風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第拾弐話:理の波動)


作・風祭玲

Vol.1088





『お前さんは、

 何を道標にするつもりじゃ?』

Dr・ダンが振り向き様に尋ねると、

『道標…ですか?』

問いかけられた彼は、

その答えをすぐには返せなかった。

『いきなりの質問に窮したか。

 そうじゃ、

 お前さんの道標じゃ。

 良いか?

 お前さんが申し立てておることは、

 大方の筋目は通っている。

 じゃがのっ

 筋目が通っているだけで皆に従え。

 と言うにはいささか無理がる。

 何故だか判るか?

 お前さんが立てている筋目は

 あくまでもお前さんを中心としているからじゃ。

 もし、皆を動かそうとするなら、

 筋目にあわせた道標を示す必要がある。

 そして、その道標を皆に納得をしてもらわなければならない。

 しかもだ、

 一度立てた道標を容易く書き換えることは出来ないぞ、

 それはお前さんが背負う看板だからじゃ。

 どうじゃ。

 身内すらを納得させることが出来ないお前さんが、

 自分の全てを賭して筋目を立てられるか?』

『………』

『…まっ

 きつい事を言ってしまったがのっ、

 仕組みと言うのは一夜にして出来上がるものではない。

 どんなに考え抜いた素晴らしい仕組みであっても、

 動かした途端ボロがでる。

 そして、ボロが出るところは大方決まっている。

 何処でボロがでるか言うてみぃ』

『え?

 それは……

 ……………』

『繋ぎ目じゃ。

 工作物に例えると一つ一つの部品は

 責任を持つ者達がしっかりと仕事をするから

 ボロが出ることはそう多くは無い、

 じゃが、

 繋ぎ目では必ずと言っていいほどボロが出てくる。

 これは工作物のみではない。

 組織も、

 掟も、

 恋愛もみんなそうじゃ。

 繋ぎ目と言うのは互いが直接触れ合うところじゃ。

 だが、己の頭の中で思い描いているもの

 その全て曝け出し相手に伝えることが出来ないために

 そこが弱点となる。

 いくら図面を追いかけても、

 いくら言葉を交わしてみても、

 間近からではそれを見つけることは困難じゃ。

 何処にボロが隠れているか

 それを見抜くには全体を見ないと判らない。

 のう、一度外を出てみたらどうじゃ、

 お前さんは中から物事を見すぎた。

 ここいらで遠くから自分が居たところを眺めてみぃ、

 なぜその様な仕組みになっているのか。

 なぜ仕組みを変えることが出来ないのか、

 仕組みを変えるには何を道標にしたらいいのか、

 良き考え方が出てくると思うし、

 また、自分が思い描いたものの間違いも見えてくる。

 いまのお前さんの道標はまだまだ真っ白じゃ。

 真っ白と言うことは、

 どこに何を書こうと自由ってことじゃよ……』



『うん?』

目を覚ました鍵屋が目を開けると、

彼は草地に仰向けになって倒れていて、

夜明けの空が視界に入ってきた。

そして、

起き上がろうとすると、

ズキッ!

『つぅ…』

その身体を激痛が襲ってくる。

『おやぁ?

 まだ起き上がれますかぁ?』

鍵屋が上げた声が聞こえたのか、

中庭に生える樹に向かって屈んでいた月夜野幸司こと振り返る。

『ナイト…』

それを見た鍵屋が彼のもう一つの名を呼ぶと、

ニタリ

と彼は笑ってみせる。

『くっ、

 ちょっと昔の夢を見ていましたが、

 大丈夫ですよ。

 さぁ、続きをしましょうか?』

起き上がった鍵屋は

落としてしまった鍵錫錠を拾い上げ構えなおすが、

ズキッ!

