風祭文庫・異形変身の館






「樹怨 Act2」
(第弐話:森の継承者)


作・風祭玲

Vol.1067





「おいっ、

 番組収録中の事故ってなんだ!

 詳しく説明しろ!」

里枝のことはとりあえず横に置いて、

私は駆け込んできたスタッフに向かって声を上げる。

慌てている彼らの説明を纏めると、

事故は番組収録中に突然倒れてきた大道具が

出演者である若手芸人の一人に当たってしまい、

救急車を呼ぶ事態になってしまったとのことだった。



数日後、

病院に搬送された芸人のケガの程度は軽く、

また奥さんとの別居問題でマスコミに追いかけられていた彼が、

このケガが切っ掛けで奥さんと縒りを戻すことができたために、

逆に感謝されてしまったらしいが、

しかし、事故は事故。

収録が中断され救急車が出動する騒ぎとなってしまった以上、

私には責任者としての責務はある。

番組制作会社からの事故報告書を受け取ると、

TV局の事故委員会や担当各所に出向いて、

事故の詳細説明や再発防止策を説明する日々を繰り返し、

そして、すべて片付けて肩の荷を降ろした時は

事故の発生から3週間が過ぎていた。



「はぁ…」

最後の報告を終えた私は

局内の休憩所でタバコの煙を揺らしていた。

外は雨。

まもなく6月が終わり、

7月を迎えようとしていた。

「牛島っ

 お疲れさん」

休んでいると

ディレクター時代の仲間が寄ってきて声を掛けてくる。

「おぅ…」

それらの声に私は手を上げて応えると、

「今回は大変だったな」

「大道具のビスが抜けたんだって?」

「あの制作会社って、

 時たまやらかすんだよなぁ」

「怪我をした相手方の事務所、

 こっちを訴えるつもりはないらしいな」

「まぁ、険悪だった奥さんと仲直り出来たし、

 本人自身が”怪我の功名”ってネタにしている有様だからな」

「お互いに帳消しってことか」

「ところでどうなるんだ、

 牛島が進めてきたマッチョマンの企画は」

彼らは私を労いつつ

マッチョマンの今後についての話となった。

「まぁ、事故とマッチョマンは関係はないけどな、

 でも、私が進めてきた企画だし。

 煽りを食らってしばらくは凍結かなぁ…」

窓から見える曇り空を見上げながら

私はマッチョマンが置かれている状況を言う。

「そうか、

 それは残念だな」

「あのマッチョマンの復活は期待しているからな」

「俺達も応援しているぞ」

皆は口々にそういうと、

落ち込んでいるように見える私を励ますように、

私の肩を叩いて去って行く。



「梅雨も本番だなぁ…」

皆が去った後、

私は一人で雨を降らせている空を見上げていると、

ふと、何かを忘れているような気がしてきた。

「…なにか、

 …何かをやるつもりだったような」

大事な…とても大事な事だけど、

でも、このところの忙しさのために

すっかり忘れてしまっていた”それ”

