風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第弐話:月夜野)


作・風祭玲

Vol.1077





8月上旬。

気温35℃の猛暑日が連日続き、

ジージィイィイィイィ…

ミーンミンミンミン…

ショワショワショワ…

ツクツクボーシツクツクボーシ…

第三新沼ノ端市の中心に広がる中央公園の林からは

大音量の蝉時雨が響き渡っていた。

「ヌマちゃん、

 帰ってこないのかなぁ」

公園の中にある池を取り囲む転落防止用の柵から、

幼児が顔を出して池を覗き込むと、

「ヌマちゃんは冷たい水の動物さんだから、

 北の国に行ったのよ。

 涼しくなったら帰ってくると思うわ」

と幼児の母親は言う。



約二ヶ月ほど前、

この池は突然姿を見せた一頭のラッコを巡って、

世間の注目を浴びたのであった。

マスコミの煽り報道もあってか、

連日、ラッコの見物人が押し寄せると、

それ目当てにした屋台が立ち並び、

ついにはヌマちゃんの愛称と共に

名誉市民の証書まで交付されるほどの熱狂ぶりだったが、

しかし、ラッコが姿を消すのと同時に

潮が引くように騒ぎは収まったのである。

さらにそのひと月後には

大型のキイロヤドクガエルがこの池で発見されたが、

毒ガエルであることもあってか、

警察・保健所・動物園がこぞって捕獲に当った以外、

市民の関心は低く、

アマチュア写真家の写真に一枚撮られただけで、

カエルもラッコと同じように姿を消してしまったのである。



「そうかなぁ…」

「さ、行きましょう。

 スイミングスクールの時間でしょう」

ラッコが居ないことに納得がいかなそうな幼児の手を

母親が引こうとすると、

「!!っ

 ママっ!」

何かに気付いたのか幼児が声を上げた。

「どうしたの?」

「ほら、あの樹、

 動いているよ!」

と母親に言いながら

幼児は池の中で枝を伸ばしている樹を指差した。

「あ・の・ね、

 良行ちゃん。

 樹は動きませんよ」

「うぅん、

 動いたよ。

 だってボク見たもん」

「全く誰に似たのかしら、

 もぅ、

 いいこと?

 お友達に今の様なことを言ってはいけませんよ。

 良行ちゃんは頭がおかしな子と思われるでしょう。

 さっ、早く行きましょう」

母親は幼児に向かって小言を言うと、

不満そうな表情を見せる幼児の手を

無理やり引っ張り池から離れて行く。

そして、親子が離れた柵には、

”尋ね人”