ナイトとの戦いで痛めたところが再び痛みを発すると、

『つぅ…』

思わず顔をしかめてみせる。

『くふふふふ、

 ボーロボロじゃないですか。

 これも私があなたよりもかなり強い。

 と言う証でしょうか』

『言うことはそれだけか?』

『全く…

 戦う気持ちはありがたく受け取りますが、

 いつもでも邪魔をされては

 こちらの仕事が進みません。

 お往生際が悪い人には退場してもらわないとね。

 私と姉さんのため、

 憂いをすべて断ち切らせてもらいます』

とナイトは言いながら、

スッーっ、

静かに印を切ってみせる。



『!!っ』

ナイトが切って見せた印を見た途端、

鍵屋はあることを思い出すと、

『そうでした。

 そういうことでしたね。』

と納得したように呟く。

『?』

その言葉の意味が判らないのかナイトは、

その真意を確かめるかのように小首を傾けると、

バッ

鍵屋は鍵錫錠を構えなおし、

『私としたことが、

 肝心なことを忘れていましたよ』

と声を上げ、

鍵屋もまた印を切って見せる。

『負け惜しみを!』

その鍵屋に向かってナイトは声を張り上げ、

交差させた左右の指先に魔方陣を掲げてみせると、

鍵屋に向かって飛び込んでいく。




『…イカセナイ…

 …オマエハ、ワタシノダイジナコマ。

 …オマエヲ、イカセハシナイ』

吹きすさぶ風をバックに姉ノ樹は見る見るその姿を変え始めると、

シュルルル

姉ノ樹の樹体から無数の弦が伸び、

里枝を捕まえようと伸びてきた。

『ふっ、

 正体を現したわね』

それを見た里絵は伸びてきた弦を払うと、

姉ノ樹の側から逃げようとするが、

しかし、

トプンッ

膝下まである水が急に粘りを増し、

容易に移動することが出来なくなっていた。

『水が粘る…

 !!っ

 まさかっ』

里枝は自分が居るこの水の世界そのものが、

姉ノ樹が作り出した仮初めのものであることを実感するが、

しかし、襲い掛かってくる弦を払うのが精一杯で、

鳥にでも変身できない限り、

この場から脱出は無理だった。

はぁはぁ、

はぁはぁ

『こうなれば』
 
追い詰められた里絵は自分を樹体にすばやく変化させ、

花ノ弓を樹体の枝に突き出してみせようと試みるが、

しかし、姉ノ樹から攻撃には休む間がなく、

それを行うのは容易ではなかった。

そのとき

ヒュォォ…

風向きが変わると波紋を別方向へと広げ始めた。

『空気が違う方向に動き始めた』

それを感じた里絵はそう声を上げると、

『…来たのね。

 …あの人が』

と姉ノ樹は呟く。

『あの人って?』

『…鍵屋さん』

『鍵屋…

 あっ』

その言葉を聞いた里絵は

公園で鍵屋に助けられたときのことを思い出すと、

『かぎやさーん、

 私です。

 里枝です。

 何処にいるんですかぁ!』

と声を張りあげた。



『ばかな…

 なんで私の技が…』

呆然と声を上げるナイトの前で、

ハァハァ

ハァハァ

鍵屋は肩で息をしながら、

ヒュンッ

掲げている鍵錫錠を素早く振り切ってみせる。

すると、

ギィーーーン!

鍵錫錠の波動に捕らえられていた

ナイトが放った幾つもの魔方陣が

崩れるように次々と砕かれていくと

ガジンッ!

錠前が掛けられていく。

『なんでだ。

 どうしてだ。

 どうして、私の攻撃が無効化されるんだ』

頭を掻き毟りながらナイトは目を剥き、

その問いを呟くと、

『簡単なことだ』

と鍵屋は言う。

『簡単だとぉ?』

『あぁ、そうだ。

 お前が魔方陣を作る知識の出所は何処だ?

 さらに魔方陣の記述法である印が、

 オリジナルである私のものと何も変わってはいない。

 いや、変える事が出来なかった。と言ったほうがいい。

 なぜなら、この世界の人間では

 お前がこの魔方陣の唯一の使い手であり。

 唯一である者は自分の用法を変えようとしないからだ』

『くっ』

『さらに、

 知識を与える事が出来る者は

 その知識の欠点をも知っている。

 なぜなら、与えるためには

 その知識の全てを知り抜いていないとならないからな』

『まさか…』

『そう、そのまさかだ。

 Dr・ナイト。

 悪いが私の知識で得た力。

 その全てを無効とし、

 施錠させたもらいます』

チャッ!

