風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act3」
(第壱話:お墨付き)


作・風祭玲

Vol.1076





タタッ

タタッ

『助けて』

『誰か助けて』

朝日が照らし出す竜宮神社の境内。

その境内を一匹の白い小動物が走り抜けていくと、

ススススっ

それを追って人影が走っていく。

『助けて』

『助けて』

走りながら小動物は助けを求め続けるが、

しかし、その声を聞きつけて救いに来るものはなく、

フッ

その正面に先回りした人影が姿を見せると、

素早く銃を小動物に向けて構え、

タンッ!

弾丸を発射する。

チュイン!

『ひぃ!』

間一髪、

放たれた弾丸は小動物を掠めていくと、

タタッ

回れ右をしてジグザグの軌跡を描いて逃げていく。

『逃がすかっ』

追っ手の口からその言葉が漏れると、

すかさず、

トトトン

追っ手の足元を取り囲むようにマスケット銃が落ちるや、

タンッ!

タンッ!

タンッ!

銃を使い捨てながらの連続射撃を行い、

放たれた弾丸が逃げる小動物に襲い掛かった。

チュインッ!

チュンッ!

『ひぃぃ!』

いくつもの弾筋が小動物を掠り、

小動物のケガは次第に増えていく。

タタッ

タタッ

逃げ回りながら小動物は森の奥へ奥へと向かい、

やっとの思いで追っ手を振り切ると、

正面に見えてきたご神木へと向かうと

その根元に開いていた穴に身を隠す。

『ふぅ…

 何とかまいたか』

リングが飾る耳を動かして、

小動物は追っ手の気配がないことを確認すると、

『きゅっぷい

 悪いね、里枝君っ、

 しばらくの間、

 この穴に身を隠させてくれ、

 いやぁ、それにしても参ったよ。

 いきなり発砲をするんだから、

 僕は何も悪いことをしていないのにね、

 こう言うのを八つ当たりって言うんだ。

 もぅいい加減いして欲しいものだね。

 君もその高さから見ていたのだから、

 僕が無実なのは判ってくれるよね』

と小動物・久兵衛は身を隠したご神木を見上げる。

だが、

ヒタッ

その久兵衛の後頭部に銃口が突きつけられると、

ビクッ

彼の体は小さく反応し、

能面の様なチンクシャ顔に緊張が走った。

クッ!

躊躇うことなく引き金が引かれ、

タァァァン!!!

一発、銃声が響くと、

ドサッ

頭を撃ち抜かれた久兵衛は

穴の中に突っ伏すようにして倒れる。

久兵衛を射殺した人影は

使用済みのマスケット銃を放り投げると、

『で、返答はどうなの?

 久兵衛っ』

硝煙の匂いが立ちこめる中、

人影はそう尋ねながら振り返る。



静寂が辺りを包みこみ、

ザリッ

足音を立てながら、

『だからといって、

 いきなり発砲するだなんて、

 酷いと思わないのかい?』

木陰より無傷の久兵衛が姿を見せるなり抗議をすると、

『私の質問に答えないからよ』

と呆れたように人影は言う。

『質問って…

 あれが質問と言えるのかい?

 玉屋焔っ。

 いくら君が閻魔大王様の姪だからって…

 地獄の者に対して少々乱暴すぎる。

 これでは体がいくつあっても足りないよ、

 って聞いているのかい?』

倒れた自分の体を食しながら久兵衛は文句を言うと、

玉屋の姿はそこにはなく、

トッ

既に彼女はご神木の枝の上に上がっていた。

そして、

スラリ…カチッ

手にしたマスケット銃の銃身に

片刃の刀身を取り付けて銃剣にすると、

その刃先が妖しく光る。

『ちょっと、待て、

 その刀は…

 えっ閻魔大王の許可は得ているのかい?』

『許可?

