風祭文庫・異形変身の館






「環樹」
(第弐話:樹の影)


作・風祭玲

Vol.1118





7月・沼ノ端

夏休みを目前に控え、生徒達がどこか浮き足立ちはじめた沼ノ端高校。

『ふっ』

猫の化生が静かにキセルの煙を揺らす校長室の真上にある2年生の教室にて、

「円堂っ

 話がある」

その声と共に自席に座る生徒を複数の生徒が取り囲んだ。

「なにかな」

名前を呼ばれた生徒は落ち着き払いながら呼ばれた理由を尋ねると、

「これに出ていることは本当なのか?」

リーダー格である生徒が掛けてあるメガネを直しつつ、

手にしているPad型情報端末を差し出してみせる。

「そのことか」

情報端末に表示されている月夜野邸跡の再開発を告げる新聞記事に視線を向けた後、

生徒は見上げながら言い返すと、

「認めるんだな」

とメガネの生徒は迫る。

「何で君たちがこのことを鼻息荒く尋ねてくるんだ?

 開発反対派から言伝でも預かっているのかね」

肘を机の上につき、

手先を組みながら生徒は尋ねると、

「何をはじめる気だ?」

「君たちにそのことを言わないとならない理由は?」

「お前が何かを始めると決まって良からぬ事が起きる。

 それを事前に把握し、

 来るべき危機に備え、

 万全の準備を整えておく。

 一般市民である我々にとって至極当然のことではないか」

「言いがかりも大概にしたまえ。

 第一、良からぬ事の原因を追求するのなら、

 この僕ではなく、

 そこの”唐”ではないのか?

 まぁ、良いだろう。

 頭の悪いお前たちに判るように説明をしてやる。

 いいか、

 この沼ノ端では以前よりテーマパークの計画が

 出ては消えていることは知っているだろう」

「まぁな」

「いつまで経っても計画が進まない、

 ナントカキングダム計画に引導を渡すべく、

 この僕が直々に指揮を執り、

 新テーマパークを始めることにしたんだ」

「ほぉ、

 で、どんなテーマパークを作るつもりだ?」

「ふんっ、

 聞いて驚け、

 円堂・沼ノ端グラン・サファリパーク。計画だ!」

「ぐらん…サファリパーク?」

「そうだ、

 本場アフリカより神の樹であるバオバブの樹を移送し、

 それをサファリパークのメインシンボルとする。

 さらに、各種鳥獣類なども移送することで、

 沼ノ端で居ながら本場アフリカを堪能できる素晴らしいテーマパークだ。

 この唐のごとく、

 常に逃げ出しているナントカキングダムより

 もはるかに現実的で夢にあふれた計画だろう」

いつの間にか沸いてきた付き人達が高々と掲げるパネルを背景に

悦に浸る生徒は大きく喧伝すると、

「おっ俺のキャラクターを勝手に使用するな。

 なんで猛獣や食虫植物に喰われないとならんのだ」

とパネルに利用された生徒からのクレームが入る。

「しっかし、

 しかしだな、

 アフリカから樹や猛獣を移送するって、

 許可は取ったのか?

 検疫はどうするんだ?」

メガネの位置を直しながら生徒が指摘すると、

「その点は問題ない。

 検疫、

 輸送、

 安全性、

 全てに於いて最高レベルの体勢にて計画を進めている。

 これでよろしいか?」

と答えた途端、

「ねぇ、

 本気でそんなことをするつもりなの?」

横で話を聞いていた巫女神沙夜子が腰を上げて聞き返した。

「無論だが」

「あっきれた。

 いまバオバブの樹を移植って言ってたけど、

 バオバブの樹は現地では神の樹と崇められている御神木よ。

 その御神木をここに運んでくるだでも十分罰当たりなのに、

 それに予定地の月夜野邸跡はいろいろと面倒な場所なのっ、

 そんなところに曰く付きの御神木を植えてしまったら、
 
 私たちでは手に負えないような異常な現象が起きるわ」

「何を心配されているのか理解できないが、

 何らかの超常現象についての懸念を持っていられるのであるなら、

 心、配、御、無用!

 既に対策を講じている」

「心配御無用って?

