風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第拾四話:キノナカノアイツ)


作・風祭玲

Vol.1090





「ねぇ、

 またここに舞い戻ってきたけど、

 いまさら何を調べるっていうのよ?」

端ノ湖上に聳え立つ植物怪獣・猛者。

その猛者の背後の山中で崩れ落ちてしまった

月夜野家の屋敷にクノイチの"海”の声が響くと、

「大事なことです」

と”華”は額に汗を浮かべながら、

自分達が囚われていたナイトの研究室を熱心に調べていた。

「出来ば

 ここには来たくなかったな…」

ナイトの手によって獣の姿に変えられた少女達が残した

異臭が漂う研究室の中を”海”は歩いていくと

「”海”は知っていますか

 月夜野律子と言う植物学者を…」

と”華”は尋ねる。

「初めて聞く名前ね」

「無理もありません、

 彼女は大正時代の学者です。

 主にキノコなどの菌類を専門にしていたのですが、

 結婚を機に研究から去って行ったそうです」

「ふーん、

 で、それがどうしたの?」

「旦那様に伺ったところ、

 Dr・ナイトが作り出した獣化ウィルスの下地になっていたのが、

 菌類が出す特殊酵素だそうです。

 この酵素は宿主のDNA配列に干渉し、

 宿主を殺さずにDNA配列に作り変えてしまうものだそうです。

 キノコからその酵素を発見したのが月夜野律子であり、

 律子の弟が月夜野幸司…」

「ちょちょっと、

 それって…」

「Drナイトはここで姉が発見した酵素を元に

 獣化ウィルスを作り出したのですが、

 ただ、何処にも律子が残した資料が無いのです」

「つまり、別の研究室がある。と」

「旦那様が月夜野幸司に出資をしたのは、

 幸司が律子の研究を引き継いだからです。

 けど、彼は獣化ウィルスと言う別の用途に使ってしまった。

 ナイトはもぅここには帰ってこないでしょう。

 それであるなら、

 律子の研究を引き取り、

 それを世の役に立てるようにするのが

 私たちの役目だと思うのです」

「ふーん」

”華”の話を聞いた”海”は頭の後ろに手を組むと、

また、ふらりと研究室の中を周り始める。

そして、

コツンッ!

「え?

 わぁぁぁ!」

何かに躓いて転んだ途端、

スゴッ!

