風祭文庫・異形変身の館






「妹と兄」



原作・茶(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-015





満月の夜の丑三つ時。

藤宮ゆかりは部屋の床に魔法陣を描き終えると、

古びた皮綴じの本を手にしてとある呪文を読み上げ始めた。

黒目がちの大きな瞳。

小さく形の整った鼻梁と唇。

長くまっすぐ伸びた濡羽色の髪。

ほっそりとした華奢な体つき。

幼さを多分に残した少女はひたむきな表情で儀式に取り組んでいた。

広大な洋館の一角を占める自室である。

使用人の部屋とは遠く離れているし、

ゆかりの今やただ一人の肉親は離れに自ら閉じこもっている。

このような儀式を執り行っても気づかれることはない。

昔の印刷は潰れていて読みづらい。

紙は劣化して、変に黄ばんでいて見づらい。

異国の言葉を一字一句間違えずに読み上げるのは至難の業だ。

だがゆかりは、三ページに渡って記された召喚呪文を正確に朗誦できたらしい。

魔法陣の中から、本の挿絵にある通りの悪魔が姿を現したのである。

窓から差し込む月明かりに悪魔の姿が照らし出される。

その姿は、名家の令嬢として

十五歳の今日まで清らかに育て上げられたゆかりにとっては

極めて醜悪なものだった。

それには顔や手足に相当する部位が見当たらない。
 
少女の印象としては動物というよりも、植物のイメージに近かった。

体の中央には幹のようにそそり立つ一本の太い管。

根本には幹を両脇から支えるような二つの大きな塊。

さらにその底には無数の長い根。

だがその幹は血管が脈打つ陰茎であり、
 
その塊は柔らかな皮が睾丸を包む陰嚢、

その根は黒々とした陰毛に他ならない。

悪魔は人間男性のペニスとまったく同じ姿をしていたのである。

心の準備はできていたとは言え、ゆかりはその猥雑な物体を直視できなかった。

一メートル半はあろうかという陰茎は、やがて蛇が鎌首をもたげるように、
 
亀頭をゆかりに向けた。

ゆかりはおぞましさに後ずさる。

と、どこからか鈴を転がすような澄んだ女性の声が聞こえてきた。

「貴女が私(わたくし)をお呼びになったのですね、藤宮ゆかり様」

 その流暢で上品な日本語は、
 
 悪魔の身体のどこからか発せられるものであった。

「私の名はアストラガル。あさましい姿をした悪魔ではありますが、

 貴女に危害を加えることはございません。
 
 取引の話を行なうために、
 
 もう少しこちらへ近づいていただけませんか?」

穏やかで気品のある声であった。
 
予想もしていなかった悪魔の美点に、

ゆかりは張り詰めていた警戒心をほんのわずか解き、

アストラガルの傍に歩み寄った。

「ありがとうございます、ゆかり様。

 それではさっそく本題に入りましょう」

 アストラガルはそう言いながら、亀頭を一度大きく上下させた。
 
亀頭には顔はおろか目もついていないのだが、

それは正面に立っているゆかりの身体を頭のてっぺんからつま先まで

ねめつける行為にしか見えなかった。

ゆかりは堪えきれず大きく一度身震いをした。

「ピチョン…」

亀頭の先から透明な液体がほんのわずか滴り落ちた。

その動作については何の説明もしないまま、

アストラガルはゆかりに問い掛けた。

「私は低級な悪魔であり人間の魂を求めるような真似はいたしませんが、

 それはつまり、私にできることは限られているということでもあります。

 そのことはご存知でしょうか?」

――コクン

ゆかりは肯いた。
 
位の低い悪魔だからこそ、

自分でも御することができると考えて召喚を思い立ったのだ。

悪魔に侮られないようにと意識しつつ、
 
数度咳払いをしてからゆかりは話し始めた。

「悪魔アストラガルは、人に……ペニスを……生やす力を持つと、

 そしてその際に生じる余分なエネルギーを食して生きると、

 この古書に書いてありました」

そう言いながら小脇に抱えていた本を突き出す。
 
アストラガルの亀頭が再び上下動する。

「懐かしい本ですね……

 貴女は確かカトリックの学校に通っているはずですが、

 イタリア語を読めるのですか?」

悪魔は何をどこまで知っているのだろう。
 
そんな疑問を覚えながらもゆかりは答えた。

「いえ、これは五十年前に日本で出版された翻訳書です。

