風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第六話:呪われた花)


作・風祭玲

Vol.1082





昔…

不治の病に侵された姉と、

その姉のために献身的な看病をする少年が居ました。

姉と少年の家はこの地域の地主であり、

両親は姉の療養のため

惜しむことなく財力を注ぎ込みましたが、

しかし、

今古東西様々な名医が呼び寄せられても

姉の病状は一向に改善せず、

むしろ悪くなるばかり。

日に日に弱っていく姉の姿に

少年は忸怩たる思いに駆られていました。



そんな八方塞りのなか、

少年は一人の旅の青年と出会いました。

青年は鍵屋と称し、

遠い国からの旅の途中と少年に語ります。

すると、少年は藁に縋る思いで鍵屋に姉のことを話し、

姉を助けたいので力を貸してほしいと頼みました。

少年から話を聞いた鍵屋は姉を診ると、

姉の病の原因はこの世界には無い

特殊な呪(しゅ)によるものと判りましたが、

自分からは直接呪を解くことは出来ないが、

それができるようになる知識を少年に伝えることは出来る。

と少年に伝え、

少年に知識の元となる書物を与えました。



少年に与えられた書物はこの世界の書物のほかに

別の世界の書物など様々なものでありましたが、

全ては姉の呪を解くため、鍵屋が選んだものでした。



少年は姉を助けたい一心で、

知識を吸収していきますが、

やがて、他の知識を欲するようになりました。

そんな少年の姿に鍵屋は危惧を抱くと、

少年から書物を取り上げようとしましたが、

しかし、少年の探求力は鍵屋の想像を上回り、

鍵屋の持つ書物をことごとく読破してしまうと、

ついには蓄えた知識によって”呪”を越える”術”を

使えるようになってしまったのです。



少年が初めて使った術は”召還術”

その術によって少年はあるものを手に入れることができました。

それは、食べると不老不死になるという

”地獄の果実・翠果”

翠果を手に入れた少年は早速、姉に持って行きます。

そして、姉に翠果を食べさせた途端、

姉は苦しみながら少年の目の前で

”樹”へと変身してしまいました。

樹になってしまった姉は、

死への恐怖から開放されたことを喜びますが、

同時にそれは少年の心を歪めてしまったのです。



姉の樹化を目の当たりにした少年は

姉が樹になったのは命を繋ぐための一時的なもの、

次は樹になった姉を人間に戻るために方法を編み出す。

そう決心すると、

やがて少年はDr・ナイトとなり、

女性達を実験台として襲うようになってしまったのです。



【…互いの誤解を解きたく、

 十五夜の月明かりの下にて語らい合いませんか。

 鍵屋様のお越しを心よりお待ち申し上げております。

 月夜野幸司】

『Dr・ナイトからの招待状か…』

鍵屋の元に届けられた一通の招待状。

満月までまだ間がある月明かりの下、

その招待状に目を通していた鍵屋は

緊張を解くように軽く息を吐きながら、

招待状の送り主の名を呟くと、

『ふぅ…

 彼の名前を見ているうちに

 つい、昔のことを思い出してしまいました』

と頭を掻いてみせる。

そして、

『私が彼にしたことは

 果たして間違っていたのでしょうか、

 それとも、

 正しかったのでしょうか?』

月を見上げながらそう呟くものの、

すぐに首を左右に振ると、

『いえ、

 過ぎたことです。

 いま、あの少年はDr・ナイトとなって、

 多くの女性に絶望を振りまいています。

 とにかくそれを止めないとなりません』

と強い口調で言う。

『マスター…』

そんな鍵屋を心配するように、

独立支援型アンドロイド・R

は声を掛けると

『大丈夫です。

 心配はありません。

 ”準備は整ったので、

  本気でかかって来いっ”

 と言って来たのでしょう』

と文面に込められた意図を言う。

そして、

『ただ、この招待状が玉屋さんにも届けられているとすれば、

 ある意味厄介ですね。

 終わる話が終わらなくなってしまいます』

そうおどけながら別の心配をしてみせるが、

けど、その表情は硬かった。



「ねぇ、

 牛島さん、細くなったよね」

「やっぱり、

 あなたもそう思う?」

「彼女に誘われて運動でも始めたのかな?」

「彼女、いるのですか?」

「あれ?

