風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act4」
(第拾弐話:彼岸の地にて)


作・風祭玲

Vol.1109





『そうか、

 判った』

閻魔大王庁・発令室に副指令・ジョルジュの声が響き渡ると、

『コエンマが三途の川を渡ったみたいね』

羽織った白衣の裾を揺らしながらアカギが話しかけてくる。

『彼岸は我々の手が届かぬところだ』

肩をすくめてジョルジュが返すと、

『何があっても、

 自分の力で解決しないとならない。

 あの子もいつの間にか大人になったのね』

アカギは感慨深そうに言う。

『まるで息子を送り出した親のようなことを言うな』

『まぁね。

 小っちゃい頃から知っているから、

 しかし、樹怨…イザナミの懐に飛び込むなんて、

 無茶しちゃって、

 一つ対応を間違えると大変なことになるというのに』

『私はこれから上に報告に行く、

 何かあったら知らせてくれ』

そう言い残してジョルジュが立ち去ると、

『さて、閻魔…イザナギですら難儀した相手に

 息子はどう対処をするのか。

 そして、迎えるイザナミはどうするのか。

 興味が無いといったらウソになる』

そう呟くと、

ブーーブーー

アカギのポケットに入っているスマートホンが鳴り響いた。

『来たわね』

地上にいる助手のイブキからの着信であることを確認すると、

『イブキ?

 監視役、

 ご苦労さま』

の声と共に電話にでる。

『どう?

 そっちは?

 え?

 コエンマの結界を突き抜けて内部に入り込んだのがいる?

 あらまぁ…

 やはり当てにならないのね、

 あの子の言う”完璧”って。

 じゃぁ、玉屋に伝えてくれない?

 コエンマが”彼岸”に渡ったって…

 それと、

 お願いしていた例の件はどうなって…

 あっ

 ちゃんと手筈通りしてくれたのね。

 ありがとう。

 では、引き続き、監視よろしくね』

イブキとの会話を終えて終話ボタンを押すと、

『…さて、

 次は彼からの通信を待つとしますか。

 上手く中継が成功すれば対応を立てやすくなる。

 あの子のことだから絶対、因果律の修正を図るでしょうし、

 そうなるとそれなりの大仕掛けが必要になるもは必定。

 一応、出かける前に準備はしていたみたいだけど、

 転ばぬ先の杖…アンカーは多い方が良い。

 そのアンカーが生きるかどうかは、

 まぁ彼次第だけど』

そう呟くと視線を上へと向けた。



一方、時は止まり漆黒の闇に包まれている沼ノ端では

サッ…

闇の空を切り裂いて淡い影が動いていくと、

一直線に智也のマンションへと向かっていく。

サッ

サッ

影は屋根を次々と飛び越えて

マンションのベランダに降り立つと、

ススス…

影は閉じられた窓から部屋の中へと入り込み、

何かを探すような素振りを見せながら移動していく。

やがて、カウンターの上に置かれた鉢に気づくと、

鉢の中を確認するような動きを見せた後、

コクリと頷くと、

シュルンッ

影は淡く小さく輝く光の球となって鉢の中へと収まっていく、

そして、その鉢の中では、

ちょこんと座るように開いた小さな葉が淡く輝いていた。



『里枝さんっ

 彼岸が近くなってきました』

川面の上を滑るように動く魔方陣の上で

鍵屋は鍵錫杖で対岸を指し示すと、

『あれが…

 ”向こうの世界”

 …なんですね』

植物の葉に身体を覆われている三浦里枝は

唯一残っている人間の器官”目”を見開いて彼の地を見つめる。

『えぇ、あれが”向こうの世界”

 そして、樹怨が治める世界です』

迫ってくる大地を見据え鍵屋はそう念を押すと

それから間もなくして

魔法陣の下に彼岸の地が広がる。

「けど、鍵屋さん。

 ここからどうやって樹怨の所に行くんだ?

