風祭文庫・異形変身の館






「樹怨」
(第五話:キニナルアイツ)


作・徒然地蔵(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-320





「牛島っ!」

不意に自分の名前を呼ばれると、

「あっ

 はいっ」

名前を呼ばれた私は慌てて立ち上がると、

自分を呼んだ上司の席へと向かっていく。



季節は春、3月を迎えていた。

「ぼんやり考え事か、

 春の番組改編を控えているんだ。

 そんな暇、

 いまのお前には無いだろうに」

皮肉めいたことを上司は言うと、

スッ

私に向かって企画書を突き返し、

「お前が出したドラマの企画書。

 目を通してみたが、

 いまどき怪奇モノは流行らないぞ」

と評価を告げる。

「そうですか、

 私は行けると思ったのですが」

”樹怨”

とタイトル書きされた企画書を手にしながら、

私は残念そうにして言うと、

「お前はさ、

 ドラマよりもバラエティ向きなんだよ。

 この間、お前が体を張って作ったバラエティ、

 スポンサーの評判が良くてさ、

 次も…と言われているんだ。

 確かに色んな分野へのチャレンジも必要だけど、

 そろそろ、腹を決めろよ。

 期待しているんだからさ」

と上司は私を励ますように言う。



「牛島さぁーん」

夕方、

定時を告げるチャイムが鳴り響いた後、

私の周りに女性たちが駆け寄ってきた。

「なっなにか?」

突然の事に戸惑うと、

「牛島さん。

 お誕生日、

 おめでとうございます」

と彼女らはプレゼントを手に私の誕生日を祝い始めた。

「ちっ、いいよなぁ、

 牛島は女性にモテモテで」

「牛島君っ

 こういうことはプライベートで行って欲しいものだね」

そんな私をやっかんでか、

同僚達が苦情を言い始めると、

「どうもすみません」

彼らに向かって私は頭を下げる。

すると、

「なに言っているの、

 欲望丸出しあなた達とは違って、

 牛島君は女性に優しいのっ」

「そうよ、

 そうよ」

私の背中越しに女性たちは擁護する声を上げる。



「お先に失礼します」

「お疲れ様ぁ」

ようやく仕事を切り上げた私が廊下に出ると、

「あの」

一人の女性が声を掛けてきた。

「君は…

 あぁ、さっきはありがとうね。

 プレゼントうれしかったよ」

「そんな…

 そうだ、牛島さんの番組見ました。

 あの映像のスタントって

 牛島さんご自身がやられているのですか?

