風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(最終話:錦の光の中で)


作・風祭玲

Vol.1091





シャァァァァッ!

沼ノ端市街地の上空を色の違う2本の光線束がすれ違うと、

ギュィィ

互いに干渉しその軌道をわずかに歪ませる。

そして、

猛者に向かっていた光線束はその脇をすり抜けた後、

カッ!

ズドォォォン!

端ノ湖の対岸を吹き飛ばしてしまうと、

一方、森林公園に向かった光線束は、

ギュィィン!

見えない壁のようなモノに弾かれた後、

森の奥に聳える外輪山の頂きを吹き飛ばした。

「すっげぇ!!!」

TV局の屋上でカメラの調整をしていた謙一は

その光景に驚いていると、

ドォォン!

「うわぁぁ!」

爆発による衝撃波が襲い掛かり、

屋上の上を転がりまわっていく。

「大丈夫ですか、

 岬さんっ!」

「おっおう、

 俺は大丈夫だ。

(ってご神木は大丈夫か)」

心配して駆け寄ってきたスタッフに

付けていたマスクを押さえながら謙一は答えると、

「屋外は危険です。

 一旦、屋内に避難しましょう」

と別のスタッフが声をかけた。



「ぷはぁ」

ブォォォォン!!!

服に付いた花粉をエアーで吹きとばしながら

謙一はマスクを外すと、

「岬っ、

 戻ったところ悪いが、

 至急、森林公園まで取材に行ってきてくれないか」

と榊が謙一に話しかけてくる。

「榊さん。

 私がここを離れるわけには…」

その指示を謙一は断ろうとすると、

「外輪山の頂が吹き飛ばされた。

 森林公園の様子が気になる。

 あそこはお前が一番詳しいだろう」

と榊は言い、

「こっちは私が面倒を見る。

 牛島の様子もついでに見てきてくれ」

そう付け加えた。

「知っていたんですか?

 牛島が森林公園に居ることを」

「ふっ、

 蛇の道は蛇。

 この手の情報を集めるのはたやすいことだ」

驚く謙一に榊は笑って見せると、

「判りました。

 岬謙一っ、

 ただいまより、取材に向かいますっ」

「んっ、

 気を付けるんだぞ」

自分に向かって敬礼して見せる謙一に向かって、

榊も同じように敬礼して返した。



ミアミアミアミア

『エネルギー充填、80%、

 目標、猛者

 最終調整中』

USHPの体勢を立て直した鍵屋はオペレーションを行いながら、

肩に担いだ蚊取りブタの砲口を再度猛者に合わせていく。

『うむっ』

それを聞きながらDr・ダンは緊張した面持ちで頷くと、

『え?』

モニターを見ていたバニー1号の表情が固まった。

『ん?

 どうした?』

それに気づいたダンが尋ねると、

『計算値に乱れが…

 ご神木の様子が変です』

とバニー1号はご神木に異常が発生したことを言う。

『なんだと?』

『…計算誤差が…

 どんどんと大きくなっていきます。

 どっどうしましょう』

駆け寄ってきたダンにバニー1号は困惑した表情を見せると、

『一体、何が起きたんだ?

 仕方が無い。

 鍵屋っ

 聞こえるかっ』

わずかの間思案した後、

ダンは鍵屋に向かって話しかける。



『え?

 ご神木に異常ですか?』

『…そうじゃ、

 …恐らくは先ほどの爆発の影響だと思うが。

 …ご神木に直接聞いてみないとわからん。

 …だが、いまはそんな悠長なことをしている時間はない。

 …そこでだ。

 …第二射の権限を全てお前に託す』

と鍵屋に風船波動砲の発射に関するすべての権限を託したのであった。

『いっいきなりそんなこと言われても』

その指示に鍵屋は困惑してみせると、

『…こらぁ!

 …男の子でしょう!

