風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第五話:花咲く里枝)


作・風祭玲

Vol.1081





「まだ満月ではないけど

 月が綺麗だね、

 姉さん」

満月にはまだ間がある月を背にして、

月夜野幸司は目の前に立つ樹の樹肌を軽く撫で回してみせる。

「うん、大丈夫だよ。

 僕はいつだって元気だから」

「そうそう、

 この間、面白い女の人に出会ったんだ」

「姉さんとよく遊んだ公園で出合った女の人だけど、

 その女の人の身体がね、

 生きた樹なんだよ」

「姉さんもそう思う?

 面白いよね。

 身体が樹なのに姉さんとは違って、

 自由に動けるんだよ。

 しかも、見た目は全く普通の女性なんだ」

「うらやましいよね。

 だって、姉さんがその女性のようになれれば、

 昔の様に自由に動けるんだよ。

 また僕の頭を撫でてくれるんだよ」

「大丈夫。

 理をいっぱい貯めたから、

 僕が姉さんをその女の人のように

 自由に動けるようにしてあげる。

 だから…

 もぅ少し協力して、

 僕も姉さんの為にがんばるから」

モノを言わぬ樹に向かって幸司はそう囁くと、

甘えるように樹の幹を抱きしめる。

そしてしばしの間、樹を抱きしめ続けると、

ゆっくりと顔を離して、

「じゃぁ、また明日来るね」

の言葉と共に幹を軽く叩く、

そして足元に置いていた白衣に手を通すと、

背後の洋館へと戻っていく。



ガチャンッ

カギが掛かる重い音が響き渡ると、

コツコツ

掛けているメガネを光らせながら、

幸司はらせん状になっているレンガの階段を

ゆっくりとした歩調で下りていく。

そして、最深部で彼を待っていた扉を開けた途端、

ムワッ

立ち込めていた獣特有の臭いが彼の鼻を襲いかかるが、

クッ

臭いを一切に気にせずにメガネを上げると、

奥に明かりが点るレンガ造りの通路を無言で進み、

その先にある講堂ほどもある広さの部屋に幸司は姿を見せた。

幸司が入った部屋にはおびただしい実験機材が置かれ、

それぞれの機材からは無機質な光が明滅し、

また、伸びるパイプからは蒸気が漏れでている。

その中を白衣のポケットに手を入れて進んでいくと、

「どこに行っていたのよっ」

とあのクノイチの”海”の声が上から響いた。

「おやおや、

 随分と元気のよいことで」

メガネを引き上げながら幸司は顔を上げると、

「待ちくたびれて、

 寝てしまったわよ」

と”海”は強がって見せる。

「ほほぉ、

 それは良いことです」

その言葉に幸司は笑みで返すと、

「で、

 いつになったらこれを解いてくれるのよ、

 もぅいい加減飽きたわよ」

”海”は訴えると

天井から吊るされたY字状の磔に拘束されている

自分尾身体を捩って見せる。

「まぁまぁ、折角の機会です。

 そう慌てずに、

 じっくりとお互いの心を通じ合わせませんか」

笑みを浮かべながら幸司は話しかけると、

「月夜野さん。

 あそこの動物達は一体なんですか?」

”海”の横で同じ磔に拘束されている”花”が、

細かく仕切られている小部屋に押し込まれている

動物について問い尋ねた。

「あぁ、アレですか?

 くっくっ、

 私にとって大切な道具ですよ」

嬉しそうにしながら幸司はそう説明すると、

「生き物が道具ですか?」

それを聞いた”花”は不満そうに返す。

「生き物?

