風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第八話:ご神木の中で)


作・風祭玲

Vol.1084





とある海辺に面したとある地方都市。

ズズズズンンン!!

降り続く雨の中、

突如、地響きが響き渡ると、

ユラッ

街外れを流れる河川敷の景色が

カーテンを揺らす様に大きく揺らいで見せる。

だが、その事に気付く者の姿は無く、

サァァァァ…

何事も無かったかのように雨が降り続けるが、

揺らいだ景色は収まることなく、

さらに、揺れを増していくと、

ボッ!

ドザァァ!

鈍い破裂音と共に揺らぐ景色を突き破って鉄砲水が溢れ出る。

そして、その水に乗るようにして

魚の姿をした異形の者・魚妖が飛び出し、

『ぐははははっ、

 どんな奴が相手かと思ったら、

 まだガキじゃないか!

 悔しかったら俺様を止めて見せろ!』

笑い声を挙げながら背後に向かって怒鳴ると、

水の流れに身を任せるようにして逃げていく。

すると、

『こらぁ、

 逃げるな、卑怯者っ!』

『お待ちなさい!』

『今度会ったら、

 ただじゃすまないわよ!』

揺らぎ続ける景色の中から少女達の声が追って響くが、

しかし、声が聞こえたのみで、

彼女たちの姿を見ることはできなかった。

『ぐははは、

 最近の人魚は言葉だけが勇ましいな!

 結界はユルユルだし、

 心配して損したぜ、

 さぁて盛大に暴れてやるかぁ!!』

勝ち誇る様に声を上げたのち、

魚妖は舌なめずりをしながら迫る街を見定めたとき、

ピンッ!

その身体の下部に何かが引っかかる。

と同時に、

『え?、

 うっ

 わぁぁぁぁぁ!!』

ズドンッ!

引っかかった下部を引っ張られバランスを崩すと、

前のめりになって頭から真下に突っ込み、

水しぶきを上げながら盛大にひっくり返ってみせた。

『くっ、

 だっ

 だれだぁ!

 罠なんか仕掛けやがって!』

体を支えていた水がすべて流れ去り、

転倒した格好の魚妖が

その場にトラップが張られたことに気付くと、

怒り心頭になって声を上げる。

すると、

「まったく、

 水の化生が張られたトラップに蹴躓いて、

 盛大にすっ転ぶか、

 普通?」

の声と共に迷彩服に身を包んだ青年が姿を見せ、

呆れた表情で魚妖を見下ろす。

『なんだ、

 てめーは?』

威嚇するような声を上げて

身を起こした魚妖は青年を睨みつけると、

「よぉ、

 鯛の尾頭付きのにーさん。

 何かの縁だ、

 ここで俺とサバゲーで遊んでいかないかい?」

魚妖の威嚇も気にせず、

青年は涼しい顔で誘いをかけると、

手にしているサバイバルゲーム用の電動ガンを見せ付ける。

『はぁ?

 サバゲーだとぉ?

 なんだそりゃぁ?

 ははっ、

 お前、気は確かか?

 人間の分際で化生にケンカを売るとは、

 その根性だけは買ってやるよ』

「と言うことは、

 遊んでいくんだね。

 じゃぁ始めようか!」

『まったく、

 俺も舐められたモノだな…』

臆することなく話を進める青年を見据え、

魚妖はそう呟くと、

『者どもっ

 出会え出会え!』

ど叫びながら、

ブルンッ

ブルンブルン

盛大に自分の身体をゆすり始める。

と同時に、

バババババッ

一斉に鱗が飛び散ってしまうと、

飛び散った鱗は周囲の草や樹に張り付き、

それらを取り込み始めると、

全身黒タイツを身に着けたような人型をした

魚妖の手下となる異形の者を大量に作り上げていく。

そして、

『イーッ!』

の返事と共に

ジリジリ

瞬く間に手下達は青年の周りを取り囲むが、

「ほぉぉぉ…

 これはすごい」

その手下達を見渡しながら青年は感心してみせると、

「シャビドゥバ、タッチ…」

と言いながら、

スッ

電動ガンの引き金に指をかけた。

『おまえらっ、

 手加減をする必要はないぞ!

