風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第七話:呼応する者達)


作・風祭玲

Vol.1083





ザァァァァァァ…

降りしきる雨の中、

パシャッ

パシャッ

里枝は一人、街中をさ迷い歩いていた。

雨に打たれる里枝は

智也のマンションを出たときのままの全裸ではあるが、

その裸体を隠すようにくまなく葉が生い茂らせると、

葉のところどころからは花弁を開く花が幾輪も咲き、

さらに手足からは無数の根が伸びるものの

しかし、その先は土中に潜り込むことなく、

里枝の動きにただ引きずられるだけだった。

途中、何台かのクルマが里枝の脇を走り抜けていくが、

雨の夜である上に、

彼女の身体が周囲の景色に溶け込んでしまっているためか、

止まって運転者が確かめるようなことはなかった。



『………』

里枝は無言のまま歩き続けると、

やがて、彼女が池の中で過ごしたあの公園へと入って行く、

そして、

シャァァァァァ

降り続ける雨音を軽い音を立てて受ける水面を見下ろしながら、

『もぅ…

 智也の所には帰れない…』

そう呟くと、

自分の身体に咲く花弁を恨めしそうに見下ろした後、

クシャッ

そのうちの一つを握りつぶした。

『くっ』

花を握りつぶした里枝は悔しそうに歯を食いしばると、

手に力を込め、

ブチッ!

それを引き抜いてみせる。

そして、

さらに2つ目、

3つ目と花を引き抜いて地面に叩きつけると、

何度もそれらを踏みつけた。

『なんで…

 なんで、

 私を苦しめるのよ。

 花なんて大嫌いっ!』

大粒の涙を流しながら里枝は花を踏み続け、

そして、その場に座り込むと泣き出し始める。

『どうしたらいいのよ、

 智也を護ることができないんじゃ、

 お墨付きなんて意味がないじゃない』

声を上げて里枝は泣き続けるが、

しかし、彼女が投げかける問いへの答えは見つからなかった。

と、その時、

ジャリ

里枝の背後で足音が響くと、

スッ

濡れる里枝の上に傘が差し出された。

『え?』

突然の事に里枝は驚き振り返ると

彼女の背後には智也の姿はなく、

代わりにメガネを光らせる男が立っていた。

『あなたは!』

見覚えのある顔、

そうかつてこの場で女性を襲い、

割って入った里枝の首筋に

注射器を突き立てた男の顔であることを思い出すと、

里枝は瞬間的に飛び出し、

男と間合いを取った。

しかし、

「お久しぶりです。

 ずっとお探ししていましたよ、

 マドモワゼル」

警戒心むき出しの里枝に向かって

男は雨に濡れるのを構わずに頭を下げる。

『月夜野さん…』

鍵屋が男に向かって叫んだ名を呼ぶと、

「おぉ、私の名前を覚えてくれましたか、

 光栄です」

と月夜野幸司は嬉しそうな顔をしてみせる。

そして、

「先日お会いしたときは、

 下着のみ付けていましたが、

 今夜は何もつけていらっしゃらないのですね、

 そのお花、

 とても美しいですよ、

 特にその大きな花が…」

幸司は里枝の股間で一際大きく咲き誇る花を指して指摘すると、

『うっうるさいわねっ、

 色々事情があるのよ』

と大輪の花が開いたままの股間を手で覆ってみせる。

「ふむ、

 あなたの体は樹なのですね。

 うらやましい。

 実は私の姉も樹なのですが、

 あなた様のように自由には動けないのですよ」

親しそうに幸司はそういうと、

『え?』

それを聞いた里枝は驚きの声を上げた。

「はいっ」

里枝の反応に手ごたえを感じた幸司は顔を下げ、

そして、メガネを引き上げると、

「私の姉はかつて翠果の実を食してしまい、

 悲しいかな、

 樹になってしまったのです。

 私は何とかして姉をあなた様のように

 自由に動けるようにしてあげたいのですが、

 残念ながらその術が判りません。

 よろしければお力を貸していただけませんか」

と願い出ると、

深々と頭を下げた。

『え?