”海”の足元が崩れ落ちてしまうと、

「うわぁぁぁ!」

研究室に”海”の悲鳴が響き渡った。



「海ぃ!」

それに気付いた”華”が声を上げると、

「いたたた」

一階分下に落ちてしまった”海”は

痛む頭を押さえながら顔を上げる。

と同時に

「え?」

目の前に広がる光景に言葉を飲み込んだ。

「大丈夫ですか、

 ”海”」

”海”を追って”華”が降りてくると、

「”華”っ

 これ」

と”海”は目の前を指差す。

「これは…」

二人の前に広がっていたもの、

それはビンに収められた無数のキノコのサンプルと、

埃を被った書籍や資料が棚に収められている部屋だった。



『うん、

 これは食べられるキノコ。

 あっ、それに手を触れてはダメ、

 毒があるから』

『姉さまはキノコのことなら何でも知っているのですね。

 さすが植物学者です』

『ふふっ、

 ありがとう』

『でも、なんでキノコの様なものがあるのでしょうか?』

『それはね、

 キノコは森のお掃除係りだからなのですよ』

『お掃除係り?』

『えぇ、

 役目を終え枯れた木や草を

 キノコはやさしく土に還してくれるのです。

 だから、森は森でいられるのですよ』

『そうなのですか、

 では、私達がキノコを食べることは、

 森のお掃除に一役買っているのですね』

『はい、その通り』

『でも、そんなにお詳しいのなら、

 姉さまはもっとキノコの勉強をすればよいのに』

『そうねぇ、

 でも、私の役目はおしまいです。

 後は殿方にお任せいたしましょう』

『そうですか?』

『えぇ』

『姉さま?』

『なに?』

『お父様に聞きました。

 キノコの研究をやめて

 お嫁に行かれるのですか?』

『そうよ』

『わたしは反対です』

『どうして?』

『だって、

 姉さまはお嫁に行かれても、

 幸せなれないような気がするのです。

 姉さまはずっとここでキノコの勉強をすればよいのです』

『幸司は心配性ね、

 大丈夫よ』

私に向かって笑みを見せた姉様は

そう言いながらやさしく私の頭を撫でてくれた。

でも、嫁いで行った姉さまは幸せにはなれず、

それどころか病を患ってしまうと、

追い討ちを掛けるように大地震が襲ってきた。

『…聞いたか、

  浅草の凌雲閣が崩れ落ちたそうだ』

『…それどころか大火事で東京や横浜は焼け野原だとよ』

『…根府川じゃぁ

  山津波で汽車が海に押し流されたと言う話だし』

その年の9月に発生した大地震によって引き起こされた火災により

姉さまの嫁ぎ先は焼け、

炎の中から命からがら逃げ出した姉さまだったが、

いざと言うときに役に立たない嫁。

との責めを受けると帰されてしまった。

久方ぶりに再会した姉さまは病により窶れ、

それどころか、

迫る炎から逃げて来たために、

美しかった姉さまの顔は醜く焼け爛れてしまっていた。

『大丈夫ですか?

 姉さま?』

心配する私を姉さまはやさしく撫でながら、

『いっそ樹になってしまいたい。

 樹となりキノコを生やして

 穏やかに過ごしたい』

とうつろな目で囁きます。

そのときは姉さまの戯言と思っていたけど、

でも、病魔は傷ついた姉さまを確実に蝕み、

最初は金を惜しまず様々な名医を呼んで

姉さまの治療に当たらせていた両親でしたが、

次第に病が治癒しない姉さまを疎むようになり、

姉さまは隔離されるように中庭にあった蔵へと押し込まれてしまった。

それでも私は姉さまの病を治し、

昔の様な美しい姿に戻してあげたい。

日々その事を願いながら看病していたとき、

鍵屋と名乗る風変わりな青年と出合いました。

間違いなくこの国の人間ではない彼は

誰も知らない異国の知識を持っていて、

私はすぐに姉さまのことを相談すると、

鍵屋は私に一冊の本を渡し、

『この本の中に君が知りたいことが書いてある。

 君が姉さんの治したいと思うのなら、

 この本で勉強をすることだ』

と告げたのです。

私は無我夢中で勉強をしました。

そして、鍵屋はそんな私に次々と新しい本を与えてくれ、

ついに私は魔術と言う方法で

姉さまの身体を直す術を手に入れると、

これで、姉さまを昔の姉さまに戻すことができる。

姉さまが隔離されている蔵へと乗り込みました。

でも、遅かった。

目の前の姉さまは

まさに命の火が消えようとする無残な姿であって、

術を使おうにも手遅れなのは明白でした。

姉さまの前で私は号泣すると、

一つの木の実が転がり落ちたのです。

それは翠華の実。

覚えた魔術の腕試しにと、

術の力で取り寄せたこの世に存在しない木の実です。

苦しそうな姉さまを少しでも楽になれるよう、

その木の実をすり潰し姉さまの口に汁を注いだ途端、

姉さまは目を見開くと身体が大きくはね、

強い力で私を突き飛ばしたのです。

「姉さま?」

呆然とする私の目の前で、

姉さまはゆっくりと立ち上がると、

病で細くなった体を突き破るように樹の枝が次々と突き出し、

伸びた枝から葉が生い茂りだします。

さらに、足から根が噴出すと痛んでいた蔵の床を突き抜け、

土の中へともぐりこんでいく。

「そんな…

 そんな…」

突然の事を私は呆然と見ているだけだった。

着物が引き裂け、

姉さまは白い身体を見せると、

その身体を皺の様な木肌が覆っていく、

そして、病んだ内臓を吹き上げて全てが終わったとき、

姉さまを閉じ込めてきた蔵の屋根は崩れ落ち、

差し込んできた日の光に輝く一本の樹が私の前に立っていたのです。

「姉さま!

 姉さま!