 知らないの?」

「局中で噂になっているわよ」

「牛島プロデューサー、

 若い女性と同棲か?

 って」

「知らなかった…

 あーん。

 ショック!」

「でも…

 でも、ちょっと痩せ過ぎてない?」

「確かにちょっと痩せすぎだよねぇ」

「前はもっと脂があったよね」

「どうしたんだろう」

女子職員の間から不安げな声が囁かれる中、

自分のデスクに座る智也は部下達に指示をするものの、

確かに彼の体には以前のような脂は乗ってはいなかった。



「うーっ、

 クラクラするな…」

休憩室で栄養ドリンクを飲みながら、

智也は目眩を落ち着かせようとソファに座り込むと、

「里枝とは毎晩だもんなぁ…

 ちょっと調子に乗りすぎたか、

 少し控えたほうがいいな」

と言いながら目頭を押さえてみせる。

すると、

「何を控えるのかな?」

の声と共に肩が叩かれ、

ドスッ!

その横にタバコの臭いを漂わせながら一人の男が座った。

「ん?

 あぁ、謙一かぁ」

その声に智也は起き上がると、

大学時代からの友人でもあり、

このTV局の報道部記者をしている岬謙一の名を呼ぶ。

「随分と痩せこけたみたいだが、

 毎晩楽しんでいるみたいだな」

「何を毎晩楽しんでいるだよ」

「ん?

 逃げた奥さんが帰ってきたから、

 毎晩ヤリまくっている。

 って局内で評判だぞ」

「おっおいっ、

 なんだそれは、

 俺はずっと独身だって言うのっ」

「そっか?

 ショッピングモールで

 お前が若い女性と一緒に居るところを

 見た者が居るって聞いたけど」

「え?」

謙一からのその指摘に智也は返事を窮してしまうと、

「やっぱり女が居るんだな。

 やったねっ、智ちゃん!」

とからかう様に言いながら背中を叩いた。

「痛ぇーなっ

 ったくぅ、

 大学時代に付き合っていたんだよ。

 彼女とは」

「ほぉ、学生時代からとは長いね。

 って、あれ?

 お前、大学時代に付き合っていた女といったら…」

智也からの投げやり気味な返答を聞いた謙一は

学生時代の女性交友関係を思い出した途端、

急に驚いた顔になると、

「ボソ(まさかと思うけど里枝ちゃんが見つかったのか?)」

と小声で尋ねた。

「!!っ」

その言葉に智也はハッとした後、

顔を引きつらせると、

「いっいや、

 里枝じゃないんだ。

 全く別の…子だよ。

 うん」

と冷や汗を流しながら返答する。

「ふーん、

 そっか。

 別人か…

 で、お前、

 その女の人と結婚するのか?」

返事を聞いた謙一は天井を眺めながら尋ねると、

「え?

