風祭文庫・異形変身の館






「環樹」
(第壱話:異邦の樹)


作・風祭玲

Vol.1117





「トモエに、

 そしてサト。

 留守番をしっかりと頼んだぞ」

キャリーケースを片手で抑えながら、

牛島智也は見送りの二人に向かって声をかけると、

『うん、

 任せてぇ!』

『行ってらっしゃいませ』

10代中ばの少女を思わせる容姿をしたトモエと、

トモエよりも年上の容姿でありながら

体の大きさは小学生低学年程度しかないサトは

智也に向かって見送りの返事をする。

その声に送られて智也は背を向けるが、

何かを思い出したように立ち止まると振り返り、

「サト」

とサトに向かって声を掛ける。

『はい?』

智也の言葉にサトは小首を傾けながら返事をすると、

「里枝のことだけど、

 君と里枝との間には色々と確執があることは判っている。

 しかし、彼女は樹として生きることを選び、

 樹の体になったもののまだ根は広く張っていないだろう。

 確執のことは横において里枝を支えてはくれないか」

とサトに向かって改めて言うと、

『あのことは気になさらないでください。

 根には持っていませんので、

 安心してお仕事に行ってください』

サトは笑顔で返事をする。

それを聞いた智也は安心した表情で笑みを作ると、

ポン

ポン

とトモエとサトの頭を順に叩き、

「じゃっ」

手を上げて二人の視界から消えて行った。



突然の夏の大雪から端を発した沼ノ端の天変地異は

多少の”変事”はあったものの、

懸念された大規模災害には至らず安寧無事に収束すると、

日を追うごとに人々の記憶から薄れて行った。

そして、智也が沼ノ端を出発してからひと月近くが過ぎた8月。

『力の限り引けぇ!

 竹が傾いているぞぉ!

 消防団の根性、見せてみろぉ!!』

『中央通りは正午より端ノ湖方面からの一方通行となります。

 ご注意ください』

『こちら、沼ノ端警察署!

 準備期間中のデモンストレーション行為、

 並びにデモ参加者数の水増し発表は

 迷惑行為防止条例により規制されていますっ、

 直ちに解散しなさい!』

旧暦の7月7日に開催される沼ノ端七夕祭を翌日に控え、

七夕祭のメイン会場となる中央通りは

次々と立ち上がる竹飾りと共に祭特有の高揚感に満ち溢れていた。

だが、

ツクツクボーシ!

ツクツクボーシ!

喧騒渦巻く中央通りから一歩奥の裏通りへと踏み込むと、

そこは晩夏の訪れを告げる蝉の鳴き声が長閑に響き渡る別世界であった。



その裏通りに1台に赤いクルマが停車すると、

『ここからは歩いていきます。

 後はお願いします』

車内に向かってそう告げながらローブ姿の鍵屋が降り立ち、

『ふぅ』

照り付けてくる日差しを手でさえぎりながら、

鍵屋はグルリと周囲を見回した。

『うん、

 どうやらここも大丈夫のようですね。

 少々強引なことをしましたので、

 歪などが起きていないかとあちらこちらを調べてきましたが、

 どうやら心配するほどでも無かったようです』

彼が想定していた異変のカケラすら見つけられなかったことに、

肩の荷を下ろしたような安心した表情を見せると、

足取りも軽く歩き始めた。



七夕祭の準備に駆り出されているのか、

鍵屋が歩く道には人の姿があまり無く、

木々が作る木陰の中を鼻歌を軽く流しながら歩いていくものの、

ねっとりと包み込んでくる熱気と湿気により

その鍵屋のほほを汗が幾重にも伝り落ちていく。

『ふぅ、湿気がある分、

 ここの暑さは堪えますね』

流れ落ちてくる汗を拭いつつ鍵屋は足元に影を纏わらせながら進んでいくと、

程なくして彼の視界の中にレンガ造りの古風な建物が姿を見せた。

『黒蛇堂』

店に掛かる年季の入った木彫りの看板を見上げた後、

鍵屋は重厚な木製のドアを押し開けて、

一歩、店内へと踏み込んだ途端、

シャッ!!