 その様なものではありませんよ。

 あれは私が手塩にかけて作った道具です」

と幸司は胸を張ってみせる。

「それって、

 どういう…」

彼の言葉の真意を測りかねた”花”は尋ねると、

「そうだ、

 良いものをお見せいたしましょう」

話を遮って幸司は言うと、

クルリ

と二人に背中を向け、

何処へと去っていく。

そして、何かが入った袋を乗った台車を押して戻ってくると、

その袋を二人の真下に置かれている長さ3m近い木板の台の上へと置き、

縛っていた袋の口を解いてみせた。

「え?」

「うそっ」

袋の中から出てきたのは

制服を身につけた10代の女性であり、

しかも、彼女の両手足は縛られ、

口には轡が噛まされていた。

「あなたっ、

 まさか誘拐してきたの?」

「すぐに女の子を開放しなさい」

それを見た”花”と”海”は声を上げると、

「女の子?

 誘拐?

 何を言っているのだね、君達は。

 これはね”素材”だよ。

 いまから私の役に立つように処置をして見せるから、

 よく見ていまさい」

と幸司は言うと、

「いつまで寝ているんだ」

不機嫌そうに声を上げ気を失っている少女の頭を殴ってみせる。

そして、

「!っ」

少女が目を覚ますと、

「くくっ、

 目を覚ましたね。

 さて、いまから君は僕の役に立ってもらえるようm

 素敵な身体にしてあげます。

 さぁ、喜びながら変身をするのですよ」

と言うと、

見せ付けるように一本の注射器を少女の前に差し出すと、

その先端から液を吹きこぼしてみせる。

「ひっ!

 ひゃっ

 ひゃぁぁ!」

轡を噛まされている為、

言葉を満足に話せられない少女だが、

その口から悲鳴に近い声を漏らすと、

怯えきった表情を見せる

「やめなさいっ」

それを見た二人は幸司に向かって声を上げるが、

「くくくっ」

幸司は笑みを浮かべながら少女の首を鷲づかみにすると、

力づくで嫌がる少女を強引にねじ伏せ、

その首に注射器をつきたてる。

「ひぐぅぅぅぅ!」

少女は涙を溢れさせながら泣き続けると、

「大丈夫だよ、

 もうすぐ幾ら泣いても涙が流れない体にしてあげるから」

そう話し掛け、

ブッ!

彼女の首に注射器を差し込むと、

ゆっくりとシリンダーを押し込んだ。

そして、幸司の手が少女の首から離れると、

そこには目を見開いたまま、

口から泡を吹く少女の姿があった。



「なんて酷いことを!」

「月夜野っ、

 あんたは鬼かっ!」

上からその様子を見ていた”花”と”海”は怒鳴り声を上げると、

「おやぁ?

 まだ終わっては居ませんよ」

と幸司は振り返らすに言う。

「終わってない?」

その言葉に二人は下の少女へと視線を戻すと、

ビクッ

ビクビク

泡を吹いている少女の身体が脈打つように蠢き始めると、

「ぐぇっ」

轡を噛まされている口から人の声とはかけ離れた声が響く。

そして、

モゴモゴ

その口の中で何かが動き始めると、

ピュルッ!

轡の下から先端が2つに割れた舌が飛び出すと、

ゴキッ!

続いて制服を着た身体から何かが外れる音が響く。



ゴキッ!

バキッ!

ゴキッゴキ!

