風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第拾話:それぞれの道標)


作・風祭玲

Vol.1086





東の空に中秋の名月が姿を見せると、

沼ノ端はその月明かりに照らし出され、

嵐の前の静けさに包まれていた。



タワーマンションの14階にある自宅のベランダで、

智也は風が秋の空気を運んでくるのを感じながら、

ギィ…

背摺りを倒した椅子に持たれ掛かっていた。

”支度のため一旦店に戻ります。

 あとでまた参ります。

 黒蛇堂”

そう書かれた書置きが目の前のテーブルで置かれ、

椅子の肘掛に頬杖を付く智也はそれを眺めながら、

ご神木での一部始終を思い返していた。

そして、

山の中に見えるご神木に視線を移すと、

「ふぅ…」

どこかやるせなさを感じさせるため息をつき、

「黒蛇堂さんたちにはかっこいい事を言ったけど、

 でもなぁ…

 ご神木の事や、

 分枝の事、

 Dr・ナイトに、

 理に、

 猛者に、

 それらがあーだ、こーだと、

 考えないとならないこと、

 やらなくてはならないこと、

 あーっもぅ、

 どっかーん!

 ってみんな纏めて弾け飛んでくれないか。

 はぁ…

 俺って何やっているんだろう。

 っていうか、

 なんでこんな事しているんだろう?」

嘆くように空を見上げる。

すると、

ドンッ

と言う音と共に玄関ドアが開かれ、

「おーぃ、

 一寸手伝ってくれぇ」

謙一の声が響き渡った。

「ん?

 何をやっているんだ?

 あいつは?」

怪訝そうな顔をしながら智也は身体を起こすと、

「なにをしているんだ?」

と尋ねながら玄関先に行くと、

「なにこれ?」

そこにはビールにワイン、

ウィスキー、日本酒などなどのビンや樽が

ケース・箱単位で積み上げられ、

さらに、オードブルが満載された皿も乗っかっていた。

「……」

「何、見ているんだ。

 ちっとは手伝え。

 腹は減っては戦は出来ぬってな。

 里枝ちゃんダッシュ奪還への景気づけだ」

と謙一は呆気に摂られている智也に向かって言う。

「いや…

 それにしても、

 ちょっと多くね?」

「うるせーっ、

 これから戦場に赴くんだから、

 世界制服する気持ちにならないとダメだ。

 と言うわけで、

 今宵は十五夜でもあるし、

 世界中の酒をかき集めてきた。

 全てを飲み干せば、

 Dr・ナイトよりも先に世界制服だ!!

 わははは!!」

「おまえなぁ」

「ほらほら、

 ボサッとしていない。

 さっさと運べ!

 全部、俺のおごりだ!」

困惑する智也の背中を叩いた謙一は、

リビングにそれらを積み上げていく。



「しっかし、

 清酒の酒樽まであるのか。

 お前、

 こんなに買って大丈夫か?」

「ん?

 業屋って知らないか?

 この先にあるディスカウントストアでな、

 世界中の酒が格安で売られているんだよ。

 これだけ買って、

 諭吉がひぃふぅみぃ…まぁこんなもんかな」

「やっすいなぁ…

 けど大丈夫かよ?」

「店主が直接現地で買い付けてきた言っているし、

 酒にはうるさいウチの局の奴も

 本物だ。と太鼓判を押している」

「ほぉ」

「では、

 十五夜のお月さん並びに、

 里枝ちゃんダッシュの奪還を祈願して、

 かんぱーぃ!」

お供えのススキと団子を脇に見ながら、

リビングに直接胡坐をかいた謙一が

泡が盛り上がるジョッキを掲げると、

「お前って、

 本当に楽観的だな」

と言いながら智也も胡坐をかいた。

すると、

「なにいってんだ、

 恋人に逃げられたような顔をして」

そんな智也の肩を謙一は叩いて、

「ほら、

 お前もぐっと行け」

とジョッキを押し付ける。

「あぁ、わかったよ」

差し出されたジョッキを受け取った智也は

「変な時間で寝たせいか、

 体の調子がどうもおかしいわ」

と言いながらも、

グッ!

