風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act2」
(最終話:金色の光の中で)


作・風祭玲

Vol.1074





『そうだったのですか、

 この樹は…里枝さんと言う方だったのですね』

話を聞き終わった彼女は、

感慨深げに里枝を見上げると、

『説明した通り、

 私は里枝を助けに行かなければならないんだ』

と言うと、

私は里枝に向かって一歩一歩近づいていく、

そして、お守り代わりの彼女の小枝を翳しながら、

『里枝、

 大事な話があるんだ』

と囁くと、

キーン!

ツタに覆われている里枝の幹に一筋の光が走ると、

グググググ…

その筋が左右に開いていく。

そこはまさに14年前、

樹となった彼女が自分の内臓を吹き出した場所だった。

『そうか、

 ここから入れと言うことか』

彼女の意志を読み取った私は、

『じゃぁ行ってくる』

と茉理に告げると、

私は光の中へと飛び込んだ。



「ここは…」

気が付くとマッチョマンZの変身は解除され、

私は牛島智也の姿となって

一面真っ白な世界に立っていた。

上も

下も

全く区別ができない世界。

その世界に私は浮かんでいたのである。

「私は、

 何しに来たんだっけ。

 大事なことをするために…

 ここに来たはず…」

ついさっきまで強く念じていた筈の

目的を忘れて私は意味もなく歩くように足を動かすと、

スッ

前へと進んでいくような感覚を覚える。

『あっ、前に歩けるんだ。

 でも何をすべきだったのか』

そんなことを考えながらひたすら歩き続けていくと、

フワリ

フワリ

と自分のすぐ脇をシャボン玉のような物体が過ぎていく。

「なんだろう?」

そう思って手を伸ばしてみると、

スッ

シャボン玉のような物体は私の手をすり抜け、

奥へと去っていく。

『?』

不思議に思っていると、

物体はさらに何個も向かってきて

やがて雪崩のように私の体を突き抜けてはじめた。

『うわぁぁぁ、

 なんだこれは!』

まさに集中砲火。

手で顔をかばっても手を突き抜けて、

それは私の顔にめり込み、

後ろへと抜けていく。

『助けてくれぇ!』

ついそんな声を上げて身を庇ったとき、

フッ

全ては止み、

私は緑の中に立ってた。

見覚えのある光景。

それのその筈、

私は神域に立っていたのである。



「ここは、

 記憶にある。

 確か、神域だ。

 そして、ここには…」

そう思いながら駆け足で、

草生した道を走っていくと、

行く手に立派な社殿が姿を見せてきた。

『あれは

 奥の院…だ。

 そして、そこには…』

息を切らして私は奥の院の建物を回り込むと、



居た。



一人の女性が人待ち姿で立っていた。

『里枝…』

彼女の名前が私の口から零れ落ちる。

すると、

『きっと来てくれるって信じていたよ』

と振り向いた里枝はハニカミながら言う。

『あっ当り前だろう。

 俺、お前の所ならどんなところにも行くから』

里枝に近づきながら私はそう言うと、

『うん、

 嬉しいよ』

と里枝も頷いて見せる。

『大丈夫、

 俺が来たからには、

 もぅ何も心配することはないよ』

そう言って彼女に向けて手を伸ばしたとき、

パチッ

静電気が弾けるような音が響くと、

私の手に痛みが走った。

『痛ぅぅ』

思わず伸ばしていた手を引っ込めて、

痛みを散らすように手を振って見せると、

里枝は心配そうな顔で私を見た。

『大丈夫だよ、

 ちょっと、静電気を食らっただけだから』

そんな彼女を安心させようとして、

私はおどけて見せるが、

しかし、

パチン!

パチン!