と公園内で消息を絶った女子高生・二人の情報を求める

立て看板が夏の日差しを浴びていた。



暑く長かった一日が終わり、

ようやく西に傾いた陽射し照らす夕刻。

ひと月前にご神木の元から株分けし、

ご神木が聳え立つ森の中より

街へと舞い降りてきた三浦里枝は公園の池に中に居た。

池の中の彼女は下着一枚のみの姿で浮かんでいるのだが、

しかし、その上半身は肌を木肌に変化させ、

さらに肌から何本もの枝を突き出すと、

その先では大量の葉を茂らせ、

一方、水面下の下半身からは

無数の根を長く伸ばした”樹体”姿になっていたため、

誰が見ても池から中から枝を伸ばし葉を茂らせている

”背の低い樹”にしか見えなかった。



『ふわぁぁぁ…』

遅い日暮れの光を葉に浴びながら、

目を覚ました里枝は大きなアクビと共に背伸びをすると、

池の周囲の気配を探る。

そして、

『よし、誰も無いな』

人の気配が無いことを確認すると、

これまで生い茂られていた枝や葉を体内に戻し、

人間体となって空を見上げる。

『季節は夏なんだよねぇ…

 あーぁ、折角の夏なのに

 また今日も池の中で浮かんでいるだけで終わりかぁ、

 あたし、何をやっているんだろう。

 ご神木から勢い良く飛び出して来たものの、

 住んでいたアパートはマンションになっているし、

 智也のところは駐車場。

 街のなにもかもがみんな変わっていて、

 行き着いたところが公園の池の中って、

 空しいわ。

 こんなことなら、

 智也がいま住んでいる場所を聞き出してから、

 山を下りてくるべきだったな…

 でも、困ったなぁ、

 こうして水に浸かる樹になっていれば

 光合成と根からの栄養吸収で何とか凌げるみたいだけど、

 秋から冬になると…

 寒くなるし、

 陽射しは無くなるし、

 ここで生きていくのはキツクなりそうよね。

 どーしよ』

水面に口をつけブクブクと泡立てながら、

里枝は今後について考え始めていた。



『うーん、

 山に戻って、

 本体(神木)に頭を下げて、

 根っこに同居させてもらうのも

 なんかしゃくだしなぁ…』

茜色に染まっていく空を見上げながら里枝はそう呟くと、

ザザッ

ザザッ

人の足音が聞こえてくる。

『やばっ』

その音を聞いた彼女は大急ぎで枝・葉を伸ばし、

人間体になっていた上半身を樹体化する。

実は先日、葉を収めて人間体となって浮かんでいたところを、

偶然通りかかった人に見つかり、

”公園の池に水死体が浮かんでいる。”

と大騒ぎになったため、

里枝は人目に付かない時だけ人間体に戻っていた。

『いまのところココって居心地いいけど、

 ちょっと気を使うわね…』

そう思いながら里枝は足から伸ばしている根をゆっくりと動かし、

場所を移動していく。

「ねぇ、海。

 もぅ半年よ。

 どう攻略するのよ…」

「…そうはいってもねぇ、

 アイツ、用心深いでしょ。

 華はいい考えがあるの?」

聞こえてきた音は二人連れの女性らしく、

転落防止の欄干に二人並んで会話をする様子が

水面に映し出される。

『…はぁ…

 自由に動ける体が手に入れば、

 智也と二人であちこち行けると思ったんだけどなぁ』

二人に影を茂らせた葉の下から眺めながら里枝は文句を言うと、

キーンコーン

スピーカーからチャイムの音が鳴り響き、

公園の閉園を知らせるアナウンスが追って響いた。

『このチャイムとアナウンスだけは、

 14年前と同じだわ』

里絵がこの池に来てひと月が経とうとするが、

かつて散々聞いていたチャイムとアナウンスが

相変わらずであることに里枝はつい笑ってしまう。



いまの里枝はあの頃のような人間ではない。

魑魅魍魎の類である”化生”であり、

樹の姿をした”樹体”と

人の姿の”人間体”との間を

自由に行き来することが出来る彼女の体は

その大部分はご神木の根より生まれた植物だが、

しかし、その体の中には人間の臓物が収まり、

その臓物は彼女が14年前に樹に変身したときから、

自身の根によって護られてきたものであった。

また、以前智也によって滅せられた”執着”とは異なり、

株分けした里枝は閻魔大王からの"お墨付き”によって、

存在を保証されているため、

大手を振って人間界に居続けることが可能なのである。



閉園の知らせと共に池の側に居た二人が姿を消すと、

里枝は樹体から人間体へと姿を変える。

その途端、

グゥゥ…

彼女のお腹から音が鳴ると、

『お腹空いてきたなぁ…

 そういえば山を下りてきてから

 人間らしく食べ物を食べてはないよ。

 もっとも、

 こうして水に漬かっていると、

 いつの間にか空腹を感じなくなっちゃうけど、

 何でだろう?

 足の根っこが水の養分を吸い取っているせいかな』

と、お腹を押さえながら小首をひねる。

そして

『そう言えば

 めっきりサカナが減ったわね。

 最初の頃はもっと居たと思ったけど

 どこに消えちゃったのかな』

里枝がこの池に来た頃には、

池には鯉やフナ・亀などが数多く生息していたが、

しかし、日を追うごとにその数は減り

さらに池の水も澄んできているのであった。

このとき、里枝自身は気付いては居ないが、

彼女の体は自身の生命の維持のため、

足から伸ばしている根より水中の有機物を積極的に吸収し、

さらにサカナや水生動物などがその根に触れると、

たちまち絡み取られ、

養分として根こそぎ吸い取られてしまっているのである。




「きゃぁぁぁ!」

突然、女性の叫び声が響き渡る。

『!?』

尋常ではないその声に里枝は顔を上げると、

「やめて、

 やめて」

水面に欄干の向こうで声を上げて抵抗する女性のシルエットが映っている。

『ケンカ?

 には見えないよね』

水面に映る女性の様子を見た里枝は

気付かれぬよう岸へと向かい、

そのまま這い上がると、

物陰に隠れながら迫っていく。

すると、

「くっくっくっ、

 暴れないでぇ

 すぐに済むからぁ」

10代らしい女性を羽交い絞めにしながら

その首に手にした注射器を突き刺そうとしている男の姿があった。

『あれって、

 なに?

