風祭文庫・異形変身の館






「サルスベリ」


作・風祭玲

Vol.1125







コポッ


『ごっめーんっ、

 遅くなっちゃったぁ』

『おっそーぃっ!』

『遅いぞ!』

『もぅ先に始めているよ』

『生大・6つ、お願いしまーす』

『間に合うはずだったんだけどね、

 電車が遅れちゃって』

『どこに行っていたの?』

『あれ?

 知らなかったの?』

『はぃ?』

『まぁ、いいか。

 で、ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ…

 今日のメンバーってこれだけ?』

『だよっ』

『なぁーんだ。

 いいことあるからって言うから、

 期待していたのに』

『ざぁんでしたぁ』

『逃げられちゃったんだって』

『逃げられた?

 まぁ、百戦錬磨。

 狙った獲物は絶対に逃がさないと自慢していたお方が

 ”男”に逃げられたぁ?』

『うっさいわねぇっ、

 変なところを強調しないでよっ

 あんたこそ彼氏連れてこなかったの?』

『彼氏じゃないわよ。

 ただの友達よ』

『そのワリには親しいじゃない。

 いっつも一緒にいるクセに。

 それで友達だっていうなら、

 恋人になったらどうなっちゃうんだろうね』

『余計なお世話よ』

『まぁまぁまぁ』

『ところで、何か買ってきたの?

 大きな袋持って』

『ん?、

 そのマーク!』

『あぁ!!

 しまったぁ!』

『え?

 え?』

『バーゲンって今日だったけ?』

『それで遅れたのか』

『だぁからぁ、

 SMS流したんだけど、

 ひょっとして読んでなかった?』

『うわぁぁぁぁ!

 ガッツリ入っている!』

『てっきり飲み会のことと思って流していたぁ』

『それはご愁傷様。

 おかげ様をもちまして戦果は上々でしたぁ

 ジャーン!』

『あぁぁぁ、

 そのブラウス狙っていたのにぃ!』

『いいなぁ…』

『売って。

 あんたの買値で買うわ』

『それじゃぁ

 あたしには何のメリット無いじゃない!』

『あんたには彼氏がいるでしょう!

 それ以上戦闘力を上げてどうしようって言うの?

 あたしはそれを着て、

 戦場に行かないとならないのよ』

『まぁまぁまぁ』

『くっそぉ

 自分のスケジュールミスとは言え腹が立つ』

『…生大6つ、お持ちしましたぁ』

『よーしっ

 飲めっ(ドン!)』

『へ?』

『あたしの酌が飲めないっていうのか?』

『そんな、

 あたしお酒なんて飲めないよぉ。

 それにこれって手酌じゃないでしょう』

『うるさーぃ、

 あんたがこの間、

 彼氏とビアホールで生大ジョッキ空けたこと、

 ちゃぁん、裏を取っているんだからな』

『何で知っているの?』

『彼女が目撃しているのよ』

『ちっ』

『よーしっ、

 じゃぁ、ビールが来たことだし、

 改めて潰すとしますかぁ』

『やめてぇ!』


コポッ


うぅ…

そんなに飲めないよぉ


コポッ

コポコポ


ん?

くっ苦しい…

足に…

足にどんどん染み込んでくる。

これ以上無理っ

無理無理。

飲めない。

やめてぇ!


コポコポコポ

コポッ


ん?

足に染み込んで?

あれ?

なんで足に?

ここは?

どこ?

何も見えない?

あたし何処にいるの?

うっ、

まだ足に染み込んでくる。

あたし何をしているの?

何?

あれ?

あたし?

あれ?

あれ?

あれあれあれ?



 ん?

 お目覚めかね?



誰?



 おぉ!

 わしの声が届くのか?



ここはどこ?

あなた誰?



 ここはココじゃ。

 どこではない。



じゃっじゃぁ、

あなたは誰なんです?

なんであたしに話しかけているんですか?



 ほほっ、

 これまでいくら話しかけても返事をしなかったのが、

 今度はしっかりと返事をしておる。

 確かにわしの声が聞こえるようになったようじゃの。



だからぁ、

あなたは誰なんです?



 わしか?

 わしはわしじゃ。



禅問答しているのではありません。

真面目に答えてください。



 何を怒っているのか理解できぬが、

 わしは以前からここに存在しておる。



存在?

ここに?

ここって?