 このまま空飛んでいけるのか?」

左右を見回しながら

上を飛ぶ岬健一は樹怨の姿を探すフリをすると、

『一旦、降りましょう』

鍵屋の言葉とともに里枝やトモエ

そして、健一が彼岸の地に降り立った。

『こちら、チャンネル10っ

 チャンネルSぅっ

 聞こえますか、オーバー?』

彼岸に足を着けた途端、

トモエはインカムのようなモノを頭につけると、

誰かに向かって話し始めた。

「誰と話をしているんだ?」

それを見た健一がトモエに近づいていくと、

「トモエ、

 お前、誰と話をしているんだ?」

と問い尋ねる。

『ひみつっ』

その問いにトモエは短く答えると、

トトト

と距離を開け、

『ーえっ、

 こちらの状況をお伝えいたします。

 天気は曇り時々晴れ、

 南南西の風、風力2、

 視界はほぼ良好であります』

と話を再開した。

「なぁ、鍵屋さん。

 あれもアンタが渡したのか?」

トモエのインカムを指さして健一は尋ねると、

『いえ、あれは…僕が扱っている商品ではありません。

 トモエさんっ

 すみませんけど、

 それを貸していただけませんか?』

鍵屋はそう言ってトモエからインカムを借り受けると、

『もしもし?』

とマイクに向かって話しかけた。

すると

『…鍵屋かぁ、

 …なんぞトラブルでもあったか?』

スピーカーの向こうから柵良の声が響いてきた。

『柵良さん、でしたか、

 相手をされていたのは?』

『…おぉ、

 …面白いモノを扱っているんだな、

 …お主の商売は』

『え?

 いえ、私は扱っていませんが、

 柵良さんこそ、

 誰からこの無線機を預かったのですか?』

『…トモエからじゃ。

 …お主らが出かける直前にのっ

 …お主がトモエに渡したのではないのか?』

『はぁ…
 
 まぁちょっと確認してみます。

 どちらにしても

 柵良さんの声が聞こえるのは助かります』

そう言って鍵屋は通信を切ると、

『相手をしていたのは柵良さんでした。

 トモエさんから無線機を渡されたそうです。

 ここでトモエさんに尋問するわけには行かないし、

 仕方がありません。

 この無線機はしばらく不問にしましょう』

と健一に向かって言うと、

手にしたインカムをトモエに返した。

「まぁ、柵良さんと会話できるのは助かるけど、

 でも出所が判らないというのが怖いな」

鍵屋からインカムを受け取ったトモエを見ながら

健一は腕を組むと、

『こちらチャンネル10

 チャンネル0、応答願います』

とトモエは話しかける。

そして、

『チャンネル0、応答確認。

 こちらチャネル10っ、

 チャンネル0、そちらの状況をお伝えください』

と会話を続けていた。 

「それにしても、

 彼岸と言っても沢山の砂山があるだけで

 有り難みのない世界だな」

幾重にも砂山が重なる荒涼とした景色を背景に

健一は歩いていくと、

トンッ

彼の肩に何かが当たった。

「あっすみません」

反射的に謝って横を向くと、

『………』

健一の横には人間の背の高さほどの”存在”があり、

野球ボールサイズの透明な四角いブロックがつみあがった体を

ギシギシと音を鳴らしながら揺らめいていた。

「うわっ

 なんだこれぇ!」

思わず声を上げてしまうと、

グンッ

彼の手が引かれ、

『お静かに願います』

と鍵屋は口先に人差し指を立てて警告し、

『こちらに…』

里枝とともに手を引いていく。



「鍵屋さんっ

 あれは何だ?」

離れた場所から健一はブロック状の物体を指さして尋ねると、

『あれは…

 この世界の住人です』

と鍵屋は言う。

『住人って…』

それを聞いた里枝が聞き返すと、

『三途の川を渡り、

 川の水で浄化された死者の魂です』

と付け加えた。

「三途の川を渡ったらあんな姿になるのか?」

驚きながら健一は聞き返すと、

『ここは川の近くですから

 まだ、あのような人に近い姿をしていますが、

 磨かれていきますと、

 ブロックは次第に丸みを帯びながら数を減らし、

 最後に一つだけ”珠”が残ります。

 その”珠”こそが、

 死者が今生…現生にて積み重ねてきた”業”であり、

 わが父・閻魔はその”珠”を以て沙汰をするのです』

「ほーっ、

 じゃぁ何か、

 この彼岸というのは珠磨きの場。という訳か」

『そうです。

 そして、ここにたまっている砂は、

 死者たちから削り出され、

 零れ落ちた”理”の粉末であり、

 樹怨はこの”理”を回収し浄化して、

 大循環・円環へと送り出すのです』

「樹怨っていやな目に散々遭ってきたから、

 イヤな奴としか思っていなかったけど、

 こうして聞くと、

 魂の世界の下水処理場のような存在なんだな」

『まぁ、

 人間界的に言えばそうですけど。

 そうだ、

 折角ですから、トリビア的なコトを一つ。

 あなた方がよく言う幽霊というものの存在を口にしますね。

 三途の川から渡ったばかりの死者は見ての通り、

 あのような姿で川に近い場を放浪しています。

 そして、ある条件が整っていくにつれて、

 球へと磨かれ、

 ブロックの数を減らしながら、

 奥へと進んでいきます。

 では問題です。

 このある条件とは何でしょう』

と鍵屋は里枝と健一、そしてトモエに向かって問題を出した。

「って、ここでクイズかよっ」

『そんなこと言われても…』

『???』

三者三様の反応を見せると、

『答えは…

 ”未練”です』

と鍵屋は言う。

『未練?