 よく怪我をしませんでしたね」

「そうでもないですよ。

 あの番組はディレクターの私が

 体を張ってのスタントをウリにしていましたし、

 それにめっぽう強いお守りがあるので、

 多少の無理はへっちゃらってことだけです」

女性の言葉に私は答えると、

身につけているお守りを見せる。

「木の枝…がお守りですか?」

お守りを見た女性はそう言うと、

「えぇ、

 これが私のお守りなんです」

と私は自信たっぷりに答えた。

「そうですか、

 でも、あまり無茶をしないでくださいね。

 ところで、

 これからの予定はありますか?」

急にモジモジしながら彼女は話を変えると、

「うーん、

 残念。

 明日なら予定は空いているけど、

 今日は埋まっているんだ。

 ごめんね」

とすまなそうに答える。

すると、

「そうですか、

 じゃっ

 じゃぁ、明日。

 予定に入れておいてください」

このまま諦めるかと思った彼女だったが、

気持ちを明日に切り替えたのか、

そう言い残すと足早に走り去って行く。

「これって、

 私に脈ありって、ことか?」

彼女を見送りながら私はそう呟くと、

恥ずかしげに頭を?く素振りをしていた。



…明治××年。

…祝言を挙げたばかりの新婚夫婦が

…押し入ってきた女に襲われる事件が発生した。

…初夜の寝所で新郎は殺害され、新婦は重傷を負う。

…押し入った女は新郎の遺体を奪い逃走すると、

…山中の神社に逃げ込み立て篭もった。

…事件の報を受けた警察は巡査数名を村に派遣。

…村の自警団と共に神社を包囲するが、

…女は社殿の中で自らの命を絶ったのである。

…女はこの神社の巫女であった。

「うーん」

資料を読みながら私は頭を掻いてみせる。

ここは県立の図書館。

社会人向けに開館時間を延ばしている資料室の中で

「あの昔話の元となった事件、

 何とか情報にたどり着いたけど、

 事件の舞台となった村は

 とうの昔に廃村となって資料は散免。

 僕が出来るのはこの辺が限界か…

 真実は巫女だったあの樹の証言のみと言うわけだな」

ギシッ

座っている椅子を鳴らして彼は天井を見つめていると、

閉館を知らせるアナウンスが静かに流れる。

「もぅこんな時間か、

 取りあえずコピーをとっておくか」

時計を見た私はそう言うと、

資料を携えてコピーサービスのコーナーに向かって行った。



14年の年月が過ぎていた。

大学を卒業しTV局に勤める私は30代半ばとなり、

職場の中堅として活躍を期待され

ディレクターとして日夜、番組作りに汗を流している。

「牛島さんってまだ独身なんですか?」

「そうなんだって」

「まさか、バツイチ?」

「ううん、ずっと未婚だって」

「そっか、

 だからあんなに危ないことが出来るんだ」

「でも彼女は居ないの?」

「ガードが固い。と言う話だけど。

 女性が怖いのかな」

「そういえば、

 昔の事件についてよく調べているよね」

「うん、

 局の資料室にも時たま姿見せるし、

 図書館にも通っているらしいよ」

「ふーん」

そんな会話が女性達からもれる中、

「え?

