風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act4」
(最終話:緑の光の中で)


作・風祭玲

Vol.1115





『そうか』

ジョルジュからの報告を受け取った閻魔は短く返事をすると、

ひじを立てて組んだ手を口元に寄せてみせる。

『樹怨からの書状も来ているので、

 ここに置いて行くぞ』

閻魔を見ながらジョルジュは書状をその前に差し出すと、

『彼女は何か言ってきたか?』

と尋ねる。

『クレームだらけだ。

 何のための”理”なのか、初心に戻って考えろ。

 とな』

『あいつらしい』

『そうそう、

 コエンマについて最後に一言書いてあったぞ』

『ん?』

『アイツにそっくりだ。と』

『そうか』

『嬉しそうな顔をしているな』

『そうか』

『とにかく大事にならずにすんで良かったな』

『コエンマはどうしている』

『これから後片付けをはじめるそうだ。

 程なくすれば地獄に戻ってくるだろう』

そうジョルジュは言うと、

『ご苦労だったな』

と閻魔はねぎいの言葉をかける。



三途の川・此岸。

賽の河原にて炎の戦士のコスチュームを身にまとう柵良美里は

じっと対岸である彼岸を見据えていると、

「柵良さぁーん」

腰の羽を伸ばして

上空を一回りしてきた巫女神夜莉子が降りながら声をかけてきた。

「なんじゃ?」

警戒態勢を崩さずに柵良は返事をすると、

「ずっとそうしてますけど、

 少しは気分転換をなされてはいかがです?」

と夜莉子は言う。

「なぁに大したことはない。

 向こう岸のことを思うと気を休めることは出来ん」

「でも、

 少しは休まないと、体壊しますよ」

「お主の気遣いは嬉しいがのっ、

 これも巫女の務めじゃ」

「それを言われると、

 返す言葉がありませんが。

 でも、ホンモノの三途の川を目の前にして、

 無理はちょっと」

「確かにのっ、

 いつかは必ずここに来る。

 そう思うとのぅ」

「ですよね、

 今度ここに来るときって、

 私、死んじゃっているんですよね」

「今度来るときは、だ。

 だからその前に、

 ここから無事、沼ノ端に帰らねばならん」

と柵良が言ったところで、

「柵良さんっ!」

何かに気づいたのか川向こうを指差して夜莉子が声を上げた。

「むっ、

 帰ってきたか」

指した先に柵良は視線を向けると、

「をーぃっ

 いま帰ったぞぉ」

腰の羽を広げて空を行く健一が手を振って見せる。

「どうやら無事だったみたいですね」

彼の姿を見た夜莉子は安心した表情を見せるが、

「ん?

 里枝がおらんな」

彼岸から戻ってきた人影が3人であることに

柵良は厳しい表情をしてみせる。



程なくして、

フワリ

鍵屋、健一、トモエの3人が戻ってくると

「おかえりなさーぃ」

夜莉子は笑顔で出迎える一方で、

「おぉ!

 柵良さん。

 なんだかすごい格好をしていますね」

健一が柵良の姿を興味深そうに見ると、

「バァーニィングっ

 曼荼羅ぁっ!」

掛け声と共に炎の曼荼羅が健一に襲い掛かった。

「うわっあっちぃ!!」

健一の悲鳴が響く中、

「そんなことはどうでも良いっ、

 里枝はどうした?

 智也もおらんではないかっ

 向こうで何があった!」

柵良は戻ってきた鍵屋に食って掛かると、

『ご安心ください。

 すべては無事解決いたしました。

 里枝さんと智也さんは別途直送便で沼ノ端に送られましたので、

 玉屋さんが受領していると思います』

と鍵屋は言う。

「そうか、

 ならば良いがのっ」

ずっと緊張していた面持ちだった柵良は少し安心した表情をしてみせると、

『長居は無用!

 さっさと帰ろう』

地上へと繋がる赤い紐を手で持ったトモエは声を上げた。



『無事、

 向こうから戻ってこられて良かったな』

蔵王を離れた轟天号はハンドルを握る鍵屋に向かってねぎらうと、

『えぇ、

 色々と勉強になりました』

と鍵屋は返事をする。

『初めて会った樹怨はどうだった?』

『え?

 そうですね。

 とても慈悲深い方でした』

『ジュニア…

 樹怨との縁はこれで仕舞いではない。

 これから幾度となく渡り合っていくことになる。

 今回は慈悲深くとも、

 次はそうとは限らない』

『それは十分承知しています』

『どうした?