 そいつを捻り潰してやれ!』

一見有利に立ったように見える魚妖は、

自分が生み出した手下達に向かって指示をすると、

『イーッ!』

青年を取り囲む手下たちが一斉に襲い掛かってきた。

だが、

「ゲーム、

 スタート!」

青年は落ちついた声と共に、

襲い掛かってくる手下達を見据えると、

電動ガンをすばやく構え、

カカカカカッ

乾いた音を響かせながら、

襲い掛かってくる手下に向かって弾を撃ち込み始めた。

だが、電動ガンの弾を撃ち込まれた手下達は一旦は怯むものの、

しかし、弾を自分の体内に取り込むと、

再び起き上がり、

そして向かってくる。

『がはははは、

 何をやっているんだ。

 そんなオモチャ、

 俺達には効かないぜ』

その様子を見ながら魚妖は高笑いをしてみせるが、

「果たしてそーかな?」

青年は笑みを浮かべながらそう返すと、

「よーしっ、

 これくらいにしておくか、

 よーく見ておけ、

 派手に行くぜ!」

と怒鳴ると、

ヒュィーーーィ

水の波動を持つ口笛を響かせた。

その途端、

キンッ!

手下達の胸や腹等至る所から光が放たれると、

ズンッ!

最初の爆発が起き、

追って、

ズズズズズズンンンン!!!

連鎖するかのように手下達の身体が次々と破裂し、

河川敷に何本もの柱を伸ばしていく、

そして、それらが収まると、

あれほど居たはずの魚妖の手下の姿はなかった。

『ばかな…

 全滅だとぉ!

 なんだ?

 何がどうなっているんだ?』

いきなり爆発と共に自分の手下が消えてしまったことに

魚妖は驚きの声を上げると、

ズドッ

その左腕が爆発と共に吹き飛ばされる。

ギャァァァ!

もぎ取られた腕の切断面を押さえながら、

魚妖は悲鳴を上げて転げまわっていると、

ガッ!

いきなりその顔が踏みつけられ、

カシャッ!

電動ガンの銃口が突きつけられた。

そして、

「どうかな?

 特製リモート起爆式の竜気カートリッジ弾の味は、

 やっぱり水の化生には効果覿面のようだな」

と青年は勝ち誇りながら語りかける。

『りゅっ、竜気だとぉ?

 お、お前…

 ただの人間じゃないなっ!』

驚きながら魚妖は声を絞り出すと、

「水の波動で気づけよ、

 そうそう、

 さっきは妹が世話になったみたいだね」

と青年は言う。

『妹だぁ?

 じゃ何か、

 貴様も水精族かよ』

「ご明察っ」

『ははっ、

 馬鹿なっ、

 水精族のオスは術が使えず、

 メスの餌にしか過ぎないはず。

 なんで、貴様は竜気を扱えるっ』

「メスの餌か、

 これは言われたものだな」

笑いながら青年は踏みつけていた足をどかすと、

「最後のゲームだ。

 好きなところに逃げて見せろ、

 俺から逃げ遂せたらお前の勝ちだ」

と言いながら魚妖の背中を軽く蹴ってみせる。

『くっ、

 これで勝ったと思うなよっ』

捨て台詞を残して、

ダッ

魚妖は川に向かって飛び込むと、

その途端、

ボッ!

川に巨大な水柱が立ち、

見る見る巨大な物の怪の姿に変って行く、

そして、

『ぐはははは!!

 お前は何処まで馬鹿なのだ。

 水を得た俺様は無敵だ!

 今度こそ捻り潰してやる』

と声を上げて青年に襲い掛かってきた。

「ったくっ、

 馬鹿はお前だろう?

 俺は逃げて見せろ。

 そう言ったはずだ」

迫る物の怪を青年は見据えると

手にしていた電動ガンを捨て右手を大きく開いた。

それと同時に、

フッ!

開いた手に先端が三叉に分かれている槍が姿を見せ、

それを握り締めると、

「三龍輝っ!」

と青年は声を上げる。

すると、その声に呼ばれるように

握り拳ほどの3つ光の玉が青年の身体から湧くように現れ、

彼の右手に絡まるように集まりると、

槍の先端と一つになる。

『!!っ

 そっそれは…

 まさか!』

自分に向かって光り輝く槍を引く青年の姿に魚妖は驚き、

すぐにその場から脱出しようとするが、

「遅いっ!!!」

青年の声と共に、

「三龍輝に命ずるっ

 龍撃ぃっ!!!」

青年の掛け声が響くと、

ドッ!

