風祭文庫・異形変身の館






「樹怨」
(第1話:呪いの実)


作・徒然地蔵(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-316





昼下がりの大学前の喫茶店。

俺は同じ大学に通う彼女の里枝と山へ行った時のデジカメの画像を見ていた。

「この前のドライブ、楽しかったな」

「うん、楽しかったね。

 初夏の日差しと緑が気持ちよかった!」

 それに、途中で採って食べた樹の実も美味しかったしね」

「そういえばお前、変なの食べてたよな。

 俺が止めるのも聞かずに」

「いいの!

 お腹もこわさなかったし。

 本当は智也も食べときゃよかったと思ってるんでしょ」

「思ってないよ…」

美味しそうにアケビのような実を頬張る里枝の画像。

後ろには里枝が実を採った樹が写っていた。

樹はすべすべとした白い木肌で、

人の身長ぐらいから幹が左右に分かれている。

そして珍しいことに実が枝ではなく幹から直接にいくつも生えているのだ。

「あれ?

 ねえ智也、

 なんかこれ人の顔に見えない?」

横から覗き込んでいた里枝が、

不意に幹が二股に分かれている部分の少し下を指差して言う。

「え?」

おれは画像のその部分を拡大すると同時に唖然とした。

幹のその場所にはまさしく人の顔の形、

いや、女の顔の形が隆起していたからだ。

そしてその女の顔は、

理恵とカメラを向けていた俺の方を見ながら、

薄気味悪く笑っているように見えたのであった。

「な、なんだよこれ…」

「うわ!

 すごーい!

 これって人面樹?

 私、こういうの好きだから画像ちょうだいよ」

「だっダメっ!

 えぇいっ、

 こ、こんなの消去、消去!」

理恵の手を払いのけながら俺は急いで画像を削除する。

「あーあ、消しちゃった。

 もぅ智也ったら怖がりなんだから」

「あんな画像、残しときたくねーよ。

 気味が悪い。

 いいだろ、他にも一杯撮ってあるんだから」

肩で息をしながら俺はそう言うと、

マスターに向かってパフェを1つ注文をする。

そして、理恵がパフェを食べ終わるころには

あの画像のことはすっかりと忘れてしまったらしく、

俺たちはその後もいろんな画像を見た後、

小一時間ほどおしゃべりをして店を出たのであった。



それから約1ヵ月後。

今日も教室の外は雨露に濡れている。

「…このように、植物は日中に蒸散を行います…では今日の授業はここまで」

授業後、教室の机でぐったりしている里枝に俺は近寄って行く。

「里枝、最近ずっとしんどそうだな。

 顔色もなんとなく黄緑色がかって見えるし」

「うん…体がとってもだるいの。

 雨続きで気が滅入ってるのかな」

「確かにこの雨、もう5日間も続いてるしな。

 いい加減晴れて欲しいよな」

どんよりとした表を見ながら俺はそういうと、

里枝は持ってきている大きな水筒の水をコクコクと飲みだした。

「そう言えば、前に言ってた日中にすごく喉が渇くってこと今は落ち着いてるのか?」

「うん。

 それに、体から水が抜けるような変な感じも、ここのところは少しまし。

 でもその時の方が体は元気だったよ。

 今の方が力が出ない感じで…」

「ふーん」

そんな話していると小降りの雨が止み、

久しぶりに陽の光が差してきた。

「あ!

 晴れてきた!」

久方ぶりの日差しを見た途端、

里枝はさっきまでの気だるさを吹き飛ばすように小走りで外へ駆け出て行く。

「気持ちいい…

 やっぱりお日様の光は最高…

 蛍光灯の光なんか比べ物になんない…」

里枝は空に両手を広げて気持ちよさそうに体に日光を浴びている。

俺はやれやれと思いながら里枝の鞄と傘をもって外へ出た。

その日光を浴びる様はどこかで見たような気がするがどうにも思い出せない。

「よかったな、晴れて。

 じゃあ一緒に帰ろうか。

 午後は授業ないんだろ?」

「あ、智也ごめん…。

 私、ちょっと寄りたいところがあるから先に帰ってて」

「寄りたいところって?」

「え、えっと…、

 と、図書室、そう図書室よ!