音を響かせる度に少女の身体は跳ねるように動き、

そして、次第に胴を長くしていくと、

ジワジワ

服から露出している肌を鱗が覆い始めた。

肌を覆う鱗は首筋を這うように広がっていくと、

少女の髪を抜け落としながら頭を覆い、

さらに手足をも覆い尽くしていく。

そして、彼女の手足が鱗に覆いつくされてしまうと、

吸い込まれるように服の中へと消えていった。

全身を鱗に覆われ、

手足を萎縮していく少女は

長く伸びていく胴をくねらせ始めると、

長く伸びるようになった舌を幾度も出し入れしながら、

ゆっくりと服の中から這い出てくる。

「へびっ!」

「そんな、

 ヘビにされただなんて」

それを見せ付けられた二人は顔を引きつらせると、

「ふむ、

 ヘビの補強をしたかったので、

 ヘビにしてみたのですが、

 いまひとつのようですね」

と幸司はさらに身体を細く、

そして長く伸ばしながら、

ヘビへとなっていく少女の出来栄えを評すると、

「とりあえず、

 メンバーとして加えておきますか」

と言うとヘビの首を掴み上げ、

すばやく彼女が入れられていた袋の中へと押し込んで見せた。

「あなた…

 狂っているよ」

「ヘビにされた女の子はどうなるんです?」

幸司に向かって二人は声を上げると、

「くくっ、

 随分と余裕ですね。

 次はあなた方のなんですよ」

とメガネを引き上げながら幸司は言う。

そして、その直後、

「ひぃぃぃ!」

地下の部屋に二人の悲鳴が響き渡るが、

「公園で私の邪魔をしたあの女…

 なんとしても手に入れる必要があります。

 きっと何か手がかりがあるはずです」

そのときの幸司は公園で邪魔をしてきた女性

里枝のことを考えていた。



ハ・ナ・ヲ

ハ・ナ・ヲ・サ・カ・セ・タ・イ・ノ

『!!っ

 えっ?』

不意に聞こえてきた声に

里枝は思わず顔を上げ周囲を見回したが、

しかし、平日の昼間。

智也は職場にあって、

夏の光が差し込むリビングには里枝一人のみが居た。

『空耳?』

開いていたファッション雑誌を閉じて、

彼女は腰を上げると、

シュル

その足から顔を覗かせていた根毛が慌てたように引っ込んでいく。

『気のせいか…

 はぁ、

 それにしても暇ね…』

里枝が智也の自宅に戻ってきて、

1週間が過ぎようとしていた。

最初の頃は環境の変化に戸惑っていたばかりの彼女だが、

しかし、ここでの生活に慣れてきたためか

気持ちに余裕が出来ていた。

『そうだ…

 智也には一人で表を出歩くな。

 って言われているけど、

 ちょっとぐらい良いよね』

姿見で服装をチェックしながら里枝はいたずらっぽく呟くと、

『ちょっと出かけてきまぁす』

つばの広い帽子を被り、

バックを手にして颯爽とマンションのエントランスを抜けていく。



『んんーーーっ』

残暑を居座らせる晩夏の陽射しを全身に受けながら、

里枝は大きく背伸びをしてみせると、

『ど・こ・に行こうかな』

マンション近くのバス停に掲げられている路線図を眺める。

そして、

『広告が出ていたショッピングモールに行ってみようか。

 確か…』

と彼女は広告が入っていたショッピングモールを行き先にすると、

程なく走ってきたバスの乗客となる。

『智也に買ってもらったICカードが早速役に立ったわ。

 でも、バスの中も変わったわね』

14年前と比べて床が低くなった車内を珍しそうに見渡しながら、

里枝は車窓を眺めていると、

やがてバスは彼女が目指すショッピングモールへと入っていった。



自由に歩ける身体でのウィンドウショッピング。

里枝は疲れるの忘れたかようにモール内の店を巡っていくと、

いま流行の服や、出始めの秋物などを見て回っていく。

『買いたいのは山々だけど、

 智也に黙って出てきちゃったから、

 いまは見るだけっ』

つい手を伸ばしたくなる欲求を堪え、

里枝はウィンドウショッピングに徹するが、

しかし、

『でも折角来たんだし、

 食べることぐらいいいでしょう』

と小腹が空いた頃を見計らって、

人気が少なくなったレストランに入っていく、

『ふぅ、美味しかった』

食後の紅茶の香りを漂わせながら、

里枝は窓の外に視線を動かすと、