錫錠を持ち替えた鍵屋はそれを構えなおすと、

『…プリーズ!』

鍵錫錠は次に発動させる魔術式の入力を求めてくる。

そして、鍵屋はナイトを見据え、

『Dr・ナイト…

 いいや、

 月夜野幸司。

 もぅこのようなことは終わりにしましょう。

 どんな魔術を使っても、

 進んだ時計の針を元に戻すことは出来ませんし、

 それであなたのお姉さんを幸福にすることは出ない』

『……ぐっ』

そう言いながら鍵屋は錫錠を構え、

一歩一歩ナイトに迫り、

一方でナイトは追い詰められ、

トッ!

ついに彼の背中にレンガの壁が当たってしまうと、

『…ふふっ

 …ふふふふふっ』

突然、含み笑いを始めだした。

『?』

ナイトの笑い声に鍵屋は怪訝そうな顔をすると、

『わははははははは!!!

 私の魔方陣が全て無効だとぉ!

 わははははははは!!!

 そんなことできるわけは無かろう』

ナイトは声を張り上げて笑いながら、

横に這うように移動を始めたとき、

『…………!!』

鍵屋の耳に里枝の声がかすかに響き渡った。

『!!っ

 これは里枝さんの声?』

響いた彼女の声に鍵屋の注意が逸れると、

その一瞬の隙を突いてナイトは走り出す。

『しまった!』

それを見た鍵屋は慌てて鍵錫錠を振りかざし、

走るナイトに向けて攻撃魔術を使用すると、

ギィィン!

ザザザザザ!!!

攻撃魔法による波動が走るナイトに向かって伸びるが、

だが、波動はナイトには当たらす、

その先の樹に向かって伸びて行く。

「だめっ!

 そこには女の人が!」

それを見た”華”は咄嗟に飛び出すと、

樹に向かって走り、

波動が着弾する直前、

「たぁぁ!」

樹の前に回り込み波動を跳ね除けて見せる。

すると、

『!!っ

 姉さんに触るな!』

ナイトは肩で息をする”華”の前に立ちはだかるや、

「薄汚いネズミめっ、

 消えろ!」

そう怒鳴り、

拳を振り下ろす。

しかし、

ガツッ!

その拳を受け止めたのは、

またしても”海”だった。

「”海”っ”!」

腕を頭の上で交差させ、

握った拳の表側でナイトの拳を挟みこんだ”海”は、

「まったく、

 ”華”ったら、

 無茶ばっかり。

 身体がいくつあっても足りないわよ」

と文句を言うと、

「うぉりゃぁ!」

全身の力で拳を払いのけ、

ドゴッ

ナイトに腹に渾身の拳を打ち込んだ。

『うぐっ』

”海”の一撃を喰らったナイトは腹を抑えながら、

ヨロヨロと樹から離れ始めると、

『そこっ、

 どきなさい』

突然鍵屋の声が響くと間髪居れずに

ズンッ!!!!

『ぐわっ!』

彼の攻撃魔法がナイトに炸裂したのであった。



ズンンン!!!

地響きとともに小石を含んだ土煙が上がると、

攻撃魔法の直撃を喰らったナイトは、

すり鉢状に大きくえぐれ、た、

赤土が露出する地面の上に倒れていた。

「これは…」

「うーん、

 差し詰め、

 大地を揺るがす乙女の怒り。

 をまともに受けたみたいですわね」

攻撃魔法の衝撃で枝の葉を飛ばされた木の下で

開いた穴に倒れているナイトを見ながら

”華”と”海”は冷や汗を流していると、

『誰が居ると思ったら、

 里枝さんではないですか』

樹の影だったために無傷だった里枝を

鍵屋は見つけるとその名を呼んだ。

そして、

『気を失っているだけですね。

 申し訳ありません。

 この件にあなたと智也さんを

 巻き込みたくはなかったのですが』

と里枝を抱き起こしながら呟くと、

『ふぅ…』

大きくため息をつき

そのまま天を仰き、

『ナイトは…

 私にとって、

 痛恨の判断ミスでした』

と反省するように呟く。

すると、

『かっ鍵屋…

 来ていたの?』

ナイトの猛攻を受けて気を失っていた玉屋が

鍵屋の攻撃による地響きで目を覚ましていた。

『玉屋さん、

 これは一体、どういうことですか?

