風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act4」
(第拾参話:樹怨からの使者)


作・風祭玲

Vol.1110





ポィーン

『きゃははは!!!!』

ポィーン

『きゃははは!!!!』

白の陰影しかない世界・彼岸に電子音を思わせる音が響き、

それを追いかけるようにして無邪気な笑い声が響き渡ると、

ボィーン

広がる空を背景にして高く飛び上がったトモエは

くるりと体を回し、

足元に広がる緑の葉に向かって降りていく。

そして、葉の反発力をバネにして、

ポィーン!

より高く飛び上がると、

『うぉりゃぁぁぁ!』

『1UP!』

『1UP!』

『1UP!』

掛け声と共にトモエは空中に向かって幾度も拳を振り上げて見せた。

すると、

ピコピコピコ

軽やかな音色と共に金色のコインが降り、

彼女のポイントが加算されて行く。



「平和…だなぁ…」

『ですね…』

すでに1時間近く繰り返されているこの光景を

健一と鍵屋は座り込みながら眺めていた。

「いま、地上で言うと、

 どの辺なの?」

トモエを眺めながら健一は尋ねると、

『恐らく、

 花巻辺りかと』

と鍵屋は言う。

「そっか、

 そんなに歩いているって感じはしないんだけどね」

『彼岸と此岸では距離の取り方が変わりますので、

 こう言うことはよくあることなんです』

そう鍵屋は説明をする。

「ふーん、

 そう言うものなんだ」

「えぇ」

そんな会話をして再びにトモエを見ると

『かーわるんるん。

 はっはっ配管工のおじさん。

 かわるんるん』
 
と声が響き、

トモエは赤シャツに青いオーバーオールの作業着を着た中年男性風に変身をすると、

「うひゃほーっ」

と声を上げて里枝の周りを跳び跳ね始めた。

「鍵屋さんが持ってきていたパーティグッズ、

 こうして役にたって良かったですね」

『はぁ、

 業屋さんに無理やり仕入れさせられたのですが、

 ここで役に立つとは思っても居ませんでした』

二人並んでそんな会話をしていると、

『鍵屋も健一も一緒にやろうよぉ』

手を振りながら宙を舞うトモエは声を張り上げる。

トモエに向かって二人は手を振って応え、

『はぁ、

 久しく…この安らぎを忘れていますね。

 里枝さん』

そう鍵屋は背中の茎に向かって話しかけると、

「おーぃ、

 里枝ちゃん。

 聞こえている?」

返事を催促するように健一は背後の茎を叩く。

すると、

クポンッ!

二人の頭の上で穴が開く音が響き、

ヌッ

影を落としながら

赤地に白の水玉模様に染められたタマゴ型の肉塊が降りてくると、

クワッ

肉塊に穴が開くと、

横に大きく広がり、

そして、

『…なにか、

 …言った?

 …よく聞こえないの』

と穴の中から里枝の声が大きく響き渡った。

「…いや、

 …鍵屋がな…」

肉塊に向かって健一がそう言いかけたところで、

ボボン…

離れたところから黒い煙が湧き上がる。

「ん?」

『…お客様がお見えになられたようですね』

「…通りすがりの黄泉醜女のご一行かな」

警戒するわけでもなく、

また、立ち上がって対応を取るわけでもなく、

鍵屋と健一は並んで湧き上がる煙を眺めていると、

ヒュンッ

降りていた赤地に白の水玉模様の肉塊が上へと持ち上がり、

煙に向かってその頭を向けた。

そして、

遊んでいたトモエを下ろすと、

グググググ…

肉塊の前後方向に縮み、

ドォン!

ドォドォン!

煙を払い地の中から湧き上がってきた黄泉醜女に目がけて

2・3発種を飛ばした。

「3、2、1!」

健一のカウントダウンに合わせて、

黄泉醜女達のところで着弾を意味する煙が立ち上り、

それを合図にして、

シャァッァァ!!

ビュンッ!!!