 あなたたちでどのような対策をしているって言うの?」

「どのような超常現象にも対応できる、

 この道のエキスパート達を招聘し、

 円堂家・私設特殊部隊として展開済みだ。

 例え相手が宇宙人であろうが、

 魑魅魍魎であろうが、

 一瞬のうちに殲滅くれるわっ

 大船に乗った気で安心したまえ。

 がはははっ!」

「その特殊部隊っていうのに柵良先生は入っているの?」

「いや、残念ながら都合が付かないと言うことで辞退された」

「柵良先生の居ない特殊部隊ですって?

 それがなんの役に立つのよ」

「大丈夫っ、

 柵良先生の助けを借りなくても、

 わが特殊部隊は立派に役目を果たすっ」

と生徒は胸を張って見せるが、

「大丈夫なわけないでしょう」

沙夜子は冷ややかな視線で胸を張る生徒を見ていた。



沙夜子の懸念が晴れることがないまま月夜野邸跡の工事は進み、

皆が夏休みに入った7月末。

ゴォォォ!

円藤家のエンブレムを誇らしげに輝かせながら、

鶚型ジェット推進式垂直離着陸機が沼ノ端に姿を見せると、

その機体に吊下げられたバオバブの樹の巨体に市民達は目を見張った。

「なんだあれは?」

「湖の向こうで作っているサファリパークに搬入する樹だってさ」

「高さ、57mあるそうだ」

「重量も550トンだって?」

「すげーな」

「沼ノ端名物になるかな」

道行く人たちがみな足を止めて街中を進む巨樹の姿を見上げてみせる中、

「ついに来ちゃったね。

 バオバブの樹」

市内のカフェテラスより

街の上を移動する樹を見上げながら夜莉子はそう呟くと

「もぅ!

 何があっても知らないから」

彼女の横で沙夜子はテーブルに突っ伏し、

汗をかいているアイスコーヒーのグラスを突っついて見せている。

一方、

「若ぁっ!」

真夏の日差しが照り付けているサファリパークの工事現場で仁王立ちをしている

あの学生の元に作業員が駆けつけると、

「壱号樹!

 弐号樹!

 参号樹!

 四号樹!

 五号樹!

 六号樹!

 沼ノ端到着予定通りです」

と空輸されてきたバオバブの樹の到着を報告した。

「うむ、

 ご苦労」

その報告に満足げに頷いてみせるとその顔を上に向け、

上空で待機している6機の機影を見ると、

スッ

右手を上に挙げ、

クィ

と手前に引く仕草をして見せた。

その途端、

「地上作業員、

 全員退避ぃ!!」

の声が響くや、

まるで蜘蛛の子を散らすかのように作業員の姿が消え、

そして、

ゴゴゴゴ…

工事前の事前調査で発見された古井戸を掘り下げて作った広大な池の周囲に

バオバブの巨体が投げる6つの影が広がると、

用意された植栽用の穴に6本の巨樹がゆっくりと順番に下ろされていく。

そして、待ち構えていた植木職人たちの手によって

6本のバオバブの樹の根元を保護している筵が切られ、

剥き出しになった根が穴に染み出ていた”理”に触れた瞬間、

カッ!

沼ノ端を閃光が覆った。



8月・沼ノ端

『沙夜子さん?』

鍵屋の声が巫女神沙夜子にかけられると、

「沙夜ちゃん!」

沙夜子の横に座っている巫女神夜莉子が肘で軽く突っついてみせる。

「!!っ

 え?

 あっあれ?」

ハッと気がついた沙夜子が慌てて周囲を見回すと、

神社の境内に隣接する喫茶店の店内が視界いっぱいに広がり、

静かに響くクラシック曲の音色が静かに聞こえてくる。

「どうしたの?

 ボヤっとして」

沙夜子の顔を覗き込むように夜莉子は尋ねると、

「え?

