風祭文庫・異形変身の館






「寄生刑事」



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-133





町を夜の帳が包んで間もない頃。

庵野英理は一人夜の公園を足早に歩いていた。

「…コンビニでちょっと買い物するだけだったのに

 少し長居し過ぎちゃったかな…」

怪しげな人影こそは見えないが、

しかし、人気から離れた夜の公園は

年頃の少女が恐怖感を抱くのに十分である。

それでも、自宅への一番の近道であるこの公園を英理は歩いて行く。

ガサッ。

そんな時、近くの草むらで何かが動く音がした。

「な、何?」

突然の出来事に思わず立ち止まる。

ビュゥゥゥゥゥ…。

立ち止まる彼女の回りを風が吹き抜ける。

「だ、誰?

 誰かいるの?」

おびえた顔で遠目から物音のした方向を覗き込もうとすると、

ガサガサッ…

ゴソゴソ…。

そんな彼女に気づかれる事なく、

“それ”は彼女の足元に忍びよってきた。

ササササササ…。

シュルルルッ、

ビタッ!

「きゃんっ!」

突然、足から股間にかけて異様な感触が走る。

痛いような、それでいて気持ちのいいような感触。

「あっ、

 やだっ、
 
 いやっ…」

その感覚の中で英理はスカートをまくった途端、

彼女の顔が一瞬凍りつく。

そこには、尾の付いたカニの様な物体がその尾を英理の右足に絡ませ、

足に当たる部分で腰を挟んでいる姿があった。

「いやっ、

 やめて、離して…
 
 きゃんっ!」

叫び声を上げながら英理は必死でそれを離そうとするが、

しかし、物体は腹の部分にある管を彼女のまだ異性を知らない”門”へと合わせる。

ムズムズムズ…。

「いやっ、

 あんっ、
 
 そんな、
 
 やめて、
 
 誰か…助けて…」

恐怖と快感の中、必死で彼女は叫ぼうとするが、

しかし、その声はかすれ、辺りに聞こえる事はない。

そんな中、物体は管を彼女の”門”に押し当て、

ムリヤリこじ開けようとする。

そしてついに

ズブッ!