 どこか心あらず。という感じだが』

『いえ、

 たまには”上”に行ってみようかと思いまして』

『なるほど、

 たまには母親に甘えてみるのも良いかもしれないな』

『だれが”甘える”んですかっ、

 疲れるんです。

 あの人と長く居ると、

 一目顔を見るだけです』

と鍵屋が怒鳴る一方で、

「ほぉ、

 で、賽の河原に立った気分は如何であったか?」

「はぁ、

 親不孝もこれに極まりという感じでした」

「そうであろう。

 まぁ生身で涅槃には行けぬであろうが、

 でも、賽の河原までなら、

 わしとて立ってみたかったわ」

お弁当をほおばりながら柵良の叔父は感心して見せると、

「あたしも…

 沼ノ端に戻ったら沙夜ちゃんに自慢しちゃお」

と夜莉子はにんまりと笑ってみせる。

「けど、

 鍵屋さん。

 沼ノ端ってちゃんと元に戻れるんですか?

 みんな樹になっちゃっていますけど」

不安そうに夜莉子は鍵屋に尋ねると、

『あっ、

 それは大丈夫です。

 僕が沼ノ端の封印を解けば、

 樹化の呪を受けた人たちは皆元に戻ります。

 樹怨がそう約束してくれました』

と鍵屋は言う。

「なら良かった」

夜莉子は安心をしてみせる。

「ところで、里枝はどうなるのじゃ?

 智也の替わりにあの樹化人の翠果の実を

 食したことになったのだろう」

『それについても解決済みです。

 沼ノ端に戻る里枝さんに鍵を渡してあります。

 僕の開錠と連動して

 里枝さんの呪いも解かれることになっています』

と鍵屋は言う。

「なるほど、

 ならば、懸念事項はすべて解決というわけか」

柵良は肩の荷を降ろした表情を見せた。



『さて、ジュニア。

 仙台という街に来ているのだが、

 牛タンというものを食べるのではないのか?』

不意に轟天号が話しかけてきた。

轟天号は既に仙台市内に入り、

北に向かって伸びる国道を盛岡方面に向かって走っている。

「おぉ!

 そうじゃ。

 すっかり忘れておったわっ」

「事件が解決した景気付けに派手に食べるか」

その途端、車内が沸きあがるが、

「あっでも、

 この格好じゃちょっと」

と夜莉子が自分が履いている紫色のスカートを指差した。

「そういうことなら、

 変身を解けば良い」

そう柵良が指摘した直後、

『ねぇ、

 あれ』

不意にトモエが車外を指差すと、

なにやら賑わっている牛タン屋が迫っていた。

そして、

『仙台七夕記念、コスプレ祭。

 コスプレで来店した方には牛タン食べ放題だって』

店に掲げられている幟を読み上げると、

その途端。

「とまれっ!」

柵良の声が響き。

「この戦い、

 受けて立つ」

「おぉっ」

車外に降り立った柵良、夜莉子、健一の3人は

意気込み荒く戦いの場へと向かって行く、

理性と食欲が激突する接点に向けて。 

  