 なぜ、Dr・ナイトのところに単身で乗り込んだのですか、

 そもそも、この件は僕が始末をつける話なんですよ』

と鍵屋は玉屋に迫る。

『え?

 いっいやぁ、

 ほら、

 よっよくあるじゃない。

 ちょっと出し抜いてみようかなぁ

 って…』

バツが悪そうに玉屋はそう言うと、

『とにかく、

 この件はキチンと地獄に報告しますので、

 処罰は受けてください』

と鍵屋は言う。

すると、

「あのぅ、

 私たち」

「この方に助けられたんです」

「もし助けてもらえなければ」

「私たちは化け物にされていたんです」

「ですから、

 大目に見てあげることはできませんか?」

”華”と”海”は鍵屋に懇願を始めだした。

『いや、

 そうは言われましても』

その訴えに鍵屋は困惑していると、



『…るさん…

 …許さん…

 …許さんぞ…』

倒れていたはずのナイトが起き上がり、

フラフラしながら樹へと向かっていく、

そして、

パシッ!

樹の幹に手を触れると、

『ふははははは、

 鍵屋っ、

 もぅ何もかも遅いんだよ。

 私が溜め込んだ理の力。

 今ここで使わせてもらうぞ!』

と声を張り上げた途端、

ズズンッ!

中庭を取り囲む四方八方の壁が崩れ落ちると、

樹の籠に鹵獲された獣たちが姿を見せる。

『これは…』

樹を中心にして12の方位に姿を見せた獣たちに鍵屋は驚くと、

『ふははは、

 今こそわが野望を果たすとき。

 さぁ、

 我に力を!』

高々とナイトは声を上げ、

そして、

彼の掲げた手に3重の魔方陣が姿を現すと、

樹に絡むように回り始める。

その途端、

鹵獲されていた獣たちから悲鳴が上がり、

その姿が溶けるように消えてしまうと、

それぞれの籠から樹に向かって光の矢が一斉に放たれた。



カッ!

矢を受けた樹が光を発すると、

ズブ

幹に付いたナイトの手が樹の中へと沈み始める。

そして、

ズブズブズブ

彼の身体が樹の中へと飲み込まれてしまうと、

ヒュルンッ!

樹から弦が伸び、

鍵屋が抱きかかえていた里枝に巻き付くと、

素早く奪い返し、

樹の中へと取り込み始めた。

『いけない!』

その様子を見た鍵屋が沈んでいく里枝の手を取るものの、

『くっ、

 なんだこれは!』

沈んでいく里絵に引っ張られる様に鍵屋も沈み込み始めた。

すると、

『アンタたち、

 ちょっと悪いけど、

 森林公園のご神木って知っているでしょう?、

 そのご神木のとことに

 Dr・ダンと言う風変わりの爺さんが居るから。

 その爺さんにここで起きたこと全てを説明しなさい。

 ここから先は爺さんが何とかしてくれるわ。

 さぁ、早く行って』

と”華”と”海”に指図すると、

玉屋もまた鍵屋の後を追い樹の中へと飛び込んで行った。



ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

夜明けの沼ノ端に突如地鳴りの音が響き渡ると、

ズーン!

ズドドドドドドド!!!!!

追って大きな揺れとそれに続く横揺れが街に襲い掛かかる。

「んん?」

突然始まった揺れに

酔いつぶれていた智也や謙一たちが目を覚ますと、

「!!っ」

「地震だ!」

「テーブルの下!

 テーブルの下!」

すぐに地震であることに気付くや、

空になった酒瓶などが崩れて転がりまわる中、

二人はテーブルの下へと飛び込む。

揺れそのものはマンション自体の耐震性や、

地震を想定した部屋のレイアウトなどのお陰で、

ガラス棚の食器や本棚の本が落ちる程度で終わり、

「今のでかかったな」

「そだな」

テーブルの下に身を寄せていた智也と謙一は

そう囁き合いながら天井を眺めていると、

『なによ、あの程度の揺れで

 狼狽るなんて情けない』

『そうですわ、揺れるのなら

 もっと揺れてもらわないとね』

と言いながら白蛇堂と黒蛇堂は平然と飲み続けていた。

「まだ飲んでいたんですか?」

それを見た謙一は驚きの声を上げると、

『ふんっ、この程度の量は』

『飲んでいるうちには入りませんわ』

『そっ、ちょっと舐めた程度よ』

『ねーっ』

姉妹揃って呼吸を合わせる二人を見ながら、

「まさに…ウワバミ…」

「あぁ、蛇の精霊だけはあるな」

と智也たちは呟く。

その頃、

ゾゾゾゾゾゾ…

端ノ湖の湖岸に顔を出していた木の芽が一斉に蠢き始めると、

やがて、

ズズーン!