 調べ物があって時間がかかりそうなの

「ふーん。

 じゃあ先帰っとくな

「うん、ごめんね」

以前と違って、この頃俺は一人で帰らされることが多い。

それも決まって天気のいい日に。

気になった俺は里枝に悪いとは思いながらも跡をつけてみることにした。



里枝が向かった先は大学の裏山だった。

里枝は人の気配がないかを確認しつつ、

大学構内と山を区切る柵を乗り越えると、

草木の生い繁る山の中へと姿を消して行った。

『なんの用があってこんな山の中へ?』

彼女の悟られないように少し間を置いて俺も柵を越えると、

足跡を手掛かりに奥へ奥へと進む。

しばらくして、小さな谷間に里枝を見つけると、

忍び寄ってその様子をうかがった。

そこにいた里枝は土に這いつくばってスコップで穴を掘っていた。

『あいつ、一体何をするつもりなんだろう?』

そんな俺の疑問をよそに穴はどんどん堀り進められ、

やがて人の膝ぐらいまでの深さになっていく。

すると、

「…ふう。ま、こんなところでいいかな…」

の声と共に里枝はスコップを置いた。

「ああ、喉が渇いちゃったな…」

里枝は雨あがりの地面にできた水たまりに近づいて行く。

そしてその水たまりの前で四つん這いになり、

泥に汚れた水面に顔を近づけると、

その水面に唇をつけたのであった。

『…え?』

思いがけない光景に俺は呆気にとられるが、

しかし、里枝はゴクリゴクリとその泥水をすすり始めたのである。

すぐ近くに透き通った水がチョロチョロと流れていたが、

それには目もくれずに。

「…ふふふ、土の混じった水はやっぱり美味しいな…」

泥まみれの口元に里恵の笑みが見える。

「さてと…」

口を拭いながら里枝は体を起こすと、

着ているものを一枚一枚脱ぎ捨て始める。

山の中で突然始まったストリップに俺は当惑した。

ブラジャーが肩から抜き取られ、形の良い乳房が露わになる。

ショーツにも手が掛けられて、

肉付きの良い尻と秘所が空気に曝されると、

里枝は一糸まとわぬ裸になってしまった。

『山の中で裸になるなんて…。

 ひょっとしてヌーディストなのだろうか?』

そんな疑念を持ちながら俺はさらに見続けると、

「肌で感じる山の空気はいいわ…」

里枝はそう言って今度はさっき掘った穴の中に立ったのである。

そして、まるで植樹でもするかのように掘り起こした土を自分の足にかけ始めてしまった。

「ああ、やっぱり土はいいわ。

 体から元気が湧いてくる…」

白くて細い足がみるみる土に消え、

裸で膝まで土に埋まった滑稽な女の姿が現れた。

すると里枝は大きく両手を空に向けて広げ、

体一杯に夏の日差しを受ける仕草をしてみせたのであった。

「…ああ、気持ちいい…

 …お日様の光が気持ちいい…

 …ああ、気持ちいい…

 …足に触れる湿った土の感触が気持ちいい…

 …最高…」

日の光を一身に浴び里絵艶っぽい表情を浮かべている。

すると、

スンッ

「ん?」

彼女の方向から不思議な香りが漂ってきたのだ。

「何だこの匂いは」

甘くて、蜜の様でもある香りに俺は鼻を動かしていく。

すると、

…ブーン…

その匂いに誘われてか、

蜜蜂が俺の近くを横切って里枝の方に飛んで行った。

しかも里枝の周りには蜜蜂や蝶がもう何匹も飛んでいる。

「ふふふ、来てくれたのね…」

その言葉と共に虫たちは、

競い合うように里枝の乳房と秘部に群がりだした。

虫嫌いのはずの里枝なら悲鳴を上げているところだが、

目の前の里枝は虫たちを払おうともしない。

それどころか虫たちを誘い、

喜んで戯れているように見える。

「ああ…虫さんたち、

 くすぐったいけど気持ちいい…

 気持ちいいの…

 もっと…もっともっと私を刺激して…」

そう言いながら里枝は恍惚の表情を浮かべている。

それどころか蟻にまで体へよじ登られ、

蟻の行列が足を伝って秘部に伸びてしまったのであった。

「はあ、はあ…

 気持ちいい…

 いいよぉ…」

里枝はもう何も考えられない様子で、

何度も何ども体をのけぞらせた。

「はあ、はあ、はあ…。

 ふふふ。

 あはははは」

土に足を埋め、

裸体に夏の日差しを浴びながら虫をはべらせて喜ぶ里枝。

俺は思いもしなかった里枝の秘密と、

そして、そこに無断で立ち入った自己への嫌悪から、

気が付くと逃げるようにして元来た方へと引き返していたのであった。



つづく



この作品は徒然地蔵さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。