風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第九話:残された時間)


作・風祭玲

Vol.1085





朝。

「おーす!」

「おはよーっ」

道行くクラスメイト達に挨拶をしながら

木之下杏は沼ノ端高校へと続く道を歩いていくと、

ザワザワ

「ん?」

校門の前で黒山の人だかりが出てきることに気付いた。

「ねぇねぇねぇ

 どうしたの?」

盛んに背伸びをしている近くの女子に向かって事情を尋ねると、

「なんか

 学校が大変な事になっているらしいの、

 でも、よくわかんない」

と彼女は言うと、

少しでも前の様子を知ろうとしてか、

何度もジャンプをしはじめた。

「学校が大変?」

それを聞いた杏は、

「ちょっと、ゴメン!

 通してください」

生徒達を掻き分けて前へと進んでいくと、

「きっ木之下君」

と不意に声をかけられた。

「桜庭さん!」

杏に声を掛けたのはクラスメイトの桜庭咲子だった。

「学校が大変なことになったのよ!」

「それは判るけど、

 一体、何があったの?」

咲子に向かって杏子は尋ねると、

「おーっ、

 木之下っ

 ここにいたか」

彼女が答えるよりも前に

杏の姿を見つけた水泳部の部員達が

泳ぐように人を掻き分けて近寄ると、

「えらいこっちゃ、

 学校が陥没しているぞ」

と学校の状況を説明をした。

「学校が陥没?」

「あぁ、

 こう、

 ズボッ

 と校舎が沈んでいるそうなんだ」

驚く杏に水泳部の部員は手振りで説明をすると、

「ちょっと通してくれ」

声を上げて杏は人を掻き分け前へと進んでいく。

そして、

校門の所にたどり着いた途端、

「うわぁ、

 なにこれぇ!?」

と自分の目を疑った。

彼女、いや彼の目に飛び込んできたのは、

3階部分をかろうじて覗かれている沼ノ端高校の校舎だった。



「こりゃぁ、休校だな」

「だな」

驚く杏の横で、

2年生の唐渡が級友とそう話をして引き返そうとすると、

「こらぁ!

 勝手に帰るな」

そんな二人を呼び止める怒鳴り声が響き、

彼らの担任教師が沈んでいる校舎の方から駆け寄ってくる。

そして、

「帰る奴があるかっ」

そう怒鳴ると、

「この状況で授業が出来るわけがなかろう」

怒鳴り声に向かって渡が反論する。

「やかましいわっ

 授業を受けることなく

 勝手に帰ることは俺が許さん」

「なんだとぉ!

 校舎がこんな事になっているのに、

 落ち着いて授業を受けられるか」

「第一、校舎内は大丈夫なのかよ」

「そうだそうだ」

あくまで授業を行うことを強弁する教師に向かって、

渡たちが抗議をしていると、

「校舎の中は大丈夫です。

 電気、水道共に生きています」

と中の様子を調べていた別の教師が、

上げた腕で○を作りがながら戻ってきた。

「ほらっ、聞いてとおりだ。

 授業をするぞ、

 さっさと登校しろ。

 遅刻した奴はバツ当番だ」

ニヤリと笑いながら担任教師は竹刀で、

地面を叩きながら指示をすると、

「ちっ」

渡達は舌打ちをしながらもその指示に従っていく。

そんな一方で、

「プールは無事見たいね」

屋内プールの建物が無事であることを確認した杏は

ホッと胸を撫で下ろすものの、

「でも、

 何が起きたのかな。

 最近、地震も多いし」

と不安そうな目で校舎を見つめていた。



『湖面、異常なし!

 市街地、

 うーん、一部を除き異常なし!

 山間部、異常なし!

 ご神木周辺、…異常なし!』

ご神木の前に置かれた特大の蚊取りブタの上で、

双眼鏡を覗きながらコン・ビーはそう声を上げると、

『コンッ!』

蚊取りブタの下でノートパソコンを広げている狐が、

返事と共に手早くデータを打ち込んでいく。

『はーっ、

 なんか沼ノ端高校と言うところで、

 校舎の陥没事故が発生したらしいけど、

 まぁ、それ以外は異常なし。って所だな。

 でも、異常アリの場合は何が起きるんだろうなぁ…』

肩を揉みながらコン・ビーは呟くと、

『その時の為にこの仕掛けを構築しているのですよ。

 コン・ビーさぁん』

といま彼が一番聞きたくない声がその耳元で響き渡った。

『うわっ、

 ココココ、コン・リーノさぁん』

全身の毛を逆立てながらコン・ピーは驚いてみせると、

『進捗状況を確認しに参りました』

とコン・リーノは来訪目的を言い、

そのままグルリと周囲を見渡しながら、

『ふむ』

と頷いてみせる。

そして、彼のその素振りを見せている間に

コン・ビーは部下の狐に作業工程表を持ってこさせると、

バッ!

