風祭文庫・異形変身の館






「樹怨」
(番外編:芽吹き)


作・風祭玲

Vol.1102





『…かっれきーにー…

 …はーなをー…

 …さーかせ…ましょー…

 ……

 …さっいたぁー…
 
 …はーなよー…

 …さきほ…これー

 ……』

雪が舞う凍てついた森に

スッ

天に向かって伸びる一筋の光が森に舞い降りると、

どこからともなくその声が響いてくる。

すると、

ドサッ!

樹に降り積もった雪が音を立てて落ち、

ジワ…

ジワジワ…

季節は春へと移り変わりはじめる。



春の訪れとともに土を硬く締め付けていた氷が緩み、

その奥より湿り気がゆっくりと昇ってくる。

最初、ほのかに香る程度でしかなかった湿り気は

日を追うごとにその濃さを増していくと、

やがて飽和点へと達し、

コポッ

小さな水滴となった。

コポ…

コポコポ…

湿り気から生まれ出でた水滴は、

雨として地表から染み込み下りて来た水を合流し、

土の中に張り巡らされてる木々の根を包み潤していく。

そして、

(…んっ)

(…あぁ…)

(…起きる頃か…)

水は冬の厳しい環境に耐えるため

固く芽を閉じていた森の木々を起こして行くのであった。

カサッ

目覚めた木々がまず最初に行う目覚めの儀式。

それは”芽吹き”である。

葉を落とし寒々とした木々の枝から次々と新芽の殻が落ちると、

淡い緑が斑のように姿を見せ、

枯れている山の景色を次第に染めていく。

最初こそは北風に飛ばされてしまいそうな淡い緑だったが、

起き掛けの駄賃のような花の季節を通り過ぎると、

森は一気に新緑に染まっていく。

しかし、緑湧く森に中で

天に向かって伸びる枝に葉を一枚もつけていない樹が一本。

取り残されているように佇んでいた。



コポ…

(…皆、起キタカ?)

コポッ

(…アァ)

(…コノ冬ハ雪ガ深カッタナ)

コポッ

(…花ハ終ワッタカ?)

コポッ

(…大丈夫ダ)

(…ソウカ)

土の中を満たす水を通して、

木々の会話が彼らの時間に合わせたゆっくりとした口調で響く。

すると、

(…オイッ)

(…新入リガ、マダ芽吹イテ無イヨウダ)

と未だに芽吹いていない樹のことが指摘された。

(…新入リ?)

(…アァ、アイツカ)

(…人間ダッタ樹ダヨナ?)

(…ドウスル?)

(…早ク起コサナイト、大変ナ事ニナルゾ)

(…ソウダナ)

木々の間でそのような会話が行われた後、

ユラッ

一波の波動が湧きおこると、

奥の院跡の横で芽吹かずに佇んでいる樹に向かって寄せていく。



コポッ

(…起キナ)

(…ソロソロ起キナ)

(…イツマデモ寝テイルト、大変ナコトニナルゾ)

(…サァ)

(…サァ)

(…サァ)

波と共に落ち寄せてくる声に、

『……う…』

樹の奥で眠っていた意識が揺り動かされる。

コポコポ…

(…起キタカ)

(…ミンナ起キテイルヨ)

『…うん…?』

コポコポコポ…

(…モゥ君ダケダヨ)

『…うーーーん』

コポコポコポコポ…

(…マサカ、枯テシマッタノカイ)

『…あっ…』

土の中を満たす水から響く無数の木々の声に促されて、

”樹”の意識はようやく目覚めた。



ザザザザザ…

ヒュォォォッ!!!

”樹”が目を覚ましたとき、

森の中は春の嵐の真っただ中であった。

(…アァ)

(…水ガイッパイ満チテキタ)

(…古イ枝ガ落チテイク)

森に生きる動物たちにとっては災難な春の嵐も、

独自の刻に生きる木々にとっては

寝起きの身だしなみを整える程度の騒ぎでしかなく、

吹き付ける雨と風は木々にとっては朝食の支度をする給仕の足音でしかない。

どれだけ風が荒れ狂おうとも

樹にとってはほんの一瞬の出来事にしか過ぎず、、

やがて嵐は去り雲が切れて日差しが差し込むと、

(…サァ行クゾ)

(…準備ハイイカ))

(…オォォォォ)

ザザザザザ!!!

