風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(番外編:十六夜の森)


作・風祭玲

Vol.1092





『…し…』


『…あと…』


『…すこし…』


『…もうすぐ…』


『…とどく…』


『…あの


 …ひかり…に…』


『…ひかりの…


 …むこう…


 …そこに…


 …いくんだ…』



ズズズズズンンン!!!



その日、

沼ノ端に多大な被害をもたらしていた植物怪獣に向かって

森林公園内のご神木傍に据えられたブタ型特大蚊遣りより、

ビーム砲が放たれると、

植物怪獣はその根元より掻き消えるように消滅し、

同時に怪獣の根元で溜め込まれていた”理”は解き放たれ、

在るべき輪廻の流れへと戻っていった。

こうして沼ノ端を震撼させた事件は無事解決したかに見えたが、

それは同時にある代償を伴うものであった。


「ご神木の消失」


である。

沼ノ端市街の背面に広がる森林公園。

その公園の奥に建つ竜宮神社・奥の院傍のご神木は

沼ノ端の人々にとって森のシンボルであるのと同時に

別の一面を持っていた。

大循環を行い、

世の礎となる大いなる力の流れ

”理”

の管理者である。

その管理者であるご神木が

次代への引継ぎがないまま消失したことにより、

主を失ってしまった”理”は

ユワン…

新たな主を求めて波紋を放った。

”理”が放った波紋は波となって市街地を抜け、

湖を越え、

対岸の森へと押し寄せていく。

そして、

『………』

その森の奥底で灯る”意思”に触れた途端、

”理”は一気に収斂そながらその元へと押し寄せた。



ポゥ…

頭上の一点から差し込む光のみが支配する世界に

”理”が放つ光が満ち溢れてくると、

『…だれ?』

意思は光を放つ”理”に問いかける。

『………』

『…あなた…

 …わたしの力になってくれるの?』

『………』

『…わかった。

 …あなたたちのお世話をしてあげるから

 …わたしの力になって』

意思が”理”を受け入れると、

”理”に起きていた波は収まり、

ミシミシミシ…

意思の姿に変化が起きる。




初秋の陽が落ち、

夜のとばりが下りてくると、

救援や復旧などで忙しなく沼ノ端市内を行きかっていた人々の姿が消え、

街は天高くより照らし出す十六夜の月明かりに輝きはじめる。

時間とともにゆっくり動いていく光は

主を失った月夜野屋敷に続く森をなめるように輝かせると、

屋敷に続く森の一角、

TSFが放った流れ弾が木々を吹き飛ばし、

強引に開けた空間を月明かりが差し込んでいくと、

石の蓋で閉ざされた井戸を照らし出した。



月の明かりに照らし出されて

程なくすると、

ミシッ!

爆発の衝撃で二分するように亀裂が生じていた石の蓋から

音が響き始め、

ミシッ!

ズズ

ミシッ!

ズズズ

音と共に蓋の片方がゆっくりと動いていく、

そして、

ゴリ!

ズズズズン!!!!

ついに石の蓋の片方が井戸より落してしまうと、

ミシミシミシ!!!!

ザザザザ…

この時を待っていたかのように、

ぽっかり空いた空間より木の芽が吹き出し、

月明かり目指して若枝を伸ばし若葉を広げていく。



十六夜の月明かりは無言で井戸から吹き上がる若葉を照らし続け、

フワァァァァ…

それに応えるように井戸の奥底より”理”のオーラが湧き上がると、

『…開いた、

 …ついに天井が開いた…

 …あなたが手を貸してくれたおかげよ』

喜ぶ少女の声が井戸の中から響き渡り、

コォォォォォッ

ブワッ!!!

蓋が落ちた井戸の中より、

間欠泉から吹き上がる蒸気のごとく、

激しくオーラーが吹き上がると、

バキバキバキ

芽吹いたばかりの若葉を巻き込み、

ビュォッ!!!

