風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act4」
(第弐話:幽霊動画の罠)


作・風祭玲

Vol.1094





北から吹き降ろす冷たく凍てついた風に代わり、

温もりを持った南からの風が森の木立の中を吹き抜けていく春。

木立に囲まれた森の一角にその井戸はあった。

しかし、井戸の口はコンクリートの蓋で固く閉ざされていて、

蓋の上は

チチチチッ

チチチチッ

気の早い鳥たちの社交場となっていた。

そして、

バサバサバサ!

鳥たちが飛び立つと、

そこには朽ちかけていた木の実が一つ残されていた。

木の実がこの場に落とされてから、

すでに半年以上の月日が経っていたためか、

果肉は鳥に啄まれ消えていて、

乾いた皮と種のみが残されていたのである。



森に差し込む春の日差しが日に日に照らす位置を変え、

やがて木の実に届くと、

ピシッ!

日差しの力に促されるように種の殻の一部に亀裂が入った。

そして、

ムリッ

亀裂より白い突起が顔を出すと、

突起は養分を求めて円を描くように伸びはじめるが、

だが、蓋の上には十分な土や水はなく、

突起は木の実の皮の外に出ることはできなかった。

やがて突起は根へと変化すると

木の実の残った僅かな養分を取り込んで成長をしていく。

すると、

グルリ

種は上下を反転させるや、

ググググ…

広げた根を足がかりにして、

種は首をもたげる様に立ち上がった。

ミシミシミシ…

パキ!!

立ち上がった種は、

膨れ上がる内容物の圧力で残った殻を引き裂いて、

中から双葉を露わにすると、

陽に向かって丸められていた葉を開いて新芽となった。

その時、

ズズズ−−ン!

湖の向こう側にある沼ノ端市街地から爆発音が響くと、

『オホホホホホォォォォ!!!』

遠い銀河からはるばる地球を侵略に来た宇宙人・プロトジコチューが姿を現した。

たちまち駆けつけてくるTSFのファイター群。

そして、

『ジュオワッ!!!』

待ってましたとばかりにスーパーヒーロー、

ウルトラウーマン・エースが現れると、

見物客の前でエース対プロトジコチューとの戦いが始まったのであった。

「いいぞー!」

「やれーっ!」

大勢の声援を受けて戦うエース。

だが、ウルトラ・アイちゃんのパワーによって変身したエースの活動限界は5分。

それを知ってか、

プロトジコチューは明らかに時間稼ぎの消極的な戦いを仕掛けてくる。

ついにカラータイマーが点滅を始め、

エースの活動限界が迫ってきた。

危うしエース!

『ホホホホホホホ!!!!』

逃げ切りを確信したプロトジコチューの高笑いが響き渡ったとき、

『シュワッ!

(教育的指導!!)』

ウルトラウーマン・フロスが駆けつけるなり、

腕を縦に回してジコチュー星人に警告をした。

『ホホホ…ンナァァァ!』

突然の形勢逆転にプロトジコチューは逆上して襲い掛かろうとするが、

その時、彼はフロスによって宇宙へと蹴り上げられてしまい、

次の瞬間、

ドゴッ

今度は強烈な踵落としを喰らうと、

光速に迫る速度で地上へと叩き落される。

そして、その地上では落ちてくるプロトジコチューをエースが待っていた。

『シュアッ!

(ルージュでバキューン!)』

エースのその掛け声で必殺技が決まると、

ズズズーン!

撃ち抜かれたジコチュー星人は見事四散するが、

だが発生した衝撃波が森に襲い掛かってきた。

ドォーーン!

新芽が乗っている井戸の蓋は大きく揺れ、

揺れによって、

ガゴッ

蓋が開いてしまうと、

ズルッ

新芽は木の実の殻ごと井戸の中へと吸い込まれる。

パシャァァァン!

暗い井戸の奥で水が弾ける音が響き渡ると、

ザバッ

新芽は遠い頭上でまるく輝く天に向かって葉を向けながら浮き上がるが、

ザザッ

ザザザッ

長い間手入れがされてないためか、

井戸の水深は石や土で浅くなっていて、

新芽は水の動きに翻弄されつつ、

水面上に盛り上がっている砂利の上へと流されてしまうと、

白い根を砂利に絡ませ一息をつく姿となった。



『…………』

新芽に意識が宿ったのはその時だった。

『………』

意識が宿った新芽は上で輝く天の存在に気付くと、

ミシッ

ミシッ

そこに向かって伸ばしかけていた本葉を伸ばし始める。

だが、最初の一枚を伸ばしたものの、

井戸の中では光が十分に届かない。

光合成が十分にできない中、

新芽は葉から根を伸ばすことに集中させると、

砂利に絡まる根は長さを伸ばし、

長い日数をかけて砂利全体を覆うようになっていく。

そして、改めて光に向かって進み出ようとしたとき、

「ん?