 姉さま!」

樹に駆け寄った私は固く締ったその幹を幾度も叩きながら呼びかるけると、

『…幸司、ありがとう…

 …私はもう一歩も歩くことも、

 …お前の頭を撫でてあげることも出来ません。

 …でも、お陰で、

 …苦しいこと、

 …辛いこと、

 …その全てを感じることがなくなりました。

 …こうして日に向かって立ち、

 …大好きなキノコと共に生きていきます』

と姉さまの声が僕の頭の中に響き渡った。

姉さまは樹になってしまった。

姉さまが望んでいたように…

でも、

でも、なんで、

何も悪いことはしてはないのに、

なぜ、姉さまは辛く苦しい思いをし、

樹にななることで

やっとそれらから開放されないとならないのか。

その理不尽さに怒りを覚えた私は

鍵屋から得た知識で老いを止めると、

姉さまが手がけていた研究を引き継ぎ、

Dr・ナイトへとなっていった。

全ては姉さまを取り戻すために…



『ぐふっ、

 ごふっぐふっ!』

胸を押さえながらDr・ナイトは立ち上がると、

『もうよせっ』

と鍵屋は言う。

『…やかましい』

そんな鍵屋に向かってナイトは怒鳴ると立ち上がり

グッ

気合を入れるように拳を握り締め、

そして、再度魔方陣を作ろうとする。

『無駄よっ、

 あなたの術は私達には通用しないわ』

『…やかましい』

『いまならまだ間に合う。

 里枝さんを解放して、

 猛者を崩すんだ』

『…やかましい』

『これ以上の意地を張るんじゃないよっ、

 それでもやる気なら、

 こっちも本気でやるよ』

ナイトに銃口を向けながら玉屋は言うと、

『やかましいっ!』

ナイトは怒鳴り声を上げ、

『鍵屋っ!

 何故、お前は姉さまを助ける術をすぐに私に教えなかった』

と怒鳴りながら鍵屋を指差す。

『なっ?』

『お前がさっさと私に術を教えれば、

 姉さまは樹にならなくて済んだんだ』

『それは…』

ナイトも言葉に鍵屋は言葉を詰まらせると、

ドォン!

コアの中に銃声が響き渡り、

『甘えるんじゃないわよっ』

と玉屋の怒鳴り声が響いた。

『なにぃ?』

『勘違いをするのも大概にしろ。

 何がさっさと教えてくれなかった。だとぉ?

 それが知識を与えてくれた師に向かって言う言葉か?

 鍵屋に手を貸してもらえなければ、

 お前の姉さまは樹にすらなれず、

 命を落としていたんだ。

 結果の不満を師に向けるなっ、

 どうしても責めたいのなら。

 不満が出る結果を出した自分を責めろ!』

ナイトを睨み付けながら玉屋は怒鳴ると、

ギリッ

歯を食いしばりながらナイトは玉屋をにらみつけ、

『私の気持ちも判らずに…』

と呟く。



『何も動きがない?』

マッチョウィングで猛者の周囲を周回しながら、

智也はその様子を探ってみたが、

しかし、いくら近寄っても、

猛者は光線砲で攻撃するどころか、

花粉すら噴出すことなく沈黙していた。

『無警戒なのか?

 それなら…』

丸焦げにされるリスクが無いことを確信した智也は

ウィングを羽ばたかせて猛者に近寄っていくと、

中から聞こえるものがあればと

マッチョイヤーで中の様子を探り始める。

すると、

キーン!

連動するかのように腕に嵌めたブレスレットが光り始め、

『……甘えるんじゃないわよっ』

と明瞭な玉屋の声が耳に響いた。

『おぉ、

 マッチョイヤーが聞きやすい。

 これもブレスレットのお陰か、

 玉屋さんが誰かに怒鳴っているみたいだな。

 と言うことは、相手はナイトか』

彼女の声を聞いた智也は、

この中で玉屋たちがナイトと対峙していることを確信すると、

『むんっ!』

ドズンッ!