 プロデューサーですか?」

私はまもなく行われる人事異動の内示を受けていた。

「そうだ、同期と比べて早い昇進だけど、

 君なら出来る。

 期待しているよ、牛島プロデューサー」

彼に昇進を告げた上司は、

驚く私の肩を叩いてみせる。



コォォォォォッ

県境の樹林帯にクルマの音が響くと、

キィッ

国道脇の駐車場にクルマは停車した。

「ふぅ、

 ここは昔と何も変らないな」

休日の昼、

周囲を見廻しながらクルマから降り立った私は、

ある男に預けてあった”鍵”を手に取り、

森に消えていく道を進んでいく。

幾度も通った道だが、

しかし、歩いていく私に付き添うものは誰も居ない

やがて目の前に壁のように立ちはだかるモヤが姿を見せる。

【このモヤは俗世と神域とを分け隔てている結界、

 気安く侵してはいけないのです】

私がこのモヤがそういう存在であることを知ったのは

とある女性からの指摘であった。

チャラッ

私は手にしていた鍵を光らせるとモヤの中へと踏み込んでいく。

フワッ

瞬く間に視界は一切利かなくなり、

自分の手すら見えない中を歩いていく。

程なくしてモヤが晴れたとき、

私は神域に足を踏み入れていた。



ザッ

ザッ

ザッ

一歩一歩踏みしめるように歩き、

やがて、目印のごとく佇む一本の樹がその目に入って来る。

と同時に

樹の前で一人の女性が立っていることにも気がついた。

異国風の黒い衣装を纏い、

漆黒の長い髪をなびかせている彼女は、

一見少女のようにも見えるが、

しかし、その体からにじみ出てくる気配は

彼女が人とはかけ離れた存在であることを無言で伝えていた。

そして、その彼女こそが

ここが神域であることを私に告げた女性だったのである。

「やぁ、

 黒蛇堂さんではないですか」

『あっ、こんにちわ』

私の声に振り向いた黒蛇堂は軽く会釈をしてみせると、

『近くを通りましたので、

 ちょっとご挨拶に伺っていたところです』

と訪問の理由を言う。

「そうですか

 ありがとうございます。

 里枝も喜んだでしょう」

それを聞いた私は礼を言うと、

『えぇ、

 とっても喜ばれていますわ。

 それでちょっと甘えてご相談をしたら、

 これを授けてくれました』

そういいながら黒蛇堂は一本の小枝を見せる。

「なるほど、

 それで魔法アイテムへの錬金ですか、

 で、今度はどのような難題を吹っかけられたのです?」

小枝を見ながら黒蛇堂に向かってたずねると、

『うふふ、

 それは企業秘密ですわ』

と彼女は笑みで質問をかわしてみせる。

それを見た私は、

「ふぅ

 私はあなたがうらやましい。

 そういう力を使えるのですから、

 それに比べて私は…無力だ」

と呟く。

14年前、

私は何もできないまま、

この場で衝撃の事実と向かい合っていた。


「智也ぁ、

 私、立派な樹になったよ。

 もぅ体は動かないわ。

 脚も…

 腰も…

 お腹も…

 胸も…

 手も…

 そしておっぱいも…

 みんな…

 みんなみんな、

 樹になっちゃった。

 うふふふ、

 あたしは樹に、

 樹になっちゃった。

 樹に…

 あはっ

 あはははは」

俺も

里枝も

ここにくるときに覚悟を決めていたはずだった。

でも、実際にこうして、

里枝が人ではない姿に変化していく姿は衝撃的で、

里枝自身も自分の体が樹へと変化していく様を見せ付けられると、

笑うしかなかったが、

しかし、目からは大粒の涙をこぼしている。

既に彼女の肩から地際まで樹の幹を思わせる寸胴となり

頭と万歳をした両手は天高く伸び、

胸から突き出した新しい膨らみと共に葉を茂られている。

もぅ誰が見ても彼女を人間とは見ず。

一本の樹として見るだろう。

「里枝…」

そんな彼女に向かって

俺は彼女の名を言うことしか出来ず。

唇をかみ締めてみせる。



ザザザ

ザザザ

夜風が吹き渡り、

里枝の体から伸びる4つの枝先で茂る葉は

小さな音を響かせ始める。

フワリ

引き裂かれた彼女が着ていた服が何処へと飛ばされていく。

もぅ里枝が身に纏うものは何も無い。

彼女は全裸の姿でここに佇むしかないのである。

「里枝…

 大丈夫か?」

地面から1本の幹を伸ばし、

4つの枝を天に伸ばしている里枝に話しかけると。

「うん…」

里枝はすすり泣きながら力なく答える。

「そっそうか」

もはや、そうとしか俺は言えなかった。

すると、

ムリムリムリ…

すすり泣く里枝をよそに、

今度は首が太さを増しだした。

「の、喉が…!

 げほっげほっげほっ…!

 苦しい!

 げほっげほっ!」

体の中からせり出てきた肉質が彼女の首や顎を覆ってしまうと、

里枝は頭までを寸胴にしてしまい、

顎はどこにあるのか探しても容易には判別できなくなっていく。

そして、

ズズズズ…

肩がせり上がってくると、

耳をつぶし、

頭と腕との隙間が閉鎖されていく。

まるで鉄筋の間にコンクリートが流し込まれるように、

里枝の頭と両腕の間が肉質で埋められていくと、

里枝の頭と腕は完全に癒着して円柱状にまとめられてしまったのだ。

「樹になるって

 こういうことなの?