 変資質者?』

衝撃の光景に里枝は驚き、

そして、

『助けなきゃ』

そう思うのと同時に彼女の体は動いてしまうと、

『こらぁ!

 そこで何をしているの?』

男の前に飛び出しすと、

里枝は男を指差して怒鳴り声を上げていた。

「ん?

 なんだねっ

 君は」

怒鳴られた男は怪訝そうな目で里枝を見る。

そして、

「女なのにパンツ一枚?

 しかもずぶ濡れじゃないか。

 夏になると変なのが沸いてくるな」

と呆れるように呟いた。

『なに?』

その指摘に里枝は下着一枚のトップレスで

男の前に立っていることに気付くと、

『あちゃぁ』

気恥ずかしさからか顔に手を当てるが、

すぐに持ち直すと、

『うっうるさいわね。

 あなたみたいな変質者に

 そんなことを言われす筋合いはないわ。

 とにかくその女の人を放しなさいよ』

男に向かって里枝は怒鳴る。

『くっくっくっ

 無様な格好のワリには威勢は良い様だね。

 そうだ、

 じゃぁこうしようか。
 
 この女の次は君にしてあげよう。

 ずぶ濡れと言うことは、

 大方、池に向かって伸びる枝に首を吊ろうとして、

 枝が折れたんだろう。

 なら、僕が君の人生を華麗に終わりにしてあげるから』

男は勝手にそんな推測をいいながら

針の先を女性の首筋へと近づけていく。

『勝手に物語を作らないでほしいわね。

 今すぐ彼女を解放しなさい。

 そうでないと痛い目に逢いますよ』

里枝はそう警告をすると、

ご神木から持ってきた花ノ弓を使って

男をけん制しようとするが、

『あっ』

肝心の弓は樹体で居るときに

自分の体の中に取り込んでいることに気付くと、

『やっばぁ…

 アレって樹に戻らないと出せないんだ』

と後悔をする。



『どーしよ…』

対抗する術が無いことに臍をかみ

里枝は男にらみつけると、

『くくっ

 どうした?

 何かをするつもりではないのか?

 もっとも、

 そんな裸同然の格好で出来ることは限られているがな』

そんな里枝を男は見下げるように言う。

すると、

『えぇそうですとも、

 出来ることは限られると言うことは、

 何も出来ない。

 と言っている意味ではないわよっ』

その声と共に里枝は土を蹴って

男に向かって駆け込むと、

迫る注射器の針から女性を護るように自分の右腕を強引に

女性の首と男の間に潜り込ませ、

体重をかけて女性の体を引っ張った。

と同時に、

ブシッ

男の注射器が里枝の右腕に突き刺さりると、

シリンダーの内容液が彼女の腕に注ぎ込まれた。

『くっ』

痺れを伴って体内に入ってくる異物の感覚が右腕に走るが、

しかし、里枝は構わず女性を男性から引き剥がしてしまうと、

そのまま二人揃って地面を転がって行く。

『大丈夫?』

腕に注射器を突き刺さしたまま

里枝は助けた女性に話しかけると。

「ひっひっ

 ひぃぃぃぃ!!」

女性は顔面を蒼白にして、

何度も転びながら逃げ出していく。



『あらら…

 でも、大丈夫そうね』

逃げていく女性を見送りながら

里枝は少し安心した表情をしてみせると、

メリッ!

注射を打たれた右腕に変化が起きはじめる。

『痛ぅ!』

右腕の変化と共に激痛が里枝を襲うと、

「くっくっくっ」

男は位置が動いたメガネを指先で直しながら笑い声を上げ、

「いかがかな?

 体が変化していく気持ちは?」

と尋ねる。

『体が変化?』

「そう、

 本来ならさっきの女を実験台にするはずだったのだが、

 君が代わってくれたので由としよう。

 どうせ死ぬつもりだっただろう?

 なら、僕の役に立って死んでくれ、

 あっ、いや。

 佇んでくれ…と言った方が正解か」

『佇む?』

男の最後の言葉を里枝は訝しがると、

メリメリメリッ!

注射器が刺さったところの周囲の肌が

急速に木肌を思わせる姿に変貌を始めた。

『これは…』

腕を上げながら里枝は驚いて見せると、

「どうかな?

