風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第拾参話:猛者)


作・風祭玲

Vol.1089





『ここは…

 何処なのでしょうか』

見渡す限りの白一色の世界。

上下左右を区別するものが何もない中を

鍵屋は一人立っていた。

『困りましたね。

 ナイトや里枝さんが何処にいるのか

 皆目見当も付きません』

Dr・ナイトを追い樹の中へと飛び込んだ鍵屋だったが、

しかし、気付いてみれば、

この白一色の場所へと飛ばされてしまったのであった。

『何も聞こえませんし、

 気配らしきものも感じません。

 さて、どうしたものでしょうか』

全ての情報が断たれた状況の中、

鍵屋は手の感覚で鍵錫錠を構え直すと、

『せめて、この霧を晴らすことができれば』

と呟きながら、

『…プリーズ』

魔術式の入力を求める錫錠に向かって

『………』

暗唱形式で魔術式を入力する。

すると、

ギーーーン!

たちまち鍵錫錠は鳴動すると、

魔術発動モードへと移るが、

しかし、

ジュワアァァァァ!!!!

まるで蒸気を噴出すような音を立てると、

込められた魔力が錫錠から噴出してしまい、

『…プリーズ』

再び魔術式の入力を求めてきた。

『!!っ

 魔力の発動が出来ない?

 どうやらここでは魔術は使えないようですね。

 となると、

 自分を信じて進むしかないですか…』

ため息混じりに鍵屋は意を決すると、

白の世界に向けて一歩を踏み出す。

その一方で、

『もぅ!

 行けども行けども、

 何も見えないわ。

 鍵屋!

 何処にいるのよっ、

 近くに居るなら、

 さっさと返事をしなさいよっ!』

同じ状況下の中、

玉屋はいまにも泣き出しそうな声を上げて歩き続けていた。



タタッ

タタッ

タタッ

場所は変わって沼ノ端に程近い山中、

その山中を縫って伸びる国道バイパスを一匹の小動物が走っていた。

『きゅっぷぃ、

 やぁ、良い子のみんな。

 僕のことを覚えてくれていたかな?

 みんなは僕のことを忘れるはずはないから、

 あえて自己紹介はしないよ。

 いま僕は沼ノ端に向かっているんだけど、

 なぜか交通機関が全て止まっているので、

 こうして自分の足で走っているんだ。

 なんで僕がこんな苦労をしないとならないのか、

 まったく訳がわかんないよ』

などと小動物は愚痴を言いつつも、

秋の陽射しが降り注ぐ道路を走り、

やがて行く手に森林公園の駐車場が姿を見せると、

『ん?

 誰も居ないねぇ。

 ちょうどいいや、

 一休みしていこうか』

小動物は駐車場へと進路を変え、

空いているベンチの上に飛び乗ると、

自販機で買った缶コーヒーを供に、

悠然とタバコの煙を揺らし始める。

『ふぅ〜っ、

 良い天気だ…

 ここではこのような天気を日本晴れと言うそうだね。

 こうして日差しを浴びていると、

 嫌な事を忘れてしまいそうだ。

 嫌な事といえば、 

 全く玉屋にはホント非道い目に遭ったよ。

 もっとも彼女を更迭するよう上に直訴してきたから

 あの忌々しい姿を見ることは無いだろう。

 僕はね、顔が利くんだよ。

 その僕を怒らせるとどうなるか、

 彼女は身をもって知る必要があると思うんだ。

 さて、残る鍵屋はお人好しだから適当にあしらえばいいし、

 業屋はそこそこ利用価値はある。

 ネックは蛇堂姉妹だけど、

 ふっ、所詮は婦女子。

 愛想の良い顔でもしていれば

 僕のビジネスの邪魔をすることはないだろう。

 でもね、

 僕が受けた心の傷はそう簡単には癒されないよ。

 本来なら玉屋に謝罪と賠償を要求するところだけど、

 そんな了見の狭いことはしない。

 なんて言ったって、

 僕は魔法少女にあこがれる子達の夢を叶えてあげる

 成績優秀な正義のセールスマンだからね。

 些細なことにはこだわらないのさ、

 で、傷つけられた心と身体を癒すため、

 ”経費で”

 世界の名湯100選に選ばれた温泉めぐりをして

 たったいま帰ってきたところなんだ。

 うらやましいかい?