「いやーっ!」

遂に物体の管が英理の門を破り、胎内へ異物として入り込んで来た。

ズズズズ…

英理の中へと入り込んできた異物は”門”より奥へと続く回廊を

行きつ戻りつしながらも這うように進み、

やがて、回廊の奥、

女という性のみが持つことが許される器官の中へと進入してきた。

「うっ

 うう」

自分の胎内の中でモゾモゾと動くその感覚に英理は腹部を押さえ、

その場に蹲ってしまう。

しかし、異物はそんな英理にかまうことなく、

差し伸ばした管の中より何かを彼女の胎内に押し込みはじめる。

そして、それを完了したとき、

「あ、あ、あああ…」

今までに感じた事の無い苦痛と快感が

絶叫となり英理の喉の底から響わたり、

ドスン。

絶叫の後、英理は放心したままその場に倒れてしまった。

「……」

口から涎をたらし白目を剥く英理の身体より役目を終えた物体は離れ、

そのまま塵となり風の中に消えていった。

それから、どれだけの時が経ったのだろう。

英理の体が軽く震え、

そして、彼女はまだけだるさの残る体を静かに起こす。

「うっ、うう…」

静かに、ゆっくりと立ち上がると

英理は大きく伸びをし、ゆっくりと息を吐く。

「ふふっ…」

静かに微笑んだその顔は今まで彼女が見せた事のない妖しげな空気に満ちていた。

一瞬、その両眼に怪しげな緑の光がともる。

そして英理は回りを見渡すと、

何事もなかったかのように歩き出した。

ただ、彼女が既に「かつて英理だったもの」になっていた事を除けば…。



キーンコーンカーンコーン…。

始業チャイムがなり、

生徒達があわただしく動く中、

栗井久子は英理に声をかける。

「英理、今日このクラスに転校生が来るみたいだけど、どんな子かな?」

英理は親友である少女に“英理のような”笑顔を浮かべると、

「そうね、久子。

 意外と久子好みの男かも知れないわよ」

と答える。

「それならいいけどね…」

クスっと笑う久子。

ガラリ。

そこへ、教室の扉が開き、担任の教師と一人の少女が入ってくる。

「…今日からこのクラスに入る事になった伊勢仁美くんだ。

 よろしく頼む」

「伊勢仁美です。

 まだ不慣れな所もありますが、どうかよろしくお願いします」

オーッ…。

どこかの王女を思わせる清楚な空気を漂わせた転校生に男子はもちろん、

女子も目を離せずにいる。

「英理、なかなか可愛い子じゃない。

 友達になれるかな…」

前の席に座っていた久子がこっそりと英理に声をかける。

「そうね…色々関わっていけそうね…」

久子に気づかれない様に英理は“元の顔で”笑みを浮かべながら

壇上に立つ仁美を見つめていた。

“まさかこんなに早く見つかるなんて…

 でも、今のままじゃまずいわ…
 
 状況と…仲間が欲しいわね…。”

そして英理の目は静かに久子に向けられていた。



転校初日ではありながら、

仁美はすっかり生徒達に溶け込んでいた。

そのルックスと知性、

そして体育のバレーボールでは意外な活躍を見せながらも

決して飾らぬ人柄はクラス中の男子を虜にし、

本来なら嫉妬の対象にしてもおかしくはない女子達も

一目置く存在として認識していった。

そして昼休み。

「伊勢さん、どこ行っちゃったのかな?

 一緒にお弁当食べたかったのに…」

購買や運動場やらに駆け出す生徒のざわめきの中、

いつの間にかいなくなっていた仁美を探して久子は校内を歩いていた。

そんな時、

「久子、伊勢さんを探しているの?」

英理が声をかける。

「英理、ちょうどよかった。

 伊勢さんと一緒にお弁当食べようと思っていたのに、
 
 いつの間にかいなくなっているんだもの…
 
 どこ行ったか知らない?」

久子の問いかけに対し、英理は少し黙りこむと、

「そう言えば伊勢さんを見かけたわ。

 わたしも一緒に行っていい?」

と尋ねる。

「なに言ってるの。

 友達同士今さら遠慮する事ないって」

そう言って久子は英理の両手をつかむ。

「そうよね、わたし達“友達”だものね…今の所は」

“今の所は”の部分を密かにつぶやくと

英理は久子の手を取りそのまま走り出す。

「ねえ、こんな所に伊勢さんがいるって冗談でしょ?」

誰もいない体育倉庫を見渡し久子がこぼす。

英理から「伊勢さんをここで見かけた」と言って連れてこられたものの、

仁美どころか人っ子一人いない。

「英理、やっぱり勘違いだったんじゃないの?

 今の時間、こんな所に用事がある人なんていないよ」

そう言ってきびすを返そうとした時、

ヒュッ、ガタンッ。

彼女の頬を何かがかすめると同時に体育倉庫の扉が閉まった。

「と、扉が…勝手に…」

一瞬おびえながらも慌てて扉に手をかける。

しかし、扉はびくとも開かない。

「ムダよ…扉は開かないわ…」

そこに、聞きなれた親友の声が聞きなれない口調で響く。

「え、英理…な、何よそのカッコ!」

振り向いた久子の顔に驚きが走る。

いつの間にか英理は一糸まとわぬ姿になり、

そのお尻からは何やら黒いものが伸びている。

それが扉をふさいでいる尻尾であると言うのが見えた時、

久子の顔が凍りつく。

「別にどうって事無いわ。

 それに、あなたもわたしと同じになるんですもの」

ヒュルッ!