 君はいまから樹になっていくんだ。

 樹は良いぞ、

 佇むだけで生きていけるんだから、

 もぅ悩むことも苦しむことも無い。

 お日様の光を浴びて、

 根から養分を吸収するだけなんだから。

 さぁ、

 もうすぐ君の足から根が生えて、

 君は樹になるのだよ」

男は両手を上に挙げ、

悦に浸りながら言うと、

『うーん、残念だけど

 その問答って、

 私には終わった話なんだけど』

痛みを堪えながら言う。

「はぁ?

 何を言っているんだ、君は?

 怖くは無いのか?

 樹になっていくんだぞ、

 動けなくなるんだぞ、

 もっと、怖がれ、

 泣け、

 泣き叫べ!

 さぁ、

 さぁ!」

鬼気迫る様相で男は里枝に迫るが、

『そうは言われても…ねぇ』

相変わらず困惑した口調で言うと、

『(何をしているのっ!)』

と里枝の頭の中にもぅ一人に自分からの声が響いた。

『(え?

  あたしの声?

  まさか

  ご神木?)』

『(そうよっ、

  あなたの理が急に崩れて来たから、

  地脈を通して話しかけているの。

  何かあったの?)』

『(えっと…

  変な男に樹になる薬を打たれたみたいです。

  右腕が…

  その私の意志とは無関係に

  樹になっちゃっているんですけど)』

『(バカ!!

  早く、その腕を切り落としなさい)』

『(え?

  そんなことをしちゃったら)』

『(すぐに新しいのが生えますっ、

  それよりも、そのまま放っておくと、

  あなた、理が崩れて枯れてしまうわよ)』

『(えぇっ!!!!)』

「なにを独り言を言っているのかね」

独り言を言う里枝のそんな様子を見かねてか、

男は呆れた口調で言うと、

『どっどうしよう…

 いきなり腕を切れって言われても』

ご神木に怒鳴られた里枝は男には構わず、

腕を切断できるモノを探し始めた。

そして、公園の緑地課の職員が置いたらしい、

回転歯の草刈機を見つけると、

「おいっ、

 お前、

 何をするつもりだ!

 馬鹿な真似はやめろ!」

慌てる男をよそに、

里枝は右腕を切り落としてしまった。


 
『ふう、

 そんなに痛くは無かったわね』

ブラリ

と力なく下がる右腕を掴みながら里枝はそう言うと、

「なぜだ!

 なぜ、

 腕を切断したのになぜ血が出ない」

と男は声を震わせて里枝を指差す。

『あぁ、

 私の腕には人間の血は通ってないからね』

男の言葉に里枝はそう返すと、

メリメリメリメリ

切断された腕の樹化が一気に進むが、

それと同時に枯れ枝へと変っていく。

『間一髪だったか、

 ほら、

 これ、あげるわ』

そう言いながら、

里枝は枯れ枝になった右腕を男に向けて放り投げると、

「変な奴だと思っていたが、

 どうなっているんだ、

 お前の体は…

 じっくりと調べさせろ」

枯れ枝と化した右腕よりも、

里枝の体そのものに男は興味を持つと、

『うふっ、

 さぁね』

里枝は含みを持たせた笑い声を上げ、

トントントン

と男と間合いを取りながら、

体を一気に樹化させた。



「なにっ!」

男にとってはまさに衝撃の光景だった。

目の前で自分の片腕を切断した女が、

笑みを浮かべながら、

肌を木肌に、

さらに枝葉を伸ばすと、

その体を樹へと変貌させたのである。

「ば・か・な

 私の理論が完成する前に、

 それが既に実在していただと、

 見せろ!

 お前のその体を調べさせろ!」

男は声を上げて樹化した女に迫っていく。

すると、

メキメキ!!

切断面を見せていた部分から新しい枝が一気に再生していくと、

再生した枝先に弓の様なものが握り締められる。

そして、それを合図に、

シュンッ!

樹の姿をしていた女は一気に元の人間の姿に戻ると、

『はい、そこまでよ』

の声と共に

光る弓が自分に向かって引かれたのであった。



「何のマネだ」

里枝に向かって男は声を上げると、

『見ての通りよ。

 痛い目に会いたくなければ

 大人しく立ち去りなさい』

と里枝は警告をする。

「くっくっくっ、

 見下げられたものだねぇ。

 君はねぇ

 私が長い間、追い求めてきたもの、

 ”そのもの”だよ。

 それを目の前にして、

 おめおめと引き下がると思っているのかね?」

明らかに周囲の気配を変えながら、

男は里枝に迫ってきたとき、

ブォンッ!

いきなりエンジン音が公園内に響くと、

ゴワァァァァ!!!