店の奥から黒く鋭い影が槍のごとく鍵屋に向かって突き刺してきた。

『!!っ』

迫る影に鍵屋は反射的に防御の結界を張るが、

それよりも早く影は鍵屋の胸を貫き、

背後へと消えて行く。



『なっなんですか、

 いまのは…』

影に貫かれた胸に手を当てて鍵屋は棒立ちになっていると、

『いらっしゃー…

 なぁんだ鍵屋か』

と白蛇堂の訪問者への挨拶の声と共に落胆する声が響いた。

『やっ…

 やぁ、

 これは白蛇堂さんの期待を裏切ってしまったようですね』

いつもと変わらない白蛇堂の視線に

鍵屋は慌てて手を下ろし

薄暗い店内を見回しながら挨拶をすると、

『相変わらず暑っ苦しい格好をしているね。

 折角の七夕祭なんだからもっと身軽になれば良いのに。

 あぁ、黒蛇堂なら残念だけど居ないよ、

 七夕の飾り付けに行ったから』

と店の奥にある椅子に体を預けた姿勢の白蛇堂は言う。

『そうですか』

『恋人が居なくて残念でしたね』

『へんなことを言わないでくださいっ』

『おやおや、

 いきなりムキになって

 図星かな?』

『白蛇堂さぁん』

『玉屋から聞いたよ、

 大活躍だったそうだね』

『何のことです?』

『あら、まぁ、

 しらばっくれちゃって、

 三途の川を渡っておきながら、

 それはないでしょう』

『あのことですか?

 最後に玉屋さんにしてやられましたけどね』

『で、どうだった?』

『はぃ?』

『彼岸だよ。

 向こう岸!!

 私も黒蛇堂も賽の河原までなら行ったことがある。

 まぁこの手の商いをするからには当然だけど、

 でも、彼岸には渡ってない。

 いや、渡れない。

 なぜなら、あそこから戻る道がないからね。

 行ったら最後、それっきり。

 にも拘らずあんたは

 オヤジさん…閻魔大王ですら渡れないあの川を渡って戻ってきた。

 どんな手を使った?』

『特別な手は使ってはいません。

 ”理”に導きに従って渡って戻ったまでです』

迫る白蛇堂を押し返しながら鍵屋は言うと、

『あら、ツレないのね。

 それって、

 自分は特別な存在ってことを言っているの?』

と皮肉をこめて白蛇堂は言う。

『天界の神々と比べれば、

 きわめて平凡な存在です。

 多少の術を心得ているのと、

 だいぶ長く生きてはいますが』

『比べる相手が違うと思うけど、

 とは言っても、

 あの御方が母親だから致し方がないか』

気持ちを落ち着かせようとしているのか、

頭を掻きながら白蛇堂は言うと、

『母のことは脇に置いてください』

『素直じゃないねぇ』

『申し訳ありません。

 黒蛇堂さんが居ないのなら、

 今日はこれで引き上げます』

その言葉を残して鍵屋は立ち去ろうとしたとき、

ギィ

ドアが開いて黒い装束の少女が入ってきた。

『お帰りぃ』

ドアを覗き込むようにして白蛇堂が声を掛けると、

一瞬二人はアイコンタクトを行い、

そして、白蛇堂は小さく首を横に振ってみせると、

少女・黒蛇堂は安心した表情をして見せ、

『凄いですね、

 今年の七夕飾りは…

 あら、鍵屋さん。

 こんにちは。

 何が御用で?』

鉢合わせになった鍵屋に向かって挨拶をする。

『え?

 あっ

 いえ』

面頭向かっての挨拶に鍵屋は勢いを殺がれてしまうと、

『土産を持ってきたんだって、

 あっちの世界の』

と白蛇堂は加える。

『白蛇堂さんっ!!

 そんなことは言っていません』

その言葉に鍵屋はつい声を荒げてしまうが、

しかし、

すぐに気持ちを落ち着かせると、

『実はちょっとご相談がありまして』

といいながら、

鍵屋は店内のカウンターに人の姿をした真っ白な植物・マンドラゴラを置いた。

その途端、

『ちょっと待ったぁ!!』

白蛇堂の怒鳴り声が響くと、

鍵屋を突き飛ばし、

カウンターに置かれたマンドラゴラに覆いかぶさるようにして検品を始めだす。

そして、

顔を上げると、

『鍵屋っ、

 これをいくらで黒蛇堂に売りつける気だ?』

鍵屋に詰め寄り問い質した。

『売りつけるだなんて、

 そんなことをするつもりは毛頭ありません』

迫る白蛇堂を押し戻しながら鍵屋は答えると、

しかし、

ガバッ

白蛇堂はその鍵屋の胸倉をつかみ上げ、

『うそを言うなっ。

 お前っ、

 このマンドラゴラは天然モノじゃないか。

 それを只で黒蛇堂に差し上げますだとぉ!