魚妖に向かって槍が放たれた。

そして、

『ひぃぃぃ!』

自分に向かって牙を剥く龍と化した槍が襲い掛かってくる様子が、

逃げる魚妖にとって最後の光景となった。



「ったくぅ、

 だから、逃げろ。

 と言っただろうが」

魚妖を消し飛ばされた後、

青年はそう呟くと、

『いよぉ!

 三下相手に龍撃たぁ、

 随分と景気が良い様じゃのぅ、

 龍皇よ』

の声と共に一人の老人が気安そうに声を掛けて来る。

「ん?

 あぁ、アンタか、成行博士。

 言って置くが俺はまだ龍皇になってはいないぞ」

老人の名を呼んだ青年は

疫病神にあったような表情をしてみせると、

『いつまで水城海人(みずき・かいと)でいるつもりだ?

 いい加減、次期龍皇の座に着いたらどうだ?』

「他人にどうこう言われるつもりはない。

 で、

 今度は誰をバニーガールにしようとしているんだ?

 俺はお断りだよ」

成行博士ことDr・ダンを一瞥して海人はそういうと、

『連れないのぅ

 まぁ用件は別じゃよ』

とダンは言う。

「別?」

『沼ノ端の異変、

 お主も感じているだろう』

「あぁ、アレか?

 だいぶ”理”を溜め込んでいるみたいだが、

 誰の仕業だ?

(こっちも揺れているぞ)」

『なぁに、

 ちょっとこっちの知識をかじった

 門前小僧の仕業じゃよ』

「門前小僧の仕業ねぇ…

 その割には随分と派手にやってくれているみたいだけど、

 俺が手を出さなくて大丈夫か」

『大したことはない。

 それ故、お前さんにはこの件について

 見て見ぬ振りをしてくれ。

 とお願いしておるんじゃ』

「見て見ぬ振り?」

『あぁ、

 理潰しに嵯狐津と地獄が共同で動くことになった。

 それによって端ノ湖内でも連中が動くことになる』

「水の中で暴れることになるから、

 見て見ぬ振りをしてくれ。

 と言うわけか、

 俺は一向に構わないが、

 竜宮の閖は何と言うかな。

 湊から沼ノ端にパイパスを引っ張っていること、

 向こうに知らせてもいいんだぜ」

『ほぉ、それも知っておったか。

 だが、お主にそれができるのかのう』

「ったく、

 食えない奴だなぁ」

『伊達に年はとってはないぞ、

 お主並びに竜宮には影響がないようにする』

「ふーん、

 じゃぁ、さっさと済ませてくれよ」

『あぁ、閻魔にそう伝えていくよ』

そのような言葉を交わした後、

二人は分かれようとするが、

「あっそうだ」

何かを思い出したのか青年は足を止めると、

「沼ノ端の地震だけど、

 端ノ湖には湖に沈んだ埋没林があるだろう。

 地震はその埋没林の下で起きているみたいだ。

 理と埋没林が絡むと厄介だぞ、

 んじゃねっ」

そう忠告を残して姿を消す。

『埋没林とな

 ふむ…

 一応、閻魔に報告をしておくか』

彼の忠告を聞いたダンは小さく頷くと、

『さて残るはご神木か、

 仕掛けは…アレでいくか』

と呟くと1個の風船が飛んでいく空を見上げた。



ドーーーーーン!

ズズズズズン

大砲を撃つような音と共に地面が揺れると、

街を行きかう人たちは一瞬足を止めるが、

だが、すぐに歩き始める。

「やれやれ、

 地震もこうも続くと、

 みんな慣れてしまって

 気にする人もいないってやつか」

クルマのハンドルを握る謙一は

あくまでも平静を維持し続けている街中を走りながらそう呟くと、

「そうでもない、

 みんな緊張しているよ」

と横に座る智也はその様子を見ながら指摘する。

あれから数日が過ぎ、

智也の日中外出が許可されたのを見計らって、

謙一が運転するクルマであるところへと向かっていた。

「黒蛇堂さん。

 大丈夫ですか?

