風祭文庫・異形変身の館






「樹怨」
(第四話:分枝)


作・徒然地蔵(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-319





キッ!

月が輝く夜の国道バイパス。

その国道脇にある駐車場に俺はクルマを止めると、

「着いたぞ、

 里枝」

と助手席に座る里絵に話しかけた。

「うっうん」

もぅ二度とここに来ることは無い。

そう確信していた彼女は緊張した面持ちで頷くと、

俺は先にクルマを降り、

助手席側へと回り込む。

そして、ドアを開けると、

「本当にいいんだな」

と彼女の覚悟を再度問い尋ねた。

「判っているくせに」

そんな俺に里枝は笑って答えると、

布でぐるぐる巻きにしてある足を指差してみせる。

足を巻いている布には浴槽を満たしていた溶液を染み込ませていて、

浴槽から離れてもしばらくの間は布の溶液で彼女は生きていける。

里枝の脚は既に歩く力を失い、

植物の根になっていた。

ヨイショっ

溶液を入れたポリタンクをトランクからだした俺は、

「じゃぁ行こうか」

そう里枝に声を掛けてを背負うと、

ポリタンクを手に駐車場を後にした。

ザッ

ザッ

月の光で出来た影が細長く伸び、

俺と里枝を背負ってあの樹へと続く道を歩き始める。

「ちょっと待って」

不意に彼女が声を掛けた。

「どうした?」

「ねぇ、

 街ってあっちの方向だよね」

立ち止まった俺に里枝は

夜空が明るくなっている方向を指差しそう尋ねると、

「あぁ、そうだな」

俺は相槌を言った。

「そう…」

その方向を彼女はしばらくの間じっと見つめる。

「もぅいいか?」

どれくらい時間が経過しただろうか、

俺は里枝に話しかけると、

「うん、

 良いよ」

彼女は俺の背中に顔をうずめてそういう。

「じゃぁ行くよ」

その声と共に俺は歩き始めると、

「バイバイ…クルマさん。

 ここまで運んできてくれてありがとね」

と里枝はクルマに向かって手を振ってみせた。



「なんだよ、

 クルマに向かって今生のお別れか?」

そんな里枝に向かって俺は茶化してみると、

「そうよ、樹になったら

 あたしもぅここに来ることは出来ないんだから」

背中からそう答える。

「そうか」

その声にそう俺は短く返事をすると、

「はぁ…

 もぅここに来ることは無いのね」

泣いているのか、

里枝は声を震わせてそう囁く。

「別れるのが辛いのなら、

 ここに植わるか?