 御人好しもほどほどにしろ!

 どこでこのマンドラゴラを手に入れた。

 吐けっ』

とさらに問い詰める。

『白蛇堂さん、落ち着いてください』

『これが落ち着いていられるかっ』

『店の中でケンカはやめてください。

 そんなに貴重なんですか?

 マンドラゴラなら業屋さんにお願いすれば

 幾つでも持ってきてくれるじゃないですか』

『あほっ、

 業屋が持ってくる出所不明の養殖モノと一緒にするなっ。

 黒蛇堂も判っているだろう、

 天然物のマンドラゴラが1本あれば、

 どれだけの魔法薬を製薬でするか。

 鍵屋っ、

 どこで手に入れた!』

血相を変えて白蛇堂がなおも食い下がると、

『彼岸です。

 彼岸から持って来たんです』

と鍵屋は入手先を言う。

『彼岸だとぉ!?』

それを聞いた途端、

白蛇堂の表情が戻ると、

『彼岸にはマンドラゴラがあるんですか?』

一方の黒蛇堂も驚いた表情をする。

『えぇ、

 向こうとこちらとでは"理”の流れが反転しているため、

 こちらでは自生しにくいマンドラゴラが普通にあるようです。

 それこそ雑草のごとく』

二人に向かって鍵屋はそう説明をすると、

『へぇ…

 そうなんだって』

と黒蛇堂は白蛇堂に言う。

ところが、

『なによっその目は、

 私を哀れんでいるの?

 やめてよっ。

 そうよ。

 私だって欲しいわよ。

 天然物のマンドラゴラ。

 だからって見せ付けなくて良いじゃない。

 なによっ、

 鍵屋の、

 鍵屋のばかぁ!』

白蛇堂は突然泣き出すと黒蛇堂から飛び出していった。



『なんか、

 ヘンに泣かせてしまいましたね。

 根に持たなければいいのですが』

『さぁ?

 気晴らしの一環でしょうから、

 心配なさらなくても大丈夫ですよ』

嵐が過ぎ去った店内で鍵屋と黒蛇堂は

開け放たれたままのドアを見ながらそう言うと、

『鍵屋さん。

 申し訳ありませんが』

と黒蛇堂はマンドラゴラを返そうとする。

しかし、

『いえ、

 そういう意味でお見せしたのではなくて、

 これらの管理をお願いしたいようかと思ったのです』

そう言いながら一振りの鍵を出すと、

何もない空間に差し込む仕草をする。

すると、

カチッ!

鍵が開錠される音が店内に響き渡り、

続いて、

ギギギギ…

カウンターの上の空間が観音開きになって開いて見せる。

すると、

その中にマンドラゴラが山積み…

いや、

鬼積み!

メガ積み!!

ギガ積み!!!

となってそれらが放つ白い輝きが店内を照らし出した。

『どうしたのですか?