 井戸の蓋が外れているな」

と外より人間の声が響くと、

「爆発の衝撃で開いたか、

 危ないな。

 閉めておくか」

の声と共に、

ガコン!

ゴゴゴゴゴゴゴ…

突然、天の円い光を潰すように黒いものが広がり始め、

最後に淡いリングを見せた後、

閉じられてしまったのであった。

『………』

向かうべき目標を失ってしまった新芽は

途方にくれながら闇の中で佇んでいると、

ポゥ

井戸の水がかすかに光り始めた。

地の中を流れる”理”がこの井戸に漏れ出し、

僅かながら井戸の底にたまっていたのである。

そして、その”理”と共に、

(…光ノ所ニ、

 …戻リタイカ)

と囁く声が染み出るように広がって来た。

『………』

その声に向かって新芽は己の気持ちを伝えると、

フォッ

新芽の前に光の柱が立ち上がり、

(…ソレナラ、

 …オ前ニ、

 …チカラ…ヲ

 …与エヨウ)

と告げるや、

シュンッ!

新芽に”理”の力が集まり、

ミシッ

『…!!っ』

力を得た新芽は、

ググッ

グググッ

意を決したように蓋の間から毀れるかすかな光に向かって、

その身を伸ばし始めた。

しかし、”理”の力はあるとはいえ、

栄養分に乏しく、

成長に必要となる光が殆ど届かない井戸の中では、

蓋までたどり着くまで長い時間を要したのであった。



『…かーれきーに…

 …はーなをー…

 …さーかせ…

 …ましょー…』
 
サァァァァァァ…

梅雨特有の霧雨が降る沼ノ端に

誰の声なのか静かに響く歌声が消えていくと、

その雨に濡れながら、

智也は自宅であるタワーマンションに戻ってきた。

そして、

「ふぅ…」

一息を入れながら乾いたタオルで雨に濡れた服を拭って、

室内着に着替えると、

「Dr・ナイトの屋敷跡の幽霊か…

 確かにあの動画はそれっぽく見えたけど、

 どうせ、ヤラセだろう。

 そんな映画も昔あったし、

 岬もこんな見え見えのネタに吊られるとは。

 それに樹怨についても、

 もったいぶった前ふりの割には詳しくは知らない。

 だなんて、まったくもぅ!」

健一から見せられた動画のことを思い出しながら、

里枝の写真が映し出されるフォトフレームを横目に眺めた。

「そーいえば里枝のやつ、

 このところ電話がないけど、

 よほど忙しいのかな?」

湯気が立つインスタントコーヒーを啜りながら

離れたところで暮らす彼女のことを気遣いつつ、

智也はベランダに向かうと、

「しっかし、

 よく降る雨だなぁ…

 今年はカラ梅雨じゃないのか?