再び地鳴りが響き渡り、

ザザザッ

端ノ湖の湖面に大きな渦が巻きはじめた。

「おっおいっ」

「湖が」

地震に驚いて湖畔に避難してきた市民が

その渦を見つけ声を上げると、

ジュルジュルジュル

幾重にも巻いた植物の茎が渦の中から顔を出し、

ギシギシギシ!!!

軋む音を響かせつつゆっくりと成長していく。

「なんだあれは?」

「さっさぁ?」

「植物か?」

目の前で成長する植物を見上げながら、

皆は呆然としていると、

植物は見る見る高さ20mを越す大きさへと成長し、

クキュッ

その頭頂部に巨大な蕾をつけて見せる。



「おいっ、

 ありゃぁ、なんだ?」

「さっさぁ?」

自宅のベランダよりその様子を目撃していた

智也たちは湖の中に姿を見せた植物を指差して声を上げると、

『ふーん』

酒が注がれた杯を片手にベランダに出てきた白蛇堂は

ジッと湖中に姿を見せた植物を見据える。

「白蛇堂さん。

 アレの正体はわかりますか」

彼女に向かって智也が尋ねると、

『うーん、

 なんか、色んなものが混ざっているね』

と植物を見据えながら白蛇堂は言う。

「色んなもの?」

『あぁ、

 色んなものだよ。

 それが寄り集まって、

 アレを作り上げている。

 そうだね。

 強いて言うなら…

 ”猛者”

 そう、地獄の”猛者”と良く似ているわ』

「え?」

彼女のその言葉に智也はハッとすると、

「まさかっ」

そう言いながら謙一を見る。



『間違いなく、

 あれは”猛者”だな』

蚊取りブタの上で胡坐をかいているDr・ダンは、

湖に姿を見せた植物を見据えながらそう断言して見せると、

『博士っ、

 どうなるのでしょうか?』

と不安そうな顔で助手であるバニー1号が話しかけてきた。

『判らんっ』

その問いにダンは短く答えると、

『え?』

バニー1号は今にも泣き出しそうな顔をしてみせる。

『まぁ、そんな顔をするな。

 向こうの手の内が見ないと手が出せないということじゃ。

 動けぬ植物を”猛者”とするからには、

 それなりの仕掛けがあるはずじゃが、

 さて?

 のぅ、ご神木の女人よ。

 お前さんから見て何かわかるか?

 判れば対策の一つでも立てられるのだがの』

ご神木に振り返りながらダンは尋ねると、

『………』

返答が返ってくる。

すると、

『なに?』

ダンの表情が動き、

『…分枝が利用されたか…』

と呟く。

その直後、

ギュォォォォン!!!!

ダンの頭上をTSFのファイターが

エンジン音を響かせながら通過し、

真っ直ぐ猛者に向かって飛んで行った。



『…こちらスマイル隊ハッピー!

 …本部聞こえるか?

 …端ノ湖に到着。

 …湖内にて巨大植物の存在を確認した。

 …湖面からの高さは…

 …約20m

 …昔怪獣映画に出てきたビオナントカって怪獣に似ている』

『こちら本部。

 映像でも確認した。

 確かにビオ…ビオ…ビオナントカって怪獣に似ているな。

 おっといま、

 スーパーコンピューター・キャンディの判定結果が出た。

 結果を伝える。

 ”パターンは青クル”

 ”キャンディはこの植物を怪獣と認識したクル”

 ”ハッピーたちは頑張って怪獣を退治するクル”

 以上だ。

 TSFは現時刻を以って同物体を怪獣と識別する。

 速やかに怪獣の殲滅を開始せよ』

『…了解。

 …スマイル隊は直ちに攻撃を開始。

 …怪獣を殲滅する』

『ふーん、

 攻撃をするのか、大丈夫かのぅ』

TSFご自慢の暗号化通信を

耳に挿したイヤホンで通信を傍受していたダンはそう呟くと、

さっそく怪獣の周囲に煙が立ち上り始める。

そのとき、

ガサササ!!!