封印され暗闇に支配されている沼ノ端。

しかし、封印に緩みが出てきているためか、

街を支配していた暗闇は薄まり、

夜明け前を思わせる薄明が街を照らし始めていた。

『ほいっ

 お待ちどうさま』

智也のマンションのベランダにラブリー・玉屋の声が響くと

追って、ハニー・イブキも舞い降りる。

「あっありがとう」

『助かったわ』

文字通り一糸まとわない姿の智也と里枝がベランダに降り立つと、

『さすが鍵屋ね。

 完璧なはずの封印がもぅこの有様なんだから。

 少しは気合入れろ。っていうの』

と玉屋は皮肉をこめて言う。

『まぁまぁ、

 おかげでこうして沼ノ端にもぐりこめたのだから』

そんな玉屋をイブキは宥めると、

『何から何までお世話になりました』

真っ白な身体の里枝は頭を下げる。

『黄泉醜女の毒は抜けたのにまだ白いままなんだ』

里枝の身体を指差して玉屋は尋ねると、

『えぇ、鍵屋さんから渡されたこの鍵を発動させるまで、

 この姿のままです。

 でも、この通り顔は戻りましたよ』

と言う里枝にはしっかりとした顔がついていた。

『なるほど

 じゃぁ後は鍵屋の帰りを待って、

 最後の仕上げね』

『はいっ』

イブキと里枝がそう言葉を交わしていると、

「なんかここに戻るのも久々って感じだな」

自宅を見回しながら智也は感無量といった感じで言う。

『あたしたちはこれで、

 がんばってね』

『費用の請求書は鍵屋に全部回しておくから安心して、

 じゃぁね』

その言葉を残して二人はベランダから飛び去って行った。

「あの方々に連れて来てもらって助かった。

 いくら時間が止まっているって言っても、

 素っ裸で街を歩くのは気が引けるし」

二人を見送りながら智也は言うと、

『ううーーんっ』

と里枝は背伸びをしてみせ。

『ふぅ』

と息を吐く。

「終わったな…」

里枝の肩に手を置いて智也が話しかけると、

『まだ、終わってはないよ』

「ん?」

『沼ノ端を元に戻すという大仕事があるでしょう』

「そうだな、

 ってその手に持っているのって何?」

『あぁ、これ?

 鍵屋さんから託された鍵の使い方について玉屋さんに相談したら

 これをプレゼントしてくれたの。

 今年の新商品ですって』

そう言いながら里枝は真新しいパヒュームと鍵をかざして見せた。

「ふーん」

感心しながら智也は窓を開けると、

里枝を室内へと招き入れ、

そして、二人がリビングに入るなり、

「ん?

 何でそんなところに植木鉢があるんだ?」

とカウンターに置かれた植木鉢に気づいた。

しかし、鉢の謂われを引き継げていない智也は

鉢を手にして小首をひねると、

『あっ、

 それ、貸して!』

里枝は声を上げて智也から鉢を奪取するなり中を覗き込むと、

鉢の中には小さな双葉が開いていた。

『ただいまサト。

 約束通り、

 智也を連れて帰ってきたよ』

虚飾の街でのサトの姿を思い出しながら双葉に向かって囁き、

そして、

『智也、

 これ、あなたがちゃんと面倒を見るんですよ。

 もし枯らしたら承知しませんからね』

そう言いながら智也に鉢を突きつけた。

「なっなんだよいきなりっ」

その声に押されるようにして智也は鉢を受け取ると、

「小さな葉っぱが生えている。

 まぁいいか」

そう言いながら鉢の環境を整え始めた。

そして、その智也の後姿を見ながら、

『ねぇ、

 智也』

と話しかけた。

「ん?」

『あのさっ、

 私が樹からこの姿になったとき、

 人間でなくても良い。って言ったよね』

「あぁ、言ったけど、

 そういえば、何か言いかけていたよな』

『うん…』

「?」

『あ・の・さ

 大事な話があるんだけど』

と話しかけると、

サトが植わる鉢を前にして二人はリビングで長い話を始めだした。



鍵屋たちが沼ノ端に戻ってきたのはその翌日のことだった。

カッ!

「さて、沼ノ端に戻ったが、

 どう攻略する」

赤いハイヒールを輝かせながら柵良は

暗黒に覆われた沼ノ端を見下ろす展望台より下を見下ろすと、

「出たときと同じところから

 入ればいいじゃないか?」

と轟天号から降りてきた健一は言う。

「同じところがいつまでも開いているとは限らないでしょう

 ちょっと様子を見てきます」

紫のスカートを翻して、

夜莉子は腰の羽を伸ばすと空に向かって飛んでいくと、

「いってらっしゃーぃ

 相変わらず仕事熱心だねぇ」

夜莉子に向かって健一は感心しながら手を振て送り出した。

しかし、

「見送るんじゃなくて、

 お主も協力せんかっ」

柵良の声が響くと、

ドォォン!

「ブルーインパルスぅ!」

青いスカートを翻し健一も大空へと射出されていった。

「まったく、

 沼ノ端を眼下に見下ろしおるというのに。

 何をノンビリしておるのだか」

ため息をつきながら柵良は呆れて見せると、

『まだひと波乱ありそうだな』

『ですね』

そんな柵良を眺めながら轟天号と鍵屋は声を合わせた。



「やれやれ、

 結局、この格好で沼ノ端に帰って来ちゃったよ。

 鍵屋さんが時間を動かすまでには変身を解かないとな。

 それにしても調べるってどこをどう調べるんだ?」

自分が身に着けているコスチュームのスカートを引っ張って見せた後、

健一はぼやくと、

『おーぃ』

手を振りながら色違いのコスチュームをに身につけた二人が

羽を広げて飛んできた。

『やだ、プリンセスって男の人なの?』

「悪かったな、

 鍵屋に無理やり着せられたんだよ」

『もぅ鍵屋ったら。

 少しは考えなさいよ』

「だろ?