天高く目指して少女を思わせる影を作り上げると、

若葉で作られた影は大きく背伸びをする仕草をしてみせる。



『…どこにいるの?』

クルリ

クルリ

そう呟きながら

若葉の少女は幾度も向きを変えて周囲を見渡し、

やがて、

湖越しに光輝く沼ノ端の街を見据えると、

『…あそこね。

 …いま行くね』

その声と共に若葉は夜の空気と混ざり合い、

ひゅぉぉぉ〜っ、

ザザザザ…

一陣の夜風となって森の木々を揺らし、

月明かりを光らせる端ノ湖へと向かって山を下っていく。

そして、

ビュォォォォッ

『…キャハハハハ』

無邪気そうな笑い声を響かせながら、

湖面をすべり、

対岸の沼ノ端の街へとなだれ込んで行った。



『…ねぇ』

『…どこにいるの?』

『…わたし』

『…来たよ』

人気のない夜の街に少女の声が響き、

若葉を巻き上げながらつむじ風が動いていく。

それに気づく者は誰もいないが、

つむじ風が街中のショーウィンドゥの前を通り過ぎた時、

ショーウィンドゥには白い衣を身に纏い、

長い髪をなびかせながら

空を歩く少女の姿が一瞬映し出された。

つむじ風は街中を移動し、

そして、街路樹の中を通り過ぎていくと、

それに呼応するかのように街路樹の枝から

一斉に新芽が吹き上がると、

秋を迎えたのにかかわらず、

街の緑は逆に濃くなって行った。




『…ねぇ』

『…どこに居るの?』

『…応えてよ』

つむじ風は幾度も問いかけをしながら街を移動し、

やがて、街外れに来た時、

『…!!っ

 …そこにいるの?』

何かに気付いたのか、

瞬く間に大きな風となって夜空へと舞い上がる。

そして、風を棚引かせながら、

ご神木があった森へと向かい始めた。

その時、

風の端が街外れにそびえ立つタワーマンションを叩くと、

その14階にある智也の部屋へと飛び込み、

ぐぉぉぉ〜っ

深夜にまで及んだ宴会に酔いつぶれ、

思い思いのところで寝入っている面々の頬を撫でた後、

山に向かう風の流れに引っ張られるように出て行った。



『んっ』

風が抜けた後、

寝入っていた鍵屋が目を覚ますと、

明かりが消されていた部屋は十六夜の月明かりに輝いている。

『うーーん』

背伸びをしながら鍵屋は周囲を見回すと、

ヒラリ

一枚の若葉が彼の頭元に落ちていて、

月の光を受けていた。

『秋なのに若葉…ですか』

若葉を見下ろしながら鍵屋は腰を上げると、

『里枝さんが残した葉でしょうか?』

そう言いながら、

若葉には手を触れずにベランダへと向かっていく。

『ふぅ』

ベランダの手すりに体を預けながら、

鍵屋は天空高くで輝く月を見上げると、

『月がきれいですね』

と呟くが、

直ぐにその言葉を否定するように

軽く頭を左右に振って見せると、

一呼吸おいて振り返った。

すると、

隣の部屋から明かりがこぼれているのが目に入る。

『…誰か起きていられるのですか?』

そう声をかけて鍵屋は部屋を覗き込むと、

『鍵屋』

「鍵屋さん」

黒蛇堂と里枝が顔を上げて鍵屋を見る。

『お二方とも

 どうなさいました?』

二人に向かって鍵屋は話しかけると、

「えぇ、

 まっちょっと」

と二人は声を揃え、

そして互いに見合わせると頷いてみせる。



『ご神木の引継ぎですね?』

二人の態度から鍵屋は推測して聞き返すと、

『わかります?』

『はい…』

里枝と鍵屋は言葉を交わし、

「私が樹になったときは、

 私を樹にした明日香と言う方から、

 ご神木のお役目を引き継がされました。

 でも今回、

 私はどの樹にもその役目を引き継ぐことなく、

 人間に戻ってしまったので、

 森にはご神木がいないのです」

『なるほど、

 確かにそれは盲点ですね』

『鍵屋さんもご存知かと思いますが、

 ご神木は森の要であり、

 また”理”の管理者でもあります。

 そのご神木が無いとなると』

『当然、森は衰えてしまいますね』

「どうしたらいいのでしょうか」