突然、ご神木の枝が揺れると

「森林公園のご神木ってここよねっ」

「はいっ、

 間違いありません」

「見て!、

 でっかい蚊取り線香があるよ」

「その上に降りましょう。

 この近くにDr・ダンと言う方が居るはずですから」

の声と共にクノイチの”海”と”華”の声が響くと、

トトン!

ダンの前に軽い音を立てて二人の女性が降り立った。



「もし、あれが”猛者”だとすれば、

 Dr・ナイトに先手を打たれな、

 って言うか、

 TSFが攻撃を開始したぞ」

自宅ベランダから湖内を見ながら謙一は話しかけると、

「くっそぉ!」

智也は悔しそうにその手すりを叩く、

すると、

タイミングを合わせたかのように謙一のケータイが鳴り響き、

「あっはい、

 はい、

 はい、

 はい、判りました。

 すぐに局へ向かいます」

ケータイから伝えられた指示に

謙一はそう返事をすると、

「非常召集がかかった。

 俺は今から局に向かう。

 お前はどうする?」

とこれからについて尋ねる。

「私は…

 里枝を、

 分枝の里枝を助けに行きます。

 彼女はあの猛者の中に居るはずですので」

謙一の問いに智也はそう答えると、

「里枝ちゃんの本体はどうする?

 まず、そっちと話を付ける必要があるんじゃないのか?」

と指摘する。

「あぁ、確かにそうだけど、

 ここは分枝を助けるのは先です!」

「…まぁいい、

 お前のその選択が後の後悔にならないようにすることだな。

 じゃぁ、俺は行くから」

彼の返答を聞いた謙一は少し間を置いてそう言い残して、

智也の自宅を出て行くが、

『いいのですか?』

それを見ていた黒蛇堂が話しかけると、

「えぇ、

 もうちょっと余裕があると思っていましたが、

 それは無いようですので、

 あっちの里枝の救出を優先します」

彼女に向かって智也は答え、

ベランダから見える山の中のご神木に視線を動かすと、

「(里枝、

  ちょっと出かけてくる。

  もうちょっと待っててくれ)」

と心の中で話しかけ、

徐に青いビルダーパンツを取り出すと、

『マッチョ・ブラック・パワー、

 ボディメイク、

 アープッ!!』

とそれを掲げながら声を張り上げた。



『やはり、

 Dr・ナイトの仕業か』

クノイチの”海”と”華”の話を聞いたダンはそう返事をすると、

湖の上空で5機のTSFファイターが3度目の攻撃態勢に入った。

「申し訳ありません。

 私達は大至急”旦那様”のところに向かい、

 以後の指示を仰がないとなりませんので、

 これにして失礼いたします」

その光景を横目に見ながら”華”はダンに向かって話と、

「いえ、その必要はありません」

の声と共に執事姿をした初老の男性が姿を見せる。

「セバスチャン!

 あんた、こんな所で何をしているの?」

彼女達の主に傅く男性の登場に、

”華”と”海”は驚いた声を上げると、

『なーに、

 ワシは四葉の技術開発顧問をしておるのでの。

 お前さんたちの主は良く知っているわ。

 わははは!』

とダンは軽快に笑ってみせる。

すると、

「海、並びに華。

 あなた方に次の指示が出ております」

と執事は手にした情報端末を操作しながら指示を伝えると、

ゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

同じ頃、

沼ノ端市街地を戦車大隊が地響きを上げて通過していく。

『ほぉ…

 四葉と遠藤との連合軍か、

 ん?

 指揮権は四葉にあるのか?

