風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act2」
(第参話:心の価値)


作・風祭玲

Vol.1068





『では、番組の趣旨について、

 プロデューサーの私より説明をいたします。

 我がトアル・ボウTVでは

 ’90年代に超ムキムキマッチョマンと言う

 人気バラエティ番組を放映していまして、

 好評のうちに終了いたしました。

 今回提案いたします、

 ”みんなのアイドル・超ムキムキマッチョマン”

 はいわばリメイクと言う形にはなりますが、

 内容については

 お渡ししました資料にありますように

 完全なオリジナルで行きたいと思っています…』

秋の番組編成会議の席上、

私は超ムキムキマッチョマンの企画書を提示しながら

この番組の詳細について説明を行う。

『なにか、ご質問はありますでしょうか?』

一通り説明を行った後、

会議の参加者に対して問いかけると、

上役達から次々と手が上がり、

鋭い矢の様な質問が襲い掛かってくる。

無論、それらは想定内。

それらの質問に自信を持って答えるが、

しかし、

「確かに超ムキムキマッチョマンは当TVの看板番組であり、

 無論、その番組をいまに蘇らせたい。と趣旨も理解できる」

「しかし、昨今の視聴者の要求は当時と比べて高く、

 マッチョマンがそれに応えられるのかがいささか不安だね」

「なにか視聴者にアッといわせるパンチが欲しいね」

などの指摘を受け、

それらの解決を前提に再度審議を受けることとなった。

けど、あの収録中の事故の煽りを受けて、

マッチョマンのプロジェクトは凍結。

私はその凍結を覆すために必要な答えをずっと追い求めていた。

『視聴者をアッといわせるパンチ力…

 それは、マッチョマンを通して皆に訴えるもの

 それをもっと判りやすく…か』



「全治、

 一ヶ月…ですか?」

「まぁそうだねぇ」

診察室で知らされた精密検査の結果に私は驚くと、

担当医は検査結果を見ながら頷いてみせる。

男達に棒で容赦なく殴られ続けた私は、

駆けつけた警備員の通報で病院に搬送されると、

そのまま入院となり、

1週間近く意識を失っていたらしい。

「なんだよ、全治一ヶ月って

 御守の効力は切れたのか?」

ベッドの上で御守の里枝の小枝に向かって私は文句を言う。

この小枝は黒蛇堂が里枝の枝から伸びる小枝を

彼女の許可を得て折ったものであり、

この小枝を身につけていると、

どんなに無茶をしてもケガを負う事はなかった。

だからこそ、

番組内の無茶な演出は自分が率先して引き受け、

ある意味、それで名前を売った様なものだった。

けど、今回の襲撃でその御守の効力がほぼ無きに等しいほどに

消え失せてしまっている事を思い知らされた。

「どうしたんだろうなぁ」

不安になりながら小枝を目線にまで掲げて見せると、

『…助けて…

 …智也ぁ…』

不意に私の脳裏に夢で聞いた里枝の訴えが響く。

「まさか、

 私が会いに行かない為に

 里枝の身にとんでもないことが起きているのでは」

そんな考えが頭の中を駆け巡り、

言いようもない焦燥感が私の身を足元から焦がし始める。

そして、

「こんな所で寝ている暇はない」

今すぐにも里枝の元に駆けつけようとして、

私はベッドから降り立とうとするが、

「いたたたたた」

たちどころに私の体は激痛で、

二本足で立つことがままならない状態であることを告げてくる。

これでは茉理さんに連絡をすることもできない。



負ったケガの回復は医師も驚くほどに早く、

2日後には一般病棟へと移動したが

何も出来ないのは相変わらずだった。

「くっそぉ!」

そんな苛立ちをベッドの枕に八つ当たりをしていると、

「よぉ!

 枕に八つ当たりか。

 元気そうでなによりだな」

の声と共に私をプロデューサーに推挙した

元上司である榊部長が見舞いに来てくれた。

「あっ、榊さん。

 見舞いに来てくれたのですか」

榊部長に向かって礼を言うと、

「なぁに、

 ちょっと近くに来たからついでだよ。

 全治一ヶ月だって?

 無茶もほどほどにしろよ」

と彼は忠告する。

そして、急に神妙な顔になると、

「ちょっと真面目な話になるけど、

 いいかな?」

私が入院してからの出来事を話し始めた。



「えぇ?

