風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act4」
(第拾壱話:樹の命、花の魂)


作・風祭玲

Vol.1108





『……

 …さきほーこ…る…

 …はーなのー

 …かおり…とべー

 ……

 …かおりーよー…

 …とーどけ…

 …よっみの…はてぇ…』

無人の店内に歌声が響き渡ると、

ガラガラッ

ガラガラッ

ガラガラッ

その歌を口ずさみながら、

人間サイズになった里枝の分枝妖精であるサトは

手にした手斧を引きづり

店内に張り巡らされた通路を歩いていく。



『困りました』

三途の川を望む賽の河原で

鍵屋は困惑した表情を見せると、

「やっぱり…

 私のせいかな」

里枝は森の中でサトに向かって言った言葉を後悔する。

しかし、

「覆水盆に返らず、

 口から出てしまった言葉をひっこめることはできないよ。

 大事なのはいかにフォローして、

 相手に納得してもらうかだ」

岬健一は緑の葉が覆う里枝の肩を叩いて見せると、

「うっうん」

里枝はばつの悪そうな顔をして見せる。

「とにかく、

 いまはサトちゃんを見つけて、

 謝って説明をするしかないでしょう」

気遣うように巫女神夜莉子は言うと、

「問題は…」

「どこに行ってしもうたか。

 じゃな」

「心当たりはないの」

サトの行き先について里枝に尋ねると、

それらの視線を反らすように、

「心当たりと言われても」

里枝は背後の”虚飾の街”に顔を向ける。

その時、

『ねぇ、ドスコにいるんじゃない?』

とトモエは街中に聳え立つショッピングセンターの建物を指さした。

「なぜ、そこだと判るのだ?」

柵良が理由を尋ねると、

『だって、

 あそこしか面白いところないじゃない』

と無邪気に言う。

「なるほど、ドスコか…

 確かにこの賽の河原の近くで

 気を紛らわせるとしたらあそこしかないな」

頭を掻きながら健一は言うと、

『手分けして探しましょう。

 里枝さんはここに残ってください』

と鍵屋は里枝に残るように言う。

しかし、

「いいえ、

 私も行きます。

 私に責任がありますし」

『しかし、

 その足では』

里枝の返事を聞いた鍵屋は、

樹化の進行により根が張り出し

歩行が困難になりつつある里枝の足を指摘すると、

「ここは樹には辛い世界らしく、

 根っこが地面に潜ろうとしないんです」

と安心した表情で言う。

「根の働きをしないのか?」

「うん…

 体の樹化は確実に進んでいるんだけど、

 根は全然…

 だから、まだ動けます」

「そうか」

『判りました。

 人数が限られていますし、

 ここは一人でも多い方がいいです。

 でも、里枝さん。

 あまり無理をしないでください』

鍵屋が注意すると、

「判っています」

里枝はそう返事をし、

皆は賽の河原を離れドスコへと向かって行った。



『では、私と健一さんは専門店街や劇場を調べましょう』

「わしと夜莉子はスーパーの下の方を確認する」

「トモエと私は上の衣料品売り場を見ます」

「頼んだぞ!」

「はーぃ」

それらの言葉を交わし3方に分かれる。

「ねぇ、トモエ…

 サトってどこにいるのかな?」

足を引きづりながら里枝は同行のトモエに尋ねると、

『そんなの…

 判るわけないじゃない』

と頭の後ろに手を組むトモエはあっさりと答えた。

「まぁ、そうだけどさ」

その返事に里枝は肩透かしを食らうと、

『でもさ、

 サト、急に変わったね。

 なんか遠くに行っちゃった。って感じ。

 みんなが言っているように、

 花粉を浴びて心が成長しちゃったのかな』

少し寂しそうにトモエはつぶやく。

「仲が良かったもんね」

トモエの肩を叩きながら里枝は言うと、

『あたしを置いていくなんて、

 サトのバカ』

トモエはふくれっ面をして見せる。

やれやれ

という顔を里枝はして見せると、

上の階に向かう階段下へとやってきた。

「上の階って気安く引き受けたけど、

 これって無理じゃないかな」

上に伸びる階段と自分の体を見比べながら里枝は表情を硬くすると、

『エレベータ、動くよ』

トモエの声が響いた。