茎をゴムの様に伸ばして肉塊が黄泉醜女目がけて飛んで行く

やがて、始まった阿鼻叫喚の地獄図を鍵屋たちは他人事のように見ていると、

「あーぁ

 里枝ちゃんがあんな姿になっちゃって」

挙げた手を頭の後ろで組みながら健一は嘆いた。

『でも、里枝さんが頑張ってくれるおかげで、

 偶に出てくるうっかりさんを除いて、

 黄泉醜女はめっきり襲ってこなくなりましたね』

「頑張っているというか、

 もう本能的に襲っているみたいだな…

 まだ理性はあるみたいだけど、

 お陰でこうして平和な時間を過ごして居られる訳だけどな」

『僕の魔力が戻るまであと少し掛かります、

 それまでここを動くわけにはいきません。

 里枝さんにはまだ頑張ってもらわないと』

「頑張っているうちに、

 心まで肉食植物になってしまわなければいいけど」

『それは大丈夫だと思いますが』

「せめて元の樹の身体で構わないから、

 戻れないのか?」

『大人数の黄泉醜女を捕食して完全に変態してしまいましたし、

 しかも、ここの環境にも順応してしまったので、

 戻せるとしたら』

「樹怨かよ」

『恐らく…』

「で、どうやって行くんだ。

 樹怨のところまで」

『それが問題です』

などと二人が話をしていると、

スッ

元の姿に戻ったトモエが二人の前に立ち、

『柵良が話をしたいって』

そう言いながらインカムを差し出した。



『…まぁだ、

 …そんなことで油を売っておるんか!!

 …さっさと樹怨のところに向かわんか』

インカムのスピーカーから柵良の怒鳴り声が響くと、

「柵良さん。

 そうは仰いましても。

 いろいろ事情がありまして」

マイクに向かって健一は汗を拭きながら返事をする。

『申し訳ありません。

 想定外でした黄泉醜女との戦いで、

 僕が魔力を消耗してしまったため。

 皆さんに足を止めてもらっています』

健一に代わって鍵屋が返事をすると、

『…売られたケンカを真面目に買うからじゃ。

 …そこは敵地ぞ、

 …もっと要領よく立ち振る舞うのじゃ。

 …わしの目がないとお主らは前に進めんのか?』

と柵良の小言が始まる。

そして、

『…で、里枝の様子はどうじゃ?

 …少しは立ち直ったのか。

 …樹化はどれくらい進んでおる?』

里枝の状況を尋ねてくると、

「いっ!」

健一は声を詰まらせ視線を動かした。

その視線の先では肉食植物と化した里枝が茎をのばし

黄泉醜女たちを襲い捕食している真っ最中で、

ハリウッド映画顔負けの残虐シーンが繰り広げられていた。

『えっえぇ、

 何とか立ち直ったみたいです。

 いま…

 えーと、

 とっ、トモエと遊んでいます』

声をこわばらせながら鍵屋は返事をすると、

『…ならば良いが。

 …良いかっ、

 …何があってもわしらは応援に向かうことができない。

 …4人で力を合わせて樹怨のところに向かうのじゃ』

と柵良は声を張り上げて言い聞かせると、

そこで通信が途切れた。

『はぁぁぁぁっ』

「はぁぁぁぁっ」

一呼吸の間を開けて鍵屋と健一はユニゾンしながら息を吐くと、

互いに見つめ合い。

『どうする?』

と声を合わせた。



里枝が黄泉醜女を捕食するごとに伸ばした茎が動き、

噛み砕かれた黄泉醜女が鍵屋たちの後ろの茎を通って、

地下に広がる根へと送り込まれていく。

その音を背後で聞きながら、

「なぁ、鍵屋さん」

健一は鍵屋に話しかけると、

『なんでしょう』

鍵屋は返事をする。

「ちょうどいい機会だから聞きたいんだけどさ、

 ドスコでサトが飛び降りる直前、

 智也について変なことを言ったよな。

 里枝ちゃんが智也を助けても、

 解決にはならない。

 それってどういうことだ?」

とサトが身を投げる直前に告げた

言葉の意味について健一が尋ねる。

『それは…』

鍵屋は言葉を詰まらせると、

「言いにくいことなのか?

 あの時、

 一体、サトは何を言おうとしていたのか知りたいんだ。

 まさか、このことを言っているのか?