音を響かせながら猛者に取り付き、

『どこか、

 中に潜り込めるところはないのか』

と猛者内部へ侵入できる所を探り始めた。




『あぁ、判らないね。

 判らないから一歩下がって見られるんだよ。

 はっきり言おうか、

 お前の姿は滑稽だよ。

 理の力でキノコを暴走させて

 何もかもみんな土に還すだと。

 八つ当たりもいい加減にしろ。

 お前がいくら拳を振り上げて、

 涙を流しながら文句を言っても、

 過ぎたことは元には戻らない。

 そんなに昔のことを責め立てるのなら、

 こんな猛者を作るんじゃなくて、

 タイムマシンでも作って90年前に殴りこみに行けばいいだろう』

『きっさまぁっ!』

『悔しいか、

 悔しく感じるのなら、

 それはナイト、お前の甘えだ』

『言わせておけばぁ!』

彼女の言葉に目を吊り上げてナイトは激高すると、

『なぁ、幸司』

鍵屋は落ち着いた口調でナイトに向かって語りかける。

『なんだっ!』

『この猛者も含め、

 お前がこれまで起こしてきた一連の事って、

 全て姉さまである月夜野律子の復讐代行か』

『なに?』

『律子さんはそんなに皆を恨んでいたのか?』

『うっうるさいっ、

 お前に姉さまの苦労がわかるまいっ』

『そうか、

 じゃぁ、律子さんに聞いてみようか、

 ここに居るんだろう?』

『なんだと?』

鍵屋の指摘にナイトはその表情を変えると、

『…律子さん。

 お久しぶりです、鍵屋です』

と鍵屋は声を張り上げてみせる。

すると、

『…………』

何処からか女性の声が静かに響いた。

『…あの時はお力になれなくて

 申し訳ありませんでした』

声に向かって鍵屋は頭を下げて見せると、

『…………』

声は優しく鍵屋に語り掛ける。

『鍵屋…

 お前、姉さまと会っていたのか』

二人の会話を聞いたナイトは尋ねると、

鍵屋は静かに頷き、

『あなたから相談を受け、

 書物を渡したあと、

 私は彼女に会いました。

 そして、彼女から

 あなたの手で病を治してもらうのが本望と言われ、

 私はあなた達を見守ることにしたのです』

と事情を言う。

『そんな!』

それを聞いたナイトは驚きの表情をみせると、

『鍵屋、

 でも、それって無責任じゃない?』

玉屋が口を挟んできた。

『確かに…

 今を振り返ってみれば、

 無責任だったともいえます。

 手を貸してしまった以上、

 もっと積極的に介入するべきでした。

 だから、ある意味、

 今回の件は私も同罪ともいえます』

と玉屋の指摘に鍵屋はそう返事をする。

そして、ナイトを見ながら、

『私はお前の姉さまと同じように樹になってしまった女性と、

 その女性のために精一杯尽くしている男性を知っています』

と言う。

『それがどうしたっ』

『女性は知らずに

 かつて徐福が地獄から沼ノ端に持ち込み、

 森の中に生っていた翠華の実を食べてしまい、

 樹の呪を受けました』

『なに?』

『男性は実の呪を受けた女性を一旦は街に連れ帰りますが、

 しかし、呪は女性の身体を樹へと変貌させていきます。

 その事実を男性は悩んだ末に受け入れ、

 女性を森の中へと連れて行くと、

 根に変わっていた女性の足を土の中に埋めたのです。

 そのときの男性の気持ちがどんなものだったのか、

 幸司、あなたならわかりますよね』

『うっ…』

鍵屋の言葉にナイトは声を詰まらせると、

『それって、

 私のことですか?』

と話を聞いていた里枝は尋ねる。

『はい、

 あなたと智也さんのことです。

 あなた達は現実を受け入れ、

 そして、少しでも良い方向に進むよう努力してきました。

 それが積もり積もっていまの状況があるのです。

 幸司、この二人を見習えとは言いません。

 でも、物事を受け入れて前に進む姿勢は

 見習うべきだと思います』

『……』

『里枝さん。

 あなたも色々大変でしょうけど、

 智也さんのところに戻ってあげますよね』

里枝に向かって鍵屋は尋ねると、

『はい…』

彼女は俯き加減に返事をする。

『もぅ言うことはないのか』

黙ってしまったナイトに向かって玉屋は尋ねると、

『地獄での審判は私も同席し、

 あなたを弁護いたします。

 それが私の務めですので』

と鍵屋も言う。

すると、

『……くふっ、

 くふっ、

 くふふふふふ』

ナイトは肩を震わせながら笑い始め、

『もぅ、

 もぅ、

 何かかも、

 手遅れだよ!』

と声を上げながら、

バッ!