鍵屋と黒蛇堂に向かって里枝は困惑する表情をして見せる。

すると、

『大丈夫です』

里枝に向かって鍵屋は笑みを浮かべ、

『その件につきましては、

 私が調整を行いましょう。

 里枝さんが気にすることはありません』

と鍵屋は言う。

「いいんですか?」

『構いません。

 あなたは人間に戻られたのです。

 化生のことは、

 私達、化生に任せてください』

里枝に向かって鍵屋は答えると、

胸を叩いて見せた。



『化生のことは化生に任せてください。

 ですか…』

智也の部屋を後にして黒蛇堂に戻った黒蛇堂は

同行してきた鍵屋に向かって言うと、

『里枝さんに負担はもぅ掛けたくないですからね』

と鍵屋は言う。

『そうですね』

『しかし、

 ご神木の消失はこれまでも繰り返されてきましたが、

 程度の差はあっても

 どれも代替わりでした。

 でも、今回は違います。

 調整を急がないとなりません』

『代替わり無きご神木の消失。

 やはり”理”が心配ですね』

『里枝さんは偉大でした。

 樹になられただけでも大変だったのに、

 ご神木としての務めを果たされたのですから』

『確かに…

 では鍵屋さんは?』

『私は一旦地獄に戻ります。

 ご神木の調整のほかにも

 月夜野姉弟の弁護もしないとなりませんし』

『判りました。

 では、私はご神木の跡を見てきます』

『お願いします。

 ”理”の流れがいまどうなっているのか、

 気になりますので』

黒蛇堂と鍵屋はそう会話を交わすと、

『気をつけてください。

 もし”理”に異変が生じていたら、

 躊躇わず私を呼んでください』

と黒蛇堂を案じてみせる。

すると、

『ご心配には及びません』

心配そうな鍵屋に黒蛇堂はそう答えると、

スッ

彼女の足元に傅く影が姿を見せる。

『なるほど』

それを見た鍵屋は笑って見せると、

『では参りましょう』

従者に向かって黒蛇堂は話しかけると、

フッ!

黒蛇堂から二人は姿を消した。



ひゅぉぉぉぉ〜っ、

ザザザザザ。

夜風と共に森の木々が音を上げる中、

ザッ

姿を見せた黒蛇堂は従者を伴い

ご神木があった奥の院へと向かっていく。

『黒蛇堂様」

不意に従者が声をかけると、

『どうされました?』

歩きながら黒蛇堂は返事をする。

『お気をつけて下さい、

 風が騒ぎ過ぎています』

と従者は理由を言う。

『そうですね』

その言葉に黒蛇堂はうなづくと、

『私は風よりも、

 風に紛れている…』

『無邪気がお気になりますか?』

そう風の中に漂う別の意思を指摘する。

『えぇ…

 しかも、この無邪気は智也さんの部屋の中にも入ってきました』

『やはり、お気づきになられたのですか』

『沼ノ端の街を舐めるように動き回ったみたいですね』

『黒蛇堂様、

 ここは一旦引き上げたほうがよろしいのでは、

 この無邪気を化生と括るには危のうございます』

森を取り巻く邪気が気になる従者はそう進言すると、

『確かにその方が私たちの身の為ではありますが、

 なおさらご神木の跡が気になります。

 急ぎましょう』

従者の警告を振り切るように黒蛇堂は先を急ぐ

そして、

『………』

黒蛇堂たちはつい昨日までご神木がそびえていた奥の院脇に立つと、

感慨深げにぽっかりと空いた空間を眺めてみせる。

『なにも起きてはいないようですね』

ホッとした口調で従者は言うと、

『不思議ですね。

 あったものが無くなっているなんて、

 嬉しいことなのに、

 でも、どこが寂しい…』

主を失った空間を見つめながら黒蛇堂はそう呟く。

すると、

『聖地とか言う人間達のお祭りはどうなるのでしょうか』

と従者は別の心配をしてみせる。

しかし、それには答えずに黒蛇堂はその場に腰を落とし、

地面に向かって手を翳す仕草をすると、

『黒蛇堂様?』

『お静かに…』

従者の言葉を遮った黒蛇堂は、

地の中の要する探るように意識を集中させるが、

『………ん?』

彼女の表情が少し動いくと、

『どうかされましたか?

