風祭文庫・異形変身の館






「魔法少女 だいた☆マクラ」
(第6話:こんなこと、絶対おかしいよ)


作・徒然地蔵(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-367





抱き枕の上で看護婦のイラストになっているマクラ。

そのマクラで劣情を満たした青年は、

ティッシュをゴミ箱へ捨てると再びマクラに近寄った。

「ああ、看護婦さん…」

ギュッ

青年は抱き枕を抱くと床に転がった。

(もっもう!

 パンツぐらいちゃんと履いてよ!

 それにそんなに強く抱き締められたら苦しいったら!

 いたっ!

 押し付けられた顔の髭がチクチクして痛い!

 髭はもっと綺麗に剃って!  

 それに爪は引っ掛からないように切って!)

けれども青年はイラストの気持ちなど知る由もなく、

思うが侭にマクラに絡みつくのだった。

「…ああ、気持ちいい。

 嫌なことを全部忘れさせてくれる。

 やっぱり二次元の女の子は最高だ。

 薄汚い現実の女なんて比べ物にならないよ。

 …そうだ、そうだよ。

 女だけじゃない。
 
 現実世界は全て汚れてるんだ。

 ああ、ずっとこうして君を抱いて眠っていたい。

 出来ることなら君と同じ世界で暮らしたい…」

青年はそう呟きながら眠ってしまった。



するとその時、マクラに声が響いて来た。

『やあ。上手くいってるようだね。』

(その声はQ!)

マクラはハッとした。

(う、上手くいってるって…ま、まさかっ!

 まさか魔法少女の仕事って抱き枕になることなの!?)

『ああ。そうだよ。

 より正確には、抱き枕になって

 人間を二次元へ導くのが君の仕事なんだ。』

(なっ!何よそれっ!!)

『人間が二次元と同化するにはね、

 二次元との魂の共鳴、抱き枕との接触、

 そして魔法少女の魂の存在が必要なんだ。

 そのために体を張るのが魔法少女なんだよ。』

(そっそんなっ!!

 じゃあこの人も私みたいに、

 寝ている間に魂が二次元に落ちちゃうの!?

 目が覚めたら抱き枕の上で線画になってて、

 肉体が抱き枕に吸収されちゃうの!?)

『二次元への相転移のプロセスは人それぞれだよ。

 けど彼が二次元化するという結末は確実だ。

 そもそもそのために君がここにいるんだしね。』

(いっ!いやぁぁぁぁぁ!!)

『さ、じゃあ僕は彼の背中を押すとするかな。』

これまでマクラにのみ聞こえていたQの声が、

今度は眠っている青年に語り掛け始めた。 

『やあ。抱き枕は気に入ってくれたかい?』

「…ああ、最高だよ…やっぱり二次元は最高…」

青年は眠りながら問いに答える。

(駄目っ!二次元を望んじゃいけない!)

マクラは二次元化を止めようと叫んだが、

その声は青年には届かなかった。

Qはマクラに構わず語り続ける。

『君は現実世界に失望しているんだね。

 なら二次元の世界へ案内してあげるよ。

 君もそれを望むだろ?』

「…ああ…」

『分かった。君のその願いは叶えられるよ。』

(だっ!駄目ぇぇぇぇぇぇ!!)

ボワッ…

抱き枕と青年の体が怪しい輝きを放った。



(何?この不思議な感覚は…?)

マクラは全身が何かに共振しているような感覚を覚えた。

『マクラ、それはね、君の魂が磁石みたいに働いて、

 彼の魂を二次元に引っ張っている感覚なんだ。』

(いっいやぁぁ!)

直後、青年が息を荒げ始めた。

「…はあ、はあ、はあ、はあ…」

全身に汗が滲み顔は苦しみに歪んでいる。

「…はあ、はあ、はあ、はあ…」

 …うっ!うううっ!!」

青年はカッと目を見開いて目を覚ました。

「…はあ、はあ、はあ…

 か、体が燃えるように熱い!み、水!」

しかし青年は手足を何かに固定されていて

立ち上がることが出来ない。

「あ、あれ?立てない…

 ひっ!!な、なんだ!?なんだよ!?

 なんなんだよこれぇぇ!!」

青年は手足を見て驚いた。

彼の肘から先と膝から先は抱き枕に繋がり、

しかも絵になっていたのである。

「手と足が絵になって抱き枕に取り込まれてる!

 たっ助けてっ!」

『大丈夫。怖がる必要はないよ。』

「だっ誰だ!?」

『僕はQ。二次元への案内人さ。』

「二次元への案内人!?僕に何の用だっ!」

『さっき君は二次元へ行きたいと願っただろう?』

「僕が願った?」

『ああ。君は夢現みたいだったけどね。

 ほら、君の手足、二次元でも変化を続けているよ。』

「ひっ!!」

青年は息を呑んだ。

手足は何時しか黒く染まり肥大化して、

ギラリと光る爪を生やしていたのである。

「ぎゃぁぁ!!」

驚愕する青年にQは淡々と続けた。

『あ、君に担ってもらうキャラだけど、

 今二次元では悪魔が必要なんだ。』

「まさか僕がその悪魔に!?」

『ああ。その通りだよ。

 君には悪魔になってもらう。』

「いやだ!二次元に行くなんて!