 そんなモノはとっていませんよ』

『なら、なおさらだ、

 いまここが微妙な状況にあるのは承知しているはずだ。

 迂闊にちょっかいを出して、

 バランスを崩したらどうするつもりだ。

 藪を突っついて蛇を出すより。

 いまは安全運転で行くべきだ。

 余計なことはしないほうが良い』

『久兵衛、

 あなたは何処まで愚かなの。

 既に理の流れに歪みが出ているのよ、

 歪みは早々に正さないとならない。

 あなたはもそれは感じているんでしょう。

 三浦里枝さん』

枝上の玉屋からの問いかけに、

『………』

樹からの返事が返ってくる。

『そう、

 あなたも判っているのね、

 さほど遠くないところでもぅ一人、

 樹にされた女の人の魂があることを、

 悪いけど、

 貰っていきたいものがあるので、

 貰っていくわね』

ご神木に向かって玉屋はそう言うと、

タッ!

一本の枝めがけて飛び上がり、

手にした銃剣を振り下ろそうとしたとき、

『!?』

枝の異変に気付いた。

そして、

『ない…』

一言呟くと、

『無い、

 無い無い無い無いっ!!

 ”神弓・花ノ弓”が無いっ!!!

 何で無いの!?』

と声を張り上げた。

『おかしいわ、

 ジョルジュ副指令の話では、

 花ノ弓は神木に預けたはず…』

玉屋は他の枝も隈なく調べたが、

彼女が捜し求めるモノの姿は無かった。

『花ノ弓が無いなんて…

 ちょっと、里枝さん。

 あなたジョルジュ副司令から預かった花ノ弓は誰に託したの?』

ご神木の前に降り立った玉屋は

地獄界・副司令ジョルジュより預かった弓の所在について尋ねると、

『………』

『え?、

 ジョルジュ副司令から

 自分が認めた者に託すよう言われたので、

 それに相応しい者に託した?って

 相応しい者って誰よ!』

『………』

『!!っ』

ご神木からの返答を聞いた玉屋は驚き、

そして、

タッ

根元に向かって降りると、

さっき久兵衛が隠れた穴を調べはじめた。



『まさか…

 里枝さん、

 あなた…株分けしたの?』

とご神木を見上げながら問い尋ねる。

『株分けって?』

それを聞いた久兵衛はキョトンとして見せると、

チャッ!

久兵衛の額にマスケット銃の銃口が当てられるや、

間髪をおかずに、

ターーーン!!

銃声が響く。

『玉屋っ、

 その問答無用で発砲するのは何とかしてくれないか、

 本当に身が持たないよ』

頭を打ち抜かれ倒れた久兵衛に代わって

新たに現れた久兵衛が文句を言うと、

『久兵衛。

 この森の監視者でもあるあなたが

 里枝さんの株分けを把握していない。

 ってどういうこと?

 何のためにあなたがここに居るの?』

と玉屋は迫る。

『そっそれは…

 彼女が株分けしたのって、

 たったいま知ったばかりなので、

 詳しいことは…』

三度銃口を突きつけられた久兵衛は、

震えながら返事をすると、

ターーン!

『説明してくれますよね。

 里枝さん』

引き金を引いた玉屋はご神木に問いたずねた。



時計の針をグルリと戻す。

『…では、またくるね』

その言葉を残して久兵衛が消えると、

静寂が辺りを包み込む、

やがて、夜の森に静かに歌声が流れ、

皆がその歌声に身をゆだね始めた頃、

歌声に導かれるようにして理に波が生じた。

一度生じた波は押しては引き、

さらに押しては引きながら次第に強くなり、

グンッ!

ひと際、強い押し波が押し寄せたとき、

『……ト…モ…ヤ…』

樹の意識がその波頭に乗った。

やがて、波は渦となり、

渦は波頭に乗った意識と理を絡めながら一つに集めていく。

そして、

キンッ!!