木々はこの時を待ち構えたかのように、

爆発するがごとく一斉に緑を噴き上げた。



だが

チクッ

『…あっ!』

チクチクチク!

『…あっあっあっ!』

チクチクチクチク…

ズワァァァァァァ…

『…ぎひぃぃぃぃ!!』

緑の爆発は森の中で一番遅く目覚めた”樹”でも始まり、

枝についていた新芽が一斉に弾けて葉を広げ始めると、

大きな刺激となって”樹”に襲い掛かってきた。

ビリビリビリ…

『…あぐぅぅぅぅ』

一斉に広がる新芽は容赦なく樹の枝や幹で溜め込まれていた養分を吸いとり、

たちまちそれらが足りなくなってしまうと、

樹の体は補充をすべく根より水と養分を取り込み始めた。

樹はあらん限りの力を使って

新芽の欲求を満たす水分を根から取り込みつづけ、

ズォォォォォッ

取り込まれた水は幹の中に張り巡らされた水のための管を駆け上がり、

條々に顔を出している新芽へと送り込まれると、

新芽は日差しを求めながら葉を広げて光合成を開始する。

しかし、

ピリピリピリ

『…ひぐぅぅぅぅぅ』

一斉に始まった光合成の背劇もまた樹を容赦なく苦しめ、

それから逃れるかのように樹は根から水と養分を取り込み、

枝に広がる葉へと送り込む。

春の樹はどれもみなこのような過大なストレスに耐えるのだが、

芽吹きが遅かったこの樹には途方もない苦しみを与えたのであった。



コポッ

(…ヤハリ)

コポッ

(…遅イ芽吹キガ苦シミトナッテシマッタカ)

コポッ

(…オチツイテ)

(…無理ヲシナイデ)

”樹”が上げる苦しみの波動に、

森の木々が心配そうに”樹”に話しかけるが、

『…そんなこと言っても、

 …葉っぱが…

 …沢山の葉っぱが…

 …チクチクして…

 …お水をいっぱい吸い取って…

 …苦しい…

 …あっあたし…

 …樹なのに、

 …なんで…

 …むっ無理ぃ…』

コポッ

(…落チ着イテ)

樹の訴えに木々はそう話しかけ、

コポコポ…

(…大丈夫

 …落ツ着イテ

 …根ヲ伸バスンダ)

とアドバイスをする。

『…根を伸ばす?』

コポッ

(…キミハ、

 …樹ニナッタバカリダ、

 …ダカラ、

 …根ガ弱イ

 …根ヲ

 …モット伸バシナサイ

 …ソウスレバ、

 …楽ニナル)

『…伸ばせって、

 …そんなことやっているわよ。

 …でも、

 …思うように伸びてくれないのよ』

コポッ

(…キミハ、

 …マダ、樹ニナリキッテイナイ。

 …キミハ、コノ森ニねヲオロシタ樹ダ。

 …樹ニナリキルンダ。

 …ソウスレバ、

 …芽吹キハ、楽ニナル)