 お忙しいところお手数を煩わせてしまって申し訳ありません」

ルームミラーで後部座席に視線を送りながら、

謙一は後部座席に座る黒蛇堂に声をかけると、

『いえ、

 私に気を使わないでください』

と彼女は笑みを浮かべる。

「お付の方はご一緒でなくてよろしいので?」

クルマに乗ってきたのが黒蛇堂一人であることを尋ねると、

『えぇ、彼には別の要件を申し付けましたので、

 今回は同行しません』

「そういうことですか、

 判りました」

事情を知った謙一はアクセルを踏むと、

クルマは街を抜けると、

里枝の本体が根を張る山へと向かっていった。



智也にとって思い出深き国道バイパス沿いの駐車場は

森林公園の開園と共に整備され、

かつての殺風景さとはすっかり様変わりしていた。

その駐車場にクルマを止めた3人は森へと入っていくと、

「はぁ、俺の学生時代、

 この辺って本当に何も無い山の中だったけど、

 こうも綺麗に整備されると、

 昔の風景を思い出すのも苦労するな」

周囲の様子を見ながら謙一は感慨深げに言う。

「俺が里枝を初めて連れてきたときと比べれば、

 本当に雲泥の差だよ」

「だなぁ」

そんな会話を交わしながら3人は歩いていくと、

目の前に工事を知らせる標識と車止めが姿を見せた。

「え?

 この先工事中に付き、通行止め?」

通行止めの標識と共に張られている

通行止めを知らせる案内を謙一は読むと、

「まさか…

 また?」

智也の脳裏にイヤな予感が走る。

すると、

『あーっ、もしもし』

その声と共に作業着にヘルメットを被った姿の

コン・ビーが飛び出してくるなり、

『申し訳ありません。

 ここから先は関係者以外は立ち入り禁止になっています』

とご神木方面への立ち入りが出来ない旨を

申し訳なさそうに言う。

「何の工事をしているんです?」

それを聞いた謙一が話しかけると、

『コン・ビーさんではありませんか』

とコン・ビーに気がついた黒蛇堂が話しかけてきた。

『え?

 あれ?

 黒蛇堂さん?』

黒蛇堂の姿を見た途端、

コン・ビーは驚いた顔をすると、

「そういうわけですか」

事情が飲み込めた智也はそう呟くと、

「我々は、

 一応、関係者です」

と言いながら、

懐から”導”の木札を取り出し、

コン・ビーに見せる。

『あらっ、

 そっそれは、

 地獄の札。

 こっれは失礼しました。

 どうぞお通りください』

木札を見た途端、

コン・ビーは平身低頭になって見せる。

『何をなさっているのか知りませんが、

 私たちはご神木に面会に来たまでです。

 用が済みましたらすぐに引き上げますから』

頭を下げるコン・ビーに向かって黒蛇堂は事情を話すと、

『ご神木ですかぁ…

 それは参ったなぁ!』

と困った顔を見せるが、

じっと自分を見つめる黒蛇堂の瞳に気押され始めると、

『えぇ…っと

 まっまぁ

 会うだけなら…

 いいと思いますよぉ

 ただ、搬入機材には触らないでくださいね』

そう言うと先導するように前に立った。

「お知り合いみたいですが、

 誰なんです、彼?」

コン・ビーの後姿を見ながら、

謙一は黒蛇堂に小声で尋ねると、

「嵯狐津の狐でしょう?」

と智也は指摘する。

「へ?

 狐?」

「謙一、

 ”あっちの世界”のことはあまり深く考えるな。

 そう言うものだと自分をごまかせ」

驚く謙一に向かって智也は”向こうの者”と付き合うための心得を言う。



トントントントン!

カンカンカンカン!

「なんだこれは?」

ご神木の周りはものの見事な工事現場と化していた。

「んーっ、

 何と言うか、

 イベントの設営ですかな?」

と謙一が指摘したとおり、

ご神木の周囲は

かつてこの場ので起きた悲劇を題材にしたアニメのヒット以降、

アニメと絡めたイベントが多く行われ、

設営に伴う工事は珍しい光景ではなかったのだが、

だが、今回の工事はそういった工事とは明らかに違っていた。

「なぁ、智也…

 お前これは何に見える」

「あぁ…

 どう見ても

 蚊取り線香のブタだな」

「だよなぁ」

「確かに、

 あのアニメではブタの蚊取り線香が

 マスコットアイテムになっていたけど…」

「直径…5mと言ったところか、

 こんなにデカイブタに線香を吊ったら

 自分の重さで折れるな」

「それよりも

 この一帯が蚊取り線香の煙で前が見えなくなるぞ」

「しかも、

 意味不明のコードがいっぱい伸びているし、

 その先には訳のわからないモノが繋がっているし、

 何に使うんだコレ?」

ご神木の前に据え置かれた、

巨大なブタの蚊取り線香の容器を見上げながら、

智也と謙一は頷きあっていると、

『誰じゃ、

 お主らは、

 ここは関係者以外、

 立ち入り禁止のはずじゃぞ』

の声と共に図面を片手に老人が飛び出してきた。

「また、か」

その声を聞いた謙一は付き合いきれないような顔をすると、

「やっぱり、お知り合いですか?」

と智也は黒蛇堂に尋ねる。

『はぁ、

 お久しぶりですね。

 Dr・ダンさん』

黒蛇堂は苦笑いをしながらダンに頭を下げると、

『おぉ、

 黒蛇堂ではないか。

 店をほっぽらかしてどうした?