 いえ、何でもありません」

顔を真っ赤にして沙夜子は恐縮してみせる。

「もぅ、居眠りしないでよ」

『大分、疲れているようですけど、

 大丈夫ですか?』

呆れる夜莉子に対して鍵屋は気遣って見せると、

「大丈夫ですよっ、鍵屋さん。

 毎晩毎晩遅くまで起きているから、眠いだけですよ。

 まったく、七夕祭の実行委員になったものだからって、

 ちょっと張り切りすぎよ」

と夜莉子が言うと、

「夜莉ちゃんっ!」

「もっとも、それも今日一日。

 いよいよ明日は七夕祭の初日かぁ…

 なんかあっと言う間だったね」

巫女装束の袖をまくる様に両手を挙げ、

自分の頭の後ろに手を廻して組むと、

感慨深げに思い返してみせる。

すると、

「あれ?」

「どうしたの?」

「ちょっと前にも同じようなことを言ったような…」

「もぅ、

 しっかりするのは夜莉ちゃんの方じゃない」

『あははは、

 デジャブーと言うものですね、

 疲れたとき等に感じてしまう錯覚。

 と聞いたことがあります』

二人の会話を聞きながら鍵屋は笑って見せると、

「あっあたし、

 まだ御努が残っていたっ」

その声と共に沙夜子は腰を上げ、

グラスに残っていたアイスコーヒーを一飲みした後、

「ご馳走様でした」

の声を残して店を飛び出して行った。



「もぅ、はしたないんだから」

沙夜子の後姿を目で追いながら、

夜莉子は文句を言った後、

「さて」

まじめな顔になると、

「そのトモエさんのことだけど」

と話を変え、

「やはり、

 あの時、しっかりと構ってあげなかったのが、

 いけなかったようですね」

そう指摘する。

『あの時と言うのは

 樹怨の元に向かった時のことですね』

「えぇ…

 サトさん、トモエさん共に人間ではありませんが、

 でも、多感な時期ではあると思います。

 にもかかわらず、私たちは彼女たちを大人扱いしてしまった。

 もう少しまじめに向かい合って接していれば、

 あの虚飾の街のドスコでサトさんが起こした事件も防げたのかも。

 と思うのです」

『確かに…

 あの事件は悲劇ではありましたが、

 被害者である里枝さんへのフォローに重きが置かれてしまい、

 加害者であるサトさんについてはあまり省みませんでした。

 今思えばまさに紙一重でした』

「鍵屋さん、

 まだ過去形ではありませんよ」

『え?』

「現在進行形…なんです」

『現在進行形…ですか?』

「鍵屋さん、

 今回の件、おかしいとは思いませんでしたか、

 私たちが行くのに苦労したはずの彼岸に、

 トモエさんとサトさんはいともたやすく参り、

 そして、触れてはならぬはずの三途の川にて遊んでいた」

『確かに…言われてみれば』

「お二人からは樹でしか判らない道を通った。

 そう言われたそうですが、

 それはどのような道なのか、

 その後、説明は受けられましたか」

『いえ、まだ』

「あらあら、

 どうしたものでしょうか」

『考えが至らずに

 すみません』

「実は…先の樹怨に絡む事件、

 解決しないとならない問題を素通りしてしまっている。

 のではないか。と思うんです」

『素通り…

 と言いますと、サトさんの件ですか』

「いえ、

 サトさんは幸か不幸かあの虚飾の街での行為によって、

 見失っていた自分を取り戻した。

 と思いますので大丈夫だと思います。

 けど…」

『…トモエさん?

 …ですか』

「はい。

 トモエさんはその言動によってつい見落としてしまうのですが、

 鍵屋さんはトモエさんについてどこまでご存知でしょうか」

『えっと、

 智也さんと里枝さんの娘さんであること、

 樹の化生・樹化人であること、

 ちょっとドジでいたずら好きであること…と、

 でも元気があって良い子だと思い…

 (あれ?

  どこかで同じことを言ったような気が)』

「いま、鍵屋さんが上げたトモエさんに関する情報。

 それでおしまいですよね。

 そして、私たちはその程度の情報しか持ち合わせていない」

『トモエさんに重大な疑念でも?』

「いま鍵屋さんが指摘したとおり、

 トモエさんは天真爛漫で掴みどころがありません」

『確かに、

 それで色々苦労させられてもいます』

「では、

 なぜ、天真爛漫で居られるのでしょうか?」

『それは』

「そのようなことを尋ねられても判らない。

 ですよね」

『はぁ』

「私の考えを言いますと、

 トモエさんは天真爛漫であるのと同時に、

 影と言いますか”根”が見えないのです」

『根?』

「トモエさんはあくまでも樹、樹化人であって、

 また、サトさんも同じ樹化人であります。

 でもサトさんはしっかりと”根”を張っているのに対して、

 トモエさんには”根”が見当たりません」

『それは考えすぎでは?