 ですか?』

『はい、未練といっても、

 死者の未練ではありません。

 ここでいう未練とは

 向こう岸、此岸からの…人間界からの未練です。

 生きている者が達が放つ未練が、

 彼岸に渡った死者を川近くに引き留めるのです。

 そして、未練が薄れて行くにつれて、

 死者は珠へと磨かれながら、

 川から離れていきます。

 幽霊という存在は、

 いわば川近くにとどめられた死者が、

 蜃気楼のごとく人間界から見えてしまう現象であって、

 それ自体には害はないのです』

「ふーん」

鍵屋の話を健一は関心しながら聞いていると、

『あの…』

その言葉と共に里枝は手を上げた。

『なんでしょう』

『サトは…

 いまどこに居るのでしょうか』

『そうですね』

里枝からの質問に鍵屋は少し考えるそぶりを見せたのち、

『サトさんは自分の意思で

 まっすぐ上へと向かっていきました』

指を上に立てて言う。

『上に…ですか?』

『はい、

 サトさんは自分を縛っていた柵を切った後、

 上、恐らく、沼ノ端に向かったと思われます』

「沼ノ端って、

 鍵屋さん。

 アンタが封印したんじゃないのか?

 そんなところに帰れるの?」

『本当に帰ったかどうかまでは、

 ここから確認をする事は出来ません。

 ただ、サトさんが残した光跡は

 沼ノ端の方角に向かってまっすぐ伸びていました』

『そっか、

 沼ノ端に帰ったのね』

話を聞いて里枝は少し安心した表情を見せると、

「それなら希望がありそうな気がするな。

 俺たちがこの事件を解決して沼ノ端に戻ったら、

 出迎えてくるかもしれないし」

と健一は言う。

『まさにそれです。

 僕はこう思っています。

 サトさんが上に向かったのは、

 沼ノ端で待つ。

 智也さんを必ず連れて戻ってこい。

 ということじゃないのかと』

鍵屋がそう指摘すると、

里枝の表情が動き、

『そっか、

 …責任

 …重大だね』

と呟いた。

そして、その言葉を受けて、

健一が何かを言おうとしたとき、

スッ!

彼岸の奥から一筋の光の柱が天空に向かって伸びると、

そして柱が高度を増していくのにあわせて

太さも2倍、3倍、5倍と膨れあがっていく。

「おいっ、

 あれは、沼ノ端で見たのと同じ奴だ」

柱を指さして健一が声を上げると、

『光の世界樹…樹怨。

 僕たちが川岸でノンビリしているので、

 差し詰め”早く来いっ”と言っているのでしょうね』

柱を見つめながら鍵屋は言うと、

と同時に、

ドォォンッ!

突然、爆音がなり響き、

ほど近いところで煙が立ち上った。

「なんだぁ?」

『爆発?』

突然の事に鍵屋と健一は呆気に取られていると、



『敵襲ぅぅ!』

トモエの叫び声が響くと、

『退却ぅぅ!!!!』

その声を上げながら、

トモエが立ち上った煙の方角から駆けだしてきた。

「って、いつの間にあんな所に行っているんだ。

 しかも何かをやらかしやがって」

それを見た健一が怒鳴ると、

『ひやぁぁぁぁ〜っ』

地の底から響く悲鳴とうめき声が合わさった声を上げながら、

ゴワッ

黒い霧が地中から湧き上がると、

モクモク

と膨れあがってくる。

そして、

霧の中からは無数の痩せこけた腕が突き出すと、

逃げるトモエを捕まえるかのように蠢き、

その後を追いかけ始めた。

『あれは…

 黄泉醜女っ!』

黒い霧の中で蠢く影を見据えて鍵屋は言うと、

「鍵屋さん。

 下だけじゃなくて、

 上もお迎えが来たみたいだよ」

健一の声が響くや、

グエェェェ

沢山の八咫烏の群れを引き連れて、

巨大な八咫烏が周囲を飛び回り始めた。

『どうやら侵入者の認識をされたみたいですね』

鍵錫杖を握りしめて鍵屋は言うと、

「あったく、

 なんてことをしてくれたんだよ。

 トモエは!