「電気、どこから来ているのか考えないほうがよさそうね」

明かりが灯るエレベータに乗り、

『上に参りまーす』

トモエの声が響くと二人が乗ったゴンドラは上層階へと向かう。

「へぇ…」

降り立った里枝はフロアが商品であふれている様子に驚くと、

根を引きずりながら棚に置かれているファッション小物や、

ハンガーにかかる衣料品に手を伸ばしてそれらを手に取ると、

素材などを確かめながら

「何も変わらない。

 偽物の街なのに…

 でも置いてあるものは本物。

 向こうに向かう死者のための餞だから、

 なのか」

里枝はこの世界の本質を再確認する。

そして、

「あーぁ、

 だからって、

 最新ファッションをこんなに取りそろえちゃってぇ、

 人間の服を着ることができない私へのあてつけ?」

と不満そうに声を上げると、

木肌に覆われ樹枝と化した自分の手を見る。

「あの時と同じ、

 もぅこんなに樹になっている。

 こうして動けるだけマシだけど、

 でも、内臓を吐き出したら 

 私はどうなっちゃうのかな

 ねぇ、トモエっ、

 私ってまだ人間に見える?」

傍にいるはずのトモエに向かって里枝が尋ねたが、

しかし、返事が返ってこなかった。

「トモエ?」

左右を振り返って彼女の姿を探すものの、

里枝の周囲にはトモエの姿はなかった。

「トーモエっ

 どこにいっちゃったの?

 単独行動をしないのっ、

 迷子になったらどぅーするのっ」

無人の店内に里枝の声が響き、

ザザッ

ザザッ

ザザザ

体を覆う木の葉と、

根を引きずる音を上げて里枝は移動していく。

「本当にもう…」

フロア中央付近の広場で

里枝は苛立ちながら膨れて見せたとき、

バタンッ

バタンッ

ガラガラガラ!!!

突然、フロアの防火ドアや防火壁が作動し隔離をはじめだした。

「え?

 え?

 え?」

突然のことに里枝は驚くが、

しかし、根を張りだしている身体故、

スグに逃げ出すこともできず

ガシャーン!

そのままフロアに閉じ込められてしまった。

「鍵屋さーん」

「岬くーん!」

「誰かぁ」

里枝は大声を出して助けを呼ぶと、

『かーれきにぃー

 はーなをー

 さかせー

 ましょー』

サトの声が響き始めた。



「サト?

 いるの?」

姿が見えない声の主に向かって里枝は話しかけると、

『………』

歌は止むものの返事は返ってこなかった。

「サト、

 どこにいるの?

 防火扉を閉めたのはあなたなの?」

サトの姿を求めて里枝は動き出すと、

途切れていたサトの歌声が響き始める。

「サトぉーっ!

 いるのぉ?」

「どこにいるの?

 歌ってないで、

 返事をしなさーぃ」

「ケンカのことなら謝るからっ

 ねぇっ

 返事をして」

姿が見えないサトの姿を求めて里枝は陳列棚の中を回っていくと、

サッ

彼女の視界に動く影が入った。

「サトぉ?」

それに気づいた里枝が影が動いた方へと向かっていくと、

サッ

サッ

影は動き里枝はそれを追っていく。

その繰り返しに次第に里枝はイラついてくると、

「もぅ、いい加減にして!」

と声を荒立てた。

すると、

『あぁ、怖い怖い。

 鬼さん…こちら…

 手の鳴る方へ…』

歌ではなく嗾けるような声が響く。

「もぅ、いい加減にしなさぁい!!

 あなたと遊んでいる時間は無いのっ」

ついに里枝は怒り出してしまうと、

動く影を本気で追いかけ始めた。



だが、

サッ

サッ

サッ

影は逃げ出すわけでもなく常に視界の中を動きまくり、

そして、冷静さを失った里枝は剣幕を立ててて追いかけていくと、

試着コーナーへと向かい消えていった。

「そこにいるのね」

里枝は試着室の一室のカーテンが揺れているのを見つけると、

「サトぉ!

 鬼ごっこはこれで終わりよ」

カーテンが綴じらてている試着室に向かって声を掛けながら

シャッ!

カーテンを開くが、

しかし、そこにはサトの姿はなかった。

「居ない?」

無人の床面を見つめたのち、

里枝が顔を上げた瞬間。

キラッ

自分の背後で何かが光り、

と同時に、

「きゃっ!」

短い悲鳴を上げて咄嗟に身を攀じると、

ガァン!