とジョッキを空にしてみせる。

「おぉ!

 いいねっ

 よしっ、

 次はワイン行くぞ!

 フランス産と見せ掛けて、

 カルフォルニア産だぁ!」

「うーん、

 おぉ、イケルねぇ」

「じゃぁ、これはどうだ、

 メキシコのテキーラ」

「くーっ

 きたー!」

「ふふふっ

 じゃぁ、

 老酒いこう老酒!」

「謙一、

 お前も飲めよ!」

「おう、飲ましてもらうさ」

などと二人は盛り上がっていく。

そして、

「ふぅ…」

日本酒を飲んだところで、

「で、智也ぁ、

 お前、

 俺が帰ってきたとき、

 里恵ちゃんのことを考えていたのか」

と謙一は尋ねる。

「まぁな、

 思い返せば、

 いろんな事があったな…ってな」

オードブルのから揚げに箸を付けながら智也は答えると、

「ほーぉ、

 なぁ、一つ聞きたいことがある。

 お前…

 にとってだ。

 里枝ちゃんとは、なんだ?」

と謙一は質問をした。

「なっなんだよっ、

 藪から棒に…」

「いいから答えろ!」

「うっ…うーん」

「問われて

 考え込むような間柄なのか?」

「そーじゃないって」

「馬鹿やろう!

 お前ってそうやって格好つけるから、

 一人で苦労しているんじゃないか。

 ったくっ、

 ”里枝は俺の女だ、誰にも渡さないぞ”

 その一言で全ては片付くんだよ」

「言えるかっ、

 そんな事…」

「ほぉーっ!

 なら、飲めっ、

 んーと、

 これは、タイの酒だな

 一気に行け、

 一気に!」

「えぇ?

 これ以上はちょっと…」

「口ごたえするなっ、

 これからDr・ナイトのところに乗り込むんだろう?

 だがなっ、

 里枝ちゃんのことをハンパに考えながら乗り込んで、

 取り返せると思っているのか?

 彼女の為に命を掛けるつもりで行って貰わないと、

 付き合うコッチは不安で仕方が無い。

 この際、徹底的に飲んで

 洗いざらい、全部吐き出せ!

 いいか、これは消毒だ。

 里枝ちゃんが樹になってから

 お前が腹の中に溜めに溜め込んだ…

 瘴気の消毒だぁぁぁ!」

と真顔で謙一は言うと、

ドンッ!

ボトルのブランデーを数本、

智也の前に置いてみせる。



ヒュォォォッ

夜風が吹き抜けていく山中。

『竜気開通10秒前!』

腕時計の針を見ながらコン・ビーが声を上げると、

ピピーッ!

旗を持つ狐がプレハブ作りの発令所に向かって

笛を吹きながら手旗信号を送る。

『5秒前』

『4秒前』

『3・2・1!』

『竜気開通!』

『弁開けっ!』

と声高に支持をすると、

ドオンッ!

ご神木の前に置かれた蚊取りブタに火が入り、

ぉぉぉぉぉぉぉぉんんんん!!!!