 よく遠藤が折れたものだな』

その様子を蚊取りブタの上から眺めながらダンは言うと、

「まぁ、そこは調整をいたしましたので、

 なお、旦那様は戦略航空隊の出撃も命じられました」

と執事は言う。



「学校が沈んだと思えば、

 今度は怪獣かよ」

「サービス精神が旺盛な街だな、

 沼ノ端は…」

「なぁ俺達、

 逃げないでなんでこんなところで居るんだろう」

「知るかよっ、

 朝っぱらから遠藤と唐が決闘だと騒いだから、

 付き合っているのに、

 この怪獣騒ぎだもんなぁ、

 しっかし、TSFのファイターはかっこいいな。

 おーぃ!」

「手を振っている場合か。

 にしてもだ。

 あの怪獣。

 映画に出てきた、えーとなんて言ったっけ?」

「ビオランテだ!」

「おぉ、

 そーそ、

 ビオナントカに良く似ているな」

湖畔を見下ろす展望台の上で、

沼ノ端高校2年B組の生徒数名がそんな会話をしていると、

『館長』

メガネを掛けているリーダー格の生徒の後ろで女性の声が響いた。

『あなこんだぃか』

振り返らずに彼は返事をすると、

『お呼びで』

と女性は呼び出し理由を尋ねる。

『あぁ、アレを私のコレクションに加えたいのだが』

『無理です』

『なんで?』

『アレを収納するスペースがありません』

『ちっ!

 なら仕方が無い』

それを聞いた少し悔しそうな表情を彼は見せるが、

しかし、そんな彼を宥めるセリフは続かなかった。



『本部、

 こちら、ハッピーっ

 地上が随分と賑やかになったが、

 支援を要請したのか?』

『こちら本部。

 四葉並びに遠藤が戦車大隊を出してきた。

 さらに戦略航空隊も出て来るそうだから、

 早めに片付けてくれ』

『了解っ、

 ハッピーよりスマイル隊各機へ、

 騒がしくなる前にさっさとカタをつけるぞ!』

隊長機の指示と共に

5機のTSFファイターが上昇していくと、

高空で5方向に散っていく、

そして、それぞれがタイミングを合わせてターンすると、

湖面すれすれに機体を浮かし、

一気に植物怪獣へと迫って行った。

そして、

チッ

植物怪獣に向けて短距離ミサイルを撃とうとしたとき、

ボンッ

ボボボボボボボ!!!

その身体から無数の花が咲き始めると、

ブワァァァァァ!!!!

一斉に花粉を吹き上げた。

『なにぃ!』

突然の事にファイターは慌てて回避行動に移るが、

しかし、回避が間に合わず、

ファイターは花粉の中に突っ込んでしまうと、

煙を噴き上げて墜落してしまったのであった。



「なんだ?」

「だらしがないなTSFは」

「やっぱ大したことないっずね」

「よーし、

 代わりにこっちが派手に行くか」

その様子を双眼鏡で見ていた四葉戦車大隊の隊長は声を張り上げると、

「撃ち方、

 よーぃ!」

と背後で声が響く。

ゴゴゴゴゴゴゴ!!!

その声にあわせて各砲門が一斉に植物怪獣に向けられると、

「目標!

 びおらんてぃ!

 撃ち方、

 はじめ!」

の声と共に、

ズドォン!

湖畔に陣取っていた戦車大隊から一斉射撃が始まった。

「えーぃ!

 何をしている。

 四葉に遅れを取るな!」

その様子を見ていた遠藤終太郎もまた、

自分の刀を振りかざして声を張り上げると、

遠藤の機甲師団からも射撃が始まった。

だが、

バフンッ!

植物怪獣が放つ花粉が濃度を増して、

戦車大隊に襲いかかると、

「うぎゃぁぁぁ!!」

「目が、

 鼻が

 喉がぁ

 痒いぃぃぃぃ」

「隊長!!

 呼吸ができません!」

防毒マスクをして備えが万全なはずの

隊員たちが次々と花粉症の症状を訴え始め、

たちまち戦車隊の戦力はガタ落ちとなっていく。



ブワァァァァァァ!!!!

植物怪獣から吹き上がる花粉は瞬く間に沼ノ端中に広がり、

街中から人の影が一気に消えてしまった。

そして、

「なんだよ、

 やられるままじゃないか」

その様子を報道局のモニター画面で見ていた謙一は臍を噛むと、

「おいっ、

 しっかりと、

 戸締りしておけよ」

とスタッフたちに命じたとき、

カカカッ!