 やだよ…

 こんなのやだよ…」

気がつくと彼女の体から伸びる四本の枝の枝振りは、

周囲の樹と遜色ないほど立派に成長し、

里枝は、

顔と髪、

そして肌を除いて、

周りの樹と同じ容姿…

ご神木になってしまっていた。



「智也、

 私のために付き添ってくれてありがとう。

 見ての通り私は樹…

 もういいよ。

 もぅいい…」

里枝はまだ動かせる目を俺に向けてそう言うと

「り、里枝…

 いまさら何を言うんだよ!」

俺は声を絞るようにして言う。

「お前はまだ樹なんかじゃない。

 たわいもない話しをして、

 ふざけて、

 笑って、

 喧嘩して…

 もういいって諦めるところじゃないだろう」

そんな里枝に向かって俺は怒鳴った。

すると、

「ごめんね、智也。

 でももう私、

 樹になってしまうわ。

 だからせめて最後に、

 智也と人間らしく愛し合いたいの。

 キスをしたいの。

 セックスがしたい…の」

彼女からの願いを聞いた俺は一瞬戸惑ったが、

足に力を込めて立ち上がると、

「…分かった。

 分かったよ、

 里枝…」

そう囁きながら俺は里枝へと近づき、

手を伸ばすと露になっている彼女の体に手を触れた。

円筒形の体を覆う里枝の肌は冷たく、

硬いゴムのようになっている。

それでも俺は彼女を強く強く抱きしめた。

「里枝、愛してる。

 愛してるよ」

「智也…」

胸から伸びる枝に肘をかけて体を伸ばし、

俺はその奥にあるの里枝の顔に自分の顔を近づけていく、

そして、口づけをするとお互いの舌を絡め合う。

「あっ」

里枝の口から声が小さく漏れ、

うっとりとした表情を浮かべて見せる。

その表情を見つめた後、

俺は体を下ろし、

彼女の胸から伸びる枝と枝の間をに口づけをすると、

舌で愛撫をしはじめる。

唇と舌に固くひんやりとした感触が伝わってくると、

「はあ…

 はぁはぁ…

 智也、気持ちいい…」

里枝は喘ぎ始める。

彼女が発するその言葉から

里枝の体はまだ女としての快感を得られることを知り

俺は安堵して見せる。

そして、それを励みに、

里枝の背中や腰だった部分を手で優しく撫でていく、

肌はもう人の温もりをなくしていたが、

俺にはその体がとても愛おしく思えた。

そして手を伸ばして正面に突き出ている里枝の秘部に触れると、

陰毛の代わりに小さな葉が覆っている

そこはじっとりと湿り気を帯びていた。

そのときだった。

ミシッ

里枝の体から次の変化が始まろうとする音が微かに響いた。

すると。

「智也、

 もう時間がないかも知れない。

 早く…!」

と里枝は催促の声を上げる。

「ああ判った。

 じゃあ、入れるよ。

 里枝…」

その言葉に急かされながら俺は股間で硬くなっていた。

自分のイチモツを里枝の秘部にあてがい、

縦筋を割開きながら奥へと押し込んでいく。

「はああ…!」

里枝は切ない声をあげて、

俺を迎え入れると、

里枝を感じながらゆっくり腰を動かし始める。

クチュゥ

クチュゥ

最初はゆっくりと、

そして、手を里枝の後ろに回すと

パンパンパン

と力強く腰を打ち付ける。

パンパンパン

パンパンパン

腰を里枝の体に打ちつけるごとに、

相撲のテッポウを思わせる音が響くが、

しかし、俺は無心で腰を振る。

その音にあわせて俺と里枝の結合部が

グチュグチュ

いやらしい音を立てると

「…いい

 …いいよ智也…」

と里枝は声を上げる。

腰を振りながら俺と里枝は

お互いの存在を強く感じ確かめあった。

俺はさらに腰の動きを速めて彼女の秘部を激しく突く。

里枝は動かない体であるにもかかわらず、

身悶えして息を切らして喘ぎ始めた。

「…はあ、

 はあ、

 はあ…

 いい…

 気持ちいい…

 気持ちいいよぉ!」

その声を聞きながら俺は地面に固定され、

動けない裸の里枝に向かって腰を打ちつけ続ける。

枝を空に張った丸太のような彼女の体との奇妙なセックス。