 表紙などの装丁は原書を模したそうですが」

 ゆかりは知らず知らずアストラガルに敬語を使っていた。

「それでは、貴女は誰にペニスを生やしたいのでしょうか?」

「わたしの……兄に……」

「それはお兄様にいささか迷惑な気がしますが……

 まあ人の好みはそれぞれ――」

「いえ、兄は、今は、姉なんです。つまり――」

 慌ててゆかりは言葉を挟む。
 
すでに見当をつけていたのか、皆まで言わせずアストラガルは応じる。

「なるほど。

 妖精――日本では鬼や妖怪と呼ぶようですが――の仕業ですね?」

 悪魔・鬼・妖精・妖怪・精霊・天使……
 
人間とは本来異なる世界に住むそれら異形のものだが、

稀に何かの拍子で両者が接触することがある。

そのような時、被害を蒙るのはまず間違いなく人間である。

「はい」

ゆかりは小さく肯き、すぐ思い直したように大きくかぶりを振った。

「でも元はと言えば……わたしのせいなんです……」

 アストラガルは何も言わず、身じろぎ一つせず、
 
ゆかりの更なる言葉を待っている。

その姿勢に却って釣り込まれたように、

ゆかりは胸の内に抱えていた考えを吐き出した。

「兄は……

 わたしより十歳年上で……
 
 五年前に父と母が亡くなってからは親代わりにわたしを育ててくれて……
 
 わたしにはいつもよくしてくれて……
 
 いつも、いつも、わたしの傍にいてくれたんです。

 喧嘩だってしたことはありませんでした」

話していくうちに感情が高ぶり、ゆかりは溢れてきた涙を拭った。

「なのに一昨年のあの日……わたしは朝から調子が悪くて……」

「初めての月のものですか?」

 ゆかりの記憶を読んだかのようにアストラガルが訊いた。

「は、はい。

 ……機嫌が悪かったわたしはそれを理解してくれない兄に腹を立てて……
 
 『お兄ちゃんも女の子になればわたしの辛さがわかるのに』

 と心の中で願ってしまいました」

「そしてその願いは叶えられた」

「ええ。

 ……鬼に襲われて
 
 ……兄はわたしと同い年くらいの女の子になってしまい
 
 ……人を使って鬼を殺しはしましたが、
 
 それでも元に戻ることはできませんでした」

異形のものが人間にもたらす害は、
 
異形のもの自身を殺せば解消されることがほとんどである。

「兄はそれ以来離れに閉じこもり

 ……わたしのことも避けるようになって
 
 ……たぶん、あの日わたしがあんなことを願わなければよかったんです。
 
 ……きっとそのせいで……お兄ちゃんは……」

 美しいネグリジェが汚れるのも構わず豪奢な部屋の床に突っ伏し、

少女はすすり泣いた。

理屈ではそんな因果関係は成り立たない。
 
だがゆかりは愛する兄の不幸を願った自分が許せなかったため、

それを罪だと思い込んだ。

そしてその罪を償うべく手を尽くして、

ついに今夜の悪魔召喚に至ったのである。

「貴女のお気持ちはよく理解できました。

 私は貴女の助けになることができるでしょう」

ゆかりの涙が収まった後、
 
懺悔を聞き届けた聴聞僧のように厳かでありながら

優しい口調で悪魔が言葉を発した。

「お兄ちゃんは元に、男の人に戻れるんですか?」

もはや口調を装うことを忘れ、ゆかりは悪魔に問う。

「以前よりもなお、貴女とお兄様は親密に過ごせるようになりますよ」

悪魔の言葉は直接の回答にはなっていなかったが、
 
それは気にならなかった。

ゆかりにとっては

兄との幸福な一体感を取り戻すことこそが真に必要だったのだし。

「お願いします!」

 ゆかりが勢い込んで言うと、悪魔は体勢を変えた。

 天に向けてそそり立っていた陰茎を水平に倒し、
 
亀頭をゆかりに向けたのだ。

「それでは……契約の証として、私の身体に手を触れてくれませんか?」

 心なしか、その陰茎は先ほどまでより膨張しているように見えた。

亀頭の先はすでに透明な液体が溢れ出し、月光を反射していた。

それは少女の神経を逆撫でするグロテスクな図であり、

ゆかりはしばしためらった。

「不愉快に感じるのは当然です。

 しかし私は下等な悪魔であり、
 
 契約者と接触をすることなしに力を発揮することはできないのです」

 アストラガルに促され、ゆかりは意を決して亀頭に手を差し伸べた。

――プッ、シュシュッ!!