 もし、樹怨の事件から見てそう感じたのであるなら、

 トモエさんは最後の沼ノ端の封印を解く際に

 サトさんと共に樹となって根を下ろそうとしたと聞いています。

 そのことを誰に打ち明けることなく胸に秘めて行動をしていたので、

 そのように見えたのでは?』

「私もそう考えました。

 でも、考えれば考えるほど、

 トモエさんへの疑念が増すのです」

『ですから考えすぎです。

 樹として、

 能力者として、

 未熟なトモエさんがあのような変事を起せるわけがありません』

と鍵屋は言い切る。

すると、

「鍵屋さん。

 今日は何月の何日でしょうか。

 教えていただけませんか?」

笑みを作りながら夜莉子は尋ねた。



場所は変わって東アフリカ・某国

クンッ!

アタフタと村から逃げ出していく智也の手が

いきなり握られ引っ張られると、

「うわっ

 誰?」

驚いた智也は立ち止まって振り返った。

すると、

背の高さは智也の胸元程度、

黒い肌を光らせる細い裸体に

皮の袋を括りつけたトンボ玉の紐を腰に廻しただけの裸族の少年が立っていて、

「カァリダ、ガァカ、アゥ、ヨレムォ、オォ」
(あなたは特別な能力者なんだね)

と手にした牛追いの棒で智也を指して言い、

そして、

「ザァゲェ バァド テガィスアァ」
(何処に行くの?)

「ダァドカ、ハルカァン、コルキィバ」
(もう直ぐ村の人たちが来るのに)

「ワザァド、ザハィ、ゲェシ、アァ、オォ、ソォ、ノオァダィ、ゲェド」
(樹を蘇らせたあなたは英雄だよ)

と尋ねた。

「サバブゥ、アゥ、ワァザ、ジラァ、メィル、イム ワェィ、アィ、タガァン、カレ」
(まだ他に行くところがあるから)

「ワザ、ウゥ、ワラィ、オォ、ディンブ、バダァン」
(面倒なことは困る)

少年に向かって智也はそう返事をすると、

「ンン」

唸るような声を上げて少年は考えるそぶりをしてみせる。

すると、

「この子、

 ここの部族の子ではないな…」

ほぼ全裸の少年の身なりを見て

直感的にそう感じ取った智也は小声でつぶやくと、

「!!」

その声が聞こえたのか少年は顔を上げて智也を見つめる。

「あれ?

 聞こえたのかな?

 仕方が無いな、

 なぁ…

 ワザァン、ドゥナヤァ、イム、アァン、カ、タゴ、ツゥラダ、ファザン」
(このまま村を出たい)

「アマ、ナ、アィ、ウ、ハガァン」
(君、案内してくれるか)

そう言いながらチップを差し出すが、

少年は首を横に振り、

「…ソレ

 …イラナイ」

と片言の言葉で言いながら差し出されたチップを押し戻す仕草をしてみせる。

「え?」

少年の口から出た言葉に智也は驚くと、

「君は?」

と問いかけるが、

「ワタシ

 アナタ

 キボウ

 カナエル

 アナタ

 ワタシ

 キボウ

 カナエテ」

と少年は持ちかけてきた。

「取引か、しっかりしているな。

 仕方がない」

背に腹は変えられない智也は少年の肩を叩き、

「名前は?」

と尋ねる。

「?」

少年は一瞬意味が判らない顔をすると、

「マガカ、ヤハィ」
(名前は)

と智也は言い直した。

すると、

「アッ

 ウンッ

 クッ

 ウッ」

少年は慌てて何かを言おうとするものの、

喉か痞えているのか言葉を発することができず、

「ふぅ」

小さく息を吐くと、

「ナアンザ…」

と呟く様に言う。

「ナアンザ…

 ハディ、アゥ、タハィ、マガァカガ」
(それが君の名前か)

智也はそう尋ねると、

ナアンザは首を小さく振り、

「ソノコトバ

 イウ

 ヤメテ」

と懇願をする。

「意味が判らないな。

 とにかく君の希望はかなえよう。

 連れて行ってくれ」

と言うと、

「ワカッタ

 ツイテキテ」

ナアンザは少し流暢な言葉で智也の手を引くと、

彼だけが知っている道へと走り始めた。



沼ノ端・喫茶店内

『え?