体の振動が天に向かって伸びる枝に伝わり、

枝が小刻みに揺れると、

ザザッ

ザザッ

生い茂る葉が喘ぐように騒ぎ始めた。

「はぁはぁはぁ」

「あっ、
 
 あんっ

 んっ

 あんっ」

もしこの光景を第三者が見たら、

きっと俺は樹を相手にセックスをする変態に見えることだろう。

でも、俺は樹を抱いているのではない。

樹の姿をした女性を抱いているのだ。

それを心に強く刻みながら俺は腰を動かし続ける。

パンパンパン

パンパンパン

里枝の女性器は俺のイチモツを冷たく固くなっている肉で締め付け、

奇妙な快感を与え続ける。

そして、その快感は俺を射精に駆り立てるのに十分だった。

「お、俺もういきそうだ…!」

「わ、私も…!」

その言葉を合図に直立したまま息を荒らげる里枝に向かって

俺は腰を大きくひと振りした。

「う!

 で、出る!」

「ああ!

 智也!

 いく!

 いっちゃううう!」

里枝が絶頂に達するとともに

俺は里枝の中に思い切り精子を放出したのであった。



「はぁはぁ

 はぁぁぁぁ」

「あぁぁぁぁ」

里枝に向かって倒れ込むように

俺は彼女の体を抱きしめ息を整えると、

そのまま俺は地面にへたり込んでしまい、

「智也、ありがとう…」

そんな俺を見下ろして里枝は優しく微笑んで見せる。

月は陰ることなく夜を照らし、

薄白い里枝の樹の骨格が闇に浮き出ている。

ミシッ

ミシッ

彼女の変身が次の段階に移ったようだ。

白い人間の肌は樹の生長と共に引き伸ばされても、

嘗ての弾力は保っていたが、

しかし、地際の色が徐々に変わり始めると、

木肌を思わせる色へを変化し始めた。

「肌に色が…」

それを見た俺は色が変わったところを触ってみると、

ザラッ

色が変わった里枝の肌は硬くなり、

何度擦ってみても

それは樹の表面を覆う木肌を思わせるモノに変化していた。

「さっ里枝!」

そのことを俺は告げようとすると、

「判っているよ、

 あたしの肌が硬くなって樹みたいになっているんでしょう。

 もう、足のほうは何も感じなくなっているわ。

 同じように腕もほら、

 樹になっているよ」

と彼女言うと、

「え?」

俺は顔を上げて葉が生い茂る里枝の腕を見上げる。

すると枝先から体の中心へ向けて、

だんだん固くザラザラしたものに変わっていっているように見えた。

彼女の肌が樹皮に置き換わりつつあることは、

俺にも里枝にも容易に察しがついた。

「智也、

 私、このまま体が固くなって樹になるのね…」

彼女がそうつぶやいたとき、

コポッ

コポコポコポ…

液体の音が響き始める。

コポ

コポコポ

コポ

「何の音だ?」

周囲に響くその音の出所を俺は聞き耳を立てて探っていると、

「うっ、

 体の中が気持ち悪い!

 それに

 く、苦しいよ…!」

と里枝は俺に向かって訴えた。

「気持ち悪い?

 どうした、里枝っ」

それを聞いた俺は彼女見ると、

「うぐぐぐ…」

里枝は閉じた口を思いっきり膨らまして

吐き気に耐える表情を見せている。

「里枝っ、

 気持ち悪いのか?

 はっ吐くか?」

体が樹化して動けない彼女に、

俺は的外れなことを言うが、

里枝はその事には怒らずに、

”大丈夫よ”

そう言おうとしているのか、

口を膨らませたまま笑顔を作って見せる。

すると、

メリッ!

メリメリメリ!!!

樹肌に覆われた彼女の体のお腹あたりが

きしむ音を立てながら妊婦のように膨らみはじめる。

「なんだ…

 これぇ?」

膨らんでいく里枝のお腹を見ながら俺は驚いていると、

グボォッ!

吐き気に耐えきれなかったのか、

ついに里枝は口を開いてしまうと、

口の中に溜まっていたモノを吐き出してしまった。

ビシャッ!

「うわっ」

吹き出した吐しゃ物から俺は身をかわして避けるものの、

しかし、その飛沫は容赦なく降りかかってくる。

「うっ…

 ってこれは?