彼女に伸ばした手はすべて弾かれ、

私は痛みをこらえる羽目になった。

『もういいよ』

そんな私を気遣ってか里枝は私を制して見せる。

『良いわけないだろう。

 くっそう、

 どうなっているんだ』

苛立つようにして私はもがくと、

『もういいから、

 智也が痛い目に遭うのはもやめて!』

と里枝は言って、

私の胸に飛び込み抱きしめてくる。

『里枝…』

『智也は何も悪くない。

 みんな私が悪いの、

 智也を拒んだのもこの私。

 智也を追い詰めたのもこの私。

 ここは私の心の中よ。

 ねっ、思い出して、

 智也は何をしにここに来たの?』

と里枝は言いながら私を見上げた。

『何しに…

 私は…

 何をしに…

 ここに来たのか…』

里枝の目を見ながら

私はその事のみに考えを集中すると、

『あっ』

ぼやけていたその目的の輪郭が次第にハッキリとしてきた。

そして、そのすべてを思い出したとき、

ギュッ

里枝は私の体をきつく抱きしめた。

『里枝…』

そんな彼女の頭を私は腕で包み込むと、

同じように抱きしめ。

『ごめん、

 おっ俺…』

と声をかける。

『うん、

 判っている。

 判っているよ。

 あたしはこのままじゃいけないんでしょう』

顔をうずめたままの里枝の声は涙声になっている。

その言葉に私は何も言い返せずに黙って抱きしめていると、

『お願いもうしばらくのあいだ、

 このままでいて…』

と里枝は言う。

ウンウン

その声に私はただ頷き、

二人で抱き合ったまま長い時を過ごす。

そして、

不意に里枝が離れると、

『ごめん。

 あたしが不器用で、

 もっと器用なら、

 ご神木としてやって行けたはずなのに、

 不器用だから、

 みんなに迷惑をかけちゃって、

 智也に大変な役目押し付けちゃったね』

と言う。

『そっそんなことはない。

 俺がただ、

 里枝の

 君の本心が知りたくて、

 ここに来てしまった。

 謝らなくてはならないのは、

 俺の方だよ。

 いつも君に応援してもらいながら、

 何もしてあげられなくて、

 しかも、長い間ほったらかしにしてしまって、

 結果、とんでもないことになってしまって、

 本当にすまない。

 この通りだ』

と私は里枝の前で膝をついて土下座をしてみせるが、

『やめて、

 そんなこと、

 智也は何も悪くはないよ。

 私が、

 私がちゃんとご神木にさえなれば、

 こんなことにはならなかったんだんもん。

 だから、顔を上げて。

 そして、お勤めを果たして!』

『!!っ』

里枝の口から出た最後の言葉を聞いた私は目を見開くと、

『お前…

 本当に知っていたんだ』

と言う。

『うん…

 ここにはすべての声が聞こえて来たよ、

 智也が嵯狐津野原で嵯狐津姫から言われたこと、

 地獄で閻魔様たちから言われたこと、

 そして、鍵屋さんから言われたことも、

 全部、全部、知っている。

 だから、

 もぅ覚悟はできている』

私に向かって里枝はそういうと、

トッ

手で私の体を押し、

2・3歩下がって見せた。

そして、

『あたしって、

 智也と一緒に居たい。

 たとえ体は樹になっても、

 智也とずーとずーと一緒に居て、

 お話をしていたい。

 と言う執着した心なんでしょう。

 でも、それが、

 ご神木としての本来の私の邪魔をしてしまって、

 みんなに迷惑をかけて、

 さらに、智也がお爺さんとなって死んでしまったら、

 支えを無くしたあたしはどうすることも出来なくなって、

 地獄に堕ちてしまうんでしょう。

 そんなの嫌だよ。

 だから、智也の手であたしを滅して、

 智也の手にかかるのなら、

 あたし本望だから』

と私に向かって言うと、

目を閉じて手を広げて見せる。

『里枝…

 そこまで判っていて…』

彼女の覚悟を知った私は、

胸に下げている”導”の木札を取ると、

ギュッ

と握りしめ、

『鍵屋さん、

 閻魔様、

 里枝のこと、

 頼みます』

と念じると、

それを手放し、

右手に左手を添えると、