そう言った瞬間、英理の尻尾が久子の腹に巻きつき、

そのまま英理の目と鼻の先まで久子の体を寄せさせる。

「うふふ…

 こうして見ると久子、

 あなたってホントに可愛いわね…
 
 食べちゃいたい位…」

舌なめずりをする英理の瞳にはいつしかあの緑色の光が灯っていた。

「い、いや、やめてよ英理…助けて…」

恐怖の余り声を振るわせ久子が涙を流すが、

しかし、その願いをあざ笑うように英理は久子の唇に自分の唇を沿わせる。

「んっ…」

「大丈夫よ、久子。

 今“この空間”にいるのはわたしとあなただけ。
 
 誰にも邪魔される事は無いわ」

唇を離しながら英理は久子のスカートに手をかけると下着ごとひき下ろす。

生白い素肌に覆われた裸の下半身が丸見えになる。

「…!」

久子の顔が恐怖と羞恥に引きつる。

「ふふ…

 ホントに可愛いわ…」

そう囁きながら英理はそっと上着の裾に手を入れ、

ブラジャー越しに久子の乳房を優しくなでる。

「あっ、ああ…」

久子の口から甘い声が漏れる。

そしてそのまま久子の上着をブラジャーごと引き抜く。

年相応のふくらみを湛えた裸身があらわになる。

「さぁ、始めるわよ。

 大丈夫、恐いのは始めだけだから」

そう言うと英理は再び何かを叫ぼうとする久子の口を唇でふさぐ。

そして、

ズブッ!

“ぐっ!”

英理の口の中−歯茎にあたる部分が伸び、

久子の口の中一杯に広がる。

これで久子の口の動きは完全に封じられる。

“いや、やめて、助けて…”

声にならない叫びを漏らし久子は涙を流すが、

英理はその震える乳房に自分の乳房を重ねあわせる。

“ふんっ!”

“あっ…!”

英理が力を入れた時、久子の股間に違和感が走る。

もし久子がそこに目を向けられていたなら、

舌の様に変化して自分の股間を舐め回す英理の女性器が見えただろう。

“あっ、あん、

 や、やめて…
 
 でも…気持ち…いい…。”

乳房をすりあわされ、

さらに股間を舐め回される感触に久子の口から声にならないあえぎ声が漏れる。

しかし、次の瞬間、

ズブッ!

“うっ!”

股間を中心に久子の全身を苦痛と衝撃が走る。

ついに英理の女性器が久子の胎内に突入したのだ。

“さあ、お楽しみはこれからよ…。”

英理はそうつぶやくとより激しく久子の全身を愛撫する。

と同時に口と女性器が収縮を始め、

久子の口内と胎内を刺激する。

“あっ、

 あっ、
 
 そんな、
 
 いやっ、
 
 ああっ…。”

久子は更なる快感に身をくねらせるが、

その体は英理の両腕と尻尾に押さえられ見動きできない。

逆にその動きが彼女の快感を増す事になる。

一方、英理もまた女性器そのものが変化した管が

久子の胎内で動く感触にもだえている。

“ああ、いいわ、

 この体がここまでいいなんて…。”

そう言いながら体を振るわせる。

“ああ…”

ズブッ、

ズブズブ…。

恍惚とした表情を浮かべるその背中から、

怪しげな背びれのような物体が何度も伸縮を繰り返している事に

英理は気づいていなかった。

ムクッ。

“そろそろ頃合いね…

 久子、いよいよ生まれ変わる時よ…。”

胎内の変化に気づいた英理はやや惜しそうに尻を突き出す。

ズッ、

ズルル…。

英理の胎内から卵管を通じ、

何かの塊が久子の胎内に注ぎ込まれる。

その感触は久子にかつて英理が感じたのと同様の恐怖と快感を与える事になる。

“えっ、何?

 何か入って…あっ!”

ビクン!

一瞬久子の体がのけぞる。

そして英理の卵管から久子の胎内に塊が入り込む。

“あ、いや、

 あ、あ、あ、あ…
 
 いやぁーっ!”