 だったら僕の様な”デキル”営業マンになることだ。

 うーん、抜けるような青空!

 気分爽快。

 体調万全。

 ここを下りれば沼ノ端だ。

 さーっ、

 遅れを挽回するため契約をバシバシ取るぞぉ!』

小動物は気合を入れなおすと、

タタッ

沼ノ端へと降りていく道路を走っていく、

ところが、

『ん?

 前が霞んできたな。

 霧か?

 あれ?

 目が痒い?

 鼻がむずむずする。

 ふぇ、ふぇ、はくしょん!

 くしゃん、くしゃん、くしゃん!

 うぎゃぁぁぁぁ〜っ!!

 目がぁ、目がぁ〜っ!!

 痒くてたまらない!!

 はっ鼻水が止まらないし、

 体中が痒いぃ!

 ひぐっ、

 いっ息が出来ない!!

 だっ誰か、

 たっ助けてくれぇぇ!!』

沼ノ端を覆い尽くしている花粉の霧の中に飛び込んだ途端、

小動物は劇症性花粉症を発症してしまうと、

鼻水と涙を吹上げながら道路上でパタリと倒れた。



端ノ湖に出現した植物怪獣・猛者が放った衝撃陽電子砲によって、

人類最後の希望であった宇宙超人が敗北した翌日。

沼ノ端上空は秋晴れとなっていたが、

野良ネコの餌やりを巡って老人達がいがみ合う歩道。

傍若無人な鉄ヲタが群れなしてカメラを構えていた線路際。

女性達が髪を振り乱し個数限定のブランド品の

奪い合いを演じていたセールス会場など、

人々が集まる場所に人影は無く、

”避難命令により臨時休業”

と書かれた張り紙が

閉ざされたショッピングセンターのシャッターの上で静かに揺れていた。

そう超時空要塞都市・沼ノ端の時間は文字通り止まってしまったのである。

だが、

「おーぃ、

 公園のカメラっ!

 映像は大丈夫かぁ?」

「こちら、オッケーですっ」

「よーしっ、

 監視カメラからの映像は全部届いているかぁ」

「大丈夫です。

 市内全ての監視カメラのコントロールは万全でーす」

トアル・ボウTV局に篭城している岬謙一たち報道部のスタッフは脱出をせず、

窓や出入り口が厳重に目張りされTV局の中より、

刻々と変化する沼ノ端の状況を全国に生中継し続けていた。

「いいかっ!

 ここは人類最後の砦だ!

 相手は怪獣だろうが花粉だろうが、

 俺達に退却の2文字はないっ!」

”報道命”の鉢巻を締めた謙一はゲキを飛ばすと、

「おぉぉーーーっ!」

スタッフ一同から一斉に鬨の声があがる。

そして、それらの声をバックに、

「ふっ、

 見ているか里枝ちゃん。

 これが俺の戦いよ!」

ご神木の方向を見上げながら謙一はそう呟く。



「うん?

 ここは、

 どこ?」

智也は目を覚ますと見知らぬ部屋に寝かされていた。

「ん?

 んん?