 まさか、

 ワシのバニーになってくれる決心をしてくれたのかのぅ』

喜びの顔を見せながらダンは言うと、

『その手のお話には、

 もぅ二度と乗りません』

と黒蛇堂はキッパリと断る。

しかし、

『なんじゃ、

 つまらないのぅ、

 おぉ、そうじゃ、

 二一九九式新型バニー砲があるのだか、

 これを試し打ちさせてくれぬか』

なおも諦めきれずにそう持ちかけるものの、

その場には黒蛇堂の姿は無く、

智也達と共にご神木の前に向かっていた。



「里枝ちゃんか…」

樹肌に手を置き、

空に向かって聳え立つご神木を仰ぎ見ながら、

謙一は感慨深く呟くと、

「里枝ちゃぁぁぁぁん、

 俺だ。

 岬謙一だぁ、

 聞こえるかぁ〜っ」

と声を張り上げる。

すると、

「そんな大声を上げなくても、

 里枝にはちゃんと聞こえるって」

智也はそう言い、

そして、

静かにご神木の樹肌に手を触れた。

すると、

ズンッ!

真下から突き上げるような音が響くと、

ユサユサッ

辺りが大きく横揺れして見せた。

「おっおいっ、

 里枝ちゃんは地震を起こせるのかよ」

その揺れに驚きながら謙一は声を上げると、

「今のは普通の地震だよ」

と智也は言い、

ご神木の幹に手を当てながら、

『俺だ、

 聞こえるか?』

と幹に向かって心で話しかけた。



「何をやっているんですか?」

その智也の姿を見て謙一は黒蛇堂に尋ねると、

『里枝さんとお話をしているですよ』

と返事をすると、

「はぁ…

 なるほどね」

謙一は頷きつつ、

「あぁ言うのを

 女子高校生あたりがするなら絵になるけど、

 三十路のオッサンじゃ

 お笑いにしか見えないな、

 うん」

と頷いて見せる。

すると、

「そこっ、

 余計なことを言わないっ

 集中できないだろう」

顔を上げた智也が文句を言うと、

『何、面倒くさいことをしておるんじゃ』

Dr・ダンが割り込みをかけてきた。

そして、

『ご神木とコンタクトを取りたいのなら、

 ワシが仲立ちしてやる。

 バニー1号!』

と声を張り上げた。

すると、

『はいっ、

 お呼びでしょうか?』

の声と共に

金色のバニースーツに身を包んだ美女が姿を見せ、

そのナイズボディを誇らしげに見せつける。

「おぉ!」

それを見た謙一は感嘆の声をあげると、

「じっじいさんっ、

 彼女の指名料はいくらだ?」

Dr・ダンと談判を始めようとするが、

「岬ぃ!」

親友のその姿に智也は怒鳴ると、

「冗談だよ、

 冗談!」

と謙一は笑って見せる。

『ふんっ、

 バニー1号はワシの大切なアシスタントじゃ、

 安くはないぞ!』

アシスタントのバニー1号を軽く見られたことが癪に障ったのか、

Dr・ダンは小言を言いながらも、

ご神木の前に立つと、

『”樹とお話がデキール”があったろ、

 これを持ってこい』

とバニー1号に命じる。

『かしこまりましたぁ〜」

指示を受けたバニー1号が軽やかに返事をして戻ってくると、

『こちらでございま〜す』

そう言いながらDr・ダンにパッケージを手渡した。

そして、

『これを使えば自由に樹と会話ができるわ』

パッケージから取り出した1枚のシールを人数分分割し、

1枚目をご神木の幹に貼って見せると、

『ほれ、これをワッペンの様にお前たちの胸に貼れ』

と言いながら残りを智也に手渡した。

「こうでいいのか?」

智也たちは言われたとおりに胸に貼ると、

その途端、

コォッ

ご神木の幹から金色のオーラが吹きあがり、、

「わっ」

「おぉっ」

『あら…』

智也、謙一、黒蛇堂がまとめて光の塊となって、