 やはり”理”に異常が…』

それを見た従者は不安げに尋ねる。

程なくして黒蛇堂は翳した手を収めて立ち上がると、

『”理”の流れに乱れが出ていたみたいですが、

 いまは収まっています』

と言う。

『それは良いことでは?』

話を聞いた従者はそう言うと、

『違います、

 明らかにおかしいです』

緊張した面持ちで黒蛇堂は言い、

消滅したご神木が残した穴の中へと踏み込んでいく。

『黒蛇堂様?』

『あなたはそこで待っていてください』

従者にそう言い残して、

黒蛇堂は足場の悪い穴の奥へと降りていくと、

腰を屈めて手を翳す。

『間違いなく”理”は収まっている。

 まるで、新たな主を得たかのように…

 と言うことは、

 誰がご神木となって支えはじめた?

 まさか、さっきの無邪気?』

と呟き、

『あなたですか?

 ”理”を動かしているのは!』

先ほどから周囲をうかがっている気配に向かって、

黒蛇堂は声を上げると、

ザザザザ…

不意に夜風が強くなり、

黒蛇堂の周りを木の葉を巻き込んだ風が渦巻きだした。

『黒蛇堂様っ!』

事態の急変に従者が慌てて穴の中へと飛び込んでいくと、

立ち上がって周囲を警戒する黒蛇堂にピタリと寄り添い、

『何者っ!』

姿が見えない相手に向かって声を張り上げた。



『ふふふふふ…

 あはははは…』

彼女の声に応えるように

風の中からはっきりと女性の笑う声が響いてくると、

『…見ぃ〜つけた』

不意に黒蛇堂に耳元で少女の声が響いた。

『!!』

突然響いた声に黒蛇堂は驚きながら身をひるがえすと、

ブワッ!

風が吹き付けてくる同時に

フワリ

白装束を纏った10代と思えしき少女が

宙に浮かぶような姿で黒蛇堂に迫る。

『!!っ』

突然現れた少女を見据えながら、

黒蛇堂は声を詰まらせると、

『黒蛇堂様っ!』

不意を突かれた従者は声を上げて

少女と黒蛇堂の間に割って入ろうとするが、

それよりも素早く、

ギュッ!

少女は黒蛇堂を抱きしめると、

ミシミシミシ!!!!

黒蛇堂の背中見回した少女の手が見る見る緑色を増し、

樹化をはじめだした。

『なに?

 この子?』

その様子に黒蛇堂は驚くが、

さらに樹化した手より根が湧き出して

黒蛇堂の体内へと侵入を始ると、

『くっ!』

キンッ!

即座に黒蛇堂は護身の結界を張る。

だが、少女の手から湧き出した根はその結界を易々と抜けてしまうと、

『まさか、

 私の結界が…』

黒蛇堂は事態の深刻さに気付いたのであった。



『逢いたかったよぉ…』

顔を引き攣らせる黒蛇堂に対して、

少女は黒蛇堂の体に顔を埋めると、

黒蛇堂の体内に広げた根より力を吸い取り始めた。

『樹の化生めっ、

 黒蛇堂様から離れろ!』

声を張りあげて、

従者は少女に向けて切りかかろうとするが、

グリッ!

黒蛇堂に埋めていた少女の顔が捩じるように真後ろを向くと、

『お前邪魔、

 消えちゃっていいわ』

そう言ったとたん、

ミシミシミシ!!