低い唸り声を響かせながら、

端ノ湖に向かって開かれた蚊取りブタ口が光り始める。

『コン!』

『うん、

 起動時チェック項目、異常なし、

 ご神木とのシンクロ率、35〜40と、

 まぁ、こんなもんだろう』

キツネから提出されたチェックシートを確認しながら、

コン・ビーは承認のサインを書き込むと、

『万全を期するためには

 一度、試射をする必要があるのだが、

 さて、そこはどうするのかな?』

と蚊取りブタを見上げてみせる。

そして、その見上げた先の蚊取りブタの上には、

Dr・ダンが胡坐座で座り、

じっと湖を見つめていた。

『博士、いかがなされましたか?』

彼を気遣ってか、

彼の助手であるバニーガール・バニー1号が声を掛けると、

『うむ…

 ちょっと考え事をしておった』

とダンは返事をしながら振り返る、

そして、

『!?』

何かに気付いた素振りをすると、

『あぁ、すまんなっ、

 一杯晩酌をしたい気分になった。

 酒と肴を持ってきてくれんか』

と言うと、

『はい、

 いつものアレですね。

 畏まりました』

バニー1号は笑みを浮かべて答えると、

蚊取りブタの上から姿を消す。



『…いいぞ

 降りてきても』

バニー1号が下に降りた後、

Dr・ダンはそう声を上げると、

トッ

彼の横に光る足が舞い降りる。

『すまんのぅ、

 落ち着いた環境を壊してしまって』

顎を肘を立てた腕の掌に載せてダンは謝ると、

『…いいえ、

 …大事なお役目ですから』

と女性の声が返ってくる。

『全く、地獄の管理がザルだから、

 あのような悲劇が後を絶たないんじゃ』

『…?』

『お前さんの樹齢は何年になる?』

『…判りません…

 …そう答える程の時はまだ重ねては居ません』

『だろうな、

 14・5年程度の樹齢じゃぁ、

 樹の世界ではまだまだ若木。

 とても山の木々を引っ張るご神木にはなれん。

 だが、その若木であるのお前さんがご神木になれたのは、

 偏に人としての格が上乗せされたからじゃ。

 それ故、お前さんに今回の大役をお願いした。

 この任務は話が判るやつじゃないと務まらないからの』

『…わたしで役目を果たせますか?』

『出来るっ

 ワシがそう断言した以上、

 それは事実となる』

『…はぁ…』

『心配はするなっ、

 細かいところはワシがサポートする。

 お前さんの彼氏から色々と注意も受けたしのっ』

『…智也ったら、

 …余計なことを言わなくても』

『はははっ、

 拗ねるな、

 アイツは誰よりもお前さんのことを想っているぞ』

『…はい…』

『なんじゃ?