 いや、まっまだ、

 そういうところまでは…」

「お前がずっと独身を通しているのは

 里枝ちゃんが帰ってくるのを待っているからだろう。

 彼女が姿を消したとき真っ先に疑われたし、

 警察にも色々聞かれだろうけど、

 でも、もぅ30代半ばだ、

 里枝ちゃんへの義理立ても十分に済んだと思うよ。

 ここで身を固めても誰も咎めやしないよ」

「はっはぁ…」

「しっかし、

 なんで里枝ちゃんが姿を消した時の記憶がないんだろう、

 俺だけじゃなくて周囲の人間、みんなだぜ」

と言いながら彼は頭を掻いてみせる。



三浦里恵が翠果の呪いによって樹化した後、

彼女は行方不明者として捜索願が提出された。

そして、里枝と共に行動していた智也は、

警察から事情説明を求められたが、

しかし、事の真相を説明できるはずはなく、

智也は里枝の所在については答えることが出なかった。

一方、警察も智也の周辺を捜査してみたものの、

里枝失踪に繋がるような物証は何も得られず、

それどころか、

里枝と接点があるはずの人たちの記憶から、

彼女の失踪時の証言を得ることが出来なかったため、

捜査は暗礁に乗り上げてしまったのであった。



「そっ、そうだな」

ハンカチで冷や汗を拭きながら、

智也は返答をすると、

「それよりも、

 こっちは変な事件に振り回されていてさ」

と謙一は呟く。

「変な事件?」

「あぁ、

 お前が女と遊びに行った沼ノ端ショッピングモールでな」

「モールで何かあったのか?」

「モールの外れにある倉庫。

 その倉庫で男が4人、

 瀕死の状態で発見されただよ」

「マル暴か?」

「うれしそうに聞き返すなっ」

「被害にあったのは、

 窃盗、

 傷害、

 詐欺に婦女暴行に

 ウンタラカンタラで、

 警察のブラックリスト最上位に名前を連ねている連中なんだけど、

 そいつらが全身くまなく花が突き刺さった状態で発見されたんだよ。

 しかも、花を取り除いてみると、

 ミイラのようになっていたそうだ。

 まぁ命には別状はないらしいけど、

 警察は怨恨の線で捜査をしている。

 連中を恨んでいる者はゴマンと居るし、

 恨みを買いすぎたんだよ。

 (ホレ、これが被害者だ。警察の知り合いから送ってもらった)」

「うわぁぁぁぁ…

 これで命に別状無いって、

 マジかよ。

 で、犯人について何か言っているのか?」

「厄介なのはその犯人像なんだ、

 連中、全員ショックが酷くてな、

 そのときの詳細を語ってもらおうとすると、

 パニックに陥るんだとさ。

 で、なんとか聴取できた一人の証言によると、

 乱暴目的で目に付いた女性を倉庫に連れ込んだところ、

 その女性が花の化け物に変身して襲い掛かってきたとか」

「はぁ?」

「よっぽどショックがあったんだろうな、

 子供の頃に見たTV番組と

 記憶がごちゃ混ぜになっているんだろう。

 ただ、事件は現実に起きているし、

 犯行に使われた花の量からしても、

 一人の犯行とは到底思えない」

「猟奇事件と言う奴だな。

 ん?