 ホント、悪人だよ。

 あいつは」

沼ノ端の空の上でそんな話をしていると、

「そこで何をしているの?」

の声と共に夜莉子が合流をしてくる。

『おぉ、

 すごい、

 4人そろったんだ』

『さしあたり、

 チーム・ハピネスってところかな』

「なんだそれは?」

『ん?

 このアイテムのシリーズだよ』

そうラブリー・玉屋が言ったところで、

「ところで、

 鍵屋が沼ノ端の封印を解くそうなんだけど

 どうやって中に入るんだ」

と健一は下を指さした。

『あぁ、そのこと?

 里枝さんたちが無事戻ってきたので準備はしといたよ。

 いつでもOK』

とハニーイブキは言う。



それから数時間後、

薄暗い端ノ湖湖畔に皆が集合していた。

「ただいま、沙夜子ちゃん」

巫女装束を絡ませて佇む樹に向かって夜莉子は話しかけると、

「安心せい。

 この闇が晴れれば元に戻る」

とその背後から柵良は言う。

『そういえば皆さん。

 どちらに行かれていたので?』

鍵錫杖を手にする鍵屋は柵良達が

しばしの間、どこかに寄り集まっていたことを尋ねると、

「牛島智也のところでちょっとな」

と柵良が返事をし、

「それよりも、

 ほれ、

 さっさとはじめぬか」

そう促した。

『判りました。

 では、沼ノ端の封印を解除されれば、
 
 樹にされた人たちはみな元に戻ります』

と皆に向かって鍵屋が言い、

『で、その封印解除ですが。

 仕掛けたのは僕ですので解除は別の方。

 今回の件で一番、因縁が深い三浦里枝さんに

 行ってもらうことにしました』

の言葉とともに里枝を指してみせる。

すると、

ギュッ

里枝は手にした物を握り締めると、

智也を横に置いて進み出でて、

『…では始めたいと思います。

 …よろしいですね』

鍵屋達に向かって尋ねる。

『お願いします』

それを見た鍵屋は頭を下げると、

『…智也…』

里枝は智也の方を振り向いてアイコンタクトをする。

コクリ

そのことに智也は大きく頷いて見せ、

また健一は腕を組み頷くと、

夜莉子は笑顔を見せながら

指を伸ばした手のひらを軽く横に振って見せる。

それらを一通り見た里枝は

『…ふぅ』

緊張を解そうとしているのか小さく深呼吸すると、

「おぬしの素直な気持ちで行けばよい」

と柵良はその背中を押す様にそう言う。

『…え?

 …あっ、ありがとうございます』

柵良からかけられた言葉に里枝は笑ってみせると、

『では行きますっ』

の掛け声ともにパヒュームを取り出すと、

『プリンセス、エンゲージ!』

里枝は手にした鍵をパヒュームに差し込み回してみせる。

すると、

すぐにパヒューム内にエナジーが充填されていくが、

そのエナジーはピンク色でなく、

新緑を思わせる萌葱色をしていた。

『え?

 おかしい、色が違う。

 ちょっと…』

それを見た鍵屋は慌てて里枝を制しようとするが、

「構わぬっ

 続けい」

腕を組む柵良は声を上げると、

里枝は鍵屋を無視してつづけ、

「咲き誇る、花のプリンセスっ」

と萌葱色に赤と白の花をあしらったドレスを翻して声を上げた。

そして、

スッ、 

「暗い闇に閉ざされた沼ノ端。

 返していただきますわ。

 お覚悟はよろしくて?」

と身を乗り出している鍵屋を指して口上を言う。

『え?

 え?

 えぇ!』

左右を振り向き、

里枝が指さした対象が自分以外居ないことに鍵屋は気づくや、

『ちょっと何がどうなって!

 え?

 なんで僕が?』

困惑した表情で声を上げた。

しかし、里枝は遠慮なく、

「エクスチェンジ、

 モード・エレガント!」

と浄化技発動体制になると、

「舞え!

 私の花よ!
 