西に傾いた陽射しを茂らせた葉で受け止め,

店内に涼しげな影を送る街路樹が目に入る。

『山の中で樹になっていた時の記憶は無いけど、

 でも、”もぅ一人のあたし”は

 いまもあぁやって山の中に立っているのか、

 いいのかなぁ、

 私はこんなことをしてて、

 …美味しいもの食べて、

  お洒落して、

  友だちとお話して、

  楽しく笑いたいよ!…

 樹になっていくとき、

 智也にこんなことを言ったはずだけど、

 智也はあの時のことは何も話してくれないし、

 忘れているのかぁ…

 でも、ジョルジュさんは智也の心に揺らぎが起きている。

 って言っていたから、

 やっぱり私がシッカリとしないとダメよね』

気合を入れるように里枝は自分の頬を叩くと席を立った。



『次のバスの時間は…

 あっ行ったばっかりか、

 うーん、次は30分後、

 ついてないなぁ』

モールのバス停で時刻表を眺めながら、

里枝は軽く自分の頭を小突いてみせる。

そして、手持ち無沙汰そうにバス停に立っていると、

ハ・ナ・ヲ・サ・カ・セ・タ・イ

あの声が里枝の耳に響いた。

『誰!』

その声を聞いて里枝は声を上げて周囲を伺うが、

今回も声の主はいなかった。

『誰なのよ、

 もぅ』

姿の見えない者にまとわりつかれているような

気味の悪さから一人でふくれていると、

数人の人影が里枝に近づいてきた。

「ねぇ、バス待ち?」

20代前半と思える4人の男達は里枝を取り囲んで声を掛けると、

『はぁ』

彼女は愛想笑いをしてみせる。

「どこに行くの?」

「ちょっと俺達と付き合ってもらえると

 うれしいな」

そのような声を掛けながら男達は距離を縮め、

そして、互いにアイコンタクトをすると、

バッ!

里枝が肩に掛けていたハンドバッグをひったくると、

脱兎のごとく逃げ出して行く。

『あっ、

 返して!』

声を上げて里枝は奪われたバッグを取り戻そうと追いかけるが、

「あはは」

「こっちこっち」

と男達は里枝のバッグを互いに放り投げると、

彼女を次第に人気のいないところへと誘っていく、

そして、モールはずれのの倉庫へと誘い込んだ途端、

いきなり里枝に飛び掛ってきた。



ガチャンッ!

『離してぇ!』

「おいっ、さっさとしろよっ」

「わかっているって」

倉庫の扉の鍵が閉められる音が響く中、

一人が里枝を腕を後ろ手に捻りあげて拘束すると、

別の一人が手際よくタオルを口に噛ませて口を封じる。

そして、

「よしっ」

それらを見届けた他の二人が彼女に迫ると、

「俺達を追いかけてきたんだから」

「合意の上だよな」

と無茶な理屈で言い寄り、

彼女が着ているノースリーブのワンピース裾を捲り始める。

『うぐぅぅぅ!!』

口を封じられた里枝は身を捩りながらも抵抗をするが、

「大人しくしろっ!」

の怒鳴り声と共に2・3発、拳で頬を殴られ、

さらに重い1発を腹部に打ち込まれる。

『ぐふっぐふぐふっ』

里枝は激しく咳き込むのと同時に身体から力が抜けて行くと、

「手こずらせやがって」

「さっさと脱がせ」

男はそう声を上げると男達の手が伸びてきた。

『(やめてぇ!)』

里枝はなおも抵抗しようとするが、

男3人に女1人では到底敵うはずはなく、

すぐに無防備な状態で肌を晒されてしまった。



「ふぅーん」

「なかなかの女じゃないかよ」

「へへっ、

 このオッパイ、そそるねぇ」

「おっいいねぇ、

 その顔」

無抵抗の里枝を見下ろしながら

男達は笑みを浮かべる。

そして彼らの手が里枝の股間に触れた途端、

『(やめて!)』

彼女は力を振り絞って抵抗をすると、

ガッ!

男の顔を蹴り上げてしまった。

その途端

「いてーなっ、

 何をしやがる

 このアマっ」

顔を蹴られた男は怒鳴り声を上げると、

里枝の髪を鷲づかみにして、

「よくも俺の顔を蹴りやがったな」

ドスの聞いた声でそう怒鳴りながら

1回

2回

3回

と男の足が動き

その度に彼女の身体は飛び跳ねる。

「おっおいっ、

 それくらいにしろ。

 死んでしまうぞ」

その様子にほかの男達が不安そうに声を掛けると、

「あん?