 気象庁さんよ」

ベランダとを分けるガラス戸の中から

夜の闇より舞ってくる雨を見上げると、

恨めしそうにつぶやいた。

すると、

「ん?」

智也の視界にベランダの隅で雨に濡れている鉢が目に入った。

里枝がご神木だったとき、

飛び出した分枝のためにホームセンターで購入したもので、

樹に戻った時に根を伸ばしやすいようにと、

調整した土を入れてリビングに置いたものであった。

しかし、実際の出番は数回あった程度で、

里枝が人間に戻った今となっては用済みとなり、

ベランダの端に出されてしまったものだった。

「あーぁ、

 草が生え放題だな」

ベランダに出されて長く放置されたためか、

こんもりと草が生い茂る鉢を眺めていると、

パタタタ…

部屋の明かりに誘われてか、

草の中より数匹の虫が飛び出してくる。

「あっ!」

それを見た智也が不快そうに声を上げると、

「ったく、

 仕方がないな」

文句を言いながら腕まくりをするや、

「大変なことになる前に片づけるか」

と言いつつ鉢を動かし、

生え放題の草を引き抜き始めた。



「まったくぅ、

 なんで、

 勝手に草が生えるんだよ」

文句を言いながら智也は草を抜いていると、

「ん?」

不意に草を抜く手が止まり、

「なんだこれ」

と言いながら、

小さな葉をいくつも広げ、

ヒョロリと10cmほどに伸びる若木をつかみ上げる。

「若木か…なんでこんなのが生えているんだ?」

根にまとわりつく土を払いながら智也はつぶやくと、

「ん?」

若木が付けている葉に何か引っかかりを感じたものの、

「まぁ、いいか」

と早々と結論を下してしまうと、

抜いた草が詰め込まれているごみ袋へと若木を押し込んだ、

そして、

ザザザザッ!

ギュッ

ギュッ

鉢に生えていた草をすべて抜いてごみ袋に押し込み、

残った土も別のごみ袋に入れると、

「うん、これで良し。

 もぅ虫は湧かないだろう」

満足げに頷きながら空になった鉢を

ベランダの隅でひっくり返した。



『…ねぇ、

 このままずっとここでこうしてようか。

 このままずっとこうして

 二人並んでお月様を見ているの、

 明日の朝までずっと…

 智也は明日の朝になってもちゃんと起きれるけど、

 でも、あたしは起きることは無いと思う。

 だって、萎びて枯れちゃっているから。

 ふふっ、

 水耕栽培の植物って弱いって聞いたことがあるわ、

 きっとあたしなら目覚めることなく枯れているはすよ。

 ねっ、このままお月様を見ていよう…』

「ダメだ、

 ダメだ、

 ダメだ。

 ダメだ、里枝ぇぇぇぇ!!!!」

明かりが消された部屋に、

突然声を張り上げて智也が飛び起きると、

フワッ!!!

部屋の中を無数の光の粒子が舞い踊っていた。

「え?

 なにこれ?」

まるでしんしんと降り積もる粉雪のように舞う光の粒子を見ながら

智也は呆気にとられていると、

スッ

スッ

スススス…

粒子は見る間に消え始め、

瞬く間に部屋の中からその存在を消して行く。

「え?

 え?

 なにこれ?

 夢…でも見ていたのか?」

頬を抓りながら智也は部屋の様子を見渡しながらそう呟くと、

「あはは…

 なんか変な体験をしちゃったな。

 まだ、疲れているのかな。

 それに、なんで昔の夢を見るんだよ。

 もぅ里枝は樹じゃない。

 人間に戻ったんじゃないか。

 まったく、

 本当に…」

頭を掻きながら智也は夢を否定してみせると、

最後の一粒がゆっくりと舞いながら、

智也の視界に入ってきた。

「やっぱり…

 夢じゃない」

光の粒を見据えながら智也はつぶやくと、

その粒を捕まえようと両手を広げ、

パンッ!

一気に手を叩いた。

しかし、

フッ

光の粒は巧みにすり抜け、

フワリフワリ

と部屋の中を舞っていく。

「ちっ」

それを見た智也は軽く舌打ちをすると、

「おらっ、

 逃げるなこの野郎!」

まるで逃げ回る蚊を捕まえるかのように

智也は声を上げて光の粒を追いかける。

そして、

フワッ

光の粒がベランダの窓から外へと飛び出していくと、

ガラッ!

智也も追いかけてベランダの窓を開けて飛び出した。

すると、

フワ

フワ

フワ

光の粒はベランダに置かれたゴミ袋へと向かい、

フッ

その中へと消えていく。

「ゴミ袋の中?