 フローラル、

 トルビヨン!!!』

その掛け声とともに、

鍵屋に向かって浄化技を放ち、

『ちょっと待ってください!』

放たれた花びらが一斉に襲い掛かった。



その時、建物の影からトモエが顔を出すと、

『よしっ

 サトっ

 行くよっ

 覚悟はいい?』

智也の部屋から持ち出した鉢植えに向かって話しかけるが、

しかし、

『………』

鉢植えから返事は返ってこなかった。

『どうしたの?

 怖気づいた?

 大丈夫、

 樹に戻るだけ。

 怖くなんかないからっ』

閉じ込められていた井戸の中を思い出しながらトモエは飛び出すと、

浄化技を発動中の里枝に向かって突進していく。

しかし、

『…ダメ!』

突然鉢植えからその声が聞こえると、

ギィィン!

トモエは突き飛ばされるように引き戻されてしまった。

『え?

 なんで?』

意味がわからずトモエはきょとんとするが、

再度ダッシュをしようとしたとき、

ギュッ

その肩を智也が握り、

「トモエは行かなくていいんだよ」

と言う。

その言葉を聞いたトモエは目を丸くして振り返り、

『どうして?』

と尋ねると、

「トモエもサトも里枝の身代わりになることは無い。

 これは里枝が決めたことだから」

と諭すように智也は言うと

手にしているあるものをトモエに見せる。

『それって』

「鍵から抜いた。

 里枝が人間になるために必要な種。

 この中には里枝の内臓が収められている」

『でも、それじゃ、

 里枝はまた樹になっちゃう。

 ダメよ、

 今度樹になるのは私とサト。

 そう決めたんだから』

智也に向かってトモエは悲鳴に近い声を上げると、

「トモエ、

 無理を言ってはダメ」

と里枝は言う。

『でも…』

「私は二度、翠果の実を食べ、

 二度、それを許されようとしている。

 でも、それって許されていいのかしら。

 私は思うの。

 二度も許してしまったら、

 それは掟ではなくなってしまうってね。

 そうなって一番困るのは、

 その掟のために苦労している地獄の閻魔さんと涅槃の樹怨さん。

 だから、人間には戻りません。

 智也、

 わがまま聞いてくれてありがとう」

振り返らずに里枝はそう言うと、

『…そこまで考えてくれなくても、

 …よろしいのに』

放たれる技に抗しながら鍵屋は言うと、

『いつまで頑張っているのかしら、

 さっさとやられてしまえばいいのに。

 不器用な男ね』

その様子を見ていた玉屋は呆れて見せると、

『はーぃ、

 ハピネスチーム全員集合!』

と声を上げ、

「呼んだ?」

玉屋の周りにイブキ、夜莉子、健一が集まる。

そして、

『往生際の悪い鍵屋に引導を渡します。

 全員っ、

 イノセントフォーム発動!』

そう玉屋が声を掛けると、

バッ!

4人の衣装が白く変わり、

顔にそれに合わせたメイクが施された。

「うぉっ

 なんつーケバい化粧だ!」

鏡で自分の顔を見た健一が声を上げると、

『みんなっ

 いくよ!』

マイクを片手に玉屋は声を上げる。



「まったく呆れてモノが言えんな」

積極的に関わる気がしない柵良はこの直前、

里枝と智也から打ち明けられたことを思い出す。

…「なんじゃと、

  人間には戻らないじゃと?」

 「はい」

 「なぜじゃ。

  里枝を人間に戻すために頑張ってきたのじゃないのか?」

 「二人でよく考えてのことです」

 「何を考えてのことじゃ。

  思い直せ。

  里枝はどうなんじゃ」

 『…申し訳ございません。

  …これは私が最初に言い出したことなんです

  …その我侭を受け入れてくれた智也には

  …深く感謝しています』

 「呆れた奴じゃ、

  大体、樹になっては何もできまい。

  互いに触れ合うことも、

  語り合うことも、

  愛を育むことも、

  何も出来ぬのだぞ。

  それを樹のままで構わぬとは、

  理解できんわ」

 「本当に申し訳ありません。

  ただ、今回のことを通してよくよく考えたのです。

  因果律の修正により、

  僕はバラエティ系のプロデューサー職から、

  報道局の局長補佐に職業が代わりました。

  元々、就職時にバラエティーか報道かの選択をしていまして、

  前のときはバラエティー

  そして今回は報道へと選択が変わったのです。

  で、報道に身を投じて自分の性に合うのは

  報道だということがわかったのです。

  贅沢ですよね。

  人生のやり直しが出来たのですから。

  ただし、

  報道…特に海外での報道活動はある意味命がけです。

  もし里枝が人間だった場合、

  常に彼女の生活について考えていかないとなりません。

  でも、樹…樹化人でいてくれたら、

  気持ちは少し楽になります」

 「身勝手な男の論理じゃの。

  里枝、

  お主は本当にそれでよいのか?

