風祭文庫・異形変身の館






「樹怨」
(最終話:春の光の中で)


作・風祭玲

Vol.1065





「うわっ、

 崩れ始めた。

 寿命を迎えた樹の最後ってこんな風になるのか?」

命が尽きたご神木の最後。

さっきまで会話を交わしていた

樹が一気に崩れ始めると、

俺は慌てて身構る。

そして、

そんな俺の目の前で

樹の枝が落ちると、

幹が割れ、

音と埃が舞い踊り、

次第にその大きさを小さくしていく。

そして、全てが崩れ去った後、

スゥ…

白衣に緋袴姿の巫女が姿を見せたのであった。



「お前は…」

崩れ落ちた樹に宿っていた霊魂だろうか、

半透明の巫女はゆっくりと立ち上がると、

『うーんっ』

驚く俺を余所に大きく背伸びをしてみせる。

あの事件の巫女…

巫女を見ながら

俺は明治の昔にここで起きた事件の事を思い出す。

「お前は、

 あの事件の巫女だ」

巫女を指差して俺は怒鳴り声を挙げる。

間違いない。

明治の昔に起きた事件で

ご神木の木の実を食べ。

樹になっていた巫女が復活したのだ。

『この姿で会うのは初めてだな』

背伸びを終えた巫女は俺に向かって笑顔を見せると、

「それがお前の本当の姿か」

と俺は問い尋ねる。

『感謝するよ、

 お前達のおかげで手遅れになる前に、

 ご神木の役目を引き継げたのだからな』

「いまさら感謝なんてしてもらっても、

 嬉しくはないよ」

礼を言う巫女とは対照的に俺は拗ねて見せると、

『さ・て・と』

そんな俺には構わずに

巫女は自分の衣についた埃を手で払いのけ、

足元を数回蹴って見せる。

そして、その直後、

『こらぁ!

 いつまで寝ているのっ、

 この馬鹿真二っ!』

そう怒鳴りながら手を地面に突っ込むと、

中から気弱そうな男を引き上げて見せたのだ。

「へ?」

地面から引き釣り出された男は巫女と同じ半透明で、

二人の姿を俺は呆気に取られてみていると、

『折角寝ていたのに

 無理やり起こさないでよ。

 明日香ぁ』

と男は眠たそうな目を擦り文句を言う。

『何、寝ぼけたことを言っているの。

 そんな間抜けだから、

 庄屋の娘に無理やり祝言を上げさせられたんでしょう。

 少しは反省しなさいっ』

『そんなことを言っても…』

『ほらっ、

 あたしのお勤めは終わったんだから、

 さっさとあっちの世界に行くよ』

『はーぃ』

巫女に着ている着物の襟首を持たれた男は

仕方が無いように返事をすると、

『じゃぁ、

 あとの事はよろしく』

と俺と里枝に向かって挨拶をすると、

すぅーっ

瞬く間に二人は光の球となって空に向かって上って言い。

「はぁ…

 行っちゃったのか」

二人が上っていくのを見送りながら俺はそう呟くと、

その視線を下へと向ける。

すると、崩れた樹の木片の間に

互いに抱き合う二人分の人骨が姿を見せていた。

「ちっ、勝手な奴。

 何が”あとの事はよろしくだ”

 面倒なことをみんな押し付けて、

 二人仲良くあの世行きかよ。

 こっちは一人ぼっちだ」

白骨に向かって俺は足元の木片を蹴飛ばすと、

もうここには俺に向かって話しかける者は誰もいない。

そして、山は何事もなかったかのように静まり返り、

月の光が山々を煌々と照らしていた。



14年後…

「あの後、あなたと出合ったお陰で、

 私は里枝と話せるようになりました。

 本来ならもぅ少し時間が掛かるところでした。

 改めて礼を言います」

小枝を持つ黒蛇堂に向かって私は頭を下げると、

『いえ、

 私と巡り合ったのはそういう運命なんでしょう。

 けっして偶然なんかではありません』

と彼女は謙遜してみせる。

そして、

『さっき、あなたは自分は無力だと嘆いていましたが、

 それはご自分の力に気づいてないだけですよ。

 ここは神域です。

 目を閉じ、心を鎮めてご覧なさい。

 自分が持つ力が見えてくると思います。

 さて、

 彼女が話がっているので私はここで退散しますね。

 また、近くを通りましたら寄らせてもらいます』

私に向かって黒蛇堂はそういうと、

フワァァ

淡い香りを残して去っていった。

「自分の力が見えてない…か」

彼女の言葉を俺は復唱すると、

「よぉ、

 元気にしているかぁ」

と傍らに立つ里枝に向かって声を掛けた。

「今日は昨日までとは打って変わって、

 よく晴れて、

 とっても気持ちがいいな。

 雨が上がってよかったよ。

 うん、そうだな。

 雨が降るごとに春が来ているね。

 こっちはどうだ?