 んんん?」

気を失う直前の記憶の整理をしつつ、

智也は掛けられている毛布をはいで起き上がると、

「あっ」

青いビルダーパンツ一枚の姿であることに気付く。

「これは、

 マッチョマンのビルダーパンツ。

 !!っ、

 そっか、マッチョマンに変身していたんだっけ。

 あ、でも、

 変身は解けている」

視界に入る自分の体がマッチョマンの漆黒の肉体でないことから、

智也は変身が解けていることを理解すると、

『目が覚めましたか?』

の声と共にバニースーツに身を包んだバニーガールが姿を見せた。

「あっあなたは!」

突然現れたバニーガールを見て智也は慌てて毛布を被ると、

『いまさら恥ずかしがることではありませんよ』

と彼女は笑って見せる。

「あなたは確か…Dr・ダンの…」

『はい、バニー1号と申します』

智也の指摘にバニーガールは改めて自己紹介をする。

「ここって?」

『森林公園・ご神木脇に設けられた仮設発令所の仮眠室ですよ』

「ご神木の発令所?」

『はい、

 あなたは昨日”猛者”が放った陽電子砲による衝撃波に飛ばされて、

 ご神木の枝に引っかかっていたのです。

 それをキツネ隊の隊員が見つけまして、

 ここに収容したのですよ』

「そうですか、

 里枝に…助けられたのか」

経緯を聞いた智也は顔を赤くすると、

『おう、目覚めたか、

 マッチョマンよ』

の声と共に白衣姿のDr・ダンが姿を見せ、

『こっぴどくやられたようじゃの』

と指摘する。

「これは…不意打ちです」

その言葉に智也は膨れたフリをしてみせると、

『不意を突かれたと言うのなら、

 不意を見せたお前の負けじゃ』

とダンは言う。

「言いますね」

『歯には絹を着せぬ主義での。

 さて、

 ご神木がお前さんに話があるそうなのじゃが…』

「え?

 里枝が?

 なら私にも里枝に言っておきたいことがあります」

『話は最後まで聞け。

 残念だが君達の会話に時間を割いている余裕はない。

 Dr・ナイトが一気に仕掛けてきたのは判っているな』

「えっ、えぇ」

『人間界で”理”を溜め込むだけでも狂気の沙汰なのに、

 あまつさえ猛者まで作り出しおった。

 全く無茶をしおって!

 お陰で天界、地獄界などは蜂の巣を突っついた騒ぎになっておる』

とダンが話をしたところで、

「遅れてしまってすみませーん」

柵良茉莉の声が響き渡った。

「まっ茉莉さん?」

彼女の声に智也は驚くと、

『わしが呼んだんじゃ。

 マッチョマン・レディである彼女をな』

とダンはいらずらっぽく言う。



「大丈夫なんですか、

 牛島さん」

巫女装束姿で智也の前に現れた茉莉は心配して見せると、

「うっうん、

 特に怪我をしているわけでもないし、

 大丈夫だよ」

と智也は緊張気味に返事をする。

「良かった。

 怪獣が放った光で宇宙超人たちは吹き飛ばされてしまうし、

 花粉が酷くてマスク無しでは街を歩けないし、

 もぅ街は滅茶苦茶です。

 智也さんもマッチョマンに変身してなければ、

 大変なことになりましたね」

「そうなのか」

『あのあと避難命令が出て、

 街は一部を除いて無人じゃよ』

話を聞いていたダンはそう補足説明をすると、

智也は改めて履いているビルダーパンツを見る。

すると、猛者が放った陽電子砲の影響か、

パンツに描かれていたマッチョマンのロゴが焼け落ちていて、

「あぁ、マッチョマンのロゴが消えている。

 これでは変身が解けるわけだ」

と呟く。



【説明しよう!】

マッチョマンが履いているビルダーパンツは

元を正せば市販されている普通のビルダーパンツである。

だが、地獄の木札が放つ不思議な力によって

ビルダーパンツにマッチョマンのロゴが描かれることによって、

マッチョマンにとって無二の変身アイテムとなるのであ〜る!!



