰ってナイターナイター。

 今日はどっちが勝ってるかなぁ…」

男は呟くと何事もなかったかのように立ち去って行く。

「はぁ…はぁ…きっ気持ちいい…

 すごく満たされる気持ち。

 自分が自分らしくいられる気持ち。

 もっと踏まれたい。

 もっと踏みつけられたい。

 足蹴にされてその重さを受け止めたい。

 もっとぉ、もっとぉぉ!

 もっと誰か私を踏んでぇぇ!」

それを呆然と眺めるマクラにテンは寄り添った。

「この子はヒトを終えたの。

 そして次の使途へと向かっている。

 この子の魂の第二の使途、それは…」

「いっ言うなぁぁ!」

少女がテンの言葉を遮った。

「人でなしのあんたなんかに、

 私がヒトとして終わったとか言われたくない!

 それが本当でも、これが私の選択でも、

 あんたに事情通ですって面で

 私を語られるのはご免だわ!」

「あら、まだまともなヒトの自我も残ってるのね。

 けどそのヒトの自我は

 あなたにとってもう不要のものよ。

 持ち続ければ苦しむことになる。

 早く溶かしてしまって、

 踏まれて喜ぶ新しい自我に

 染まった方がいいわ。」

「その上から目線が気に入らないって言うのよ!」

カツカツカツカツ

次の通行人が少女に近づいて来る。

「…ああ、足音だわ。体が疼く。

 お願い、踏んで、踏んでぇぇ!

 いや、やだ、踏まないでぇぇ!

 踏まれるのに染まるのが怖い。

 私が壊れるのが怖い。

 いっいやぁ!いやぁああ!」

グシャ

グシャ

グシャ

「ああっ!ああっ!あああぁぁっ!!」

少女は深い足跡だらけにされながら悶えた。

「はぁ、はぁ、はぁ…

 きっ気持ちいい…

 踏まれるのがこんなに気持ちいいなんて。

 不思議な感覚。

 自分が昔から道だったように思えてしまう。

 逆にヒトだったのが遠い昔のよう。

 …ふふふ。皮肉だわ。

 かつて道路予算の獲得に躍起になってた私が

 自ら道になるなんて。

 思えば遣り残したことばかり。

 あと一軒の用地買収、

 駅前再開発プロジェクトの市議会可決、

 係長昇進、結婚…あああ…」

少女は遠い目をしている。

「ね、ねえテンさん、

 この子を何とかしてあげられないの?

 魔法で三次元に返してあげたりとか!

 こんな時、

 魔法少女なら奇跡を起こせるんじゃないの?

 何でも出来るんじゃないの!?」

「そんなの無理に決まってるじゃないの!

 魔法でも何でもは出来ないわ。出来ることだけ。

 そんなのが可能ならとっくの昔に私が三次元に帰ってる。」

少女は体の半分を歩道と同化させながら

マクラの方にゆっくり顔を向けた。

「あなたにも出来ること、あるよ…」

「私に出来ること?」

「ええ。今ここで一緒に道になるの。」

「!」

「あなたも魔法少女、やらないんでしょ?

 だったら今私と一緒に道になろうよ。

 私に人間の魂を喰らわない選択を

 させてくれたあなたとなら、

 ヒトでなくなることへの今更な怖さもきっと吹き飛ばせる。

 ふふふ。

 それにね、踏まれるのってすごく気持ちいいのよ。

 ふふふ、ふふふふ・・・

 さ、私に触れて、私と溶け合いましょう?」

「わ、私は…」

マクラは俯いてしまった。

「何を躊躇ってるの?

 あなたの足で私を踏んで。

 私のヒトらしさの残っている顔の部分を、

 あなたの足で踏み潰して。

 そしてあなたも足から私と融解して一緒に道になるの。

 さあ、私と接着して、地方道路になってよ!」

「わ、私は、私は…」

マクラは握りこぶしをグッと握った

「ご、ごめんなさい…」

「え…」

少女は顔を曇らせた。

「どうして?

 どうして謝るの?

 どういうことなの?

 …まさかあなた!」

マクラはそのまま黙り込んでしまった。

「なんてこと!

 尊敬してたのに。あなたに勇気をもらったのに。

 だからこの選択を受け入れられたのに。

 なのに、なのに!

 ねえ!責任取ってよ!

 責任取って一緒に道になってよ!ねえ!

 ねえったら!」

そこへテンが割って入った。

「いい加減にしなさいよ!