 ここで樹になってしまえば

 道を通るクルマを見ることが出来るし、

 街の明かりも毎晩見られるぞ」

そんな里枝に向かって俺がそう言った途端。

バチンッ

俺の頭が盛大に叩かれた。

しかし、俺は振り向かずに歩いていく。

きっと振り返れば大粒の涙を浮かべる里枝の顔があるはずだ。

ザッ

ザッ

ザッ

ザッ

人っ子一人居ない夜の山道。

元々こんな山奥の山道に踏み込む人なんて

そんなに居るはすもない。

けど、俺と里枝は3ヶ月前にこの山道に踏み込み、

そして、あの樹に出合った。

切っ掛けは大学の昔話研究会で取り上げられた

昔話の信憑性を証明するため。

ある意味、里枝は俺の好奇心の犠牲になったのかもしれない。

もし、あの時、

ここには俺一人で来れば…

彼女はこんな目に遭うこともなかったはずだ。

里枝への自責の念が俺を責め立ててくる。

「ごめんな…

 俺がここに連れてきたばっかりに、

 こんなことになってしまって」

背後の里枝に向かって俺はそう口走ると、

スッ

俺の視界に彼女の緑色の手が伸び、

その指が俺の口の両側を掴むと、

一気に横へを引っ張り始める。

「ひゃっ、

 ひゃにをするっ」

口の両側を引っ張られたために、

間抜けな声が出ると、

「そうだっ、

 全ては智也が悪いんだ」

と里枝の声が響くが、

どこか棒読みなっている。

「だから、

 謝っているだろう」

その声に俺はつい言い返してしまうと。

「ふぅ」

俺の背後で里枝はため息を付くと、

「背負い込まないで、

 こうなったのは智也のせいじゃないんだから、

 あの日、山に行くって言う智也に付いて行ったのは

 このあたしが決めたこと、

 そして、この山道を歩いて、

 霧を抜けて、

 で、あの樹に成っていた実を食べたのは全部あたしの意思よ、

 そりゃぁ…

 あの樹に誘導されてしまったところもあっただろうけど、

 でも、そのことで智也が責任を感じることはないわ。

 もぅ子供じゃないんだから、

 自分の始末は自分でするって」

落ち込む俺を励ましているのか、

里枝はそう言うと、

「そうか?」

俺は立ち止まり振り向こうとする。

すると、

グッ

「前を見て、

 前に進みなさい」

里枝は俺の顔を手で押さえると、

前を向かせた。



やがて、行く手にモヤが立ち込めてくると、

「戻るなら…

 いまの内だぞ」

背中に向かって俺は再度尋ねた。

しかし、

「いい…

 このまま進んで」

と里枝は押し殺した声で返事をすると、

「判った」

と俺は言うが、

このモヤに入ったらもぅ後戻りは出来ない。

再び俺がこのモヤから出てきたときは、

この背中には里枝の姿は無く、

きっと泣きながらクルマに戻っていくに違いない。

その姿を想像すると、

自然と俺の目から涙が流れ落ちてきた。

すると、

「ねぇ、

 いつまで立ち止まっているの、

 もぅ悩む時間は終わったのよ。

 早く前に進みなさい」

と背中の里枝が催促をしてきた。

「あぁ…」

その声に押されるように俺は進み始めると、

瞬く間に俺達はモヤに包み込まれ、

そして、何も見えない中を黙々と歩き続ける。



いくら歩いてもモヤは晴れることは無く、

俺達は無限に思える白い世界を歩いていた。

「おかしいな…

 いくら歩いてもモヤが晴れない。

 まさか、あの樹は枯れてしまったのか」

そんな不安が俺の心の中を掛け抜けていく。

もし、このモヤが晴れなかったら…

俺と里枝は延々とこの中を歩いていくのか、

でも、それもいいかもしれない。

何故なら歩いている間は里枝は人の姿をしていて、

頭を叩かれ、

口を引っ張られ、

こうして話をすることが出来るのだから、

それならこのまま永遠に歩き続けるのも悪くない。

そう思ったとき、

フッ

不意にモヤが途切れると、

木立に囲まれた道が姿を見せた。

「まったく、

 神様ってつくづく人の嫌がることをするな」

そう口走りながら歩いていくと、

やがて、

ポゥ

行く手に淡く光り輝くあの樹が見えてきた。



「着いたか」

「うん」

言いようもない緊張感が俺と里枝を包み、

ギュッ

肩にかかる彼女の手に力がこもった。

ザッ

ザッ

ザッ

歩いたり、

走ったり、

逃げたり、

怒鳴ったり、

叫んだり、