脳全体に響き渡る絶叫のあと、

久子の頭は静かに後に倒れる。

英理の歯茎はそれに合わせるかのように久子の口から抜け、

元の口の中に戻る。

ズブッ、

シュル…。

同時に卵管も久子の胎内から引き抜かれ、

その形も元の女性器状に変化する。

そして英理は気を失った久子をつかんだ尻尾をそっとマットの上に置く。

「うっ、うう…」

その直後、久子の体がかすかに震えると静かに上半身を持ち上げる。

「気分はどう?」

緑色の瞳を輝かせて尋ねる英理。

久子はそれに対し振り向きながら、

「ええ、最高の気分よ」

と笑みを浮かべて答える。

その瞳には英理同様緑色の光が灯っていた。

「この体って相性がいいわね。

 意外と早くなじむ事ができたわ」

そう言うと四つん這いになり、

獣のように大きく伸びをする。

ズブッ!

それと同時に、彼女の尻から英理同様のサイズの尻尾が生える。

それに対し英理は静かに寄り添い、

そっと唇を沿わせ久子もそれに応える。

「地球人はそのままでは使いにくいけど、

 感度に関しては最高よ。
 
 昨夜は思う存分楽しませてもらったわ」

思い返すように上を見上げる英理。

久子はそんな英理を羨ましがるように、

「なら英理、このまま二人で地球人の快感を堪能しようか?」

としなだれかかるが、

いきなり立ち上がった英理に肩透かしを食らい倒れる。

「本当はそうしたいけど、

 わたし達にはするべき事があるわ。
 
 それを済ませてからね」

久子もやれやれと顔を上げると、

「そうだったわ。

 あいつを仕留めなきゃ…」

と互いに妖艶な笑みを浮かべあう。



放課後。

「伊勢さん、一緒に帰らない?」

「あっごめんなさい、

 ちょっと用事がありますので…」

そう言い寄ってきたクラスメートの誘いを仁美は断ると、

静かに放課後の校内を歩いていた。

夕日の差し込む中、

やや愁いを帯びながらも隙の無い表情で歩く姿は

男女を問わず見た者の心を吸い込みそうな空気に満ちていた。

スッ。

「誰?」

不意に誰かの気配を感じた仁美は即座に振り向く。

「伊勢さん、まだ帰っていなかったの?

 クラブ活動とか興味があるのなら案内してあげるわよ」

視線の先にいた女性―英理は好意的に見える笑顔を浮かべながら近付く。

しかし、仁美の目にはその奥にある自分への明らかな敵意と悪意が映し出されていた。

英理の言葉に返事をしないまま即座にその場を離れようとする仁美だが、

けど、その行く手には久子が立ちはだかった。

「仁美さん、何も逃げる事はないじゃない。

 わたし達、“似たもの同士”なんだし」

そう言う久子の笑顔もまた、仁美への悪意と敵意に満ちていた。

「さあ、わたし達と一緒に行きましょう。

 手荒なまねはしないわ」

そう言いながら手を差し伸べる英理。

仁美は一瞬おびえていたが、

バシン。

「くっ!」

英理の手がもげるかの勢いでその手を叩き落とすと、

全力でその場から駆け出した。

「ハッ、ハッ、ハッ…」

どれだけ走っただろう。

ひとしきり走った所で仁美は回りを見渡す。

「誰も…いない…」

この時間、まだ教師や部活などで残っている生徒は少なくないはず。

しかし、今まで走った中ではそんな人影にはまったく出会っていない。

「そんな…」

キーンコーンカーンコーン…。

不意にチャイムが鳴る。

一瞬壁に身を寄せる仁美。

そしてチャイムが鳴り終わった時、

廊下には彼女を挟むように英理と久子が立ち、

静かに近付いていた。

「ムダよ。

 この学校中に空間結界を張ったから
 
 今ここにいるのはわたし達とあなただけ。
 
 おとなしく観念なさい。
 
 それとも、わたし達のえじきになりたい?」

無人の廊下に久子の声が響く。

その口元にはいやらしそうな舌なめずりが浮かぶ。

「もう逃がさないわ」

英理はそう言うと走り出す。

それに合わせるように久子も走り出す。

タッタッタッ…ズバッ!