あれ?

あれあれ?

あれれ?

あっ

あたし、

樹に、

サルスベリになったんだっけ



 どうした?



足に根が生えて、

植えられて、

裸にされて、

手に葉っぱが生えて、

サルスベリになったんだ。



 何を悩んでおる?



あなたは?

あなたはひょっとして私と同じ樹なんですか?



 樹?

 樹とはなにかはよく判らんが、

 こうして通じ合えることができるのは

 わしとお前さんは同じということじゃ。



そっか。



 どうした急に元気が無くなったな。

 そんなことよりも、だいぶ苦しんでいるようじゃが。



苦しんで?

あっ

はっはい、

あのあたしの足…いえ、あたしの根に染み込んできて、

もぅ根がパンパンなんです。

それで、苦しくて、

あの、どうすればいいんですか。

このままじゃ、破裂しそうです。



 そうか?

 水が上がってきたからの

 それをお前さんが吸い込んでいるのじゃ。

 水が周りを満たすのは当たり前の事じゃからな。



吸い込んでって、

あたし、そんなことになっているなんて知りません。



 知らぬと申されてものぅ。

 ここは耐えるしかないのぅ



そんな、耐えるって。



 とにかく我慢することじゃ。

 我慢しながら”下”をひたすらさらに下へ、

 そして横へと広げる努力をする。

 そうし続ければやがて溜まっていた水があがりはじめ、

 今度は”上”が上へ横へと広がっていく。



何を言っているのかな?

”下”って根の事よね。

で、”上”って葉っぱのこと?

葉っぱ?

あっ、思い出した。

樹になった時に広げた葉が乾いてきたと思ったら、

みんな無くなっちゃんたんだっけ。

それから、根が乾いてきて、

それから、

あぁ、何も覚えていない。

ってことは、

あれは秋だったんだ。

あのとき、あたしは紅葉していたんだ。

見てくれたかな、綺麗に紅葉していたあたし。

で、覚えていないときは冬。

じゃぁ、水が上がってきた今は春なんだ。

春と言えば、芽吹き。

あたし、芽吹かないと、

でも、どうやって?



 ん?

 一人で納得しているみたいだが、

 随分と物わかりが良いな。

 お前さんは何じゃ?

 わしらのような生き方をしてきてはおらんようじゃな。



ご指摘の通り、いろいろありましたけど。

いまはただのサルベリです。

自分の姿を見てそう言っている訳ではありませんが。



 おかしな奴じゃな。

 まぁ、良いか。

 納得しているお前さんに改めて言うわけだが、

 下の方で大人しくしていた水がこちらに向かって上がり、

 わしの周りを一気に満たしてしまった。

 じっと渇きに耐えていたわしらにとって喜ばしいところじゃが、

 一気に上がり周りを満たしてしまうから始末に悪い。



こんなこと初めての経験です。

あの、芽吹きはどうするんです?

芽吹かないとあたし、葉を茂らせることができません。



 言っている意味が相変わらず理解できないが、

 そのうち水は勝手に上がっていくぞ。

 我慢して待てば芽吹くからの。



待つって、

待つしかできないんですか?

自ら先に葉を開くとか、

水を吸わないように根を萎ませるとかできないんですか?



 ほほ、

 本当に面白いことを言うのぅ。

 お前さんはどこから来た?



え?



 お前さんは

 前、水が上がってきた後、

 そこに現れたようじゃからな。



うーん、元人間でした。

って説明しても理解してくれないだろうし。



 どうした?

 返事がないぞ。



えっと、

なんて説明をしたらいいのでしょうか。

その、あたしは遠いところから来ました。

で、そこでは判らないことは質問をすれば

いろいろ教えてもらえたのです。

ただ、ここでの生き方については何も教えてもらっていないのです。



 なるほど。

 でも、わしらができるのは

 下を広く広げ、奥へを伸ばし、

 そして、自分を大きくしていくことじゃ。

 下を広げて奥に伸ばすと、

 上もそれに併せて大きくなっていくからの、

 それを続けることじゃ。



はぁ、

下…根を広く奥へ、

そうすれば上…枝や葉っぱが大きく広がってか、

それを続ければあたしはどんどん大きくなって、

本物のサルスベリになっちゃう。

でも、もぅあたしはサルスベリなんだよね。

あいつはあたしにそう言っていた。

お前はサルスベリになる。って

サルスベリの花を咲かせながら

空に向かって大きくなっていくあたし、

樹になるってこう言うことなの。




コポッ




んっ、

なんか幹に貯まっているものが上に吸われているようなそんな感覚。

うん、間違いない上に持って行かれている。

これ結構、キツイかも…


え?