  樹のままでいたら何処にも行けぬぞ。

  食事をすることも出来ぬ。

  おしゃべりをすることも出来ぬ。

  着飾ることすらも出来ぬ。

  それこそ、

  その裸の姿のままずっと表で立ってないとならぬ。

  良いことなぞ一つも無い」

 『…お気遣いありがとうございます。

  …でも、わたしはかつて樹の呪いを受け、

  …10年以上樹として過ごしてきました。

  …そこで、様々な自然の掟、理の掟を知りました。

  …今回、その大元である樹怨に触れて気づいたのです。

  …樹怨さん、一人にすべてを押し付けてはいけない。って、

  …そして、人間と樹、その両方を経験した自分が人間に戻っても

  …樹怨さんのことを忘れることはできない。

  …それなら、樹に戻って、

  …微力ながらも樹怨さんのお手伝いが出来ればと思ったのです。

  …樹として生きていくことには何一つ不便を感じることはありません。

  …だって、私はご神木を任された樹ですよ。

  …この森では顔は広いのです。

  …それにはサトと言う分身と、

  …トモエと言う娘も居ます。

  …大丈夫です』

 「さて、どうしたものかの、

  岬っ、

  お主はどう思う?」

 「え?

  いや、まぁ本人達の意思を尊重すればよいのでは」

 「夜莉子、お主は?」

 「いっいきなり言われましても…」

 『…柵良さん』

 「なんじゃ」

 『…掟を二度破るというのは、

  …どうなんでしょうか』

 「どういう意味じゃ」

 『…もし、このまま人間に戻ったら、

  …私は翠果の実の掟を2回破ったことになります。

  …それで良いのでしょうか』

 「うっ、

  それは、

  樹怨がOKを出しているのであろう、

  ならばそれに」

 『…甘えてよいのでしょうか。

  …もし今後、似たようなことが起きれば、

  …これが前例となって樹怨さんは対応しないとなりません』

 「じゃがしかし」

 「柵良さん。

  里枝のワガママ、聞いてあげてくれませんか」

………

「まったく、

 どいつもこいつも本当に大馬鹿者じゃ!!」

そう柵良は声を上げると、

「後になってグダグダ文句を言われてもわしは知らんからな。

 いけーっ!

 ファイヤーソゥルッ!」

鍵屋に向けて柵良は渾身の技を放つ。

と同時に、

『イノセント、

 プリフィケーション!!!』

その掛け声と共に4人の合体技が放たれると、

『え?

 え?