 なんか最近変わったことってあったか?

 ほぉ、

 ここら辺では珍しかった蜂が増えてきているか、

 温暖化のせいかな?

 え、私の方はどうかって?

 ふふっ、聞いて驚け。

 めでたくプロデューサーに昇進だよ。

 これで誰にも邪魔をされずに番組を作れるぞ。

 そうだ、ここにTVをおいてやるよ。

 アウトドア必須の電源要らず・防水・太陽光発電式の最新型だ、

 これなら地球にもやさしいし

 余計な炭酸ガスも出ない。

 お前も俺が作った番組を見ることが出来るぞ。

 はぁ?

 俗世じみた余計なことをするな?

 まぁ、
 
 ご神木がTVを見る様になっては世も末だもんなぁ。

 心配するなって、

 やれるだけのことはやってみるつもりだよ。

 新しい番組の企画も考えているんだ。

 きっとチビッ子も夢中になる。

 なぁに、

 ダメになってTV局をクビになったら

 お前の実を食べさせてもらうよ。

 そして、樹になって一緒にここに立とうな。

 え?

 そんなのダメ?

 何でだよ。

 ご神木は1本でいいって。

 おまえなぁ!」

と言ったとき、

サァァァ…

西に傾いた日差しが里枝を横から照らし始める。

と同時に、

彼女の体が黄金色に染まると、

芽吹き始めた葉がキラキラと光り輝き出した。

「きれいだなぁ…」

まさに黄金に輝く黄金の樹と化した里枝を見ながら、

私はその光景に目を奪われていると、

スワァァ

不意に樹から光の粒子が立ち上ると、

それらは私の目の前に集まっていく。

そして、

スゥゥ…

集まっていく粒子は人の形へと姿を整えていくと、

「里枝…」

その姿を見ながら私はそう呟いた。



太陽の光を一身に受けている私の目の前に

人の姿をした全裸の里枝が静かに降り立った。

「里枝…」

ニコッ

驚く俺に里枝は笑みで返事をしてみせる。

14年ぶりだった。

14年ぶりに私は人間の姿をした里枝に再会したのだ。

「なんだよっ、

 人間に戻れるじゃないかよ」

笑みを浮かべる里枝に向かって俺は涙を流しながら話しかけると、

『ト・モ・ヤ』

と私の名を呼ぶ彼女の声が頭に響いた。

「なっなんだよっ」

その声に私は涙をぬぐい返事をすると、

『シ・ゴ・ト

 ガ・ン・バ・レ』

と里枝は俺に言うと、

グッ

両手を握り締め、

ガッツポーズをしてみせる。



「ったくぅ、

 言ってくれるよ」

そんな里枝に向かって俺は笑って見せると、

『ト・モ・ヤ・ノ

 シ・ゴ・ト・ハ

 ミ・ン・ナ・ヲ

 ゲ・ン・キ・ニ・ス・ル

 ダ・カ・ラ

 ガ・ン・バ・レ』

「!っ」

里枝からのその言葉を聞いたとき、

俺の心の中に小さな光がともった。

そして、その小さな光が次第に大きくなってくると、

「そっか、

 私にはこれがあったんだ」

と叫ぶ。

なんで気がつかなかったんだろう。

「なぁ、里枝

 企画書を見てみるか?

 番組の企画書だよ。

 上手くいっても放送はこの秋以降になると思うけど、

 きっと上手くいくよ。

 タイトルは考えてあるんだ。

 ”みんなのアイドル・超ムキムキマッチョマン!!”

 お前はこの森のスーパーヒーローなんだから、

 マッチョマンは電波の世界のスーパーヒーローだ。

 そして私はマッチョマンの指令役・謎のプロデューサー・Uとして、

 この番組に出る!」

私は興奮した口調で話し始めると、

持ってきたカバンを開いて中から企画書を取り出した。

そして、それのページを1枚1枚捲りながら、

里枝に番組の詳細を話し始める。

里枝が太鼓判を押したんだ。

大丈夫、この番組はきっと上手くいく。



第三新沼ノ端市を眼下に見下ろす山の中、

穏やかに照らす春の光を全身に受けて、

山の神域に立つ一本の樹と

その樹に向かって自分の夢を語る男の姿があった。



樹怨・おわり