 この帽子は?」

事件の説明を受けながら、

智也は岬のスマートフォンに記録された画像を送っていると、

ある画像でその指が止まった。

「あぁ、

 倉庫の前に落ちていたらしい。

 女物の鍔広の帽子だ。

 被害者…花壇事件では加害者か、

 の物かどうかは判らないが、

 とりあえず遺留品として押収したそうだ。

 見覚えあるのか?」

「いっいや、

 ただ、被害者が女性を連れ込んだのは事実なんだな。

 と思ってさ」

「犯人グループに女性が一人いるのは事実だろう。

 そして、その女性が自ら囮になって

 被害者グループに連れ込まれフリをし、

 被害者グループが倉庫の中に入るのと同時に襲い掛かった。

 花壇にした理由は判らないけど、

 手間隙をかけてご苦労なこった」

「あははは…」

「お前は良いよ、

 笑っていられるんだから。

 まっ、週末だからって無理をするなよ」

智也に話をしたことで気が楽になったのか、

謙一は励ますように智也の肩を叩くと腰を上げた。

しかし、

「………」

彼の後姿を見送る智也の心は晴れては居なかった。




『はぁん、

 はぁぁん

 はぁぁぁん』

その日の夜、

智也の決意むなしく

灯りが消された部屋に里枝の上気した声が響くと、

グチュッ

グチュッ

隠微な音が部屋にこだまする。

やがて、部屋の中に絶頂に達する女の喘ぐ声が響き渡ると、

ムクリ…

女の身体が人とは別の姿へと変貌し、

そして、

『ト・モ・ヤ

 モッ・ト

 モッ・ト

 チョウ・ダ・イ』

そう囁きながら股間で開くと、

クチャァ

その股間には大輪の花が咲き、

花弁の中心では大きく膨らんだ雌しべが、

受粉する相手を探すように蠢いていた。

花を咲かせた女は意識を失っている男の上によじ登ると、

手足から根を伸ばして男の身体に差し込み、

男を苗床にしながら花を男の股間に密着させる。

そして、

花弁の奥深くにいきり立った男のイチモツをくわえ込むと、

クチャ

クチャ

クチャ

腰と共に花を上下に動かしはじめる。

『ミ(実)・ヲ・ツ・ケ・タ・イ・ノ

 ト・モ・ヤ・ト

 ア・タ・シ・ノ・ミ(実)

 ダ・カ・ラ

 モッ・ト

 モッ・ト

 チョウ・ダ・イ』

そう囁きながら、

女は男の肉体から精と養分を吸い取っていくと、

ググググッ

メリッ!

女の肩や腰から幾本もの太い芽が顔を出した。

そして、それらが成長していくと、

クチャァ…

ついにその先端から花が開き、

女の身体を飾り始める。

『モッ・ト』

『モッ・ト・チョ・ウ・ダ・イ』

『…チョ・ウ・ダ・イ』

『…ウ・ダ・イ』

『…ダ・イ』

『モッ・ト・チョ・ウ・ダ・イ』

『…チョ・ウ・ダ・イ』

『…ウ・ダ・イ』

『…ダ・イ』

開いた花から幾重もの声を上げながら、

女は男の肉体を貪り続けた。



翌朝、

『智也っ

 智也っ

 起きてっ』

目を覚まさない智也の身体をゆすりながら、

里枝は幾度も声を上げる。

「うん?」

散々揺り動かされた後、

智也はうっすらと目を開けると、

『良かった…』

自分の前に安心したような里枝の顔を見ると、

「おは…よう…」

と短めの挨拶をすると、

再び寝込んでしまった。

『智也ぁ!

 どうしたの?』

声を上げる里枝の前には、

ミイラ化する一歩手前の智也が横たわっていて、

挙げた腕も骨と皮のみの様相になっていた。

『どうしよう…』

事情がわからない里枝は一人で困惑していると、

『そうだ、

 黒蛇堂…』

黒蛇堂のことを思い出した里枝は

急いで智也のスマートフォホンを取り出すと、

黒蛇堂の元に電話をかける。



『これなら大丈夫でしょう』

里枝に向かって黒蛇堂は安心したように話しかけると、

ベッドの中には幾分生気を取り戻した智也が寝ていた。

『ありがとうございます』

何度も頭を下げながら里枝は礼を言うと、

『いえいえ、

 礼には及びませんよ。

 それにしてもどうなされたのでしょうか?