突然閃光が輝くと、

『ジュワッ!』

『ジュワァァッ!!』

沼ノ端に二体の宇宙超人が姿を見せる。

「ん?

 ウルトラナインと

 ウルトラウーマン・フロスか、

 二人そろってとは珍しいな』

顔を合わせることがそう滅多にない宇宙超人の雄姿を見て、

謙一はイヤそうにつぶやくと、

「中継、どうします?」

とスタッフが判断を仰いできた。

「やめとけ、

 あの超人のプロダクションとは契約を結んではいない。

 ウチの電波に乗せるわけにはいから、

 適当な絵を出しておけ」

そう返事をする。

すると、

パッ

中継画像がたちまち椅子に座る

クマの縫いぐるみに差し替えられた。



『ジュワッ!』

『ヘァァ!!』

『ジュワッ!』

『ヘァァ!!』

『ジュワッ!』

『ヘァァ!!』

2体の宇宙超人対植物怪獣との戦いは次第に白熱し、

放送権を持つ他局の中継番組の視聴率は鰻登りとなっていく。

「ったくぅ、

 面白くないなぁ」

その様子を謙一は苦々しく見ていると、

「うちの超人は何をしているんですかね」

「マッチョマンっすかぁ?

 どこで何をしているんだろうなぁ」

「早く来てくれないと、

 映像出せませんよ」

とぼやく声が聞こえ始めた。

そして、

「智也ぁ、

 お前はどこで何をやっているんだよ」

謙一もまた放送できない画面を見つめていたのであった。

その頃、

智也が変身をしたマッチョマンRXは

トレードマークとなっている青いビルダーパンツ一枚の姿で、

花粉で視界が利かない沼ノ端市街をダッシュで走っていた。

『くっそぉ!!

 街が花粉で真っ黄色だ。

 しかも、目が痒いし、

 鼻水も止まらない。

 これじゃぁ、

 せっかくRXにアップデートしても意味がない』

走りながらマッチョマンRXは花粉症の症状に悩まされていると、

『そうだ、

 マッチョスクランダー』

と空に飛びあがることに気が付くと、

『マッチョスクランダー!』

と声をはり上げ、

バサッ

その黒い体を大空へと羽ばたかせた。

『おぉ!

 空の方が楽だ』

空に舞い上がったマッチョマンRXは

立ち込める花粉層の外に出た途端、

悩まされてい症状が一気に緩和され爽快な気分となり、

そして、ナインとフロスの戦いに注意を向けると、

『ジュワッ!』

『ヘアッ!』

カラータイマーを点滅させる宇宙超人たちは

植物怪獣に向けて必殺技を放とうとしていたところであった。

「まっずーっ、

 それちょっと待って!」

それを見た智也が慌てて宇宙超人に向かおうとしたとき、

クワァサツ

固く閉じられていた植物怪獣頭頂部の蕾がほころび、

大輪の花を咲かせる。



『花を咲かせおったか、

 だが…

 それだけではあるまい。

 さっきから奏でているこの理の波動を何に使う気だ?』

蚊取りブタの上でダンは花を咲かせた植物怪獣を見据えていると、

『博士っ、

 植物怪獣内に高エネルギー反応発生!

 急速に加速収束していきます』

ご神木脇の仮設発令所内にバニー1号に悲鳴がこだました。

『なに?

 まさか…』

それを聞いたダンは慌てると、

シュピーッ!

宇宙超人から放たれたビームが植物怪獣を直撃するが、

キーン!

キーン!

それらがバリアーによって呆気なく弾かれてしまうと、

ギェェェェェェェェェェェ!!!!!!

植物怪獣の雄叫びが上がるや、

ボッ!!!!

開いた花弁より発せられた荷電粒子のエネルギー束が

宇宙超人に向けて放たれる。

そして、

『陽電子砲とはな。

 ナイトもなかなかやるじゃないか』

遠く駿河湾まで吹き飛ばされ、

真っ逆さまになって海中に突き刺さっている

宇宙超人のあられない中継画像を見ながらダンはそう呟くと、

『こいつを退治するには一筋縄じゃ行かないぞ』

と蚊取りブタを見上げたのであった。



つづく