 誰に話をしているんだ」

男は凄みながら仲間に向かって言い、

「これが最後だ」

と声を上げて里枝の腕を掴むと思い切り蹴りこんだ。

その直後、

バキッ!

湿った音が響くと、

ドンッ

里枝の身体は男から離れ、

倉庫の床の上を転がっていく。

「え?」

それを見た男達は驚くと、

「お前…」

一人が里枝を蹴りこんだ男を震えた声で指差した。

「なんだ?

 え?

 うわぁぁぁ!」

指を指された男は不機嫌そうに自分の手を見た途端、

顔色を青くすると、

悲鳴を上げて掴んでいたのもを放り投げた。

男が掴んでいたものは千切れた里枝の左腕だった。



「女の腕が千切れちゃったよ」

「いくらなんでもやりすぎだ」

「うっうるーせっ」

「どうする?」

「どうするって言われても…」

男達は顔を青くしながら集まり、

そして、声をそろえて里枝を見ると、

ビクビク

ビクビク

床の上に倒れたままの里枝は激しく痙攣を始めだす。

「けっ痙攣しているぞ」

「やべーよ」

倒れた里枝が白目を剥いたまま、

痙攣を始めたのを見て男達はさらに動揺すると、

ゴボッ

里枝の口から泡が吹き出し、

『ハ・ナ・ヲ・サ・カ・セ・タ・イ・ノ』

泡を吹く彼女の口からその言葉が漏れる。

「いま何か言ったか?」

里枝の口から出たその言葉に男達が驚くと、

バタバタ

バタバタバタ

壊れた自動人形のように関節をバラバラに動かしながら

里枝はゆっくりと起き上がっていく。



「なんだよっ」

「おいっ

 こいつ、

 血が出てないぞ」

「うそだろう…」

「にっ人間じゃないのか?」

片腕を失い、

その傷口から樹液を滴らせながら

肩の上で真横に首を寝かせたままの状態で里枝は起き上がると、

ザワザワザワ…

彼女の足が蠢き始めた。

「ばっばっ化け物だ!!!」

そんな里枝を指差して一人が声を上げると、

カラン

里枝を蹴り上げていた男は

倉庫の壁に掛かったままの工具を手に取り、

「何が化け物だ!」

と怒鳴りながらそれを里枝に駆け寄りそれを振り下ろした。

しかし、

パシッ

すばやく里枝に残った腕が

振り下ろされた工具を簡単に受け止めてしまうと、

逆に捻りあげながらそれを奪い取ってしまう。

そして、

シュルッ

千切れた腕の切断面から無数の白い糸状のものが伸び始めると、

男の腕に絡みつき、

その体内へと潜り込み始めた。

『ハ・ナ・ヲ・サ・カ・セ・タ・イ・ノ』

再び里枝の声が響くと、

グンッ!