渦の奥深くで小さな光の種が生まれると、

渦の奥で紡がれるように光の種が吹き上がり始めた。

キラ…

キラ…

ご神木の周囲の地面から湧き上がるように

光の粒が1つ、2つと姿を現すと、

その周囲を舞い始める。



キラキラ…

キラキラ…

時が経つのにあわせて、

光の粒は次第にその数を増し、

ご神木の周りを明るく照らし始め、

『ふふふふ…』

『ふふふふ…』

と小さな女の子を思わせる笑い声が響き始める。

『ふふふふ…』

『ふふふふ…』

無邪気な笑い声を響かせて

無数の光の粒は踊るように舞い、

いくつもの小さな塊を作り始める、

そして、小さな塊は次第に大きな1つの塊へと纏まり、

その姿を人の形へと変えていく。

人の姿となった塊はご神木へと近づき、

樹脂で埋められたところに向かって腕を伸ばすと、

その部分に腕の先から姿を見せた手を静かに当てる。

キーン…

すると、

それに呼応するように樹脂の中からあの木札が姿を見せ、

コクリ

人形は小さく頷くと、

木札を手に取り幹の中へと溶け込むように入っていった。



フワァァァァァ…

こんどはご神木が光輝きはじめた。

キラキラ…

キラキラ…

ご神木は光りは輝き続けるが、

程なくして葉先からその輝きが消えていくと、

やがて光はご神木の根元へと集まっていく。

そして、光が集まったご神木の根元、

かつて智也が樹化していく里枝の体内より吐き出された内臓を埋め、

ご神木の成長によって取り込まれたその場に光が集まると、

グググググ…

根を押し分ける様にて

金色に輝く小さな芽が顔を出した。



顔を出した芽は双葉を広げ、

続いて本葉を広げる。

そして、茎を伸ばしながら次々と葉を広げ、

さらに枝を伸ばしていく。

ググググッ

ググググッ

光り輝く新しい芽は茎を幹に変えながら、

次第にその高さと大きさを増していくと、

さらに枝を伸ばし、

その枝より葉を茂らせて、

ついには人の背丈ほどの新樹となってしまった。

ギシギシ

ギシギシ

新樹は軋む音を響かせながら、

幹より二本の枝を空に向かって伸ばしていくと、

ズズズズ…

根を張る地面の中より幹の中へ何かを取り込みはじめる。

ズズズズ…

ズズズズ…

取り込まれていくものが

新樹の上へと移動していくのに合わせて、

メリッ

メリメリメリィ…

新樹の細い幹が肉付けされ、

幹に凹凸が現れてくる。

一方、空に向かって伸びていた枝は

節を作りながら形を整えていくと、

ゆっくりと下に向かって下がり、

下がる枝と枝の股の中より、

新たな芽が出ると、

葉を幾重にも広げながら、

楕円の塊となって成長していく。



ギシギシ

ギシギシ

新樹はさらに音を響かせると、

ズズズズ…

地面より取り込んでいたそれは止まり、

メキメキメキ!!

円柱をしていた幹に括れが現れると

トクンッ

その体の中で鼓動がうち始める。

やがて、新樹は人のシルエットへと変化し始め、

左右に下りた枝から小枝や葉が落ちると、

それは細い人の腕となり、

括れの上には乳房のような

左右一対の膨らみが姿を見せた。

さらに、腕の付け根が張り出して肩に変化すると、

括れの下の幹が左右二つに分かれ始める。



ピッ

不意に肩の上の楕円の塊に筋が入ると、

その塊から伸びる葉は

細かく分かれながら人の髪となっていく、

そして、

木の皮を捲るように楕円の塊から樹肌が落ちて行くと、

目を閉じた女性の顔が姿を現した。

ピシピシ

ピシピシ

体から生える枝や葉が次々と落ち、

二股に分かれはじめた股間の間隙が根の向かっていく。

ピクッ

目を閉じている女性の顔が微かに動き、

ゆっくりと目を開けた。



東の空が白み始め、

ご神木の下に立つ金色に輝く全裸の女性は

ゆっくりと深呼吸すると、

下を向き、

枝か変じた両腕を確かめるように動かし始め、

さらに体を右に左へと捻りはじめるが、

『あれ?

 ここは…』

不意に女性はキョトンとした顔になると、

周囲を見渡しながら

『えぇ…と』

何かを思う出そうとする仕草をする。

そして、

『あっ!