幹の中へと飲み込まれてしまい姿を消した。

『ふんっ。

 これでしばらくは静かに作業ができるな』

3人が消えた後、

Dr・ダンはそう呟くと、

『コン・ビー、

 この間に作業を進めておけ』

とコン・ビーに命じたのち、

『さて、調整作業に戻るか』

そう言いながら奥へと消えていく。



『うわぁぁぁぁっ』

3人は光の回廊の中を一気に落ちていくが、

『…これって…』

落ちながらも智也はかつて体験したことと、

全く同じであることに気が付くと、

『そろそろ…』

そう思いながら体を回し、

足を下に向け着地の体制をとった。

と同時に、

3人は一斉に光の中に着地をするが、

トン

ドッ

ドサッ

『あいたぁ!』

謙一一人が見えない面とぶつかったらしく、

声を上げた。

『いって〜

 って、どこだここは?』

着地の際に打った場所を庇いながら謙一は周囲を見回すと、

『里枝の中だよ』

と智也は言う。

『里枝ちゃんの中って…

 マジ?』

思わぬ説明に謙一は驚くと、

『あぁ、以前来たことがある。

 あの時はマッチョマンに変身していたけどな』

『私たちが居るのは樹の根の内側ですね。

 樹の命は根にありますから』

智也と黒蛇堂が説明をする。

『そうなんですか?』

謙一は聞き返すと、

フワッ

周囲の光が強くなり、

『…こんにちは…』

と里枝の声が響いた。

『おっ、

 この声はまさしく里枝ちゃんだ』

それを聞いた謙一は周囲を見回しながらそう言うと、

『…岬くん、

 …本当にお久しぶりです。

 …まさか…

 …こんな形で3人の方とお話ができるなんて』

と里枝は言う。

『いや、まぁ…

 おっ俺も驚きの連続なんだけどね』

彼女の言葉に謙一は頭を掻きながら返事をすると、

『…ここに来るのはあの時のみと思っていたけど、

 …Dr・ダンってすごい』

と智也はシール一枚で3人をこの場に連れてきた彼のスキルに関心しつつ、

『…里枝、

 …俺たちがここに来たのは…』

『…行方をくらませた分枝のことですね』

『…あっあぁ、そうだ

 …やっぱり知っていたか』

『…彼女は私から分かれたもぅひとつの私であり、

 …そして、妹のようなものでもあります』

智也の言葉に里枝はそう返すと、

『で、

 いま、その里枝ダッシュ…

 じゃなくて、分枝ちゃんはどこにいるのかな。

 彼女を野放しにしておくと、

 まずいことになりそうなんだよ』

割り込むように謙一が質問をする。

すると、

『…皆さんには本当にご迷惑をおかけしてしまって

 …申し訳ありません』

と里枝は謝り、

『…分枝は沼ノ端からそう遠くないところに居ます』

と断言してみせる。

『やはり判るのですね』

それを聞いた黒蛇堂は少し安心した表情をしてみせるが、

『…いいえ』

里枝は彼女の言葉を否定すると、

『…実は、ちょっと、問題のある方のところに居ます』

と言う。

『ん?

 どなたのところに居らっしゃるのですか?』

『…はい、

 …智也と謙一さんは知らないと思いますが、

 …黒蛇堂さんなら、

 …月夜野…と言う方をご存じでは?』

『月夜野?

 どこかで聞いたような…

 月夜野月夜野…』

里枝の言葉に黒蛇堂は考える素振りをしてみせる。

すると、

『あっ、ひょっとして月夜野幸司のことでは?」

と謙一が声を上げた。

『そいつ知っているのか?』

それを聞いた智也が謙一に尋ねると、

『おいっ、

 沼ノ端市内、及びその近隣の市町村で続発している、

 連続女性失踪事件を知らないのか?』

と謙一は言いながら智也の肩を突っついて見せる。

『あぁ!