 …シャンとしなさい!』

玉屋の怒鳴り声が響いた。

『たっ玉屋さん』

『…もぅ、じれったいわねっ

 …あなたのUSHP・初号機はオフェンス。

 …私のUSHP・弐号機はディフェンス。

 …何があっても私がしっかりとガードするから、

 …ちゃんとDr・ナイトと決着をつけるのよ』

『はっはいっ!』

彼女のその言葉を聞いた鍵屋は自分の頬を2・3回叩き、

『判りました。

 ちょっと迷ってしまいましたが、

 もぅ大丈夫です』

といつもの調子に戻る。

それを聞き届けたダンは

『マッチョマン、聞こえるか?』

智也を呼び出すと、

『ご神木に異変が起きている。

 原因が何なのか、

 ご神木に聞いてきてくれ!』

そう指示をする。



ミ・ミ・ミ・ミ…

『マニュアルモードに切り替え確認。

 エネルギー充填。

 90%

 95%…』

バニー1号の読み上がる声が響く中、

『…照準、合わせ。

 +1.5

 +0.5

 0っ

 軸線に乗る…』

鍵屋は沈着冷静に風船波動砲の照準を合わせる。

そして、そのサキでは、

ボコッ!

ボコボコボコ!!!

湖上に聳える猛者の表面を次々と凸凹が突き出していくと、

その凸凹の下では無数のキノコが巣食い、

コアの内部はキノコに満たされ、

中に居る者の安否は確認できない状態になっていた。

さらに、

ミシミシミシ

ギギギギギ…

コアを浸食しつくしたキノコはその根元へと菌糸を伸ばし、

猛者の地下に溜まっている理の淀みへと向かって行く。

だが、

イィィィィィィン…

猛者は沈黙してはおらず、

最後の攻撃が始まろうとしていた。

『猛者のエネルギーが収束していきます。

 来ますっ!』

モニターを見つめるバニー1号の声が響くと、

『鍵屋っ、

 向こうが仕掛ける前に先制しろ!』

とダンは唾を飛ばして怒鳴るが。

『…!!っ、

 …間に合いません。

 8秒、向こうが早いですっ』

バニー1号は声を上げるのと同時に、

キーーーーン!!!

猛者が光り輝いた。



『来るっ!』

それを見た鍵屋が歯を食いしばると、

『どりゃぁぁ!!』

初号機の前に鬼の盾を持った弐号機が立ちはだかり、

持ってきた盾を地面に突き刺し構える。

直後、弐号機の正面でまばゆい光が輝き、

初号機はその陰に入った。

『玉屋ぁ!』

弐号機の背中を見据えながら鍵屋は声を上げるが、

まだ遅れ分の8秒は過ぎてない。

そして、

ピーッ!