 被害届?

 私が暴行?

 それって何ですか?」

榊部長から聞かされた思いがけない話に

私は驚きの声を上げると、

「向こうは

 ”君が暴力を振るった。”

 そう主張しているんだ。

 こっちは警備員の証言や、

 駐車場での監視カメラの映像を出して、

 向こうに非があることを説明すると、

 ”我々こそが正義だ。

  そちらが謝罪を賠償をするのが正しい道だ”

 の一点張りでな。

 ホトホト困っているんだよ」

と状況を説明する。

「なんてジコチューな奴らだ…」

「まぁ、あちらさんの国は、

 一度決めたらそれが絶対の正義であり。

 どんなことがあってもそれを突き通す。

 そして、

 相手の主張を受け入れて決断を変える事は敗北であり、

 敗者は即座に処分する。

 の世界だからな」

「迷惑な話ですね」

「まさにレミングだよ。

 一度走り出したレミングは向かう先に海があっても、

 進路を曲げずにまっすぐ突き進む。

 例え波に飲まれ全員が溺死することになっても、

 直進する以外の選択肢は認めない。

 ってまったく馬鹿馬鹿しい限りだ」

「はぁ…

 で、私はどうなるんです?」

レミング一味の話は横に置いて今後について伺うと、

「とりあえずは、

 全治するまでここに入院するといい。

 その様子では当分仕事は出来ないだろう。

 向こうのクレームはこっちで処理する。

 なぁに的外れのことは証明されているから、

 粘り強く説得するしかない」

と言うと榊部長は膝を叩いた。

「あっ、

 そういえば、

 柵良さん、

 経理の柵良茉莉さんはどうなっているのでしょうか。

 彼女、連中に拉致されかけたんですよ」

急に茉莉のことが心配になった私は彼女のことを尋ねると、

「君が襲われたときに一緒に居た経理の子か。

 うーん」

榊部長の表情が急に暗くなり、

「実は…

 彼女には横領の嫌疑が掛けられているんだ」

と茉莉の身の上に起きている事件を教えてくれた。

「横領?」

「うん、

 彼女が担当した部門でな、

 数字が合わなくなって、

 そうしたら、

 彼女が横領をしている。

 と言う匿名の連絡と、

 その証拠が送りつけられてきたんだよ」

「そんな、

 何かの間違いでは」

「確かに信じられないことだが、

 でも、

 これらは警察や他の報道機関にも送られていてな、

 君とは別の騒ぎになってりるんだよ」

「間違いありません。

 それってレミングの仕業です」

話を聞いた私は即座にレミング一味の仕業だと断言すると、

「証拠はあるのか?」

と榊部長は聞き返します。

「それは…」

その言葉に私はしばし考えると、

「あのぅ、

 国道バイパス沿いの森って私有地であることを知っていますか?」

と聞き返した。

「国道バイパス?