 うっ

 わぁぁぁぁぁ!!!』

3方からの攻撃を受けた鍵屋は、

抗し切れずに吹き飛ばされてしまうと、

『どりぃみんぐぅ〜』

沼ノ端を封印していた鍵は眠りにつき、

止まっていた沼ノ端の時間が動き出した。



「終わった…」

沼ノ端に光が戻り、

樹にされていた人たちがみな元の姿に戻っていく。

しかし、里枝は…

「智也…」

パキッ

白い肌に木肌が浮きあがり、


「わたしね…」

ミシッ

足に根が生え癒着していく、


「ちゃんと…」

メリッ

木肌から枝が突き出し、


「見ているから…」

ザワザワザワ…

新芽が噴き出してくる。


「だから…」

ググググッ

樹の幹になった体が伸び、


「頼みます…」

メリメリメリ

空いっぱいに樹の葉が覆い、


「みんなのこと…」

ザザザッ

咲き誇る白い花を全身にまとい、

新しい樹が立ち上がって行く。



「山を丸ごと買っておったのか」

沼ノ端を見下ろす山中に柵良の呆れた声が響くと、

「えぇ、

 鍵屋さんが作った記憶と因果の修正を目的とした仮設世界の中で、

 この山を購入した業者が倒産したことを知りましてね、

 二束三文で売却されていたのを手に入れていたのです」

「仮の世界とはいえ、

 よく買う気になったな」

「買うように薦めたのは、

 実はトモエなんですよ。

 トモエは僕が仮設世界の中で

 ちょくちょくと現れていましてね

 現れる毎に予言のようなことを告げていくんですよ。

 で、山を買うように言われたのと、

 その世界で樹となった里枝が無残に伐採された姿を見て、

 購入を決意したんです。

 そうしたら、

 その仮設世界の設定がこの現実世界に引き継がれたため、

 この山の主は僕になったんです」

「なるほどの」

「あっ見えてきました。

 あれが新しい住まいです」

「ほぉ、

 里枝の樹を抱くように屋敷を建てたか」

「えぇ、

 どうせ作るなら。と、

 思い切って里枝の樹を中心に図面を引きました。

 里枝が植わっている場所は

 僕が樹になっていく彼女を植えたところです。

 そして、再び里枝はこの地に根を下ろした」

「まぁ、これなら、

 里枝もさびしくはないな」

そう言いながら里枝の樹の前に立った柵良は

生い茂る葉を通して差し込む緑の光を一身に受けて

人の顔を思わせる膨らみに手を添えると、

「果報者じゃの、

 お主は」

と話しかける。

すると、

ガサッ

柵良の上から葉が揺れる音が響き、

『あっ、柵良来てくれたんだ』

と言う声が降ってきた。

「おうっ

 早速木登りか、

 里枝に怒られぬよう気をつけるんだな」

幹から延びる太枝に乗っているトモエに向かって

柵良は声を掛けると、

『いらっしゃいませぇ』

樹に面した縁側でサトがその小さな身体を使って、

お茶を運んでくると柵良に向かって三つ指を着いて見せる。

「いやぁ、

 あの鉢に植わっていた芽が、

 こんな姿になるとは思ってもいませんでした」

頭を掻きながら智也は紹介すると、

「賑やかそうで安心したわ」

安心した表情で柵良は智也に返事をする。

その言葉に

「えぇ…」

智也は笑顔で返事をすると、

「これでよかったのかもしれぬな」

と柵良は呟いた。



雨上がりの夜、

雲の切れ間から満月が顔を出すと、

その光が里枝の樹を照らし始めた。

風もなく虫や動物が立てる音もない”しん”と静まり返った中、

月の光を浴び続ける里枝の樹に小さな変化が起きた。

ムリッ!

樹の幹に小さな膨らみがひとつ膨らみはじめると、

パチン!

樹皮を弾いて小指ほどの真っ白な蕾が飛び出す。

そして、

ムリムリ

ムリムリ

飛び出した蕾は赤みを増しながらゆっくりと膨らみ、

やがて大人の拳ほどの大きさになると、

グググ…

前に突き出す様に伸び始めた。

そして、

クチッ!

伸びていくその先端が開くと、

フゥゥゥ…

花粉が噴出し、

揺らぐように動く空気の流れに乗って周囲に漂い始めた。

噴出す花粉は漂いながら拡散と集合を繰り返して、

次第に人の形を作りあげると、

ユラユラと蠢くようにして屋敷の中へと入っていく。



寝静まった屋敷の中を人の形をした花粉は動き、

やがて智也が寝ている寝室に入り込むと、

その頭元へと向かっていく。

そして、寝ている智也の傍で膝を折り屈みこむと、

スーッ

花粉は半透明の里枝の姿となって、

”と・も・や…”

か細い声で智也の名を呼び、

その口元に口付けをすると、

足のほうから花粉に戻り拡散していく。

そして体の半分が消えたとき、

「あんまり無理をするな、

 里枝」

智也はそう声をかけて体を起こした。

”!!”

思わぬことに里枝は驚いた仕草をすると、

スンスン

「花粉で身体を作って見せたのか」

部屋に漂う花の香りを嗅ぎながら指摘すると、

里枝は困った表情を見せ、

フッ

逃げるようにその身体を散らせてしまった。

しかし、

「樹になっても世話が焼ける」

起き上がった智也は里枝の樹へと向かうと、

一輪の花が咲きかけている樹が月の光を受けて輝いていた。

それを見た智也は縁側に座り、

「里枝っ、

 隠れてないで出て来いよ」

樹に向かって話しかけると、

スゥッ

智也の前に再び花粉が集まり里枝の姿を作り出していく。

「なんだその顔は、

 気づかないと思ったか?」

バツの悪そうな里枝を見ながら智也は笑うと、

「今夜は満月だっけな、

 月の力を借りたのか」

と尋ねた。

”お月様の力を借りたわけじゃない。”