「うーん、

 なんだっけ?」

時間と言うハサミが

それらを結んでいた記憶の糸をぷっつりと切ってしまったために、

心に強い引っかかりを覚えながらも、

それが何なのか思い出せないもどかしさを感じていると、

若い女性が一人で休憩室に入って来た。

「ん?」

まだ20代だろうか、

やや陰のある表情を見せる彼女のことが無性に気になると、

しばらくの間、彼女の様子を眺めていた。

「…ふぅ」

「…はぁ」

彼女は時折ため息をつきつつも、

何か思いつめたような表情をしてみせる。

「何か…

 悩み事かな?」

そのことが気になった私は腰を上げると、

彼女の側に立ち、

「こんにちわ」

と彼女に声をかけた。



首に下げているセキュリティプレートを読み取ると、

彼女の名前は柵良茉莉。

事務方・経理部の子らしい。

私がいきなり声を掛けてきたことに

彼女はビックリした表情をして見せるが、

私のセキュリティプレートを見た途端。

「あっ、ひょっとして、

 ”あの牛島さん”ですか」

と私の名前を妙に強調して返事をする。

「あの、って?」

「えぇ、

 収録番組で事故が起きたと言う」

「おぃおぃ、

 私の名前ってそういう形で広がっているのかよ」

その返事に頭をかきながらガッカリした表情を見せると、

「あっごめんなさい」

と彼女は謝ってみせる。

「いいよ、

 もぅ終わったことだから、

 その事は忘れよう」

そんな彼女を制止するかのように広げた手を差し出して見せると、

「そうですね」

と茉莉は頷き、

そして、

「うん、あたしも負けずに頑張らないと」

何か気合を入れる素振りをしてみせる。



「なにか、悩み事?」

茉莉の様子から悩み事を抱えているように感じた私は、

つい好奇心から尋ねてしまうと、

「あっいや、

 プライベートのことなら、

 いまのは聞かなかったことにしてくれ」

と慌てて訂正をしてみせる。

すると、

「牛島さん

 ちょっと伺って良いですか?」

真顔で彼女は私に尋ねてきた。



「土地の売却?」

「はい」

茉莉の相談は彼女が管理している土地の売却をめぐってのことだった。

「うーん、

 不動産なんてあまり縁がないからな」

両親が健在でマンション住まいの独身男にとっては

あまり縁のない話に私はちょっと困惑していると、

「あっ、

 いえ、

 別に解決して欲しい訳ではないんです。

 ただ、ある方から私が管理している土地を売ってくれ。

 と持ちかけられまして…

 でも、その土地は死んだ祖父から

 大切なところだから絶対に他人の手に渡してはならない。って

 キツク言われたので」

と茉莉は抱えている事情を説明をする。

「ふーん、

 余程大切な土地なんだね。

 で、どこにあるのかなその土地と言うのは。

 あっ、いや私が買うって話じゃないよ。

 ただ、この沼ノ端でそんな土地があったかな…

 とね」

「街中ではありません。

 県境を越えて向こうに抜ける国道バイパス沿いに広がる森です。

 あの森全体が竜宮(たつのみや)神社の境内であって、

 湖畔に祭神・徐福様を祭る”本殿”、

 森の奥に”奥の院”の2つの社がありました。

 ”ありました”と言うのは、

 実は奥の院の場所が判らなくなってしまっているんです。

 明治の頃までは遣わされた巫女が御守していたのですが、

 その後、廃れてしまったのです。

 祖父が存命だったときに何度か探してみたそうなのですが、

 いつも霧に巻かれてしまって、

 恐らく、森に取り込まれてしまったんでしょう。

 前後してしまいましたが

 私の家系は代々その竜宮神社の宮司でして、

 森を含めた神社の土地を管理しているんです」

と茉莉はあの森が神社の境内であることと、

自分が宮司の家系であることをこと言う。

「へぇ…

 あの森って神社の境内だったのか、

 でも、竜宮神社って聞いたことがないな…

 これでも沼ノ端に住んで結構長いんだけどね」

「小さな神社なので…

 でも、歴史は古いんですよ。

 2000年前に海を渡って来られた徐福様をお祭りしていますから」

「徐福って…

 秦の始皇帝から不老長寿の霊薬を持ってくるように言われた人だよね。

 そんな人が沼ノ端に来て居たのか。

 これでも大学時代”御伽話研究会”に入っていて、

 沼ノ端の昔話は色々調べたんだけど、

 徐福伝説はノーマークだったな」

彼女の話を聞いた私は感心して見せると、

「くすっ、

 沼ノ端の徐福伝説は小学校で教えてますよ。

 そうです。

 徐福様は2000年前にこの地に参られまして、

 同行してきた人達と共に湖のほとりに江波と言う村を作りました。

 それが今の沼ノ端の元になっていますし、

 徐福様を祭った竜宮神社を建立したのです。

 でも、あの人たちが現れたから、

 神社の周りが妙に騒々しくなってしまって…

 牛島さん。

 ”自分達は徐福の子孫なのであの森は自分達のものである。

  私は森を譲らなくてはならない。”

 って話、どう思われます?」

不意に茉莉は真剣な表情になると、

森を購入を希望する者たちから言われた事を私に話した。

「なにそれ?

 徐福の子孫って2000年前のことだろう。

 そりゃぁ、2000年間、

 徐福さんが沼ノ端市役所に固定資産税を払っていれば

 権利を主張できるかもしれないけど、

 いくらなんでも、

 その主張を通すのは無茶じゃないか」

話を聞いた私は即座にそう言うと、

「そうですよね。

 私もいきなりの話だったのでお引き取りを願ったのですが、

 ”この値段なら売る。と思う金額を書いてくれ、

  それだけの金は支払う”

 と言うと、この小切手を残して立ち去っていったのです」

茉莉はそう説明して、

私に一枚の小切手を差し出した。

金額欄は未記入の小切手は

確かに正式の金融機関が発行した本物らしいが、

しかし、TVマンとしての直感からか、

何か陰謀めいたものを感じ取ると、
 
「返事は何時にするの?」

と言う私の質問に、

「7月7日までに返事をするよう言われました」

そう彼女は答えます。

「七夕様かぁ…

 やれやれ、

 愛し合う男と女が年に一度、

 巡り合う日にとはねぇ」

それを聞いた私は頭を掻きながら空を見上げると、

ムッ!