 あぁ、向こうに抜けるバイパス沿いの森かぁ、

 私有地なのは知っていたけど、

 それがどうかしたのか」

「実はあの森の地主は柵良さんなんです。

 湖畔から山の峰までの全域が竜宮神社の境内であり、

 柵良さんはその神社の宮司なんです。

 そして、レミングは

 その森は自分達の祖先、徐福が関わった森だから、

 森の所有権は子孫である自分達にある。

 そう言い張って手に入れようとしているんです」

私は森の事情を説明する。

「おぃおぃ、

 徐福って…

 そんなものまで持ち出しているのか、

 呆れた連中だな。

 でも、そういうことか」

元々キレ者の評判のあった榊さんは直ぐに裏の事情に気がつくと、

「でも、買収をしようとしているって事は、

 所有権は柵良さんにあることは認めているんだな。

 今度の市議会であの森を水源保有林に指定しようとしているから、

 その前までに買収を終えるつもりなんだろうな」

と呟く。

「で、柵良さんはいまどうなっているのです」

「とりあえず、自宅待機となっている。

 神経的に参っていたみたいだし

 職場から離したほうがいいと、判断されてな」

「いけない、

 彼女の身に危険が迫っています。

 レミングは柵良さんを追い詰めて無理やり森を買い取るつもりです。

 そして、森を買い取ったら柵良さんは用済みです」

「判ったっ、

 彼女は私が手を打つ。

 牛島っ、

 いいか、

 お前の仕事は体を癒すことだ」

榊部長は命令調でそういうと、

足早に病室から出て行った。



その榊部長と入れ替わるように、

「失礼します」

の声と共に一人の女性が入ってきた。

「ん?」

見覚えのないその顔に私は警戒すると、

女性はまっすぐ私の前に来て、

「牛島智也さんですね」

と名前を確認してきた。

「牛島は私ですが、

 どちら様で?」

怪訝そうに私は聞き返すと、

「不躾で申し訳ありませんが、

 あの森に関わるのを止めて頂けませんでしょうか?」

と見舞い者用の椅子に座るや女性は切り出してきた。

「森?

 関わるのを止める?

 何のことでしょうか?」

彼女の正体に気がついた私は

わざとしらばっくれながら聞き返すと、
 
「あなたがあの森に執着されていることは、

 存じ上げております。

 ですが、あの森はわたくし達のものです。

 関わるのを止めて頂けませんか」

背筋を伸ばして彼女はそう言う。

「断る。

 といったら?」

探りを入れながら返事をすると、

すると、

ニコっ

彼女は笑みを浮かべ、

「牛島さん、

 あなたには私たちの指示を受け入れるしか、

 選択肢はありません」

と言う。

「なんで?」

「お判りになりませんか、

 あなたは先日、

 山の駐車場で私の配下の者に大怪我を負わせましたね。

 こちらに医療機関発行の診断書があります」

そう女性は言うと私の前に診断書を提示してみせた。

そこには診察された者が負った怪我の程度が記載されていたが、

粉砕骨折、内臓破裂、意識不明などの文字が並んでいるのが読み取れ、

「ほぉ、これは瀕死の重傷ですね。

 でも、この方は翌日には棒を持って私を襲っているんですけど、

 それって矛盾しませんか?」

と診断書を付き返しながら聞き返した。

すると、

「この者と山の駐車場で会った事は認めるんですね」

と女性はそう返事をする。

「えぇ、会いましたよ。

 だけど、一方的に殴られましたし、

 蹴られもしました」

「会われたんですね」

「だから、

 そこでこの人に暴行されたんですって」

「つまりあなたは、

 彼を暴行した犯人なんですね」

「おぃおぃ、

 何でそんな話になるの。

 それに私が暴行された件は無視ですか?」

「あなたが暴行されたことは関係ありません。

 わたしが聞きたいのは、

 あなたが彼に暴行をした事実です」

「いい加減にしろよ。

 それにお前たちの話だと、

 この意識不明の瀕死の重傷者が一夜明けたら、

 TV局の駐車場で誘拐未遂事件を起こし、

 そして、駆けつけた私に暴行を働き病院送りにした。

 ってことになるんだぞ」

「暴行を認めたんですね」

「してねーよ」

「したんですねっ」

「してねーって」

「あなたのその非協力的な態度は我々への敵対行為になりますよ、

 それでもいいのですか?」

「はぁ?