その瞬間、亀頭から白濁した液体が噴出し、ゆかりの胸や腰に浴びせられた。

「い、嫌っ!!」

 反射的に叫び、後ろに下がる。
 
勢いよく大量に発射された液体はゆったりとしたネグリジェの隙間から流れ込み、

ゆかりの下着や素肌まで濡らしていた。

生暖かく粘つく感触と生臭い匂いとがひたすら不快である。

「これで契約と作業の第一段階は完了しました」

 アストラガルの声を無視し、ゆかりは汚されたネグリジェを脱ぎ捨てた。
 
生臭さが辺りに漂った。

ブラジャーも外す。
 
まだ小ぶりではあるが形のよい乳房が現れ、かすかに揺れる。

 と、ゆかりは股間に違和感を覚えた。

「!!」

見下ろすと、何かが股間から生えていた。
 
そして股間から伝わる触覚は、

「それ」が自分の身体の一部であることを否応なしにゆかりに教えていた。

「な、何、これ……」

パンティーの小さい布地を突き破る勢いで「それ」は膨れ上がり、

いきり立っている。ゆかりはパンティーを脱ぎ捨てた。

ゆかりの股間にペニスが生えていた。

「…………」

 勃起した陰茎には血管が脈打ち、二つの睾丸を収めた陰嚢が揺れている。

根本には太い陰毛が大量に生えている。

亀頭の部分が先端まで皮に覆われていることを除けば、
 
アストラガルの完全なミニチュア版とも言える存在がそこにあった。

「それでは作業の第二段階に移ります」

不意に聞こえた足音に驚き目をやると、そこには美少女が立っていた。

腰まで届く波打つ金髪。
 
大きくて青い瞳。

浮かべる笑みは天使のように清らかでありながら、

なぜかそこには肉感的な魅力も色濃く感じ取れた。

年齢はゆかりと大差ないように見えるが、

一糸纏わぬその裸体は完璧なプロポーションであった。

ゆかりは少女に見惚れ、
 
次の瞬間ゆかりのペニスは前にも増して大きく勃起した。

 少女はゆかりの足元にしゃがみ込むと、ペニスをぎゅっと握りしめた。

「あんっ!!」

ゆかりは電流が駆け抜けるような刺激を感じた。

美少女はゆかりのペニスをゆっくりとしごき始める。

「やん、やん、やあんっ!」

初めて体験する男の快感にゆかりは翻弄されるばかりであった。

「何か出ちゃう、出ちゃう!」

弄ばれるペニスの中に体中の快感が集中していく。
 
出口を求めて熱いマグマのようなものが荒れ狂っている。

「出していいのですよ、ゆかり様」

美少女はアストラガルの声で囁いた。

「ああっ……ああっ……!」

アストラガルが放ったのと同じように白濁した粘りのある液体――精液が、

ゆかりのペニスの先端から激しい勢いで噴き出した。

かつて感じたことのない放出に伴う快感と強い虚脱感とに圧倒され、

ゆかりはその場にへたりこんだ。

と、ゆかりの前に美少女――アストラガル――が跪き、
 
ゆかりのペニスにむしゃぶりついた。

「あああんっ!」

射精直後の敏感なペニスに強い刺激を与えられたゆかりは大きく身悶えするが、
 
アストラガルはゆかりのペニスをすっかり口の中に収めると

亀頭の周りに残っていた精液を余さずなめ取り吸い上げていった。

続いて絨毯の上に点々と飛び散っている精液も、

アストラガルは這いつくばって貪っていく。

「ふふふ……ゆかり様のエキス、おいしいですわ」

自分の身に立て続けに起こった異常な事態を把握しきれず呆然と座り込むゆかりに、
 
アストラガルは淫靡な笑みを向けた。

すると。

ゆかりのペニスは再びむくむくと膨らんでいく。