 あっ、

 いえっ、

 そういう理由なら、

 少しぐらいはお力になれるかもしれませんが、

 でも、私自身、

 何も知らないので、

 どこまであなたの力になれるかわかりません』

と困惑気味に返事をする。

「いえ、

 ご面倒はおかけいたしません。

 そうだ、

 一度、姉に会って頂けませんか、

 姉も私とばかり話をしているのでは退屈でしょうし、

 なにか、切っ掛けになるかもしれません、

 ささ、

 私と一緒に来てください」

そういいながら幸司は里枝に手を差し伸べると、

『はっはぁ…』

行く当てもなく、

また、幸司の姉のことが気になった里枝は

彼に招かれるままその後を付いていくと

公園から姿を消した。



地獄

閻魔大王庁内・作戦指揮発令所。

ズズズズズーーーーン!

突然響き渡った地響きと共に細かく上下に揺れた後、

大きな横揺れが追って発令所を揺らした。

『!!っ

 地獄で地震とは珍しいな、

 震源は何処だ』

顔を上げたジョルジュ副指令は震源について尋ねると、

『人間界、端ノ湖湖底です』

と返答が返ってくる。

『人間界の地震がここを揺らしたのか』

『はっ!』

『端ノ湖湖底と言うと

 例の”理”が蓄積している辺りだな』

ジョルジュは思案顔になりながら閻魔を見ると、

『副指令っ!』

と呼ぶ声が響いた。

『どうした?』

『蓄積されている”理”に動きがでています。

 先ほどの地震はそれによって引き起こされたものと推測されます』

ジョルジュの問いかけに返事が返ってくると、

正面のスクリーンに変動をする”理”を映し出した画像が表示された。

『動き出したか』

それを見た閻魔はひとこと呟くと、

『やれやれ、

 ノンキな者じゃのう、

 今の地震、

 人間界に近い嵯狐津の方が揺れが大きかったのではないか?』

不意にその声が響き渡った。

『!!っ』

それを聞いた二人の顔が動くと、

『よぉ!、

 元気にしておるか?』

二人に向かって姿を見せた老人は気さくそうに挨拶をする。

その途端、

『誰だ!

 貴様は!』

セキュリティサービスの鬼が飛んでくるが、

スッ

閻魔は手で鬼の動きを封じ、

『なんの用ですかな。

 Dr・ダン』

ジョルジュは老人の名を呼ぶ。

『いやぁなぁに、

 地獄のバニーを見物に来たが、

 あまり良い出物は無いようじゃったのぅ』

老人、

いや、天界一のバニーガール狂であるDr・ダンは笑って見せると、

『それをわざわざ報告しに、

 天界人であるアナタがここに参られたのですかな?』

とジョルジュは皮肉を言うが、

『今の地震、

 そこに映し出されている”理”が起こしたのだろう。

 どうするつもりだ?』

鋭い視線で閻魔たちを見据えてダンは尋ねると、

『こちらのことはこちらで解決をする。

 口を挟まれるような問題はない』

『この問題は我々の専権事項だ、

 天界人であるあなたが心配することでは無かろう』

机に両肘を突き口前で手を組む閻魔大王と

その横に立つ副指令は不服そうに老人を見据え

そう言い切ってみせる。



『ほぉ

 まぁ、お前さん達がそう言い切るのなら、

 それでも構わないが、

 澱みの負荷は全てご神木に掛かるぞ、

 それに耐え切れるのか?』

食い下がるようにダンは問い尋ねると、

『それについての対応はこれから取る』

と副指令のジョルジュは答える。

『これからか…

 それで間に合うのか?

 物事には想定外。と言うのがある。

 それらを含めた余裕をみて、

 その事を言っているのか?』

『なにが言いたいのだ?』

『地獄を”地震”が襲った以上、

 もはや事は一刻を争うと見てよかろう。

 意見具申をしよう。

 よろしいかな』

『好きにするがいい』

閻魔の返事を聞いたダンは瞳を輝かせると、

バッ!

閻魔の目の前に図面を広げ、

『急ぎ、ご神木が立つ竜宮神社と、

 ここの湊神社との間に竜脈をバイパスしろ』

と図面上に描かれた沼ノ端の地図の一点と、

そこから山を越えたところにある別の一点を指差した。

『湊?