それを見開き、

『こっコン・リーノさん、

 ご説明を始めてよろしいでしょうか?』

顔を引きつらせながら尋ねた。



『なるほど、なるほど、

 さすがはコン・ビーさんです。

 実に手際が良い。

 このプロジェクトの成否はあなたの双肩に掛かっている。

 そういっても良いでしょう』

『お褒めにあずかり光栄です。

 そのように姫様にご報告ください』

コン・ビーの説明を聞いたコン・リーノは満足そうに頷くと、

緊張した面持ちに疲れの色をプラスしているコン・ビーは、

もみ手をしつつ返事をする。

すると、

『コン・リーノ、

 お前さんの声がすると思ったら

 ここに来ておったか。

 湊神社経由で送られてくる竜気の蓄積を順調に進んでおる。

 期日にほぼ間に合うよ』

蚊取りブタに上ってきたDr・ダンが補足説明をすると、

『これは、Dr・ダン。

 お久しぶりでございます』

ホッと胸を撫で下ろすコン・ビーをよそに

コン・リーノは頭を下げてみせる。

『お前さんも色々忙しいようじゃの』

『いえいえ、さほどでも、

 おや?

 ご神木にお客人ですか?』

ふと蚊取りブタからご神木を見たコン・リーノが尋ねると、

『あぁ、

 ご神木に縁のある者達が来たのでの、

 こっちの作業の邪魔をされては困るので、

 中に入れてやったのだ』

とダンは胸を張って説明をする。

『ほぉ、

 中に…』

それを聞いたコン・リーノは感心してみせると、

『聞いた話だが、

 あのご神木は元は人間だったそうだな。

 難儀なものだな』

『個々の事情については差し控えます。

 ただ、

 あのご神木がいまの我々にとって、

 唯一の希望となっているのは事実です』

『まぁ、そうじゃの。

 扱いの難しい竜気の蓄積を難なくこなしているし、

 神格を得てご神木になった樹とは違って、

 そういう点では融通が利くのはありがたい』

『知恵…があると』

『ただ、知恵がある分、

 逆に厄介なところもある。

 余計なことを考えてしまうところがあるのがイカン』

『余計なことですか?』

『まぁな…

 ご神木には未だに好いておる者が居るようじゃの。

 それ故に厄介なものを分枝しおった』

『あぁ、

 地獄の差し金の件ですな』

『ジョルジュ副指令も困ったことをしてくれたものだ。

 ご神木から分かれた分枝が

 わしの計画の不確定要因となっておる』

『邪魔ですか?』

『あぁ、邪魔じゃよっ、

 分枝が居なければ計画はもっと簡易なものだった。

 お陰で様々な想定をしないとならなくなった』

『なるほど、

 で、分枝はいま何処に?』

『ほぼ間違いなく向こうの手中に落ちておる。

 あぁっ、

 手を出すのは止めてくれないか。

 その件については中の者達に任せるつもりだ。

 お前さんが動かれると大事になるからな』

Dr・ダンは溜め込んでいた思いを吐き出すと、

「ふぅ」

と大きく息を吐いた。



『ご心中お察しいたします』

『なぁに、

 そういえば閻魔の息子だっけか、

 わしらに”理”をただのモノ扱いするな。

 と言っておったのぅ』

遠くを見る目でDr・ダンが街越しに見える湖面を見つめると、

『ほぉ、

 それは初耳です』

とコン・リーノは目を細めてみせる。