ヘッドライトを輝かせながら一台のクルマが迫ってくる。

そして、

ゴワッ!

ブワァァァァ!

砂埃を撒き散らせて急停車すると、

『月夜野ぉ!』

と怒鳴り声を上げながら、

白いローブを翻して鍵屋が降り立った。

「くっ、

 鍵屋…

 どうしてここに!」

思いがけない鍵屋の登場に男・月夜野幸司は動揺すると、

『月夜野っ、

 やっと会えたなっ

 私が来たからには

 これ以上”理”を歪める行為はさせないぞ』

と鍵屋は警告をする。

「ふんっ、

 だからぁ?」

その警告に幸司は笑みで返すと、

「くっくっくっ、

 では、手合わせをお願いしましょうか。

 鍵屋…

 いや、地獄の小閻魔殿」

メガネを直しながら幸司は言うと、

フォン

彼の足元に魔方陣が姿を見せる。

『ちっ、

 前に会った時より、

 魔力が上がっている。

 こいつ…

 もぅ人間ではないのか』

幸司が作り出した魔方陣の力の強さに鍵屋は驚き、

そして、鍵錫錠を構えると、

『魔力の封印あるのみか』

そう呟き、

鍵錫錠を構えなおした。

すると、

キーン

鍵錫錠の先に魔力封印用の魔方陣が姿を現した。

「面白いですね。

 私の魔方陣、

 はたして封印できますかな』

それを見た幸司は落ち着きながら、

トンッ

と足で地面を叩くと、

ギンッ

彼の魔方陣が発動するや、

ゴゴゴゴゴゴ

瞬く間に公園の上空を黒雲が覆うと、

雲間に稲光が明滅を始めだした。

そして、

ィーーーン!

女性の叫び声を思わす音を響かせながら、

バリバリバリ

魔方陣は一気に稲妻を吹き上げ、

上空の雲へとなだれ込んでいく。

『なにこれ?

 理が捻れて空に向かっている…』

里枝は目の前に吹き上がる稲妻の帯が

地を流れる理が強引に捻られ

持ち上げられているものであることに気付くと、

『そこの女の人っ

 危ないからどきなさいっ』

と鍵屋は声を張り上げ、

『ふんっ!』

鍵錫錠の先で封印魔方陣を小突いた。

すると、

ドンッ!

鍵屋が作り出した封印魔方陣も発動すると、

「くっくっく、

 どうですかな、

 私はもぅあのときの私は違うのですよ」

幸司のその声と同時に、

ピシャァァ!!

天空より稲妻が鍵屋と里枝に襲い掛かる。

『きゃぁぁぁぁ!』

逃げ惑う里枝の悲鳴が響く中、

『なるほど、

 見た目は派手だけど、

 所詮は魔力で捻じ曲げられた理』

幸司を睨み付けながら鍵屋は返すと、

「くっくっく、

 なるほどねぇ、

 私が作った魔方陣に

 あるものを繋いだからどうなりますかな」

そう言いながら、

幸司は再度

トン

と地面を叩くと、

ギヤァァァァァァァァ!!!!

幸司の魔方陣は悲鳴を上げて、

噴出す稲妻を一気に増幅させる。

『!!つ

 理が…』

それと同時に里枝は地を流れる理の流れに、

大きな乱れが生じていることに気がつくと、

『このままじゃいけない』

咄嗟にそう思うと、

シュンッ!

再度、花ノ弓を構え、

その狙いを幸司の魔方陣へと向ける。

そして、

シャッ!

再生したばかりの右腕を吹き飛ばしつつ、

一撃の矢を放った。



「くっくっく、

 どうしました?

 押されていますよぉ」

余裕たっぷりの幸司がさらに魔方陣の力を上げようとしたとき、

カーンッ!

魔方陣に光の矢が刺さると、

立ちまち魔方陣はぶれ始め、

その動きを大きくしていく。

「!!っ

 しまった!」

まるで床に落としたコインのごとく、

幸司の魔方陣は踊り始めると、

噴出す稲妻は急激に萎んでいき、

パリンッ!