 これほどまでの異様なやせ方は尋常ではありません。

 里枝さん、

 何か心当たりはありませんか?』

と問い尋ねる。

『それがさっぱり判らないんです』

泣きそうな顔をしながら里枝は答えると、

『何も…

 ですか?』

と黒蛇堂は鋭い視線で里枝を見た。

『何かわかったのですか?』

『そこまでは…

 ただ一つ言えることは、

 智也さんは外部から無理やり生気を抜き取られています。

 いえ、吸い取られている…と言ったほうがいいかもしれません。

 里枝さん、

 以前私が注意したことを覚えていますよね』

『はぁ…

 あの…ちゃんとご飯を食べなさい。ってことでしょうか』

『はい、

 あなたの体は普通の人間でも、

 普通の化生でもありません。

 化生の身体に人間の臓物を持っています。

 それ故、注意が必要なのです。

 その事が判っているのなら大丈夫なのですが、

 決して、身体を飢えさせてはなりませんよ。

 では、私は店に戻りますので』

里枝に向かって黒蛇堂は再度警告をすると、

従者と共に智也のマンションから出て行った。



『ご飯をちゃんと食べる…

 気をつけなきゃ』

黒蛇堂が去った後、

里枝は一人で頷くと、

「うん…」

智也が目を覚ました。

『智也!』

それに気付いた里枝が智也に抱きつくと、

「ぐえっ

 重い…」

ベッドの中で智也はもがき苦しむ。

「そっか、黒蛇堂さんが来てくれたのか」

黒蛇堂の治療もあってか起き上がることが出来た智也は、

里枝が作ったコーンポタージュを啜りながら、

事の詳細を聞かされていた。

「確かに、

 最近妙に痩せてきたのは判っていたけど、

 何故なのかは判らないんだよなぁ」

と頭をかきながら言うと、

『うん、

 私も…さっぱり』

里枝もまた頷いてみせる。

すると、

「そうだ」

何かを智也は思い出すと、

「里枝、

 俺が買った帽子は持っているか?」

と問い尋ねた。

『帽子?』

「ほら、お前がここに来てすぐに買った、

 鍔広の帽子だよ。

 これが気に入った。

 と言って買っただろう」

『あっあれね。

 あるはずよ』

智也の指摘に里枝は相槌を打つと、

『えっと、

 確か…

 あっあれ?

 どこかなぁ?』

と探し物が見つからない声を上げる。

「無いのか?」

智也は声をかけると、

『うん、

 確かに…ここに置いたはずなのに…』

と里枝は困った声を上げた。

「ふーん…

 なぁ、

 お前、何か隠し事してないか?」

それを見た智也はそう話しかけると、

『ムッ

 隠し事って何ですか、

 私そんなことしていませんよ』

不満そうな顔をして里枝は戻ってくる。

すると、

「そうだな、

 例えば…

 俺に黙ってお出かけをしたとか」

『え?』

その指摘に里枝の表情が固まった。

「お出かけしたんだな」

畳み掛けるように智也は尋ねると、

コクリ

里枝は素直に頷いた。

「ひょっとして、

 沼ノ端ショッピングモールに行ったのか?」

『何で判るの?』

「マッチョイヤーは地獄耳…

 じゃないけどさ。

 そこでイヤな目に遭わなかったか?

 例えば…

 変な男に倉庫の様なところに連れ込まれたとか」

『ううん、

 そんなことは無かったよ、

 ウィンドショッピングして、

 レストランでお食事して、

 そのままバスに乗って帰ったよ…

 あっひょっとしたら、

 帽子、その時に落としたかも…

 私、問い合わせてくる』

帽子の紛失先について記憶が繋がったのか、

里枝はそう声を上げると、

「いや、そこまでしなくてもいいよ、

 もぅ時間も経っている」

と智也は里枝を制した。

「(里枝はモールに出かけていた。

  警察が押収した帽子は里枝のものの可能性はある。

  でも、里枝には男達に乱暴された記憶は無く、

  そのまま帰ってきた。と言うことは、

  あの花壇事件の犯人に里枝は入っていない。

  逆に里枝の帽子が利用された可能性もあるか)」

謙一が関わっている事件と里枝との関わりについて、

智也はそう呟くと、

『ねぇ、寝ていたら?

 折角の土曜日だけど

 仕方が無いよね』

と里枝は話しかけてきた。

「あぁ、そうだな、

 少し横にさせてもらうよ」

その言葉に甘えるようにして智也は返事をすると、

ベッドに入りしばしの睡眠に落ちていった。



『さてと、

 私がシッカリしないと』

智也が寝た後、

里枝は一人で部屋の掃除や洗濯を始めるが、

午後にはそれらが全て終わってしまい、

することがなくなってしまった。

『あーぁ、

 暇になっちゃった…

 夕方から雨になるって言うし、

 なんかだるい…』

ご神木が見えるテーブルに上半身を預けながら、

曇天を恨めしそうに言うと

そのまま

スッ

と寝入ってしまった。

どれくらい寝ただろうか、

里枝の鼻頭を湿った風が吹き抜けていくと、

クチュリ

股間が熱くなり始める。

『うっ

 なんだろう…

 身体が変に火照ってきちゃった』

目を覚ました里枝は

そう呟きながら指を股間に持っていくと、

クチクチ

と自分の溝の中に指をあてがう、

そして、

『あふんっ

 ふんっ

 はぁんっ』

テーブルに顔を伏せながら、

里枝はオナニーを始めだすと、

クチクチ

クチクチ

クチュゥゥ!