 樹液?」

降りかかってきた飛沫が樹液であることに気づいた俺は里枝を見ると、

ゴボッ

ゴボッ

大きくお腹を膨らませた里枝は口から樹液を吐き出し続けていた。

「里枝っ

 苦しいか?

 大丈夫か?」

樹化して動けない里枝の体を揺り動かしながら、

俺は何度も尋ねると、

樹液を吐き出しながらも彼女は笑顔を作っていた。

すると、

ツツツツツツ…

膨らみ切った彼女のお腹の辺りで

縦に伸びる50センチほどの線が浮き出し、

さらに、

メリメリメリ…

その縦線が膨れるように次第に太くなってくると、

パンッ!

小さな音と共にその縦線が大きく開いた。

「(ゴボッ)痛い!」

同時に里枝は樹液を吹き出しながら小さな悲鳴を上げると、

メリメリ

メリメリ

割れた縦線は音を立てゆっくりと左右に別れて開いていく。

そして、月の光で縦線の中で伸びる樹の繊維を白く輝かせると、

メリメリメリィ

線はさらに奥へ奥へとその深さを増して行く、

「(ゴホッ!)やだ、

 助けて、

 あたしの体が

 (ゴホッゴホッ)あたしの体が裂けていく」

裂け目が広がってくることを感じたのか、

さっきまで笑顔を見せていた里枝の表情は恐怖に変わっていく。

「おっおいっ

 何が始まったんだ。
 
 大丈夫か、

 里枝っ」

そんな里枝に声を掛けつつ俺は割れ目を見ていると、

次の瞬間、

ブシュッ!

突然、裂け目の奥から樹液が吹き上がった。

「ひいいいいいい!

 い、いやあああああああ!

 血が

 あたしの血が!」

裂け目より樹液を吹き上げながら里枝は悲鳴を上げると、

「里枝!っ

 これは…血が混じってきた?」

吹き上がる樹液に血液が混じっていることに気がつくと、

ブシュゥゥゥゥ!!!

裂け目から吹き出る血液交じりの樹液は流れ続け、

やがて、

ゴソッ

ゴソゴソっ

その奥から塊が姿を見せる。

「なにこれ?」

出てきた塊を手にとって目を凝らすと、

「うわぁぁ!」

俺は悲鳴を挙げてそれを手放した。

手放したそれは樹脂にまみれた里枝の内臓だった。

食事を取らず根から栄養を吸収するようになっても

里枝の体の中には人間の臓器があり、

その臓器によって里枝は命を紡いできた。

しかし、大地に根を生やし、

葉を茂らせて樹となって生きる上では

人間の内臓は不要であり邪魔な存在である。

樹になっていく里枝の体はこれからのために

樹液をお腹に溜めて不要となった臓器を樹脂で包むと

排出し始めたのだ。

ゴソッ

ゴソッ

噴出す樹液と共に腸や胃、肝臓と言った彼女の命を支えてきた臓器が

樹脂に包まれて流れ出してくる。

「うっ」

流れ出るそれらの臓器を目の当たりにした俺は声を詰まらせると、

ボトッ

ボトボトボトッ

まるでゴミでも捨てるように樹脂に包まれた臓器は体外に排出され、

転がるように落ちていく。

「なんだよっ

 これは、

 出るなよ。

 もぅこれ以上出るなよ、

 里枝を殺す気かぁぁ」

俺は排出された里枝の内臓を拾いあげると、

体の中に戻すように裂け目の中に押し込めようとするが、

しかし、内臓を包む樹脂は空気に触れた途端すぐに硬化してしまい、

裂け目の中に戻すことはできなかった。

まったく無駄な抵抗だった。



「(ゴボッ)いやぁぁ

 (ゴボッ)いやぁぁ」

樹液を口から吐き出しながら里枝は顔をひきつらせて

涙を流しながら絶叫し続ける

そして、人間への未練が強く沸き上がってきたのか、

「いやあぁぁぁぁ!

 (ゴボッ)私、樹になんてなりたくない!