準備完了を告げるサインが灯るのと同時に、

『!!!!っ』

鍵屋はトリガーを引いた。

沼ノ端市街地を上を風船波動砲の第2射が一気に横切り、

キノコに覆われた猛者の根元に突き刺さる。

『…幸司…』

『…姉さま…?』

『…気が済んだ?』

『…うっうん、

  まぁ…』

『…悪いけど、

  ちょっと先に行っててくれないかな。

  後始末していくから』

『…ぼっ僕も手伝うよ』

『…ダぁメっ、

  これは私の仕事だから、

  ねっ』

『…うっうん…』

『…じゃぁ向こうで』

『…うん………』

光の渦に押し流された猛者はキノコもろとも分解し、

さらにその地下の理の淀みへと達していく。

そして、理を喰らうように消滅させてしまうと、

光と衝撃が沼ノ端を覆い尽くしていった。



『すっごぉぃ!』

立ち上がるキノコ雲を見上げながら、

マッチョマン・レディPlusは声を上げるが、

その側にはマッチョマン・ブラックRXである智也の姿は無く、

『うわっっと!』

ご神木に向かっていた智也は、

衝撃波で煽られた体勢を立て直すと、

『Dr・ナイト…』

と猛者と運命を共にしたマッドサイエンティストの名を呼ぶ。

そして、ご神木の側に来た途端、

『え?』

その目を思わず疑った。



ザザザザザ…

まだ落ち葉の季節には早いのにも関わらず、

雨のようにご神木の葉が降り注ぎ、

そして、

ギュム

ギュムギュムギュム

ご神木の幹をあのキノコの傘が侵していた。

『なんだこれは!』

幹に密生し、

さらに広がっていくキノコの傘を見上げながら智也は叫び声をあげると、

幹の背後で何がが蠢いていた。

『誰かいるのか?』

声を掛けながらご神木の裏に回ると、

そこには全身をキノコに侵された分枝・里枝が倒れていた。

『りっ里枝ぇぇぇぇっ!!』

衝撃の姿に智也は慌てて駆け寄ろうとすると、

『…だめっ

 こっちに来ては』

手首がもぎ取れ、

キノコに蝕まれた腕を持ち上げて里枝は智也を制する。

『まさか、

 Dr・ナイトのキノコに…』

『…えへへ、

 …とっ智也ぁ…

 …ごめんね。

 …あたしの体にキノコがついていたみたい…なの』

無数のキノコによって眼鼻口の位置がわからなくなった

顔を持ち上げながら里枝は笑って返事をしてみせる。

『なんで、

 待ってろ、
 
 そのキノコを取ってやる』

居ても立っても居られずに智也は里枝を抱き上げると、

『このやろっ

 このやろっ
 
 このやろっ』

智也は里枝の顔に生えたキノコもむしり取るが、

しかし、いくら毟っても下から新しい傘が開くと、

出てきた顔を覆い尽くしていく。

『なんでだよっ

 なんで、

 くっそぉ

 里枝っ

 しっかりしろ、

 キノコなんかに負けるな』

皮膚の下でキノコが傘を開き始めたのか、

歪に膨らみ始めた里枝の身体をゆすり智也は声をかけていると、

『これは何事だぁ!!』

ダンの声が背後から響き、

『里枝さんを猛者のコアから引き剥がしたときには

 既に菌糸が伸びていたのか』

そのダンを追ってきた鍵屋は里枝を見るなりそう呟く。

『そんなぁ!』

『里枝さんは…どうなるの?』

話を聞いた茉莉たちは驚きの声を上げると、

『Dr・ダンっ、

 里枝を、
 
 里枝を助けて下さい!』

と智也はダンを見ながら懇願をするが、

ダンは静かに首を横に振り、

『すまぬが、間に合わぬ、

 いまのワシにできることは、

 キノコに侵されたモノを滅することしかできん』

と無念そうに返事をする。

『そっそんなぁ!

 あなたに出来ないことは無いのでしょう?

 里枝の身体からキノコを駆除するだけなんですよ。

 簡単な事じゃないですか』

それを聞いた智也は反論すると、

『智也さん。

 事は一刻を争います。

 ご神木の下にも理の流れがあります。

 その流れにキノコを触れさせるわけにはいきません』

と鍵屋は言はいい、

キンッ!

ご神木を含めた里枝の周囲に結界を張った。

『鍵屋さんっ、

 何をするんですか』

『他の木々を侵させるわけには行きませんので、

 隔離いたしました。

 さぁ、智也さんもそこから離れてください』

鍵錫錠を構えてながら鍵屋は言う。

『だからって、

 なんですかっ、

 Dr・ナイトのように里枝も焼いてしまうのですか。

 私はそんなことはできませんっ』

鍵屋に向かって智也は怒鳴ると、

『私だって、

 辛いんですっ、

 でも、

 だからと言って、

 里枝さんを特別扱いにはできませんっ、

 これはこの世界すべて、

 地獄も天界も含めたすべてを護るためなんです』

『でっでも…』

鍵屋の言葉に涙を浮かべながら智也はなおも反論しようとすると、

『…とも…や、

 …もぅ…いいよ』

里枝は囁いた。

『里枝…』

『キノコに…

 取りつかれたのは、

 私が…いけないんだから。

 智也…

 私を焼いて…

 ご神木と…一緒に、焼いて…

 ほしいの…』

と最後の懇願をする。

『ばっ馬鹿なことを言うなっ』

それを聞いた智也は里枝に向かって怒鳴ると、

ボトッ

キノコに侵された里枝の左腕が取れてしまうと、

地面へと落ちていく。

そして、

トンッ!

結界の床に落ちるなり、

ブワッ!