 あんたは自分で答えを出しかねて、

 マクラの振る舞いを勝手に心の拠り所にしたんでしょ?

 マクラに責任を求めるなんて

 お門違いもいいところね!」

少女とテンが睨みあっていると、

中型のトラックが歩道に横付けして来た。

そのトラックはバックし始めたが、

歩道に乗ったその後輪は、

その直線上に少女を捉えていた。

「踏み付け役が来たわよ。」

「いやぁ!あああ!

 体が求めてる。心が求めてる。

 あのタイヤに踏みつけられるのを。

 重さを全身で受け止めるのを。

 ああ、だめ、もう求めるのを我慢できないっ!

 踏んでぇ!思いっきり踏んでぇぇぇ!

 私をその太いタイヤで押し潰してぇぇぇ!

 ああ、でも怖いっ!

 踏まれる喜びに呑み込まれるのが!

 ヒトじゃなくなるのが!

 失ってもいいって決めたはずなのに!

 ああ、私は、私は、ああああ…!」

ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ…

ダブルタイヤの後輪が少女に迫って来る。

「ああ!踏んでぇ!踏んでぇぇ!

 やぁぁ!踏まないで!踏まないでぇぇ!

 踏まれたら私は!踏まれたら私は!

 ああ!でもっ!でもっ!ああっ!

 疼く!疼くよぉぉ!

 踏んでぇぇ!踏んでぇぇ!

 重たく重たく踏みしめてぇぇぇ!!」

少女は願望と恐怖に翻弄されていた。

ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ…

「ああっ!ああ!

 マクラッ!あなたは間違えちゃだめっ…だよ…!」

振り絞るような声にマクラは訳も分からないまま頷く。

そしてタイヤがいよいよ少女の目前に迫った時である。

「いっいやぁぁぁ!!

 あたしはまだヒトでいたい!!

 あたしにはまだヒトとしてやりたい事が残ってるの!

 あたしにはまだ!あたしにはまだ…」

グシャリ

タイヤは容赦なく少女を道扱いして重量を乗せに掛かる。

それと同時に少女の心が弾けた。

「ひひゃぁぁぁぁっ!

 いいぃぃぃぃっ!

 きもちひぃぃぃぃぃ!!

 私は道ぃ!私は道ぃぃ!

 私は踏まれて喜ぶ道なのぉぉぉぉ!!!

 私は!私はぁぁ!ああぁぁっ!私は道ぃぃぃ!

 きひぃぃっ!きもちいぃぃぃっ!

 踏んでぇ!踏んでぇぇぇ!踏み付けてぇぇぇ!!

 あああ!重たくってきもちひぃぃぃっ!

 もっとぉぉ!もっと重みをぉぉぉぉ!

 ああ!ああぁぁぁぁっ!!」

ググ、グググ…

タイヤが少女の頭を歩道に押し沈める。

少女は歓喜の声を上げ続けたがその声はどこか悲しかった。

そして声が止みトラックが去った後、

そこには少女を思わせるものはもう何も無かった。

そこにはただ、舗装された歩道があるだけである。

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

マクラは膝を着いて大声で泣いた。

通行人達はそれを横目で訝しげに見ながら歩いて行く。

「マクラ、耳を当ててみなさい?

 彼女の声が聞こえるから。」

マクラは恐る恐る歩道に耳を当てた。

『大きな足が、着いたり離れたりしてる…

 あはは、大きい!

 相撲取りかしら?

 いや、違う、違うわ。

 相撲取りはもっと、ググッて重いものね!

 暑っ苦しいわここ。ヒートアイランド現象?

 んん…蹴られたいのにな。

 ねぇー!蹴ってくださいよぉ!ねぇ!』

「ああ…あああ…」

マクラは顔を引きつらせて震えた。

「マクラ、分かった?

 別の役を振られて姿を失うってのは

 こういうことなの。

 この子は道になった。背景になった。

 完全に定着したら、もう声も聞こえなくなる。」

「私のせいだ…

 私の振る舞いが結果的にあの子に

 こんな選択を…」

「違うわ。

 魔法少女でいられるのは

 魔法少女をやる意思を持った者だけよ。

 あの子はキャラを放棄して、

 魂を喰らわないプライドにすがったの。

 マクラは悪くないわ。」

「つめたいね、テンさん。」

「慣れてしまうのよ。こういうのにも。

 …さ、事務所に上がるわよ。」

カツカツカツカツ…

人々がいつものように道を歩いて行く。

道はその度に道の当たり前の役割として、

その重みを全身で受け止めるのだった。



つづく