 女学生やOLたちが満月の夜に忽然と行方不明になっている事件か、

 確か、最近では沼ノ端中央公園で女の子が行方不明になったよな』

『そうだよ。

 この事件はおれがずっと追いかけて来たんだ。

 で、実は先日、

 警察がこの事件の重要参考人として、

 月夜野幸司と言う男を指名手配した』

『よく犯人が判ったな』

『公には出てはいないが、

 監視カメラの画像が決め手になったらしい』

『ほぉ…』

『ただ、奇妙なのは、

 月夜野幸司って男は

 大正生まれの90歳を超えた爺さんらしいんだ。

 その爺さんが、こんな事件を起こすのか、

 さらに、公園のカメラに映っていたのは、

 20代〜30代の若い男らしんだ』

『なら、なんで爺さんが指名手配されているんだ?

 犯人は別にいるんだろう』

『月夜野幸司の自宅は

 ちょうどこの森林公園から端ノ湖を挟んだ向こう側になる。

 月夜野は元公家の家柄で、

 戦前に向こうの山の中に別荘を建てたらしい。

 で、その別荘に住んでいるはずなのだが、

 ずっと行方不明なんだそうだ』

『若い男に殺されたのか?』

『判らない。

 一つ言えるのは、

 その若い男の人相が、

 月夜野幸司の30代の時の人相とそっくりということだ』

『なりすましか?

 なるほど、

 それでとりあえず指名手配ってことか』

『…あのぅ…』

『よろしいでしょうか…』

智也と謙一の会話が終わるころを見計らって、

里枝と黒蛇堂が話しかけると、

『え?』

『あっ、二人で盛り上がってすみません』

と智也たちは黒蛇堂たちに謝った。



『…いえ、

 …智也の会話を聞いていて、

 …一つ、大事なことを伝えてませんでした。

 …月夜野幸司はもぅ一つの名前を持っています。

 …それは、Dr・ナイト』

『!!っ』

里枝からその言葉に黒蛇堂はハッとすると、

『私としたことが、

 うっかり忘れていました。

 間違いありません。

 月夜野幸司はDr・ナイトと名乗っていて、

 鍵屋さんと深い因縁がある方です』

と言う。

『Dr・ナイト?』

それを聞いた智也と謙一は声を揃えると、

『岬さん。

 月夜野幸司には姉がいたはずです』

『えぇ、

 確かにいましたが、

 その方も行方不明でして』

『…お姉さんはいまも自宅に居ますよ』

『居るのですか?』

『…はい、私と同じ樹の姿なっています』

『それって、本当なのか?』

里枝から話を聞いた智也たちは聞き返した。

『…えぇ…

 …私もそれを知ったときは驚きました。

 …そして、いま沼ノ端を襲っている地震。

 …それの原因も彼の仕業なのです』

『里枝、

 いくらなんでも、

 人間が地震を起こすだなんて』

『彼は核兵器でも持っているのですか、

 里枝さん?』

『理ですね』

黒蛇堂はそう指摘すると、

『…はい…』

里枝は短く返事をする。

『理には…そんな力もあるんですか?』

『普通はそこまでの力はありませんが

 沼ノ端の地下にはDr・ナイトによって、

 自然界に影響を及ぼすほどの理が貯め込められています。

 そのことはすでに地獄に知らせていて、

 いま、上で工事が行われているのは、

 その理を除去するための装置を設置しているのです』

『ふーん、

 じゃぁ、理が除去されたら、

 Dr・ナイトは何も出来なくなるのか』

『…そのはずですが、

 …ただ、気がかりなのは、

 …私の分枝が彼の手中にあること、

 …そして、地下に溜められていた理が上昇を始めたことです。

 …理の真上には森が水の中に沈んでできた埋没林があります。

 …埋没林の根は今もかろうじて生きていますので、

 …もし、その根と理が結びついたら。

 …なにが起きるか』

『なぁ、里枝…

 お前”猛者”って知っているか?』

ふと智也が里枝に問い尋ねると、

『…地獄で”穢れた理”が寄り固まって出来た怪物の事ですね』

『あぁ、その通りだ。

 これは私の妄想だけど、

 Dr・ナイト…月夜野幸司を名乗る男の目的は、

 この人間界に、

 その猛者を出現させようとしているんじゃないか?』

『まさか』

『あくまで私の妄想だけどな、

 Dr・ナイトの樹になったお姉さん。

 樹と人間の合いの子で寄生しやすい分枝こと里枝ダッシュ。

 埋没林と大量の理…

 もし、それらが全部一つに纏まることになったら、

 生まれてくるのは間違いなく”猛者”であり、

 そして、最悪の存在になるんじゃないか?』

智也のその指摘に皆からは返事はなかった。



つづく