 あたし、

 樹にされかけていて、

 智也にお別れを言おうとして…

 あれ?

 全然景色が変っている…

 って、ここどこ?

 智也っ

 どこに居るのよ!!』

と声を上げた。

すると、

『………』

彼女の耳にご神木からの声が届いた。

『!!っ

 これって、

 あたしの…声…』

その声に女性は驚きながら振り返ると、

彼女の背後にはご神木が聳え立っていた。

『あなた…

 私なの?

 じゃぁ私は…

 え?

 私も私?

 それってどういうこと…』

ご神木の言葉が理解できない女性は

思わず頭を抱えてしまうと、

彼女の頭にもう一人の自分からの

メッセージが流れ込んでくる。

それは彼女が樹にご神木となってから

14年間の思いが語られていた。

『そうなの、

 あたしが樹にされて…

 樹にされてから14年が経っていたのね』

話を聞き終わった女性、

いや里枝はそう返事をすると、

サクッ

『目が覚めたようだね、三浦里枝君。

 ここからは私が説明しよう、

 色々、大切話があるのでな』

の声と共にジョルジュ副指令が姿を見せると、

声をかけてきた。

『あなたは…

 地獄界の…』

『そうだ、

 副指令をしているジョルジュだ。

 ちょっと顔を出させてもらったよ、

 さすがにこの時間に出てくるのは堪えるがね、

 でも、君には伝えねばならないことがある』

『株分け…ですか』

『あぁ、株分けは知っているだろう。
 
 根のレベルで植物を切り分けて植え替え、

 それぞれを単独の固体にする園芸の手法だ。

 君は神木の根から分かれて成長した茎が分離したものであり、

 その足の根を切ってしまえば完全な別の固体となる』

『根?

 あっ、まだ足が…』

ジョルジュに指摘されて、

里枝は自分の足を見ると、

彼女の足はまだ根として土の中で

ご神木と繋がっている状態になっていた。

『根が生えているままだ…

 でも、そうなると、

 私は植物…樹なのでしょうか?