やだ、何この感覚?

上の方からだんだん広がってきた。

わっ

うわぁぁぁ

広く

広く

広がってくるよぉ

まるで傘が開いてくるみたいに広がってきたぁ。

あっ

この感覚って前に感じたことがある。

そっそうだ。

あたしの手にサルスベリの芽が出てきた時だ。

あの時は肌が破れて痛いのと一緒だったけど、

その痛みが消えてたあとこの感覚があったんだ。

ってことは、

そっか、あたし芽吹いているんだ。

でも、ずっと先まで感じるけど、

うわぁぁ、

それだけ大きく枝を伸ばしているんだ。



 おいっ、

 さっきからうるさいぞっ



ごめんなさい。

あの、あたし芽吹いたみたいなんです。



それがどうしたのじゃ。



どうしたって言われても、

その…

うっ、最初に芽吹いた芽が広がってきたみたい。

あぁ、チクチクしてきた。

やだ、

チクチクが広がって。

んんっ

掻きたいけど掻けない。

やだぁ、これぇ

お願い。

誰かあたしのすべての葉っぱを掻いてぇ!!



 何を言っているのが理解できないが、

 奇妙な奴じゃな。




コポッ




うーっ、

相変わらずチクチクが止まらない。

若葉を広げるってこういうことなの?

樹になったばかりのときは感じなかったけど

芽吹きがこんなに辛いなんて

樹ってこういう辛いことを耐えているんだ。


あぁ…

やっとは根の水が上に上がり始めた。

水がどんどん上がって、

若葉を満たしていく。

パンパンに張っていた根が楽になってきた。

よっよし。

今のうちに下に向かって根を伸ばさないと、

これはあたしが自分で行わないといけないんだよね。

んっ

んんっ

ちょっとづつだけど、

なんか伸びているみたい。

頑張れ、あたし。




コポッ




う、うん。

根は順調に伸びているみたいだし、

上も落ち着いてきてチクチクも感じなくなってきた。

根を伸ばして土の中の水を吸い取って

その水が身体の中をとおって、

葉っぱに行き渡っていく。

あたし、立派に樹をやっているじゃない。

これを繰り返せば大丈夫。


でも、いまのあたしってどんな姿なのかな。

葉っぱをつけた枝をいっぱいに大きく広げたサルスベリなんだろうなぁ

こんな姿のあたしを見たらみんななんて言うかな。

でも、樹として植わったのが山の奥だし、

誰も見つけてはくれないか。

見てほしいような。

でも、葉っぱ広げて元人間です。って訴えるのも変だし。

第一、あたしの声なんて誰も聞こえないし。

って一人で突っ込みいれてどうするのよ。

こんなことをずっと続けていくのかなぁ…




コポッ




なんか上の葉っぱが鈍くなってきた。

それに思いっきり外側の葉っぱもクシュンと…

え?

何か起きているの?

あぁん、どうなっているの?



 また騒いでおるのか?



あっはい、

あたしの葉っぱ次々とクシュンとなってきて、

あたし、どうなっちゃっうんですか?



 ん?

 周囲の樹が皆葉を広げてきたので、

 お前さんの取り分がなくなってきたのだろう。



取り分?



 散々訴え来たチクチクは感じておるか?



いえ?

あまり感じなくなったので



 それは良くない。



良くないんですか?

感じないって。



 当たり前じゃ。

 葉っぱでチクチクを感じることで葉は元気になり、

 下から吸い上げることができる。

 もし、チクチクを感じることがなくなったら、

 葉は元気を失い吸い上げる力が消えてしまうのじゃ。

 そうなったら貯まる一方となり、

 お前さんをさらに苦しめるぞ。



 そんなのやだ。



 だったらチクチクを感じる方に葉の力を分け与えることじゃ。

 葉に力を与えて、

 限界を超えればそれが枝となり、新しい葉をつける。

 芽生えは放っておけば若葉をつけることができるが、

 それを過ぎたら葉のチクチクを絶やさないよう注意することじゃ。

 チクチクを感じなくなった葉は捨て、

 チクチクを感じる葉を増やす。

 樹は皆そうしておるぞ。



そ、そうなんですか。

知らなかった。



 お前さんは知識がまるでないのぅ。

 どうやってそこまで生きてきたのじゃ?