股間から響く音が次第に淫靡な音へと代わっていった。

『はぁんっ

 はぁんっ

 はぁんっ

 いっいい…

 オナニーって

 気持ちいい…』

指を激しく動かしながら里枝は身体を震わせ、

オナニーの快感に溺れていく、

そして、次第に絶頂へと向かっていくと、

『はぁんっ

 あんっ

 あんっ

 あんっ!

 あんっ!!』

里枝は声を上げて、

髪を振り乱しながら

絶頂へと上り詰め、

ついに、

『あっあぁぁぁぁぁん!』

その頂きに達したのであった。

と同時に、

『ハ・ナ・ヲ…』

の声が脳裏に響き渡った。

『え?

 なに、今の声』

思いがけないその声に里枝は驚くと、

『ハ・ナ・ガ・サ・キ・マ・ス』

また同じ声が響き、

『(あっ身体が…

  動かない…)』

突然身体の自由が利かなくなった里枝は

ドサッ

そのままベランダの床に倒れこんでしまう。

『(どうしたの?

  何で動かないの)』

ベランダの床の上でモゾモゾしながら、

里枝は自由が奪われた身体に困惑していると、

『ハ・ナ・ガ・サ・キ・マ・ス』

とまたあの声が響いた。

そして、

メリッ!

メリメリメリ

股間が急激に熱くなっていくと、

身体の至る所から芽が突き出してくる感覚が走る。

『(どうしちゃったの?

  あたしの身体)』

困惑する里枝に構わず、

倒れこんだ身体の腕が突っ張り

そのまま起き上がると、

グシュッ!

身体の形が大きく変形した。

そして、

ズルッ

蛇のように身体を捩りながら

着ていた衣服から抜け出すと、

『ト・モ・ヤ・ド・コ』

と声を上げ、

トカゲのような四つんばいになって部屋の中へと入ってく。

『(どうなっているの?

  何をしているの?

  止まってよ、

  あたしの身体!)』

まるで獣のように臭いをかぎ分け、

智也を探し回る自分の身体に里枝は困惑しながら声をあげるが、

しかし、いくら念じても

里枝は自分の身体をコントロールすることが出来ず、

なすがままだった。

そして、ガラス戸に映る自分の姿を見た途端。

『(ひぃぃ!)』

里枝は悲鳴を上げた。



『ト・モ・ヤ・ド・コ

 ト・モ・ヤ・ア・イ・シ・テ・ル

 ワ・タ・シ・ノ・ハ・ナ

 サ・イ・テ・ル・ヨ』

智也を求めて、

四つんばいになって部屋の中をさ迷う里枝の体からは、

花をつけた茎が幾本も伸び、

そして、股間には

陰茎のように伸びた雌しべをもつ大輪の花が咲き誇っていた。

『(これが、私なの?

  まるで花の化け物じゃないっ、

  黒蛇堂さん、

  どういうこと?

  なんで、私は花の化け物になっているの?)』

とても直視できない自分の姿に里枝は驚愕していると、

「何の音だ?

 里枝っ」

の声と共に寝ていたはずの智也が起きて来た。

『(逃げて!