『…樹になりきってないって、

 …そんなこと言われても、
 
 …だって、あたしはもぅ樹なのよ。
 
 …一歩も動けないのよ。

 …何も見えないし、

 …何も聞こえない。

 …お洒落をしたくてもできないし。
 
 …おいしいものだって食べることもできない。
 
 …誰とも話事もできないし。
 
 …智也とだって気持ちを通じ合わせることなんでできないのよ。

 …そんな、私なのに樹じゃないって、

 …それってあんまりよ』

コポッ

(…ダカラコソ、

 …受ケ入レルンダ。
 
 …キミハ、

 …樹デアルコト、
 
 …受ケ入レテイナイ。
 
 …何モ見ミエナイ。
 
 …何モ聞コエナイ。
 
 …何モ話セナイ。
 
 …何モ出来ナイ。
 
 …カツテ、人間ダッタキミカラスレバ
 
 …樹ハソウイウ存在ダッタダロウケド、
 
 …デモ、ソウジャナイ。
 
 …樹デアルコトヲ受ケイレテ、
 
 …樹ニナリキルンダ。
 
 …ソウスレバ、
 
 …樹デアル楽シサが判ル』

『…もぅ、勝手なことを言わないでよ!』

その説明を聞いた樹は文句を言うと、

ズズズズズズ…

夜明けとともに朝日を浴びた葉が光合成を始め、

同時に”樹”の根から水が一斉に吸い上げられ始める。

『…あっまた、

 …葉っぱが水を吸い始めた。
 
 …あっあっ、
 
 …もっと水を…
 
 …もっと水を吸わなきゃ。
 
 …養分も足りないわ。
 
 …苦しいよ、
 
 …智也。
 
 …助けてぇ』

”樹”はかつての知り合いに向かって助けを呼ぶが、

しかし、”樹”が期待している者は

去年の冬ごもり以降姿を見せてはいなかった。

そして、

コポッ

(………)

森の木々は悲鳴を上げ続ける”樹”を見守ることしかできなかった。



梅雨。

雨に煙る森の緑は濃さを増し、

やがて来る夏に備えて木々は葉の緑の養生を行っている。

しかし、

『…あっ

 …うんっ
 
 …んんっ、
 
 …あぁっ』

増殖する枝や葉のコントロールができないその”樹”は、

自分が広げる根が耐えられる以上の葉と枝を広げ、

その幹はひたすら水を吸い上げ、

葉に向かって送り込み続けていた。

コポッ

(…困ッタコトダ。

 …コノママジャ

 …本当ニ枯レテシマウ)

コポコポッ

(…ドウスルカ)

雨に打たれているにも拘らず、

葉が萎れ始めている樹の姿に森の木々から心配の声が上がる。

すると、

コポンッ

(…私ニ任セナサイ。

 …彼女ノ面倒ヲ見レル者ヲ呼ンデクル)

と聞きなれない声が広がって来た。

コポッ

(…ソレハ冬ゴモリ前ニ

 …ココニ来テイタ人間ノ事カ)

コポッ

(…アァソウダ。

 …私ガ呼ンデ来ヨウ)

コポッ

(…ソレガ出来ルノナラ助カルガ、

 …オ前ハ誰ダ?)

コポッ

(…アノ樹ノ知リ合イ…トテデモシテオクレ)

木々の問いかけにその声はそう返すと、

コポンッ

(…私ニ任セレバ大丈夫)

と返事をするだけで、

コポコポコポ…

(…?)

雨が上がり霧が立ち込める森の中、

木々から不安そうな気配が漂っていた。



ジーワ

ジワジワジワ

梅雨が明け、

夏の日差しが照り付けだすと、

『…あぁぁぁぁ

 …ひぐぅぅぅ』

生い茂りきった葉は光合成を盛大に開始し、

また”樹”の幹も旺盛な葉の需要に応えるためにその幹を太くしていいた。

しかし、

木の根はそれらの欲求に応えられるほど発達はしてなかった。

『…ひやぁぁぁぁ

 …だめだめだめ、

 …そんなには出せないよ、
 
 …そんなに水を吸い上げられない』

”樹”の根元の土は既に養分を失い、

雨が降るごとに土に埋まっていた根が顔を出してきた。

さらに、

キシッ

ビキビキビキ!

悲鳴を上げる”樹”の幹に切れ目が入ると、

枯死が静かに”樹”に迫っているのは明白だった。

と、その時、

ザザッ

ザザッ

獣すら歩いてこない森の下草が大きく揺れると、

ザンッ!

鎌が放つ光と共に下草が刈られ道が作られる。

そして、

「ひゃぁぁ!

 やっと着いたぁ!」

の声と共に作業着姿の人間の男が姿を見せた。

「ちょっと海外出張で半年近く留守にしていたけど、

 なんだこりゃぁ。

 草ぼうぼうじゃないか。

 おーぃ、里枝元気だったか。

 ってそうでもないようだな、

 まったく、なんて姿になっているんだ?」

首にかけたタオルで顔をぬぐいながら男は”樹”を見定めると、

「あーぁ、

 こんな枝や葉っぱを生い茂っちゃって、

 去年はこうじゃなかったろ、

 根は顔を出しているし、

 幹に亀裂まで入っているじゃないか?