 急に暗い顔をして』

『………』

『間もなく別れる事になるのが辛いのか?』

『………』

『野暮なことを聞いてすまなかったな。

 樹になる呪を受け、

 人から樹となったお前さんは、

 間もなく眠りの時を迎える。

 これはお前さんだけがなるものではない。

 植物である樹は目覚めの時と眠りの時が、

 動物とは比べ物にならないほど長いからな。

 だが、お前さんのみの事情もまたある。

 人から樹となったお前さんには未だに人としての歪みが残っている。

 その歪みを正すために眠りが必要なのじゃ。

 眠りに付き、

 その間に己の根の密度を増させ、

 さらに根をこの山すべてに伸ばしながら、

 幹の年輪を幾重にも重ねる。

 そうすることで、

 お前さんから人であるものが全て取り除かれ、

 歪みが矯正されていく。

 そして、目が覚めたとき、

 お前さんは格が上がり、

 大地から穢れた理を汲み上げ、

 そして、日に向かって広がる葉で

 それらを浄化し昇華させる。

 本当の意味のご神木となる。

 そのときのお前さんには、

 今の様な明確な人としての意識を持たない

 樹となっている』

『…ご神木になることを意識したときから、

 …それは覚悟していました』

『判っていても、

 覚悟をしたつもりでも、

 でも、心に曇りはあるか…』

『…あの時、わたしは樹になる呪いを受け、

 …徐々に樹化していく自分の身体を怯えながら生きていました。

 …そのとき、智也が私に死の選択を持ちかけてきたのです。

 …そして、判ったのです。

 …智也は私のことを本気で思ってくれているって。

 …だって、私のことを思ってくれなければ、

 …私を適当なところに放り出して姿を消していたことでしょう。

 …それが嬉しかったらから、生きる選択をしました。

 …たとえ樹になっても、

 …たとえ彼を抱きしめることが出来なくなっても、

 …わたしは生きようと決心しました。

 …あなたはご存知かは判りませんが、

 …ここから少し外れたところ、

 …ちょうど、その本殿のところに先代のご神木が居ました。

 …恋人の為に命を張って樹になった巫女。

 …私は先代のご神木が付けた実を食べて樹になったのです。

 …はっきり言って、私は先代が憎くて仕方がありませんでした。

 …だって、そうでしょう。

 …人間だった私を樹にしてしまった張本人なのですから。

 …でも、この場で先代と話をしていくうちに気持ちが変わってきました。

 …無論、私が樹になることを受け入れたために、

 …先代の話を聞く耳を持ったせいかもしれませんが、

 …その時に私は明確にご神木になることを意識したのです。

 …やがて彼の手によって私はこの場に植えられ、

 …土の中に根を張り樹になりました。

 …先代と私がこの場に並んで植わっていたのはわずかの間でしたが、

 …先代は根を通じて私に様々なことを教えてくれました。

 …無論、ご神木になることへのリスクも…

 …そして、最後に先代はこう言い残したのです。

 …”いいこと、自分は樹だからって壁を作ってはダメよ。”

 …”あたしにはたまたまコイツの上に乗っかったから”

 …”中途半端ながらもご神木で居られたけど”

 …”あなたは色々大変かもしれない。”

 …”そこは詫びるわ。”

 …”でも、あなたは一人ぼっちじゃないでしょ。”

 …”大丈夫。

 …”あなたを大切に思っている人を信じなさい。”

 …”樹はね。”

 …”待つことが仕事なのよ。”

 …と。

 …それを聞いて私は樹として生きる自信を持ちました。

 …と同時に、

 …少しでも長く三浦里枝としていられるように、

 …ご神木になる道を選んだのです』

『ふむ、なるほどのぅ。

 そこまで考えてのことか。

 なら、なんで潔くなれないのだ』

『…未練。

 …そう答えてはダメでしょうか?

 …変ですね。

 …樹になったときに私が抱いていた未練は執着と共に

 …智也の手で滅せられたはずなのに。

 …なぜかまた湧いてくるんです。

 …頂いたお墨付きによって、

 …私は分枝をしました。

 …私が目が覚めたとき、

 …この世界に智也が居なくなっていても、

 …彼がどういう人生を送ったのか、

 …分枝をした私を通して知ることができます』

『そうか』

『…でも、

 …寂しいです。

 …目が覚めたら智也の居ない世界だなんて』

『こればっかりは、

 わしににもどうにもならん。

 まっ、100年後でも、

 わしや黒蛇堂などは相変わらずだろうが、

 この世界に生きる人間はそこまで生きられないからの』

『………

 …ご心配をおかけしてしまって申し訳ありません…』

『目が覚めたとき、

 お前さんは恐らくその様な未練を感じることはないだろう。

 じゃが、眠りに付くときにわずかでも未練が残っていると、

 それがご神木に影を落とす。

 のぅ…』

『…はい?』

『お前さん。

 まだやり残していることがあるのではないか?』

『…それはありません』

『そうかの、

 その顔はケジメをつけていない顔じゃがの』

『…ケジメ…ですか?』

『そうじゃ、

 ケジメじゃ。

 お前さんは自分が納得するケジメをつけていない。

 さっきからお前さんの言葉に何度も出てきているぞ。

 お前さんは…

 大切な彼氏に自分の気持ちをキチンと伝えたのか?

 そして、その返事をキチンと貰っているのか?』

『…え?』

『肉体関係は持ったようじゃが、

 どちらかと言うと、

 人であるうちに…と切羽詰ってのことだったろう?