『これから話すことはわしの独り言。

 オフレコと思って聞き流してくれ』

『はぃ』

『さて、閻魔の息子は例え穢れた理と言えども

 それなりの経験をつみ意思もある。

 地獄に落ちて来たからと言って無闇に潰すのではなく、

 出来る限り浄化し天界に返すべきだ。

 と言っておった。

 まぁそれが出来ないから地獄に落ちてきたものなのにな。

 それを聞かされたとき、

 わしは”理想主義だ”と言ったが、

 だが、ここで理の澱みを観察していくうちに、

 あの者の考えが少し判って来た気がする。

 全く、この計画の立案者なのにな。

 さっき、ご神木の分枝がわしの計画の邪魔だと言ったが、

 それは計画を遂行のみを目的とした場合のことを言ったまでのことだ。

 計画の修正を前提とすれば、

 分枝が向こうの手の内にある。と言うことは希望にもなる』

『希望ですか?』

『ただし、

 その前には大きな絶望が来る』

『ほぉ…』

『絶望と聞いて嬉しそうな顔をするな。

 どんな絶望が来るかは不確定要素が多すぎて、

 向こうが手札を進めていくのを見守るしかないのが現状だ』

『……』

『まっ、

 向こうの手駒が知りたくて

 ちょっと突っついて見ることにしたが、

 さぁて、なにが出てくるかのぅ』

『突っつく?』

『舞踏会に行くための服と馬車が用意できなくて、

 悔し涙を流している灰被りが一人おったのでのっ、

 ちょいと、魔法使い役を引き受けたまでじゃ』

『はぁ?』

『何が起きるかそのうち判る。

 しかし、ご神木の縁者だが、

 もぅ1日か。

 随分と長居しているな…

 ご神木も限界が来ているだろう』

話を切り上げたダンはご神木に視線を送りながら言うと、

『おーぃ、

 コン・ビーっ、

 ご神木の中の連中に早く上がるように伝えてくれ。

 ご神木が限界だとな』

と声を張り上げる。

『障り…があるのですか?』

『あぁ、そうだ。

 お主も知っていると思うが、

 樹が刻む時間と我々の時間とでは時間の流れる速さが違う。

 さらにだ、

 樹が持っている意識は

 根の節にある思考体によって形作られている。

 つまりだ、

 こちらと樹が会話をするには、

 時間の流れをクロックアップし、

 さらに節の数だけ存在している無数の思考体をまとめ上げて、

 人間と同等の思考を持った人格を作り上げなくてはならない。

 故に人間との会話を行うには樹にはストレスがかかりすぎるのじゃ

 また、アクセス方法にしても、

 表側からアクセスして

 心を同調させるコンタクト方法では、

 偶発的な物理的、生理的な遮断が発生して

 長時間のコンタクトは出来ないが、

 しかし、内部に入って直接思考体にアクセスをする

 融合式のコンタクト方法では遮断が発生しない。

 それ故、つい長居してしまいがちで、

 樹からの浸食に無防備だ。

 だから、切り上げてもらう』

そうコン・リーノに説明をした。



『…ねぇ、智也…』

『…あのね、智也…』

『…智也…』

『ん?』

その頃、

樹の中で里枝と会話をしていた智也は彼女から返ってくる言葉に、

奇妙なずれが生じていることに気付いた。

そして

『黒蛇堂さん。

 なんか、里枝の様子が変なのですが』

と黒蛇堂に尋ねると、

『え?

