風祭文庫・異形変身の館






「樹怨」
(第3話:根生い)


作・徒然地蔵(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-318





今宵は満月。

月明かりのおかげで思いのほか周りがよく見える。

焦燥に駆られながら草木をかき分けて先を急ぐ俺を、

里枝は呼び止めた。

「ごめん、ちょっと待って!

 私、さっきから足が…足がなんかおかしい…!」

足に違和感を感じたらしく、

里枝はその場に立ち止まるとしゃがんで自分の脛に目をやった。

すると、

「な、何これ!

 変な毛がたくさん生えてる!!」

と彼女は声を張り上げた。

「毛?」

その言葉に俺は駆け寄ると、

里枝の左右の脛にはびっしりと毛が生えていたのである。

しかも生えている毛は毛にしてはやや太く薄白い。

「と、智也、どうしよう…」

「こ、こんなのに構うな!

 と、とにかく急ぐぞ!」

俺にも里枝にもそれが何かぼんやりと分かっていた。

でも、それが何かを考えたくない。

里枝は気持ち悪さをこらえて必死について来ていた。

しかし、限界はすぐに来た。

「智也、足が!

 靴の中がさっきのであふれてる!

 それにごそごそ動いてて気持ち悪いよ!

 バランスが取りにくくて歩きにくい…きゃあ!!」

悲鳴と共にて里枝は前のめりに倒れ込んだ。

それと同時に靴が中に充満していた無数のそれらによって弾き飛ばされた。

靴の脱げた両足には、

それらが顔を出すために穴だらけにされた靴下が無残に張り付いている。

「ね、根だ…足から根が生え始めてるんだ!」

里枝の両足は水栽培のヒヤシンスの球根のように無数の根を生やしていた。

そして靴の制約から開放された根は

待っていたとばかりに太さを増しながらどんどん伸び始めると、

真下へと向かいその性質のとおり探り当てた地面に潜り込もうとする。

「気持ち悪いよぉ

 助けてぇ!

 智也ぁ!」

悲鳴をあげる里枝は俺に抱きつこうとして、

根が生えている左足を地面につけると立ち上がろうとした。

「り、里枝!

 立ち上がっちゃだめだ!」

それを見た俺は制止させようとするが、

ズブ、ズブズブズブズブ…

里枝の足先が地面についた途端、

伸びた根が我先にと土に突き刺ささり地中へと潜り込み始めたのである。

「ばか…」

俺は思わずそう言い掛けるが、

その間にも里枝の根は次々と地面にもぐりこみ、

地面から離れたところからも根が伸びていくとマストを支えるロープのように張りつめていく。

「あ、あれ?

 足が…

 やだ、

 あ、足が、足が動かない!」

「ええい!

 くそ!」

俺は生えた根が土に潜り込もうとしている里枝の右足を引っ張った。

「い、痛い!

 痛いいい!」

「我慢しろ!」

俺は痛がる里枝に構わず右足引っ張ると、

ベリッ!

根が千切れる音を立ててながら、

彼女の右足を地面から引き剥がした。

「里枝、右足はもう絶対に下につけるな!」

俺はそう言って里枝を背負うと、

今度は左足を地面から引き剥がしにかかる。

しかし左足の根はしっかりと張ってしまっていて、容易には引き抜けない。

「く、くそお!

 これでもか!」

体中に込めた渾身の力も通じず、

逆に反動でバランスを失い俺は前に倒れ込んだ。

すると、左足が垂直に固定されている里枝は、

「あっあぁぁぁ!」

の声を上げて空中でよろめいた後、

尻もちをついて後ろに倒れた。

その途端、彼女の右足の根は、

今度こそと地中へ潜りだした。

「い、いやあ!

 いやいやいや!

 助けて!

 抜けてよ!