纏っていた白衣を捲りあげてみせる。

『なっ!』

『なにぃ?』

それを見た鍵屋たちは声をそろえて驚くと、



ギュムギュム

ギュムギュム

ナイトの体からは幾つものキノコが顔を出し、

傘を広げながら成長していたのであった。

『おまえっ』

『ふはははは、

 見ての通りさ。

 キノコはとっくに私の身体をヨリシロにしているんだよ。

 ぐふふふふっ、

 もうすぐこのコアの中にキノコが取り付き、

 そして、猛者を侵していく。

 沼ノ端…

 いや、天界も地獄の何もかもがキノコによって消えていくんだよ』

と声を上げると、

『くっ』

鍵屋は印を切り、

キノコを生やすナイトを封印しようとする。

しかし、

ボコッ!

ナイトの体からこぼれた胞子が発芽したのか、

床からキノコが生え上がると傘を広げ始める。

『たっ助けてぇ』

それを見た里枝は顔を引きつらせながら声を上げると、

『里枝さんっ!』

『これどうすればいいの?』

玉屋と鍵屋は里枝を助け出そうとするが、

しかし、里枝の身体は壁と完全に同化していて

鍵屋たちの力では彼女を助け出すことが出来なかった。



ギュムギュムギュム

ボコッ

ボコボコッ

その間にもキノコは増殖し、

ナイトの身体からくまなく傘を広げると、

彼の足元からも広がるようにして傘が広がっていく。

『助けて!

 助けて智也ぁぁぁぁ!!!』

あらん限りの力で里枝が智也に助けを呼んだとき、

ズゴォ!

コアの壁がまたしても崩れ落ちると、

その中から漆黒の肉塊が蠢きながら起き上がり、

『むんっ!

 マッチョマン・ブラック・RX参上!』

ビシッ!

とモッコリと膨らんだビルダーパンツを見せ付けるように

マッチョマン・ブラックRXは決めポーズを見せてみせる。



『マッチョマン…ブラック』

『RXぅ?』

いきなり出てきたマッチョマンを里枝と玉屋は怪訝な目で見ると、

『智也さん。

 よくここに来てくれました』

と鍵屋が声を上げる。

『鍵屋さん、

 玉屋さん

 大丈夫ですか?』

鍵屋と玉屋を見ながら智也は安堵の表情を見せ、

『里枝は何処です?』

と問い尋ねる。

すると、

『え?

 その声は智也?

 この筋肉モリモリが智也だってぇ?

 うっそぉ!!!』

と里枝の驚きの声が追って響いた。

その声を聞いた智也は振り返ると、

『そこにいたのか里枝』

と声を掛ける。

『やだ、

 って言うか、

 なんで、そんな…

 筋肉モリモリになっているのよ。

 しかも、真っ黒で…

 まるでどこかの野生人みたいじゃない』

顔を真っ赤にして里絵は目を逸らすと、

『あぁ、そうか、

 分枝の里枝がマッチョマンを直に見るのは初めてだったか』

と智也は笑いながら里枝の頭を2・3回ポンポンと叩き。

『帰るぞ』

そう声をかけながら

ブレスレットが手首で光る手の指を揃えると

『ジョルジュ副司令。

 今から里枝のサルベージを始めます』

とブレスレット向かってに囁き、

『むんっ!』

ズボッ!

一直線に壁を突くと、

その中へとめり込ませる。

そして、グリグリと壁の中を探った後、

『これだ!』

智也は何かを掴むと一気に引っ張って見せる。

すると、

ズズズッ

里枝の身体が前へと動きだし、

さらに

『むんっ!』

強く引っ張ると、

ズズズズズズ…

ズルッ

コアの壁と一体化していたはずの里枝の身体が

傷一つ付かず引き出されたのであった。

『おぉ、凄い…』

それを見た鍵屋と玉屋は目を見張ると、

『え?

 やっやだ』

皆に一糸纏わぬ姿を見せてしまったことに

気がついた里絵は顔を赤らめる。

『里枝さん

 これを…』

それを見た鍵屋がすかさず纏っていたローブを掛けると、

『ぐほっ、

 にっ逃がさん。

 ここからは逃がさん』

キノコに覆われたナイトが震えながら立ち上がり、

ジュワァァァ

それと同時に壊されたコアの壁が修復されはじめた。

『お前達はもぅここからは出られない。

 私と一緒にキノコに喰われるんだ。

 ふはははは、

 みっみんな喰われて、

 土になってしまえ』

皆に向かってナイトは叫ぶと、

グシャッ!