樹になったのは最近ですので、

知識がないのは当たり前です。

根と同じように葉っぱにも気を使わないとならないのか。

とにかく今はチクチクを探してそこを最優先に…

うんっ

くっ

葉っぱよ、クシュンとなるなぁ!




コポッ




あぁ…葉っぱはなんとか伸びたみたいだけど、

今度は根から吸い上げる水がなくなってきた。

もっと下に水があるのかな。

とにかく根を先に伸ばさないと、

あれ?

何かにあたった。

この感覚って誰かの根?

え?

この先行けないの?

じゃっじゃぁ、

こっちに伸ばして、

あぁん、

こっちにも誰かの根がある。

じゃぁ、あっち!

え?

こっちも?

なによっなによっ、

あたしの周りって根っこだらけじゃない。

もぅ、根を伸ばして水を吸い上げないと

せっかく大きくした葉っぱがクシュンとしちゃう。

あの、そこを通してください。

すみません。

ここくぐらせてください。

同じ山の樹でしょう。

そんな意地悪しないで。

おっお願いですから!




コポッ




これって樹の生存競争ってやつ?

人間だったころに見たことがある。

森の奥の大きな木の陰で

蔦をいっぱいからませて元気なさそうに生えているちっこい樹。

あたしっていまそういう樹になっているのかな。

樹になるってひたすら退屈な日々を過ごすことって思っていたけど、

結構、サバイバルなんだね。

とにかく葉っぱがチクチクするところ、

根を張れるところを探してシッカリ伸ばさないと生きていけないってコト。

おぉ!

チクチクしてきたっ、

空いているならっ、

そこっもらい!



コポッ



うぐっ

枝と葉っぱを広げすぎたかも、

根が動くし、

周りの水が無くなってきた。

ここにきて急に吸い上げないとならない水の量が増えてきたし、

根を伸ばすにしても

上に持って行かれてしまって思うように伸ばせられない。

これはまずいかも。

どうしよう。

自分からは枝や葉っぱを切れないし。

このままじゃぁ、枯れ死してしまう?

お願い!

誰かぁ!

あたしの枝を切ってぇ!

あたし枯れちゃうよぉ!




コポッ




あれ?

急に軽くなった?

葉っぱのチクチクも増えたし、

根の周りの水がちょっと回復してきた。

ん?

ん?

チクチクを感じる葉っぱの範囲がきれいに揃えられた感じがする。

あっ

ひょっとしてこれって

そっか、人の手が入ってって、

ってことは、

あいつ、あたしの面倒を見てくれているんだ。

居るんでしょう?

あたしのそばに。

ねぇ、何か話しかけて。

何も見えないし

何も聞こえないけど、

でも、精一杯感じ取るわ。

ねぇ、あたしは元気にここにいるわよ。

なにか、

なにか、あいつに伝える手段は。

うっ

なに?

芽吹きとは違う感じが上から、

ポツポツと広がってきた。

んふっ、

変な感じが湧き上がってくる。

んふっ

んんっ

感じがどんどん大きく、

ん?

まさか、これってひょっとして花?

そうか、花が咲いたんだ。

あたしもついに花を咲かせてしまったんだ。

花を咲かせたあたしって、

どんな姿なんだろう。

匂いはどうかなぁ

見てみたいし、

匂いも嗅いでみたいけど、

目なんてとっくに無くなっちゃったし、

鼻も同じ。

樹の中からこうして感じるしかないのか。

うんっ

花からいろんな感覚が感じ始めたわ。

だめっ

そこっ

雌蕊が感じちゃうっ、

あぁっ、

花の匂いに惹かれて虫が集まっているみたい。

しかも、一か所だけではなくていろんなところから、

やだ、よそのサルスベリの花粉が雌蕊に付いて、

あたしの無数のオマンコが一斉に犯されているみたい。

あぁん、セックスよりもずっと気持ちいい。

ねっ、

ねぇ、

あっあたしって

き・れ・い

何でもいいから伝えてよ。




コポッ




花は咲き終わったのにまだ水を吸い上げるのね。

季節は良くはわからないけど、

サルスベリの花は夏に咲くから夏なんでしょうね。

だって、チクチクする時間が長いし、

葉っぱは元気よく水を求めている。

無駄に伸びた枝を切ってもらったし、

あとはこのまま秋になるのを待つだけか、

チクッ!