少女の白装束を突き破って無数の枝が従者に向かって一斉に伸び、

従者の体を絡めとると、

従者にも根を張り始めた。

『おのれっ!』

従者は渾身の力で根を引きはがそうとするが、

『…大人しくすれば、

 …痛くはしないわ』

従者に向かって少女がそう声を掛けた途端。

グンッ

従者に絡まる根が大きく動き、

『うぐぁぁぁぁ!!』

従者は悲鳴と共に姿を消してしまった。

『…あら、意外と呆気ないのね、

 …もぅちょっと手ごたえがあると思ったのに』

根に残る従者の衣服を見ながら少女はそう口走ると、

『…あなた。

 …何者なのっ!』

苦痛に顔をゆがめながら黒蛇堂は尋ねる。

『何者?』

その言葉を聞いた少女は小首を傾け、

考える素振りをして見せる。

そして、

『うーーん、

 判らない』

と答えると、

ズズズズッ 

黒蛇堂を蝕む根より彼女の力を奪い取っていく。

『くっ、

 だめ…』

抵抗の甲斐なく力を奪われ、

次第に黒蛇堂の意識が遠のき始めると、

ついにダラリと彼女の腕が垂れ下ってしまった。

すると、

『あれぇ?

 これで、おしまい?

 違うのかな?

 ねぇ…あなた…』

と少女は声をかけながら黒蛇堂の頬をはたき始める。

その時、

『ちょっとそこのあなた。

 私の妹に何をしているのかしら』

白蛇堂の声が響き渡った。



『ん?』

少女が響き渡った声の方を見ると、

月を背にして腕を組み、

不機嫌そうに少女を見下ろす白蛇堂の姿があった。

そして、

『私の妹を随分とヒドイ目にあわせてくれたみたいね』

殺気に満ちた視線を投げかけながら白蛇堂は言うと、

それに反して少女はパッと明るい表情をして見せるや、

ザザザザ!!!!

その体から白蛇堂を突き刺すかの勢いで

一気に枝葉を伸ばしてきた。

『なに、

 こいつ!』

迫ってきた枝葉を白蛇堂は手刀で叩き落とすが、

すぐに枝は起き上がると、

白蛇堂の足に絡みつこうとする。

『おのれっ!』

足ともに迫る枝を足払いして、

『私をなめるなっ!』

と怒鳴ると、

白蛇堂は右掌に気力を集中させ魔道球を作る。

そして、少女に狙いを定めると、

『樹の化生めっ

 これでも、

 くらえっ!』

の声と共に魔道球を放つ。



バキバキバキ

少女の体から延びる枝葉を薙ぎ払いながら、

魔道球が少女に迫るが、

最初は呆気にとられていた少女の顔が急に綻ぶと、

魔道球が着弾する直前、

ブワッ!

破裂するように少女の体から若葉が吹き上がり、

魔道球は若葉を蹴散らしながら突き抜けて行く。

『わたしのアレから逃げた!』

それを見た白蛇堂はすばやく視点を動かすと、

フワリ

夜の森を動いていく白い影が目に入る。




『うふふふふふ…

 あはは…』

『逃がすかっ!』

森の奥に向かって風と共に去っていく少女の後を

白蛇堂は執拗に追いかけるが、

しかし、彼女の脚をもってしても追いつくことができない。

『バカな、

 私の脚で追いつけない?』

次第に少女との距離が広がっていくことに白蛇堂は焦り始め、

『ならば!』

少女の行く手を見定めた白蛇堂は

再度魔道球を作りそれを放とうとしたとき、

ブワッ!

再び少女の身体が浮き上がり大きく膨らんだ。

そして次の瞬間、

ボンッ!