 これ?』

目を丸くして黒蛇堂が尋ねると、

『先ほども説明しましたが、

 向こうではこれ、雑草のように生えていまして、

 それこそ、

 理に悪影響を与えるからという理由で駆除対象になっているそうです。

 で、帰る際にこっちでは貴重品だと聞いたから全部もって行けと

 無理やり押し付けられまして。

 ただ、私が持っていても折角のマンドラゴラを生かせないと思いましたので、

 その道のエキスパートである黒蛇堂さんにお願いしようかと』

と鍵屋は入手の経緯を話す。

『はぁ…そういうことですか、

 でも全部使い切るのに私でも千年以上は掛かると思いますよ』

マンドラゴラの山を見上げながら黒蛇堂はため息を付くと、

『本当に私が頂いてよろしいのでしょうか』

と尋ねる。

『これだけの量のマンドラゴラ、

 もし、邪な心を持つ者が手にしてしまうと世の乱れになります。

 かといって迂闊に廃棄するわけにも行きませんし、

 また、このまま保管するにしても、

 いつまでも。と言うわけにはいきません』

『この量となると取り扱いをひとつ間違えただけで、

 この街を吹き飛ばしかねませんし、

 しかもその後の汚染も深刻ですね』

『はぁ、

 黒蛇堂さんならマンドラゴラを間違ったことには使わないと』

『買いかぶらないでください。

 私にだって白蛇堂と同じような野心はありますよ』

鍵屋に向かって黒蛇堂は微笑み、

『このマンドラゴラはお預かりいたします。

 利用方法については私に一任。

 ということでよろしいですね』

そう念を押すと、

『よろしくお願いします』

鍵屋は頭を下げる。

そして、

『黒蛇堂さんが引き取ってくれて助かりました』

と安どの表情をしてみせながら扉を閉めると、

施錠したキーを黒蛇堂に手渡した。

『あらあら、

 厄介者を押し付けた、

 って表情をしていますよ』

『え?

 そんなことは』

『そうそう、

 トモエさんとおっしゃる樹の娘さんのことだけど』

と黒蛇堂はトモエのことを口にすると、

『?

 彼女が何か…』

『あの子のことですが、

 鍵屋さんはどのように見ていますか?』

『え?

 まっまぁ…

 いたずら好きの女の子かなぁ…と、

 あと落ち着きが少し…無いかな。

 でも元気があって良い子だと思います』

『それだけ?』

『はぁ…そうですが。

 何かあの子に問題でも?』

自分の目を見つめながら尋ねる黒蛇堂に

鍵屋は気押されしながら返事をする。

『そうですか』

鍵屋の返事を聞いた黒蛇堂は少しがっかりした表情をみせると、

『あのぅ、

 あの子に関して何か自分に至らない点があるのですか』

その表情をみた鍵屋は憮然としながら尋ねが、

しかし、

『ごめんなさい。

 何でもありませんから』

黒蛇堂は笑顔で返し、

それ以上の話は途切れてしまった。



『なんか引っかかるな…』

腑に落ちない表情をしながら鍵屋が黒蛇堂から出てくると、

夏の日差しを避けるように手をかざし、

『黒蛇堂さんは何が言いたかったのでしょうか。

 トモエさんに何かあるのでしょうか。

 この黒蛇堂に入った時に襲ってきた影。

 あれは…間違いなく憑依を引き剥がす呪。

 なぜそのようなことを』

再び流れ出てきた汗をぬぐいつつ鍵屋は黒蛇堂で起きたことを考えていると、

シュル

鍵屋が立つ路面に地下より黒い影が浮き上がり、

まるで植物が根を伸ばすような動きをしながら迫っていく、

そして、鍵屋が落とす影に絡まろうとしたとき、

『おいっ

 鍵屋っ!』

鍵屋を呼ぶ声が響いた。

『ん?

 その声は…

 玉屋さんっ!!』

黒蛇堂とは道向かいに立つ玉屋を見つけた鍵屋は、

『散々探しましたよっ

 先日のことであなたには色々言いたい事があります』

語気を強めながら鍵屋は歩き出すと、

迫っていた影は慌てて地下へと消えていく。



詰め寄る鍵屋を

ビッ!

玉屋は広げた右手で制すると、

『アンタからのクレームを受け付ける前に、

 ひとつ尋ねたいことがあります。

 結界はアンタの守備範囲よね』

そう問いただした。

『え?

 まぁ、そうですが?』

勢いをそがれた鍵屋は憮然と返事をすると、

『だったら、あの山。

 早く何とかしなさいよ』

玉屋は沼ノ端の背後に広がる山を指差して言う。

『山ですか?』

『そう。 

 この間の件でいろいろ弄ったんでしょう。

 結界がガッバガバに緩んで不安定になっているよ』

『えっ?』

その指摘に鍵屋は驚くと、

『山の結界はアンタが作り直した世界の要だよ。

 締め直すか、

 作り直すか、
 
 さっさと行動を起こして対応しないと、
 
 とんでもないことになるよ。

 んじゃ』

その言葉を残して玉屋はかき消すように去ってしまうと、

『あぁちょっと、

 玉屋さん!!