まるで潰れるように崩れ落ち、

ギュムギュムギュム

その身体をキノコが喰らい始めた。



『ナイトの…最後なのか』

里枝を抱きしめながら智也は言うと、

『とにかく、

 ここから脱出をしないと』

チャッ!

ドォンッ!

玉屋は壁に向かって発砲をして見せるが、

ジュワァァ…

穴があけられた壁をキノコの菌糸が伸びると

瞬く間に閉じられてしまう。

『ちっ!

 なろっ』

ドォン!

ドォン!

それを見た玉屋は次々と発砲するものの、

それらの穴もすぐに閉じられてしまった。

『こっちもダメです。

 キノコの菌糸の伸びる速さが速くて、

 鍵封印が追いつきません』

魔術で脱出を図ろうとしていた鍵屋が声を上げると、

『くっそぉ!

 ここでこのままキノコの餌食かよっ』

玉屋が悔しそうに壁を叩く。

すると、

ズズズズズン!!!!

突然、猛者を揺るがす振動が響き渡り、

バキバキバキ

何かを引き裂く音が追って響いた。

そして、

ゴボッ!

コアの壁が大きく引き裂かれてしまうと、

ズボッ!

巨大な黒い手がコアの中に飛び込んできた。



『大丈夫ですかっ、

 智也さん、

 鍵屋さん』

驚く皆に向かって茉莉の声が響くや、

裂け目から大きな顔がのぞきこんでくる。

覗き込んだ顔はまさしく茉莉…

いやマッチョマン・レディ・Plusの顔だった。

『うわっ、

 なんだこれ!』

『え?

 え?

 えぇ?』

『何が、

 どうして、

 どうなっているんだ?』

理解不能な展開の中、

コアの中に入り込んだ手が探るようにして4人を掴みあげると、

一気に表へと引き出していく。

そして、

表に出た智也たちが見たものは、

身長20mはあろうかと思える、

巨人のマッチョマンレディの姿だった。



『…聞こえるかっ、

 …マッチョマンよ』

とマッチョマンレディの巨体を見上げながら

唖然としている智也に向かって

ダンの声がブレスレットから響くと、

『Dr・ダン。

 あなたの仕業ですか。

 茉莉に、

 マッチョマンレディに何をしたんですか』

ブレスレットに向かって智也は怒鳴る。

すると、

『ふはははは、

 驚いたか、

 それはのっ、

 ワシの世紀の発明品。

 人造人型決戦兵器、

 ウルトラー・スーパーヒーロー・プリティーズ(USHP)、

 ザ・マッチョマン仕様、

 その弐号機じゃっ!』

と笑いながら返事をし、

それと同時に

ガチョンッ

ギュィィン!

USHP・マッチョマン弐号機の背中から

筒状のエントリープラグがせり上がると、

『智也さーん!

 帰りが遅いので迎えに来ました』

中から出てきたマッチョマン・レディ・Plusが手を振って見せる。

『そうか、

 地獄のオニンゲリオンかっ』

それを見た鍵屋はハタと手を打って見せると、

『あのぅ…』

理解できない智也は冷や汗を流しながら聞き返す。

すると、

『地獄で猛者を退治する鬼の決戦兵器です』

と鍵屋は言う。

『あっ』

それを聞いた途端、

智也は地獄で見た光景を思い出すと、

『これって、

 アレをベースにしたDr・ダンの発明品か』

と納得してみせ、

『Dr・ダン。

 すぐに風船波動砲を準備してください』

ブレスレットに向けて智也は怒鳴った。



『事情は把握しておる。

 こっちは準備完了じゃ

 風船波動砲はUSHPとリンクするようにセットしてある』

智也の言葉にダンは返事をすると、

『鍵屋さん。

 すぐにご神木に戻り、

 風船波動砲であの猛者を理もろとも焼き払いましょう』

鍵屋に向かって智也は言う。

コクリ

その言葉に鍵屋は頷いて見せ、

ズズズズンン!!!