里枝の身体から伸びる糸状のものは

足から伸びてきた根毛と共に密度を増す。

その途端、

「うぎゃぁぁぁ!!」

倉庫に男の悲鳴が響き渡ると、

ジュルジュルジュル

男の身体から養分が吸い取られ、

代わりに無数の芽が男の肌から芽吹き始めた。

芽吹いた芽は男が着ている服を突き破り、

その先端は蕾となって膨れ、

やがて、大小さまざまな花を一気に開かせる。

「ぐぎぎぎぎぎぎ…」

全身を無数の花で埋め尽くされ

人の形をした動く花壇となった男は苦しみながら

仲間達の下へと近づいていくと、

「ひぃぃ!」

仲間達は抱き合い震え上がる。

そして、

「俺達が悪かった。

 許してくれぇ!!」

男の背後に立つ里枝に向かって許しを請うが、

男の背後で自分の体から無数の根毛を伸ばす里枝は、

千切れた腕のところから若枝を伸ばし始めていた。

「ぐげぇぇ!」

突然声を上げて

花に埋め尽くされた男が倒れるように彼らに抱きつくと、

シュルッ

抱きついた男から湧き出してきた里枝の根毛は、

男達の身体に絡みつき始めた。

「ひぃぃぃぃ!!」

「助けてくれぇ!」

絡み付いてくる根毛を引きちぎって、

男達は逃げ出すと、

倉庫の扉にしがみつくが、

だが、彼らは自分達がかけた鍵を開錠できず、

「あっ開かない…」

「いやだぁ!」

「死にたくない!」

涙を流し、

悲鳴を上げながら男達は扉を叩くが、

当然、このような所を通りがかる者の姿はなく、

その背後に満開の花を咲かせる男が迫ると、

『ハ・ナ・ヲ・サ・カ・サ・セ・テ』

里枝の声が響き、

「ぎゃぁぁぁ!」

「ぐわぁぁぁ!」

肌を突き破って体内に根毛が潜り込んでくる感覚に、

男達は次々と悲鳴を上げると、

ブスブスブス

根毛に絡み摂られた男達の体から無数の蕾が顔を出した。

そして、

人の姿をした満開の花壇が一体、二体、三体と増え、

倉庫の中は男達の身体から咲き誇る花の香りで満たされていく。

その花壇の達の後ろで里枝はぺたんと座り込むと、

ズオッ

里枝は花壇から養分を吸い取り始める。

すると、

グググググ…

彼女の下腹部が急激に膨らみはじめ、

人の頭程もある巨大な芽が股間から突き出した。

『ハ・ナ・ヲ・サ・カ・セ・タ・イ』

里枝のその声と共に

突き出した芽は螺旋を描くように茎を伸ばし、

その先端は次第に赤く染まっていく。

そして、

『ハ・ナ・ガ・サ・ク』

その声と共に

クチャァァァァ…

粘液を滴らせながら

里枝は女性器を思わせる大輪の花を咲かせた。

『ハ・ナ・ガ・サ・イ・タ

 ワ・タ・シ・ノ・ハ・ナ

 ト・モ・ヤ

 ワ・タ・シ・ノ・ハ・ナ・ガ・サ・イ・タ・ヨ

 ト・モ・ヤ

 ト・モ・ヤ・ハ・ド・コ』

男達から吸い取った養分で

自分の花を咲き誇らせた里枝は首を起こして、

目を開くと智也の姿を捜し求める。

しかし、倉庫には彼女が捜し求める智也の姿はなく、

『ト・モ・ヤ

 イ・ナ・イ』

残念そうに里枝はうなだれると、

シュワァァァ

股間で咲き誇っていた花を萎ませていく、

そして、男達を侵していた根毛を抜き取ると、

ヨロ

よろめきながら立ち上がり

『ト・モ・ヤ・ノ・ト・コ・ロ・ニ

 カ・エ・ロ・ウ』

と呟きながら、

花壇となった男達を残して倉庫から姿を消した。



「お客さん、

 バスに乗るのですか?」

『え?』

運転手にかけられた声に里枝はハッとすると、

彼女はバス停に立っていて、