粉を吹くように分解してしまうと

腕は胞子と菌糸のクズへと変わってしまう。

『里枝っ、

 駄目だ、

 キノコに負けたらだめだ』

崩れ始めた里枝を抱きしめながら、

智也は幾度も声を上げるが、

『………』

里枝は返事をせず、

次第に力が抜けていくと、

ゴリッ

その首がもぎ取れていく、

『あっあっあっ』

智也はすかさず首を抑えるが、

もはや里枝は人の姿を維持することができなくなり、

朽ちた樹のようにボロボロと崩れて始めた。

そして、

分枝と同じようにキノコに侵されたご神木の枝もまた落ち始める。



バサッ

バサバサっ

落ちる枝の音を聞きながら、

『ひぐぅぅぅぅ…』

里枝を抱きしめて智也は泣きだしてしまうと、

『もぅ時間がありません。

 智也さん。

 離れてください。

 里枝さんとご神木を……滅します』
 
と鍵屋の声が響き渡る。

ブンブン

その声に智也は首を横に振って抵抗をすると、

『言うことを聞かねば、

 お前さんもろとも滅することになるぞ』

身を乗り出してダンは叫んだ。

すると、

キッ

智也はダンを見据え、

『里枝を滅するなら、

 私も一緒にお願いします』

と真顔で返事をする。

『馬鹿なことを言うなっ』

『馬鹿で結構ですっ、

 今度こそ、

 今度こそ、

 私は里枝を護るって決めていたんです。

 でも、それができないのであるなら、

 2度も里枝を護ることができないのなら、

 私は、

 そんな私を許すことができません』

と智也は言う。

『智也さん…』

その言葉に鍵屋はつらい表情を見せると、

「そうだ!」

と背後から別の声が響いた。

『え?』

その声に皆が振り返ると、

「牛島智也っ、

 いや、マッチョマン・ブラックRXっ

 お前の使命はなんだ!

 その女を護るのがお前の使命だろう。

 お前はその使命を果たしたのか」

と謙一は肩で息をしながら智也を指差した。

「急いで来てみたら、

 何だ、このざまは!」

『みっ岬さん、

 なんてことを言うんですか』

「あなたは黙っててください。

 おいっ、

 命を投げ捨てるのなら、

 すべての可能性を試してからにしろっ、

 まだやり残していることがあるんじゃないのか?」

鍵屋に構わず謙一は怒鳴ると、

『やること?

 まだ、

 あるのか?』

その言葉にハッとした智也は、

思わずご神木を見上げると、

急いで立ち上がり、

『そうだ

 私はまだ…』

と呟くと、

立ち上がり、

ご神木に向かって突進していく、

そして、

『むんっ!』

ブレスレットが光る手で

キノコが侵すご神木の幹を縦に割ると、

分枝の里枝を抱いたままその中へと飛び込んで行った。



ハァハァ

ハァハァ

ご神木の中を智也は無我夢中で走っていく、

パキッ

パシッ

だが、その間にもご神木を侵すキノコは増殖し、

智也の足元からもキノコの傘が頭をもたげ、

『うがぁぁぁ!』

その傘に何度も足を取られそうになりながらも智也は走る。

そして、光の一番強いところへと飛び込むと当時に、

周囲の光はすべて消え失せると、

錦の光が振り注ぐ中、

智也は大きく枝を広げる一本の樹の前に立っていた。

『里枝…』

智也の目の前の樹はまぎれもない、

樹になったばかりの里枝の姿であり、

分枝の里枝を抱きしめる智也もマッチョマンではなくなっていた。

『里枝…

 聞こえるか?』

と智也は樹に向かって囁くが、

眼球を失ったうつろな孔には光は戻らず、

樹は沈黙したままだった。

『里枝…

 何か言ってくれ、

 何か答えてくれ、

 お願いだ』

肩を震わせながら智也は涙を流すと、

パサッ

サラサラサラ…

抱きしめていた分枝の身体が

乾いた音を立てて崩れ落ちはじめる。

『!!っ

 里枝っ!』

それに気づいた智也は慌てて持ち直そうとするが、

だが、砂のごとく分枝の身体は崩れ落ちてしまうと、

里枝が持っていた花ノ弓と一本の矢を残して消えていった。

『そんな!

 そんなっ!!
 
 そんなっ!!!』

里枝が残した弓と矢を抱きしめながら智也は膝を突くと、

『うっうん…』

樹の方から寝起きのような女性の声が響いてきた。

『え?』

思いがけない声に智也は樹を見ると、

『里枝…』

そこには手足こそは樹のままだが、

股間から上半身にかけて人の姿に戻った里枝が智也を見つめていた。

『里枝!!』

『もぅ何を泣いているのよ、

 智也らしくない』

泣き顔の智也に向かって

里枝は笑ってみせる。

『なんだよっ、

 脅かすなよ』

『ふふっ、

 ねぇ…

 智也にとっても大事な話があるんだ』

『え?』

『聞きたくないの?』

『それを言うなら、

 こっちもあるぞ。

 里枝っ、

 君にとっても大事な話があるんだ』

『え?