頭の中を両手を腰に当て、

肩をいからせながら怒っている里枝の姿が過ぎる。

と同時に、

サァァァァァ!!!!

私の頭から一斉に血が下がっていくと、

「しまったぁぁぁぁぁぁ!!!!!

 すっかり忘れていたぁ!!!!!」

茉莉の目の前で頭を抱えながら声を上げた。

「どう…されました?」

私の突然の豹変に

茉莉はあっけに取られらながら理由を聞いてくると、

「いや、

 ちょぉぉぉぉっとぉ

 大急いで行かなければならないところがあるのを思い出した。

 この話は明日もう一度聞こう。

 大丈夫、

 柵良さんの相談事はこの牛島がシッカリと承ったからね」

茉莉に向かって私はそう言って休憩室を飛び出すと、

”外出・直帰”

と職場の行動表に書き込み、

大慌てでクルマに飛び乗ると雨の国道を突っ走っていく。



「里枝のヤツ、

 相当怒っているだろうなぁ、

 えっと、

 3月から、

 ひぃ、ふぅ、みぃ、

 もぅ7月だもんなぁ、

 マジ切れでお仕置きされたどうしよう。

 あぁこんなことなら

 黒蛇堂さんに警告されてからすぐに行けばよかった。

 とはいっても、

 あの事件が起きてしまったし。

 もぅ」

事故を起こさず、

そして切符を切られないようにハンドルを握る私は

バイパス脇の駐車場に向かっていく。

そして、駐車場にクルマを止めると、

「あれ?」

森に向かう草生した道を

工事用のバリケードが立ち塞がっていたのであった。



「工事?

 こんな所で?」

傘を差しながら私はバリケードに沿って歩くと、

「おいっ、

 そこで何をしているネ」

と声が掛けられた。

「はい?」

声が響いた方を向くと、

工事作業員だろうか、

ニッカボッカにヘルメット姿の男が二人こっちに向かって歩いてくる。

「あぁ、

 ここでなんの工事ですか?

 ちょっと山の奥に行きたいのですが」

と二人に向かって話すと、

!!っ

二人は互いに顔を見合わせ。

「ここは、立ち入り禁止だヨ」

「すぐに帰りなさいネ」

と独特のイントネーションで立ち去るように言う。

「え?

 立ち入り禁止?

 どんな理由があるのです?

 見たとところ、

 工事理由の告示もなされていませんし、

 えっと、

 失礼ですが、

 市役所に工事の申請はされていますか?」

と伺うように尋ねた。

すると、

ブンッ

いきなり拳が私に向かってくると、

ドスッ

「うぐっ」

私の腹を直撃した。

そして、痛みに蹲ってしまうと、

その私に向かって、

今度は問答無用で蹴りを入れてきた。

ドカッ

ドカッ

「痛っ

 こらっ

 何をするだ。

 貴様ら」

体を庇いながら私は声を上げると、

「うるさいネ」

「さっさと立ち去れヨ」

「日本人はしぶといネ」

と彼らは口々に言い駆り続けると

「このぉ!」

館員袋が切れた私は、

男の足を掴み

「お前ら、

 外国人かっ」

と怒鳴りながら、

男の急所に渾身の一撃をすると、

「ぐわぁぁぁ!」

悲鳴を上げる男を蹴り飛ばして自分のクルマへと走り、

そして、キーを回すと逃げ出すようにその場から走り去って行く。



「どうしたんですか?

 そのケガは」

翌日、

休憩室でわたしのケガを見ながら茉莉は驚いてみせると、

「いやぁ、

 ちょっとネコをからかったら、

 その仕返しをされまして」

と笑ってみせる。

「ネコの仕返しって、

 どんなに大きなネコなんですか?」

「大陸育ちのネコって知ってます?