指ピストルを作って見せる。

『マッチョ…レイガン…』

心の中でそう念じると、

ザザザッ

私の体中が騒めきだし、

熱くて、

痺れて、

痛い感覚が体中から指先に集中していく。

そして、

その指先を里枝に向かって合わせるが、

しかし、いくら狙いを定めても、

指先が揺れ動いてしまい定まらない。

『くそっ、

 止まれ、

 止まれ』

指先に向かって私は怒鳴るが、

でも、指の揺れは収まってくれない。

『なんでだよっ、

 レミングには容赦なくいろんな技が使えたじゃないか、

 なんで、相手が里枝となると腕が震えるんだよ

 止まれっ

 止まれっ

 止まってくれぇぇっ!』

震える腕を必死に抑えながら、

私は一人で苦しんでいると、

フワッ

トッ

目の前を漆黒の影が突然覆った。

『なに?』

驚きながら影を見上げると、

『ふんっ!』

目の前には青いビルダーパンツを履き、

漆黒の筋肉美を見せつけるように聳え立つ、

マッチョマンレディが立っていたのである。

『まっ茉理さんっ、

 どうしてここに』

マッチョマンレディに変身した茉理さんがこの場に来たことに驚くと、

『牛島さん。

 あなたと里枝さんの世界に割り込んでしまってごめんなさい』

とマッチョマンレディは茉理さんの声で話しかけてきた。

そして、里枝を見ると、

『初めまして、

 あなたが三浦里枝さんですね。

 こんな姿では失礼ではありますが、

 私はこの神域をお守りしています柵良茉理と申します』

と彼女に向かって頭を下げた。

『あっ、こちらこそ、

 あなたのことは森に木々より伺っていました。

 今日初めて神域に来られたのですね』

里枝もつられるようにして頭を下げると、

『覚悟はすでに決められているのですね』

『はいっ、

 これ以上みんなに迷惑をかけるわけにはいきませんから』

『そうですか』

茉理と里枝は笑顔で会話をし、

そして、二人は私を見た。

『ごめんっ

 むっ無理みたいだ』

茉理に向かって私は涙目で言うと、

『牛島さん』

茉理は笑顔で私の名前を言い、

その食後、

『まっちょ・ぱぁぁぁんち!』

の掛け声とともに強烈な一発を食らった。

「うごわぁ」

変身が解けている私にとって、

変身中の彼女からの一発は強烈である。

痛みでのけ反りながら私は苦しんでいると、

『目が覚めましたか?』

と茉理は声をかけ、

『さぁ、

 里枝さんは支度を終えていますよ。

 女性を待たせてはいけません』

そう囁きながら私に手を伸ばした。

「う…ん」

茉理に起こされた私は、

改めて指ピストルを作ると、

狙いを里枝に定める。

今度はピタリと手が止まった。

すーっ

大きく息を吸い込み、

私は腹をくくると、

『三浦里枝っ』

と里枝の名を呼び、

『お前はその執着を以て、

 本来の行うべきお努めを妨げている。

 そのことは自身はもちろん。

 理の輪廻を受け持つ大勢の化生達の妨げでもある。

 そのため、

 地獄の裁定役である、私・牛島智也はその名において、

 三浦里枝の執着を滅することと裁定した。

 異論があれば、この場で言うがよいっ』

と里枝に向かって裁定を下す。

『はいっ、

 異論はありません。

 三浦里枝はその裁定を喜んで受け取ります』

私の裁定を受ける旨を彼女は笑みで返事をすると、

私は歯を食いしばり、

自分の指先に力を集中する。

体中の力が一点に集中し、

そして、心の中でトリガーを引いた。



音と言うものは聞こえなかった。

ただ、私の指先が

ジリッ!

火傷を負った時のような、

感電したときのような、

熱くて、痺れたような感覚が一瞬走ると。

そして、その次の瞬間、

私の目の前に立っていた里枝が弾け飛んだ。



里枝が一瞬のうちに光の粒子となって四散したのだ。

抜け落ちた髪の先まで粒子となって、

彼女がいたところを静かに舞う。

『里枝…?』

キラキラと輝く粒子に向かって私は声をかけるが、

しかし、その声への返答は…無い。

『里枝…

 どこに行ったんだ。

 里枝っ

 居るなら返事をしろ!