 なによっ、

 それ、気になるじゃない。

 せひ聞かせてよ』

『じゃぁ、

 お互いに言いっこしようっか』

『いいわよ』

『せーのっ』



【・・・・・・・・・・】



『ふふっ』

『あははっ』

『ふぅ…』

『月並みだけど、

 やっと言えたな』

『だねぇ』

『知っていたのか』

『そっちもね』

『付き合い長いもんなぁ』

互いに自分の気持ちを伝えあった後、

智也と里枝は笑い合うと

『ねぇ…

 あたし、もぅ長くはここにはいられないの』

と里枝は言う。

『駄目だ。

 駄目だ

 ダメダメダメだ!!』

里枝に向かって智也はそう言い切ると、

『もぅ二度と君を失うことはない。

 そう決めたんだ!』

と智也は言う。

『智也…』

『里枝っ、

 キノコは私が全部引き受けるっ、

 マッチョマンの名に掛けて』

『ダメよっ

 そんなことをしては。

 智也がキノコに食べられてしまうわ。

 キノコに食べられるのは私一人で十分よ』

『それは私が許さないっ』

『なんでよっ、

 智也までキノコに食べられてしまったら、

 健一さんやTV局の人たち、

 それに、黒蛇堂さんや鍵屋さんたちはどうなるのよ』

『うるさいっ、

 それを言ったら

 里枝の居ない世界でどうやって生きて行けばいいんだ』

『判らず屋っ』

『その言葉をそっくり返すっ』



はぁはぁはぁはぁ

ふーっふーっ

互いに声を張りり上げて言い合いをした後、

智也は里枝の根元に腰を下ろして

荒れた呼吸を整えていると、

『あらあら、

 この程度で座り込むの?』

と里枝は嫌味を言う。

すると、

『なんだよ、

 お前だって、

 樹のクセに息が上がっているじゃないか』

と智也は言い返すと、

『うるさいわねぇ、

 樹だって息が上がるわよっ』

里枝もまた言い返し、

『あはは…

 なぁ、覚えているか。

 おまえが身体が樹になっていくときに言った本音を』

と智也は尋ねた。

『え?

 何か言ったっけ?』

『ずっと気丈に振舞っていたお前が、

 本格的に樹になって行く途中で、

 …私、樹になんてなりたくない!

 …人間に戻りたいよ!

 …美味しいもの食べて、

 …お洒落して、

 …友だちとお話して、

 …楽しく笑いたいよ!

 …結婚して、

 …子供産んで、

 …家庭を築きくの!

 …お仕事もしたいし、

 …まだまだやり足らないこと一杯あるよ!

 って言ったよな』

『あはっ、

 その言葉、全部覚えてくれていたんだ』

『当ったり前だろう。

 忘れるかよっ、

 だから、

 お前の分枝と会ったとき、

 今度こそは、と決めたんだ』

『そっか…

 でも、

 分枝は私に戻ってきてしまった。

 どうするの?

 智也?