って、

誰?

チクッ

また虫?

チク、チク、

んんっ、

今度は上だけではなくて、

真ん中、幹からもチクッってくる。

根の周りにも何かがうごめき出しているし、

あたしの周囲で虫が這っているんだわ。

このチクッは何、

まさか、セミ?

葉っぱも結構な数が感じなくなっているのがある。

もしかして毛虫に食われているのかな。

根っこの周りで動いているのって、

ミミズ?

それともモグラ?

はぅ

いろんな生き物があたしに集ってきて、

あたしの体に穴をあけて吸ったり、

齧りとって食べているんだ。

はうぅぅ、

これって結構気持ち悪いよぉ。

でも、

樹だから、嫌がれないしそこは我慢しなくちゃ。



 ほぉ、

 ここの生き方に慣れてきたようじゃの。



あっ、お久しぶりです。

今まで何をしていたんですか?



 わしもお前さんと同じようにいろいろすることがあってのぅ、

 花も終わったし、

 いま休憩しておるところじゃ。



あなたも花を咲かせるんですか?



 当たり前じゃっ、

 で、どうじゃ。



どうじゃ、って。

まぁ、ここでの生き方もいいかなっと。



 ふむっ

 そうじゃろ。



 花が終わって、

 実を実らせる。

 やがて乾いてきたら葉を落として眠る。

 残っているのはそれくらいかな。

 あっそうじゃ。

 一つ厄介なのがあったわい。



厄介なもの?



 前の時は来なかったが、

 今度は必ず来るぞ。



はぁ?




コポッ




うわぁぁぁぁ

なにこれぇ?

枝が強い力で持って行かれる。

身体が揺さぶられる。

ちょっとぉ

なに無茶してくれるのっ、

何が起きているの?



 とにかく耐えるのじゃ

 上がある程度持って行かれるのは仕方がない。

 下をしっかりと張って、

 こらえるんじゃぁ



そうはいっても、

うわっ、

ところどころから悲鳴が上がっている。

樹の悲鳴?

水が一気に上がってきた。

葉っぱの吸い上げが間に合わないし、

やだ、せっかくなっていた実が外れていく。

何が起きているのよっ、

そんなに揺さぶらないで、


くっ


石にでもしがみつかないと、

もっと根を張って

たっ倒れてたまるかぁぁ!!!

ってその石が動いているじゃない。

やっぱだめぇぇぇぇ

根が、根が外れる!

あたし倒れちゃうぅ

いやぁぁぁ!!




コポッ




あっあれ?

あたしどうなっちゃったの?

葉っぱはチクチクしない。

根は…ほとんど水を感じないし乾き始めている。

どうしよう。

あたし倒れちゃったの?

ひょっとして根を上にあげて横倒し?

これって、まじでヤバい状況?

ねぇ、誰かいないの?

ねぇ、誰か、

やだよぉ、

このまま枯れて死んじゃうなんて。

せっかく樹として生きて行こうと思ったのに、

ここで枯れちゃうなら、

あの時、人間の姿のまま枯れたかったよ。

誰かぁ!

あたしを助けてぇ


”ゴッ!”

え?

いま叩かれた?

”ゴッゴッ!”

やだ、あたし、叩かれている。

これってまさか。

”ゴッゴゴゴッ!

この叩き方、間違いないあいつだわ。

あたし、まだ生きているよ。

お願い、

あたしを起こして!

えぇっと、どうやって伝えれば、

お花を咲かせる余裕なんて無いし、

何でもいいから音を出す方法って、

どうしよう。

もぅ何でもいいから音、鳴ってぇ!

お願いっ

あいつにあたしの気持ちを伝えてぇ!


ポクンッ!


え?

いまのって、

あたしの中で鳴ったの?

”ゴッ”

”ゴゴンッ”

向こうが返してくれた。

聞こえたんだ。

あたしの音。

こうなったら、

うんっ、

くぅぅぅぅ


ポクン


ポクポクン


うはっ

やった、あたし自分で鳴ることができた。


”ゴッ”

”ゴゴンッ”

”ゴッ”

”ゴゴンッ”

向こうも判ってくれている。

よっよしっ

んっ、


ポクッ


ポクン

ポクポクン


かぁぁぁ…

どうだ!