 敵対って、

 私は真実しか言いませんし、

 大体、あの森は竜宮神社の境内であって、

 あなた方のものではないでしょう。

 部外者のあなたにアレコレ指示される謂れはありません」

自己中心的な女性の言葉に私はキレ気味に声を荒げると、

「あの森は徐福の森。

 その徐福の子孫である我々が所有すべき森なのです。

 それをあなた方は神社とか言うものを建てて奪い取ったではないですか」

と女性は言い切った。

「また、変なことを言う。

 いいですか、

 竜宮神社はその徐福さんを祭って2000年前に建立されているんですよ、

 2000年前ですよ、

 2000年前っ

 奪い取った等と言う言いがかりは止めて頂けませんか。

 とにかく帰ってくれないか。

 もぅあなた達とは話をする気にはならないから、

 いててててて、

 意識不明の重傷者に棒で思いっきり殴られた傷が痛むわ、

 あぁ、それと、

 私にとって森は大切な人が居るところだから、

 手を引くようなことはしないからね」

そういいながら私は女性に向かって

シッシと

手で払う仕草をして見せたあと、

ベッドに横になってみせる。

すると、

「我々は敵対する者は決して許しません」

女性はそう言い残して病室を去って行った。

「まったく、

 ファーストコンタクトは威嚇。

 セカンドコンタクトは懐柔。

 とくれば、

 サードコンタクトは…

 やれやれベッドに寝ている暇はない。ってことか」

女性が立ち去った後、

私は起き上がるなりそう呟く。



その夜。

フワァァ

降り続いていた雨が上がるのと同時にモヤが沸き立つと、

病院の周囲を静かに覆っていく。

そのモヤに隠れるようにして、

大勢の人影が動くと、

ガチャンッ

閉じられていた病院のドアがいきなり割られ、

流れ込んでくるモヤと共に、

ゾロゾロゾロ

武装をした男達の集団が建物内に侵入してきた。



「なんですか、

 あなた達は」

侵入者に気がついた当直の看護師が声を上げると、

彼女の後頭部に銃口が突きつけられた。

そして、

カカカカッ!

突如、乾いた音が響き渡ると、

飛び散った鮮血が辺りを染め

頭部を失った看護師の遺体が床に倒される。

「なに?

 今の音は?」

音を聞きつけて他の看護師達が廊下に出てくると、

『・・・』

武将集団は携えている銃を構え、

彼女らに向けて容赦なく発砲を始めだした。

ジリリリリリリ…

非常ベルが院内に響き渡り、

院内はたちまちパニックに陥る中、

武装集団は建物内の人たちに向けて発砲し、

さらに火炎放射器で容赦なく焼き払っていく。

そして、破壊と殺戮の限りを尽くしながら

とある病室を取り囲むと、

一気に病室内へと雪崩れ込み、

ジャッ

目標としていたベッドに向けて銃を向けると、

ガガガガガ!!

一斉射撃を開始した。

10秒にも満たない時間が長く感じた射撃が終わり、

破壊しつくされた病室内から全ての音が途絶えると、

武装集団は任務の遂行を確信する。

そして、風のごとく撤収していくと、

その直後、

ズンッ!

病室内から爆発音が響き渡り、

その衝撃で病院の建物は半壊したのであった。



侵入からわずか10分足らず、

手早く任務を終えた彼らが

表で待機していたサポート部隊と合流したその時、

カッ!

一斉に投光器の明かりが点されると、

破壊された病院を背景に全員の姿が浮かび上がる。

「!」

「!」

「!」

突然の展開に、

武装集団たちは明かりに向けて銃を構えると、

パチパチパチ!

ディレクターチェアに深く腰掛ける私は拍手を送りながら、

「ぶらぼーっ!」

と声を上げる。

ガジャッ!

その私に向けて銃口が一斉に向くと、

「いやぁ、

 あなたがたの迫真の演技。

 とても見事でしたよ、レミングの皆さん」

院内の様子を映し出してモニターを横目に

映画監督のような口調で武装集団に向かって話しかけるが、

しかし、それに答えるように

引き金に掛けられている指が躊躇いもなく動いた。

が、



ぎゅぃぃぃぃぃん!!!

かたかたかた!!

かたかたかた!!

ぱんぱんぱん!

ぱんぱんぱん!



武装集団が構えている銃から突然ハズミ車の音が響き渡ると、

その銃口から火花が飛び散り、

同時に可愛らしい銃声が響きわたる。

「!!」

思わぬ展開に武装集団は銃を見て驚くと、

「なぁ、君達が持っている銃が本物だと、

 いつから錯覚してたのかな?」

そんな彼らに向かって私は呆れたように言い、

パチン!

と指を鳴らすと、

バッ!

吊るしてあった暗幕が一斉に落ち、

あたりは眩い光に包まれる。

やがて光に目が慣れてくると、

「!!!っ」

見渡す限りの金色に輝くススキの原…

私も武装集団も

この場に居合わせた皆全員の目の前に

大海原のごとく広大なススキの原が広がったのである。

そして、

「君達…

 ここは何処だか判るかな?

 嵯狐津野原と呼ばれ、

 この世の魑魅魍魎達が集う”果ての世界”だよ。

 ようこそ、レミングの皆さん」

彼らに向かって私は声を上げると、

ギギギギギ…

武装集団の背後に建っていた病院の舞台セットが傾き出し、

メリメリメリメリ…

グワシャァァァン!