爆発するように弾け飛んでしまうと、

ザザザザッ

風吹のごとく若葉が舞い始める。

『しまった。

 またしても』

吹き付ける若葉を避けながら白蛇堂は周囲の気配を探るが、

しかし、少女の気配も感じることはできず。

『うふふふふふ…

 あははははは…』

そんな白蛇堂を嘲笑するように、

少女の笑い声が静かに響き渡っていった。



『黒蛇っ

 しっかりしなさい』

倒れている黒蛇堂を抱き起しながら、

白蛇堂は彼女の頬を叩くと、

『…白蛇…』

と黒蛇堂は力なく名前を呼ぶ。

『黒蛇がここまでやられるなんて、

 何者なのよ、

 あいつ』

臍をかみしめながら白蛇堂は空を見つめると、

パキッ

パキパキ

黒蛇堂の体から異音が響き始める。

『え?

 なに?』

思いがけない音に白蛇堂が驚いて、

黒蛇堂を見ると、

彼女の体が樹化し始め、

脚から生えた根が地面に潜り込もうとしていた。

『じょじょじょ

 冗談じゃないわよっ』

それを見た白蛇堂は目を剥いて飛び上がり、

黒蛇堂の体から張り出した根を切って見せる。

そして、

『黒蛇っ、

 気をしっかり持って』

と怒鳴り声を上げるが、

『ごめん…

 わたし…

 おねがい…

 かっ鍵屋に…

 伝えて…』

そう囁いたところで黒蛇堂の目から光が消え、

ミシミシミシ

見る見る黒蛇堂は人の形をした樹に変貌してしまうと、

ザザザザッ

体の至る所から葉を茂らせ始めた。

『ちっくっしょう!!!』

十六夜の月夜に白蛇堂の叫び声が響き渡り、

『ふふふふ…』

その白蛇堂を嘲笑うかのような笑い声が響いていった。



夜明け前、

”社員研修のため、当分の間、閉店します”

黒蛇堂の店先にその張り紙が張り出され、

さらに、店の奥から、

ザック

ザック

何かを掘り出す音が響き渡ると、

『よいしょっ』

ズシンっ!

庭に開けられた穴に一本の樹が植えられた。

『ふぅ、

 店の閉店を知らせる文面はあれでいいわよね』

額の汗をぬぐいながら白蛇堂はそう言うと、

『…いったい、

 あの子は何者なの?

 私の攻撃をかわした上に、

 黒蛇堂をこんな姿にしてしまうだなんて、

 ただの化生じゃないわ』

妹である黒蛇堂とは反目すれども、

その力は認めていた白蛇堂にとって、

黒蛇堂をいとも簡単に樹化させてしまった少女の力に脅威を感じていた。

『猛者が消えて一件落着どころじゃない。

 とんでもないことが起きたわ。

 急いで鍵屋に連絡をしないと』

先刻まで黒蛇堂だった樹を穴に植え、

その根元に土をかけ終わると、

『黒蛇堂、

 あんたの敵はとってあげる。

 大丈夫、

 わたしと鍵屋が組めさえすれば、

 あんな小娘、

 大したことはないわ』

樹の幹を叩きながらそう白蛇堂がつぶやいたとき、

『…ねぇ』

不意に彼女の耳元で少女の声が響いた。

『!!っ』

その声に白蛇堂は毛を逆立てて構えると

『…そんなに怖い顔しないでよ』

の声と共に白蛇堂の目の前に

湧き上がるようにして白装束の少女が姿を見せる。

『なによっ、

 私の後をつけてきたの?

 まるでドロボウ猫のような子ね』

山中で逢った時よりも殺気を増して白蛇堂は声を上げると、

『…別に…

 …追いかけて来たわけじゃないわ。

 …探していたら、

 …ここに来たのよ』

と少女は自分の唇に人差し指を当手ながら言う。

『なに、訳のわからないことを言っているの?』

『…さぁ、私にも判らないわ、

 …でも、ここに来ていたのは感じるの』

『はぁ?

 それよりも、

 妹を元の姿に戻しなさいよ』

『…元の姿?』

『あったり前でしょうっ、

 あなたが妹を樹にしたんでしょう。

 さっさと戻しなさい』

黒蛇堂だった樹を指さして白蛇堂が声を荒げると、

『…うーーーん

 …いやよ』

考える仕草をしたのち少女は返事をする。

ピキッ

『そう、

 交渉決裂ってわけね。

 判ったわ、

 あなたがそう言う気持ちなら、

 躊躇う必要もないわね。

 化生同士として…

 本気で行くわよ』

その言葉と共に白蛇堂が放つ気が攻撃色一色に染まると、

シャァァァ!!!!