ビルダーパンツを見ながら智也はため息をついていると、

「すっかりボロボロになっちゃって、

 お役目御免ですね」

と茉莉は覗き込みながら言う。

「他人事のように言うなよ。

 マッチョマンのパンツ作るの大変なんだから、

 でも、困ったなぁ、

 これじゃぁ分枝の里枝を助けに行けないな」

そう智也がぼやいてみせると、

「ふふんっ」

急に茉莉は得意げな顔になり、

「そんなこともあろうかと」

もったいぶりながら

「はいっ、

 これ!」

新しいビルダーパンツを取り出してみせた。

「これは…?」

茉莉からビルダーパンツを受け取った智也はそれを広げてみると、

シッカリとマッチョマンのロゴが入っている。

「私の分も含めて

 海さん、華さんと言う女性の方が届けてくれました。

 なんでもジョルジュ副指令と言う方から依頼されたとか」

茉莉は経緯を説明をすると、

「そっか」

それを聞いた智也は何かを確信したかのように頷き、

ビルダーパンツをギュっと握り締める。
 


『話は終わったかね』

頃合を見計らうようにダンは尋ねると、

「はっはいっ」

二人は声をそろえて返事をする。

『まぁ、

 あのようなモノをぶっ放された以上、

 我々はこれからの作戦を慎重に進める必要はあるが、

 だからと言ってのんびりしている暇もない』

二人に向かってダンは言うと、

「何か手段があるのですか?」

と茉莉は聞き返す。

『うむ、

 では、おさらいをするか』

それを聞いたダンはそう返事をすると、

バッ

目の前のテーブルの上にバニー1号が差し出した沼ノ端の図面を広げ、

『判っていると思うが、

 我々がいるところがココ

 そして、猛者が居るのがココだ』

と図面の2点を指し示してみせる。

そして、

グンッ

その図面の上に立体映像で猛者が映し出されると、

それがゆっくりとクローズアップされていく。

『で、この猛者の正体だが、

 理が放つ波動を測定した結果、

 地獄の猛者とほぼ同一と言ってもいいだろう。

 ただ、素材がはるか昔この湖に没した埋没林に、

 湖底地中に貯められていた理が結びついたものではあると推測する。

 じゃが、それだけではない。

 猛者の指令系は別途構築されていることが判ったのじゃ』

「別途構築…ですか?」

『そうじゃ、

 猛者の内部にはコアが形成され、

 そのコアによって猛者全体がコントロールされておる。

 まさに生物兵器と言ったところじゃな』

「では、里枝は…

 分枝の彼女が居るのはそのコアなんですか?」

『確かにコアよりご神木の波動と近似した波動が観測されているが、

 それは一箇所にまとまった固体と言うより、

 コアを覆うように網の目状に広がっておるので、

 コアの一部となっているようじゃ』

「そんなぁ!

 里枝があの猛者にされただなんて…」

『悲観するなっ、

 手詰まりと言うわけではない。

 コアが形成される直前、

 鍵屋と玉屋がコアの中に飛び込んでいった。

 それにじゃっ、

 分枝から発せられる明瞭な意識が観測されているので、

 大方、身体をコアの接着剤代わりとして使われているのであろう。

 彼女の様な植物生命体はこういう時に利用価値があるからのぅ。

 もし、Dr・ナイトがそれを見越して分枝に近づいていたのなら、

 中々の策士よ、わはは』

とダンは豪快に笑ってみせる。

「笑い事じゃないですっ!」

ドンッ!