 ご神木とそこをバイパスをしてどうするのだ』

『わしの計算ではご神木周辺にある”理”の量では

 端ノ湖地下に溜まっている”理”に干渉するには絶対量が足りない。

 仮に対象範囲を広げて沼ノ端全域、

 もっと広域の”理”をかき集めようとすると、

 今度は使用に問題がある”穢れた理”が混入してくる恐れがある。

 そ・こ・で、湊神社だ。

 湊神社はあの竜宮の龍皇玉と竜脈が直結されている。

 それとご神木をバイパスをすることにより、

 ご神木に龍皇玉の力を流し込むことが出来る』

『それでどうする』

『流し込まれた龍皇玉の力を使い、

 澱んでいる理を一度に消す!』

『!!っ』

『消すのか

 流し去るのではなくて』

『あんなに大量の”理”が地獄に流し込んできたら、

 こっちも迷惑じゃろう』

『出来るのか?』

『あぁ出来る。

 実はワシの発明の一つでな。

 ”理”が奏でる波動を用いるものがある』

『理の波動?』

『そうだ、

 さっきの地震も”理”の波動が引き起こしたものだろう。

 ”理”には固有周期が異なる波動を持っている。

 澱みが奏でる”理”の波動群を解析し、

 その波動群とは逆位相の波動群を龍皇玉から得られる波動で作り上げ、

 それを増幅・爆縮させたエネルギーを澱にぶつけるのだ。

 わしの計算では澱みに溜まっている”理”の87%を対消滅させることが出来る』

『無謀な…

 第一、逆位相の波動を持つ”理”を作るなど世の掟に背く行為だし、

 淀んでいるとはいえ、

 ”理”を無理に消滅させてしまったら

 反動も大きいぞ?』

『座して待つよりかはよかそう。

 それに反動も一時的で、

 溜め込んだままの今よりも環境にやさしい』

『力づくって事か』

『その様な仕掛け、

 地獄では用意できないぞ』

『ワシが全て用意しよう』

『!!っ』

『こちらで全て用意しよう

 と言っておるのだ』

ダンの目はその発言が本気であることを告げていた。



ズズズズズ…

『あぁ、お茶が美味しい…』

場所は一転して嵯狐津野原。

金色の毛を持つ中間管理職風の狐が

湯気が立つ湯飲みをすすりつつ

ホッと一息を入れていた。

そして、

『はぁ、

 地震で嵯狐津城の城壁が崩れるだなんて、

 ま・さ・に、前代未聞。

 しかぁし、

 我が配下のキツネ隊総がかりで短時間で修復できた。

 これも、私の天才的な采配の賜物だな。

 わははは』

タクワンをかじりつつ、

コン・ビーは高笑いをしてみせる。

その直後、

『それはとても喜ばしいことですね、

 コン・ビーさぁん』

の声と共にコン・リーノが彼の前に姿を見せた。

ブハッ!