 なんで?」

ゴミ袋を眺めながら智也は小首を捻っていると、

彼の脳裏で時と場所が違う二つの事象が重なり合った。

その途端、

「あっ!」

智也は声を上げると、

光の粒が入ったゴミ袋を広げ、

その中をまさぐり始めた。



「あった」

その声と共に智也はあのひょろ長い若木を掴み出すと、

枝先で萎れかかっている葉を詳細に調べ始める。

「やっぱり」

葉の特徴を見た途端、

智也はあることを確証すると、

大急ぎで土を入れたごみ袋を開け、

雨が降るベランダの先に小さな土の山を作り、

その中に若木の根を押し込む。

その後、

納戸に飛び込むと観葉植物用の小ぶりの鉢と、

埃を被っている液体肥料のボトルを取り出し、

ベランダで残っている土を使って大急ぎで鉢植えの土を作り、

改めて若木を丁寧に埋めていく。

「くっそう、

 なんで気づかなかったんだ」

萎れた若木の葉を見ながら智也は唇をかみしめると、

「枯れるんじゃないぞ」

若木に向かってそう言い聞かせると鉢植えを霧雨の中に差し出した。



サーッ

降り続く霧雨の中、

鉢植えの中の若木は雨粒を一身に浴びて立っていると、

ヒラヒラヒラ

その周囲を何処から現れたのか光の粒が舞い始める。

そして、

『…大丈夫』

光の粒からその声が響くや、

ククッ

若木に力が宿り、

カサッ

萎れていた葉を力強く持ち上げていく。

翌朝、降り続いた雨は上がり、

雲の間から朝日が差し込んでくると、

『………』

リビングで居眠りをしている智也の耳にかすかな声が響いた。

「ん?」

その声に智也は起こされると、

「あっ!」

若木の事を思い出すや

大急ぎでベランダに飛び出した。

そしてベランダに出していた鉢植えの中で葉に張りが戻った若木が

日の光を浴びて輝いているのを見て、

「はっ、

 よかった」

ホッとした表情で智也は若木を眺め、

「ご神木も分枝もなくなってしまったけど、

 お前はある意味、ご神木の忘れ物だな」

と若木に向かって話しかけ、

指先でその葉を突っついて見せる。



「里枝ちゃんの忘れ物?

 なんだそれは?」

TV局内の喫茶室で、

智也の話を聞いた健一は怪訝そうな目で返すと、

「あぁ、

 去年、里枝がまだご神木だったとき、

 その分枝が私のところに押しかけてきたことがあったろ」

とご神木の本体から別れた分枝が、

智也の部屋に押しかけてきたときのことを言う。

「あぁ、

 俺が里枝ちゃんと出会ったときか」

「そう」

「でな、

 そのちょっと前に黒蛇堂さんからその話を聞いて

 彼女が何かの拍子で樹に戻った時のために

 人が入れるほどの鉢を買ってリビングに置いたんだ」

「あぁっ、

 あの鉢か。

 いまとなっては無用の長物だな」

「まぁな、

 で、

 実はその鉢に里枝、

 いや、分枝の忘れ物ががあったんだよ」

「すまん。

 もうちょっと素人にわかるように話してくれないか」

智也の言葉を遮るように右手を伸ばして健一は言うと、

「あぁ、

 えっとな。

 里枝の分枝がうちに来ていたとき、

 分枝は何度か樹になって

 その鉢の中に植わっていたことがあったんだ」

「ほーっ、

 同棲している女性を鉢植えにする。

 面白いプレイだな、それは?」

「私は真面目な話をしているんだが」

「で、里枝ちゃんを鉢植えにして、

 君はなにをしていたんだ」

「角が立つ言い方だなぁ…

 でだ、分枝の里枝は知ってのとおり、

 Dr・ナイトのキノコに食べられてしまったけど、

 樹になっていた分枝が人間の姿に戻った際、

 鉢の中に枝か根の一部が残っていたんだろうなぁ…

 で、残されたそれが鉢の中で成長して、

 小さな樹として顔を出していた。

 というわけだ」

「ふむ、

 つまりなんだ。

 里枝ちゃんの肉体の一部を使って盆栽を作ってみた。

 というわけなのだま、君は」

智也の話を聞いていた健一は短く結論を言う。

「腹の立つ言い方だが、

 端的に言えば、

 まぁそういう事だな」

「ふーん

 なるほど」

「理解できたか」

「里枝ちゃんとの別居暮らしの寂しさに負けて、

 里枝ちゃんと名付けた盆栽に向かって話しかけている姿は

 容易に想像できた」

「お前なぁ…」

「それはともかく、

 また被害者が出た」

不愉快そうな表情を見せる智也に向かって、

健一は別の話題を切り出した。

「被害者って?」

「あの動画のだよ」

例の怪動画による被害者が出たことを指摘すると、

「それて本当なのか?」

智也は身を乗り出し健一に迫った。



ハァハァハァ

『一体、何処だよここは?』

立ち込める靄。

その時、男は一面の乳白色の中を歩き続けていた。

『おかしい、

 俺は確か、部屋でパソコンに向かっていたはずだ。

 なんでこんなところにいるんだ?』

確かに男は少し前まで自室でパソコンを使用していた。

そして、投稿されていたとある動画を見ていたのである。

『…あの動画だ。

 あの動画を見ていたら…

 何かに掴まれて、

 無理やりここに引っ張り込まれたんだ』

この世界からの出口を求めながら男は悔しそうに言うと、

『おーぃ、

 誰でもいいから、

 俺をここから出してくれぇ!』

と立ち止まって大声を張り上げた。

だが、彼の心からの訴えに返ってくる声はなく。

また、状況も何も変わらなかった。

『畜生!