 私からのクレームを聞いてください!』

鍵屋は玉屋を呼び止めようとするが、

同時に

ブルッ

鍵屋の胸元のスマートフォンが揺れた。

『誰ですか?

 こんな時に』

文句を言いつつかけてきた相手の番号を見ると

電話の主は樹怨の使いである老婆・ターエからだった。

『もっもしもし?

 鍵屋ですが、

 なにか?』

轟天号からの警告を思い出しつつ恐る恐る尋ねると、

すぐにその顔色が青くなり、

『え?

 はい?

 えっ!

 えぇ!!

 いっいま、

 すぐに、

 そちらに向かいますっ!』

絶叫に近い声を上げて電話を切ると、

轟天号の呼び出しボタンを押し、

『私ですっ

 大至急こちらに来てください』

と叫び声をあげた。



ドォォンッ!

川面に勢い良く水柱が伸びると、

『敵襲!』

『我、敵艦と遭遇セリ!』

サトとトモエの叫び声が上がると、

ズォォッ!

まるでスケートをするかのように川面をすべる二人は二手に分かれ、

そしてその直後、

『ぶふぁぁ』

川の中から黄泉醜女が浮上してくると、

『鎮守府に打電っ、

 タダ今ヨリ掃討作戦ヲ開始スル』

『霧島、

 並びに雪風っ

 一斉砲撃開始』

とトモエが声を上げ、

サトとトモエは一斉砲撃を開始した。

いくつもの水柱が持ち上がり、

その中を黄泉醜女が悲鳴を上げながら逃げ惑っていく。

そして、淀みの中へと追い込んだとき、

ドギャンッ!

間に割り込むように轟天号が飛び出してくると、

『何をしているんですかっ、

 あなたたちは』

ヒクヒクとこめかみを動かしながら鍵屋が迫った。



『コホン!

 両名とも”樹”である以上、

 この彼岸を訪問することを拒めませんが、

 ただし、三途の川は遊び場ではない旨、

 ちゃんと理解させてください』

手にした杖を幾度も突きながらターエは鍵屋に言うと、

『申し訳ありません。

 よく言い聞かせますので』

二人の頭を抑えながら鍵屋は幾度も頭を下げてみせる。



『で、

 あなた方はなんで三途の川で遊んでいたんですか。

 って言いますか、

 二人だけでどうやって彼岸まで行ったのです?

 あなた方が行ける道は蔵王の出入り口しか無いはずですが』

”理”の流れに沿い、

天界を経由で地上に向かうルートを走る轟天号の中で

鍵屋は二人に問い尋ねると、

『鍵屋には判らないよ』

とトモエは言う。

『それってどういうことですか?』

不機嫌そうに鍵屋は返すと、

『だって、鍵屋は”樹”じゃないし』

『説明をしても理解できないと思います』

そうトモエとサトは言う。

『なんか馬鹿にされているように感じるのですが』

『馬鹿になんかしてないよ』

『”樹”にしか判らない道があるんです』

『…彼岸へのルートが他にもあるのか。

 ところで保護者…牛島智也さんはどうされたのです。

 まさか黙って出てきたのではないでしょう』

と鍵屋は智也についてたずねると、

『智也はお仕事』

『危ないところに取材だって』

口をそろえて答えた。

『そうですか。

 …どうも、この二人との距離感がつかめません。

 …幼いのか。

 …そう見せているのか。

 …さて、どうしたものか』

ハンドルを握りながら鍵屋は思案すると、

「それで私のところに来たのか」

とマッチョマンたちをプロデュースする鉄腕プロデューサーこと

岬健一は腕を組みながら言う。

『牛島智也さんとあなたは親友ですし、

 この手の物事を頼むには最適かと』

「なるほど、

 まぁ、たしかに智也のヤツからはこの二人をよろしく。

 と言伝ってはいたけど、

 まさか三途の川で遊んでいたとはな。

 何を考えているんだ?