 樹なのにどうして人間のように動けるのですか?』

ジョルジュの言葉に里枝は質問をすると、
 
『うむ、

 君の記憶の通り、

 君は14年前まで三浦里枝という人間の女性であったが、

 しかし、地獄の果物・翠果の実を食べ、

 その実の呪によって樹となってしまった。

 樹となった三浦里枝は、

 神木となり、

 その務めを果たして来たが、

 しかし、人間から樹になった際に、

 君は”執着”と言う厄介なものを作り出してしまい。

 その”執着”の成長によって

 神木としては機能不全に陥ってしまった。

 ”執着”は昨年、牛島智也の手により見事払われたが、

 以降の詳細については君の本体に尋ねればよいので割愛しよう。

 さて、何故、君が株分け出来たのか。

 それは閻魔大王からの”お墨付き”のお陰だ。

 さっきも説明したが、

 以前君は”執着”と言う形を生み出し、

 株分けに近い状態になっていた。

 しかし、それは許されない存在であり、

 牛島智也は三島里枝の理を護るためそれを滅した。

 その後、我々は神木としての三島里枝を見て来たが、

 ”執着”を失っても君は君として在り続けていた。

 そこで、我々は嵯狐津界と共に諮った。

 何しろ、嵯狐津界・地獄界は共に慢性的な狐手・鬼手不足でな、

 皆、二役三役をこなしてもらっている。

 で、人間界については大幅な権限移譲を行うこととし、

 三浦里枝、君に”お墨付き”を与えることにした』

『はぁ』

『”お墨付き”を持つ君は人間界において、

 道を外し穢れに染まった不良理の逮捕・矯正・浄化・始末など

 嵯狐津界・地獄界が行っている業務の一部代行を行うことができる。

 また、代行を行う手段についは君に一任したが、

 成り行きで株分けを選択してしまったみたいだな。

 さて、現在の君は2つの体に分かれた状態になっている。

 1つは君の”本体”であるこの神木だ。

 そして、もぅ一つは自由に動くことができる”別体”の里枝君だ。

 本体は君もよく知っている通り、完全な樹であり、

 一方、別体である君は体は樹ではあるが、

 その成長過程で本体の根元で眠っていた、

 かつて君が人間として命を紡いできた臓器を取り込んだため、

 人間と姿かたちは変わらず、

 さらに自由に動ける樹体を作り上げた』

里枝に向かってジョルジュは説明をする。

すると、

『………』

ご神木からジョルジュににねぎらいの言葉は掛けられる。

『いや、

 君の想いがこの樹体を作り上げたのだよ。

 私の意志ではない』』

『そっか、

 私って樹の体に

 人間だった時の内臓を持っているのか、

 なんか変なの…』

『言っておくが、

 いまの君は人か化生かと問われれば、

 君はあくまで化生だ。

 しかも寿命は化生のように長くはない。

 いまはまだ根で本体と繋がっているが、

 その根を切って歩くことも出来る。

 しかし、そうなると根無し草と同じだ』

『寿命が短いって?』

『化生としての話だ。

 人間なら十分すぎるほどの時間、

 君はその姿で生きられる』

『なるほど、

 そういうことか』

ジョルジュの話を聞いた里枝は、
 
コクリ

小さく頷くと、

グッ

すっかり人間の足の形に変化した足に力を込めた。

すると、

ススッ

ズズズッ

ご神木と繋がっていた右足が、

根毛を持ち上げながら離れていくと、

ブチブチブチ!