 分枝が無くなり、

 キノコに侵されて行く私をどうやったら救えるの?』

『それは…』

里枝の指摘に智也は返事に窮してしまうと、

『頑張れ、で、

 全てが上手く行くのなら、

 頑張れるだけ頑張るわ。

 でも、解決の見通しすら立たない状態で

 闇雲に頑張れというのは 

 無責任だし、残酷よ』

『…うっ』

『智也っ、

 これまでずっと私の面倒を見てきてくれて、

 本当にありがとう。

 短い間で分枝だったけど、

 でも智也と一緒に生活出来たのこと、

 とっても嬉しかったし、楽しかった。

 大丈夫。

 智也は私が居なくなっても

 生きて行ける。

 だから…ねっ、

 ここで終わりにしよう』

『!!っ』

里枝の口からその言葉がでると、

ミシミシミシ

里枝の身体を樹皮が覆い始め、

その樹皮を追いかけるようにキノコが侵していく。

その光景に智也は目を見張るが、

ただ、その目から涙が溢れ出すと、

声を殺して顔を覆った。

『もぅ、子供みたいに泣かないでよ』

そんな智也の姿見下ろしながら里枝は言うと、

『くそっ、

 くそっ、

 くそっ、

 ここまでかよっ、

 もぅ何も手は無いのかよ。

 こんなことなら、

 …いっそ』

智也は泣きながらあることを思い浮かべるが、

『ダメだ。

 そんなことを考えては』

とすぐにそれを否定する。

そのとき、

フッ

智也の横に影が降り立つと、

『…躊躇ってないで

 …やっちゃえばいいじゃない?』

と耳元で女性の声が囁いた。

『え?』

思わぬ声に智也は顔を上げると、

スッ

智也の前に一人の女性が立ち、

花ノ弓を智也に向けている。

『誰?

 あなた?』

『お前、誰だ!!』

女性に向かって智也と里枝は声を上げると、

『…やるなら、

 …今でしょう?

 …牛島智也!

 …あなたのその気持ちを

 …全て開放しなさい』

智也に向かって女性は言うと、

シュカッ!

弓を放つ。

そして、

ドスッ!

智也の胸に矢が突き刺さると、

キーン!

智也が持つ”導”の札が光輝いた。

『うわぁぁぁぁぁ!!!』

智也は胸を押さえながら悲鳴あげるが、

その胸の周りが次第に黒く染まり、

それにあせて鼓動が一気に高鳴っていく。

すると、

メリメリメリメリ!!!

体中の筋肉が膨れ上がり、

ジワァァァァ

漆黒色に染まる肌が全身を覆い尽くすと、

『うぉぉぉぉ!!!!!

 まっまっまっ、

 マッチョマーーーーン!!』

智也は声を張り上げ

燃え上がるような気を放つ

マッチョマンに変身してしまったのであった。

『智也…?』

ただならないマッチョマンの姿を見て

里枝は顔を引きつらせるが、

はーっ

はーっ

はーっ

体中から気を吹き上げる智也は

荒い息をしながら血走った目で里枝を見据える。

『ちょっと、

 どうしちゃったの?

 智也…

 正気に戻ってよ』

震える声でそう話しかけるが、

『…さぁ、マッチョマン!

 …お前の気持ちを、

 …残らず全て爆発させなさい』

と女性は言い、

フッ

姿を消した。

『うごわぁぁ!』

その言葉に突き動かされるように

智也、いや、マッチョマンは里枝に迫ると、

抱きつくようにその幹を抱きかかえ、

メリメリメリメリ

あらん限りの力で地から引き抜き始める。

『やめて、

 何をするの?

 そんな、

 無茶を、

 無茶をしないで』

悲鳴を上げる里枝の声を無視して、

ズズズズ!

ズゴォ!

力ずくで引き抜いてしまうと、

ドサァ!

荒っぽく放り投げる。

そして、

『ぬんっ』

バンッ!

気合を入れると、

股間を覆っていたビルダーパンツが弾け飛び、

黒い槍と化したイチモツを力強く突き上げた。

『智也…

 まっまさか、

 ひっ

 こっこないで、

 いやっ、

 そんなのやだ』

嫌がる里枝を智也は再度担ぎ上げ、

『やっやめてぇぇぇ!!』

メリメリメリ!!!

陰毛のように木の葉が覆う彼女の秘部に

己のイチモツを強引に挿入していく。

『あっ、

 だめっ、

 あっ、

 うんっ、

 んっく』

智也に犯されることに里枝は抵抗するものの、

しかし、挿入が進むにつれ、

里枝の表情が変わっていく。

一方で智也のイチモツもまた、

里枝の体内を埋め尽くしている樹の繊維によって、

皮膚が引き裂け満身創痍の状態になっていくが、

それに構わず、

『うぉぉぉぉぉぉ!!!!!』

智也は己のパワーを一気に爆発させると、

腰を振り始めた。

『とっ智也!

 無茶よ、

 樹を犯すなんて』

『うぉぉぉぉぉっ!!