 お前たちは?」

身を乗り出して健一はたずねると、

『艦これゴッコ!』

とトモエは勢い良く返事をする。

「なんだそれは?」

『だって、

 里枝は構ってくれないし』

『ものすごーく、

 暇だったんだもん』

と答える。

「やれやれ、

 里枝ちゃんはまだ樹になって日が浅いし、

 お前たちも一応、樹なんだから、

 里枝ちゃんを手伝ったらどうだ?」

身を乗り出し、

言い聞かせるように健一は二人に話すと、

『そんなこといわれても』

『ねぇ』

サトとトモエは顔を見合わせて相槌を打って見せる。

「何か不都合なことがあるのか?

 こっちとしては仲良く里枝ちゃんの横に

 植わっててくれるとありがたいんだけどな」

頭の後ろに腕を組んで健一はそういうと、

『あっ、それ!』

『樹だからって見下している』

と二人は不愉快そうに指摘する。

『いまのは、さすがに如何かと』

話を聞いていた鍵屋も困惑した表情を見せると、

「あー、わりい、わりい。

 でもさ、

 こっちも、ほらっ、

 いろいろ書き換わっちゃって、

 社会的な立場も入れ替わっちゃったから、

 そっちまで構っている時間が無いのよ。

 それに里枝ちゃんもあまりボッチにするのもどうかな」

と指摘し、

「すまん、

 ちょっとこれから会議なんだ。

 ほら、マッチョマンの企画も進めないとならないし」

そういうと健一は腰を上げた。



東アフリカ・某国

「タァニ、ワァ、ゲェド、クアゾォン」
(これは立派な樹だ)

「ワァ、ゲェド、アァド、ウ、ズァマダ」
(まさに御神木だ)

聳え立つバオバブの樹を見上げながら智也は現地語で褒め称えると、

手にしたハンディカメラで撮影を始める。

「アマ、ウエィナァンタ、アァ、ゲェダハ、ワザァ、ラグゥ、ヘラィ」
(この樹の偉大さが判るか)

「テェ、エェ、ラァ、ロォ、イラァィヨ、トゥラダァ、ゲェダハ」
(樹はこの村を護る神だ)

「ハァディ、アィ、ジュゥト、ワッ、アァン、チディヂィ、ク、ジラァ」
(我らは困ったことがあれば)

「ドゥド、ホレ、エェ、ゲェダハ」
(樹の前で話し合い)

「ワザァン、ズクンカ、ゲェダハ」
(樹の裁断を仰ぐ)

「ワザァン、ラ、セルセリナヤァ、カ、マァルモォド、ジィリ」
(昔からそれを繰り返してきた)

撮影をする智也の脇で

ローブのように毛皮を纏う野生部族の長老は自慢げに説明をするが、

しかし、長老は急に表情を曇らせると、

「ラァキィン」
(しかし)

「ガボゥ、クワ、カ、イミド、メィル、カ、バザァン」
(外から来た粗暴な者達が)

「ワザァ、ラ、サメィヤァ、ロォ、ディダァイ、ゲェド、バダァン」
(樹を奪って行った)

「ハディ、アァド、イスク、ダァィド、オゴ、メィル、ゲェダハ」
(樹に裁断を仰ごうとしても)

「ティ、ワァ、カリィヤ、ミド、カ、ミィド、アァ、イヤダァ、オォ、アァン」
(樹はこの一つしかなく)

「クワ、アァン、ハァルカァン、シィ、ジョゴォ、シ、ロォ、マクォ、エラヤディ、ゲェダハ」
(樹の言葉を聞く者もここには居ない)

「ゲェダハ、フゥズ、ウ、カレェモ」
(残った樹は葉を落とし)

「ビゥヤハ、ワァ、エンゲィ」
(水は枯れ)

「ワザァン、ワ、ムヒィム、アァ、ラガ、バディアイ」
(我々は大切なものを失ってしまった)

「ツゥラァダ、カリヤ、デェア、ラグ、アァサイ、カムゥゥダァ」
(村は砂に埋もれるのみ)

「ワザァン、ドゥンァ、ワナァグ、オォ、ドゥハァン、メィ、アィ、アダァン」
(私達はどこに行けばいいというのだ)