 確かにコレも悲劇といえば悲劇ではあるけど」

後ろに立つ茎を親指で指して見せる。

すると、

『サトはこのことを言ってはいない。

 もっと本質的なこと。

 だけど気づいていない』

と二人の前に立ったトモエは言う。

「ん?

 トモエ?

 急にどうした?」

無邪気さが消えたトモエの表情に

サトの面影が重なった鍵屋と健一は不安を感じると、

『どうしたのです?

 さっきまでみたいに笑って見せてください』

と鍵屋は言う。

しかし、

トモエは笑わずに真顔で鍵屋を見つめると、

『鍵屋さん。

 あなたはどうするつもりですか?

 ここは彼岸。

 樹怨はすぐそこに居て私たちを待っています。

 このまま押し通すつもりですか、

 それではもっと悲しいことになる』

と指摘すると、

「おいっトモエっ、

 その言い方やめろ。

 お前までサトのようなことなったら、

 里枝は里枝ではいられなくなってしまうぞ」

トモエの肩を揺らして健一が怒鳴ると、

その手を払いトモエは健一を見つめる。

そして、

『私は大丈夫。

 サトとは違う。

 鍵屋さん。

 判っているでしょう。

 樹怨から助けようとしている智也という人物と、

 私たちが関わってきた智也とは違うということ』

と鍵屋を指差して言う。

「え?

 鍵屋さん、

 それってどういうことなんですか」

健一の問いに鍵屋は大きくため息をつくと、

コツリ

杖がつく音がこだました。

「ん?」

その音に皆が振り返ると

コツリ

コツリ

杖を突きながら人影がこちらに向かって来ている。

「だれだ?」

『わかりません』

迫ってくる人影は次第に形作られていくと、

一人の老婆へと姿を整えていく。

「人間なのか」

『えぇ、見たところその様に見えますが、

 忘れてはいけません。

 ここは彼岸です』

「じゃぁ、神格者か」

『えぇ、恐らくは…樹怨の関係者かと』

「マジ?」

『ウソか本当かは

 確認をしてみないと解りませんが…

 とにかくトモエさんは下がっててください』

近づいてくる老婆に鍵屋と健一は警戒をすると、

トモエに下がるよう命じた。



『随分と警戒されているようじゃな』

身構える二人を眺めながら老婆は気楽そうにそう言うと、

『神格者とお見受けしましたが、

 どのような立場のお方で』

と鍵屋は尋ねる。

『ふん』

その問いに老婆は鼻息で返事をし、

そして、手にしている杖で健一たちの後方にいる里枝を指すと、

『まずは、

 わしの手の者たちへの狼藉を止めていただこうか』

と指示をする。

「手の者たちだとぉ

 やっぱりアンタは樹怨の」

それを聞いた健一が老婆に掴みかかろうとすると、

スッ

鍵屋が間に割って入り、

『あなた様は樹怨の関係者であるのですね』

と尋ねた。

『樹怨”様”じゃ。

 わしは樹怨様に古よりお仕えしている者。

 お前達が彼岸に参って以降、

 我が配下の黄泉醜女たちが急に消息を絶つようになってな。

 樹怨様に命じられて参った次第』

と言うと、

『まさかあんなに傍若無人に食しておったとは

 お主らには礼儀というものがないのか』

そう嘆いて見せる。

すると、

「礼儀だとぉ、

 それはこっちのセリフだ。

 お前たちこそ沼ノ端でやりたい放題だったじゃないか」

健一は食って掛かる。

しかし、

『その件についてだが、

 樹怨様への目通りは許されておる。

 樹怨様の元への案内役も仰せつかっておるが、

 まずは、

 あの大飯喰らいを止めてもらわなければな。

 コエンマ。

 お前の力ではあの者をどうすることも出来ぬのだな』

そう念を押すと、

『私が何者であるのか、

 判っていらっしゃるようですね』

と鍵屋は言い、

『申し訳ありません。

 いまの自分には手におえない状態になっています』

素直に頭を下げた。

『ふむっ、

 まぁよかろう』

老婆は鍵屋を一瞥し、

里枝の根元へと向かっていくと、

『また、随分と妖素をため込んだものだ。

 これだけの妖素をため込むとすれば、

 100や200と数字は意味がなさそうじゃな。

 それにこれだけ味を知っているのなら、

 黄泉醜女の匂いをかいだだけで無意識に襲ってしまうであろう。

 この場で根をはり永遠にそれを繰り返すのならそれも由ではあるが、

 そうも言ってはおれらない以上、

 こさせて貰うぞ』

と言うと、

ピタっ!