 人間に戻りたいよ!

 (ゴボゴボッ)美味しいもの食べて、

 お洒落して、

 (ゴボッ)友だちとお話して、

 楽しく笑いたいよ!

 (ゴボッ)結婚して、

 (ゴボッ)子供産んで、

 家庭を築くの!

 (ゴボッ)お仕事もしたいし、

 まだまだやり足らないこと一杯あるよ!」

内臓を噴出しながら里枝は力一杯そう訴えた。

しかし、里枝がどんなに訴えも臓器の噴出しは続き、

胸の骨は樹に取り込まれて溶解してしまったのだろうか、

割れ目から垣間見えてきた肺は呼吸の度にその位置を下げていく。

そして、鼓動を打つ心臓が樹脂に包まれ割れ目の奥から顔を出してきた。

「やめろぉ!」

「(ゴボッ)や、やめて…」

俺と里枝の絶叫が響いた後、

「やめて、

 (ゴボッ)お願いだから、

 私の、

 私の…心臓だけは出さないで」

と里枝が訴える。

その一方で、

ブッ!

ボタ、

ボタボタボタ!!!

里枝を人として生かし続けてきた臓器の排出はなおも続き、

彼女の”根元”には排出され固まった臓器の山が築かれていた。

ごそっ

顔を出していた肺が樹脂に包まれて大きく動くと

徐々にせり出してくる。

と同時に

「いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁ…」

里枝は叫び声を上げるが、

肺が抜かれるように排出されだすと、

次第にその声は細くなり、

ボタッ!