と葉を殆どつけていない樹を見上げ嘆いて見せる。

「このひと月近く”理”の流れを追って

 あっちこっち回ってみたけど、

 何処もかしこも似た状況だな」

智也は他にもあったであろうと思われるバオバブの樹の跡を見ると、

「”理”と繋がっている樹と人の間を仲介する能力者を失って、

 バランスが保てなくなったのか。

 このまま放って置けば村は砂に埋もれ、

 樹も枯れてしまうし、

 そうなっては取り返しが付かないか、

 仕方がない、一肌脱ぐか」 

樹を見据えながら智也は決心すると、

「エラヤディ、ゲェドキサァ、ロォ、ヤクワァン」
(自分は樹の言葉が判る)

「ウズンナ、クェザヤ、トゥラダ、ザァラダハ、ゲェダハ」
(樹に村の事情を説明し)

「ハ、オガダァン」
(理解して貰おう)

長老に向かってそう言うとバオバブの樹へと近づき、

自分の手を樹の幹に押し当てると、

『……ゾ…

 ……ズゾ…

 …ズズ』

手を伝って微かに残る樹の意志が伝わってくる。

「うん、大丈夫。

 この樹はまだ生きている」

そう確信した智也は

「マァ、アハ、イン、ラ、ラビシン」
(大丈夫、不安にならないで)

と長老に向かってそう申し伝えると、

グンッ!

幹に当てた手を強く押し付け、

『仲間を失ったことへの同情はするが、

 村の護神の樹であるお前がバッドエナジーを溜め込んでどうする。

 ビシッと気合を…入れんかぁっ!』

そう声を張り上げて、

押し付けた手を離すと、

グッ

腰を落として踏ん張り、

ハァァァっ!

息を吐いて身を引き締めた後、

「ふんっ!

 どすこぉぉぃっ!」

の掛け声と共に、

ズパァァン!

幹に向かって張り手を一発、豪快に叩いて見せた。

すると、

コォォォン!!!!

智也の手から放れた一発が”理”の波となって

バオバブの樹の中を突き抜けその奥へと届くと、

ズンッ!

ンガァァァァァァ!!!!!

樹の魂が宿る”根幹"から絶叫が響くや、

ビリビリビリ!!!

幹が激しく揺さぶられる。

そして、その振動が別の振動へと変わっていくと、

ズゴォォォ!!!

今度は喝を入れられた根幹より

倍返し、

三倍返し、

いや、四倍返しとなって”理”が押し返してきた。

「きたっ!」

地下から吹き上がってきたその感覚を智也は確かめると、

すばやく幹から離れ,

その場に頭を抑えながら伏せて身の安全を確保する。

その直後、

カッ!

ズドォォォン!!!!

赤茶色の大地に水の輝きを光らせながら、

緑色のキノコ雲が立ち上がって行った。



『ふぅ

 やれば出来るじゃないか。

 お前がこの村の最後の希望なんだから、

 ビシっとしてろ』

吹き上がった水と木の葉が降りしきる中、

立ち上がった智也は樹の幹を軽く叩いてそう言うと、

「マァカ、アァド、シェジィ、トゥラァダ、ザァァダハ、ゲェダハ」
(樹に村の事情を伝えたら)

「イン、アァド、クィス、チディチ、ク、ジィラ…」
(あなた達が困っていることを…)

長老に向かって状況を説明しようとするが、

「あれ?

 居ない?」

その場には既に長老の姿は無く、

彼らの村の方から長老の異常な叫び声が響き渡ってきた。

「あら?

 こりゃ、面倒なことになりそうだ」

次第に大騒ぎになっていく村の様子に智也は困惑すると、

「逃げたほうが良さそうだな」

アタフタとその場から離れて行く。

すると逃げる智也の後を追うように岩陰から人影が動いていった。



地獄界・閻魔大王庁

その最上階にある大王執務室に”彼”の姿があった。

『如何かね?