 俺が何をしたっていうんだよ。

 ただ、変な動画を見ただけじゃないかよ。

 これじゃ、キサラギ駅より悪質だぞ』

ベソ掻きながら男は歩き始めると、

『…クスクスクス』

何処からか少女を思わる笑い声が響き始めた。

『え?

 おいっ、

 誰かいるのか?』

笑い声を聞いた男は目を輝かせて問いかけると、

『…ウフフフ

 …こっちよ。

 …こっちに来なさい』

と誘うように声が響いた。

『どこにいるんだ。

 おーぃ。

 おーぃ』

男は声の主を探りながら走り始めると、

靄の中を突き進んでいく。

『…こっちよ。

 …さぁ、こっちに来なさい。

 …私を捕まえに来なさい』

靄の中にところどころに黒い影を落としつつ、

男を誘うように声は移動し、

そして、ある場所へと導いていく。

『ここは?』

程なくして男がたどり着いたのは

靄の切れ目から木々の緑が顔をのぞかせる広場のような場所だった。

『広場なのか?』

靄のために全容が判らないものの、

しかし、木々の位置からそれなりの広さが確保されていることを知ると、

『おーぃ、君ぃ!

 俺はここにいるぞぉ

 ここに出口があるのかぁ』

と靄に向かって声を張り上げた。

すると、

『…そんなに大声を上げなくても、

 …わたしはお前の後ろにいるよ』

男の耳元で少女の声が響いた。

『え?』

その声に驚いた男は思わず振り返ると、

彼の背後には緑の髪を靡かせる10代と思われる少女が立っていて、

『…私の声にちゃぁんと応えてくれてこっちを向いてくれたわね。

 …ありがとう。

 …お礼に私の樹ネジーを上げるわ。

 …あなたをステキな樹にしてあげる』

と言うなり。

ブワッ

鳥が羽を広げるように緑の髪を背丈以上に広げて見せた。

『ひっ、

 ひっ、

 いやだぁぁぁぁぁ!!!』

男の泣き叫ぶ声が靄の中に響き渡ると、

キシキシキシ!!!

緑の髪を広げる少女の目の前に立つ男の足元が木肌に変わり、

ズズズズズッ

木肌となった足から根が生えていくと、

土の中へと潜り込んでいく。

そして、

「ひっひっひわぁぁぁぁ!!!」

メリメリメリメリィ!!!!

男の絶叫と共に彼の両腕が天に向かって伸びて

枝葉をつける幹へと変わてつぃまうと、

男は一本の樹に変身してしまったのであった。



『…お見事です』

全てが終わったのを見届けたコンリーノが少女に声を掛けると、

『…面白くない。

 …呆気なさ過ぎ』

と少女は樹になった男の幹を小突きながら不満そうに言う。

『…いぇいぇ、

 …それでよいのです。

 …ここは人間たちが作り上げたネット空間とリンクし、

 …さらにあなた様の樹ネジーを思う存分に発揮できるよう

 …特別に用意いたしました。

 …ここではいくら術を使おうと、

 …どんなに大きな術を使おうと、

 …あなた様ご自身への負担はさほどかかりません。

 …呆気なく感じるのはそのせいでしょう』

目を細めながらコンリーノは言い、

樹にされた男性の幹に手を触れると、

『…人間界に戻りたい。でしたよね。

 …ならばお帰りなさって結構です。

 …無論、その樹のお姿で』

と言いながら突き放すように押して見せる。

すると、

スゥ…

コンリーノに押された樹はフェードアウトしていくと、

少女とコンリーノ前から姿を消した。

樹が消えたのち、

しばしの沈黙を挟んで、

『…なぁ』

少女が口を開いた。

『…はい、何でございましょう』

『…私に肩入れをする理由は以前聞いた。

 …しかし、

 …お前にとって何か得をすることがあるのか?』

と問い尋ねる。

『…ふむっ、

 …あなた様を応援する私のメリット…でしょうか?