走るうちに二人は四つん這いで走り出し、

しかもその両手両足が禍々しい形に変化する。

その変化を物ともせず二人は仁美に迫る。

「やっ!」

ドスン!

二人が襲いかかる寸前、仁美は身をかがめた。

案の定英理と久子は真正面から衝突する。

そして仁美はそれを確認する間もなく再びその場を離れる。

「イタタ…英理、逃げられちゃうわよ」

「大丈夫、おそらくあいつは…」

そう言うと英理は廊下の窓を開けるとそのまま身を乗り出して外に出ると、

いつの間にか生えた尻尾も使い器用に窓を伝い壁を登ってゆく。

バタン。

屋上の扉が開き、飛び出すように仁美が出てくる。

「しまった…」

静かに歩きながら仁美は

逃げ場の無い屋上に出てしまった自分のミスを呪った。

「追いかけっこは終わりかしら、

 お嬢さん?」

それをあざ笑うかのように英理が尻尾を手すりに巻きつかせ

その勢いで一気に飛びあがり、地面に着地する。

仁美は慌てて出口に戻ろうとするが、

「はぁーい、お元気ー?」

突然天井から逆さまで現れた久子の姿におののいてしまう。

「今度こそ逃がさないわ…」

「おとなしくわたし達にやられなさい」

そう言いながら異形の仕草で仁美に迫る英理と久子。

いつしか仁美は屋上の端まで追い詰められていた。

もはや後は無い。

おびえながら二人を見渡す仁美。

その目には恐怖と同時にある種の決意がみなぎっていた。

「うんっ」

仁美がそう言った瞬間、

彼女の回りを中心に強力な衝撃波が放たれる。

「きゃっ!」

「何?」

一瞬の出来事で不意を突かれた二人は大きく跳ね飛ばされるが、

辛うじて姿勢を保つ。

「…やりたくなかったけど…

 わたしの力、見せてあげるわ!」

仁美の手が光に包まれ、

その直後ものすごい勢いで英理と久子に伸びる。

二人は辛くも逃れる。

「ハァ、ハァ、

 どうやら少し追い詰めすぎたみたいね…」

「ハアッ、アアッ、

 英理、わたし達も本気出していいでしょ?
 
 もうこの体でいるのがつらいのよ」

苦しそうな顔をしながら声をかける久子。

そのまま全身に力を入れる。

「うぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

ズブッ!

ズブズブ!

久子の背中からひれ状の物体が制服を突き破って生えてくる。

ミシミシミシ!

ズバァッ!

尻尾の生え際と両手両足を起点に久子の全身が引き裂かれる。

「ウオオオオ−ッ!」

顔を上げた久子の口の中から歯茎が大きく伸びる。

そして久子の顔の皮が引きちぎれる。

キャオーン!

人間の骨格を異形な形にゆがめた全身。

禍々しく伸びた両手足に尻尾。

不気味な形に広がる頭部。

まさしく異形の姿となった“久子”は歓喜の咆哮を上げ、

仁美に襲いかかる。

さらに異形の凶器となった両手足、

そして尻尾を駆使して仁美を貫こうとするが、

その攻撃は紙一重で仁美にかわされる。

ドスッ!

次の瞬間、ゼロ距離まで近付いた仁美の光弾が“久子”を弾き飛ばす。

「久子ったら…仕方ないわね…」

そうつぶやくと英理も体に力を入れる。

ズズズズズ…。

“久子”とは違い、

尻尾の生え際や両手足からジワジワと黒い色が全身に広がる。

そして同時に人間の皮膚が溶けるように変化するのと

入れ替わりに異形の姿が現れる。

ビリビリビリ!

肉体の変化につれ英理の制服も引きちぎれ、

顔以外は異形の姿があらわになる。

黒い色が彼女の顔を覆うと、

長めの髪がまとめて抜け落ち、

鼻や耳が溶けるように消えるのと入れ替わりに異形の頭部が姿を表す。

キュオーン!