 おいっ、大丈夫か?」

”樹”に向かって男はそう話しかけると、

樹の幹を軽く小突いて見せる。

そして、

「待ってろ、

 いま楽にしてやるからな」

何かを準備し始めた。

そして、

ブィィィィン!!!!

森の中にエンジンの音がこだますると、

ザザザッ

ザザザザッ

ガァァァァァ!!!

何かを削る音共に”樹”の枝が大きく揺れ、

ブンッ

枝葉に集っていた虫が一斉に飛び上がって行った。



程なくしてエンジンの音は止まり、

続いて、

ゴリ

ゴリ

と鋸が入る音が響くや、

ザザザザン

盛大に葉を茂らせる枝が1つ切り落とされていく、

さらに、

ゴリゴリ…

ザザザザン

ゴリッ

ザザン

”樹”の幹から延びる枝は次々を払われ、

『…あぁぁぁぁ…

 …あぁぁぁぁ…

 …はぁ…

 …うん?』

生い茂る枝葉に翻弄されていた”樹”がようやく正気を取り戻したとき、

幹を覆い尽くしていた枝葉は剪定され、

樹の周囲はすっきりした様相に様変わりしていた。

『…葉が何も要求してこなくなった

 …それに水の流れが弱く』

星明りの下、

苦しめられてきた責苦から解放された”樹”がそのことを実感していると、

枝を剪定した人間は”樹”の根元で寝袋にくるまって熟睡していた。



『…何が起きたの?

 …ん?

 …根元に誰かいる…

 …感じる、

 …誰かがいるのが。

 …ひょっとして智也?
 
 …そこに居るの?
 
 …ねぇ、居るなら返事をして』

”樹”は根元で寝息を立てている人間がいることを感じ取ると、

”彼”に向かって何度も話しかけるが、

しかし、いくら呼びかけても返事は返ってこなかった。

『…そんな、

 …何度も声をかけているのに、

 …どうして応えてくれないの?』

いくら話しかけても”彼”から返事が返ってこないことを樹は嘆いていると、

コポッ

(…ソレハ、

 …君ガ樹ニナッテナイカラダ)

と周囲から声が寄せて来きた。

『…!!っ

 …誰?』

コポッ

(…ヤット、

 …私タチノ声ガ聞コエルヨウニナッタネ)

『…あなたは?』

コポコポッ

コポッ

(…私タチハ、

 …君ノ周リニイル者ダ)

『…私の周り…

 …じゃぁ、あなた達は私と同じ樹…
 
 …ですか』

コポッ

(…大昔ハ人間ダッタノモ居ルガ

 …今ハタダノ樹ダ)

『…大昔は人間って、

 …じゃぁ、

 …他にも居るんですね、

 …私と同じように樹になった人たちが』

コポッ

(…ソノ事ハ、追々トシテ、

 …君ハソコニ居ル者ト

 …心ヲ通ジ合ワセタイノダロウ?

 …ダッタラ、

 …心ノ底カラ樹ニナルコトダ。

 …君ガ樹ニナリキレバ、
 
 …ソノ者ト話ガ出来ル)

と声は言う。

『…私が樹になる?

 …体だけではなく、
 
 …心も樹に…なれってこと』

コポッ

(…ソウダ。

 …君ハ体ハ”樹”ダガ、

 …マダ心ハ人間デアル所ヲ残シテイル。

 …サァ、樹トシテ心ヲ開キ、

 …森ノ一部デアル事ヲ受ヲ入レルンダ)

『…そんなこと言われても』

コポッ

(…心ガ樹ニナリキッテナイカラ、

 …枝葉ニ翻弄サレルノダ)

コポッ

(…今ハ落チ着イタヨウダガ、

 …スグニ枝葉ハ伸ビル)

コポッ

(…マタ、

 …同ジコトヲ繰リ返スコトニナルゾ)

『…判っている。

 …でも、

 …心まで樹になってしまったら、
 
 …私はもぅ…』

と”樹”は戸惑いを見せていると、

コポッ

(…君ハ…

 …ナンダ?)