音を立てながら根を切り、

再び地面に足をつける。

しかし、地面につけた足からは根が生えることが無かった。

『よしっ』

里枝はそれを確認すると、

残る左足も地面から離して、

再び地面につける。

『こっちも、よしっ』

里枝の樹体は地面に根を張ることは無く、

かつてのような自由を手に入れた。

『うむっ』

その様子をジョルジュは満足そうに頷くと、

『さっきも言ったが、

 株分けし、

 神木から離れた君は根無し草と同じだ。

 植物の体と人間の臓器とのバランスを考え、

 食事や水の摂取には気を使いなさい。

 一応、葉と根を生やして、

 植物のように振舞うことも出来ると思うが

 それで命を支えることは出来ない。

 化生としてはきわめて脆弱な存在である。

 と言うことをわきまえるように』

『はいっ』

ジョルジュからの注意事項を聞いた里枝は、

そう返事をすると、

トントントン

軽くジャンプしてみせる。

『私、自由に歩けるようになったんだ』

それを実感すると、

さらに高くジャンプして見せ、

自分が地面から離れられる存在であることを実感した。

その時、

『!!っ

 いっけなーぃ』

急に立ち止まった里枝は慌てて股間を隠すと、

『私って裸のままじゃないっ

 確か、ここに…』

と何かを思い出した様に、

自分が抜け出た神木の根元を掘り始めた。

『何を始めたんだ』

それをみたジョルジュは訝しがると、

『………』

事情が判た神木は彼に説明をする。

『そんなのがまだ残っているのか』

それを知った彼が驚くと、

『よしっ、

 あったぁ!』

そういって彼女が根元から掘り出したのは、

土にまみれた女性用の下着だった。

そう、それは樹になっていく彼女の足が癒着していく際に

地面の中へと押し込まれたものである。

掘り起こした下着を軽く叩いて彼女は足を通すと、

小さな葉が陰毛のように覆う股間まで引き上げる。

程なくして、

人の姿になっても彼女の肌は木肌同然であったが、

次第にそれは決めの細かい人の肌へと変り、

足についていた根毛が全て取れ落ちていくと、

別体は人間の女性と見分けが付かない姿に変り

それにあわせて彼女を覆っていた金色の輝きが消えていく。

『どちらでも構わぬが、

 昨日、私が言ったことを覚えているかね』

”二人”に向かってジョルジュは尋ねると、

『………』

『あっはい、副指令が懸念していることですよね』

ご神木と里枝の両方が声を合わせて答える。

『うむ、

 (まるで双子だな…)』

その返答にジョルジュは困惑した顔になるが、

『そうだ、

 私は2つのことを君に話した。

 そのうちの一つは、

 神木である君が健在なので懸念は無いが、

 理の矯正・浄化・始末ができるのは、

 あくまでも本体である神木のみだ。

 株分けによって生まれた別体の君は

 理の調査・逮捕が限度であって無理をするな。

 そして、もぅ一つ、

 これは、別体である君に対応してもらいたいのだが、

 牛島智也のことだ。

 知っている通り、

 ”執着”を払った際に彼には過大な負荷が掛かってしまった。

 そのため、彼の命の灯に揺らぎが生じてしまっている。

 現時点での揺らぎは些細なものであり、

 修正も利くが、

 それ故、油断は出来ない状態にある。

 そちらのケアも頼むぞ』

ジョルジュはそう言うと、

『………』

『判りました』

ご神木と里枝ともに言葉を合わせて返事をする。

『ではな』

その言葉を残してジョルジュは姿を消すと、

『………』

『…さて』

里枝はご神木を見上げ、

『じゃぁ、

 あたし、智也のところに行ってくるね』

と言う。

すると

『………』

『え?』

ご神木からの言葉に驚くと、

ヒラリ…

一枚の紙が里枝の前に落ちてきた。

それは久兵衛が昨夜置いていった魔法少女の契約書だった。

『なにこれ?

 プッ

 魔法少女って…

 笑っちゃうわ』

契約書を見ながら里枝は苦笑すると、

『………』

ご神木からの声が響く。

『うそ、

 これに契約しろって…

 本気なの?』

『………』

『弓?

 花ノ弓を授けるって、

 私に?

 へぇ、理を射抜く矢…なの。

 まぁ、どうせ化生だし、

 生身の人間よりかはリスクは大きくはないか。

 そっちがそう言うなら、

 契約しちゃうけど、

 面倒なことはこっちに押し付けないでよね』

ご神木に言われるまま里枝は契約書にサインする。

すると、

キーン!

サインされた契約書が輝きを放つと、

ポンポンポン!

下着一枚の里枝に体に、

花びらをイメージした可愛げな衣装が次々と姿を見せる。

そして、

『おぉ!!

 なんかすごいことになった、

 けど、思いっきり恥ずかしいんですけど』

と彼女が感心しつつも

恥ずかしがってみせると、

『………』

ご神木から声がかけられた。

『はいはい、

 判りましたよ。

 まぁ下着一枚では表を歩けませんしね。

 で、枝にある弓を受け取ればいいのね』

ご神木からの言葉に彼女は頷き、

『よっ』

瞬く間に枝の先に飛び移ると、

四方に広がる枝の一つ、

かつての里枝の右腕へと登っていく。

そして、

パキンッ!

そこから花の蕾を付けた枝の一つを折ると、

ヒュンッ

ヒュンッ

空を切る様にそれを振って見せ、

枝を左手に持ち替えて構える。

すると、

ヒュンッ

枝と枝の間を光る絃が張り、

右手には同じく光る矢が姿を見せた。

『よしっ』

弓と矢の手ごたえを確認すると

『じゃぁ、後はお願いします』

ご神木に向かって里枝は言うと、

ザザザッ

下で張り出す枝に下りていく。

そして、

ピョンピョン

と枝の上で弾んで見せると、

『智也…

 今度は、私があなたを導く番っ』

タッ!

朝日の中へと彼女は飛び出していった。



………

『ほーぉ

 そう言うことだったのね』

話を聞き終わった玉屋は感心して見せると、

『第1営業部・契約7課・魔法少女グループ・主任の久兵衛さん。

 何か言うことはりますか?』

と視線だけ動かして尋ねるが、

しかし、

その先には久兵衛の姿はなかった。

『じーざすっ!』

眉間にしわを寄せながら玉屋は口を尖らせると、

トトトッ

その足元に銃剣を付けたマスケット銃が落ちていく。

そして、

『ぎゃぁぁぁぁ!』

久兵衛の絶叫がいつまでも響いていたのであった。



つづく