 何をいきなり』

夜莉子からの思いがけない問いかけに鍵屋は困惑して見せると、

「いま身に着けているこの装束からみると、

 巫女としてお勤めの最中であることは間違いないようです。

 そして、窓の向こうから聞こえてくる蝉時雨。

 これは幻聴ではなく本当の蝉の声でよろしいのでしょうか」

『?』

「判りませんか?

 いま自分が居る世界の把握と言うのは普通の人間の場合、

 五感から得られる情報を頭の中で仮想的に構築して

 それを現実として認識しています。

 もっとも私のような”力”を持つ者、

 または鍵屋さんのような化生の方の場合、

 六番目の感覚を持ち合わせていますが、

 それでも世界把握の手段をひとつ余計に持っているだけで、

 大方は変わりません」

『真実であると信じているコトを疑え。

 と言うことですか』

「そんなことは当たり前。

 疑う方がどうかしている。

 でも、先入観が先に立って物事を見ると、

 大事なことを見落としてしまいます」

『しかし、

 そのこととトモエさんとはどう繋がるのです?』

「では、私の疑念をはっきりとお伝えいたしましょう。

 トモエさんには私たちが知っているトモエさんとは別に、

 ”影”でもあり”根”となるトモエさんが存在しています。

 これは仮定の話ではなくて、

 光を浴び、私達が見ているトモエさんの他に、

 光を浴びず、誰からも見えないながらも

 しっかりを根を張っているもぅ一人のトモエさんが居る。

 だからこそ、光のトモエさんが天真爛漫で居られる」

『まさか…』

「クスッ

 それにしても智也さんも無責任ですよね。

 そんな火薬庫のような娘さんを放り出して海外出張だなんて、

 生身の人間とは違って多少危険なところでも平気なのだから、

 一緒に連れて行けばこんな杞憂なんてしなくてもすむのに」

驚く鍵屋の気持ちを解きほぐそうとしたのか、

夜莉子は小さく笑ったのち矛先を智也に向けた。

『まぁ、色々事情があっての事と思いますが、

 先日…いつだっけかな、

 岬さんと会ったときに尋ねたのですが、

 智也さんが発つ前、

 二人の件で岬さんのところに相談に来られたそうです』

「そうなんですか、

 で、二人の間でどんな取り決めをしたのです?」

『岬さん自身色々忙しくて、

 細かいところにまで目が行き届かないとかで、

 でも、もし二人になにか問題が出たら、

 構わず樹にして山に植えておいてください。と』

「アっバウトですねっ、

 期待しているように素直に樹になってくれれば良いけど、

 もし拒否したらどうするつもりなのでしょうか」

『はぁ』

「とは言ってもこういうときに頼りになる柵良先生は

 いま巫女の研修で沼ノ端を離れていますし、

 さて、どうしたものでしょうか…

 ところで」

と夜莉子は鍵屋を見ると、

「今回のトモエさんたちのこと、

 里枝さんにはすでに相談されたのですか?」

と尋ねた。

『え?

 いや、

 まだ…』

「あら、

 行ってないんですか?」

『はぁ』

「あっ、

 ひょっとしてあのこと、

 まだ根に持っています?」

鍵屋の表情を見た夜莉子は

里枝が鍵屋に浄化技を放ったことを指摘すると、

『いえ、

 そういうのは』

と鍵屋は否定しようとする。

しかし、

「別に隠さなくても良いじゃないですか。

 正直、根に持たない方が”残念な御人良し”になりますよ」

そう指摘すると、

『そう言って頂けると、

 気持ちは楽になります』

気持ちの落ち着き場を探すように鍵屋は頬を掻いてみせる。

「やっぱり根に持っていたんですね」

『もぅ勘弁してください』

「里枝さんも後悔しているみたいですね」

『え?』

「あっ、勘違いしないでください。

 樹として生きることを選んだことは後悔してはいないようです。

 ただ、鍵屋さんに泥をかけてしまったことを気にしているみたいです」

『そうですか』

「いい機会ですから、

 二人を引っ張って里枝さんのところに行ってみては、

 里枝さんなら何か手を打ってくれるはずですよ」

鍵屋に向かって夜莉子はそう言うと、

その言葉に鍵屋は少し困惑した表情を見せた後

膝を叩き、

『判りました。

 どちらにしても行かねばなりませんし』

といいながら腰を上げると店から出た。

夜莉子・沙代子と別れて鍵屋は歩き始めると、

ふとその足を止め、空を見上げる。

ミーンミンミン!!!