「お元気ですわね」

アストラガルはそう呟くと、今度は勃起したペニスをくわえ込んだ。

「なんで……どうして……?」

舌や歯を駆使した刺激に抗しきれず、
 
ゆかりは早くも二度目の射精を強いられた。

快感と虚脱感はさらに強かった。

「可愛らしいおっぱい……こうすると気持ちいいですよ」

アストラガルは言いながらゆかりの乳房をもみしだく。

女としての快感を感じているのに、ゆかりは男根をそそり立てていく。

ゆかりはあらゆる方向から性的な刺激を与えられ、
 
それらはすべてゆかりの新しい所有物を屹立させる役に立った。

そして噴き出す精液をアストラガルは甘露のように満喫し、

その度にゆかりの虚脱感は大きくなっていく。

「ゆかり様、悪魔と交渉を持つ時は慎重な上にも慎重な態度が必要でしたわ」

ゆかりの精液を味わう合間合間に
 
アストラガルはぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。

ゆかりはもはや成す術なく、

それをぼんやりと耳の奥に聞き止めていくだけである。

「翻訳書などを鵜呑みにしたのは致命的な失敗です。

私は『ペニスを生やす悪魔』ではありません。

『ペニスを作り上げる悪魔』です」

ゆかりは仰向けに寝そべっている。

もはや立ち上がることはもとより上体を起こすこともできない。

体を動かす力が失われているからだが、

ペニスだけは雄々しく立ち上がり、

とめどなく精液を溢れさせていく。

「作り上げるには材料がいります。

 私が使う材料は、若い少女の肉体です」

ゆかりは自らの手足の感覚がなくなっているのに気がついた。

「非常に効率の悪い作業です。無駄が出ます。

 私はその無駄な部分を喰らうことで、己が糧としているのです」

顔をねじ向けると空気の抜けた風船のような腕が見えた。
 
手首の先はすでに溶けたように消え失せている。

「そろそろ意識がなくなってくるでしょうね。

 お眠りなさい。

 次に目を覚ました時には貴女は生まれ変わっていますから」

その声が、人間としてのゆかりが最後に聞いた声だった。



目を覚ますとゆかりは暖かく心地よい感触に包まれていた。
 
寝起きのゆったりとした気分に包まれて、まだ目を開ける気にはなれない。

「お目覚めですか、ゆかり様」

記憶の混濁したぼんやりした状態にあったゆかりは、
 
起き上がるために身体を動かそうとした。

が、ゆかりは起き上がることができない。
 
それどころか妙な具合に胴体を動かすこと以外何もできなかった。

その瞬間、ゆかりは意識を失う直前のことを一度に思い出した。

目を開けようと意識する。
 
すると眼前に美しいが異様に巨大なアストラガルの顔を見た。

驚いて目を背けようとすると、

首を回しもしないのに目の前の映像が一瞬で切り換わった。

叫ぼうとしたが声が出なかった。
 
唾を飲むことも息をすることもできなかった。

錯乱し、思考が取りとめもなく乱れていきそうになった。

「落ち着いて下さい、ゆかり様」

アストラガルが言って、ゆかりの首筋の辺り
 
(とゆかりに感じられた部位。実際にはカリ首の辺り)

を撫でた。

すると快感とともに全身がまっすぐに伸び、

意識が快い刺激をもたらしてくれたアストラガルへと集中していった。

「ゆかり様、何かを私に言いたい時は心の中で言葉を念じて下さい」

(わ、わたしは今、どうなって……?)