 里枝っ

 里枝っ』

私は目見開き、

彼女の名前を何度も叫ぶ、

けど、いくら叫んでも、

いくら彼女の名を呼んでも

里枝からの返事は返ってこなかった。



『………』

言いようもない虚脱感が私を襲うと、

その場に膝を突いて呆然としていた。

里枝は消えた…

私がケ・シ・タ…

声は出なかった。

と同時にある気持ちが私の頭の中に湧き上がってくる。

私は声を上げて泣き叫んだ。

泣き叫ぶことで後悔と言う気持ちを封じるために。

泣いて

泣いて

泣き続けた。

涙が枯れるまで泣き続けて、

そして、ようやくそれがを収まると、

私は顔を上げる。

すると、

里枝だった金色の輝きがまだ舞っている。

手を伸ばして輝きの一粒を握りしめ、

そして、目の前で手を開くと、

ジジっ

手の中には里枝の粒が小さな輝きを放っている。

『これは里枝ではない。

 彼女を苦しめてきた”執着”が砕けた粒だ』

そう自分に言い聞かせる。

でも、掌の中でゆっくりと輝きを失っていく粒を目の当たりにした私は、

無意識に宙を舞う粒を集め始めた。

「粒を集めて固めれば、

 また彼女が私に向かって微笑んでくれる。

 励ましてくれる」

そう信じて私は粒を集めた。

けど、粒は固まることなく、

私の手から零れ落ちると、

次々と輝きを失っていった。



やがて、舞っていた光の粒はすべて消えてしまうと、

金色の光が差し込み私を照らしはじめる。

まるで、里枝に見られているような優しい光だ。

手を翳しながら私は光が差す方を見ると、

『牛島智也っ』

不意に光は私の名を呼んだ。

『里枝…なのか?』

その声に私は返事をすると、

『牛島智也、

 神木として、

 そなたに命じます』

と光は威厳に満ちた里枝の声で言う。

『はっはいっ』

その声の調子に私は一瞬驚くが、

しかし、すぐに立って返事をすると、

『そなたは人間界においてはTV局ディレクターとして務め、

 また地獄界・閻魔大王より直々に裁定役を申し付かっています。

 裁定役の札に記された”導”の文字。

 そなたはその文字が記す理に則り、

 三島里枝を苦しめてきた執着を打ち砕きました。

 その事、礼を言います。

 そなたは三島里枝への気持ちを忘れることなく、

 油断をすれば道を外してしまう人間界の理を正し、

 皆を導きなさい。

 それが神木である”私”の命令です』

と光は命じた。

『はっはいっ』

その言葉に私は立ち上がって頭を下げると、

『……智也。

 もぅ泣くのは止めて、

 あなたは悪いことをしたわけではない。

 私を苦しめてきた執着を取り除いてくれました。

 おかげで私は神木として務めを果たすことができます。

 智也、

 あなたには迷惑をかけてしまって、

 本当にごめんなさい。

 あの時、木の実を食べたのは私、

 なのに、樹となっていく私のために

 智也は懸命にサポートしてくれました。

 足から根が生えた私を地面に付けまいと背負ってくれたこと、

 食事ができなくなった私のために浴室で水溶液に浸してくれたこと、

 月を見ながら死を覚悟した私に生きる道を指示してくれたこと、

 この神域まで懸命に背負ってくれて植えてくれたこと、

 樹化が始まって取り乱した私を支えてくれたこと、

 吐き出された内臓をきれいに埋めてくれたこと、

 私が樹になった後も枝の剪定や、

 根の周りの雑草取りや
 
 落ち葉の掃き掃除をしてくれて、

 おかげで私は気持ちよく花を咲かせ、

 若葉を茂らせることができました。

 智也、本当にありがとう。

 私はここであなたをずっと見ています。

 たとえ体は動かなくても、

 言葉を交わすことができなくても、

 私はあなたを感じることはできます。

 だから、

 まっすぐ前を向いて、

 自分の信じる道を進んでください。

 そして、私に逢いたくなったら、

 いつでもここに来て、

 私は智也が来るのを待っていますから』

と光は言うのと同時に、

チュッ

私の頬に唇のようなものが当った感触が走り、

『…樹になっていく私を女として抱いてくれたこと、

 永遠に忘れません』

と囁く声がする。

『!!!っ

 里枝…』

頬に手を当てながら私は彼女の名を呟くと、

『さぁ、お行きなさい。

 ここは私、神木の中。

 あなたがいつまでもいる場所ではありません。

 役目があるものは

 さっさと出てお行きなさいっ!』

と光は最後に命令調で言う。

『ふんっ、

 なんだよっ、

 出て行け。

 だなんて、

 神木のくせにそんな言葉使いするんじゃないよ』

私はそう返事をすると、

『じゃなっ』

と言葉を残して歩き始める。

そして、境目に近くに来た時。

『智也…』

不意に背後から名前が呼ばれると、

『またねっ』

と言う声が私の背中を押した。

そして

『あぁ…

 私は樹になれるんだ。

 あの時はいやいやながら樹にされたけど、

 今度は…ちがうっ。
 
 私は私のために樹になる!