との違う声が広がって来た。

『…え?』

コポッ

(…君ハナンダ?

 …君ハコノ森ニ根ヲ降ロシタ樹ダ。

 …君ハ森ニ降ロシタ根デ水ト養分ヲ吸イ、

 …空ニ向カッテ伸バシタ枝ト、

 …広ゲタ葉で生キル樹ダ。

 …ソノ樹ニナレナイノナラ、

 …枯レルマデダ)

と声は続ける。

『…樹になれなければ枯れるだけ…

 …そんなのいやよ。

 …枯れてしまったら智也のことを感じられなくなる。

 …そんなの絶対にイヤ』

コポッ

(…ナラ、判ッテイルネ)

『…うっうん』

背中を押すような声に促され、

”樹”は次第に気持ちを落ち着けると、

周囲から広がってくる声の中に心を静めていく。

すると、

ズズズッ

ズズズズズズ

ズズズズズズズズ

いくら伸ばそうとしても伸びなかった”樹”の根が伸び始め、

これまで触れている程度だった周囲の木々の根ときつく結び合う。

その途端、

ビリッ!!!!

『……アァ!!!!!!』

”樹”の中を強い力が突き抜けていった。



コポッ

(…アァ…

 …アァ…
 
 …アタシ)

コポッ

(…ヤット樹ニナッタ様ダネ)

コポッ

(…樹ニナッタノ、

 …コレガ、樹ニナッタ気持ナノ)

樹が自分が樹になったことを実感していると、

ポゥ

樹の中に小さな光が宿った。

コポッ

(…コレハ?)

コポッ

(…ソレガ、君ガ得タ樹ノ心。

 …樹ハネ、
 
 …ソノ光を使ッテ、
 
 …話ヲシタリ
 
 …見タリスルコトガ出来ル。

 …君ハ樹ニナッタバカリダカラ、
 
 …光ハ小サイ。
 
 …ソレヲ、僕ノ様ニ大キクスレバ、
 
 …彼トノ会話モ自由自在ダヨ)

声はそう告げると、

カッ

樹に向かって自分の光を輝かせて見せた。

コポッ

(…ウワッ!)

コポッ

(…ドウダイ。

 …コレガ樹が持ツ光ダヨ)

コポッ

(…私モソコマデ強イ光ヲ

 …出スコトガ出来ルヨウニナル?)

コポッ

(…ソレハ君ノ努力次第ダヨ)

コポッ

(…ソッカ、

 …スグニオ話ガ出来ルヨウニナルンジャナイノノネ。

 …デモ、頑張ッテ見ル。

 …ダッテ、

 …アタシハモゥ樹ナンダカラ)

コポッ

(…モゥ、大丈夫ダネ。

 …ソウダ、
 
 …私ノ光ヲ君ニ力ヲ分ケテアゲル。
 
 …ソレヲ使ウトイイ)



(…トーモヤッ)

「うん?」

朝霧が立ち込める中。

樹の根元で寝ていた男が不意に頭に響いた声に起こされると、

目をこすりながら目を開けた。

「いま里枝の声が聞こえたような…」

寝ぼけた表情を見せながら男は周囲を見渡し、

そして、樹の方を向くと、

「まさかな」

とつぶやきながら立ち上がった。

そして、樹の幹を抱きしめると、

「いま僕に話しかけたか?」

囁く様に問いかける。



(…アッ

 …コノ感ジ、
 
 …私ヲ抱キシメテクレテイル、

 …私ノ声ガ届イタンダ)

”樹”は自分の声が男に通じたことを実感すると、

(…ウレシイ)

と呟く。

男はしばらくの間、

樹の幹を抱きしめ耳を澄ましてみるが、

しかし、最初に聞こえた声以外には何も聞こえなかった。

「ふぅ…」

ゆっくりを耳を離して男がため息をつくと、

「樹が話しかけるだなんて、ないか。

 だって、もぅ1年が過ぎているもんな、

 里枝も樹になっちまったよな」

とかつて乳房だったところから延びている枝を見上げてみる。

(…アァ…

 …離レナイデ…
 
 …モット
 
 …モット、私ニ触レテイテ)

男の気配が遠ざかってしまったことに”樹”は焦りを感じると、

(…何カ、

 …モット、訴エカケル何カ)

と”樹”の姿でも男に訴えるものを探し始めた。

すると、

(…私ガ手伝ッテアゲヨウ)

の声が”樹”に寄せると、

シュッ!