「ゆかり様は完全にペニスとなって、私の両手の中にいます」

(そんな……)

「私が言っても信じられないかもしれません。

ご自分の目で確認なさって下さい。
 
今の貴女に器官としての目は存在しませんが、
 
亀頭――棒の先端部のことですね――を中心にして
 
様々なアングルでものを見る能力が備わっていますので」

さりげなく言われた
 
「目が存在しない…」
 
という言葉にゆかりは改めてショックを受けた。

使い慣れない新しい「目」で、
 
ゆかりは今の自分がペニス以外の何者でもないことをはっきりと思い知らされた。

乳房の柔らかさとは異なる不気味な弾力性を持ち、
 
美しいプロポーションなどとは無縁に太く伸びた一本の肉棒。

その先端部分である、

目も耳も鼻も口も存在せずただ一つの尿道口があるだけの亀頭

(視覚・聴覚・臭覚の感覚自体はこれまでとまったく変わらないのに)。

二個の丸い玉を中に収めた、気持ち悪くたるんだ袋。

艶やかでさらりとした髪の毛などとはまったく

別種の、もつれるように生え広がる太くて濃い毛。

(体が小さくなったため物の大きさが掴みづらくなったが)

亀頭の先から根本までの体長は約十センチ。

これが、今のゆかりの身体なのだ。

「人の魂を核として、人の肉体を素材としていますけれど、

 今の貴女は本質的にゴーレムなどと同じ魔法生物です。
 
 つまり貴女はもはや飢えや病とは無縁であり、
 
 貴女を作り上げた私が滅ぼされない限りはおよそ滅びることはありえないでしょう」

(……だから感謝しろと言うの? このような醜いおぞましい姿にされて?!)

つい数刻前、アストラガルの姿を初めて見た時。
 
ゆかりは強い嫌悪感しか感じなかった。

予備知識を得ていなければ、あるいは兄を救うという願いにこだわっていなければ、

同じ部屋にいることすら耐えられずに逃げ出していたことだろう。

なのに今。視野に収めることさえ我慢がならなかった存在に、

自分はその身をやつしているのだ。

ゆかりの口から

(正確には意識から)

十五歳のおとなしい少女が考えつく限りのありとあらゆる罵詈雑言が飛び出した。

アストラガルは至って平静な態度でそれらの言葉を受け止めていく。

(馬鹿な獲物を食べることができて満足でしょう!?

 さっさと消えてしまいなさい、この悪魔!!)

すべてを吐き出すように最後にゆかりがそう言うと、

アストラガルはようやく口を開いた。

「そういうわけには参りません。

 まだ私にはこの場でやりたいことがありますので」

その言葉を聞いて、ゆかりは最悪の可能性に思い至った。

(まさか……あなた……お兄ちゃんのところに……)

「よくわかりましたね」

アストラガルは艶然と微笑むと、ゆかりを手にしたまま歩き始めた。

(やめて……! やめて!!)