突然現れたコン・リーノの姿を見て

コン・ビーは盛大に啜っていたお茶を吹いてしまうと、

『コッ、コッ、コン・リーノさんっ!』

と声を上げて起立の姿勢をとった。

そして、

『先ほどの地震の片付けは全て終わっております』

緊張した声で作業報告をすると、

『はい、

 崩れ落ちた城壁の修復、

 ご苦労様です。

 あなたの仕事の速さ、

 嵯狐津姫さまもお褒めになられていましたよ』

と褒めて見せる。

『そっそれは、

 ありがたき幸せ…であります。

 で、ご用件は何でしょうか』

もみ手で伺うようにコン・ビーはコン・リーノの訪問理由を尋ねると、

『実はですね。

 コン・ビーさんのその天才的な采配に縋りたいのですが、

 一つ頼まれごとを引き受けてくださいませんか?』

コン・ビーに向かってコン・リーノは目を細めながら言う。

『はぁ(ちっ、しっかり聞いていたのか…)、

 で、何をすればよろしいのでしょうか?』

小さく舌打ちをした後、

コン・ビーは聞き返すと、

『いえいえ、

 大したことは無いんですよ。

 嵯狐津野原キツネ隊を率いて工事を一つお願いします。

 工事の指示書類と図面はこちらですので、

 よろしくお願いしまぁす』

細い目を見開いてコン・リーノは

コン・ビーに指示を告げたのであった。



『湊と繋いで

 実質上、ご神木の竜脈増強とは思い切ったことになったな。

 確かに湊を経由して向こうの龍皇玉との間に直通流路が開通出来れば、

 彼が言ったことも可能ではないが、
 
 上が黙ってはいまい。

 それに竜皇玉の管理者である乙姫・閖殿の許可は得られるのか』

Dr・ダンが立ち去った発令所に

ジョルジュの不安そうに閻魔に向かって話しかけると

『彼女の許可を仰ぐ必要はない。

 湊と竜宮とを繋ぐ線を設けるだけだ。

 人間界の竜脈管理権は嵯狐津にある。

 我々はそれに乗るだけだ』

と閻魔は言う。

『いいのか?』 

『心配なら、

 所有者に許可を求めればいい、

 乙姫は竜皇玉の管理者であるが所有者ではない』

『所有者?

 まさか』

『竜皇・海彦』

『乙姫が探している男か、

 所在はつかめているのか?』

『あぁ…

 それに海彦に話を通す理由はもう一つある。

 地震を起こしている”理”の澱みだが、

 知ってのとおり端ノ湖の下にある。

 何か事を起こすには湖水が支障となる』

『なるほど、

 水面の下は向こうの管轄だからな。

 協力は得られるのか?』

『協力を願うほどもない。

 後々騒がれないようにするためだ』

『筋だけは通す…か。

 しかし、逆位相の理をエネルギー化し、

 澱みの理を対消滅させる…

 そう、うまく行けばいいが』

ことの大きさが判れば判るほど、

副指令ジョルジュの不安は大きくなっていた。



「姉さん、

 起きているかい?」

重々しい音を立てながら扉が開かれると、

優しい声をかけながら幸司が姿を見せる。

そして、

「さっ入ってきなさい」

そう背後に向かって声をかけると、

サクッ

ローブを実に纏った里枝が恐る恐る扉を抜けてくる。

と同時に、

『あっ…』

中庭の奥に佇む一本の樹を見た途端、

小さな声を上げた。

『あの樹があなたのお姉さん?』

樹を見つめながら里枝は尋ねると、

「あぁ、そうだよ。

 僕の姉さんだ」

と幸司は紹介する。

すると、

里枝は誘われるように樹へと向かい、

その正面に立ち、

『はっ初めまして…

 わっわたし、

 三浦里枝といいます。

 その、

 見た目は人間ではありますが、

 こっこの通り、

 身体は樹なのです』

里枝は樹に向かって自己紹介すると、

身につけているローブの肩をずらして、

身体から生えている葉と花を晒して見せる。

すると、

ポゥ

無言で佇む樹が光り始めると、

『…よくいらっしゃいました』

と女性の声が里枝の耳に響き、

フワッ

その身体を抱きしめられる感覚が里枝を包んだ。

『あっ

 なんか暖かい』

やさしいその感覚に里枝は安心してしまうと、

樹に寄り添うように身体を預け、

そのまま目を閉じてしまった。

「ふむ、

 ファーストコンタクトは無事成功ですね。

 くくくっ、

 さぁて、

 彼女は姉さんに任せて、

 私は私のことに専念しましょう」

二人の様子を見ながら幸司はそう呟くと、

「くくく…

 さぁ、満月までもう少しです。

 では、あの二人の改造を始めますか」

と笑い声を上げる。



「ん?」

長い眠りから覚めた智也が目を開けると、

『気が付かれましたか?』

の声と共に一安心したような黒蛇堂の顔が視界に入ってきた。

「ここは?」

周囲を見渡しながら智也は尋ねると、

『病院です』

と黒蛇堂は返事をする。

「病院?

 なんで、病院に…」

事情が飲み込めない智也は呆然としながら呟くと、

「あれ?

 …里枝…は」

と里枝の名を出すと、

ハッ!