ついに砕けてしまったのであった。

「まったく、

 困りますねぇ、

 勝手なことをされては」

里枝をにらみつけながら幸司は脅しをかけてくるが、

ジリッ

鍵錫錠を構える鍵屋にも気を削ぐと、

「今日のところは

 大人しく引き下がりましょう。

 そこの君っ、

 君の体には大いに興味があります。

 いずれ、

 じっくりと調べさせてもらいますから」

そういい残すと、

「また会いましょう」

の言葉を残して去って行く。



『こらぁ、

 待て!』

去っていく幸司を鍵屋は追いかけようとするが、

里枝のことが気になったのか、

『君っ

 大丈夫?』

と声をかけてきた。

『あっ…

 ひょっとして鍵屋さんですね』

心配そうな顔の鍵屋に向かって里枝は声をかけると、

『私を知っているので?』

と聞き返す。

『はい、

 お話は良く聞いていますし、

 2・3度会ったこともありますよ。

 あっ、ひょっとして

 あの男の人って月夜野、

 …Dr・ナイトですか?』

鍵屋に向かって里枝は逃げていった男について尋ねると、

『えぇ、そうですが、

 随分と物知りですね』

と鍵屋は感心してみせる。

『はい、

 ジョルジュ副指令から、

 鍵屋さんが行動を起こすから、

 注意するように…

 とも言われましたので』

『え?

 ジョルジュに会ったのですか?』

その言葉に鍵屋の表情がこわばると、

『まっマスター、

 この方の右腕がぁ…』

鍵屋のサポートをするアンドロイド・Rが、

里枝の右腕が肘より先を失っていることを指摘した。

『うわっ、

 おっ大怪我ではないですかっ

 たっ大変だ!』

それに気付かされた鍵屋はつい慌ててしまうと、

『あら、

 さっき弓を放ったときに消し飛ばしてしまったみたいですね。

 新芽が固まる前だったので、

 耐えられなかったのでしょう、

 あっ大丈夫です。

 すぐに新しい腕が生えてきます』

と彼女はケロっとしてみせる。

『え?

 あなたは…』

『はい、

 この通り、化生…です』

鍵屋に向かってそう返事をすると、

グゥゥゥ…

盛大にお腹が成り、

『お腹、空きましたぁ』

と呟きながらその場に座ってみせる。



ゴワァァァァ

夜の街を驀進する鍵屋のクルマに揺られながら、

里枝は外を眺めていた。

『夜景がすっごーぃ、

 本当に大都会だわ』

その様子を見て彼女は驚いてみせると、

『沼ノ端に着たのは初めて?』

とハンドルを握る鍵屋は問い尋ねる。

『ううん、

 昔この街に居たんだけど、

 しばらくの間、

 隔離されていたから』

鍵屋のローブを纏う里枝は笑みで返すと、

『ごめんなさい。

 あなたのローブを借りてしまって』

と謝ってみせる。

『いやぁ、

 いくら7月だかたといっても、

 女性をその下着一枚のまま

 と言うのは行けませんからね。

 ところで、

 どなたか知り合いは居るんですか?

 あっ、化生の知り合いです』

そう鍵屋は尋ねると、

『黒蛇堂…

 確か、沼ノ端に黒蛇堂がお店を構えているはずです』

と里枝は言う。

『黒蛇堂って、

 私達もいまそこに向かっているところです。

 黒蛇堂とはお知り合いなんですね』

それを聞いた鍵屋は安心した表情で言う。



程なくしてクルマは黒蛇堂の前に停車すると、

ガラッ

『こんばんわ』

の声と共に鍵屋は店内へと入っていく。

すると、

『これはこれは、鍵屋様。

 黒蛇堂様でしたら、

 先ほど天界よりお帰りになられたばかりです』

応対に出た従者はそう言うと、

『ちょっとひと月ほど留守にしていました。

 ん?

 いつもの格好はどうしたのですか?』

店内の整理をしていたのか商品を手に応対に出た黒蛇堂は

鍵屋がトレードマークとなっているローブ姿でないことを訝しがると、

『あぁ、

 ちょっと、この人に貸しててね。

 黒蛇堂にお客さんです』

そういいながら里枝を店内に招いた。

『お客?

 私に?』

その言葉に黒蛇堂は視線を

店内に入ってきた里枝に移した途端。

『はっ!』

驚いた表情を見せるや、

手にしていた壷を落としてしまう。

すると、

ダァァァァァァ!!!

従者が飛び出してくると、

壷が床に落ちる0.001秒前に見事ダイビングキャッチをして見せ、

『くっ黒蛇堂さま、

 お気をつけてください。

 この壷には厄介な精霊が宿っていますので、

 もし、割ったりしたら、

 それこそ一大事』

肩で息をしながら従者は注意をするが、

『どっどーして、

 あなたが』

黒蛇堂は口に両手を当てたまま里枝を凝視していたのであった。



つづく