 俺達の彼岸潜入計画が台無しじゃないかっ」

と健一は怒鳴り声を上げると、

『どうする?』

それらを見ながら鍵屋は判断に迷った。

すると、

「烏は俺が相手をする。

 トモエを頼む」

健一はそう告げると腰の羽を広げ、

迫る八咫烏に向かって飛び上がっていった。



『そっちはお願いします!』

『私たちも』

健一を見送った後、

里枝もトモエの救出のためすぐに動こうとするが、

しかし、

『うっ

 うん…』

彼女の体は自分の意志に反して、

緩慢な動きしかできなかった。

『無理をしないでください。

 あなたは樹なんですから』

鍵屋は動こうとしている里枝を制し、

『樹怨のところに向かうまで、

 植物にはならないでください。

 陣を張り直します。

 それで移動しましょう』

その声と共に、

バッ

鍵屋は自分の足元と里枝の足元に魔法陣を張ると、

フワリッ

宙に浮いて見せる。

そして、

『いま助けに行きますっ』

の声と共に鍵屋と里枝は

黒い霧から逃げるトモエに向かって飛んで行った。



『きゃぁぁぁぁ!!!』

背後から迫ってくる黒い霧からトモエは全力疾走していると、

ヒュンッ

その霧の背後から魔方陣に乗る鍵屋と里枝が迫る。

『黄泉醜女は目が合った最後の者を闇へと引きずり込みます。

 私が前に回って囮となって黄泉醜女の引き、

 その隙にトモエを回収します。

 スグにあなたに向かってトモエを渡しますので、

 必ずキャッチしてください』

飛びながら鍵屋は里枝に指示をすると、

『判りましたが、

 鍵屋さんはどうされるので』

と里枝は聞き返す。

『黄泉醜女を思いっきり引きつけたところで、

 封印術をもって封印いたします。

 その間に里枝さんはトモエを連れて奥へ向かってください。

 大丈夫ですよ。

 僕は閻魔の息子です。

 黄泉醜女ごときに倒れはしません』

不安そうな表情を見せる里枝に向かって

鍵屋は胸を張って見せると、

『あなたって人は…』

里枝は小さく笑い、

『お任せいたします』

その言葉と共に鍵屋と里枝は二手に分かれた。



『ひぃぃぃ!!

 くるなぁ!!』

必死で逃げるトモエとそれを追う黄泉醜女。

だか黄泉醜女の群れは次第にその数を増してくると

トモエの行く手をふさいでいく。

そして、

『あーーーーっ!!』

ついに360度全てを黄泉醜女が埋め尽くそうとした時、

キンッ!

その一角に結界が張られるや、

悲鳴のような声を残して、

黄泉醜女の一団が消滅してしまった。

『え?』

突然消滅した黄泉醜女にトモエは驚くと、

『トモエさんっ、

 そこを動かないでください』

の声と共に鍵屋がトモエの前に降り立って彼女の身柄を確保するが、

黄泉醜女達は雪崩打って鍵屋へと迫っていく。

『くっ、早いっ

 仕方がありません。

 プラン変更ですっ、

 黄泉醜女っ

 私をよく見なさいっ』

迫ってくる黄泉醜女を見据え鍵屋は声を張り上げると、

シャリンッ!

鍵錫杖を構え封印術の詠唱を始める。

そして、鍵屋と目が合ったことで黄泉醜女は

鍵屋をターゲットに捕らえて迫ってくるが、

ズンッ!