里枝の真下で大きな音が鳴り、

ギシッ

鈍い光を放つ手斧が試着室の床板に突き刺さっていた。

「っ!!」

その光景に里枝は顔を引きつらせると、

『残念、

 仕留めそこなったか』

の声とともに人間サイズのサトが姿を見せる。

「さっサト。

 あなた。

 いま。

 何をしたの」

震えながら里枝は声を上げると、

『何をしたって、

 うふふふ、

 間引きよ、

 間引き。

 私の振りをしている醜い樹の化け物…

 そう、お前を間引くの』

と指さして言い、

ガコンッ

突き刺した手斧を引き抜くと、

「今度は失敗しないわ、

 真っ二つにしてやる」

その言葉と共に手にした手斧を振りかぶって見せ、

ギラッ

躊躇いなく振り下ろされると

ガァン!

刃先は空を切り、

試着室の壁を切り裂いた。



「いやぁぁぁぁぁ!!!!」

フロアに里枝の悲鳴が上がると、

ザザザザッ

葉の音を立てながら

里枝は衣料品を下がるハンガーが並ぶ一角に飛び込んでいくが、

その後を手斧を手にしたサトが踏みしめるように追いかけ、

里枝が隠れたハンガーめがけてそれを振り下ろした。

ガシャーン

カゴーン

手斧の刃先がハンガーのパイプにあたる音が響き渡り、

『隠れてないで出てきなさい。

 化け物っ!』

と叫ぶサトの声が追って響く。

そして、

『そこかっ』

崩れ落ちた衣料品の山の下から木の葉が覗いているのを見つけると、

手を伸ばして里枝の体をつかみ、

引きずり出すように引っ張った。

「いやぁぁぁ!」

衣料品の下から悲鳴を上げる里枝をサトは引きずり出すと、

足蹴にしてフロアの柱へと突き飛ばす。

「なんで、

 なんで、

 こんなことをするの?」

目の前で仁王立ちになっているサトに向かって

里枝は声を張り上げると、

『なんで?

 さっきも言ったじゃない。

 間引くんだって、

 鉢の中にね。

 樹は二本要らないんだから』

とサトは言い、

手斧を構えなおす。

「間引くって…

 どうして、そんなに私を憎むの?

 私とサトは仲良しだったじゃない。

 仲良しだったころを思い出して!」

殺意を見せつけるサトに向かって里枝は言うと、

『仲良し?

 どこがっ、

 お前は私を分枝として見下げていたじゃない』

「見下げてなんかいない!」

『嘘を言うなっ、

 お前…

 私の記憶を堂々と盗んでいたじゃない』

「盗むって、

 そんなことしていない」

『へぇ…

 じゃぁ聞きますけど、

 分枝の私がお前から分かれて智也の元に降りたとき、

 お前は私の目を通して智也を見ていたでしょう。

 それを盗み見と言わないでなんていうのっ、

 でしかも、自分が動けるようになった途端、

 分枝の私なんてどうでもよくなって、

 智也が助けてくれるまで、

 あの鉢植えの中で放置っ

 虐待も程があるわっ』

「それは逆恨み…

 でもね、

 その話は分枝のあなたは動けない私に代わって

 智也のところに降りてくれたじゃないの?

 だからこそ、

 私に智也の様子を教えてくれたんでしょう?

 それに、

 鉢植えのことは気が付かなかったのよ、

 沼ノ端に来た途端、

 今回の騒ぎに巻き込まれたんだから」

『へぇ…よく言うわね。

 分枝の目を通して智也の様子を伺いしれたお前が、

 自分の分枝がどうなっているのかも判らないの』

「それは…」

『だから決めたの。

 自分の道は自分で切り開かないとダメって、

 じゃないと私は花を咲かせることは出来ない。

 お前の下で永遠に蕾のままなのよ』

「なんで、

 そんな話になるのよ」

『門の樹化人が教えてくれたわ、

 いつまでも聞き分けの良い良い子でいると、

 周りに都合の良い奴として扱われ、

 価値がなくなると見捨てられる。ってね。

 自分のようにならなければ、

 自分はどうしたいのかを持って、

 自分の道を切り開けって。

 だから決めたのよ』

「門の樹化人って、

 あなた、アレに何か言われたの?」

『教えないよっ、

 でもねっ

 話を聞いてよくわかったわ。

 私がどれだけお前に利用されてきたのか』

「サト

 あなたは騙されているのよっ、

 正気に戻って!」

『正気?