 見てて智也っ。

 私が本物の樹に、

 ご神木になっていく姿を!!!!』

決意する力強い彼女の言葉が追って響いた。



気が付けば私はご神木を背にして立っていた。

「あっ」

つい声をだして周囲を見渡すと、

夜明けが近いのか

東側の空は明るくなり、

周囲の黒黒とした森の輪郭も見えてきている。

「戻ったのか」

それらを見渡しながら私は呟くと、

「牛島さんっ」

と私の名を呼びながら、

マッチョマンレディの変身を解いた

柵良茉理が駆け寄り抱き着いてきた。

「さっ柵良さん

 さっきはありがとう。
 
 お陰で務めを果たせました」

と彼女に礼を言うと、

「クチョッ」

「ハクション」

二人そろってくしゃみをしてみせる。

お互いにマッチョマンの変身が解けたいま、

身に着けているのはビルダーパンツ1枚のみの姿。

初夏とはいえ、

まだこの格好で出歩くには空気は冷たすぎるのだ。

メキメキメキ…

不意に私の背後から、

軋む音が響きだすと、

ズズズズズッ

里枝の幹が大きく揺れ始め、

ザザザザザッ

天に向かって張り出す枝と葉が音を奏で始めた。



「柵良さんっ

 ここは危ない」

私は茉理を庇いながら里枝の元から大急ぎで離れて行くと、

フワッ

緑色に淡く輝いていた地面の光が消えて行き、

ズズズズズズッ

地面を揺らせながら里枝の根本の土が

四方に向かって線を引くように盛り上がると、

盛り上がった土の中より根が至る所より顔を覗かせる。

そして、盛り上がりはさらにのびていくと、

レミングだった樹の根元に絡みつき、

さらに網の目を作っりながら神域の外へと向かっていく。

ズズズズズズズ…

程なくして神域全体が、

いや森全体の木々が一斉に騒めきだすと、

神域を覆っていた漆黒の壁が崩れ始め、

森の木々が再び里枝と根を結び始めたのだ。

バキッ!

里枝に根を絡み取られたレミングの樹々に

一斉に亀裂が入ると、

ズンッ

これに応えるように里枝の幹が

身震いするかのごとく一際大きく揺れ、

バリンッ

幹の上を幾つもの縦に伸びる切れ目が走った。

メリメリメリィ

次々と里枝に幹に切れ目が入り、

パァン

ビッ!

里枝の幹は弾けるような音を立てながら、

その太さを増し、

ビシビシビシッ

メギィィィィ…

ブチンッ

ブチブチブチ!!!!