大音響と伴に崩壊してしまうと、

白衣や包帯を巻かれた紙人形達が何体も空に舞い上がっていく。

「やっぱり持たなかったか、

 どうもあの会社が納品したセットはダメだなぁ…

 これが本当の撮影だったら、

 また怪我人が続出だ」

その光景を見ながら私は頭を掻くと、

「さて」

改めて武装集団を見据え、

「サードコンタクトは殲滅だろうと予測していましたが、

 だからといってその日の夜に襲撃だなんて、

 あなた方はせっかちでいけない。

 お陰でこの程度の準備しか出来なかったではありませんか」

と文句を言う。

すると、

『ちっ!』

武装集団の一人が舌打ちをすると

対人用ナイフを抜き足早に迫って来た。

「むっ」

それを見た私は鍵屋さんより頂いた鍵に手を忍ばせると、

メキッ

突然、ナイフを握る彼の手の指が変形をはじめだすと、

ポロッ

握っていたナイフが足元に落ち、

「ひっ、

 ひやぁぁぁぁ!!」

ナイフを落とした男は意味不明の悲鳴を上げながら、

自分の手を抑えると

メキメキメキ!!

彼の顔が変形し、

さらに腕や足、体全体が変形していく、

そして、体中から獣毛が吹き上がると、

尾がズボンを突き破って生え、

瞬く間に男は獣に…

ネズミへと変身してしまったのである。



「ちょ、

 ちょっと、鍵屋さん。

 打合せと違うではないですか」

その光景を見た私は鍵屋に文句を言おうとすると、

『いま鍵屋さんとおっしゃいましたねぇ。

 鍵屋さんがこちらに参られているのですかぁ〜』

と鍵屋とは違う声が響き、

細い目の男性が私の横に立っていた。

「あなたは?」

『おや、

 お初にお目にかかりますかな、

 わたくし、コン・リーノと申します。

 しばらく音信不通だった鍵屋さんから

 至急場所を貸してほしい。

 と連絡を受けましたので、

 急遽お貸しいたしましたが、

 これはどういうことなのでしょうか?

 人間風情が神聖な嵯狐津野原に踏み込むなど、

 言語道断ですよっ!』

怒っているのか細い目を大きく見開いて、

コン・リーノは私に迫る。

「あらら、土地の管理者からのクレームですか。

 ご覧の通りセットは地脈を傷つけないよう組みましたし、

 アクションも基本的には鍵屋さんが張られた結界内で行いましたので、

 嵯狐津野原の”気”は大きく乱してはいない筈ですが」

”まぁまぁ”と迫るコン・リーノをなだめながらそう言うと、

『そ、れ、が、気に入らないのです。

 なんですか、その手際の良さは。

 いいですか、

 ここはあなた方が戯れる場ではありません。

 早々にお引き取りくださいっ』

とさらにコン・リーノが迫ったとき、

『ん?』

何かに気付いたのか、

彼の目が動くと私の胸元を見る。

そして、

『ほほぅ…

 ”鍵”の保持者でしたか。

 道理で手際が良い筈です』

そう囁くと、

『あなたから、

 じっくりとお話を聞く必要がありますね』

私を見つめながら、

見せ付けるように手を上げると、

指先より伸びる鍵爪を光らせてみせる。



「こいつ…

 ヤバイかも…」

狐の耳と狐の尾を生やし、

敵意を越えた殺意を漂わせるコン・リーノの姿を見て、

私は生唾を飲み込むと、

『うあゎぁぁぁぁ!』

『ぎゃぁぁぁぁぁ!』

つい存在を忘れていた武装集団たちから次々と悲鳴が上がった。

「え?」

その声を聞いた私とコン・リーノが振り返ると、

メキメキメキ!

ゴキゴキゴキ!