直前の記憶が蘇ったのか、

何かに気がついた表情をしてみせる。

そして、

「そうだ、

 里枝は、

 里枝は何処にいる」

と声を上げて身体を起こそうとするが、

『いけません。

 今のあなたは休養をとることです』

そう言いながら黒蛇堂は智也を制した。

「黒蛇堂さん、

 里枝はどうなっているのです。

 アイツ…

 樹の身体に振り回されているんです。

 ショッピングモールの事件もアイツが起こしたんです」

黒蛇堂に向かって智也はそう声を上げると、

「その件と、

 里枝ちゃんについて、

 じっくりと話を伺いましょうか。

 牛島プロデューサー」

の声と共に岬謙一が病室に姿を見せた。



「謙一…」

姿を見せた謙一を見て智也は彼の名を呼ぶと、

『では、私はこれで…』

黒蛇堂はその場を辞そうとしたが、

「黒蛇堂さん…とお呼びしてよろしいでしょうか」

謙一は黒蛇堂に話しかけると、

『はい?』

黒蛇堂は立ち止まって返事をする。

「申し訳ありませんが、

 しばし、お付き合いを願えませんか、

 あなたにもお尋ねすることになりますので」

と謙一は言うと、

『ちょっ』

廊下に控えていた黒蛇堂の従者が飛び出そうとする。

すると、

スッ

黒蛇堂は手で従者を制し、

『判りました』

と返事をした。

「お手数をおかけいたします」

黒蛇堂に向かって謙一は頭を下げると、

ベッドに寝ている智也を見るなり、

「さて」

そう言いながらベッド脇の椅子に座り、

「何とか生きているみたいだな」

と話しかける。

「はははは…」

その言葉に智也は笑って返すが、

「笑ってごまかすな、

 ではまず、お前の知らないこれまでの経緯を

 3つのキーワードで説明してやろう。

 一つ、

 お前は自宅で倒れ、この救急車で病院に搬送された。

 二つ、

 黒蛇堂さんがここにいるのは、

 お前の携帯の緊急連絡先に彼女の電話番号があったからだ。

 三つ、

 TV局にはお前が急病で病院に搬送された。と連絡をした。

 そして、

 おまけの4つ目として、

 お前は3日間寝込んだ。

 以上だ」

と指を折りながら謙一は説明をする。

「そうか…」

それを聞いた智也は言葉短く返事をすると、

「言うことはそれだけか?」

と謙一は聞き返す。

「なっ何のことだ?」

「とぼけるなっ、

 お前、この間、

 俺に言ったよな、

 付き合っている女は里枝ちゃんではないって」

「………」

「ほぉ、黙るってことは…

 やっぱり、彼女は里枝ちゃんなのか」

「会ったのか?」

「あぁ…

 彼女、俺の目の前でベランダから飛び降りたよ」

「え?」

謙一の言葉に智也は驚いて顔を上げると、

黒蛇堂もまた驚いた顔をしてみせる。

「14階から飛び降りて、

 下の駐車場で雨に打たれていた。

 バラバラになってな」

「うっ」

謙一の言葉に智也は思わず口を手で塞ぐと、

「だが、

 里枝ちゃんは生き返った。

 いや、死んではなかったということらしい。

 バラバラになった体が一つにまとまって、

 起き上がったんだよ。

 そして一言こういった。

 ”死ぬことが出来ないんだ”

 ってな」

「………」

「その後、

 俺は里枝ちゃんに声をかけて話しをした。

 彼女、最初は俺が判らなかったみたいだけど、

 でも、話をしたら俺のことを思い出したみたいだ。

 でもな、

 声も、

 顔も、

 髪型も、

 ビックリするくらい彼女は年を取らずに、

 あの頃と変わらない姿だった。

 そして、体中にたくさんの花を咲かせて姿を消した。

 なんだ、アレは?

 本当に里枝ちゃんなのか?

 里枝ちゃんの姿をした別のものなのか?

 さっきショッピングモールの事件の犯人だとも言ったよな、

 お前、何を隠している?」

謙一は身を乗り出し、

智也に掴みかかりそうになりながら尋ねる。

「里枝は姿を消したのか」

迫る謙一を挙げた手で押し戻しながら、

智也は聞き返すと、

コクリ

謙一は頷いてみせる。

「ふぅ」

それを見た智也は大きく息を吐くと、

上半身を起こし始めた。

「おっおいっ、

 寝てなきゃダメだろうが」

それを見た謙一は慌てて制すると、

「大丈夫だ」

と智也は返事をして上半身を起こした。

そして、謙一を見据えながら、

「長い話になるぞ…」

そう言うと、

智也は謙一に人間だった里枝をつれて

山に向かった時からのことを全て語った

 