幹に絡みついているツタを引きちぎり始める。

幹のその変化は天に向かって伸びる枝先にも及び、

バキバキバキ

バサバサバサ

里枝は体全体で身震いするように揺れ、

枝先に残っているツタを強引に振り払っていく。

「里枝は本物の樹に…

 ご神木になっていく」

ツタと共に古い木肌もふるい落としつつ、

その大きさを増していく里枝の姿は

まさにご神木への脱皮であり、

周りと比べてどこかこじんまりとしていた

以前の彼女の姿とは打って変わって

周囲の木々に対して圧倒する力強さを見せつていた。



ザザザザザ…

枝がさらに点を目指して天高く伸び、

その枝を若葉が芽吹きながら追っていく。

さっきまでの枯れかけた樹とは打って変わって、

かつて里枝の両腕と両乳房だった、

幹より四方に向かって分かれている枝は、

無数の枝を伸ばし、

若葉を生い茂らせると、

見事な樹環を作り上げていく。

そして、周辺で生えるレミングたちの木々から、

人間の顔が次々と樹皮の中に潜り込み消えていくと、

里枝を盛り立てるように枝を伸ばし、

若葉を茂らせれていく。



やがて、東の空の雲間より朝日が顔を出すと、

以前よりも一回りも二回りも、

いや三回り、

四回り、

五回り以上に大きく成長した里枝を静かに照らし出した。

「なんだよっ、

 ご神木になった途端、

 ドヤ顔で私を見下ろすのかよ」

樹として大きく成長したことによって

はるか上がってしまった幹と枝の分かれ目、

そこにあるかつての里枝の顔に朝日が当たると、

その顔にある横に並ぶ二つのくぼみが、

まるで自慢げに私を見下ろす彼女の目に見えてきた。

「里枝さん、

 誇らしげね」

それを見る茉理は呟くと、

「14年前、

 樹に生っていた実を食べた里枝は

 実の呪いを受けて無理やり樹にされてしまった。

 それから14年間、

 里枝は樹として生き、

 さらに神域を支えるご神木として、

 務めを果たして来たけど、

 でも、人間として生きたかった…

 そう願う彼女の心が執着を生み、

 生まれた執着は次第に成長して、

 ついに私の前に執着が変じた姿の三浦里枝として現れた。

 あの春の日に気付けばよかったのかもしれない。

 私の前に現れた里枝は、

 里枝の本当の魂の姿ではなく、

 人として生きたいという願う彼女の執着。

 私と伴に居たいと言う彼女の執着だった。

 それに気付かず私は舞い上がってしまい。

 仕事に感けてしまうと、

 独りぼっちになってしまった執着は、

 ご神木として生きようとする里枝の邪魔を行い、

 ついにはこのような事態になってしまった。

 里枝には悪いことをしてしまった…

 樹として生き、

 ご神木として務めを果たそうとしていた彼女の足を

 私は引っ張っていたんだ。

 だからこそ、

 それに気づかされた私は私の手で彼女の執着を消した。

 執着が消え、樹として生きることに踏み出した里枝は

 これから数百年、

 いや千年、二千年はここで生きるだろう。

 もぅ私がいくら手を伸ばしても

 彼女の顔を触ることは出来なくなってしまった。

 出来るのはこうして下から見上げることだけ、

 里枝は私とは違う世界に行ってしまったんだ」

そう呟くと、

「そんなことはないですよ」

と茉理は言う。

そして、

「私、

 あなたにパンチをしてから、

 外に出て行きましたけど、

 里枝さん、言っていたじゃないですか。

 ご神木になっても牛島さんを感じることは出来るって、

 顔に手が届かなければ、

 はしごを掛けて上ればいいんですよ。

 声を聞きたければ彼女を感じればいいんですよ。

 一番いけないのは、

 そうやって、

 都合の良い理由を見つけて、

 考えもせずに判断をすることです。

 それこそ、ジコチュウーですよ」

「考えもせずに判断するジコチューか

 なるほどね。

 確かに柵良さんのいう通りかもしれない」

茉莉の言葉を聞いた私は頷くと、

里枝を見上げてみせる。

そして、

「レミング達を堂々従えて、

 見事なご神木になったもんだ、

 里枝は…」

と言いながら堂々と朝日に照らし出される里枝を…

ご神木を私はいつまでも見上げていた。



…さて、その後であるが、

首謀者を失ったレミングたちは、

まるで潮が引くように森から手を引くと、

警察に逮捕されたメンバーもいつの間にか強制送還されてしまい、

嵯狐津野原で拉致されたメンバーと、

森で樹化してしまった者達を除いて皆引き上げてしまった。

一方、彼らから脅されていた柵良茉理であるが、

交渉人と名乗る人物より