照りつけてくる夏の日差しと、

響き渡る蝉の声。

鍵屋は手をかざして空を見上げると、

『今日は何月の何日ですかか…』

と夜莉子に言われたことを呟くが、

『それにしても、

 今日って何日だっけ?』

そう呟きながら小首を捻ってみせる。



東アフリカ・某国

カカカカカン!

赤茶けた岩山に突然自動小銃の音が響き渡ると、

「ハッ!」

智也は立ち止まって周囲を見回し、

「やばっ、

 連中、この近所に居たのか」

最近この国で暴力の限りを尽くしている武装集団のことを思い出し、

そして、

「ナアンザ」

自分の手を引いているナアンザに話しかけようとするが、

だが、彼と同行していたはずのナアンザの姿は無く、

その場に居たのは智也一人のみだった。

「そんな、

 確かに手を握っていたのに」

まるで蒸発してしまったかのように姿を消したナアンザに智也は驚いていると、

カカカンッ

再び銃声が響き、

智也の近くで砂埃が舞い上がった。

「野郎…

 さしあたり、

 ”さぁ、ゲームの始まりだね。”

 ってやつか」

と惚けつつも全速力で走り出した。

すると、

智也の影を追うように銃弾があげる砂埃が追いかけてくる。

そして、その砂埃が智也に届く直前、

智也は岩陰へと飛び込むと周囲の状況を確認した。

「こっちのことは完全に把握されているか、

 でぇ?、

 向こうは何人だ?

 くそっ

 良く判らないな」

相手は複数居ることまでは銃声などで判るものの、

しかし、正確な人数となると

智也の経験で確認するのは至難のワザだった。

「圧倒的に不利とくるか。

 どうする?

 あの力を使うか?」

自分の体にある化生としての力を使うか判断に迷っていると、

智也の背後から伸びてきた黒い手が

智也の手を掴むと一気に奥へと引き入れた。

「うわっ!」

突然の事に智也は悲鳴を上げかけると、

その口を黒い手が塞ぎ、

「シー!」

と声を掛けられる。

「もごぉ!」

目を見開いて智也は首を捻ると、

ニッ!

と影の中に白い歯が浮き上がってみせる。

そして、その歯の下に見慣れたトンボ球の列を見た途端、

「ナアンザ!!」

智也は小さく声をあげた。

「シッ!」

そんな智也に向かってナアンザは立てた小指を自分の口に当て、

「ダイジョウブ?」

と尋ねた。

その途端、

「シ、ラァキンセ、ナシブ、ワナグゥ、ノォ、アゥ、イム、ウェルウリン」
(心配してくれるのはありがたい)

「ハゥカァン、メェル、カハッァ、アゥ」
(ここは危ないところだ)

「マ、アハ、メェル、アィ、カルゥタ、イマダァン」
(子供が付いて来るところではない)

「イスラ、マァキバ、ファドゥラァン、トゥラダ、ラァブト」
(直ぐに村に帰りなさい)

と智也は現地語でナアンザに言い聞かせようとするが、

ナアンザは再び首を横に振り、

「コドモ、

 ジャナイ」

と言葉短く言う。

「子供じゃない。と言われてもな

 どう見ても子供だけどな…

 とは言ってもどうするか。

 こっちは応戦する武器なんてないし」

智也は自分の頭を掻きながら、

今後とるべき行動を考えていると、

ナアンザは突然、四つん這いになると

スンスン

スンスン

と臭いを嗅ぎまわる仕草をはじめだした。

「マザァド、サマィナィサァン、オォ、アァド?」
(何をしている?)

ナアンザに向かって尋ねると、

「ニオイ

 カイデル」

とそう答える。

「臭い?

 まるで動物だな」

それを見た智也はつい呟いてしまうと、

ムッ!

ナアンザは不満そうな顔を見せ、

「ドウブツ、

 チガウ」

と言い返した。

「そこまで言葉がわかるのか」

感心しながら智也はナアンザを見ると

「しかし、

 君はどこでその言葉を覚えたんだ?