テーブルを叩いて智也が声を上げると、

『血圧を上げるな。

 いま現在、

 コアは内部からクローズされているので、

 仮にお前さんがマッチョマンに変身して駆けつけても、

 猛者の的になるのが精一杯じゃ。

 ここは鍵屋・玉屋に任せるしかない』

とダンは言う。

「……」

彼の言葉に智也は何も言わずに座り込んでしまうと、

「ほかに…

 私たちに何かお手伝いすることはないのですか?」

と茉莉が尋ねると、

キラッ

ダンの目が一瞬光り、

『それについてだが、

 お前さんたちには別のところでひと肌、

 いや、ふた肌脱いでもらうことになるぞ』

と自信満々に言う。

「え?」

『では、これから我々がこなす作戦を説明しよう』

ズイッ

身を乗り出してダンは言うと、

「はぁ」

智也と茉莉は冷や汗を流しながら返事をした。



「ふぅ、そう上手く行くかなぁ」

「案ずるより産むが易し。

 何もしないよりもマシでしょ」

「そうだけど…」

ダンの説明と指示を受けた智也と茉莉は

仮設の発令所を出てくるものの

しかし、智也の表情は冴えなかった。

『屋島作戦ですか?』

『そうじゃ、

 猛者殲滅作戦。

 名づけて、屋島作戦じゃ』

『屋島作戦って…

 那須与一の…ですか?』

『うむ、そうじゃ。

 ご神木のところに設置したこの蚊取りブタは、

 端ノ湖湖底下にある理の澱みを潰すための

 風船爆縮理論を用いたエネルギー放射器じゃ、

 じゃが、作戦の核となる風船の供給が追い付かない』

『はぁ』

『君たちにはマッチョマンに変身してもらい、

 大急ぎで風船を供給してほしいのじゃ』



「風船がそんなに大切なモノとは知りませんでした。

 では、さっさと変身しますか」

水引で縛っていた髪を解いた茉莉は、

そういいながらその髪を頭の上で改めて縛りなおす。
 
「柵良さん。

 これは一応、私の問題ですし、

 柵良さんが無理して付き合うこともないです」

そんな茉莉に向かって智也は言うと、

「もぅすっかり巻き込まれています。

 それにこの作戦は二人でないと遂行が難しいんでしょう。

 やるしかないって。

 そうでしょう、ご神木の里枝さん?」

その言葉に返事をしながら、

茉莉はご神木を見上げてみせる。

「そぅだな、手が出せないのなら

 分枝の里枝は鍵屋さんと玉屋さんに任せるしかないか、

 でも、なんか悔しいな」

「その気持ちを私達ができることにぶつけましょう」

「あっあぁ」

茉莉の言葉に励まされた智也は頷くと、

「では」

「変身しますかっ」

の声と共に二人は頷きあい、

ザッ

マッチョマンのロゴが入るビルダーパンツを掲げると、

『デュアル

 マッスル

 ウェーブ!』

と声をそろえた。
 
そして、

カカッ!

光が光り輝くと、

『とぅっ!』

シュタッ!

漆黒の鍛え上げたマッスルボディを輝かせ、

青いビルダーパンツをモッコリ盛り上げた

究極のマッチョマンである”ブラック・RX”が降り立ち、

『筋肉の使者っ、

 マッチョマン・ブラックっ、

 RっXぅ!!』

全身の筋肉をさらに盛り上げてブラックRXは

名乗りとともに手刀でRとXの文字を切ってみせる。

そして、

『とぉぉっ!

 同じく筋肉の使者っ

 マッチョマン・レディっ、

 Plus!!』

の声と共に、

同じ漆黒色ながらも、

弾ける乳房を面積の狭い青ビキニで縛り上げ、

同じ青い色のビルダーパンツを履いた

マッチョマン・レディPlusが降り立つと、

シュタッ

『ふたりはっ!』

シュタッ

『スーパーヒーロー!』

シュタッ

『プリティーズ!』

シュタシュタッ!

と決めゼリフとポーズを決めてみせる。

だが、

『え?

 そこはマッチョマンズだろう?

 普通』

レディPlusのセリフを聞いたブラックRXが口を挟むと

『もぅ、二人揃って筋肉モリモリのメガ盛りなんだから、

 名前ぐらいは可愛くしないとね』

とレディPlusはウィンクをしてみせる。

そして、

『にしてもだ、

 なんだ、このブレスレットは?』

ブラックRXは右腕に嵌められたブレスレットを指摘すると、

『あっあたしもだ』

レディPlusも自分の腕に嵌められているブレスレットを眺める。

すると、

『…聞こえるか、

 …スーパーヒーロー・プリティーズよ』

ブレスレットからダンの声が響いてきた。

『無線機なのか、これ?