「今回の件では迷惑をかけた」

と言う理由で見舞金と言う名の慰謝料が支払われた。

そして、ケガを負わされた上に自慢の愛車を失い

気の毒なくらいにまで落ち込んでいた榊部長にも

彼らは見舞金が支払い、

そして、私にも入院費の肩代わりと、

相応の見舞金が市は割れたのである。

しかし、嵯狐津野原に作った野外セットの費用は、

どうしても請求できず、残念ながら私の決算は赤字に…

一方、今回の騒動の表向きの原因となった竜宮神社の森は、

招集された第三新沼ノ端市議会の議決により、

市長の名において水源保有林に指定されると、

森林公園として整備され、

第三新沼ノ端市の歴史を伝える場として

市民に親しまれるようになった。

一方、神域を護っていた結界だが、

里枝が神木としての務めを果たすのと合わせて

次第に縮小し消滅してしまうと、

朽ち落ち基礎だけが残っていた竜宮神社・奥の院は

レミングからの慰謝料を原資にして見事に再建されたのであった。



こうして神域が解放され、

人が自由に立ち入るようになると、

奥の院の脇に聳え立つご神木はその特徴から

”人面の樹”(里枝に失礼だ!プンスカ)

と呼ばれるようになり、

昔、七夕の夜に許されぬ恋によって非業の死を遂げた巫女の姿。

と噂されるようになった(それは明日香の方だ、しかも設定が違うっ)。

ところが、

最初の頃は沼ノ端のミステリースポット扱いだったご神木が、

”人面の樹に縁結びの願を掛けると必ず成就する”

と言う口コミが広がると、

瞬く間に奥の院には縁結びの絵馬が所狭しと奉納されるようになり、

程なくしてそれを題材にしたラノベが発売されるや、

一躍ミリオンセラーに…

その勢いに乗ってアニメ化されたが、

内容は改変され、

世界征服を狙う、自己中組織・レミングから世界の平和を守るため、

悲劇の巫女の元に召喚された4人の美少女巫女戦士が

レミングの魔物と闘う作品にされてしまったのである。

「これはないだろう…」

番組を見ながらそう思ったが、

しかし、私の考えは甘かった。

この釣り針に”大きなお友達”が盛大に釣られ、

大ヒットしてしまうと、

ついには劇場版まで作られまう有様。

関連商品もDVDにBDはアキバで品薄となり、

さらには大手のフィギュアメーカーから

キャラクター・フィギュアが発売されると、

漫画にゲームに文房具、

イラスト本に薄い本(ちょっと待て!)と

数多くの商品が出版・発売されるようになったのである。

ついには巫女が死んだとされる七夕の夜に

奥の院前でイベントが開かれるようになると、

それ目当てに全国から押し寄せてきたヲタによって

里枝を含む奥の院は”聖地”となってしまったのである。



…どうーして、こうなった?…



すっかり様変わりし

周囲がにぎやかになってしまった里枝と、

”二人っきり”

になることは難しくなってしまったが、

祭り上げられている里枝自身も

”もぅ、何をやっているのよ”

と文句を言っていることだと思う。



「さて、と」

自宅に戻った私は

あのアニメのフィギュアに囲まれたパソコンを立ち上げ、

あの金色の光の中で里枝に言われた言葉を思い出しながら、

新しく生み出したマッチョマンの種を手に取ると、

ネットの掲示板にある書き込みをする。

『チャンスは確実に手に入ります。

 ちょっと仕事をしているだけでかなりの額を設けることが出来ます。

 年齢、性別はまったく問いません。

 アルバイトできないとか言っている貴方?

 この仕事をしていることは基本的にばれないようにしています…』

さて、この書き込みを見て応募してくる人が居るだろうか、

もし手を上げる人間が出てくれば、

それが私の企画、超マッチョマンのスタートだ。

番組の枠はとった。

スタッフも完璧だ。

マッチョマンが履く青いビルダーパンツも用意した。

あの白いヤツは当分の間、黙っててもらおう。

”導”

里枝をご神木に導いたこの力。

今度は皆のために使うことにする。



サァー…

開いていた窓から月の光が入って来ると、

特製ケースに収められた

巫女戦士のフィギュアたちを優しく照らし出す。

そのフィギュアたちの中央で華麗に舞を舞っているのが、

アニメの主人公・悲劇の巫女の三浦里枝だ。

(ネット予約が瞬殺されたので、

 アキバで並んでやっと手に入れてきた)

「う〜ん…良い月夜だ…」

私の名は牛島智也。

またの名を”Uプロデューサー”だ。

超マッチョマンよ、

私は君が現れるのを待っている。

(ドキドキ!巫女キュアには負けないぞっと)



おわり