「…と言うわけだ。

 以上が事の全てだ」

話を終えた智也は謙一を見ると、

「………」

謙一は頭を抱えながらしばらくの間、沈黙し、

そして、

「このバカ野郎…」

と小さく言うと、

「お前は大馬鹿だ。

 それも、人類史上まれに見る大馬鹿野郎だ。

 なんで、俺に相談してくれなかった。

 お前な…

 全部一人で抱えやがって、

 俺はお前の親友じゃないかよ。

 なのに…

 今日まで黙っていやがって。

 ったくぅ…

 聞くんじゃなかった」

謙一は涙を流し悔しそうに呟く。

「……すまん。

 何度か相談しようとしたけど、

 その前に事が動いてしまって、

 それに、

 お前を巻き込みたくなかったんだ」

「だからってなっ、

 ったくぅ…

 奥の院のご神木なら

 この間、娘を連れてハイキングに行ってきたばかりだ。

 娘が言っていたよ、

 ご神木の枝の上に人の顔があるってな。

 あれが里枝ちゃんの顔だったのか」

「あぁ…」

「で、どうするんだ?」

「うん?」

「その、

 株分けした”里枝ちゃん・ダッシュ”だよ」

「なんだそれは?」

「身体は樹だけど、

 中身は里枝ちゃんのオリジナル。

 人と化生とのハイブリッドにもかかわらず、

 理性による制御が利かないだなんて、

 いくらなんでもヤバイだろう」

「判っているって」

「当然、

 お前が最後まで面倒を見るんだろうな」

「当たり前だ!!」

「OK、

 それを聞いてひとつ安心した」

智也の返答を聞いた謙一は安心したような表情をしてみせる。

そして、黒蛇堂を見ると、

「黒蛇堂さん、

 なぜ、里枝は暴走したんです?

 里枝から聞きましたが、

 食事を気をつけていれば暴走は起こらないって」

と彼女に向かって質問をした。

『申し訳ありませんでした』

その言葉に黒蛇堂は頭を下げると、

『完全な見落としです』

と言う。

「見落とし?」

『花を咲かせることのリスクが

 彼女にとってこれほど大きいとは、

 想定できませんでした』

「そうか、

 あなた方、化生には

 3大欲求の一つが無いのか」

「なんだそれは?」

「おいっ、

 シッカリしろ。

 いいか、3大欲求ていうのはだ、

 生物がこの世に存在するのに必要となる欲求だよ。

 食欲。

 睡眠欲。

 そして、繁殖欲。

 最初の2つは固体の生命維持に必要な欲。

 最後の一つは個体群維持に必要な欲だ。

 これら3つの欲によって生命は存在しているんだよ。

 花を咲かせると言うのは実をつけること。

 里枝ちゃんは直物としての繁殖欲に振り回されているんだ」

「そっか、

 つまり黒蛇堂さんからの警告には

 最後の繁殖欲へのコントロールが抜け落ちていたと」

謙一の説明を聞いた智也は黒蛇堂に話を振ると、

『はい、

 確かにその視点での忠告が抜け落ちていました。

 あなたも知ってのとおり、化生の寿命は長く、

 繁殖と言う行為とは縁遠い存在です。

 けど、里枝さんはご神木から株分けした化生の身体に、

 繁殖欲を抱く里枝さん自身の内臓を有しています。

 内臓を護る化生の身体がその内臓からの欲求に感化されて、

 暴走をしたのでしょう』

と黒蛇堂は説明する。

「解決法はあるのですか?」

『一つは里枝さんが

 自分をシッカリと持って欲求に打ち勝つこと、

 そして、もう一つは…

 智也さん。

 あなたが里枝さんを思う気持ちです。

 あなたは里枝さんをどうしたいのですか?

 そのお気持ちをシッカリと定めて貫くのです。

 色々外野が騒ぎますが、

 この問題は最終的に智也さん、

 あなたと里枝さんとの気持ちの問題となります』

「私の気持ち…ですか」

『はい…』

黒蛇堂の言葉に智也は自分の手に視線を落とすと、

ズシンッ!

下から突き上げるように振動が起き、

ユサッ!