 悪魔になるなんて!!」

『君は変化に怯えているだけさ。

 君が二次元化を願った時、

 その魂は二次元と凄まじく共鳴していたよ。

 君の望んだ世界が待っているんだ。

 ほら、今度は尻尾が生えて来たよ。』

ニョキニョキニョキ…

「ひぃぃぃっ!!」

尻から先の尖った尻尾が生える。

その不気味な尻尾は伸び終えると、

パンッ!

と床を一打ちしてダラリと垂れた。

「こんな尻尾いらない!

 僕は人間なんだ!…あがぁっ!!

 今度は体が痛い!燃えるように熱い!

 たっ助けてっ!うっ!うあぁぁぁ!」

ムリッ!ムリムリムリムリッ!

上半身の筋肉という筋肉が

不気味な躍動を起こしながら隆起していく。

グググググッ!

ビリッビリビリビリッ!

服を破り裂いて出て来たのは、

筋張った筋肉のグロテスクな肉体だった。

「げほっ!げほっ!はあっはあっ…」

『凄いや。まさに悪魔の肉体だね。』

「こんな体嫌だ!

 悪魔の体になんかになりたくない!

 頼む!頼むよ!頼むから元に戻してくれ!」

『困惑する気持ちは分かるけど、

 変身を止めるのはもう無理なんだ。

 それに悲観しなくてもいいよ。

 君の魂は負の思念を多く含んでいる。

 その魂に相応しい姿を得て

 新しい世界で生きることが出来るんだ。

 これって究極の自己実現じゃないかな?』

「そんなの!そんなの全然望んでないっ!

 たっ助けて!助けてくれっ!」

『気に入って貰えないか。

 でもその悪魔の黒い皮膚、

 君にはとっても似合ってるよ。』

『黒い皮膚?うっうわぁぁぁぁ!』

青年は自分の体を見て驚いた。

そこに見えたのは

硬そうな黒い皮膚に覆われて黒光りする

不気味な肉体だったのである。

『話している間に、

 手足から黒い皮膚がジワジワと

 這い登って来ていたんだけど、気付かなかったかな?

 あ、やっと頭も呑み込まれて髪も落ちちゃったね。』

「ああああ…」

『君は着実に悪魔になっている。

 ほら、今度は背中が膨らんで来たよ。』

「いっ!痛い!痛いいいっ!!」

グギッ!グギグギグギッ!

背中の肉が怪しく蠢く。

そして切れ目が入ったかと思うと、

バサァァァッ!!

「うがぁぁぁぁぁぁっ!!」

絶叫とともに、

漆黒の禍々しい翼が背中から跳び出した。

翼はドロドロした体液を滴らせて広がっていく。

「ああ!ああああああ!!」

青年は苦痛に顔を歪ませたが、

今度はその顔に変化が現れた。

「うううっ!いっ痛い!

 かっ顔が!顔が!あっ熱いぃぃぃっ!」

ググググ…

「ああっ!あああぁぁぁっ!」

皮膚を突き破って額から二本の角が顔を出す。

鼻は伸び、顎はせり出してしゃくれ、

耳は尖って伸びてしまった。

「二、ニンゲンニ、ニンゲンニ…

 アレ?アタマノナカガボーットスル…」

『君は俗悪な低級悪魔になるんだ。

 だから良心とか知性とか、いらないモノが

 頭の中から削除されていっているんだよ。』

「ヤ、ヤメテクレッ!」

『君には下卑た思考しか残らない。

 人間みたいにつまらないことで悩んだりしなくなる。

 心に痛みを感じることもなくなる。

 もう少しの辛抱だからね。』

「ボ、ボクハッ!ウッウガァァァァァ!」

『泣いているのかい?

 もうすぐ消滅する人の心で。

 目から赤い雫が垂れてるけどそれは涙なのかな。』

「ウウウッ!ウッ!グガァァァァァ!!」

その雄叫びは悲しみを湛えていたが、

その声も徐々に獣の発する鳴き声へと変わった。

『さあ、これでもう三次元とはサヨナラだよ。』

ズズ、ズズズズズズ…

悪魔となった体が抱き枕へと沈んでいく。

「グガァァァ!グガァァァァ!」

ズズズズズズ…

底無し沼に引き摺り込まれるように体は沈み、

全身が三次元から消えるのにそう時間は掛からなかった。

そしてしんと静まり返った部屋に残された抱き枕には、

看護婦に覆い被さる悪魔の絵が加わっていたのである。

『ふう。マクラ、一仕事終わったよ。』

(あわ、あわわわわ…

 人間が悪魔に…悪魔が二次元に…

 私が…私が…)

『お疲れ様だったね。

 あ、もうこんな時間。マクラは事務所へ帰るんだ。』

(わっわぁぁ!

 こんなこと、絶対、おかしいよぉぉぉ!)

マクラは亜空間の中を飛び始め、

そして光の出口に吸い込まれていった。



つづく