 私から自由を奪わないで!」

里枝は右足を必死に抜こうとしたが、

瞬く間に右足も地面に固定されてしまった。

そして、

ミシリ、ミシリ、ミシリ…

土の中へと両足が引きずり込まれてしまうと、

里枝は膝下まで地中に埋まってしまったのである。



「里枝、今すぐ助けてやるからな!」

俺は倒れた体勢から体を起こそうとした。

しかし、体を強く打った訳でもないのに、体が痺れて起き上がれない。

ま、まさか、あの樹の放った麻痺作用を持つ栄養素がもうここまで…

いつの間にか風向きは変わっていて、

進んできた方向、あの樹のあった方向から風が流れてきていたのだ。

「し、しまった!」

俺は知らない間にあの栄養素を大量に浴びているに違いなかった。

もしそうなら里枝もあの栄養素を大量に浴びてしまったことになる。

そう思った瞬間、

心配どおり里枝の体に次の異変が起こり始めた。

「や、やだ、体が勝手に…!」

里枝は突然両手を挙げ、

万歳をするような形で地面に仰向けになった。

そして、双葉が土から起き上がるように、

グッググググ

里枝は腰から宙に浮いて起き上がったのだ。

土に埋まりながら意思とは無関係に万歳をしている里枝。

顔は恐怖に引きつっている。

スウウウッ…

里枝に女性らしい起伏を与えていた胸と尻が萎むように膨らみを失うと、

胴体へと吸収されていく。

「わ、私の胸が…私のお尻が…」

里枝の胸元は背中のようになってしまい、

包むべき乳房を亡くしたブラジャーの形だけがたるんだ服越しに浮き出ている。

尻のあった部分もあまりに平らで、

もはや人のそれと呼べる部分ではなくなっていた。

グキ、グキグキグキ…

「い、痛い!

 痛いよぉ!」

不気味な音を立てながら今度は里枝の肩と腰がその横幅を失っていく。

その様子はあたかも見えない番線が里枝の肩と腰に巻き付いて強く締め上げ、

里枝の体を矯正しているようだった。

里枝の履いていたものは腰にしがみつけなくなり、

伸縮に富むショーツを残して地面に落ちる。

乳房と尻の喪失に加えて、

肩から腰の幅をウエストに揃えられてしまうと、

もうどこから見ても平らな面しかない細長い胴体になってしまった。

着ている服はもはや里枝には大きすぎて、

首からだらんと垂れ下がっている。

「こ、こんな体いやぁ…

 こんな体じゃ、もう女の子らしい格好もできないよ…」

里枝は顔を歪ませて目には涙を滲ませている。

ググ、グググ…

「や、やだ!

 今度は太もものあたりが気持ち悪い!」

その声が響くと、

彼女の股間を覆っていたショーツが下へずり下がっていく。

里枝の秘所の茂みが露になり、

続いて見えたのは、癒着してつながっていく左右の太ももだった。

「ひいいいいい!

 いや!

 いやあああ!」

悲鳴を里枝の顔は人間らしさを削ぎ落とされる恐怖でもうメチャクチャになっている。

そしてそんな里枝の叫びをよそに癒着は無慈悲に進んでいく。

ショーツを先頭にあたかもジッパーが閉じられていくようにして両足が縫合されていく。

やがてショーツが地面に押し込められてしまうと

里枝の両足は完全にひとつにまとめられてしまった。

ミリ、ミリミリミリ…

里枝の足が、均一な太さになろうと下から太さを増しだす。

せり上がってくる肉質に呑まれてふくらはぎと膝がその形を消した。

細いはずの膝から下が太ももと同じ太さになっている。

里枝の体は、もはや棒や円柱と言った言葉以外では表現できないものになってしまった。

「ずっと一緒に歩いてきた私の両足が、

 大きなソーセージみたいになっちゃった…

 足だけじゃなかったね、首までみんなソーセージ。

 丸太にも見える。

 あはは、樹になっていってるんだもんね、

 丸太に見えて当たり前か。

 あはははは…」

里枝は自嘲して笑いながらも、目からは大粒の涙をこぼしていた。

「里枝…」

俺は何もできない自分が呪わしかった。



つづく



この作品は徒然地蔵さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。