自分がこんな姿になってしまったことはある意味では自業自得だ。

だが兄まで――救いたかった兄まで巻き込むわけにはいかない。

しかしペニスでしかないゆかりには何もできない。

アストラガルの手の中でわずかに身を捩じらせるが、

それで悪魔が足止めできるわけもなかった。

だが離れの扉の前に着いた時、ゆかりは心配する必要がなかったことを思い出した。

(鬼に襲われてからお兄ちゃんの住む部屋には結界が張られるように

 なったのよ。下等なあなたなんかが入り込めるわけ――)

アストラガルは扉を簡単にくぐり抜けた。

魔法生物となっているゆかりも結界に弾かれはしなかった。

「食事をすることによって、かつて失われた力を私はいっとき取り戻せます。

 結界を中和するぐらいは造作もないことなのですよ」

その足取りには侵入者としての怯えなど見当たらない。

足音はまったくしなかったし、月の光が影を生み出すこともない。

アストラガルは音も光も意のままに操って、

離れの奥――ゆかりの兄、雅己のいる部屋――を目指している。

扉の隙間から光線が滲んでいた。雅己はまだ起きていたようだ。

アストラガルは扉をすり抜けて部屋に足を踏み入れた。

(?!)

そこに繰り広げられていた光景にゆかりは目を疑った。

青年から少女に姿を変えられ、人目を避けて引きこもっていたはずの雅己。

ゆかりを遠ざけるようになった雅己。

それはすべて望まぬ変化を強いられたためだとゆかりは考えていたのに。

雅己はベッドに全裸で横たわり、恍惚の表情を浮かべて自慰に耽っていた。

左手で胸の乳房を鷲掴みにするように愛撫し

(ゆかりの元の身体よりも雅己のバストは遥かに大きい)、

右手の指先はヴァギナに突っ込まれている。

「やはり……貴女のお兄様は女の子になれたのがむしろ嬉しかったようですね」

(そ、そんなこと……)