 …判りました。

 …隠しても仕方がありません。

 …ご正直にお話をいたします。

 …実は、

 …とある方への倍返しのため。

 …っと言ったところでしょうか?』

少女の問いにコンリーノは初めて目的を答えた。

『…倍返し?』

『…えぇ、

 …とある方に少々因縁ある”借り”がございまして、

 …借りは倍返し、

 …それがわたくしのモットーです』

『…なるほど、

 …それで私に目を付けたのか。

 …しかし、

 …お前の目は節穴だな?

 …残念だが、期待外れに終わりそうだぞ』

コンリーノの答えを知った少女はそう返すと、

『…大丈夫です。

 …あなた様が理の力にてあの井戸から出られたとき、

 …私は大丈夫とそう確信しました』

『…本当にお前は食えぬ奴だ』

『…お褒めに預かり光栄でございます』

少女に対してコンリーノは一礼し、

懐よりストレート型情報端末”S-Pad”を取り出すと、

アレコレと操作し始め出した。

そして、

『…ほぉ』

何かを見つけたのか、

意外そうな顔をしてみせると、

すぐに目を細め、

『…どうやら、

 …次のターゲットがその倍返しに繋がりそうです』

と嬉しげに言い、

『…くくっ、

 …牛島智也。

 …君があの動画を見てくれただなんて。

 …なんて幸運。

 …彼を使えば鍵屋さんへの倍返し、

 …いえ、10倍返しは夢ではありません』

小首を傾げる少女の前でコンリーノはそう呟くが、

スグにその視線を別のところに向けると、

『…………』

無言で不機嫌そうな表情をして見せる。



「あの動画を見ただけで樹になってしまうだなんて、

 本当なのか?

 それは?」

「まだ確信はない」

「じゃぁ、違うじゃないか」

健一に向かって智也は語気を荒げると、

「お前のところは何も起こらないのか」

と聞き返す。

「見てのとおり。

 何も起きてはいないぞ」

胸を叩いて智也は無事を誇張すると、

「ふむ」

健一は考える素振りをして見せる。

「大体…

 人間が樹になる。だなんて、

 その現場を見た人はいるのか?」

「いや」

「なら、ネット上でのデマだろう?

 それを信じ込むだなんて、

 お前らしくない」

「目撃者はいないが、

 牛島。

 お前、これを見てどう思う?」

智也に向かって健一はそういうと、

スッ

印画紙に焼いた数枚の写真を取り出し、

彼の前に置いて見せる。

「?」

置かれた写真を智也が手に取って眺めた途端、

「え?」

その表情が固まった。

「どうだ?」

「………」

「お前に見せたその写真には樹が写っている。

 一見すれば普通の樹だ」

「………」

「どうだ、

 ちょっと前に流行った”走るダイコン”よりインパクトあるだろう」

「…信じられない」

「CGやフォトショップの加工品じゃないぞ。

 警察が現場写真として撮影した。

 正真正銘の写真だ」

健一が智也に見せたのは、

椅子に座り目の前のパソコンを操作する仕草をする樹の姿だった。

「なぁ?」

「なんだ?」

「部屋の中に樹が生えているのは理解できるが、

 根っこはどうなっているんだ?