 もし、気持ちを伝えていないのなら、

 株分けした分枝に言わせるよりも、

 本体であるお前さん自身が言った方がいい、

 いや、言うべきじゃ。

 お前さんの道標はどこを向いておる?』

『…!!っ』

『さて、年甲斐も無く長話をしてしまったようじゃ、

 これからわし等が行うことは

 すんなりと行くとは思っていない。

 相当きつい仕事になると思うから、

 すまんが、

 気合を入れて付き合ってくれ』

手を挙げながらダンは言うと腰を上げる。

そして、支度を終えて

蚊取りブタに登ってきたバニー1号に向かって、

『すまんのっ、

 やっぱり外は冷えるので、

 晩酌は中でしよう』

と告げると、

「はいっ、

 畏まりました」

と返事をする彼女と共に降りて行く。

『…自分の気持ち…』

一人、蚊取りブタの上に残った里枝の思念体はそう呟くと

蚊取りブタ砲口が指し示す軸線の下、

そこにある智也の部屋を見つめた。



「で、どーなんだ。

 里枝ちゃん…

 そのダッシュを抱いた感想は?」

空き瓶を何本も転がし、

顔を真っ赤にした謙一は絡むように尋ねると、

「そっそりゃぁ…

 うっ、

 でも、

 あんまり良く覚えていない」

ウィスキーが入ったグラスを握り締める智也は

分枝里枝を出したときの思い出すと

答えに窮してしまっていた。

すると、

「ばぁからろうっ

 いいか、女を抱くときは、

 どんなに些細なことでもしっかりと脳裏に焼き付けておくんだ。

 お前…

 プロデューサをらっているのに
 
 女の抱きらかを知らないのかぁ?」

「俺は…

 枕営業は断っているんだ!」

「ほぉーっ、

 それは見上げたものだ。

 だがなっ、

 いいか、良く聞けっ、

 人間は有史以来っ、

 男と女が歴史を紡いできたんだ。

 いいかっ、

 どんなに文明が発展してもだ。

 宇宙戦艦やモビルスーツが

 バターになるくらいビュンビュン空を飛ぶようになってもだ、

 ベッドの上で男は女を突きぃっ!

 女は突かれながらよがり声を上げるっ。

 これはなっ、

 人類にとって、

 ごく

 ごぉく

 当たり前のことなんだぁ!

 聞いているのかっ、

 智也ぁ!」

「………」

「こらぁ!

 寝るなぁ!」

「うるせーっ、

 起きているよ!」

「よっよーしっ、

 じゃぁ、飲め!

 これはなアフリカの酒だ。

 度数はめちゃ高いぞ」

智也の胸倉を片手で掴みあげながら、

謙一は彼のグラスに注ぎ込む、

そして、

「ほれ、

 ぐぃーと行け、

 ぐぃーっと」

と言うが、

「すまん、

 俺、もぅ限界だ!」

智也はそう言って断ろうとすると、

「ほーっ、

 俺の酒を断るかっ、

 見上げた根性だ!

 ならば、

 否応無くても酒を飲まなくてはならなくなる、

 魔法を掛けてやろう!」

と謙一は言う。

「なんだよっ、

 魔法って」

「ふんっ!

 智也ぁ、

 お前、里枝ちゃんにはちゃんと告白をしろ」

「え?」

「里枝ちゃんに、

 好きだ!

 俺の女になってくれ!

 ぜーったい、幸せにしてやる。

 って言えっ

 つってんだ!

 おいっ聞いているのかぁ!!」

「聞いているよ!

 だがなっ、

 樹になっちまった里枝をどーやったら幸せに出来るんだよ。

 全うに話が出来ると思ったダッシュッは

 勝手に思い込んで飛び出して、

 Dr・ナイトのところに行っちまったし、

 本体は本体で間もなく100年の眠りについてしまうし、

 もぅ、このやるせない気持ちは何処にぶつければいいんだよ!!!

 俺だって、暴れたいよ!」

智也はそう声を張り上げると、

謙一からボトルを奪うなり、

ラッパ呑みをしてみせる。

「おーうっ

 まだ行けるじゃないか!

 だったら、盛大に暴れろよ。

 暴れるついでにナイトのところに押しかけて、

 俺の女を返して貰うぜ!

 って捨てゼリフを言って奪い返して来いよ。

 んでもって、

 ご神木のところに押しかけて、

 本体とダッシュで3Pしろや。

 これまでの鬱憤がぜーんぶ、

 ぶっ飛ぶぞ!」

空き瓶を振り回しながら謙一は怒鳴ると、

「あっ、

 でも、樹ってどうやって抱くんだ?」

その腕を止めて謙一は考え込むと、

「場の勢いでやれば出来るよ」

とグラスに口をつけながら智也は言う。

「あん?