”樹”の根に小さな光が飛び込んできた。

すると、

パキン!

ムクッ

かつて”樹”が人間だったとき、

生殖器があった名残の窪みから小さな芽が顔を出した。

(…ア!!)

その事に”樹”が気付くと、

(…オ願イ)

”樹”はその芽に力を集めていく。

すると、

ムクッ

ムクムク!!

発芽した芽は見る見る伸び、

やがてその先端が膨らみはじめると、

花の蕾をつけたのである。



「おっおいっ」

突然幹から突き出してきた花の蕾に男が驚くと、

クチュリ…

蕾は濃厚な密を滴らせながら、

肉厚の花弁をゆっくりと広げていく。

「これって」

花弁を開いた花はまさに女性の生殖器を思わせる姿へと変わり、

ポタポタ

と花弁の奥より愛液を滴らせると、

そこに”あるもの”を入れるようにと促し始めた。



「里枝、

 お前…」

それを見た男は最初はあきれた表情を見せるが

すぐにやけるように笑うと、

「君が僕のために咲かせたのか?」

”樹”に向かって男が話しかけると、

ザザザッ

樹の葉がかすかに揺れる。

「なんだ、

 樹になったら声が聞こえないのかと思っていたけど、

 僕の声は聞こえるんだ」

そう言いながら男は”樹”の幹に手を廻し

再度抱きしめて見せる。

すると、

(…トーモヤ。

 …大好キ)

と彼に声が響いたような気がした。

「え?」

ハッキリと聞き取れる明瞭な声ではなかったが、

その声を聴いた男はズボンをおろし、

痛いくらいに朝立ちをしている肉棒を

開いている花弁の中へを押し込んだ。

キュムッ

肉棒を飲み込んだ肉厚の花弁は瞬く間に締まると、

くちゅぅぅ…

奥から滴る愛液が男の肉棒に絡みついていく。



「うっ

 はっ

 はぁん、

 あぁぁ」

花開いた花弁に肉棒を飲み込まれた男は

”樹”を抱きしめながら腰を振りつづける。

そして、

「あっ

 あぁぁぁぁ」

喘ぎ声を残して男が果ててしまうと、

ドロッ

栗の香りを放つ精を滴らせながら

開いていた花弁はゆっくりと閉じていき、

樹の窪みの中へと押し込まれていったのである。



サァァァ

猛暑だった夏が過ぎると、

チチチ

チチチ

”樹”は実をつけ、

盛んに鳥がその実を啄んでいた。

そして、木枯らしを伴って晩秋の風が吹きぬけていくと、

ザザザザ

金色に染まった葉を茂らせて”樹”は静かにその場に立っていた。

(…モゥ安心ノヨウダナ)

(…ソウダナ)

ザザザッ

ザザザッ

風が吹き抜けるごとに”樹”からバレリーナの如く落ち葉は華麗に散っていく。

そして、舞い落ちていく落ち葉を見送った”樹”は

束の間の冬の眠りへとついていったのであった。



『…かっれきーにー…

 …はーなをー…

 …さーかせ…ましょー…

 ……

 …さっいたぁー…
 
 …はーなよー…

 …さきほ…これー

 ……

 …さきほーこ…る…

 …はーなのー

 …かおり…とべー

 ……

 …かおりーよー…

 …とーどけ…

 …よっみの…はて…

 ………

 …よみに…

 …おわす…

 …あのか…たよー

 ……

 …はっなのー

 …かおりに…

 …なーにおもふ…

 ……』

早春、

天に向かって伸びる一筋の光が森に舞い降りると、

その歌声を響かせながら

生者が眠りについた世界を舞い踊り続けていた。



おわり