 1日が経過しているですって?』

突然、黒蛇堂が声を上げると、

『1日ってなんですか?』

と謙一は聞き返した。

すると、

『みなさん。

 急いで出ましょう。

 これ以上、ここにいることは危険です』

そう黒蛇堂は警告をする。

『あっ、待ってください。

 まだ、里枝との話しが終わっては居ません』

それを聞いた智也が反対をすると、

『申し訳ありません。

 表の世界では私たちがご神木に入ってから1日が経過しています。

 里枝さんが限界に来ていますし、

 これ以上居ると私たちの身が危険になります』

と切迫した表情で事情を説明する。

『ぶっ!』

それを聞いた途端、謙一は噴き、

『1日ってマジですか?』

と聞き返した。

『はい、

 樹の中では時間の流れが違うのです。』

『やっべーっ、

 ってことは無断欠勤じゃないか!』

『さっ、智也さんも急いでください』

『でっでも…』

『少し、間を置いてからまた来ましょう』

と言いながら黒蛇堂は智也の手を引く。

『あっ、

 りっ里枝っ、

 悪いけどまた今度な』

後ろ髪を惹かれるように智也は光に向かって声を掛けると、

『…あぁ、待って…』

『…行かないで…』

『…もっといて…』

と呼び止める里枝の声が再びズレて響く。

すると、

『智也さん。

 その声に耳を貸してはいけません』

きつい調子で黒蛇堂は言うと、

ズンズンと元来た方向へと小走りに走り始めた。

その途端、これまで一つだった光が分裂し、

『…待って…』

『…智也…』

『…行かないで…』

『…もっと…』

『…お話を…』

『…しましょう…』

響き渡る里枝の声も同じ数だけ複数に分かれ始めると、

輪唱の様になって智也たちを取り囲み始めた。

『うわっなんだこれぇ、

 里枝ちゃんの声がまるで蝉時雨みたいだ』

両手で耳を塞きながら謙一は悲鳴を上げると、

『黒蛇堂さん。

 コレは一体…』

智也もまた驚きながら尋ねる。

『長居しすぎました。

 里枝さんに無理が来たみたいです。

 そのために同期が崩れだして、

 里枝さんを構成する無数の思考体の声が聞こえ出したのです。

 智也さん、

 健一さん、

 絶対に里枝さんと話をしてはいけません。

 いまは表に出ることに専念してください』

と事情を説明すると、

キッ!

黒蛇堂はキツイ視線で光をにらみ、

『里枝さん。

 申し訳ありませんが、

 少し下がってください!』

と声を張り上げ、

ズンッ!

周囲に向かって衝撃を放った。

『わっ』

『おぉっ』

自分の体の中を突き抜けて行った衝撃に、

智也と謙一は驚くが、

『急ぎます』

黒蛇堂は一言言うと走り始めた。

『里枝と会話をしてはダメって

 どういうことですか?』

走りながら智也は理由を尋ねると、

『智也さん、

 走りながら聞いてください。

 表から見るといまの私たちは樹液に近い液体となって、

 ご神木の根の中にいます。

 そうなることで、

 樹である里枝さんと直接コンタクトを取ることができるからです。

 しかし同時にそれは里枝さんの浸食を受けることになります。

 里枝さんと同期が取れているうちは大丈夫ですが、

 今のように同期が取れなくなると、

 里枝さんは私たちを混入してきた異物と判断して、

 浸食・同化をはじめだすのです。

 同化されてしまったら里枝さん、

 いいえ、ご神木に溶け込んでしまうのです』

と言うと、

シャッ

黒蛇堂は一定時間ごとに、

何かを後ろに投げつけていく。

『なっ何を投げているんですか?』

それに気付いた謙一が尋ねると、

『念のためです。

 わたし達の思念を移しこんだ人形(ヒトガタ)を置いて、

 しばしの間、里枝さんの思考体の相手をしてもらいます』

と言う。

『ひぇぇ、

 これじゃまるで黄泉の国から逃げ帰るイザナギじゃないか!』

それを聞いた謙一がそう声を上げた途端。

カッ!