一歩早く鍵屋を中心に結界が張られ、

黄泉醜女の群れがその中に入るのと同時に、

『ふんっ』

一気に彼の得意技・鍵封印術を仕掛けた。

鍵屋が発動した鍵封印術はブラックホールのごとく黄泉醜女を飲み込み、

その場に居た者、全て消滅してしまったのだが、

ボワンッ

ボワンッ

周囲の至る所から黒い霧が立ち上ると、

さっきよりも数を増して黄泉醜女がわき出して来る。

『やはり…』

想定外のことを予想していたのか、

事態の急変にもかかわらず鍵屋は落ち着いていて

尻餅をついているトモエを拾い上げると、

『これを必ず里枝さんに渡してください』

とトモエの耳でささやき、

取り出した鍵をトモエに握らせる。

そして、

『里枝さんっ、

 後はお願いします。

 さっきも言いましたが、

 躊躇わず樹怨の所に向かってください。

 僕は後から追いかけます』

と声を上げると、

確保したトモエの脇を抱え上げ、

新たに作った魔方陣に乗せると、

『行けぇ〜っ!』

のかけ声と共に里枝に向かって放り投げた。

『あ〜っ!!!!』

トモエを乗せた魔方陣は黄泉醜女の真上を飛び越え、

里枝の方へと落ちていく、

そして、

『ちょちょとぉ』

魔方陣とともに落ちてきたトモエを

里枝はすんでの所でキャッチして見せると、

『構わず行って下さい!!』

の声を残して鍵屋は飛び去り

黄泉醜女は群れとなって逃げた鍵屋を追いかけていった。




『くっ、

 困りましたね。

 封印しても、

 封印しても、

 黄泉醜女は次々と湧いてくる。

 これは手強い…』

魔方陣に乗る鍵屋は襲い掛かってくる黄泉醜女を次々と封印していくものの、

しかし、目が合った者を集団で追い詰め、

闇の中へと引きずり込む黄泉醜女の習性上、

その全てを封印しない限りこの状況からの脱出は不可能であった。

そして、鍵屋は地中から無数に湧き出てくる黄泉醜女の数に押され、

次第に魔力と体力を消耗し追い詰められていった。

『まだ慌てる時間ではないと思いますが、

 でも魔力の消耗が早すぎます…』

魔方陣を張る魔力が尽き、

地面の上に鍵屋は這いつくばってしまうと、

『こんなとこで…』

身体を震わせながら立ち上がろうとする。

しかし、

ここは彼の相棒である轟天号が来るには遠すぎる彼岸。

都合の良い救援を望むことは出来なかった。



すっかり、黄泉醜女の群れに取り囲まれてしまうと、

ズシャッ

ズシャッ

黄泉醜女お得意の包囲網が狭め始めていく。

『前にもこんなことがありましたね』

空を見上げて鍵屋はつぶやくと、

ギュッ

手にした鍵錫杖を握りなおし、

『諦めたらそこで試合は終了。

 っとそのとき監督の方から言われましたが、

 もぅ少し粘ってみますか』

挫け掛けた気持ちを叩きなおして鍵屋は立ち上がると、

迫る黄泉醜女を見据え、

力を振り絞って最後の封印術を仕掛けようとする。

すると、

『鍵屋さんっ!!』

包囲網の外から里枝の声が響くと、

魔方陣に乗って里枝が飛び込んできた。

『里枝さん。

 僕に構わず先に行っててください。

 そう言ったはずです』

降りてきた里枝に向かって鍵屋は怒鳴ると、

『トモエは安全なところに置いてきました。

 黄泉醜女は私が始末しますっ

 鍵屋さんは伏せてくださいっ』

と指示をする。

『え?』

彼女の指示に鍵屋は驚くと、

『黄泉醜女は最後に目が合った者を闇に引きずり込むのですよね。

 ならば私が黄泉醜女を見ますっ』

そう里枝は言う。

『無茶だ』