 こんなに大きくて、

 首の周りにこう鬣が生えていて、

 ガオッ

 って吼えるんですよ。

 しかも、ネコが繰り出す張り手がこれまた凄い。

 私もネコの廻しを取らなかったら、

 土俵から押し出されていましたよ。

 まさに大一番でした。

 アイテテテ」

心配する彼女を他所に私はそう言うと、

「ライオンを相手に相撲を取ったのですか?」

と茉莉は真顔で尋ねる。

「はい、

 阿弗利加部屋の十両力士・猫獅子。

 私の永遠のライバルです」

その質問に胸を張ってそう答え、

「ところで」

と話を変える。

「はい?」

「昨日の話なんですが、

 国道バイパス沿いの森は全て、

 柵良さんが管理されてるのですよね」

念を押すように聞き返すと、

「はい、

 そうです。

 湖からこちら側の山の峰まで、

 国道のバイパス部分は国有地になりましたが、

 でも、それ以外は全て私が管理しています」

と返事をする。

「途中、駐車場がありますよね。

 その周辺で工事されています?」

「いえ?

 初耳です」

「なるほどねぇ…」

「あの、

 何かあったのですか?」

「あっ、

 いや、

 昨日、ネコの餌を買いにそこを通ったら、

 工事のフェンスが張られていましたね、

 私も長いことあの道を通っていますが、

 工事をしていることなんて見たことがなかったので、

 何か売店でも建てるのでしょうねぇ」

と尋ねた理由を話した。

すると、

「そんな…

 あの人たち…

 もぅそんなことをしているの、

 まだ返事をしていないのに」

困惑をしながら茉莉は独り言を言う。

「ちょっと聞きたいんだけど、

 森を買いたいって言ってきた人って、

 日本人?」

そんな彼女に土地購入を持ちかけてきた人について尋ねると、

「私のところに来たのは日本語は達者でしたが、

 でも、徐福の子孫って言っていましたし、

 恐らく、向こうの方かと」

と答える。

「そういうことか」

それを聞いた私は頷いて見せると、

「ちょっとその辺詳しいヤツに確認してくるわ。

 どうもこれはただの土地買収ではないような気がしてきた」

不安そうに見つめる彼女に私はそういうと休憩室を後にした。



「え?

 バイパス沿いの森ですか?」

報道部に顔を出した私は、

知り合いの記者にバイパス沿いの森について尋ねていた。

「えーと、

 確かにあの森は私有地ですね。

 所有者は…」

「いや、知りたいのはそっちじゃなくて、

 確かあの森って、

 水源保有林に指定されて、

 土地の売買は禁じられてたと思ったけど

 それってどうなっているのかな」

と、森が市の水源保有林に指定され、

土地の売買に制限が掛かっていることを再確認してみると、

「あぁ、水源保有林の話ですが、

 あの話ってお流れになったのをご存じないんですか?」

記者は私に言う。

「え?

 そうなの?」

「えぇ、

 県議会で森を第三新沼ノ端市の水源保有林に指定されるはずでしたが。

 沼ノ端市が特別政令指定都市に昇格してしまったので、

 権限を委譲された市議会でその件を再審議することになったんです。

 でも、次の市議会で指定が可決されるはずですから、

 市議会以降は売買に制限が掛かるはずです」

「なるほどね、

 それがあるから、

 連中は焦って買収をしようとしているのか、

 しかも、バリケードまで作って、

 まだ他人の土地だぞ」

「誰があの森を買おうとしているんです?」

「あぁ。

 外国人らしいんだよ」

「あっひょっとして」

私の話を来た記者はなにかに気づいたのか、

資料を取り出して捲りはじめる。

そして、

「そうですね、

 最近、大陸の外国人が日本の水源を買う事例が多いんですよ、

 これからは水を巡っての争いが増えるといいますしね。

 それに備えての先行投資かもしれません」

と説明をしてみせる。



「水源保有林に指定されていれば、

 それを盾に役所を巻き込むことが出来ただろうけど、

 条例が無いんじゃ、役所は見ているだけだな。

 でも、徐福の子孫だからって本当にそれだけか…

 茉莉さんが言っていた竜宮神社の奥の院って、

 恐らく里枝が立っているあの場所のことだろうな、

 社の残骸があったし、

 明治時代に明日香って巫女があそこで事件を起こしたし、

 でも…

 明日香はあそこでご神木の実を食べて樹になったんだよな。

 で、里枝はその明日香の実を食べて樹にされた。

 じゃぁ、明日香が実を食べたご神木って何だ?

 やっぱり、誰かが樹になったのか。

 明日香は樹は受け継がれるようなことを言っていたけど、

 まさか、徐福と絡んでいるのか?