 (無茶なものかっ

  あのときを思えば、

  こんなもんっ

  大したことじゃないっ)』

股間を血だらけにしながら、

智也は腰を振り続けた。



『はーぁ

 はーぁ

 はーぁ』

荒い息を吐きながら

智也はなおも腰を動かし続けると、

『…あっ……』

遅れて感じてきたのか、

里枝はキノコに侵される樹の体を内側から上気させていく。

そして、

『あっ』

『んっ』

『あぁっ』

『んんっ』

次第に息を合わせていくと、

『あぁぁぁっ』

『んんんんっ』

『あぁぁぁぁぁっ』

『いっいっ

 いくくくくぅ』

『でるっ

 でるっ

 うぉぉぉ!』

声を合わせて二人はイッたのであった。。



『はっはっはっ』

『はーっ

 はーっ』

智也の腰の動きが止まり、

里絵も己の体から葉を幾枚も落としながら、

まどろみの中で智也の体液を感じていると、

『まだまだ!』

の声と共に、

智也のイチモツが復活すると、

『ちょちょと…』

第二ラウンドが始まったのだ。

キシキシ

キシキシ

無数のキノコが生えていく里枝の体がしなる音を上げると、

智也は容赦なくそれを突き上げる。

そして、

第三ラウンド、

第四ランドと、

智也は里枝を犯しつづけ、

第五ラウンドの頃から、

里枝の体に変化が始まった。

身体を侵していたキノコが樹皮と共に落ちていくと、

ジュワァァァァ!!!

足元で樹皮もろとも崩れ落ち

次々と消滅していく。

そして、続く第六ラウンドが終わると、

智也にも変化が現れ、

筋肉が盛り上がっていた身体が萎み始める。

第7ラウンドで里枝の肌から枝葉が消えた。

第8ラウンドでは根が消えると体に柔らかさが戻り始め、

第9ラウンドでは肌に血の気の様な色が戻ってくる。

第10ラウンドでは樹の部分が殆ど落ち、

第11ラウンドで最後残っていた部分が落ちると消えていった。

最後の第12ラウンドがフニッシュしたとき、

パキンッ!

”導”の札が2つに割れ落ちると、

マッチョマンだった智也の変身は完全に解け、

同時に彼の腕には人間の姿に戻った里絵が

彼の腕に抱き抱えられていたのであった。



『だめだ、

 目がかすんで来た…

 それにとても…眠い…』

人間に戻った里枝を抱きしめながら、

智也はその場に崩れ落ちるように倒れてしまうと、

『まったく、

 無茶をしおって』

の声と共に地獄界の副指令・ジョルジュの声が響いた。

『…さっさっきの声、

 …女の人だと思ったけど、

 …あなたでしたか?』

その声を聞いた智也は力なく返すと、

『いいや、

 私ではない。

 お前たちのことが心配だと言う女性が居てな』

と言う。

『…へぇ、

 …それはまた…

 …奇特な方が居たのですね』

ジョルジュの言葉に智也はそう返すと、

スーッ

そのまま気を失ってしまった。

『やれやれ、

 まぁ、これだけのパワーを使えば致し方があるまい。

 さて、三浦里枝っ

 聞こえるか?』

意識を失った智也に代わって、

ジョルジュは里枝に話しかけると、

『ん?

 あれ?』

目を覚ました里枝は顔を上げ、

自分の体を確かめる。

そして、

『人間に戻っている』

そう呟くと、

『目が覚めたようだな。

 君を樹の姿にしていた呪はキノコと共に消えてしまった。

 それと同時に牛島智也の力によって、

 君はかつての姿に取り戻したのだよ』

とジョルジュは言う。

『ジョルジュさん…

 いらしたのですか』

『牛島智也のケアをよろしく頼む。

 そう申し付けたつもりで、

 君にお墨付きを渡したのだが、

 逆に助けられるとはな』

『えっ、

 あの、

 その、

 なんと言ったら良いのか』

顔を真っ赤にして里枝は返答に困ると、

『別に責めはしない。

 牛島智也の命の灯に出ていた揺らぎは収まっていたしな。

 まぁ、彼も男としては本懐を成し遂げたので、

 本望であろう』

『はぁ…』

『君は常に牛島智也の傍にあって、

 彼を支えてやってくれ、

 まったく、

 人間は追い詰められると何をしでかすか判らないが、

 ここまで無茶をやり通す者は早々に居ないぞ』

とジョルジュは呆れてみせ、

『では、わたしはこれで退散しよう。

 君も心残りはないだろう』

振り返りながら背後に立つ女性に尋ねる。

すると、

その女性は前に進み出ると、

『智也さん、里枝さん。

 弟が迷惑を掛けてしまって

 本当にごめんなさい』

と謝りながら頭を下げる。

『弟?