『無茶かもしれません。

 でも、鍵屋さんは以前言いましたよね。

 私は樹…

 樹はこの世界・彼岸の住民でもあるって、

 ならば私が黄泉醜女を退治することが出来るはずです』

『しかし、

 あなたは別に行う事があるはずです』

『親しき者達を犠牲にして前に進むことはもぅイヤなんです。

 だから、ここからは誰一人も抜けることなく、

 樹怨の所に行きたいんです。

 4人で行きましょう。

 樹怨の所に』

鍵屋を見ながら里枝は決心を言うと、

『黄泉醜女が迫ってきました。

 さぁ早く

 目を伏せて下さい』

と里枝は怒鳴る。

『くっ

 判りました』

里枝の言葉に従うと鍵屋はその場に伏せる。

里枝はそれを見届けると、

『黄泉醜女っ!』

迫る黄泉醜女に向かって呼び声を上げた。



響き渡った里枝の声が届いたのか

黄泉醜女達が一斉に振り向き里枝を見ると、

グッ

里枝も臆することなく黄泉醜女を見据える。

ウォォンッ

黄泉醜女の顔に開く2つの漆黒の眼窩が里枝を捕らえ、

それと同時に放たれた呪がしっかりと里枝の身体を捕捉する。

『うわっ

 まさに呪縛…』

無数の眼窩から放たれた呪縛の力を里枝は実感すると、

黄泉醜女は奇声を発しながら彼女を取り囲んだ。

そして、鍵屋の時と同じようにじりじりと包囲を狭めていく。

『そう簡単にやられませんよっ』

迫ってくる黄泉醜女に対して里枝は言い返すと、

ザッ

身体を包む葉を鳴らしながら

里枝は乗ってきた乗ってきた魔方陣にしがみつくと、

『いけっ!』

と魔方陣に命じた。

すると、

魔方陣はしがみつく里枝を乗せて舞い上がるが、

黄泉醜女も舞い上がる里枝に飛びつくと、

1体、また1体と

彼女の身体に絡みつき数を増していく。

そして、

急激に増える黄泉醜女の重みに魔方陣が失速して墜落してしまうと、

ゾゾゾゾゾっ

待ち構えていた黄泉醜女は一斉に飛びつくと幾重にも重なり

ついには黒き繭となって里枝を包み込んだ。



『里枝さぁんっ』

繭に向かって顔を上げた鍵屋は声を上げるが、

周囲に残っていた黄泉醜女も鍵屋を無視して、

繭に向かって飛び込むと繭の一部となっていく。

『鍵封印…』

鍵錫杖を手に鍵屋は繭の封印を行おうとするが、

しかし、魔力の回復できていない彼にとって、

繭の封印など出来るはずがなく、

『くそぉ!』

何も出来ないもどかしさからか、

鍵屋は感情的になって手にしている鍵錫杖を叩きつけようとした。

『鍵屋さん。

 私は大丈夫です』

と里枝の声が繭の中から響いてきた。

『里枝さんっ』

その声に鍵屋は顔を上げると、

『この程度のこと、

 サトの時を思えばなんともありません』

気丈に里枝はそう言うものの、

ズズズズズ…

繭の下がつぶれるように沈み始めると、

繭全体がゆっくりと地の下、暗黒へと沈め始めた。

『…黄泉醜女達よっ

 私に何をしても無駄。

 なぜなら、

 私はあなた達と同じ存在なのだから』

繭の中で幾重にも重なって自分の体に絡みつく

黄泉醜女に向かって里枝は話し掛けると、

フッ

とサトの事を思いだし。

そして、

『…サト、上から私で見ているのかな。

 …それなら、ここで決めなきゃ女が廃るってね。

 …黄泉醜女をまとめて料理する気合いのレシピ、

 …見せてあげましょう』

里枝は心の中でサトに向かってそう言うと、

『…私に宿る樹の力、

 …全て開け!』

そう唱えながら、

グッ

里枝は力を込めた。

すると、

ボコッ!