 出来るって、

 お前っ、

 樹とやったのか!」

智也の肩を掴んで謙一は声を上げると、

「あぁ、やったよ!」

破れかぶれになりながら智也は告白をした。

「ぷっ、

 智也のへんたーぃ!

 どんなに女に飢えても、

 樹とセックスをするなんて、

 正気の沙汰じゃないぞ」

口に手を当てて謙一は笑って見せえると、

「なんだとぉ!」

智也は謙一を掴み上げ、

「言っていいことと悪いことがあるぞ」

と怒鳴りながら殴りかかろうとする。

しかし、その拳を下ろすと、

「ふぅ」

大きくため息をつき、

「実はな…

 俺、

 あの時の里枝をオカズして、

 オナニーをすることがあるんだ」

とさらに告白をした。

「ほぉ!

 樹になった里枝ちゃんをオカズにするとは、

 随分とレアなオカズですな、

 で、詳しく聞こうじゃないか」

空いたグラスに新しい酒を注ぎながら、

謙一は尋ねると、

「樹と言っても、

 今みたいな誰が見ても樹に見える状態じゃない。

 樹になっていく途中でな。

 もぅそれも、終わりの頃だ。

 彼女が身につけて居た服は

 体の変化についていけずに引き裂け、

 里枝の脚は膝から上は幹に、

 その下は根っこになって土の中に潜り、

 両手は空に向かって高々と伸びて

 掌らは若枝と葉っぱが茂りだしていた。

 自由に身体を動かすことが出来なくなって、

 樹になってしまうことを自覚した里枝が

 俺に女として抱いてくれ。

 って懇願したんだよ」

「ほぉ!」

「で、俺は樹に人間の皮がのっかている様にしか見えない

 里枝を抱いたんだ。

 体の大半の筋肉は樹の繊維に置換されたらしく、

 肌にはぬくもりが無かった。

 冷たいゴムを樹に貼り付けたような感覚だったなぁ

 で、脚が幹になっても、

 アソコはちゃんと残っていてな。

 指を入れてみると、

 まだ、ヌメリと柔らかさは残っていた。

 だけど、そうしているうちにも繊維化は進んでいるみたいで、

 里枝から早くしてくれって懇願されたような記憶がある」

「ふむふむ」

「俺は挿れたよ、

 そして、

 冷たい里枝の身体を抱きしめて腰を振りまくったよ、

 ちゃんと里枝は締め付けてはくれたけど、

 それも最初の頃だけだったな。

 終わり近くになると、

 アソコも樹の繊維が覆い初めて、

 さすがにこれ以上続けるのは無理と判ったのか、

 そこで俺も里枝もフニッシュしたよ」

「ほーぉ、

 男の未練、

 生命の神秘っ

 貴重な体験っ

 大いに結構!!」

「ったく、

 馬鹿にしているのか?」

「うーんにゃっ、

 尊敬をしているであります。

 はい」

「で、この間、

 分枝の里枝ダッシュが転がり込んできて、

 久方ぶりに抱いてみたら、

 彼女のは全くの普通の女性の感覚だったな…」

「ふふーん」

「もっとも、

 彼女の場合は

 その後、ヤバイことになっちゃったけど、

 でも、あの樹になっていく里枝の感覚は、

 未だに忘れられないな。

 その後、凄くグロいところを見せ付けられたので、

 それとセットになっているけどな」

「グロい?」

「あぁ、

 前に話したろ、

 樹になっていく里枝の最後の姿」

「あぁ、内臓を吐き出したことか」

「そう、

 アレはショックだったわ」

「トラウマモノだな

 それは」

「あぁ…」

互いにグラスを傾けながら、

そう囁き合うと、

しばしの間、二人は黙ってしまった。

そして、その間を破るように、

「トラウマとはいっても、

 それもオナネタのセットになっているのも事実だろう」

と尋ねる。



「ぶっ!」

それを聞いた智也は口に含んだ酒を噴出してしまうと、

「あのなぁ!」

と謙一に掴みかかるが、