そんなことを散々していた道を踏みしめながら、

俺は前えと進んでいく。

そして、一歩一歩進むごとに、

樹はその大きさを増してきた。

あの時、

満開に咲き誇っていた花は散ってしまったのか、

枝にはその姿を見ることが無く、

光り輝く枝には

わずか数輪の花が残っているだけの寂しい姿に樹は戻っていた。

「おーぃ、

 戻って着たぞ!」

樹の正面に立った俺は

樹に向かって声を張り上げると、

『…マッタク

 イツマデ待タセルンダ

 モゥ花ハ散ッテシマッタヨ』

と樹は俺達に向かって文句を言う。

「文句を言うなよ、

 あの時、お前が言ったとおり、

 こうして里枝を連れてきたんだから」

そんな樹に向かって俺は言い返すと、

『随分ト

 決心スルマデガ長カッタネ。

 ヤット樹ニナル決心ガツイタノカ』

そう樹は里枝に話しかける。

緊張しているのか

里枝は返事をせずに身を震わせていると、

『樹ニナルノガ

 怖インダネ。

 ミンナソウサ』

と樹は里枝の気持ちを理解しているような事を言う。

すると、

「勝手に人の気持ちを理解しているようなことを言わないで!」

里枝が声を張り上げた。

「里枝…」

思わず見せた剣幕に俺は驚くと、

「あたしを樹にしようとするあなたに

 あたしがどんな思いをして、

 樹になる決心をしたのか、

 軽々しく言わないでよ」

と彼女は続ける。

『フフッ

 言ウワネ』

それを聞いた樹は小さく笑うと、

『モゥ何年前ニナルカネ。

 私モ人間ダッタ時ハ

 オ嬢チャンノヨウナ娘ダッタ。

 籤引キデ、

 コノ社ヲ護ル巫女トナッテ、

 ヒトリ社ヲ護ッテイルト、

 アル話ヲ聞カサレタノサ。

 許婚ダッタ彼ガ、

 庄屋ノ娘ヲ嫁ニ貰ウトネ、

 庄屋ノ横恋慕ウッテヤツダッタ。

 私ハスグニデモ

 駆ケツケタカッタケド

 デモ、巫女ノ勤メヲ離レルワケニハ行カナイ。

 ソシテ祝言ノ日。

 私ハ社ヲ抜ケ出シテ、

 彼ノ所ニ行ッタノサ。

 ソシテ、

 ソコデ見タノハ

 庄屋ノ娘トノ初夜ダッタ。

 気ヅケバ、

 私ハ彼ヲ背負ッテ夜ノ道を走ッテイタ。

 彼ノ体カラ血ガ流レ続ケ、

 話シカケテモ返事ヲシテクレナイ。

 庄屋ノ娘ハ、

 自分ヲ抱イテクレナイ彼ヲ殺メテシマッタノサ。

 彼ハ私トノ約束ヲ守ッテクレタンダ。

 私ハコノ社ニ彼ヲ運ビ込ミ、
 
 ソシテ、延々ト彼ヲ愛シ続ケタ。

 ヤガテ、

 私ヲ追ッテ村ノ男達ガヤッテキタ。

 庄屋ノ娘ハ私ニ罪ヲ擦リツケタノハ直ニ判ッタ。

 村ノ為ニ巫女ニナッタノニ、

 ソノ私ガ村人ニ裁カレルナンテ。

 捕エラレル前、

 私ハ禁ジラレテイル木ノ実ヲ食タベタ。

 見ル見ル体ハ樹トナリ、

 張リ出ス根ハ彼ノ体ヲ

 シッカリと包ミ込ンダ。

 私ト彼ハ結バレタノサ』

樹は自分の身の上で起きた話を聞かせる。

確かに理不尽な話だけど、

だからと言って里枝が樹の後を受け継いで、

樹になる理由にはならない。

「確かに…

 君は気の毒な思いをしたみたいだけど、

 でも、

 だからと言って、

 里枝がなんで犠牲にならないとならないんだ?

 第一、もう社なんて無いじゃないか。

 ここにあるのは朽ち果てた社の基礎が残るだけだ。

 こんなところのために、

 君は里枝を樹にしようとしているんだぞ」

そう俺は疑問をぶつけると、

『ヤレヤレ

 少シハ話ガ判ル奴ダト思ッタガ、

 オ前ニハ、

 ココニゴ神木ガアル理由ガ判ラナイノカ』

と樹は呆れたように言う。

「なに?

 俺のどこが分からず屋だと言うんだ」

『何モ判ッテナイ。

 私ガ枯レタ後、

 コノ森ヲ誰ガマトメルノダ、

 私ガ枯レタ後、

 ゴ神木トナッテ、

 コノ森ヲ護ル樹ガ欲シカッタノサ。

 ソシテ、ソノ思イヲ受ケ取ッテクレタノガ、

 ソノオ嬢チャンダッタノサ』

と樹は理由を話した。

「そんな、

 身勝手なっ、

 大体、里枝はどう言う思いで、

 樹になる決断をしたと…」

そういいかけたところで、

「智也ぁ、

 もぅ良いよ」

と里枝は止めた。

「え?」

彼女のその言葉に俺は驚くと、

「そっか、

 ご神木なのかぁ。

 ねぇ、ここの森って、

 はじめてきた時、

 凄く清清しくて、

 力が漲ってくるように感じたんだけど、

 それって、

 あなたが森の木々にそうさせていたの?