 私は最初から正気よっ、

 お前を間引いて智也を助けるんだからっ

 智也の鉢に居られるのはこの私なんだから!』

サトのその言葉に里枝はハッとすると、

「とっ智也は渡さない」

睨み付けながら里枝は言い返す。

『そう言うと思ったわ。

 一つの鉢植えに樹を二本植えることはできないのよ。

 鉢植えに根を張れる樹は一つだけ。

 もし智也という鉢植えに植わる樹がお前だとしたら、

 私はどうなるの?

 そういう場合って間引くよね』

「それは…」

『ふふふふっ

 そうよ、

 どんなに葉を広げて

 どんなに大輪の花を咲かせても、

 間引かれたらそこでおしまい。

 樹に命があっても、

 花に魂があっても、

 間引かれたらおしまいなの。

 だから私が間引く』

笑みを浮かべながらサトは言うと、

「サト…」

里枝は彼女の名前を呼び、

そして、口をかみしめると、

「間引かれないよっ」

と怒鳴った。

『なに?』

「あんたなんかに間引かれないっ、

 だって、

 三浦里枝はこの私なんだから、

 どんなことがあっても、

 私が智也を助けに行くのっ」

サトを睨み付けて里枝は言い放つと、

『ふーん、

 それがお前の答えね』

とサトは言う。

「え?」

『いいわ、

 お前はそう言うのなら遠慮はしないよ。

 バラバラにぶった切ってやる』

サトは手斧を振りかぶり里枝を見下ろした。

すると、

「うわぁぁぁ!」

声を上げて里枝が飛び出し下半身に抱き付き一気に押し倒す。

サトの手から手斧が離れ、

ガシャンッ

残っていたハンガーが倒れてしまうと、

樹の葉をまき散らしながら、

床に転がる手斧を巡って二人はもみ合う。

『このぉ』

「いやぁ!」

相手の頭をつかみ取れば、

手加減なく何度も床に打ち付け、

手斧の柄をつかみ取れば、

その柄先で相手の体に穴があくまで突きまくる。

肌を裂き、肉をえぐり

腕を捩じりもぎ取ろうとする。

容赦なく互いを傷つけ、

そして、互いの絶命を願いながら二人の殺し合いは続く。

しかし、床に広く薄く流れ出た二人の体液には赤味はなく、

淡い黄緑色をした樹液であった。



『往生際が悪いっ』

声を張り上げ髪を振り乱したサトが、

しがみつく里枝を突き飛ばすと、

ファッション小物を置いてある商品棚に当たり、

ガシャンッ

同時に商品棚が崩れ落ちると、

里枝はその下を這いずって逃げるが、

『逃がすか』
 
ガァン

咄嗟にサトが引き倒した商品棚が

里枝の足を押しつぶし切断してしまうと

「ぎゃぁ!」

里枝の悲鳴がフロアに響き渡った。



ガコンッ!

『そまでね…』

滅茶苦茶になった売り場にサトの影がゆらりと立ち上がると、

ガラガラガラ

手にした手斧を床に引きずりながら、

足が切断され動けない里枝へと近づいていく。

そして、

『さっきの勢いはどうしたの?

 無様ね』

とニヤリと笑って見せると、

「サト…」

サトを見上げながら里枝は彼女の名前を呼ぶ。

しかし、

彼女の口が歪むのと同時に手斧が振り上げられ。

その直後、

ズゴッ!

里枝の体を衝撃が走った。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

絶叫がフロアにこだまし、

ビシュッ!

吹き上がった体液が飛び散っていく。

「ごふっ

 ごふっ」

身を庇った左腕とともに里枝の胸は切り裂かれ、

樹液を吹きあげながら激しく咳き込んでみせると、

『苦しいの?

 化け物でも胸を切り裂かれると苦しむのね。

 いい気味。

 さっ引導を渡してあげるわ』

そう言いながらサトは手斧を握りしめ、

刃先を里枝の顎に当てると、

グイッ

と上を向かせる。

里枝は抵抗することなく、

口から樹液を流しつつ顔を上に向け、

そっと目を閉じる。

『良い心がけね』

サトはそう告げると、

里枝の上半身を引き起こし、

改めて手斧を振りかぶると、

『そうっれっ!』

の掛け声とともに、

ズゴンッ!

躊躇うことなく振り下ろした。



ブシャッ!