 この地域に踏み込んだ外国人はそんなに居ないはずだし」

と考える仕草をしてみせる。

その途端

「シッ!」

何かを感じとったナアンザは口に人差し指を当てると、

智也の服を引っ張って岩陰の奥へと引っ張り込んだ。

すると、迷彩服に銃を携えた男たちが向かってくると、

カカカカッ!

威嚇なのか、

ところ構わず物陰に向かって銃を乱射しはじめた。

「まずいな、

 銃で引き釣り出す気か」

それを見た智也はそうつぶやくと、

岩陰から少し顔を出して周囲を見回していたナアンザは

「5ニン

 イル

 コッチ…」

と言いながら智也の手を引き、

岩場から岩場へと巧みに移っていく、

「ナアンザ、

 ここは良く知っているところなのか?」

勝手知っているように動くナアンザを見て、

智也は話しかけると、

「ハジメテ、

 キタ

 デモ

 ワカル」

と答える。

「やっぱ、野生で生きているだけに、

 こういうのはお手の物なんだろうな」

それを聞いた智也は関心をするが、

しかし、隠れるのに都合が良い岩場は無限に存在するわけでもなく、

都合の良い岩場が次第に減って行くと、

「仕方がないな、

 ここで決めるか」

次に移る岩場を探すナアンザの姿を見ながら智也は覚悟を決めると、

「ナアンザ!」

彼を呼びとめ、

「インカスタ、ォ、ジュエグ。
(確認するが)

 私が言う言葉、

 本当にわかるんだな」

と改めて自分を指差して尋ねた。

コクリ

「よしっ」

ナアンザの頭が縦に動いたのを智也は確認すると、

「相手はさっき言っていた5人か?」

「ウッウン」

「そっか、

 ならこれを守れ!」

その言葉と共に取材機材と手回り品などを入れたザックをナアンザに押し付け、

「コッチに背中を向けてしゃがめ、

 そして、目を閉じるんだ。

 俺が”目を開けろ”

 といわれるまでそのままの姿勢でいろ」

と命じると、

「ワカタ…」

ナアンザは言われるまま智也に向かって背を向けしゃがみこんだ。

「…いま早口で言ったけど、

 …やっぱりちゃんと言葉を理解できるんだな」

その姿を見て智也は驚くが、

「いいか、動くなよ」

そういい続けながら着ていたシャツを脱ぎ、

体に力を入れると、

メリッ!

智也の体を樹肌が覆い、

樹へと変身しはじめた。

そして、足から噴出した根が

背を向けてしゃがみこむナアンザの体を包み込み始めると、

「!!っ」

自分を包み込んでくる根の感触にナアンザが驚いたのか体が小さく動いた。

「そのままの姿勢を維持」

ナアンザに向かって智也はそう命じると、

ギシギシギシ

智也は枝葉を広げて樹化を終えた。

程なくして男が一人が智也の周囲にやってくると、

「!!っ」

岩陰からいきなり姿を見せた樹に驚くが、

樹の枝に引っかかっている智也のシャツを見て、

その後ろに潜んでいると確信したのか

周囲を執拗に調べ始めた。

しかし、

「っ?」

「ふぅ」

いくら樹の周りを調べても智也の姿を見つけられないことに落胆をすると、

その苛立ちをぶつけるように樹の幹に向かって銃口を向けた。

そして、引き金を引こうとしたとき、

「!!」

樹の枝には無数の小さな花が開いていることに気づいた。

「?」

見たことのないその花の姿に男は不思議そうに眺めるが、

引き金にかけていた指が次第に震え始めると、

「あっあっあっ」

男が泡を吹きながら声を上げ、

カカカッ

体を痙攣させながら空に向かって銃を発砲をはじめる。

「!!っ」

男の異変に仲間たちが駆けつけるが、

その仲間たちも泡を吹き痙攣を始めると

シュルッ

花をつけた樹の枝が次々と男の手に絡みつき、

メキメキメキ!

ガシャッ!

男達の手を締め上げ、

手にしていた銃を下に落とさせていく。

そして、そのまま宙吊りにしてしまうと、

枝で咲いていた花が花びらを落し鋭い棘へと変化し始めた。

そして、

無数に生えそろった棘が男達の皮膚を突き刺すと、

ジュルッ

彼らの体内に花粉が変じた樹液を流し込んでいく。

樹液を注入された男達は

「んぐぅ」

「ふぐぅ」

何度か脚をバタ付いた後、

ベリッ!