里枝の茎に手を当て呪文を詠唱し始める。

すると、

ポゥ

手を当てた茎の部分が光り始め。

それと同時に、

シュワァァァ

里枝の根元から次々と光の粒が吸い上げられる。

そして、老婆の手にそれらの光が集まってくると、

光の粒は一つにまとまり、

次第に大きさを増してきた。



『ぐぇぇぇ!』

突然黄泉醜女を捕食していた里枝が声を上げると、

伸ばしていた茎が一気に引き戻され。

声を上げた肉塊は自分の根元へと押し当てられる。

さらに、

グググッ

根元で広がっていた葉も縮むように額に密着してしまうと、

里枝の体はまるで露地物のキャベツのごとく圧縮され固められていく。

「さっ里枝ちゃんっ!!!」

その光景に健一は声を張り上げると、

『この者が飲み込んだ黄泉醜女の妖素を抜いておる。

 妖素で膨らんだものが縮むのは自明のこと』

済ました顔で老婆は言うと、

『ただし、これ以上妖素を抜いてしまうと、

 この者は清浄になりすぎて死んでしまうな。

 まぁ、妖素で穢れてしまっている以上、

 仕方があるまい。

 あとは己が力で浄化せいっ』

の言葉と共に手を離した。

そして、

『ふんっ』

キャベツ状に圧縮された里枝の首根っこ部分を握り締めると、

グッ

と引っ張ってみせる。

すると、

ズズッ

里枝の身体が地面から引き抜かれるように動き始め、

真っ白な首、

真っ白な肩、

真っ白な胸、

と白く染まった人間を思わせる体が地面から姿を見せる。

その様子を鍵屋・健一・トモエは近寄って興味深そうに見ていると、

老婆はその姿には似合わない怪力で里枝を引き抜き続け、

最後に足が出てきたとき、

『お前達、

 耳をふさげ!』

と老婆は声を張り上げた。

『はっ』

「はい」

『っ!』

その声に3人は慌てて耳をふさぐと、

ズボッ

里枝の足が地中から抜け出すが、

次の瞬間。

声にならない絶叫があたりにこだました。

「まっマンドラゴラかよ」

腰を抜かした健一が顔を青くして呟くと、

グニャッ!

ビタンッ

ビタンッ

グググググッ

圧縮され丸くなった肉塊を頭にして、

それをゆっくりと振りまわしながら立ち上がっていく。

「こいつ、

 動くぞ!」

ハロウィンのお化けを思わせる姿の里枝を見ながら健一はそう言うと、

立ち上がった里枝はそのシルエットを整えはじめた。

顔は小さく人間の顔へと変わり、

胸は左右2つの膨らみを取り戻し、

腰はくびれ、

手足はすらりと細くなっていく。

こうして女性を思わせるシルエットを作り上げていくと、

人の姿を取り戻した里枝は

疲れたのか膝を折って座り込んでしまった。

「うぉっ、

 なんかすごい」

目の前の変身劇に健一はもとより、

鍵屋も老婆の術施行の素早さに声を失ってしまうが、

しかし、里枝の体は剥きタマゴのごとく真っ白であり、

また顔も何もなく文字通りノッペラボウであった。

「…あのぅ

 …顔が

 …里恵ちゃんの顔がのっぺらぼうなんだけど」

顔のパーツが何もない里枝の顔を指差して健一は尋ねると、

『それは無理じゃな』

と老婆は手に張り付く光玉を引きはがしながら言う。

「無理って?」

理由を尋ねると、

『ふむ』

老婆は小さく頷き、

引きはがした光玉を5つに引きちぎり、

それを一つずつおにぎりを握るように、

クルクルと回しながら手で固めていくと

それらを丁寧に笹でくるみ、

懐へとしまい込んで見せる。

「(まるで握り飯だな)」

それを横目で見ながら健一は呟くと、

『どれ』

老婆は足元の石を拾い上げると、

『それっ!』

とある場所に向かって放り投げた。

すると、

『ひやぁぁぁぁ〜っ』

石が当たった地面から一体の黄泉醜女が湧き出してきた。

「でた!」

それを見た健一が声を上げるのと同時に、

クポッ!