 だとしたら凄いね。

 だって、そんなに酷い目に遭いながらも、

 皆を憎むわけでもなく、

 こうして清清しい森を作ったのだから、

 あたし…

 あなたみたいに、

 森の木と仲良くできる自信は無いけど、

 でも、樹になったら、

 精一杯、ご神木の勤めに励むわ」

と里枝は話しかける。

『……ゴメンネ。

 アナタニモ

 コレカラ人生ガアッタデショウケド。

 私ノ後ヲ任セテシマッテ』

彼女の気持ちが通じたのか、

樹からその言葉が聞こえてきた。




「そこで良いわ、

 晴れたら日当たりが良さそうだから、

 そこに私を下ろして」

樹との会話の後、

里枝は社殿跡の一角を指差してみせると、

「なぁ、

 ここに里枝を植えるけど、

 お前はそれで良いのか?」

樹に向かって俺は尋ねる。

『気ニ入ッタ所ニ植ワルトイイ

 根ヲ生ヤシタラ、

 モウ二度ト動クコトハ無イノダカラ』

そう樹は返事をする。

「判った」

それを聞いた俺は里枝が指定した場所へと向かい、

背負っていた彼女を地面に下ろすと、

「じゃぁ、

 これを取るよ」

と里枝の足に巻いている布を左脚から外していく。

左足に巻いていた布が解かれ、

足から生える根が姿を見せると、

ミシッ

シュルシュルシュル

外気に触れた里枝の根は一斉に解き放たれ、

自分が潜り込んでいく地面に向かってその先端を伸ばしていく、

そして、

ザザザザッ

社殿跡の地面に次々と突き刺さると、

ゴソゴソゴソ

土を掻き分けながら潜り込み始めた。

「すごい…」

植物の執念を垣間見た俺はただ感心するが、

「あっ、

 んっ」

自分の脚が根となって土の中へと潜り込んでいく里枝は

その感触を感じてしまうのか、

顔を上気させると荒い息を立て始める。



ズズズズズッ

里枝の左脚が完全に土の中へと入ってしまうと、

「あっあぁぁ」

その足に引っ張られてか里枝は起き上がるものの、

しかし、左脚が根を張って垂直に固定されたためか、

空中でよろめいた後、

尻もちをつくようにして後ろに倒れ込んだ。

すると、今度は右脚の根が地中へ潜りだした。

その時だった。

「い、いやあ!

 いやいやいや!

 助けて!

 私から自由を奪わないで!」

樹になる覚悟を決めていたはずの里枝が突然声を上げると、

地面にもぐる右脚を必死に抜こうとしはじめた。

「落ち着け

 落ち着くんだ」

そんな彼女に向かって俺は怒鳴り声を上げると、

『取リ乱サナイノ、

 樹ニナルッテ決メタンデショウ』

と樹も話しかける。

けど、

「いやぁぁぁ!」

里枝は取り乱し続ける。

しかし、彼女の力だけではどうすることも出来なく、

右足も地面に固定されてしまうと、

ミシリ、

ミシリ、

ミシリ…

地面に潜る里枝の両足は更に潜り込み、

ついには彼女の膝下まで地中に埋まってしまったのであった。



「里枝、

 大丈夫か?」

脚が植わってしまった彼女に俺は話しかけると、

「あっあっ

 あぁぁ…

 水が…

 脚から水が吸いあがってくる」

と俺に訴える。

『根ガ水ヲ吸イ上ゲ始メタノネ。

 サア、

 枝ヲ伸バシナサイ。

 ソシテ葉ヲ茂ラセナサイ』

と成り行きを見ていた樹は里枝に告げる。

すると、

里枝の体に次の異変が起こり始めた。

「や、

 やだ、

 体が勝手に…!」

突然里枝は手を伸ばすと、

万歳の姿となって地面に仰向けになってしまった。

そして、腰を浮かせながら起き上がると。

スウウウッ…

里枝の体に女性らしい起伏を与えていた胸と尻が膨らみを失い、

次第に胴体と同じサイズになっていく。

「わ、私の胸が…

 私のお尻が…」

体の凹凸を失っていく里枝の胸からは

包むべき乳房を亡くしたブラジャーの形だけが

弛んだ服越しに浮き出し、

さらに尻のあった部分もあまりに平らになってしまうと、

もはや人のそれと呼べる部分では消えてしまったのである。

グキ、

グキグキグキ…

「い、痛い!