猛者から離れたUSHPは

花粉に煙る沼ノ端の街をご神木に向かって飛行すると、

その横に着地をする。



『鍵屋は向こうに用意した初号機に乗れ、

 トリガーを引くのはお前の仕事だ。

 玉屋はこの弐号機で初号機とご神木を援護。

 マッチョマンの二人はシリンダーに詰め込んだ風船を全力で押しつぶすんだ』

とDr・ダンは矢継ぎ早に指示を出す。

そして、

『じゃぁ、あたし、

 着替えてきます』

その声を残して里枝は鍵屋のローブを翻して去っていくと

ガツンッ

ご神木前に置かれていた蚊取りブタを、

鍵屋が操縦するUSHPが掴み上げ、

ゆっくりと肩に構えてみせる。



ミァミアミアミア…

構えられた蚊取りブタに火が入り、

開かれた口に光が点ると、

ガツンッ

蚊取りブタのトリガーをUSHPは手を掛ける。

そして、それらを援護する役目を負った弐号機は、

ガシュンッ

ダンが地獄から取り寄せた鬼の盾を片手にその前に立った。

『聞こえるか、鍵屋っ
 
 細かい計算はご神木が行う。

 お前は照準が合い次第、

 風船波動砲を撃つんだ』

『了解っ』

ダンの指示に鍵屋は即答するものの、

『ふぅ…』

小さくため息をつくと、

『自分の尻は自分で拭け。

 と言うことですか、

 Dr・ダン』

と呟く。

すると、

『…鍵屋、

 …同情はもぅおよしなさい。

 …猛者もろともナイトを滅する。

 …それがあなたが彼にしてあげる唯一の情けです』

と玉屋からの通信が入る。

『判っています。

 これしか方法が無いことも、

 そして、

 それを私自身が自分の手で行わないとならないこともね。

 マッチョマンっ

 お願いしますよ』

グッ

USHPと連動しているトリガーを握り締め、

鍵屋は声を上げると、

その表面のディスプレイ上で風船波動砲の標準がゆっくりと合わされていく。

『あれ?

 里枝?』

智也が里枝の姿が無いことに気付くと、

『どうしたの?』

と茉莉が尋ねた。

『里枝が居ない…』

『あぁ、

 彼女なら着替えてくるって出て行ったわよ。

 もぅ、少しは察しなさいよ』

と茉莉は呆れたように言うと、

『あっあぁ…

 そうか』

バツの悪い思いをした智也は頭をかいてみせる。



ヒュォォォォ…

『姉さん…

 これで良かったんですか?』

引き裂けたコアの中

キノコに覆われて倒れているナイトは、

そっと姉に向かって問い尋ねると、

『……長い間、お疲れ様』

と彼の耳に姉の声が響き渡る。

『そうですね。

 確かに疲れました。

 でも、

 でも、このままと言うのも

 なんかシャクです。

 姉さん。

 すみません。

 ちょっとだけ、

 僕のわがままに付き合ってください』

と言うと、

トトン

ナイトはキノコが覆う床を指で叩いた。



ミァミアミアミア…

蚊取りブタの中を理が満たしていくと、

ピーッ

全ての信号が青に変わる。

『行くぞ、マッチョマンレディ!』

『OK!っ

 そっちも遅れないで』

二人のマッチョマンは息を合わせるとダッシュし、

『ふぁいとぉぉぉぉ!』

『いっぱぁぁぁつっ!』

の気合と共にシリンダーに押し込まれた風船の山目掛けて突撃していく。

そして、

カチンッ!

鍵屋がトリガーを引くのと同時に、

『マッチョ!

 お尻でぱぁぁぁんんちぃぃぃぃ!!!!!』

二人のマッチョマンの尻が風船を直撃すると、

ズドドドドドドドォォォォォン!!!!

直撃を受けた風船が一斉に炸裂をする。

同時に、

ゴィィィーーーン!!!

猛者の周囲でエネルギーの収束が始まった。



『猛者でエネルギーが収束!!!

 Dr・ダン!

 猛者が衝撃陽電子砲を撃ちますっ、

 目標は…

 こっちですっ!』

その現象を観測したバニー1号は声を上げると、

『なにぃ!』

ダンは腰を上げて声を張り上げた。

そして、

シャッ!

そのダンの背後で風船波動砲が炸裂すると、

ビーム束が猛者に向けて放たれるが、

同時に、

カカッ!