吹き上がった大量の樹液がサトの全身に掛かり、

振り下ろされた手斧の下では

切り裂かれた里枝が頭を床に着けていた。

『うふっ

 うふっ

 うふふふふふふ

 あははは

 あーははははは!』

フロアにサトの笑い声が響き渡り、

『邪魔者は間引いたわ、

 これで私は里枝よ』

と自分を抱きしめながらサトは喜びを表現してみせる。

そして、

動かなくなった里枝を見下ろすと、

『あら?』

その体から零れ落ち始めた”あるもの”が目に入った。

ぐちゅぅ…

手斧で切り裂かれた腹部より彼女の内臓が飛び出し、

押し出されるようにして次々と零れ落ちてくる。

『あっ!』

その光景を見たサトは里枝に近づき、

手を差し伸べると

零れ落ちてくる内臓をかき集め始めた。

『これよっ

 これっ

 これを私の体に入れれば、

 私は完全になれる』

そう呟きながらサトは里枝の内臓をかき集め、

それが手いっぱいになると、

『そうだ』

何かを思いついたのかサトは腰を上げると、

崩れ落ちた棚から業務用のはさみを取り出し、

そしてその刃先を自分の腹に当てると、

ザクッ!

縦方向に自分の腹を引き裂く。

グジュッ!

里枝と同じ色の樹液が吹き上がるが、

サトはそれに構わず腹を開くと、

そこには内臓と呼べるものは何なかった。

腹を裂いたサトは里枝の元に戻ると、

かき集めた内臓を自分の腹の中へと詰め込み始める。

『これで、

 これで、わたしは正真正銘の里枝になれるんだ。

 智也に会いに行ける

 智也を愛することができるし

 智也は愛してくれる』

笑みを浮かべながらサトは里枝の内臓を詰め込み、

さらに零れ落ちてこない内臓は

里枝の体に手を入れて引き出していく。

サトは里枝のからほとんどの臓物を引き出し、

最後に未だ動き続ける心臓に手を掛けたとき、

だらりと下がっていた里枝の手が動くと

サトの手をきつく握りしめた。

『!っ』

それにサトは気づくと、

『…し・し・心臓は…渡さない』

切り裂かれた里枝の口からその言葉が漏れると、

『しぶといわね、

 さすがは樹の化け物ね』

とサトは言う。

その一方で手斧で切り裂かれた里枝の体からは樹脂が溢れ、

開いていた傷口をふさぎ始めていた。

ぐっぐぐぐぐ

鋭い眼光を放ちながら里枝は顔を上げると、

『おま…お前に…

 しししし…心臓は…

 わ…渡さない』

と再度言い放つ、

だが、

その里枝の目にサトの指が突き刺さると、

グリッ

と指が動いて目を抉り出した。

『ぐぇ』

里枝のうめくような悲鳴が響いた後、

サトは里枝の片目を抉り出すと、

『へぇ、
 
 良い目を持ってるじゃない。

 お前にはもったいないわ』

そう言いながら自分の目を抉り出し、

代わりに里枝の目を押し込んでみせる。

『うっ

 うーん
 
 うん?

 見えるようになった。

 へぇ、なるほど。

 これが里枝の視界なのね』

サトは里枝の視界を確認すると、

『さぁ、

 もぅ一つの目もおよこしっ

 目を貰ったら、

 心臓を戴くから』

と言いながら里枝の残った目に向かって指を伸ばす。

その時、

『プリンセスっ

 弾丸マシンガン!!!』

の掛け声が響くと、

ドォォン!!

防火扉が木っ端みじんに吹き飛び、

『里枝さんっ!』

「大丈夫かぁ!」

の声とともに鍵屋たちが突入してきた。

そして、凄惨な現場を目撃した瞬間。

「うぐっ

 夜莉子さんはここに来ちゃだめだ」

咄嗟に口を押えた健一は怒鳴ると、

「サトっ

 お主はなんてことをしたのじゃ」

柵良はサトを怒鳴り飛ばす。



『違うっ

 私は里枝よっ、

 私のふりをしていた化け物を退治したのっ、

 間引いたのよっ』

皆に向かってサトはそう主張すると、

「里枝さんっ、

 里枝さん」

その横では健一が動かなくなった里枝に向かって名前を呼び続ける。

『大丈夫です。

 里枝さんは死んではいません。

 彼女はすでに樹化していますので、

 樹の力で体の再生が始まっています』

容体を確認した鍵屋はそういうと、

「それって、

 安心できるのかよっ

 里枝ちゃんがこのまま樹になってしまったらどうするんだ」

と健一は言い、

立ち尽くしているサトを睨みつけた。

『なっなによっ

 私は何も悪いことはしていないよ。

 私は…良いことをしたんだから、

 誰に命じられるわけでもなく、

 自分で考えて、自分で手を下したの。

 褒めてよっ

 わたしは里枝の手から離れたんだから』

そうサトが声を上げた途端。

メリッ!