3人は光に包まれ、

そして、気付いたときにはご神木の前に立っていた。



「はぁ…

 何とか助かったぁ…」

聳え立つ蚊取りブタを見上げながら、

謙一は安心したように言うと、

力が抜けたらしく

ペタリ

と座り込む、

そして、

「あっ、

 なんか急に眠く…」

と言いながら

ご神木に持たれかかる様に寝込んでしまうと、

『お疲れ様です。

 相当、精神を疲労なさっていたのですね。

 さっ智也さんも、

 お休みになってください』

謙一が寝込んだことを確認した黒蛇堂は智也に向かって言うと、

「なぁ、教えてくれ。

 里枝を構成する思考体って言っていたけど、

 ご神木の里枝は一人ではないのか?」

と智也は問い尋ねる。

『…智也さん。

 改めて言いますが、

 ご神木の里枝さんはもはや人間ではありません。

 一本の完全な樹なのです。

 樹には根を中心とした節々の数と同じだけの思考体が存在しています。

 一つ一つの思考体は複雑なことを考えることは出来ませんが、

 それらが纏まり統率されることで人間と同等の思考体となることができます。

 人間が樹化して樹となった里枝さんは

 種から発芽して枝を伸ばし葉を茂らせてきた樹が

 神格を得て人間並みの思考を獲得する場合と比べれば、

 人間だった時と同じように

 私たちと不自由なく会話を行うことが出来ますが、

 しかし、会話ができる彼女の思考を形作っているのは

 他の樹と同じ節々の小さな思考体たち。

 それら小さな思考体を一つの思考体として統率するには、

 里枝さんはまだ未熟です。

 それに私たちと会話をするには、

 ゆっくり流れる樹の時間を人間並みに早める必要もあります。

 いま、里枝さんは私たちと会話をできますが、

 きっとそれは長くは続かないでしょう。

 現に先ほど里枝さんの思考の統率が乱れてしまいましたし、

 疲労が相当溜まっているみたいです』

「ご神木の里枝はこれからどうなるんですか」

『ご神木の里枝さんは間もなく眠りに入ると思います。

 目覚めるのは何十年後、

 いや、百年以上かかるかもしれない長い眠りです。

 智也さん、お気持ちは判りますが、

 でも、このご神木は”里枝さんだった”ものであって、

 里枝さんではないのです。

 辛いことですが、

 ご神木と里枝さんとを同一視するのは

 止めた方がいいかもしれません。

 里枝さん自身もそれを判っているからこそ、

 株分けをして人間と同じ姿の分枝を作り、

 あなたのところに使わせたのです。

 あなたのところに来た分枝が

 なぜ、樹になった後の里枝さんの記憶を持っていないのか、

 その意味も考えてあげてください』

「分枝の里枝が樹になった後の記憶を持っていない意味…

 そっか…

 私と心を通わせる自分はあくまでも人間でありたい。

 完全な樹になってしまった自分とは一線を引いてほしい。

 ということか。

 そうなんだな、里枝…」

分枝の里枝の存在理由を理解した智也は

そう囁きながら樹肌が覆う幹を撫でる。

そんな智也に

『ご神木の里枝さんに残された時間はあとわずかです。

 ですから、

 Dr・ナイトのところに囚われている分枝の里枝さんを必ず助けましょう

 わたくしも、微力ながら力になります』

と励ますように黒蛇堂は言うと、

コクリ

智也は頷き、

「はいっ

 必ず里枝を助け出して見せます」

と決意を言う。

すると、

『お〜ぃおいおぃ(泣』

作業着の袖を涙に濡らして泣くコン・ビーが姿を見せ、

『あーっ、

 何という悲劇。

 運命によって引き裂かれた恋人を取り戻すため、

 運命に果敢に立ち向かっていく。

 く〜っ

 これを泣かずにはいられましぇん』

と嘆き悲しんで見せる。

「はっはぁ…」

『不肖、コンビー。

 現在、重大な任務があるため、

 直接のお力添えはできませんが

 あなた様の御武運をお祈りしていますぞ』

と言いながら、

困惑気味の智也の手を取ると、

『キツネ隊全員集合!!』

そう声を上げる。

すると、

ザザザザザァァァァ!!!

ご神木周辺で作業をしていたキツネたちが

一斉に智也の前に集合し

二本足立ちになって整列すると、

『牛島智也に敬礼!』

の掛け声とともに、

『コンッ!』

ザッ!ザッ!

智也に向かって敬礼をして見せた。



「どっどうも…」

100匹近い狐たちの敬礼を受けた智也は、

自分も敬礼をして返すと、

『地獄の裁定者の鑑札を持つ者よ、

 あたらめて紹介しよう。

 コン・ビーと嵯狐津野原キツネ隊の皆さんだ』

と姿を見せたDr・ダンが彼らの紹介をする。

「はぁ、

 そうなんですか…

 ところであなたは?」

紹介を聞いた智也はDr・ダンに聞き返すと、

『あっ、

 この方は私と同じ天界人の科学者?で、

 Dr・ダンといいます』

それに気づいた黒蛇堂は慌ててDr・ダンの紹介を紹介する。



「既に沼ノ端に異変が生きているんですね」

コン・リーノの姿は既に無く、

智也は黒蛇堂に紹介されたDr・ダンと話をしていた。

『そうじゃ、

 これからもっといろんなことが起きるぞ』

「街は大丈夫なのでしょうか」

『さぁ?

 そこまではわしにも判らん。

 ただ、それに備えてコレを用意しておるんじゃ』

とダンは言いながら蚊取りブタのボディを叩いてみせる。

「そう、これなんです。

 これは一体なんですか?

 イベントアイテムじゃないですよね」

蚊取りブタを見上げながら智也は尋ねると、

『ふっ!