”お月様の光を浴びているうちに力が湧いて花が咲いたのよ”

”花の力で智也のところにいけそうな気がしたので”

”でも、どうして判ったの”

里枝の声が智也の頭に響くように聞こえると、

「それが判るんだよ。

 だから里枝が人間でなく樹になることを認めた」

と言いながら智也は自分の手のひらを広げると

フッと息を吹きかけた。

すると、

パラ…

彼の手のひらから小さな木の芽が数個吹き零れ落ちていく、

そして、手を再び握り締めると、

「とにかくいまは月の霊力を借りているんだろう。

 あまり無理はするな。

 根をしっかりと張って、

 枝を伸ばし、

 葉を茂らせて、

 力を蓄えて、

 しっかりとした霊木になるんだ

 それが”里枝の樹”の目標だ。

 わかったな」

向こうが透けて見える里枝を指さしてそう言うと、

”あの…”

半透明の里枝は急にモジモジする仕草をすると、

智也の耳に寄せてきた口が何かを伝えるように動いた。

「はぁ?」

その言葉を聞いた智也が改めて里枝の樹を見ると、

フワリ

蛍を思わせる淡い緑色の光の粒が樹の周りに漂い、

その中で幹に細長い釣鐘型の一輪の花が大きく開いていた。

花弁が赤く肉厚の花が雌しべをピンと立たせて、

恥ずかしげに開く花の姿は、

女性の陰部を変わらない姿になっている。

「そういうことか。

 欲しいんだな…

 でも、そういうことは人間の姿の時にするものだ」

呆れる様にして智也は言うと、

シャツを脱ぎ捨て里枝の樹へと向かっていく。

そして、光の粒が漂う中、

ビタッ

勢い良く樹の幹に手を当てると、

「そういうのって幹ドンっていうのか?」

そう話しかける。

”ばか…”

智也の目の前に姿を見せた里枝は怒った顔をすると、

その顔が幹の顔の形をした膨らみと重なり、

”早く・して”

とせがんだ。

「おぃおぃ、

 そう急くな」

智也は話しかけながら指を花の中へと挿入し、

その奥の花弁の雌しべを指先でいじり始める。

”あ、う・ん”

それが感じるのか里枝は姿を見せずにあえぎ声だけを上げると、

程なくして、

トロ…

花の中から蜜がしたたり落ちてきた。

「へぇ…

 樹の癖に人間とまったく同じなんだな、

 本当に蜜が甘いけど、

 じゃぁいくよ」

その言葉と共に智也は肉厚の花弁の中に己の肉棒を挿入し、

腰をゆっくりと動かし始める。

と同時に無数の粒子が湧き上がると、

緑の光が”二人”を包み込んでいった。



『ねぇ、サト…

 ”理”の光があんなにあふれている。

 新しい種ができるんだね、きっと。

 今度出来る種からは

 妹と弟、

 どっちが芽を出すかな』

『さぁ?

 私にはわかりません。

 でも、

 さらにここが賑やかになりますね』

『そうだね』




















………時は流れて

「おぉぃ、

 転ぶなよ」

「んしょ」

「がんばれー」

短冊を付けた笹を持つ両親に励まされながら、

おぼつかない足取りで幼児がを山の中を登っていく。

根に足を引っ掛けたり、

濡れた葉で足を滑らせたり、

石に躓いたりしながらも幼児は投げ出すことなく自分の足で登り続け、

そして、

「よいしょっ」

その声とともに幼児が山道を登り切ると、

空に向かって高くそびえる二本の樹が幼児の前に姿を見せた。

「うわぁぁ」

威圧するかのように伸びる樹を幼児が見上げると、

「大きなな樹ねぇ」

と母親も感心しながら見上げた。

「この樹は夫婦の樹って言ってな。

 沼ノ端の名木十選に選ばれているんだ。

 向かって左が雌花だけを咲かせる女の樹。

 右が雄花を咲かせる男の樹。

 ほら、良く見ると2つの樹が

 仲良く手を取り合ってようにも見えるだろう。

 七夕にはぴったりな樹だね」

「そうかしら、

 こじつけのような気がするけど

 ほら、七夕祭りはこの先でしょう

 急ぎましょう」

程なくして森の中に賑やかな歌声が響き渡っていく。



おわり