ついに肺が抜かれるように排出されてしまうと、

パクパクパク

里枝は呼吸と声を永遠に失ってしまった。

そしてこの排出劇を締めくくるように

里枝の心臓が動きながら裂け目から吐き出される。

「あっあっあっ」

俺は思わず樹脂に包まれた里枝の心臓を手に取るが、

だが、他の臓器と同じように空気に触れた樹脂は硬化していくと、

里枝の心臓は固まっていく樹脂の中で動きを止める。

「里枝ぇぇぇぇ!」

琥珀色の中に閉じ込められた彼女の心臓を抱きしめながら里枝を見ると、

なおも里枝は無言で口をパクパクさせ続けるが、

見開かれた目からは涙がとめどなくあふれていた。

「里枝っ

 里枝っ」

俺は樹液に代わって樹脂が満たされていく裂け目に手を押し込み、

その中を探り始めるが、

彼女のお腹の中はすでに空っぽになっていて何もなかった。

ポクン

ポクン

聞いたことがない音が静かにこだまする。

ポクン

ポクン

ポクン

ポクン

「なんだよ、

 この音は!」

夜空を見上げながら手を抜いた俺は響き渡る音に向かって怒鳴ると、

『樹トナッタオ嬢チャンガ、

 土ノ中ニ張ッタ根カラ

 水ヲ吸イ上ゲル音ダヨ』

とずっと成り行きを見ていた”樹”が俺に話しかけてくる。

「根から水を?」

『アァ、ソウダヨ。

 オ前ニハ判ラナイダロウケド、

 オ嬢チャンノ体カラハ

 根ガドンドント伸ビテイルンダヨ。

 ソシテ、

 伸ビテイク根ハ、

 コノ山ヲ流レル地脈ト触レ合イ

 ソレト結ンダ。

 オ嬢チャンハ

 コノ山ノ仲間ニナッタノサ。

 コレカラハ

 ゴ神木トナルタメニ、

 地脈カラ水ヲ吸イ上ゲテ、

 葉ニソレヲ行キ渡ラセ。

 山ノ標トナル為ニ、

 励マナイトナラナインダヨ』

「……」

樹の言葉に俺は言い返せなかった。

そして、再び里枝を見ると、

彼女の表情は凍てついて目は悲しみを訴えていたが、

その目からスウッと生気が消えていくと、

見る見る曇り始める。

それを見た俺は樹の目が空っぽの眼孔だったことを思い出すと、

「ま、まさか…!」

と声を上げた。

その悪い予感どおり、

里枝の目も内臓と同じ運命をたどりだしたのだ。



ポクン

ポクン

水を吸い上げる音を響かせながら、

グググ…

里枝が涙に濡れた目を大きく見開くと、

眼球が少しずつせり出してくる。

「や、やめてくれ…

 もうやめてやってくれよ…!」

里枝に世界を見せていた目。

俺を見て微笑んでくれた愛くるしい目。

その目が、顔から捨てられようとしているのだ。

「り、里枝えぇぇぇ!」

彼女の名を俺は叫ぶのと同時に、

里枝の眼球は顔からポトリと落ち、

樹脂で塞がれた二つの穴ぼこが残された。

目を失っても里枝は口をパクパクし続けているが、

その口ものど奥から上ってきた樹脂によって

全ての歯が押し出され零れ落ちてしまうと、

口元が皺くちゃになっていく。

ピシピシピシ…

皮膚の硬化が速度を増してくると、

全身がザラザラした表面の樹皮が覆い、

里枝のやわらかだった肌はもう見る影もない。



ポクン

ポクン

ポク…

グッ

ググググググ…

里枝は、

変身を終えた里枝は

水を吸い上げるのをやめると、

もうひと回り膨らむように成長をはじめた。

そして、樹が大きくなる過程で、

皮膚だった樹皮はところどころヒビ割れて剥がれ落ちていく。

美しかった髪は抜けて地面に落ち、

硬化した樹脂が委縮した目と口は乾いて洞になっている。

こうして里枝は俺に見守られながら完全に樹になってしまったのだ。

「お前はもう人間ではなくて樹なんだな…」

里枝だった樹に向かって俺はそう話しかけると

ミシッ

里枝の秘部だったと思われる部分から一本の茎が伸びはじめた。

そして、その茎は大きく成長をすると、

その先端に蕾をつけ、

間もなく

フワァァァァ

大きくて赤い花が開いたのである。

その花から漂ってきた甘い香りを嗅いでいる内に

「なぁ里枝、

 もう一度エッチしよっか…」

と俺は話しかけると、

その大きな花びらにイチモツを包み込み、

手淫をしてみせる。

今の自分の姿と、

いつかの大学裏の山中で見た里枝の姿が、

なぜか頭の中で重なってみせる。

「うっ!」

俺は花芯に向かって射精してしまうと、

樹を見上げた。

樹はときどき風に枝を揺らして葉音を立てるのみで、

ただ黙ってそこに立っていた。



全てが終わった後、

俺は琥珀に閉じ込められた里枝の内臓を集めると

その傍らに小さな穴を掘りその中へと納めていく、

そして土をかけ終わった後に

こんもりとできた土山に自然と手が合わせると、

そのまま樹をしばらくの間、見つめていた。

すると、

『ハァ…

 コレデアタシハ開放サレル。

 アノ人ガ待ツ所ニ行ケルノサ。

 一応、礼ハ言ウヨ。

 ソンナ顔デ睨ミナンサンナ。

 セッカクダ、

 アンタニ教エテオイテヤルヨ。

 樹ニナッタアノ子ノ魂ハアノ樹ノ中デ、

 起キタリ眠ッタリシテイルノサ。

 時々ハ会イニ来テ話シカケテヤンナ。

 アノ子ガゴ神木トシテ霊力ヲ高メルト、

 私ノヨウニアンタノ魂ト直接話セルヨウニナル。

 少シ時間ガ必要ダロウケドネ。

 アア…少シオ喋リガスギタカナ。

 サテ、

 時間ガ来タヨウダネ…』

俺に向かって樹は時が来たことを話すと、

ビッ

ビシビシビシ

突然、樹の周りに幾つもの亀裂が走り、

バリバリバリ!!!

大きな音を立てて崩れ始める。

里枝にご神木の座を譲った樹の寿命が尽きた瞬間であった。



つづく



この作品は徒然地蔵さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。