  智也!)』

それを聞いた里枝は声を上げるが、

無論その声が届くはずは無く、

『ト・モ・ヤ

 ミ・ツ・ケ・タ』

里枝の身体はその声に反応してしまうと、

『ト・モ・ヤ』

里枝の身体はいきなり智也に飛びつくと、

シュルッ

手足から根を放ち、

智也の身体に取り付くや、

根を潜らせ彼の身体を苗床にしていく、



「うわっ

 何だこいつ!」

突然飛び掛ってきた体中に花をつけた化け物に

智也は驚くのと同時に

それが里枝であることが判ると、

「やっぱり、

 里枝だったのか」

と謙一の事件の犯人が里枝であることを確信する。

しかし、

シュルッ

彼女の身体から伸びてきた根が自分の身体に取り付いてくると、

「腕が…

 足が…」

見る見る自分の手足の感覚が無くなり、

智也は里枝の苗床にされていく、

「里枝っ

 正気になれ!」

なおも抵抗しながら智也は里枝に話しかけるが、

『ト・モ・ヤ

 ス・キ・ヨ

 ス・キ

 ダ・カ・ラ

 オ・ハ・ナ・サ・イ・タ

 ミ・ヲ・ナ・ラ・セ・ヨ・ウ

 ワ・タ・シ 

 ト・モ・ヤ・ノ・ミ・ナ・ラ・セ・タ・イ』

と一方的に話し、

クチャッ

股間で咲く大輪の花を見せ付けた。

「里枝…の

 馬鹿やろう…」

養分を吸い取られ、

養分を吸い取られ次第に薄れていく意識の中、

智也はそう呟く一方で、

『(何をやっているのっ、

  智也を殺す気?

  止めなさい。

  止めてぇ

  お願いだから!

  智也を殺さないで!)』

里枝も言うことを聞かない自分の体に向かって

怒鳴り声を上げていた。

そして、

智也の身体から力が抜けていくのを感じ取ったとき、

『(私のバカぁぁぁぁ!!)』

里枝は思いっきり声を上げた途端、

キンッ

智也の首に掛かっていたチェーンに下がる小枝が光ると、

その直後、

ドンッ!

強烈な衝撃となって里枝の体を弾き飛ばし、

ドスッ!

『あぐぅ!』

壁に叩きつけられた里枝は全身に痛みを感じると、

シュワァァァ

咲き誇っていた花は一気に萎み、

奪われていた自由が戻ってくる。

『あっ…

 手が動く…』

それを里枝は実感すると、

すぐに智也に駆け寄り

『智也…

 起きて!』

と声をかけるが、

いくら里枝が呼びかけても智也の目は開かなかった。



謙一が智也のマンションに到着したのは、

雨が降り始めた夕方だった。

「ちょっとお邪魔だったかな…

 まぁどんな彼女なのか気になるし、

 お邪魔の侘びの品もちゃんと持ってきたしな」

そう言いながらビンテージモノの洋酒が入った袋を掲げてみせる。

エレベータから降りた謙一が

智也の部屋の前に立つのと同時にドアが開くと、

血相を変えた里枝が全裸で飛び出してきた。

「え?

 さっ里枝ちゃん?」

いきなり出てきた里枝を見て謙一は驚くと、

『お願いっ、

 救急車を呼んで!』

と里枝は謙一に掴みかかりながら声を上げる。

「いっ一体、何があったんだ」

『智也が死んじゃうよぉ』

里枝は真剣な表情で訴えると、

「なに?」

ダッ!

謙一は部屋の中へと飛び込み、

そして、倒れている智也を見つける。

「牛島っ!?

 一体、どうなっているんだ!」

ミイラ化しかけている智也を見た謙一は驚きの声を上げると、

「里枝ちゃんっ、

 一体何があったんだ」

と振り返って里枝を見る。

すると、

『私が悪いの…

 みんな私が…』

といい続ける里枝の身体の至る所から、

グググッ

太い芽が顔を出すと、

その先端から蕾が膨れ始めた。

「なんだ…

 それ…」

信じられないものを見るような目で謙一は里枝を見ると、

『あぁぁぁ…

 まっまた花が咲き出した。

 いやぁ、

 また私の自由を奪わないで、

 いやぁ!

 いやぁぁ!』

悲鳴を上げながら里枝は頭を抱えると、

謙一を突き飛ばし、

ベランダへと走っていく。

そして、

「馬鹿な真似はヤメロ!」

謙一の怒鳴り声を背に受けながら、

里枝の体は夕闇の中に落ちていった。



「あんのっ、

 馬鹿っ!」

それを見た謙一は大急ぎで部屋を飛び出し、

里枝が落ちていった場所へと向かっていく、

そして、駐車場脇のアスファルト上で

路面に叩きつけられた様にして散らばる肉塊が、

雨に打たれているを見つけると、

「うっ、

 即死か…」

顔を背けながら呟く。

しかし、

「え?