 こんなことならもっと詳しく話を聞けばよかった。

 と言ってもそんな余裕はなかったしな。

 そうなると柵良さんが関係者になるけど、

 柵良さんって神域についてどの程度知っているのかな、

 一度、聞いてみるか」

夕方、そんなことを考えながら、

私はTV局地下の駐車場へと向かっていくと、

「ちょっと、やめてください。

 人を呼びますよ!」

と茉莉の叫び声が響き渡る。

「!!っ」

その声を聞いた私は急いで掛けつけると、

「あっ、

 牛島さんっ」

と私の名前を呼ぶ茉莉と、

彼女の腕を引き別の車に乗せようとする男達の姿があった。

「助けてください。

 牛島さん。

 この人たちが、

 無理やり」

と茉莉は嫌がる素振りを見せながら、

助けを求めると、

「お前ら何者だ、

 そこで何をしている!

 どう見ても誘拐だぞ!」

即座にわたしが声を上げて近寄っていく。

「ちっ」

向かって来る私を見て男達の一人が舌打ちをすると、

棒の様なものを手にし

それをゆっくりと振り回しながらこっちに向かってくる。

「あっお前たちは…」

見覚えのある顔。

間違いない、

昨日、あの駐車場で私に殴りかかってきた男だ。

「里枝、

 悪いがちょっと頼むぞ」

ギュッ

そう呟きながら私は御守となっている里枝の枝を握り締めると、

「おいっ、

 ここは監視カメラで録画されているんだ。

 馬鹿な真似はヤメロ」

と男に注意するが、

「そんなの、

 関係ないネ」

男は棒を振りかぶると、

私に向かって振り下ろしてきた。

「いやぁぁ!」

茉莉の叫び声が響き、

「のぉ!」

私は背中や首を棒で幾度も叩かれながらも

猛然と男にタックルをする。

ドタンッ

ガラガラガラ

ついに男の手から棒が落ちて床の上を転がっていくと、

「おいっ、

 そこで何をしている!」

騒ぎを聞きつけたらしく

ようやく警備員が駆けつけてきた。

「遅いよ!」

そんな警備員に私は文句を言った途端、

ドガッ!

「つぅぅ」

私の後頭部を別の棒が直撃すると、

「大人様に逆らうの、

 許さないヨ」

と男の声が響いた。

「貴様ぁ」

痛む肩を庇いながら、

私はお返しの一発を喰らわせようとしたが、

しかし、

クラッ

急に意識が遠のいてしまうと、

そこで私の記憶は途切れてしまった。



『あれ?

 ここは?』

気づけば一面の乳白色の中に私は立っていた。

『一体、

 どこだ?』

右も

左も

上も

下も

見えるのは白一色。

『おーぃ

 誰か居ないのか』

人の姿を求めて私は歩いていくと、

何処からともなく

女性の泣き声が響いてくる。

『誰か居るのか?』

その声に惹かれるようにして私は走っていくと、

行く手に一人の人影が見えてきた。

『君は?』

尋ねながら近寄っていくと、

膝を折って屈んだ姿勢の女性の後姿が見え、

両手で顔を覆いながら泣いていた。

『どうした?

 どこか痛いのか?』

彼女の身を案じた私は駆け寄って声を掛けると、

ミシッ

蹲っている彼女の体には蔓が幾重にも巻きついていて、

『助けて、

 体が重いの…』

と返事をする。

『待っていろ、

 いまこれを…』

助けを訴える女性の体に巻きつく蔓を引っ張りながら、

私は声を掛けると、

『重いの…

 とっても…

 みんながあたしに縋って、

 体がとっても重いの』

と返事をしながら女性は顔を上げてみせる。

すると、

『りっ里枝っ』

顔を上げた女性は間違いなく里枝だった。

『里枝っ

 いまこれを取ってやる。

 少しの辛抱だ』

里枝の体に蛇のごとく巻きつく蔓と格闘しながら、

私は必死になって外そうとするが、

シュルッ

彼女の体に巻きつく蔓は外された以上に弦を伸ばし

里枝を締め上げていく。

『この野郎!!』

諦めすに蔓を引き剥がしていると、

メキッ

人の姿をしている里枝の顔が

縦に割れるように亀裂が入ると、

その亀裂は見る見る体を貫き、

『重い…

 重い…

 体が…

 とっても重い…』

そう何度も訴えながら腕は枝となって天に向かって伸び、

体は内臓を吐き出しながら幹となり、

足は根となって台地に根を張っていく。

瞬く間に里枝は樹になってしまうと、

ミシッ

蔓もまた樹となった里枝の体に幾重にも巻きつき、

『体が、

 体が、

 重いぃぃぃ

 助けてぇ

 智也ぁぁ』

蔓を巻きつけながら里枝と声を張り上げる。

そして、

「里枝ぇぇぇ!」

彼女の名前を叫びながら私は目を開けると、

記憶にない天井が目に飛び込んできた。



つづく