里枝の胸元がブドウの房のごとく幾つもの膨らみを生じさせると、

ボコッ

ボコッボコッ

それらの膨らみが急激に膨らみを増していく。

そして、

『んぐっぅぅ』

閉じた彼女の口が何かを抑えるかのように大きく膨らむと、

『んぐっ

 ングッ
 
 グゥゥゥゥ…』

見開く目が白目へと代わり、

さらに口が膨らむと、

ボコッ

ボコボコボコッ

今度は里枝の体の至るところから無数の膨らみが盛り上がり、

盛り上がっていくそれらの膨らみの中に

白目を剥いた里枝の顔が没していった。

そして、

ボコンッ

里枝の顔のあったところに新たな膨らみが膨らんでくると、

ニュルッ

膨らんだ房の隙間という隙間から白い根毛が湧き出し、

取り付いている黄泉醜女を次々と絡め取っていく。

こうして繭の中を里枝の身体から出てきた根毛が充満していき、

黄泉醜女を絡め取っていくと、

グシャッ

里枝に近い所に居る黄泉醜女から膨らむ房の圧力で押し潰され、

磨りつぶされてしまうと、

繭の中を充満する根毛から里枝の身体へと吸収されていく。

こうして捕らえた里枝を暗闇へと葬り去るはずの繭が

逆に黄泉醜女達が捕食される場となり、

繭を形作る黄泉醜女が数を減らしていくに合わせて、

繭は変質しながら萎縮していくと、

闇に没する事なくの植物の”種”へと姿を変えしまった。



”種”と化した繭の姿を目の当たりにした鍵屋は、

『このようなこと…

 見たことがありません』

と呟くと、

「いったい、

 何が起きているんだ?」

上空で八咫烏と対峙している健一もまた、

地上で繭から種へと姿を変えた事に驚くが、

『ぐぇぇぇぇぇ!!』

しかし、彼にはそのことに手を貸す余裕はなかった。

「しつっけーんだよっ、

 てめえは!」

怒鳴りながら健一は八咫烏に向かって弾丸マシンガンを放つと、

「そんなに俺とかかわりたいのなら、

 バレエでも踊っていろ」

『かーわるんるん!』

のかけ声と共に、

コスチュームを青いチュチュ・トゥシューズ姿に変えると、

八咫烏に向かって華麗にバレエを舞い踊って見せる。

そして、

『ちょぃーーーっ!』

健一が放ったバレエの舞いに封じられた

八咫烏の群れがその声を残して昇天してしまうと、

「ふっ、

 俺、完璧っ」

チュチュ姿の健一はレベランスを決めて見せ、

「里枝ちゃーんっ、

 何が起きているか判らないけど、

 俺が行くまで

 がんばってくれーっ」

と声を上げた。



ググググググッ

繭の中の黄泉醜女をすべて取り込んだのか、

”種”の萎縮は止まり、

今度は逆に膨らみ始める。

そして、

ビシッ!

その殻に亀裂が入ると、

”種”の膨らみに合わせて殻の亀裂がさらに広がり、

バキッ!

ついには殻が2つに引き裂けてしまうと、

ヌォッ!

殻を割り真っ白い芽が発芽をする。

『なんだ、

 これは…』

驚く鍵屋をよそに

ヌォォォォッ

発芽した芽は頭をもたげていくと

芽の下から姿を見せた白い茎が成長しながら、

芽を上へ上へと持ち上げていく。

そして、

立ち上がった鍵屋の頭の上で

膨らみ始めた芽の下に花託が膨らむと、

その花托に支えられ芽は大きな白玉を思わせる肉塊となって空を向く。

一方、白い茎の根元では白い毛根と共に、

植物の葉と同じ構造の白くて長い葉が湧き出すと、

茎が倒れないように力強く支えた。



『里枝…さん?』

真っ白で凹凸もなにもない白玉状の肉塊を見上げながら鍵屋は話しかけると、

ぬーっ

ぬーっ

白玉は左右に首を振るように動き、

ゆらゆらと体を揺らしてみせる。

『里枝さんっ

 なんて姿になったのですか

 これじゃぁまるで…』

と言いかけたところで、

ぬーっ

白玉が鍵屋に迫り、

その眼前で止まって見せると。

白玉の全体から無数の白い根毛が噴出してきた。

そして、鍵屋に向かって根毛を伸ばすと、

その体をなでる様にうごめいていく。

根毛が一通り鍵屋を探ると、

クポンッ

白玉に穴が一つ開き、

『……この気配。

 …鍵屋さんですね。

 …あぁ無事でよかった』

と開いた穴から里枝の声が響いた。

『ぼっ

 僕が判るのですか?』

白玉に向かって鍵屋は聞き返すと、

『ものを見る。

 ということは出来なくなったみたいです。

 でも、全身で感じることはできます。

 なんていうか、

 感覚がなんでも感じるように思えるのです』

と白玉は返事をする。

『そうですか、

 でも、あなたのお姿は…もぅ』

そう鍵屋は言うと、

『申し訳ありません…

 よく聞き取れません』

白玉はそう返事をする。

と、その時、

「里枝ちゃーーーん」

八咫烏をすべてバレエ技で昇天させた健一が戻ってくるが、

鍵屋の前に立つ白い化生を思わせるものを見た途端、

「なにこれぇ!?」

健一は声を失った。



「こっこれが

 里枝ちゃんだって」

白い茎を伸ばす白玉を見上げながら、

健一は目を丸くすると、

クポッ

白玉に穴が開き、

『岬君っ

 そこに居るの?』

と里枝の声が響いた。

「うわっ、

 その声は本当に里枝ちゃんだ。

 どうしてこんな姿になったんだよ」

白玉に向かって健一は悲鳴に近い声を上げると、

その場に座り込んでしまった。

「で、どうするんだよ、

 鍵屋さん」

茎を伸ばしゆらゆらと蠢く白玉を背に、

青スカートを腿に挟み込んで体育座りをする健一が

鍵屋にこれからのことを尋ねると、

『………』

返答に困っているのか鍵屋の口は重かった。

「こうなったら俺が担いでいくかぁ」

立ち上がった健一がそう言いながら白玉の茎に触ると、

クポッ

『あんっ

 やさしく触って、

 感じちゃうの』

と上ずった里枝の声が響いた。

「あのなぁ…」

それを聞いた健一はその場に蹲って頭を抱えると、

クポッ

『みんな揃ったみたいだし、

 樹怨のところに行くんでしょう』

と白玉は尋ねる。

「行くけどさ、

 その姿でどうやって行くんだよ」

白玉に向かって健一が言い返すと、

クポッ

『…あの、

 …私っていまどんな姿になっているの?』

と尋ねた。

「え?