 血が流れていない…?」

里枝だった肉塊から

赤い血がほとんど出ていないことに気付くと、

ムクリ

グリグリ

グリグリ

散らばる物体が一斉に蠢きだし、

シュルシュルシュル…

菌糸の様な無数の糸を吹き上げ、

互いに絡み合うと

一箇所に集まり肉塊へと成長していく、

「うそだろう…」

それを見た謙一は目を疑うが、

成長していく肉塊から、

腕が突き出し、

足が伸びると、

次第に人の形へと纏まり、

ググッ

動き始めた手がアスファルトに付くと、

足を動かして立ち上がった。

そして、

『……そんな

 …私、

 死ぬことが出来ないんだ』

と元の姿に戻った里枝は寂しそうに呟いた。



「りっ里枝ちゃん?」

恐る恐る謙一は話しかけると、

『あなた誰?』

振り向きながら里枝は聞き返すが、

雨に濡れる彼女の顔にはスリ傷一つ無く

それどころか異界の生き物を思わせる妖美さを醸し出していた。

「里枝ちゃんなんだよね。

 俺だよっ、

 大学時代、

 智也とつるんでいた謙一、岬謙一だよ」

と謙一は話しかける。

『岬君?

 あぁ、知っているわ…

 智也のお友達の岬君…』

「本当に里枝ちゃんなのか、

 どういうことなんだ、

 君はなんで昔のままの姿なんだ?

 君と智也に何があったんだ?

 君はなぜ体がバラバラになっても生き返るんだ?

 君は…何者なんだ?」

真顔で謙一は問い尋ねると、

『岬君…

 私ね、

 人間じゃないの…』

と言うと、

シュルッ

里枝の手足から一斉に根が吹き出し、

謙一に向かって伸び始めた。

『ダメッ!』

それを見た里枝は根に向かって一括すると、

根の動きはピタリと止まり、

代わりに、

グググッ

里枝の身体の至る所から芽が吹き出すと、

吹き出した芽は蕾へとなり、

次々と花が咲き始める。

「花………」

それを見た謙一は呟くと、

里枝は咲き始めた花を手で隠しながら、

『私ね…

 見ての通り”樹”なの…

 人の姿をした”樹”なの…よ』

と言うと、

クチャァ

里枝の股間が大きく膨らみ、

大輪の花となって股間を覆いつくした。

そして、

『岬君…

 智也をお願い…』

涙を流しながら里枝はそう言い残して、

タッ

謙一の前から走り去っていった。

「あっ待って!」

その後を追いかけようとしたが、

しかし、その足を動かすことが出来なかった。



雨が降りしきる街に救急車のサイレンの音が響き渡ると、

「くくくっ、

 全ては私のシナリオどおりです」

人気の無いビルの屋上に立つ月夜野幸司は

メガネを光らせながら笑ってみせる。

そして、

ビルの屋上に置かれている祠へと目を向けると、

「私が貯めた”理”の周りも

 だいぶ騒がしくなってきましたね。

 さすがに上も下も気づきましたか」

そう呟き、

「でも、大丈夫。

 彼らはどうすることも出来ないよ。

 なぜって、

 とても手に負えない量を貯めたからね、

 くくくくっ、

 さぁ目覚めなさい。

 私の”理”よ。

 目覚めて皆にその存在を知らせるのです」

と言いながら足元に魔方陣を作ってみせる。

その直後、

ズズズズーーーン!

沼ノ端市街地の前に広がる湖・端ノ湖。

その湖内のごく浅いところを震源とする地震が発生すると、

その地震波は人間界だけではなく、

広く大きく拡散していったのであった。



「さて、お迎えに参りますか。

 私にとって大切なマドモワゼルを…」



つづく