 痛いよぉ!」

不気味な音を立てながら、

今度は里枝の肩と腰がその横幅を失いはじめた。

その様子はあたかも見えない番線が

彼女の肩と腰に巻き付いて強く締め上げ、

体を矯正しているようでもあった。



里枝の履いていたものは腰にしがみつけなくなり、

伸縮に富むショーツを残して地面に落ちて行く。

彼女の体は乳房と尻の喪失に加えて、

肩から腰の幅をウエストに揃えられてしまうと、

もはやどこから見ても平らな面しかない

細くて長い胴体になってしまったのである。

そして、着ていた服は彼女の体のサイズに合わなくなると、

首からだらんと垂れ下がる。

それから程なくして、

ググ、

グググ…

里枝の脚に変化が起きた。

「や、やだ!

 太もものあたりが気持ち悪い!」

そう訴える里枝の股間からショーツが下へずり下がっていく。

小さな葉に覆われた里枝の秘所の茂みが露になり、

続いて見えたのは、

癒着してつながった左右の太ももだった。

「ひいいいいい!

 いや!

 いやあああ!」

里枝は顔を引きつらせながら叫ぶものの、

彼女の叫びをよそに脚の癒着は無慈悲に進んでいく。

ショーツを先頭にして、

あたかもジッパーが閉じられていくようにして、

両足が融合していく。

そしてショーツが地面に押し込められてしまうと、

里枝の両足は完全にひとつにまとめられてしまったのであった。

ミリ、

ミリミリミリ…

里枝の足が均一な太さになろうと

下から太さを増し、

ふくらはぎと膝がその形を消していく。

里枝の体は膝から胸まで棒や円柱と言った言葉以外では

表現できないものになってしまっていた。



体の変態で一旦は止まった変化だが、

すぐに次の段階へと進み、

高く掲げた里枝の両手に容赦なく襲い掛かる。

ムリッ

腕がかすかに動くと、

「あっ、

 お願い!

 私の両腕、

 手のひら、

 お願いだから無くならないで!

 手が棒になって動かせなくなるなんてやだ!」

一度は樹になることを決心した里枝だったが、

しかし、いざ変身が始まってしまうと、

急激に始まった体の変化に恐怖してしまったのである。

「いやぁぁぁ!

 止めてぇぇ!」

声を張り上げながら里枝は懇願するが、

しかし、一度始まった変身は止まらない。

ムリムリムリ…

彼女の願いも虚しく、

両腕はこれから伸びて行く部分を支えるように膨張していく。

瞬く間にどこが肘でどこが手首かを

判別することが出来ないくらいになってしまうと、

それを見た俺は

「くっ」

里枝が顔を撫でてくれたことを思い出し、

悲しみがこみ上げてくる。



ググ、

ググググググ…

両腕がゆっくりと左右に距離を開けながら伸びていくと、

細く美しかった彼女の指も、

空を目指して放射線状にどんどん伸びていく。

しかも只伸びているのではない。

太さも長さに比例しながら増していくのである。

ミシッ

ミシミシミシッ

軋む音を上げながら天高く伸びていく彼女の両腕は

もはや人間の腕ではなくて樹の枝と化していた。

そして、

「な、何?

 手のいろんなところが…

 痒くなってきた。

 いや、

 蚊にさされたみたいに痒くて

 チクチクするよぉ…」

空に向かって腕を伸ばす理恵が突然そのことを訴えると、

長く伸びた里枝の両腕の皮膚に

変な点が無数に浮き上がっている。

「なんだ?」

始めはホクロ…かと思ったが、

しかし、

プス!