”ゴゴゴンッ”

”ゴゴンッ”


うっ、

なんだろう、

あたし樹なのに、

こうしてお話しできるなんて、


嬉しい。


コポッ


あぁ、根が水で満たされてきた。

葉もチクチクしてきた。

植えなおしてくれたのね。

ありがとう…

ってあれ?

音が鳴らない。

うぅっ、

向こうからは叩いてくれるんだけど、

あたしは思うように鳴らすことができないよぉ。

あれ?

向こうも叩かなくなってしまった。

もぅ帰っちゃったのかな。

あーぁ、

また山の中に一人ぼっちか。



 よぉ、そのあたり土が大きく動いたみたいじゃが、

 お前さんは無事だったか。



あっ

困っているときには何も言わないで。



 そうか、

 わしはずっと話しかけておったぞ。



そうなの?

じゃぁ、あたし本当に倒れていたんだ。



 無事ならよかった。

 しかし、枝も葉もせっかく成っていた実も思いっきり持って行かれてしまったわい。

 こういうのが時折あるから大変なんじゃ。



あれはなんですか?



 さぁな?

 わしも何が起きているのかさっぱりわからん。

 ただ、毎回、あれが来て去った後、

 言葉を交わせなくなるものが多少出るのじゃ。

 お前さんのことも心配しておったのじゃよ。



それはありがとうございます。

なんだったのかな?

あれって、

根を張っているあたしを横倒しにするんだから、

まるで台風。

あっ、

そっか、台風が来たんだ。

そっかそっか、

それじゃぁ仕方がないか。



 何を言っておるんじゃ?



え?

あっいや、ちょっと心当たりがありまして、



 そうなのか?

 あれが何なのかお前さんはわかったのか。



えぇまぁ。



 なんじゃ、

 あれはなんなのじゃ。

 教えてくだされ。



えぇ、

どうしようかなぁ




コポッ




葉がチクチクするのも減ってきたし、

虫の感覚もあまりしなくなってきた。

それに根の周りの水も少しずつ下がってきたわ。

ってことは秋のね。

あーきの…ゆぅひーにぃ

って樹が歌っても仕方がないか、

ねぇ、聞こえる?


 なんじゃ?

 わしはもぅ葉を落としたし、

 乾いてきたので寝ることにするぞ。

 しばしのお別れじゃ。



そう

あたしも支度をしないといけないか、

冬を迎える支度。

二度目の冬なんだけど、

でも、サルスベリになってからは冬までの事って何も覚えてないや、

樹になって気が付いたら今年の春。

それからいろいろあったけど、

でも、意識が飛んでいたこともあったし、

なんかこの1年が1日か2日程度にしか感じられなかったな。

でも、これが樹の時間なんだよね。

あいつ、この1年はいろいろあっただろうな、

仕方がないよね。

あたしサルスベリだし、

このまま枯れるまで生きて行くしかないか。

って、その前に葉っぱを思いっきり紅葉させるぞ!

そして、来年の春までお休みだぁ。

いいかっ、

あたしの紅葉を見たければここに来いっ、

乙女の紅葉は短いんだから、

待っているぞ。



「ほぉ、

 去年と比べて綺麗に紅葉しているじゃないか。

 このサルスベリちゃんは。

 場所を変えたのが良かったか。

 しかし、この間の台風で土崩に巻き込まれて

 思いっきり横倒しになっていたクセに

 一人前に紅葉して見せるとは見上げた度胸だ。

 褒めて遣わすぞ。

 そういえば、

 倒れた幹を起こしているとき、

 幹の中から水の音が鳴るような音が聞こえてきたけど、

 あれって、あいつの声だったのかな。

 枝の剪定やいろいろ面倒を見てきたけど、

 まだまだ手を掛けないと駄目か。

 どれ、記念に一枚写真を撮ってやるか。

 今年は花を見ることは無理だったけど、

 来年こそは花を見てやらないとな」




コポッ




…音もなく降りしきる雪。

…葉を落とし裸になった枝に雪を受け止めるサルスベリは

…白い舞台で華麗に舞う踊り子のような出で立ちで、

…静かに立っていた



おわり