 それも判らないの。

 変も変、

 一言で言えば…タンポポ

 そう、何もかも真っ白なタンポポだよ

 いまの里恵ちゃんは」

クポッ

『タンポポって

 そんな、

 私、タンポポになっちゃったの』

健一の言葉がショックになったのか、

気を落としたように白玉が下を向いてしまうと、

「え?

 あっ、

 いや、ごめん。

 言い過ぎた」

と健一は慌ててフォローをする。

すると、

『おもしろいーぃ』

の声と共にトモエが戻ってくるなり、

興味深そうに白玉を見上げた。

「あっトモエ!

 どこで油を売っていた。

 元を正せばお前が余計なことをしなければ、

 里枝ちゃんはこんなことにならなかったんだぞ」

腕まくりをして健一が怒鳴ると、

『んーと』

健一を無視してトモエは白玉を見つめる。

そして、

『!!っ』

何かを思いついたのか、

鍵屋の所に行くと

ポショポショ

と耳打ちをした。

『はぁ、

 まぁ在りますが』

と鍵屋は納得のいかない顔をして見せると、

ニコリ

トモエは満面に笑みを見せる。



「何を始めたんだ、

 トモエは」

『顔料を分けてくれ、

 と言われましたで…』

健一と鍵屋が見ている前で、

鍵屋から在庫の顔料を分けてもらったトモエは、

同じく在庫の水鉄砲にその顔料を詰めると、

二人に向かって再び笑みを見せる。

そして、準備が終わり白玉を見据えると、

『いっかーっ』

のかけ声共に

シュワァァァァァ!!!

白玉に向けて顔料を吹きかけ始めた。

クポッ

『トモエなの?

 何を始めたの?

 やめて!』

吹きかけられる顔料から避けようとしているのか、

白玉は実をよじらせながらそう言うが、

しかし、トモエは吹きかける作業をやめようとしない。

こうして白玉が至る所を白抜きで赤く染められ、

茎や葉が緑色に染められていくと、

「え?

 あれ?

 これって」

健一は白玉がどこか見覚えがある姿になって来ていることに気づき、

「あっ

 あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

と指さして大声を張り上げた。

『なんです?

 これは?』

まだ意味がわからない鍵屋が首をひねっていると、

『これにそっくりに出来た』

とトモエは言いながらゲーム雑誌を広げてみせる。

そして、そこには配管工の兄弟が

亀の怪獣に囚われた姫を助けに行くゲームに出てくる。

巨大な口を持った植物怪獣の絵が描かれていたのであった。



「…里枝ちゃんになんてことをするんだ。

 …お前は!」

『…だってこうすると、

 …そっくりになるし。

 …みんな笑顔になる』

『…はぁ

 …まぁ確かに似ていますね』

『…鍵屋さぁんっ

 …感心しないでください』

(ゴボゴボ…ひぇぇぇぇ…〜)

「…げっ黄泉醜女っ

 …まだ居たのか」

(!!っ

 クバァ!

 ガブッ

 クチャクチャ……ゴクン)

「…ちょっと

 …里枝ちゃんっ

 …何をやっているの」

『クポッ

 …あっごめん、

 …つい反射的に黄泉醜女、食べちゃった』

…………

『まったく何をやっているんだか』

閻魔大王庁内の発令所にて

モニター画面を見ていたアカギは呆れてみせると、

『アカギさん?

 何を見ているんです?』

と話しかけられる。

『えぇ…

 ちょっと中継動画を』

そう返事をすると、

『イベントか何かのですか?』

『うん、まぁそんなところかな』

『はぁ…』

『地獄に居ながら彼岸からの生中継が見られるなんて。

 時代は進むものよねぇ

 さて、コエンマは、

 この状況をどうするつもりなのかしら』

席を立ったアカギはそう言うと、

発令室から去って行った。



つづく