「だったら、なおさらだ。

 キチンと里枝ちゃんに告白しろ。

 オナニーのネタにするくらい好きだと」

「おまえなぁ、

 いい加減、オナニーネタから離れろ」

「潮時だよ智也。

 この機会を逃すと一生後悔することになるぞ、

 そりゃぁ、

 Dr・ナイトから分枝の里枝ちゃんダッシュを奪い返して、

 そっちに告白するもの良いが、

 でも、ご神木はあくまでも里枝ちゃんの本体だ。

 告白をするなら本体にするべきだと思う。

 向こうも待っているんじゃないかな?

 俺の勘では間違いなく

 ご神木はお前の告白を待っている」

と謙一は言うと、

「………」

智也は黙ってグラスを傾けた。



「ふんっ、

 どうやら、ネタは尽きたみたいだな」

そんな智也を見ながら謙一はポテトチップスを摘み上げ、

「智也、お前の道標はどこを向いている?」

「え?」

「里枝ちゃんダッシュは里枝ちゃんの影だ。

 影は黙っていても日向とは以心伝心だ。

 いいな、

 今の里枝ちゃんに日が当たっているうちに事を済ませろ」

と言うと、

ブンッ!

ベランダに設定してあるターミナルが軽い音を上げた。

「ん?

 なんだ?」

それに気付いた謙一が稼動を始めたターミナルを上から覗き込むと、

「あっおいっ、

 危ないから

 そこから離れろ」

とその言に気付いた智也は注意を促すが、

その前に、

ドダン!

『きゃぁぁっ』

「うわぁぁ」

ターミナルを覗き込んでいた謙一の上に黒蛇堂が姿を見せると、

謙一を落ち潰すように彼女が落ちてきた。



「わちゃぁ!」

目の前で起きた惨劇に、

智也は思わず手で顔を覆って見せると、

『だっ大丈夫ですか?』

自分のお尻で踏みつけてしまった謙一に声を掛ける。

「えぇ、

 なかなかのお尻パンチで」

ぶつけた衝撃で鼻血を流しながら謙一は上半身を持ち上げると、

『うわっ

 お酒臭い!』

謙一の吐く息を嗅いだ途端、

黒蛇堂は顔を背けながら手で仰ぎ始める。

「えーっ、

 そうですよ。

 これからですね。

 Dr・ナイトのところに殴りこみに行くんですから、

 その景気づけですよ」

彼女のその姿を見た謙一はそう正当化して見せると、

「どうです?

 一杯、飲んでいきませんか?」

とカップ酒を差し出して見せた。

「こらっ、

 黒蛇堂さんに失礼だろう」

それをみた智也が謙一をたしなめるが、

「いーじゃないかよっ、

 二人で飲んでいるよりも、

 三人の方が楽しいに決まっているだろう?」

と謙一は言う。

「黒蛇堂さん。

 すみません。

 コイツ酔っ払っているみたいで…」

見切りをつけるように智也は言うが、

コクコク…

その智也の前で黒蛇堂はカップ酒を飲み干してしまうと、

『ふん、

 米の出来はいまひとつの様だし、

 麹も仕事をしていないわね。

 それに余計な混ざり物が入っているわ』

と批評をしてみせる。

そして、

スッ

部屋の奥に置かれた樽酒を指差すと、

『ちょっとそれをコッチに持ってきなさい』

そう指図する。

「あーっ、

 はいはい」

その指図に謙一は樽酒を台車に載せたとき、

『へーっ、

 美味しそうな匂いがしていると思ったら、

 宴会しているんだ』

の声と共に白蛇堂が姿を見せ。

早速、樽入りビールを片手にオードブルをつまみ始めた。

「白蛇堂さん!」

『3人よりも4人のほうがにぎやかでしょう』

「まぁそうですが…

 でも、あまり飲まれないほうが」

『ふふんっ、

 人間にお酒の心配をしてもらうほど

 落ちぶれては居ないわよ。

 ”蛇”の名を頂く私たち姉妹にとって、

 お酒は水みたいなものよ。

 ほら、御覧なさい』

心配する智也にむかって白蛇堂は指を刺すと、

「おぉ、

 いけーっ!