“英理”もまた、咆哮を上げると

仁美の弾幕に押される“久子”を援護すべく仁美に飛びかかる。

ビュッ、グワシッ!

滞空して光弾を連射する仁美よりさらに高く飛びあがり、

右腕を突き出す。

「クッ!」

寸前でそれを見切った仁美は急降下してそれを交わす。

キャオオオッ!

“久子”はそれを待っていたかのように身をかがめて駆け寄ると

その勢いのまま身をひるがえす。

長い尻尾が着地する寸前の仁美の足を斬り落とそうと迫る。

しかし、仁美は“久子”の尻尾スレスレで止まるとそのまま身をかがめ、

頭上でバランスを崩した“英理”目がけて自分の体をぶつける。

ドンッ!

キュオッ!

“英理”の口から苦悶の声が漏れる。

キャオーッ!

仁美がそのままの姿勢から光線を放とうとした時、

“久子”がその背中に迫る。

ビュッ!

人間で言うのなら乳首に当たるその部分から

槍状に伸びた触手が仁美に襲いかかる。

「はあっ!」

触手が仁美を貫く寸前、

その体は光のバリアーに包まれる。

ジュッ!

キュオオオオ…。

触手を焼かれた“久子”が苦しそうな声を上げる。

“英理”もまた全身を焼かれ苦しそうにもがく。

「あいつらに操られているのね。

 かわいそうだけど…これで、とどめ!」

そんな二体を悲しそうに見つめながら仁美は再度浮遊すると

両腕に力を入れ、

二体を間違い無く消し去れる勢いの力を持つ光を集める。

キュウウウ…。

キャアアア…。

二体は身動きの取れないまま恨めしそうに仁美を見つめる。

そして仁美はそっと手を伸ばす。

その瞬間、“久子”の本能が何かをひらめいた。

“久子”は自分の尻尾を“英理”の尻尾に絡めると、

“英理”もろとも引き上げる。

キュオオオオーッ!

キャオオオオーッ!

ビュッ!

二体の咆哮が上がった瞬間、

“英理”は“久子”につながれたムチのごとく仁美を襲う。

「きゃっ!」

ドカッ!

攻撃に気を取られすぎていた仁美は

その攻撃をかわしきれず“英理”と正面衝突し

一緒に地面に叩き付けられる。

光線はその衝撃であさっての方向に飛んでいった。

「ううっ…」

ふらふらになりながらも立ち上がったのは仁美だった。

そのまま右手をかざし“英理”に向ける。

しかし、

ドスッ!

「ぐはっ!」

仁美がうめく。

その胸には深々と“英理”の腕が突き刺さっていた。

「そ、そんな…」

呆然となった顔でよろめく仁美。

“英理”が右腕を引き抜くと同時にその体は力無く倒れ、

光となって消えていった。

キュオオオッ?

キャアアアアッ。

身を起こし歩みよる“久子”に“英理”は右手につかんだものを見せる。

それは青い光に包まれた結晶だった。

キュオオオオオーッ!

“英理”はそれを高々と掲げるとさらに奇声を上げる。

同時に結晶は光に包まれ消えていった。

ズズズズズ…。

その瞬間、二体の尻尾や背びれ、後頭部が体内に引き込まれ、

同時にその体を白い皮が覆う。

胸を覆った皮は柔らかい乳房に、

尻尾の跡を覆った皮は引き締まったお尻に変化する。

そして皮が顔を覆うとそこにはかわいらしい顔立ちの少女の姿が現れる。

「…終わったわね…」

「ええ…」

異形の姿から再び人間に“擬態した”二体の異形は

裸身のまま緑色の瞳を輝かせて静かに微笑み合う。

ところがその後、緊張がゆるんだのかそのまま力無くへたり込んだ。

「…疲れた…」

「ホント、死ぬかと思った…」

先ほどまでの怪しげなまでなクールさから一転、

本当に疲れたと言う顔をする二人。

その瞳は黒い輝きを湛えている。

“ご協力、感謝します。”

英理の脳裏に落ち着いた感じの声が響く。

“おかげで凶悪犯を捕まえる事ができました。

本当にありがとうございます!”