 では、あなたは、

 Dr・ナイトのお姉さん?』

『はい、

 一連のことは弟が私を思って起こしたこと。

 でも、許されるものではありません。

 これから、しかるべき所で

 姉弟共に裁きを受けます』

そう里枝に言うと、

ジョルジュと共に消えていった。



パァァァァァァ

キノコに侵されていたご神木が光り輝くと、

ザザザザザッ!!

残っていた枝を落とし、

さらに幹を崩しながら小さくなっていくと、

やがて根元に空いた窪み中から、

互いに抱き合う男女が姿を見せる。

「牛島っ!」

『智也さん!』

『里枝さん』

それを見たダンたちが声を上げると、

錦色の夕暮れの光が

ご神木が消えた空間から差し込む中、

「うっうん?

 あっあれ?」

声に起こされた智也は顔を上げて周囲を確かめる。

と同時に、

「智也ぁぁぁ!」

里枝が智也を抱きしめてくると、

「さっ里枝?」

と里枝の名前を言う。

「うん」

「里枝」

「うんっ」

「里枝っ

 大丈夫か!」

「うん、

 大丈夫だよっ」

「そっか、

 って、お前、

 身体は…」

「見ての通り、

 元通りよ」

「え?」

「ジョルジュ副指令が言ったのよっ

 智也が命がけで私を元の姿に戻したって」

里枝のその言葉に、

『ほぉ!』

ダンたちは皆感心して見せると、

「えっ

 えぇぇぇぇぇぇ!!!」

智也自身が一番驚きの声を上げたのであった。



「えー

 では、里枝ちゃんの人間復帰と

 智也のマッチョマン卒業。

 並びにDr・ナイトの退治を祝いまして!」

夕刻、智也の自宅に上機嫌の謙一の声が響くと、

酒樽を担ぐ白蛇堂の音頭で、

『かんぱーぃ!』

その声が響き渡る。

そして、宴も酣になった頃、

「はぁ…」

智也はベランダに出てくると、

その横に里枝が並んだ。

「いろんな事があってね」

「ん?

 そうだな。

 でも、

 もぅ過ぎたことだ」

里枝に言葉に智也はそう返事をすると、

二人は互いに手を伸ばし、

相手の脇へとそっと入れ

きつく抱きしめ合う、

その一方で、

『Dr・ナイト…

 もし、自滅しなかったら、

 どうしてた?』

とダンは鍵屋に尋ねると、

鍵屋は静かに首を横に振り、

『その時にならないと判りません』

と答える。

『答えはまだ導き出せないか』

『…えぇ…

 …私の旅はまだ続きそうです』

『そうか』

『ただ、わかった事があります』

『ほぉ?』

『私はDr・ナイトは月夜野幸司一人ではない。

 そう思うのです』

と鍵屋はダンに言うと、

『ではなんだと?』

それを聞いたダンは鍵屋の真意を確かめる。

『Dr・ナイトは人間の心の闇が作り出したもの。

 きっと第2、第3のDrナイトが現れると思うのです』

興味深そうな表情を見せるダンに向かって鍵屋は言う。

『そうなったら、

 鍵屋。

 お前はどうする』

『無論、滅します』

『なるほど、

 まぁ、何はともあれ、

 いまは一件落着としようではないか』

鍵屋に向かってダンはそう言うと、

『そうですね』

鍵屋はそう返事をしながら、

肩を寄せ合う智也と里枝を眺めていた。



「いやぁぁぁぁ!!!」

月明かりが照らし出す夜道に

突如女性の悲鳴が響き渡ると、

「くふっ、

 じっとしてて」

そう囁きながら

女性の首につき立てた注射器のシリンダーを押す男の姿があった。

『あぁ、

 今宵は月が綺麗だ』

体中から獣毛を吹きあげ、

次第に人の形を失っていく女性を抱きかかえながら、

男は月を見上げるとそう呟く。

男の名はDr・ナイト。

彼の次の獲物は既に決まっている。



樹怨Act3・おわり