白蛇堂は人の姿を捨て元の蛇の姿となると、

素早く姿を消し、

少女ののど元に食いつこうとする。

だが、

『ふふっ』

ブワッ

その直前、

少女の体が若葉と共に砕け散ると、

『…とっても勇ましい人、

 …うふふふっ、

 …そんな、あなたを…

 …素敵な樹にしてあ・げ・る』

と囁きながら、

飛びかかってきた蛇に若葉が一斉に突き刺さると、

ミシミシミシ

若葉の根元から生えだした根が蛇の体を侵し始めた。

バタバタバタ

バタバタバタ

バタバタ

バタ…

全身に若葉が突き刺るのと同時に蛇は暴れまわるが、

やがてその動きが緩慢となっていくと

程なくして動きが止まってしまう。

そして、

ザザザザッ

蛇の体から離れた若葉が再び人の姿を作り上げると、

『…うふふ…

 …さぁ、根を張って立ち上がりなさい。

 …そして空に向かって葉を茂らせるのです

 …あなたはもう樹なんですよ』

蛇にそう話しかけた途端、

ギシギシギシ!!!

少女の前に白い木肌の樹が立ち上がり、

夜明けの空に向かって枝葉を広げていった。

『…勇ましいことを言っていましたが、

 …なんか呆気なかったかな』

無言で立つ樹の肌を触りながら、

少女はそう呟くと、

バサッ

少女の体の一角が崩れ落ちる。

『え?』

思わぬ事態に少女は驚くと、

ジワジワジワ

少女の体を作る若葉が変色しはじめ、

次々と腐り落ちはじめた。

『…やだ…

 …やだやだ…』

少女は顔をひきつらせながら、

腐り落ちていく若葉をまき散らしながら

黒蛇堂を飛び出していくと、

つむじ風となって井戸のある山へと逃げていくが、

その井戸にたどり着いたとき、

ほとんどの若葉が腐り落ちてしまっていたのであった。

『…ざっざまぁ…

 …みろ…』

黒蛇堂の庭先に立つ樹からその言葉が漏れ、

『…鍵屋…

 …後を頼む』

の声を残して樹は無言で佇んだ。



「社員研修のため、

 当分の間、

 閉店します…?」

翌日、

黒蛇堂に来た智也が、

店先に張られれている紙を読み上げると、

「黒蛇堂に正社員っていたっけ?」

と首をひねって見せる。

「きっといろいろあるのよ。

 また出直したら?

 今日はあちこち行くんでしょう?」

そんな智也の肩を里枝が叩くと、

「あっあぁ…

 ちゃんとお礼の挨拶してなかったから、

 したかったんだけどなぁ」

智也は腑に落ちない表情をしつつも、

里枝に背中を押されながら黒蛇堂を後にする。

そして、

その一方で、

『…わたしの葉っぱがみんな落ちちゃった。

 …これではとても表に出られないよぉ

 …ねぇ

 …どこに居るの?

 …わたし、散々探したんだよ。

 …ねぇ

 …どこに居るの?

 …逢いたいよぉ』

葉を落とした枝が伸びる井戸の中より少女が響き渡る。

葉を失ったこの枝に再び若葉が芽吹くまでの間、

沼ノ端は平穏であった。



おわり



【予告】

人間に戻ることが出来た里枝は

復学した大学の都合で沼ノ端を離れて行く。

ほどなくして沼ノ端復興のシンボルとして

レジャーランド・沼ノ端トランプ王国の建設工事が始まるが、

ネットに掲載された奇妙な動画を見た人が

樹になってしまうという怪現象が続発するようになる。

健一とともに怪現象を追う智也。

その智也に迫る白装束の少女。

少女の正体は…



樹怨Act4、近日スタート。