 あなたの発明品なのですか?』

彼の声を聞いた途端、

智也はブレスレットが彼の発明品であるのか尋ねると、

『…いいや、

 …わしの発明品ではない。

 …さっき地獄のジョルジュ副指令から

 …ブレスレットには色々便利アイテムが仕込まれていると、

 …メールが入った。

 …要は向こうの発明品。と言うわけじゃ。

 …わしにとっては面白くないがの。

 …でだ、

 …マッチョマン、7つの脅威を組み合わせると、

 …マッチョマンのパワーは果てしも無く広がるそうだ』

とダンは説明をする。

『なるほど、

 要するに何かと便利なご都合アイテムなんですね』

『…あっさりと言うな』

『まぁまぁ、

 いいじゃないですか、

 あれば役に立つでしょうし』

『持ってて損はないって訳か』

互いにブレスレットを眺めながら二人は言うと、

『…では、打ち合わせの通りにお願いするぞ。

 …この計画の成否は君達の双肩にかかっているのだ』

ブレスレットを通じてダンの声が響き渡る。

『双肩…と言うより、

 肺活量と言ったほうが、

 当たってませんか?』

『まーまー、

 では、倒れかけているキツネさん達と交代しましょう』

皮肉を言うマッチョマン・ブラックZの肩を叩き、

蚊取りブタの後ろに設営された作業所で

風船を膨らませる作業をしているキツネ隊の所へと向かって行った。



『交代でありますかぁ?』

『そっそれは…』

『ありがたいでありますっ』

何十個、

いや何百個もの風船を膨らませ続けたために

すっかりヨレヨレになってしまったキツネ達は涙を流しながら、

交代を申し出てきたマッチョマンたちを迎え入れるとと、

『では、

 後のことはお願いしますであります』

の声を残して次々と倒れていく。

『ちょっと、

 皆さんシッカリしてください』

『まさに死屍累々だな』

屍のごとく動かなくなったキツネ達を奥で、

山のように積み上げられている風船を見上げながら、

二人は驚きの声を上げると、

『こうまでしないと、

 風船波動砲は動かないのね』

とレディPlusは言う。

『罪作りな必殺兵器だよ全く。

 もっとも里枝がバックアップと言うところも不安だけど』

『そぅなの?』

『あいつ、

 数学が苦手だったからな…』

頭を叩きながらブラックZは昔のことを言うと

『細かいことは後回しにして』

『まさか、マッチョマンパワーを

 風船を膨らませることに使うとは』

二人はキツネ達が残した風船に手を掛けると、

スーッ!

空気を一気に吸い込み、

プーーーーーッ

キツネ達が遣り残した風船を膨らませはじまた。



『うーん、

 気持ちの良い静寂です』

猛者のコアの中。

無数の植物の枝や根が編みこまれた球状の部屋の中より、

動くものが途絶えた沼ノ端を見下ろしながら、

Dr・ナイトこと月夜野幸司は満足げに顔を綻ばせると、

『ちょっと!

 ここから出してよっ!』

と里枝の声がコアの中に響き渡る。

『おやおーや』

その声を聞いたナイトは振り向くと、

植物が絡む壁から分枝里枝の顔だけが飛び出していて、

彼女の首から下は人の姿を失い、

壁の植物と絡みついていた。

『そんな姿になっても

 まだ、姉さまに取り込まれないなんて、

 随分とお強い方なのですね』

動けない里枝の頬に手を添えてナイトはそう囁くと、

『ったり前でしょうっ、

 あなたの姉さんとは違って、

 気合が違うのよっ』

と里枝は言い返す。

その途端、

ナイトの手が動くと、

パァンッ

里枝の頬が叩かれる。

そしてその叩いた手で里枝の顎を持ち上げると、

『ご自分のお立場をわきまえるのですよ。

 姉さんを愚弄することは私が許しません』

と言い聞かせるようにして言う。

そのとき、

『………』

彼の姉の声が上から響くと、

『…姉さん』

ナイトは振り返り返事をした。

『………』

『乱暴をするなと言うのは判ります。

 でも、

 この女が姉さんを悪く言ったので、

 懲らしめてやったのです』

姉の声に向かってナイトは理由を言うと、

『………』

寛大になれと姉の声は言う。

『はぁ…』

その声にナイトは渋々頷くと、

里枝を見下ろしながら

『今度、姉さんを悪く言ったら、

 その小うるさい顔をもぎ取ってあげますよ。

 顔こそは人間ですが、

 所詮君は樹であり植物に過ぎません。

 顔をもぎ取られたくなければ、

 大人しく花を咲かせて、

 殺風景なここを彩って見るんですね』

と脅すように言う。

『…ぐっ』

その言葉を聞いた里枝は口をつぐむと、

クワサッ

壁に次々と蕾が膨らみ、

やがてコアの中に花の香りが漂い始める。

そして、

『(助けて、智也…)』

コアの壁を満開の花で彩らせた里枝は

心の奥から智也に向かって助けを呼ぶ。



プゥ

プゥ

プゥ

『はいっ、

 一丁、あがりっ!

 次っ!』

『こっちも、出来上がり』

マッチョパワーをフルに使い、

キツネ達とは比べならないほどの速さで二人は風船を膨らませていく。

そして、膨らんだ風船の在庫によって、

作業所の容積は一杯になりつつあった。

『おぉ!