反論しようとしたゆかりだが、その言葉は尻つぼみに小さくなっていった。

よく見ればベッドの周囲には

ペニスを模した種々様々なバイブレーターが転がっているし、

部屋全体に愛液の匂いがたちこめている。

人と接しなくなった雅己が誰かに強いられてこの境遇にあるとは考えられない。

何よりも決定的なのは、喜悦に満ちたその表情であった。

雅己の今の肉体年齢はゆかりと同じ十五歳ほど。

髪型は男だった時と大差ないショートカット。

少女になった雅己は、健康的で清潔な美少女とでも呼びたい魅力を持っていた。

だが今の雅己には大人の女の色香があった。

快楽を覚え、それに溺れる女の放つ、爛れたような色気があった。

雅己の痴態を見るうちに、ゆかりは自分の身体が固く勃起していくのを感じたが、

どうしてもそれを抑えることはできなかった。

アストラガルが手の中にいるゆかりの変化に気づかなかったわけは

ないが、悪魔はそれには触れずにゆかりに語りかけた。

「天使が神の名のもとに与える恩寵や罰、

 あるいは悪魔が人自身の同意を取り付けてかける魔法……
 
 それらと違い、妖精や鬼が人に与える変化は、
 
 当の異形のものを滅ぼせばたいてい取り除ける。
 
 これはあなたも知っていることでしょう。
 
 それが取り除けないのは、
 
 むしろ変化させられた当人がそれを内心願っている時……」

よがり声を上げている雅己を見せられては、

アストラガルの推測に反論することなどできはしない。

「さて……」

アストラガルが指を鳴らすと同時に雅己から身を隠す術が解けたのか、

それまでこちらに見向きもしなかった雅己が振り向いた。

理性の戻った顔には突然の侵入者に対する怯えと恥じらいが同居していた。

と、雅己の態度が唐突に落ち着いたものになった。

その変化は不自然で、

アストラガルが雅己の精神を操作する魔法をかけたことは明白だった。

「雅己様、貴方にプレゼントを差し上げます」

そう言うとアストラガルは、勃起したままのゆかりを雅己に差し出した。

ゆかりはアストラガルの悪趣味な趣向にようやく気づいた。

存在そのものが恥部である今の自分を兄に見せたくなくて、

ゆかりは身をくねらせてその場から逃げ出そうとしたが無駄だった。

「それは……生きているのですか?」

精神操作は適度に制御されていたらしく、

雅己は好奇心を顕わにした口調で訊ねる。

亀頭を正面からまじまじと見つめるため、

ゆかりにしてみればちょうど目と目を見つめ合うような位置関係だ

(雅己の方はペニスに見つめられているとは想像もしていないだろうが)。

「はい。一種の魔法生物ですので世話も手間もいりません。

 好きな時に使い、不要な時はその辺に置いておけば問題ありません。
 
 ちなみに、雅己様はお子さんを産むつもりはありますか?」

「……そのうち、できれば欲しいんだけど……

 男に抱かれるのが怖いし、男と結婚するのも嫌だし……」

「ならばますますうってつけですね。子供が欲しくなったら、

 強く念じながらこれを使って下さい。子種が授かります」

二人の会話にゆかりはますます恐怖を募らせる。

兄の手慰みの玩具にされた挙げ句、兄に赤ん坊を孕ませるなんて冗談ではない。

「逃げる恐れは?」

アストラガルの掌の上でペニスとなった身体を懸命に動かそうとするゆかりを見て、

雅己が訊く。

ゆかりにはその顔が、素敵なペットを与えられた子供のように見えた。

(そんな目で見ないで、お兄ちゃん!)

だがゆかりの言葉は雅己には聞こえないようだ。

「手も足もないこれにできるのはセックスのためのわずかな運動だけです。

 移動はほぼ不可能でしょう。
 
 何より、挿入と射精こそがこれの生き甲斐です。
 
 わざわざ逃げるようなことはありません」

(わたしは女よ! そんなことが生き甲斐になるわけ――!!)

 アストラガルが柔らかく陰茎を撫でると、またもゆかりは勃起した。

「すごく……元気ですね……。皮を被っているけど……」

雅己のその言葉はなぜかゆかりの自尊心を傷つけた。

「剥いてみましょうか? 痛がってしばらく使えなくなるかもしれませんが」

「いえ、別にこのままで構いませんよ。……僕も、男の時はそうだったから……」

雅己はそう言うとアストラガルからゆかりを受け取り、

固く熱くなったゆかりをその小さい口に含んだ。

(ああんっ! お兄ちゃん、お兄ちゃん!!)

少女からペニスへと姿を変えられたこと。

兄である美少女に自分の身体をしゃぶられていること。

それが今の自分にとって紛れもない肉体的な快感であること。

それら理不尽なまでに錯綜した状況の只中に放り込まれ、

ゆかりの思考にはもはや正常な判断力も何もあったものではない。

唯一はっきりしているのは、自分がかつてないほど兄の近くにあり、

兄に必要とされていることだけだった。

(出ちゃう!)

ゆかりは早くも絶頂を迎えた。

二個の睾丸の中で精子が作られていき、

すさまじい勢いで尿道を駆け上っていく。

ペニスとなったゆかりには、

それを如実に感じ取ることができた。

尿道口から噴き出した精液が、雅己の口の中に迸った。

(気持ち……いい……)

ゆかりの全身が射精による快感と疲労感に包まれる。

だが、その疲労はさきほど魔法でペニスにさせられた時に繰り返し味わった虚脱感とは

まったく別の、心地よいものだった。

ゆかりはこの時初めて純粋な射精を果たし、

そしてその気持ちよさに酔い痴れた。

その満足感に応えるかのように、海綿体はあっさりと復活して雅己の

口の中で膨らんでいく。

(あん!!)