『ぐっぐもぉぉぉぉぉぉ!!!』

『コケッココー!!』

『ばうっ!』

次々と彼らは人の形を失い、

ある者は獣毛を生やし、

またある者は牙を光らせ、

別のある者は体を鱗で覆い始めた。

さらに角を突き立て、

蹄を鳴らしてしまうと、

武装集団たちは皆”ある動物”の姿へと変えてしまったのである。

『まさか…』

その光景を見たコン・リーノは唖然とし、

その一方で私は

「これは、

 子・丑・寅・卯・辰・巳…

 って十二支か…」

武装集団が変身した動物が

全て十二支に関連する動物であることに気づくと、

ズンッ

間髪居れずに頭の真上から強烈な力が降ってきた。

「ぐわっ!」

全身を押しつぶてくるような強力な力に、

傷が癒えていない私の体は悲鳴を上げる。

「ぐぐぐぐぐ…」

歯を食いしばりながらその痛みに耐えていると、

『ふふふふふ…

 ほほほほほ…』

笑い声と伴に広げた扇で顔を隠し

裾と袖が長い着物を着た女性が目の前に降り立つ。

『こっこれは、嵯狐津姫さまっ

 何ゆえこのようなところに』

それを見たコン・リーノは慌てだすと、

『人間っ、

 嵯狐津姫さまの御前であるぞ。

 控えぬかっ』

と私に注意をする。

そうは言われても、

激痛でディレクターチェアから立ち上がれない私は

降り立った嵯狐津姫を見ていると、

すぅー

彼女は顔を隠していた扇をゆっくりと取り、

その顔を私に見せる。

妖艶…

まさにその一言に尽きる美貌の持ち主だった。

そして、女性は顔を私に見せるのと同時に、

ザワザワザワ

背後から9本の狐の尾を伸ばして見せる。

「九尾の狐…」

伝説でしか語られていない九尾の狐。

その九尾の狐の本物がいま自分の目の前にいることに、

私は恐怖を覚えることよりも、

ある種の嬉しさを感じてしまうと、

まるで惹かれるように、

ズキッ

「痛ぅ…」

痛みを堪えながら立ち上がってしまった。

『ほほぅ、

 人間よ、

 妖を統べるわらわと会おうたのに、

 怯えることなく、

 嬉しさを感じているとは、

 ふふふっ、

 お前は面白い』

そんな私の心を読み取ったのか、

嵯狐津姫は興味津々そうに迫ってくる。

そして、

『どれ、鍵の保持者である

 お前のその腹の内も見せてもらおうか』

と白い手を伸ばすと私の頬を撫でてみせる。

すると、

ズォォォォォォッ!!!

無数の細くて鋭い針の様なものが、

私の中を一斉に探るがごとく動き始めた。

そして、胸の一番奥。

私にとってもっとも秘めた想い所にそれの先端が触れた途端、

ボンッ!

間欠泉のごとく強くて熱い想いがそこから噴出すと、

”それ”を追い出すように突き抜けて行った。



バッ

私の頬を触れていた嵯狐津姫は慌てて手を引き、

髪を振り乱しながら間合いを取ると、

『嵯狐津姫さまっ』

コン・リーノが私と嵯狐津姫の間に割って入り、

その顔を見る見る狐の顔に変貌させていく。

すると、

『さがれ』

背後の嵯狐津姫はコンリーノにそう命じると、

彼を押しのけて前へと進み、

『なるほどのぅ…

 なにゆえお前ごときが

 鍵を持っているのか興味があったが、

 そういうことか』

と言うと、

『コン・リーノ!』

コン・リーノの名前を呼び、

『あの者達をわらわの城に連れて行け、

 ふふふっ、

 これほどの大人数を相手にするのは久方ぶりよ』

と嬉しそうに命じる。

そして、側に生えている一本のススキの穂を摘むと、

『さて、化生の身となり地の主となったお前の想い人。

 どうするつもりだ?

 時間切れにならぬよう、

 考えて振舞え』

と私の耳にススキの穂を挟みながら囁く。

その言葉に私はハッとすると、

『…鍵屋、

 そこに控えているのであろう。

 大事な話がある。

 この者とともに下のわらわのところまで来い』

その言葉を残して嵯狐津姫は霞が晴れるようにその姿を消した。

『では、

 私も引き上げるとしましょう。

 今回の件、

 姫様に免じて不問にしよう。

 それでよろしいですか、鍵屋さん』

嵯狐津姫が去ったのを見届けたコン・リーノは

姿が見えない鍵屋に向かって言うと、

コン・リーノは十二支の獣となった武装集団を引き連れて

私の前から姿を消した。



つづく