 これだから凡人はいかん。

 いいか、聞いて驚け、

 見て驚け、

 これはのぅ、

 ”理”の波動を共振増幅させた後に

 一気に多重爆縮を起こさせて波動エネルギーに変換させ、

 それらを軸線上に収斂放射する放射器じゃ』

と説明をする。

「で、なぜ、風船を…」

蚊取りブタの奥でキツネたちが

せっせと大量の風船を膨らませている様子を指摘すると、

『風船が破裂するパワーを爆縮のトリガーとするためじゃ。

 故にこのシステムは”理力注入型・風船波動爆縮放射器”

 便宜上、わしは風船波動砲と呼んでおる』

「はぁ」

『風船波動砲の細かいオペレーションはご神木が担い、

 そして、狙うは湖の底で蠢く理の淀みじゃ』

「淀みをどうするんです?」

『ふっ、簡単な事じゃ。

 理には固有の波動がある。

 その波動とは正反対の波動を放射して消し飛ばす。

 人間たちの技術うところの

 ノイズキャンセリングと言うのが近いかな』

「なんかよく判りませんが、

 スゴイのは判ります。

 ただ、里枝は計算をさせるとよく桁間違いをしますが、

 そこは大丈夫ですか?」

話を聞いた智也は、

ふと思い出した懸念を伝えると、

『マジ?』

ダンは顔を一瞬ひきつらせ、

『まっまぁ、

 ここまで来てしまっては引き返せないし、

 えぇぃ、ワシがなんとかしよう』

と言うと、足早に姿を消してしまった。

「詰んだかな…」

そんな彼を見送った智也だが、

不意に眠気を覚えると、

「私も…

 ちょっと寝かせてもらいます…」

その言葉を残して

ご神木の根元に体を預けるようにして寝入ってしまった。



「どういうことですか、

 これは…」

一方、レンガの赤茶けた壁が覗く研究室に

Dr・ナイトこと月夜野幸司の声が響き渡ると、

『………』

彼の前に跪く獣毛に覆われた獣人の少女が

赦しを請うように頭を下げていた。

「逃げられたのですね?」

空になっている二本の枷を見上げながら問い尋ねると、

「これは困りましたね、

 今宵は満月なのですよ。

 これでは鍵屋さんをお迎えする支度が台無しです」

と嘆きながらため息をついてみせる。

そして、

パンパン

2回手を叩くと、

ズシン

ズシン

奥から乳房を揺らしながら

牛面獣身の屈強な獣人が姿を見せ、

幸司の元に傅いてみせる。

「ミノタウロスさん。

 粗相をしたこの悪い子をクシャポイしてあげてください」

そう申し付けると、

コクリ

獣人は素直に頷き、

悲鳴を上げて抵抗をする少女を強引に引っ張って行く。

「あの二人にはラミアになってもらって、

 鍵屋さんが退屈しないよう、

 遊んで欲しかったのですが…

 こんなことになるなら、

 さっさと改造をして置けばよかったですね。

 と今さら後悔しても仕方がありません」

響き渡っていた少女の悲鳴が、

次第に異質なものへと変化していくを聞きながら

幸司はため息混じりに呟くと、

「仕方がありません。

 あっちを優先いたしますか」

と瞳を光らせた。



「うぷっ

 おぇぇぇっ!」

屋根裏の一角より下の様子を見ていた”海”は

思わず口を押さえると、

「しっ、静かに」

すかさず”華”が注意をする。

「そんな、こと言ったって、

 アレを見て気持ち悪くならないの?」

その声に向かって”海”は反論すると、

『あんたたち、

 まだ胃の中に吐くものが残っているんだ』

彼女たちの後ろから玉屋が話しかけてきた。

「あっ

 そういえば無かったわねぇ」

「もぅ何日も食べてないじゃないですか」

「忘れていた。

 ねぇ”華”

 あたし、少しは痩せたかなぁ?」

「ここに来る前に目一杯食べてきたから、

 何も変わってはいません」

「はぁ、

 思い出したらお腹空いてきたわ」

「さっきは吐こうとしたくせに」

等と二人が会話をしていると、

『ふーん、

 仲がいいんだね』

と玉屋は関心をしてみせる。

「え?