プスプス!

プスプスプス!

プスプスプスプス!…

それはホクロなどではなく、

先の尖った小さい若枝であり、

それがいくつもいくつ里枝の肌の下から突き上げてくると、

皮を突き破って生えていく。

そう、若枝は根と違って里枝の皮膚に融合することなく、

最初から樹の枝としてどんどん生まれて出てくるのだ。

「里枝は体の中から樹になっているんだ」

それを見た俺はそう思うと、

「い、痛い!

 痛い!

 痛い!

 痛い!」

若枝の成長と共に痒みは痛みへと変り、

皮膚の下から若枝が生える度に皮に穴を開けられ、

それから生じる痛みに悶えた。

そして、顔を出した無数の若枝は、

枝分かれを繰り返しながらぐいぐい成長し、

やがて枝先から若葉を芽吹かせると、

ザザザザ…

一斉に葉を茂らせる。


「はあ、

 はあ、

 はあ…」

手だった腕から生えていく新しい若枝は

程なくして出なくなり、

里枝は次第に落ち着きを取り戻したが、

けどそれも長くは続かなかった。

「ひっ!

 今度は乳首のあった辺りが、

 さっきみたいにチクチクする!」

突然、顔を引きつらせながら里枝は訴えると、

「や、やだ!

 そんなのいや!」

一旦は胸をなくして悲しんだ彼女が、

今度は異形の胸を与えられることを直感して恐れた。

そして、

「い!

 痛い!」

唇とかみ締め、

動かない体を捩るような表情をしてみせた。

首から引っ掛かっているだけの服と

ブラジャーの内側には、

もぅ新しい枝が生えているに間違いは無い。

グググ…

垂れ下がっていた服の両胸部分に左右二つの切っ先が姿を見せると

内側から突き上げられて上へと持ち上げられていく。

そして垣間見える両胸には、

皮を裂いて生えていく二本の大きな枝の姿があった。

里枝の両腕はやや後ろに向かって枝を伸ばしたが、

胸から生える二本の枝は

左右に開きながら前方に向かって伸びていく。

「あぁ…私の服が

 私の服が枝に突き上げられて

 持ち上がっていく、

 やだぁ、

 服が脱がされて行くよぉ…」

枝の成長と共に持ち上げられていく服は

理恵の頭から抜かれてしまうと、

そのまま空中へと持ち上げられていく。

そして、胸からの枝と両腕によって四方に引っ張られてしまうと、

ミシッ

ミシッ

布地のテンションは思いっきり張り詰めていく。

「や、やめて…!」

それを下から見上げながら里枝は懇願するが、

しかし、

ビリ、

ビリビリビリ…

彼女が着ていた服は悲痛な悲鳴をあげながら破けだすと、

その服を張ってる四本の枝は、

【樹となるお前にはこんなものは不要だ】

と言わんばかりに

彼女の頭上で服を引きちぎって見せたのである。

「あぁ…

 そんな…

 こ、こんなの酷いよぉ…」

引き裂かれた服とブラジャーの残骸が

だらしなく枝先に引っ掛かり垂れているのを見上げながら、

里枝はすすり泣く。

そしてその間にも、

胸からのふた枝はその側面から新しい枝を生やし葉を茂らせていくと、

月明かりが落とす地面に、

葉を茂らす4本の枝の影が聳え立った。



「智也ぁ、

 私、立派な樹になったよ。

 もぅ体は動かないわ。

 脚も…

 腰も…

 お腹も…

 胸も…

 手も…

 そしておっぱいも…

 みんな…

 みんなみんな、

 樹になっちゃった。

 うふふふ、

 あたしは樹に、

 樹になっちゃった。

 樹に…

 あはっ

 あはははは」

覚悟を決めていたとはいえ、

実際に人ではない姿に変化していく自分の姿を目の当たりにしながら、

里枝は声を上げて笑って見せるが、

しかし、目からは大粒の涙をこぼしている。

「里枝…」

そんな彼女の変化を俺はただ見ているだけであり、

何もできない自分が呪わしかった。



つづく



この作品は徒然地蔵さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。