敏感になっている亀頭が口の中の精液をなめ取っていた雅己の舌に触れ、

ゆかりは身を震わせた。

と、ゆかりは雅己に口の中から引き出される。

ペニスのゆかりと美少女の雅己が再度向かい合う。

「君ってすごいんだね……出したばっかりなのに、もうこんなに……」

雅己は賛嘆するようにゆかりを眺めてそう言った。

そこにはかつてこの少女が男であったことを窺わせるものはほとんど残っていない。

記憶はともかく、雅己の心は完全に雌のものとなっていた。

そしてゆかりの心にも変化が生じつつあった。

ついさっきは羞恥心に身をくねらせていたのに、

今はむしろそそり立つ自分を兄に見せつけることに

誇らしげな気持ちさえ覚えている。

「じゃあ……今度はこっちだよ」

雅己は股を大きく広げると、ゆかりを秘所へと導いていった。

ゆかりの眼前に、雅己のヴァギナがかすかに口を開けている。

強く漂う女の匂いに、ゆかりはさらにその身を硬くしていった。

亀頭が膣に入り込み、ゆかりの視界は闇に閉ざされる。

と同時に内部に潤っていた愛液がゆかりの全身を包み込んだ。

(わたし……今、お兄ちゃんの中にいるんだ……)

愛液のおかげで滑らかなものではあるが、

ゆかりは動くたびに膣壁と身体を擦り合わせていく。

それは雅己と同様、ゆかりにも激しい快感を与えていった。

(全身で快感を感じ取る分、

 あるいはゆかりの方が大きな快楽を得ていたかもしれない)

雅己の手がゆかりをピストンのように前後させる。

それが快感を倍化させる。

内側から噴き出そうとする精液。

外側から締めつけてくる雅己。

二つの圧力が絶妙のバランスでゆかりの興奮を促していく。

耐えに耐え、自分が途方もなく膨れ上がっていくように感じる。

そして溜めに溜めたものがこらえきれなくなった時。

ゆかりは雅己の中に、己の精を解き放った。

(…………!!)

言葉にならない快感が、ゆかりの意識を支配する。

その瞬間のゆかりは、肉体的な快楽と精神的な喜びによって、

人間の少女であった時にもついぞ体験できなかったほどの幸福感を獲得していた。

ほとんど連続の射精でさすがにゆかりも若干萎びてしまった。

力の入らない身体を雅己の膣壁にあずけながら、そっと心で呟いてみる。

(お兄ちゃん……大好き)

すると。

「……ゆかり?」

雅己の声が膣の外から遠く聞こえてきた。

(……お兄ちゃん?)

「ゆかりの声……どうして聞こえるの?」

(お兄ちゃん、わたしはここ! お兄ちゃんの中にいるの!)

「……まさか!」

雅己が慌てたような手つきでゆかりを取り出した。

目の高さに持ち上げ、ゆかりをしげしげと見つめる。

「ゆかり……なの?」

(そうだよ、お兄ちゃん)

雅己もゆかりの言葉を聞き取れるようになったようだ。

二人は会話を成立させていた。

「ゆかり……どうしてこんなことに……」

雅己が当惑と混乱と悲嘆に顔を歪める。

(気にしなくていいよ、お兄ちゃん)

ゆかりがそう言うと、泣きそうになっていた雅己は呆気に取られた表情をした。

(……わたし、これでお兄ちゃんといつまでもずっと一緒にいられるもの。

 お兄ちゃんのこと、いつでも気持ちよくしてあげられるもの。
 
 ……わたし、今すごく幸せだよ)

雅己にそう答えた時、

ゆかりはアストラガルとの会話を思い出した。

「私は貴女の助けになることができるでしょう」

「以前よりもなお、貴女とお兄様は親密に過ごせるようになりますよ」

ひょっとして……。

アストラガルはゆかりと雅己がこうなることまで見越していたのだろうか?

ゆかりを欺きはしたが、

彼女の一番の願いだけは義理堅く叶えてくれたというのだろうか?

(アストラガル!?)

ゆかりは悪魔の姿を探そうとした。

雅己に助けられて部屋を見回す。

しかし、悪魔は姿を消していた。

(アストラガル……)

もう少しだけ話をしたかった。

もっともっと文句を言っておきたかった。

……そして、ほんの一言だけお礼を言いたかった。

ゆかりはしばしそんな感傷に耽り、

涙を流せない今の自分の身体を恨めしく思った。



おわり




この作品は茶さんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。