久子の脳裏でも若い声が響く。

「…あの仁美って子が

 実は宇宙のアチコチの各惑星を回っては
 
 そこの若者達に麻薬密売や売春あっせんをさせているマフィアの元締めで、
 
 あなた達はそれを追ってきた宇宙のおまわりさん…
 
 同化した後意識をシンクロした事でわかったけど、
 
 はぁ…何だか実感が湧かないわね…」

少し寝ぼけた顔をして英理がつぶやく。

「仕方ないよ、地球人として考えれば普通こっちの方が悪者だし

 ―もっともあっちもあの姿は生体ビークルロボで、
 
  ミニサイズの異星人がクリスタルの中から操縦していたんだものね―
  
 それに、シンクロしてイリア星人になっていた事で
 
 改めて“地球人に生まれてよかった”って思えたもの。
 
 ほんと、「恐いのは最初だけ」だったわね、英理?」

対して久子は陽気な笑顔を浮かべている。

「久子…」

英理の眉が少し釣りあがる。

久子はペロリと舌を出す。

“申し訳ありません。

 あの元締めを追っているうちに宇宙船が墜落、
 
 私と部下は損傷した体の再生と犯人逮捕のためとは言え
 
 あなた方の体と記憶を借りなければならなかったのですから…。”

おそらく上司であろう英理の中の意志はすまなそうな声で言う。

“でも、確かにこの子達と同化した時は

 こっちも逆に飲まれてしまった感じはありましたね。
 
 きちんと任務が果たせたかどうか怪しいものです。”

久子に同化していた部下も少しいぶかしげな態度を取る。

「何よ、あの時はあなたはわたしでわたしはあなた。

 一緒に気持ち良くなってたじゃない」

英理は上司に寄生されてからの記憶を思い出し、

顔を真っ赤にする。

“…確かに同化した影響できみ達、

 そして我々の性的本能が一時的に増幅されたと言うのは否定できないな。”

「説明的に言っても納得できません!」

“そ、それはそうとお前もなかなか見事な戦法を考えたものだな。

 今までコンビを組んでいたけど、あんな戦法は始めてだ。”

英理の怒りをかわすように上司は部下の機転に気を向ける。

“ええ、あの戦法は彼女の意識が教えてくれたんです。

 あんな尻尾があるのならこう言う奇襲もできるかも、と。”

少し照れながら答える部下に対して久子はビシッとXサインを作る。

「ともかく、マフィアの元締めを捕まえた事だし、

 あなた達も帰るんでしょ?
 
 きちんと分離する事はできるみたいだし」

英理はやれやれとため息をつく。

それに対して上司はすまなそうに、

“それなのですが、

 実は私達に地球駐在の辞令が下りまして、

 もうしばらくはあなた方の体を借りる事に…
 
 もちろん、体が再生するまでの暫定的なものですし、
 
 その間のあなた方とご家族、友人と言った方々の身の安全は
 
 責任を持って保障しますし、その他の対応も…。”

と説明するが、英理の怒りは頂点に達する。

「えーい、

 いい加減にしてよこの寄生虫刑事!

 せめて服ぐらい返してよ!」

屋上の真ん中で仁王立ちして恨み節を叫ぶ。

夕日をバックに全裸で立つと言う

せっかくのセクシーシチュエーションも台無しである。

「まあまあ、

 気楽に行こうよ。
 
 それに、またイリア星人になれば恥ずかしくも何とも無いし…
 
 それに色々楽しめそうじゃない?」

あくまでも脳天気な久子。

直後、姿も意識も元のままで

戦闘フォームに変身した英理が怒り心頭で飛びかかった…。

結局、夕闇迫る学校の屋上での裸身のキャットバトルは

二人のイリア星人刑事の物言いが入るまで続く事になった…。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。