猛者から陽電子砲が放たれると、

市街地の上で交差しご神木に向かって襲い掛かった。

『うわぁぁぁぁ!!』

迫る光にダンは声を上げると、

ヒュンッ!

ヒュンッ!

二人の影がご神木の前に立ちはだかり、

『かっちかちのぉ!』

『ラミアバリヤー!』

の掛け声と共に光線束を弾いてみせると、

逸れた光線束は外輪山の頂を吹き飛ばした。

『お前さんたちは』

庇っていた腕を下げたダンは声を上げると、

『…ふんっ、

 これで酒代はチャラよ』

と宙に浮かぶ半人半蛇のラミアが二人、

声をそろえて言う。

『あれは…』

『鍵屋、

 あれが蛇堂姉妹の真の姿。

 中々お目には掛かれないモノだけど、

 見なかったことするのよ。

 ミイラにされたくなければね』

と玉屋は警告を込めて言う。



『はぁはぁ

 はぁはぁ

 くそっ、

 外された!』

猛者が放った陽電子砲の影響で

風船波動砲の軌道が猛者から逸れたことに

鍵屋は悔しそうに声を上げると、

ヒューン…

再び猛者の周りに光が集まり始める。

『Dr・ダン!

 猛者が第2射を撃ちますっ!』

それを観測したバニー1号は声を上げると、

『なにぃ、

 こちらもすぐに』

とダンは声を上げるものの、

『たっ大変です。

 残りの風船が…

 先ほどの衝撃でみんな飛んでいってしまいました』

とバニー1号は叫んだ。

『なんだとぉ!』

その返事にダンは顔を青くすると、

『…どうしたの?

  反撃はしないの?』

弐号機の玉屋から通信が入る。

『万事休すか』

猛者を睨みながらダンは拳でテーブルを叩くと、

『…Dr・ダンはそこにいるのか?』

と通信が入る。

『誰じゃっ!』

相手に向かってダンは怒鳴ると、

『…俺だ、

  海彦だ』

と声。

『海彦?

 りっ龍皇か?』

『あったーり。

 なんか困っているみたいだな。

 いまあなたに貸しを作っておくと、

 後々役に立ちそうだから

 風船の代わりのエネルギー

 俺が立て替えておくよ。

 んじゃっ』

そう龍皇は告げると、

『Dr・ダン!、

 風船波動砲にエネルギーが…充填されていきます』

とバニー1号が声を上げる。

『よっよーしっ、

 鍵屋っ、

 聞こえたか、

 至急第2射を撃つぞ!』

とダンは初号機の鍵屋に向かって声を上げた。



その頃、

『うっひゃぁぁ、

 いまの驚いたわ』

衝撃波のために

ご神木の近くで転んでいた分枝の里絵は起き上がると、

『大丈夫?

 あたし?』

纏っていたローブを脱ぎ、

裸体をご神木に寄り添わせながら尋ねた。

『………』

その声にご神木は答えると、

『うん、いろんな事があったけど、

 もぅ大丈夫。

 心配かけてゴメンね。

 だから、

 これが終わったら安心して寝ていいわ』

といいながら、

里絵はご神木の幹を撫でて見せると、

ボキッ!

何かが折れる音と共に、

その手がいきなりあらぬ方向を向く。

『え?

 なにこれ?』

突然の事に里絵は驚くと、

ボコッ

その手の甲に瘤の様な膨らみが現れ、

さらに2個、3個と

手を蝕むように次々と瘤が現れる、

『やだ、

 なによっ

 これ』

手を振りながら里枝は声上げると、

バリッ!

膨らんだ手の甲の皮膚が裂け、

ギュムギュム

その中からキノコの傘が持ち上がってくる。

『ひっ!

 きっキノコ!!!』

信じられない光景に里絵の顔は引きつるが、

ボコッ

ボコボコ!!!

それを合図に彼女の手足から無数の瘤が膨らみ始める。

Dr・ナイトのキノコの菌糸が

既に里枝にとりつき、

その身体を蝕み始めたのであった。

『ひっ、

 ひっ、

 いやぁぁぁぁぁぁ!!!』

里枝の悲鳴が山の中にこだまするが、

その事に気付く者はまだいなかった。



つづく