 大王の意見を聞きたい』

提出された報告書に目を通す閻魔に向かって”彼”は大胆不敵に尋ねると、

『言うまでもない。

 君の報告は確かに受け取った。

 このまま進めてくれ』

読み終えた報告書を机の脇に置き、

肘を立て口の前で手を組むいつもの仕草をしてみせる。

それを聞いた”彼”は口角を上げて笑みを浮かべると、

『では、この地獄にて実験を行いたい。

 あの翠果園での実験の許可と

 必要な各種管理権の付与をお願いたい』

樹怨の使い魔に荒らされ無残な姿になった翠果園を見下ろしながら”彼”は言う。

『本件の最高責任者はDr・ダン、

 君だ。

 好きにしろ』

大王はそう返事をすると、

『了解した』

”満額回答”を得たDrダンが意気揚々と引き上げていく。

『瓢箪から独楽とはまさにこのコトだな』

彼が引き上げた後、

大王の後ろで控えていた副指令・ジョルジュが話しかけるが、

『……』

閻魔は腕を組んだ姿勢のまま返事をしなかった。

『なるほど、

 それもいシナリオのうちか、

 まぁいい。

 これで君が進めている補完計画も目処が付いたのではないかね』

『…あぁ、

 …我々は計画の”要”を得ることが出来た。

 …だが遂行には”上”の年寄りたちを黙らせる必要がある』

『天界か』

『……』

『かつてのパートナーである樹怨を炊きつけたのもその一環かね?

 天界に現状への危機感を抱くように』

『…無理して炊きつける必要はない。

 …こちらの動きに合わせて

 …あいつもまたそのように動く、

 …それまでだ。

 …ただし、

 …”上”がどう判断して動くのか、

 …我々は予測することが出来ない』

『なるほど、

 樹怨が思いのほか手を早く引いたのもそのせいか。

 しかし、天界の連中は困ったものだ。

 日頃は黙って眺めているだけで、

 問題が発生すれば出たとこ勝負。

 事前に予測して準備をする。

 と言う賢い対応が出来ないからな』

『…すべてに於いて力を用いた対応を行う”上”にとって、

 …知恵と言うものは厄介なものでしかない。

 …それ故、最悪の選択を容易くも行ってしまう。

 …ならば我々は”上”が悪手を打たぬよう先手を打つことだ』

『しかし、

 藪を突いて蛇を出す。と言う言葉もあるぞ、

 ”上”と突いて危機感を持たせるもの良いが、

 過剰反応を起こされても迷惑なだけだがな』

そう嘆きつつジョルジュは提出された報告書を眺めていく、

すると、

『ん?』

ある項目で彼の眉が動くと、

『この懸念事項については具体的な対応策が示されてないが、

 大丈夫なのか』

とその項目を指差した。

『…そのことか。

 …その件は息子に当たらせることにする。

 …いい加減、あいつも気づいているはずだ』

閻魔はそう答えると、

『対応次第では厄介な存在になりうるが、

 ジュニアに任せて大丈夫か』

『…問題はない』

不安げなジョルジュをよそに閻魔は涼しい顔をして見せていた。



夜空を照らし出していた上弦の月が沼ノ端の周囲を囲む山へと消え、

星の瞬きが強くなった深夜、

ふわっ、

端ノ湖の方角より静かに風が吹き抜けていくと、

カサッ

飾り付けが終わった七夕飾りが微かに揺れはじめる。

しかし夜風は次第に強くなり、

ついには強風となって吹き抜けるようになると、

ザザザザッ

七夕飾りを激しく揺らし始めた。

『さて

 今夜こそふん捕まえてやるっ』

風が吹き抜ける中央通りを見下ろすビルの屋上より、

気合十分の白蛇堂は見下ろすが、

しかし、その視線を直ぐに上げると、

『まったく、

 あいつらがここに来てからだよ。

 こんな面倒なことになったのは』

と湖の向こう側、

旧月夜野邸跡に環を描くように聳え立つ巨樹の群れを苦々しく見つめてみせる。

そして、

『きゃはははは…』

通りより少女の無邪気な笑い声が響き渡ると、

『狩りのお時間の到来ね』

白蛇堂の横に打突が付いた柄を光らせる大鎌を持つ紅蛇堂が立ち、

『では、お先』

その言葉を残して下へと舞い降りていく。

『こらぁ!、

 私を出し抜くな、

 獲物は私のものだ』

出し抜かれた格好の白蛇堂は慌てて飛び降りると、

ズゾゾゾゾゾゾ…

七夕飾りが並ぶ本通りに黒々とした影が地中から湧きあがると、

ブワッ!!!

道路上に無数の黒い根が蠢きながら噴出し、

その先端が舞い降りていく白蛇堂たちに襲い掛かっていく。



今宵はここまで、続きます。