サトの顔に埋め込また里枝の目が飛び出してきた。

さらに、

ゴボゴボゴボ…

ボコンッ

サトの体の中に押し込まれた里枝の臓物が膨らみ始めると、

ビシッ!

サトの腹が裂け、

ブジュブジュ

樹液を吹きあげながら臓物が押し出してくる。

『ごぼっ、

 なっなんげぇぇ!』
(なんでぇ)

口から樹液を吹きあげながらサトは悲鳴を上げるが、

サトの顔から里枝の目が落ちると、

臓物もまたサトの足元に山を作っていく。

『そんがぁ
(そんなぁ)

 どごじてぇ』
(どうして)

彼女にとって想定外の事態に、

サトは急いで臓物を拾い上げようとする。

しかし、

ボンッ

差し出したその手の指が突然はじけ飛んでしまうと、

ビシッ

ブシュッ

ビシビシッ

サトの体のいたるところが破れ崩れていく。



『ぎゃぁぁぁぁ!』

店内にサトの絶叫が響き渡り、

「なんだ、

 何が起きているんだ?」

唖然とする健一や柵良の前で

立てなくなったサトは倒れるように床に手を突くが、

それすら維持出ずに崩れ落ちていくと、

『個ですっ』

と鍵屋は言う。

『サトさんは里枝さんとは姿も記憶も同じのいわば同根の存在です。

 それ故、サトさんは里枝さんを殺めて里枝さんになろうとした。

 でも、それの知恵を授けたのは、

 里枝さんとは異となるサトさんの個。

 互いに相手を認めて折り合えば共存できますが、

 片方が相手を否定すれば…

 否定した側の自殺行為になります』

「意味がよくわからんが、

 要するに、

 サトが里枝ちゃんを認めて仲良くすれば、

 こんなことにはならなかったわけだな」

『まぁそういうことになり…』

健一と鍵屋の会話を遮るように、

『なによこれぇ、

 最悪…』

体を震えわせてサトが再び立ち上がろうとすると、

『起き上がってはいけません』

それを見た鍵屋が手を出して制しようとするが、

『触らないで!』

サトはその手を叩くと起き上がり、

『私って最低。

 ここまで勝っていながら負けたんだもん』

と言う。

「勝ち負けって」

それを聞いた健一が声を上げると、

『その臓物、

 お前に全部返す。

 私には要らなかったものだったんだ。

 あはは』

壁に体を押し付けながらサトは涙を流すと、

『あーぁ、

 こんなことになるなら

 里枝になり替わろうなんて思わなければよかった。

 でも、夢見ちゃうよね。

 本物の里枝になって、

 智也を助けて、

 智也と一緒になる。

 化生のままでは智也は振り向いてくれない。

 だから、里枝になろうと欲を出しちゃった。

 化生が欲なんて持っちゃいけないのに。

 その結果が盛大な自爆。

 バカよ、ほんと』

と自嘲気味に言う。

『…サ…ト…

 あな…た…』

樹としての体の治癒が進んだのか、

動き始めた里枝が上半身を起こしながら声をかけると、

『もぅ復活しちゃった?

 あら、なにその目。

 同情してくれるの?』

蔑視するような視線でサトは里枝を見る。

『サ…ト、

 前…みたいに手を貸して。

 一緒に…智也を助けに行こうよ。

 ねっ』

木枝の手を差し伸べながら里枝は話しかけると、

クワッ

『お前が智也を助けるぅ?』

目を剥いてサトが聞き返した。

『そう、

 一緒に…ねっ』

『きゃははははははは!!!!!』

『何が…おかしい…の?』

『だってぇ

 あなた何も気づいていないの?』

『気づいて…って?』

『そっか…

 まだ気づいてないんだ。

 樹化人が言っていたわよ。

 智也を助けることができる資格があるのは私だけだって。

 私以外の者が…

 特にお前が助けに行った場合、

 決してハッピーエンドにはならないって』

とサトは言うと、

鍵屋を見つめ。

『罪深い男ね。

 あなたは…』

と囁く。

『なにが罪深いんです』

『知っているくせに。

 最悪の結果が待ち受けていることを…

 まっ、ここまで引っ張ってきた以上、

 しらばっくれるしかないか。

 いいわ。

 私にはもう終わったことなんだから』

困惑している鍵屋から視線を外してサトはそう言うと、

フゥ

と息を吐く。

その直後、

ブシュッ!