目の前にはドアが開いている乗降口があった。

『あっ、

 はいっ

 乗ります乗ります』

運転手に向かって里枝は慌ててバスに飛び乗ると、

「発車しまーす」

の声と共にバスはショッピングモールを後にした。

『あれって夢だったのかな…』

男達に倉庫に連れ込まれ乱暴されかけたことを思い出しながら、

バスの乗客となった里枝は小首を捻るが、

彼女の身体には怪我一つなく、

痛みも感じることはなかった。



「お先ぃ〜っ」

夕刻、帰宅準備を終えた智也は

その声を残して職場であるTV局を後にすると、

「あのぅ、

 最近牛島プロデューサーって

 帰宅が早くなりましたよね」

と彼を見送ったスタッフは時計を指差して言う。

「ですね…

 以前は何かと理由をつけて居残っていたな」

その指摘に皆は頷くと、

「あっ、そういえば、

 昨日の日曜日、

 ショッピングセンターで

 プロデューサーに良く似た人が、

 女の人と一緒に歩いているところを見かけましたよ

 随分と若い方でしたよ」

との目撃証言が上がると、

「それって本当か?」

皆は一斉にそれを言ったスタッフに詰め寄った。

「見間違いかも知れませんが…」

詰め寄られたスタッフは冷や汗を流しながら言うが、

「そっか、

 ついにプロデューサーにも春が来たか」

「このところ痩せてきたと思ったら、

 そういうことか」

「お祝いをしなくっちゃね」

と等と噂を始めだす。




「いま帰ったぞ!」

マンションの部屋に智也の声が響くと、

『おかえりなさーぃ!』

里枝の声が追って響く。

「いい匂いがするけど、

 おっ、

 夕食にチャレンジか」

『そうよ。

 もぅちょっとで終わるから、

 着替えて待てて』

エプロン姿の里枝は自慢げに言うと、

「味は

 まぁそんなに期待してないからな」

その言葉を残して智也は着替えはじめる。



やがて、夜が更けると、

灯りが消されたベッドルームに

二人の息遣いが響き渡り始めた。

「はふんっ」

「はぁんっ」

「あんっ」

喘ぎ声を上げる里枝の体を抱きとめるかのように

智也は彼女の体をきつく抱きしめると、

里枝も智也を抱きしめ、

自分の胸に智也の顔を埋めさせる。

愛し合う二人は一つとなり、

喘ぎ声をあげながらフニッシュを迎えると、

その快感を味わいながらまどろみに陥っていく。



その1回目のフィニッシュを迎えた後のこのまどろみの中、

『ト・モ・ヤ・イ・ル

 ハ・ナ・サ・カ・セ・ル』

里枝の口からその言葉が漏れると、

ジワッ

彼女の両足から白い産毛の様な根毛が生え始め、

シュルシュルシュル

その長さを増していく、

そして、智也が里枝の体の上に圧し掛かり、

彼女の足の間に自分の足を割って入れて足を絡みあわせると、

『あんっ』

里枝は小さな声をあげるが、

足から生えた根毛は智也の足に絡みつくと、

『イ・タ・ク・シ・ナ・イ・ネ』

の言葉と共にその先端が彼の体内へと侵入しはじめる。

しかし、

「うんっ?」

昼間の男達とは違って

智也はそのことには気付くことはなく、

里枝を抱きしめると、

ジワジワジワ

里枝の身体から侵入する根毛の先端は彼の体組織に沿って

奥深くへと潜り込んでいくと、

智也は下半身から痺れを伴った快感を感じるようになっていく。

そして、

「あぁぁん」

一際大きな声を上げて里枝が智也の首に手を回すと、

ムリッ!