 このままだよ枯れてしまうし、

 それに枝は…」

「お前が樹にするのはソコかよ。

 根はちゃんと地面まで達している。

 一軒家なら床を突き破っているし、

 マンションなら窓から下に伸びている。

 枝は…

 見ての通り部屋を滅茶苦茶にして、

 外に向かって葉を伸ばしているよ」

「そっか」

「おいっ、

 そこで安心するなよ」

「いや、

 里枝の件があってか、

 ついそっちが気になって、

 こんなのか何件も起きているのか?」

「あぁ、

 どの事件も被害者は例の動画を見ていたらしい。

 ただ、あまりにも怪奇なんで、

 TSFも別働で調べているみたいだ」

「ニュースには流れていないぞ」

「市民を不必要に煽る必要はない」

「ネットにそんな書き込みも…」

「どこかの財閥が情報をコントロールしているらしい」

「あっちの者たちの仕業なのか?」

「それはお前が一番詳しいだろう」

「うっ」

答えに詰まった智也は眺めていた写真を返すと、

「すまん。

 俺もこの情報はいま初めて知った」

と言う。

「とにかく、

 里枝ちゃんが沼ノ端を離れてくれていて助かったよ」

健一はそう言うと、

「けど、

 動画はお前も見ただろう」

と智也は指摘する。

「そうだ、

 ある意味、俺をお前は動画を見た運命共同体。

 ってところだな」

「なんかいやだなぁ、

 それって」

「ただ、

 もし、この事件が妖絡みとなれば、

 必ず向こうから接触してくる。

 真実に迫るとしたらその時だ」

確信を持った顔で健一は迫ると、

「お前、

 ひょっとして私を巻き込んだのは、

 それが目当てか?」

と智也は聞き返した。



タワーマンションの部屋に智也と健一二人の声が近づいてくると、

「里枝ぇ、

 ただいまぁ」

の声と共に智也が部屋の玄関ドアを開けると、

それと同時に、

「お邪魔しまーす」

健一も入ってくると、

早速若木が植えられている鉢を二人は囲み、

「どうも、里枝ちゃん、

 お久しぶりでーす」

と健一は鉢植えの若木に声を掛けた。

「おいっ、

 声を掛けても返事はしねーぞ」

健一に向かって智也は怪訝そうに言うと、

「いやぁ、

 でも、この里枝ちゃんに向かって、

 君はいつも話しかけているんだろう?」

と切り返す。

「お前なぁ…」

「さて、

 奥様に挨拶をしたことだし、

 早速作戦を開始するか」

健一はそう言うと、

「作戦って、

 何を始める気だ?」

智也は怪訝そうに聞き返した。

すると、

「ここって、

 ステーションだったけ、

 まだその役目は残っているんだろう?

 なら、こちらから仕掛けるんだよ」

と目を光らせながら言う。



『”命の部屋”ですか、

 またこの部屋に来てしまいましたね』

地獄界・閻魔大王庁にある”命の部屋”

生きとし生ける者が燃やす蝋燭が立ち並ぶ部屋の中に鍵屋はいた。

『異議あり!

 と弁護側として格好つけてみたものの、

 裁判はどうも肩が凝っていけません』

そう言いながら鍵屋は所狭しと蝋燭が並ぶ部屋の中をゆっくりと歩いていくと、

『ん?』

明かりを灯す一本の蝋燭を見つけると、

そのところへと向かっていく。

『こちらでしたか。

 三浦里枝さんの蝋燭は…

 うん、もぅ大丈夫ですね』

安心した表情で里枝の蝋燭を見つめると、

『牛島さん、

 彼女は普通の人間に戻りましたよ。

 あなたも安心してください』

と近くで燃える智也の蝋燭に向かって話しかけ、

化生たちの炎が点る部屋へと向かっていくが、

鍵屋が立ち去ったのち、

ユラリ…

智也の蝋燭そのものが大きく揺らぎ、

半透明になっていく。



『あれ?

 ここにも、里枝さんの…火が…』

化生だった里枝の蝋燭があったところで、

光輝く小さな蝋燭を見つけると、

腰をかがめてその明かりを凝視する。

『なぜ、ここで化生として輝いているのでしょうか

 確かにあちらには里枝さんの輝きが…

 こちらの輝きは明らかに小さいですし、

 ひょっとして命の株分け…?

 まさか、そんなことは…

 でも里枝さんのようなケースは前例は聞きませんし、

 幸い、向こう側と干渉している様子は見られませんし、

 裁判が終わりましたら、

 キチンと調べてみる必要がありますね』

腰を落としていた鍵屋は小首を捻りながら立ち上がると、

化生のさらに奥、

神格者たちの場所へと向かっていく。

『神格者の間…ここに入るのは100年ぶりです。

 Drナイトの件でどうしても確認したいことがあったため、

 ここに来たのですが、

 いくら私でもここは気を引き締めないと潰されてしまいます』

堅牢な結界を前に鍵屋は気を引き締めると、

それを解き、中へと入っていく。

コワァァァ…

部屋の中は神格者たちが放つ強烈な光の筋で満たされ、

鍵屋は光の圧力に潰されそうになりながらも進んでいく。

そして、

『ご協力感謝いたします』

一筋の光に向かって鍵屋は胸に手を当てながら頭を下げると、

踵を返すが

とある光の傍に来た時、

『え?

 そんな、

 なぜ…あなたの光が…ここに』

鍵屋は光の筋を驚きの眼で見つめていた。



つづく