 いけーっ!!

 いけーっ!!!』

興奮気味に声を上げる謙一の前で、

黒蛇堂が樽酒を担ぎ上げ、

中の酒を一気に飲み干しているところだった。

「まっマジ?」

『くすっ、

 彼女は私以上にお酒が好きよ。

 一度飲ませたら止まらないからね』

と白蛇堂は笑って見せる。

『ぷはぁ〜

 くーぅ…

 美味しい酒はやっぱいいわ』

樽酒を見事飲み干した黒蛇堂は濡れた口元を拭って見せると、

『んっ、

 御代わり!』

と2樽目を催促する。

「おーし、

 そういい飲みっぷりを見せてもらったからには、

 負けられないわ!

 よっし、追加だ。

 業屋に配達させよう」

闘志も燃やしたらしく謙一も暴走状態になると、

「…まさか、底なし沼に嵌った?」

と心配をする。

そして、

『こんばんわー、

 申し訳ありませんが。

 風船波動砲の照準調整を行いたいので、

 ここに模擬照準を置かせてもらってもよろしいでしょうか?』

そう尋ねながら作業着姿のコン・ビーが姿を見せると、

『おーっ、

 コン・ビーいいところに来た。

 お前も飲め!』

『え?

 いや、私には仕事が』

『うるせーっ、

 狐代表として、

 私の酌が請けられないって言うのかっ』

『いや、そういうわけでは』

『だったら飲めぇ!』

『うわぁぁぁ!』

と白蛇堂は彼も誘い込むと、

次第に智也の部屋は天界・地界様々な者達が集い、

賑やかさを増していく。



「ふぅ…」

酔いを覚ましに智也はベランダに出ると、

月明かりに照らし出されるご神木の方面を見ながら、

大きくため息をつくと、

『彼女、もうすぐ眠りに付くんだろう』

と側に立った白蛇堂が話しかける。

「えぇ」

その声に智也は振り向くと、

「あっ」

白蛇堂ののど元に鱗が輝いているのが見る。

『ん?』

その視線に白蛇堂は気付くと、

『あぁ、これ?』

鱗を指さして見せ、

『酒を飲むとどうしても出ちゃうね』

と言う。

「白蛇堂さん。

 あなたは…

 本当は?」

『あぁ、見ての通り蛇の精霊だよ。

 黒蛇堂も同じ。

 最も本物の蛇だったころの記憶なんて殆ど無いけどね』

「もぅどれくらい生きられているんですか?」

『んーと、

 ざっと千年…かな…』

「それはすごいですね…」

『陰陽師とか言う人間があたしをダシに使って、

 アレコレしていたのは覚えている。

 気に入らない奴だったから、

 思いっきり噛みついてやったけどね』

「あはは…

 でも、里枝もある意味似たようなものかもしれませんね。

 千年も経てば白蛇堂さんのようになっているかな』

『ふーん、

 そして千年後、

 お前は”理”となって天・地のどこかで漂って居るわけだ』

「あっさりと言いますね」

『他人事だからね』

「あ、そうですか」

『ちゃんと、告るんだろう?』

「話、聞いていたのですか?」

『白蛇堂の耳は地獄耳と言ってね』

「どこかで聞いたフレーズですね」

『ふふっ、

 あんたの受け売りだよ。

 さて、そろそろ宴会も仕舞いだ。

 Dr・ナイトのところで動きが出たようだ。

 今宵は満月。

 派手に行くことになるよ』

智也に向かって白蛇堂はそう言うと、

ズシンッ

地面が下から突き上げられた。

そして、

シュルッ

シュルシュルシュル…

端ノ湖の湖岸に湖の中から伸びてきた

植物の茎が姿を見せたのであった。

 

つづく