顔のない里枝の顔に穴が開くと、

クワッ!

その穴が顔と頭全体を潰すかのように開き、

『しゃぁぁぁぁ!!!』

うなり声を上げながら黄泉醜女に飛び掛り、

あけた口で黄泉醜女を丸呑みにしようとした。

その途端、

『ハッ!』

気合の声と共に老婆の杖が口を開ける里枝の肩を叩くと、

襲い掛かろうとした里枝の動きは止まり、

キュッ!

開いた口が閉じ、

ノッペラボウの顔と頭が復元されて行く。

「どっどうなってんだ、

 いったい」

声を震わせて健一が尋ねると、

『見ての通りじゃ、

 この者は黄泉醜女の妖素に穢れた上に、

 その味を覚えてしまった。

 もはや顔を持つことは諦めるのだな』

と言う。

「そんな、

 里枝ちゃん。

 俺がわかるか?」

肩を揺らしながら健一は里枝に話しかけると、

クニャ

里枝は理解できないのか、

真っ白な頭を軽く傾けて見せる。

『妖素を抜いた際に、

 同時にこの者の知恵と記憶をも抜けおったので、

 こうなるわな』

「そんなぁ、

 戻してくれよ」

『どうすれば、

 以前の里枝さんの知恵と記憶を戻して頂けるのですか?』

と健一と鍵屋は老婆に尋ねると、

『このまま知恵も記憶も無い方が

 この者は幸せじゃと思うのだがの』

『そこをお願いします』

『知恵と記憶を戻せば、

 この者は辛い目に遭うがそれでも良いのか』

鍵屋を見つめ老婆が尋ねると、

『僕は里枝さんを信じています。

 どんなに辛い事があっても切り抜けてくれると』

『閻魔の息子がそこまで言うのなら、

 まぁ良かろう』

老婆は頷き、

そして、さっき仕舞った笹包みを取り出すと、

その中から握り飯のようになった光玉を二つ取り出して、

『ほれっ、

 これを食せよ』

と言いながら里枝に向かって放り投げる。

すると、

クポン!

白い顔に穴が開くと、

クパッ

クパッ

里枝は二個の光玉を捕らえて飲み込んだ。

そして、

クタァ

光玉を飲み込んだ里枝が倒れるように腰を落としてしまうと、

「里恵ちゃん!」

健一が駆け寄り、

「俺がわかるかぁ?」

と抱き起こしながら自分を指差してみせる。

クポッ

『…あれ、あたし?』

顔に開いた穴から里枝の返事が返ってきたことに

健一は喜び抱きしめると、

クポッ

『…ちょっと、

 …そんなにきつく抱きしめないで、

 …かっ身体がつぶれちゃう』

と里枝が健一の腕を押し退けようとした途端、

グニュッ

里枝の腕がつぶれたようにゆがんだ。

「ごっごめんっ」

それを見た健一が慌てて手を離すと、

ベチャッ!