 これは凄いな』

様子を見に来たダンは風船が溢れかえる様子を見て満足そうに頷くと、

『プハァ

 なぁ、風船波動砲を言うのはこんなに風船を使うものなのか?』

と一息入れた智也は問い尋ねる。

『まぁ、

 あればあるだけ、

 威力は増すというわけじゃ』

『これを一気に押しつぶして割るのですか?』

『そうじゃ、

 風船が割れる波動。

 これが重要じゃ。

 その波動とご神木下にチャージした理とが共鳴することで、

 無数のマイクロブラックホールが発生する。

 それによって励起・加速された理のパワーを軸線上に修練・加圧し、

 対象物に向けて一気に放射。

 植物怪獣に溜め込まれている理を消滅させるのが、

 わしの大発明、風船波動砲じゃ』

『はぁ、

 よくは理解できませんが、

 凄いものだということは判りました』

彼の説明を聞いた智也は皮肉を込めて返事をすると、

『ぐわはははは、

 そーじゃろ、

 そーじゃろ』

得意満面の彼にはその皮肉は聞こえなかった。

だが、

『(助けて、智也…)』

智也の耳(マッチョイヤー)に彼女からの声が響くと、

『里…枝…?』

思わず智也は立ち上がった。

『ん?

 どうしたの?』

その様子に茉莉は尋ねると、

ダッ

智也は表へと飛び出して

ご神木を仰ぎ見た。

すると、

『………』

彼の耳にご神木からの声が静かに響き渡る。



ポチャンッ!
 
『!!っ』

何も見えない白一色の中。

鍵屋は不意に立ち止まると、

『いま里枝さんの声が聞こえました』

と耳を澄ませながら呟く。

と同時に、

フワッ

鍵屋の周囲を花の香りが香ってくると、

香りはある方向を指し示してみせる。

ギュッ

それを感じながら鍵屋は鍵錫錠を握り締めると、

『そっちなのですね。

 判りました!』

の声を残して走り出す。



『うーん、

 咲き誇る花はとても美しいです』

コアの壁一面に咲く花々を眺めながら

ナイトは満足げに頷くと、

『お褒めにあずかり光栄です』

花に囲まれている里枝は事務的に返事をする。

『くくっ、

 咲き誇る花は美しい。

 でも、もっと美しいのは、

 その花が散るとき。

 くっくっくっ、

 生気を失い、

 萎れ、

 朽ちながら散っていく花。

 そして、落ちた花は腐敗し

 土に還るのです』

『はぁ?

 いきなり何を言いだすの?』

『ふふっ、

 この言葉の意味が判らないとは、

 あなたはどうも侘び寂びが理解できないようですね』

『学が無くて、

 それは悪うございましたね』

『構いません。

 私はあなたにそこまでは要求してませんから』

『癪に障る言い方よね。

 それって』

『くくっ、

 それでは…

 そろそろ…

 わたし…

 本気…

 出しちゃいましょうか』

『本気?

 ちょっと、何を始める気よ?』

ただならぬナイトの様子に

里枝は困惑しながら問い返すと、

『くふふふふっ』

ナイトは含み笑いをしながら、

粉末が入ったビンを取り出してみせる。

そして、

『これはね。

 私にとってとても大切なキノコの胞子です。

 キノコの胞子がこのような姿になるのに

 どれほどの手間と資金が掛かったことか、

 さすがの鍵屋さんも

 このキノコの存在までは気がつかなかったみたいですね』

『キノコの胞子?

 大げさに言う割には随分と地味な発明ね。

 あなたの本気ってキノコ栽培のこと?

 まさかっ、

 わたしを使ってキノコ栽培をするつもりなの?

 そんなのゴメンですからね』

『くくっ、

 キノコ栽培ですか?

 あなたは何も判っていません。

 くくっこのキノコはですね。

 栽培などと言う生易しいことには使いませんよ』

『え?』

『くくっ、

 端ノ湖に聳え立ち、

 そして、根元にたっぷりと溜まった理を抱えるこの猛者に

 もしキノコが生えたらどうなります?

 くふふふふっ、

 キノコはこの猛者をヨリシロとし、

 そして理を取り込んでいく。

 くふっ、

 このキノコはですね。

 理を取り込むと変質するのですよ。

 くふっ、

 世に存在するありとあらゆる物を侵し、

 そして、侵したものを糧に無限に増殖する。

 そうなるともぅ誰も止めることが出来ません。

 キノコは瞬く間に猛者を沼ノ端を飲み込み、

 ありとあらゆる物を朽ちさせ土に還して行きます。

 そして、さらに理の流れに乗って、

 人間界だけではなく、

 天界も、

 地獄も、

 何もかもがキノコに侵され腐り朽ちていくのです。

 これぞ滅びの美です。

 ふはははは!!!