『うがぁっ!』

彼女の腹から樹液が噴き出すと、

サトの体は捩じるように2つにちぎれ、

上半身はクルリと回りながら床にたたきつけられた。

『サト!』

里枝の声が響くと、

『えへっ、

 まだ死なないよ』

とサトは言うと里枝を睨み付け、

這いずりながら近づいていく。

『うっ』

迫ってくるサトに里枝は身構えると、

『散々体を切り裂かれて、

 臓物も抉り出されても死ぬことなく、

 赤い血すらも流れ出ないお前は只の樹だよ。

 その樹がいくら智也に愛を叫んでも、

 はたして智也の耳に届くかしら、

 もっとも、

 智也がお前のような樹が存在することを

 判っていればの話…だ・け・ど・ね。

 せいぜい頑張りなさい』

そう耳元でささやき、

残った指で里枝の顔をわしづかみにすると力を入れた。

だが、

ベシャッ

音を立ててサトの指がつぶれてしまうと、

『その顔の皮も引きはがせない。

 もぅ、ここまでね』

その言葉を残して

ズルッ

ズルッ

サトは里枝の前から離れ、

這いつくばりながら進んでいくが、

彼女の体の組織は形を保てずに崩れていき、

サトが這いずった後には細かくちぎれた組織が残っていた。

「さっサトを助けて」

里枝は健一にそう訴えるが、

その声に健一は首を横に振り里枝を抱きしめる。

1階から吹き抜けになっているところにサトはたどり着くと、

転落防止の柵によじ登り、

ゆっくりと振り返ると、

口を動かして何かを告げた後、

糸が切れた人形のように階下へと落ちて行った。



「里枝ちゃん。

 大丈夫か?」

『なんとかね』

「痛いところはない?」

『痛いとか、

 そういうのはもぅ感じないの』

「ほぼ樹化してしまったのか」

『は…ぃ』

サトだった植物の残骸を片付けた鍵屋たちは賽の河原に戻っていた。

『サトは死んだのですか?』

里枝が尋ねると、

鍵屋は返事をしなかった。

「サトは元々妖精なんだから、

 人間の死とかそういうは無いと思う」

『…ごめんなさい。

 …何も気づかなくて』

健一の言葉を聞いて里枝は泣き始めると、

「あの樹化人め、

 サトに変なことを吹き込みやがって」

と健一は悔しがる。

それからしばしの間、

皆は泣き続ける里枝を見守っていた。



里枝の気持ちが一段落した頃を見計らって、

「なぁ、鍵屋さん。

 なんで里枝ちゃんの臓物を戻してあげないんだ

 心臓までその中に入れちゃって」

健一が鍵屋の横に置いてある

植物の種を思わせるカプセルを指さして尋ねると、

『私は大丈夫です。

 心臓がなくてもこうして生きています』

と言いながら里枝は顔を上げた。

「それは里枝ちゃんが樹になっちゃったからだろう。

 根っこを張ってしまったらそれでアウトだよ」

健一が指摘すると、

『しかし、

 根を張るまではまだ里枝さんは動けます』

と鍵屋は言い、

そのまま柵良達に向かい合うと、

『悪いですが、

 柵良さんと夜莉子さんはこの場に残ってください』

と頭を下げた。

「われらがこの川を渡ることは無理という訳か」

それを聞いた柵良が尋ねると、

『はい、

 命ある者が三途の川の水に触れるわけには行きませんので、

 申し訳ありませんがこの場にて待機していただき、

 退路を確保していただけませんか』

鍵屋はそう説明するとピンと張る赤い紐を柵良に託した。

「これは?」

『この紐はあなたの叔父上の体に結び付けています。

 私達が戻らず、

 この場に何か異変が発生した場合は

 即座にその紐を伝って脱出してください』

「おいっ、

 俺は…」

話を聞いていた健一が自分を指差して尋ねると、

『あなたは私が守ります』

と鍵屋は言う。



『かーれ木にぃ〜

 はーなをぉ〜

 咲かせぇ〜

 ましょぉ…』

彼岸の方より透き通る声が響き渡ると、

ギャォギャォギャォ!