 いや、そんなことは…

 それよりも助けていただいて、

 ありがとうございます」

「危うく化け物にされるところだったよ」

玉屋に向かって二人は頭を下げると、

『なぁに、

 通りすがりのスーパーヒロインですよ。

 礼を言われるほどことはしてないよ』

と玉屋は言う。

「クスッ

 スーパーヒロインだって」

それを聞いた”海”は小さく笑って見せると、

『あっ、いま笑ったね。

 あなただけ下に落ちてみる?』

と玉屋は詰め寄ると、

「いや、

 いやだなぁ、

 冗談ですって」

”海”は顔を引きつらせながら笑って見せた。

「で、これからどうします?」

胸を撫で下ろしている”海”を横に、

”華”は玉屋に尋ねると、

『ちょっち、確認したいところがあってね。

 行ってくるわ。

 あなたたちはここに残っていなさい』

玉屋はそう返事をすると、

屋根裏の奥に向かって進み始めた。

しかし、

『ついてくるのはいいけど、

 どうなっても知らないよ』

「まーまー、

 旅は道連れ、

 世は情け

 っていうじゃ無いですか」

「もぅ”海”ったら、

 好奇心も程々にしてよ」

等といいながら3人は1列になって屋根裏を進んで行く。

そして、

ゴソッ

『よぉし、

 誰もいないみたいだね』

排水溝の蓋を持ち上げた玉屋が周囲を確認すると、

スルリ

と表に向かって飛び出し、

その後を追って”海”と”華”も飛び出してゆく。

「ここは?」

「花壇だ…」

見渡す限りの花の洪水。

3人は花壇の真ん中に出ていた。

「ちょっと、

 これってやばいんじゃない?」

「そうねっ、

 また仕掛けてくるかも」

”海”と”華”は背中合わせになって警戒をすると、

『何を警戒しているの?』

と玉屋は言う。

「当然でしょう」

その声に”海”は思いっきり反論をすると、

『ふーん、

 あなたたちにはコレが現実となって見えているんだ』

そう玉屋は言いながら、

咲き誇る花に手を差し伸べると、

『ねぇ、

 ちょっとお願いがあるんだけど、

 わたしが持ちきれないほどの花束を抱えている様子を念じてくれない?』

と話しかけてきた。

「え?」

「なにそれ?」

『いーから、いーから』

「?」

小首を捻りながらも、

”華”と”海”は言われたとおりに念じて見せると、

ボンッ!

いきなり玉屋は抱えきれないほどの花束を抱えてみせる。

「うわっ!」

「どういうことですか?」

『どういうことって、

 こういうことよ』

二人の質問に答えるように、

バッ!

玉屋は抱えたいた花束を二人に向かって放り投げて見せると、

「うわぁ」

”華”と”海”は慌てて身構えるが、

フッ

放り投げられた花束はいきなり姿を消した。

「まさか…」

「幻術?」

その様子を見た二人はとある心当たりを呟くと、

『ストライクにはならないけど、

 ご明察ってところかな』

と玉屋は言い、

『ここにはねぇ、

 足を踏み込んできた者が思い描いた光景を現実の光景に見せる

 ちょっと特殊な仕掛けが施されているのよ。

 だから、その効果を中和してみせるとぉ』

と言いながら玉屋は両手を自分の右側の耳元に掲げ

パパン

2回短く手を叩くと、

フッ

花が咲き誇る花壇は解けるように姿を消し、

代わりに朽ちかけたレンガ塀に囲まれ

草生した中庭の様子が目に飛び込んできた。

「うわっ、

 いきなり景色がチェンジした」

「見てください、あの樹が」

一瞬にして景色が変わったことに驚く”海”に向かって、

”華”はあるところを指差すと、

「あぁ!」

それを見た”海”も同じように指差し、

ザザッ

二人は樹に向かって走り出す。

そして、

「木の根元に女の人が倒れています」

と樹の根元で一人の女性が持たれかかっているのを見つけた途端、

『止まれ!

 誰か来る』

玉屋は二人を制止させ、

『すぐに戻りなさい!』

と指示をしながら

パチン!

すかさず指を鳴らすと

中和していた効果を元に戻した。



『!!っ

 この感覚は…』

『どうされましたか、

 マスター?』

Dr・ナイトからの招待状に記された所に到着した途端、

鍵屋はある者の気配が間近にいることを感じると、

表情をこわばらせ、

『最悪の事態を考えておく必要があります。

 どなたの差し金でしょうか、

 間違いなく玉屋さんがこの近くに居ます』

と警戒をして見せる。

その一方で、

ガチャッ

閉じられていた木の扉が開けられると、

「ふむ、

 アラートが上がっていたが、

 別に問題は無い様だな」

の声と共に幸司は周囲を確かめながら踏み込むと、

そのまま樹の前へと進み、

「里枝さん。

 あなたの力。

 せひ姉さんのために役立ててください」

昇って来た満月を背にして

幸司は樹にもたれ掛っている里枝に囁いたのであった。



つづく