 素晴らしい!!!

 実に素晴らしい。

 なにもかも全てがキノコに飲まれ、

 消えていくのでーーーーす』

両腕を大きく広げてナイトは声を上げると、

『狂っているわ、

 あなたは狂っている』

と里枝は声を震わせる。

『お褒めのお言葉、

 ありがとうございます。

 では事の手始めに、

 花に囲まれているあなたのお顔を

 朽ちさせてあげましょう』

と言いながら里枝の顔を手で押させると、

ナイトはコルク栓で閉じられているビンの口の開けて見せる。

『止めて!

 止めて!

 止めて!』

声を上げて抵抗をする里枝を見下ろしながら、

『さようなら、

 樹のマドモワゼル』

と言いつつ、

ナイトはビンに手袋を嵌めた指を入れると、

その指先に付いた胞子を里枝の顔に近づけていく。

そして、

『いっいぁぁぁぁぁぁ!!!』

里枝の悲鳴が響き渡ったとき、

キンッ!

いきなりナイトの手袋とビンを含む空間が施錠されてしまうと、

フッ!

瞬く間に消滅してしまったのであった。

『なに?』

素手になってしまった自分の手を見て、

ナイトは驚きの声を上げると、

『なんとか、

 間に合いましたね』

の声とともに鍵屋は

奪ったビンを手にしながらコアの中に姿を見せる。

『ちっ!

 鍵屋っ』

彼の姿を見たナイトは鍵屋の名前を呼ぶと、

『里枝さん、

 あなたの花の香りが私を導いてくれました』

と里枝を見ながら鍵屋は言う。

すると、

『おのれぇ!

 またしても私の邪魔をする気か!』

『ナイトっ、

 話は聞かせてもらいましたよ。

 これ以上悪事を重ねるのは止めるんだ。

 わたしは悪事のために知識を与えたのではありません』

『利いた口を!

 私の…姉さまのキノコを返せっ!』

『返せません。

 このような恐ろしいキノコは私が没収いたします』

鍵屋に奪われた胞子入りのビンを奪い返そうとするナイトと、

死守する鍵屋とで徒手空拳の戦いが始める。

そして、

『返せっ!』

ズンッ!

鬼気迫るナイトの一撃が鍵屋に襲い掛かると、

『あっ』

鍵屋の手から胞子入りのビンが離れ宙を舞う。

『もらったぁ!』

それを満たナイトが奪い返そうとしたとき、

ズンッ!

いきなり地響きが響き渡ると、

スバッ!

花が咲き乱れるコアの壁に穴が開き、

『ナイトぉ!

 そこかぁ!』

の声とともに

硝煙の匂いを漂わせながら玉屋がコアに乗り込んでくる。

『玉屋…お前もかっ

 わたしの邪魔をするなっ!』

二人をにらみ付けながらナイトは声をあげると

腕を振り上げ、

指の先に攻撃魔方陣を次々と作り上げていく、

そして、

『えぇぃっ、

 我は命じるっ

 この二人を滅せよ』

とナイトは魔方陣に命じると、

ズンッ

ナイトの魔方陣が鍵屋と玉屋に襲い掛かったのである。



『マッチョ、うぃーーーぐっ!』

バサッ!

背中に集ったハゲワシが大きく翼を広げると、

『ちょっと、

 どこに行くの?』

作業所から慌てて飛び出してきたマッチョマン・レディPlusこと、

柵良茉莉が智也を呼び止めた。

『悪いっ、

 里枝が呼んでいるんだ。

 ちょっと行ってくる』

彼女に向かって智也は声を上げると、

『待って!』

茉莉の声を振り切るように、

『とぅ!』

マッチョマン・ブラックRXは花粉に包まれた沼ノ端の先、

端ノ湖に聳え立つ猛者に向かって飛びあがると、

花粉で煙る市街地を一気に突き抜けていく。



つづく