突如、無数の鳥が周囲の山より一斉に飛び立ち、

空高く鍵屋たちの周囲を旋回し始める。

「鍵屋さん

 あれは沼ノ端で…」

『えぇ、

 黒い羽に覆われたカラスのようにも見えますが、

 正体は八咫烏。

 鳥の化生。と言うより、

 鳥の神格者と言った方が良いですね』

「そうなのか?」

『ここの世界はこう見えて、

 実は清浄な世界なんです』

「ほぉ」

『ですので柵良さんと夜莉子さんには

 残ってもらうのです。

 此岸はある意味緩衝地帯ですので、

 厳しくはありませんが

 彼岸では不浄の存在は一切認められません』

「不浄は三途の川できれいに洗い流してこい。

 か。

 なぁ、俺は本当に大丈夫なのか?」

『はい、

 そのアイテムで変身したことにより、

 擬似的な神格者となりました。 

 一応、その力を使えば彼岸に渡り行動できます。

 ただし、私と共に行動してください』

「わかったよ。

 でも、それなら巫女神の御嬢さんも渡れるんじゃないかな、

 同じアイテムで変身しているし、

 見た目可愛いし…」

『能力者であるところが問題なのです。

 あなたのように”何も力がない。”方が

 完全に包み込むことができて都合がよいのです。

 それと、あなたは牛島智也とは人一倍強い”縁”があります。

 それもまた向こうでは強みとなります。

 同じように里枝さんも然りです。

 はっきり言いまして、

 向こうに渡ることはそれだけでイコール死。なのです』

「だから、

 里枝ちゃんの臓物はカプセルに封印したのか」

『はい、

 岬さん。

 そして、里枝さんも聞いてください。

 死が普通である世界に命を抱いて飛び込む。

 それは研ぎ澄まされた剣の刃先の上を

 裸足で歩くことと等しいことなのです』

鍵屋の言葉に健一が表情を硬くすると、

『怖いの?』

と里枝が覚悟を聞く。

「怖くなんかねーよ。

 いつかは渡る世界だからな。

 里枝ちゃんはどうなんだよ」

逆に聞き返すと、

『わたしは…

 智也を取り返すために川を渡ります。

 サトのためにも』

鍵屋を見つめながら決意を言う。



『いつまで話をしているの?

 さっさと渡ろうよ』

川岸からトモエと手を振りながら声を上げると、

「あーっ、

 あいつのことを忘れていた。

 大丈夫なのか、

 あれは?」

と健一がトモエを指さすと、

『彼女からは特別な縁を感じます。

 どんな困難が待ち受けていても、

 彼女はそれを打ち崩す切り札になります』

鍵屋は言う。

「切り札ねぇ…

 役に立てばいいけど」

鍵屋の返事を聞いた健一はつぶやくと、

「あとは、任せておけ、

 退路はしっかりと確保しておくぞ」

「向こうの住民にならないでね」

鍵屋たちに向かって柵良と夜莉子二人は案じてみせる。

「じゃぁ、行きますか、

 鍵屋さん」

鍵屋に声をかけ、

「プリンセス・ウィーーングッ。

 どりゃぁぁぁ!」

の掛け声とともに、

健一は羽を伸ばすと上空高く舞い上がっていく。

そして、

『では』

鍵屋も二人に一瞥すると、

鍵錫杖を掲げて自分の足元に魔方陣を描く。

すると里枝とトモエの足元にも魔方陣が姿を見せると

互いに頷き、

3人は魔方陣に乗って川の向こう・彼岸へと飛んで行った。



「行っちゃったね」

「うむ、

 待つのも役目じゃ」

「わかっています」

鍵屋たちを見送った柵良と夜莉子は言葉を交わすと、

夜莉子は振り返り、虚飾の街を見つめる。

「死んだ人って、

 あんな街に見送られて嬉しいのかな」

そう呟くと、

「たとえ飾りであっても、

 それが己が慣れ親しんだきたものであれば

 嬉しいものだと思うぞ」

と柵良は言う。

「そうですか?」

「そう思いにくいのは、

 お主が若いせいだからかもしれぬ」

「はぁ」

「さて、

 こっちも準備をしておくか、

 何かがあったとき、

 すぐに救援に行けるようにしておかないとな」

柵良はそう言うと、

ペン型変身アイテムを取り出した。

「それは…」

アイテムを見た夜莉子が声を上げると、

「マーズ・パワー・メイクアップっ!!!」

柵良の掛け声が響き。

瞬く間に彼女は炎の戦士へと変身をする。

そして、

驚く夜莉子に向かって、

「クラスのみんなには内緒じゃ」

とクギを刺すと、

「どれ」

破魔札を手に腕を組み、

川の向こうを見据える。



つづく