彼女の股間から芽が発芽し、

グググググ

その太さを増しながら伸びていくと、

智也の足を押しのけ、

やがて人の頭ほどもある蕾を突き立てる。

蕾はしばらくの間、

硬く閉じているが、

やがて、

クチャァ…

その口を開くと、

大輪の花を咲かせた。



シュルシュルシュル

花を咲かせた里枝の身体から伸びる根毛は、

足だけではなく、

腕からも伸び始めると、

智也の体に取り付き、

束縛するように侵入していく。

そして、

ゆっくりと花が智也に近づいていくと、

『ト・モ・ヤ・ダ・イ・ス・キ』

の声と共に花は彼の股間に吸い付くと、

クチャァ

花弁の中の雌シベは智也のイチモツに絡みつき、

その精を吸い取り始める。

「ううっ」

「んっ」

「あぁっ」

「んあっ」

手足を根毛に絡みとられ、

股間を里枝の”花”に取り付かれた智也は、

花に向かって何度も精を放たされていく。

その一方で、

『あふんっ』

『んっ』

『はぁん』

智也の精を吸い取る里枝も喘ぎながら絶頂に達すると、

翌朝、

何事も無かったかのように智也の胸に抱かれながら、

里枝は眠っていたのであった。



「ふわぁぁぁ…

 たっ太陽が黄色く見える」

目覚めた智也は気だるそうに朝日に手をかざしてそう言うと、

『おはよーっ』

追って里枝も目を覚まして身体を起こした。

「夕べもまた途中で記憶が飛んでしまって、

 どこまでしたのか思い出せないな…」

『んーっ、

 あたしも…

 なんかいっぱいしたような気がするけど、

 あまりしてないような…』

寝起きのせいか里枝はそんな本音を言うと、

「そうは言っても

 結構よがっていたじゃないか」

と智也は感慨深げに言う。

『え?』

その言葉に里枝はハッとして見せると、

『いっいきなり何を言うのよ、

 バカ』

と頬を赤らめながら、

身体をベッドの中へと潜り込ませた。

「別に恥ずかしがることじゃないだろう。

 でも、今でも

 呪いを受けて樹になりかけの里枝の身体。

 あの感触を思い出すよ。

 樹の硬い身体の上に張ったゴムのような感触。

 ちょっとクセになるんだよなぁ…

 アレを思い出しながら何回ヌいたことか」

『智也のへんたーぃ!

 もぅ、

 そんなに樹を抱きたければ、

 ほら、

 こんなあたしを思う存分抱きなさぁいっ』

それを聞いた里枝は、

ベッドの上で大の字になって見せると、

身体を樹体へと変貌させる。

「あのなっ」

それを見た智也は呆れたような視線でみると、

「いくら私でも、

 樹を抱くほど飢えては居ません』

そういいながら智也は樹体となった里枝の身体を担ぎあげ、

主の無いプランターの中に置くと、

「はーぃ、

 いまから朝食を作るから、

 そこに居なさい」

と指示をする。

『樹に話しかけても、

 答えませーん』

枝葉を伸ばした姿で里枝はそう返事をするが、

キッチンの収納棚と一体化した冷蔵庫から食材を取り出してみせる。

『最近の冷蔵庫って

 結構、凝っているのね。

 始めてこの部屋に来たとき、

 さっぱり判らなかったわ』

と言う。

「うーん、

 そうだな、

 里枝は過去からタイムスリップをしてきたようなものだからな」

『コンビニの買い物の支払いや、

 ショッピングセンターでの食事の支払いが

 携帯電話を翳すだけで終わったのには驚いたわね。

 これじゃぁ、

 ホント、お財布なんて要らないじゃない』

「あはは、

 まぁな」

朝日が差し込むダイニングに

二人の笑い声が響き渡っていた。



一方

『この報告は”確か”なのかね』

地獄・閻魔大王の執務室に副指令の緊張した声が響くと、

『はっ、ご神木からの報告を元に

 座標を特定して集中観測を行いました。

 障壁による妨害のため確定値は出せませんが、

 現時点ではもっとも信頼できます』

と報告者は言葉を返す。

『著しい”理”の蓄積か…』

報告書に目を通しながら閻魔は呟くと、

『人間界の”理”の流れに澱みが生じているのは把握していたが、

 このほどの量が一箇所に蓄積されていたとは前代未聞だ。

 早めに手を打ったほうが良い』

と副指令は言う。

『嵯狐津にこの情報を渡し、

 至急対処するよう要請しろ』

険しい表情を見せながら閻魔は指示を出すが、

『もし、これ程の量の”理”が決壊した場合、

 嵯狐津では支えきれないぞ。

 直接、ここ(地獄)に落ちてくる事態も考慮した方がいい』

と副司令は指摘する。

『一体…ヤツは何を始める気だ』

言いようもない重々しい空気がその場を支配していた。



つづく