間髪居れずに病室が左右に揺れ始める。

「最近急に多くなってきたな」

天井を見上げながら謙一は呟くと、

「地震か?」

と智也は尋ねた。

「あぁ、

 お前がこの病院に担ぎ込まれた夜以降、

 端ノ湖を震源とする地震が急に増えた。

 湖が爆発するんじゃないかって、

 そんな噂も出ている」

『その地震について気になる話を聞きました。

 地獄の閻魔大王庁が、

 端ノ湖地下付近で異常な”理”の蓄積を観測したそうです』

話を聞いていた黒蛇堂がこの地震が普通の地震でない事を指摘すると、

「地獄なんって…

 簡単に言うなぁ」

と謙一は感心した素振りをする。

「意外と簡単にいけるものだよ、

 地獄なんて…」

そんな謙一の肩を叩いて智也は言うと、

「俺はどっちかと言うと、

 天国に行きたいものだ」

そう皮肉を言うが、

『なら、

 天界に行ってみますか?

 ご希望なら手続きしますが』

と黒蛇堂は真顔で尋ねる。

すると、

「けっ結構です。

 俺はまだこの欲でまみれた人間界に居たいものでね」

慌てて謙一はその申し出を断る。

そして、

「そうなると、

 この地震はタダの地震でなくて、

 これから化生がらみの大きな何かが起こるかもしれない。

 と言うことか、

 しっかし、アレだな…」

「ん?」

「話は変わるけど、

 智也、

 お前、国造神話知っているか?」

「国造神話?」

「あぁ、イザナミとイザナギの話だ。

 シチュエーションは違うけど、

 なんか、似たようなことになってるな。ってな」

「そうかな?

 気が付かなかった」

「火傷が原因で黄泉の世界に行ってしまったイザナギを、

 イザナミはつれて帰ろうとするが、

 しかし、禁忌とされたイザナミの姿を見てしまったために、

 二人は袂を分かつことになってしまった」

「俺はイザナミで、

 里枝はイザナギか?」

「そうだ…

 黄泉の果物を食べて

 あっちの世界の住人になってしまった里枝ちゃん。

 お前はどうやって救う気だ?

 神話みたいな結末にはしたくないんだろう。

 だけど、里枝ちゃんの身体には

 黄泉醜女たちが花を咲かせて巣食っているぞ」

「そっか、俺はイザナギなのかぁ…

 となると…うん、大丈夫だ」

「大丈夫って?」

「心配するなって、

 葡萄と、

 茸に、

 桃はちゃんとあるよ」

「は?」

「黄泉醜女退治に必要なものは全部揃っている。

 ということだ」

と智也は返事をする。

「その身体のクセに何処からそんな自信が湧いてくるのか」

智也の姿を見て謙一は呆れた様に返すと、

「で、そのイザナミの居場所の見当は付いているのか?」

と問い尋ねる。

「え?

 岬、お前それ知っているんじゃないのか?」

「バカっ、

 俺にそこまでの千里眼は無い、

 ごく一般的な人間だ!」

謙一は声を荒げる。

すると、

『あのう…』

黒蛇堂が言葉を挟み、

『里枝さんの本体…

 ご神木に尋ねられてはいかがですか?

 株分けされた分体がいる場所を把握している思いますが』

と提案する。

「あっ、

 その手があった」

その提案を聞いた智也はハタと手を打つと、

「お前…本当に大丈夫か?」

呆れるように言いながら、

謙一は智也の額に手をあてて見せる。



ヒュォォォォッ

『えーっ、

 ごめんくださーぃ。

 どなたかいらっしゃいませんか』

風が吹きぬける竜宮神社の社務所にコン・ビーの声が響くと、

「はっはいっ」

の声と共に巫女装束姿の茉莉が戸を開ける。

『えっと、

 この神社を管理されている柵良茉莉さんでしょうか?』

茉莉に向かってコン・ビーは尋ねると、

「はぁ

 そうですが…」

目の前に立つ作業着姿の男性に向かって茉莉は頷いて見せる。

『あぁ、良かった。

 えっと、私は嵯狐津野原・竜脈保全課の者です。

 上に指示されまして、

 こちらの竜宮神社と湊神社との間に

 竜脈のバイパス工事を行いますので、

 一つよろしくお願いします』

そう言いながら、

コン・ビーは工事計画書を提示してみせる。



つづく