メリメリメリ!!!

ズボンを破いて木の根が吹き出すと、

服を絡ませる真新しい樹々が根を下ろして行った。



ザワザワ

ざわめく葉の音が響かせて、

枝葉を広げていた樹が次第に姿を変えていくと、

「ふぅ」

樹から人間の姿に戻った智也は大きく息を吐き、

「おぉ。

 これは壮観だな」

腕を組みながら

立ち並ぶ人の姿をした5本の木々を感心しながら眺める。

そして、

「どうだった?

 俺の樹液の味は」

そう尋ねながら樹の幹を叩いて見せると、

それぞれの幹の中から男達があげるうめき声が響いてくる。

「おかしいな。

 痛みは感じないし、

 苦しくも無いはずだが…

 もし、苦しいと感じるのなら、

 それはお前達が背負った業のせいだ。

 まぁ、ここで根を張ってしまった以上、

 お前達は一歩も動けず、

 樹としてずっと生え続けるんだ。

 くれぐれもナアンザたちの薪にされないようにがんばるんだな」

そう言いながら樹々の幹を改めて叩き、

そして、叩いた自分の腕を眺めると、

「ここまで本気を出したのは初めてだけど、

 樹怨の力をすっかり受け継いじゃったな。

 病気や怪我も樹化して戻れば治っているし、

 こうやって人間を捕まえて樹化させることもできる。

 こりゃぁ里枝以上にヤバイ存在かもな。

 樹の力を使うのもほどほどにしないと

 樹の化け物になってしまうな」

と自らを戒めるように言うと、

「よっこらせっ」

根から戻った足で立ち上がり、

「ナアンザ、

 もぅいいぞ」

と根で保護をしていたナアンザに向かって声をかけると、

ムクリ

智也に背を向けて座っていたナアンザは立ち上がり、

そのまま智也に抱きついてみせると、

「ナアンザ?」

「ヤッパリ、

 アナタハ

 樹ノ精霊」

と言う。

「樹の精霊?」

「ココハ

 ムラノソト

 ワタシ

 アナタノ

 ノゾミ

 カナエタ。

 コンドハ

 ワタシ

 ノゾミ

 カナエテ」

智也の目を見据えてナアンザはそう懇願した。



沼ノ端・黒蛇堂

ギィ

重厚なドアが開くと、

『ただーいまぁ』

疲れ切った様子の白蛇堂が店内に入ってきた。

『いらっしゃ…

 って、その様子では今夜はお休みですか』

それを見た黒蛇堂は小さく驚いて見せると、

『うるせーっ!

 色々作戦を考えていたんだよっ』

と白蛇堂は悪態をついて見せるが、

『すでに15戦、15連敗ですか。

 これがプロ野球の監督なら更迭待ったなし、

 ってところですね』

と黒蛇堂の背後から従者の声が静かに響いた。

『やっかましーわっ』

その声に向かって白蛇堂は怒鳴り返すと、

『どうしましょう。

 紅蛇堂に連絡いたしましょうか?

 今夜はお休みしますって』

表情を変えずに同行していた紅蛇堂のことを尋ねる。

『余計なことはしなくて良い!』

『そうですか』

『で、こんなこと何度も繰り返す気か?』

『私としては手荒な事はしたくないのですが』

『トモエのことを気遣うのもいいが、

 あの根っこはもぅ手が付けられないぞ。

 封印するんじゃなくて、

 思い切って焼いてしまうべきだ』

『そんなことをしたらトモエさんが…』

『だったらどうする。

 あのバオバブの樹と一緒にくっついてきたヘンなヤツ。

 どうせ、根性が捻じ曲がった精霊の類だろうけど、

 沼ノ端の時間の流れをあやふやにしている上に、

 トモエの根っこに力を与えているじゃないか。

 早く手を打たないと大事になるぞ』

『判っています。

 ただ、私達でだけは力が足りません』

『七夕祭りの準備をこれ以上繰り返すわけにも行かないし、

 気に入らないが、

 鍵屋の力を借りるか?

 いい加減、沼ノ端の異変に気づいているだろう』

『……』

黒蛇堂は無言のまま窓の外へと視線を移し、

『里枝さんはこの状況をどのようにご覧になっているのでしょうか』

と呟いた。



今宵はここまで、続きます。