今度は足が衝撃を受けきれずにつぶれてしまい、

長さが短くなるのと同時に太さが倍近く増した。

「あぁ、もぅどうすれば良いんだぁ!」

頭を抱えて健一が声を上げると、

『無理をさせるからじゃ、

 引き抜いたばかりのマンドラゴラは実が柔らかいからの、

 無用な衝撃や圧力を掛けてはならん。

 もっと優しくいたわらねばの』

そう老婆は注意をする。

「(ぼそ)なぁ、鍵屋さん。

 マンドラゴラってなんだ?」

小声で健一が鍵屋に尋ねると、

『(ぼそ)なんて言いますか、

 魔術…黒魔術系で使う特殊な薬草でして

 人の姿をしているのが特徴です。

 ただ、特別な条件下でしか生育が出来ないのと、

 引き抜き時に悲鳴を上げるんです。

 さっきのように』 

「なんか聞いたことがあるな、

 悲鳴を上げる草の話」

『流通量も少なくて、

 結構高価なんですよ。

 そうか、この彼岸は此岸とは対照的なポジションになっているから、

 マンドラゴラも割と普通に存在するのかも』

健一への説明をした後、

鍵屋の表情は急に商人のソレへと変貌する。

「ちょっとぉ鍵屋さん。

 いま変なことを考えていませんか」

鍵屋の表情を見た健一が注意をすると、

『どれ、身体は固まったかの。

 身体が潰れずに歩けるようであれば参ろうかの。

 お前さんの身体に溜てちる妖素は

 黄泉醜女が居ないところに赴き、

 そこでゆっくりと抜けばいい』

と老婆は言い、

コツリ

杖を突き歩み始めた。



まるで砂漠を思わせる世界を

先頭を行く老婆に鍵屋たちは付き従って歩いていく。

「(ぼそ)なぁ、信用して大丈夫か?」

老婆を指さして健一が鍵屋に小声で尋ねると、

『(ぼそ)ここでの樹怨は絶対的存在です。

 その名を出した以上、

 危害はないと信じ大丈夫でしょう』

そう鍵屋は返事をする。

すると、

クポッ

『…あの、鍵屋さん。

 …あの方はどなたなんでしょうか』

前を行く老婆のことを里枝は尋ねると、

『(ぼそ)樹怨の関係者だそうです』

「(ぼそ)俺たちがのんびりしていたので向こうから来ました」

と鍵屋と健一は交互に説明をする。

クポッ

『…そう、

 …樹怨の…』

それを聞いた里枝は老婆に視線を集めると、

『色々お気持ちはあると思いますが、

 いまは大人しく付いていくしかありません』

と鍵屋は言う。

「ところで、

 里枝ちゃん。

 あの婆さんが見えるみたいだけど、

 物を見る事が出来るの?」

そう健一が尋ねると、

クポッ

『…え?

 …見え方はなんか変ですが、

 …ちゃんと見えます。

 …けど』

と白い頭を智也に向け、

少し傾けながら返事をする。

「そっか、

 ノッペラボウでもモノは見えるのか?」

それを聞いた健一は安心したように言うと、

クポッ

『…私ってノッペラボウなんですか?』

と聞き返してきた。

「やばっ」

その言葉に健一は驚くと、

里枝は立ち止まり改めて自分の姿を確認し始めた。

クポッ

『…うわっ

 …手も足も身体も何もかも真っ白っ、

 …気持ち悪い。

 …しかも顔には穴が一つあるだけなの?

 …これって口?

 …目も鼻も何も…ない』

5本の指がなく二つに分かれた手で自分の顔を撫でながら里枝はこぼすと、

「でも…さっ、

 葉っぱを茂らした樹よりマシだと思うけど」

と健一は取り繕うが、

クポッ

『…健一さぁぁん。

 …こんな私でもいいんですかぁぁ』

里枝は健一の肩をつかみむと、

グシャァ

自分の顔と頭をつぶし、

クワッ!

目いっぱい口を開いて見せた。

「…うわぁぁぁ

 …俺を食べないでくれ」

涙を流して健一が命乞いをすると、

『これ、ふざけてなはらんぞ、

 その様なことをして、

 もし自分を見失しのうたら、

 お前さんは動く肉食植物と化すからの』

と老婆は警告をする。

そして、

『ここでよかろう』

と言うと、

ザンッ

手にした杖を地面に突き刺し、

『樹怨様っ、

 コエンマらをお連れいたしました』

と声を上げると、

ブワッ!

瞬く間に周囲の景色は一変し、

漆黒の空間に花びらが舞う世界へと変わった。

「なんだこれは」

突然の変化にトモエを除く皆が驚くと、

スッ

皆の目の前に神々しく輝く巨樹が聳え立ち、

その巨樹の前に太古の衣装をまとった女性が姿を見せる。

「……」

『……』

その女性の姿に皆は声を失うと、

『控えおろう!

 このお方をどなたと心得る。

 恐れ多くも樹怨様なるぞ。

 頭がたかーーぃ!』

と老婆は声を上げ、

『…我は、樹怨。

 …理を生みし者也』

と女性は鍵屋達に向かって

己が樹怨であることを告げた。



つづく