風祭文庫・異形変身の館






「記憶の中」


作・風祭玲

Vol.1101





記憶というのは厄介なものだ。

一つ思い出すと忘れていたはずの次を思い出してしまう。



春。

僕はクルマのハンドルを握り、

高速道路を走り抜けていた。

クルマの中は僕一人、

助手席に座りアレコレと口を出してくる小うるさい妻の姿や、

後部座席で騒ぎ出す子供たちの姿はない。

「ちょっと用事があるので出かけてくる。

 夕方には帰る」

家族にはそう申し付けて出かけたからだ。



高速道のインターを下り、

山へと街道を進んでいくと、

沿道に立ち並んでいた人家は次第に見かけなくなり、

道路の幅もクルマ一台が通るのがやっとの幅へと狭まってくる。

そして、あるところで僕はクルマを止めた。

人里から遠く離れた山中。

クルマのエンジンを止めると自然が奏でる音しかない世界。

すーっ

クルマから下りた僕は大きく深呼吸をすると、

「よしっ」

気合を入れるように掛け声をかけ、

パンッ

頬を叩いた。



リュックを背負い、

ゴトッ

トランクから重い音を響かせる荷物を引き出して担ぐと、

ザザザッ

僕は獣道同然の山道を進み始める。

前にこの場所に来たのはもぅ20年近く前のことだった。

新緑が芽吹き始めた早春、

ここにあった停留所で路線バスから降り、

”僕たち”は山に向かうハイカーとしてこの道を歩いた。

それから20年が過ぎたいま、僕はあの時と同じ道を僕は歩いている。

昔を懐かしんでただ歩くのではない。

ズシリ

と肩に食い込む重みを感じながら、

僕はあの時とは違う覚悟で歩いていた。

「んと、どっちだっけ…」

大方の道筋は覚えていたつもりだったが、

しかし、20年という時は記憶を劣化させ不鮮明なものにしてしまっていた。

分かれ道が姿を現すたびに危なっかしくルートを選択して

僕は山の中へと進んでいく。



突然視界が切れ、

赤茶色の世界が飛び込んできた。

「あっ…」

山は切り開かれ、

茶色の世界の中で建設機械の群れが慌ただしく動き回り土地を整地している。

首都圏を取り囲む環状高速道の建設工事現場だ。

ネットに公開されている担当土木事務所の計画図には、

この場に高速道の他にインターチェンジが作られ、

さらに、インターに繋がる国道バイパスが山を貫くことになっている。

全ての整備が終わるとこの一帯は流通拠点となり、

今とは全く違う姿へと変貌することが約束されている。



だが、この計画を知らせる新聞の記事が

僕がこの山へと向かわせることになった切っ掛けでもあった。

記憶と言うのは厄介なものだ。

忘れていたはずなのに…再び思い出せてくれる。



ザッ

先を急ぐようにして僕は山道を進んでいく。

高速道とバイパスの整備の目途は既に付き、

工事は周辺へと広がり始めていた。

いま生い茂っている木々は間もなく根こそぎ伐採されてしまう。

そうなる前に…

荷物を背負い直して僕は先に進んでいく。

山の木々は次第にその高さを増し、

道は薄暗い森の中を埋没しそうになりながらも続いていた。

その中を僕は歩いていくと、

カチン!

カチン!

何かを叩くような音が耳元に響いた。

「やばっ、

 スズメバチだ」

その音が近くを飛び交うスズメバチからの警告である事に気付くと、

僕の背中に冷たいものが走った。

難を逃れるには今すぐここから引き返すしかない。

しかし、僕はこの奥に行かなくてはならない。

一旦戻って別のルートを向かうには時間がかかりすぎる。

「どうする?」

蜂からの警告音を聞きながら僕は選択を迫られていた。

「別の日に…」

「いや、そう簡単に休みは取れないし、

 妻が気づく」

「どうする?」

「どうする?」

歯を食いしばって考えた末、

「えぇいっ!」

捲くっていた袖をおろした僕は、

ダッ

一気に強行突破を図った。

ブンッ

ブブブブッ

たちまち無数の蜂の羽音が響き、

強行突破をする僕の周囲を取り囲みはじめる。

もぅ立止まる訳にはいかない。

”蜂に刺される前に叩き落とす”

冷静に考えれば無茶もいいところだ。

「だぁぁぁぁぁぁ!!!」

声を張り上げて僕は森の中を駆け抜けていく、

やがて、目の前に光の出口が姿を見せると、

「あそこだ」

その出口に向かって一気に走っていく。

だが、

ゴッ!

「あっ」

道に張り出していた木の根に足を引っかけてしまうと、

僕は盛大に転んでしまった。

そして、倒れている僕にめがけて蜂の羽音が迫ってくる。

「ちくしょう!」

心の中でそう叫び声をあげていると、

『だいじょうぶ…』

と女性の声が頭に響いた。

「あっ」

その声を聞いた僕は顔を上げると、

フワッ

甘い香りが僕の鼻をつき、

光の向こうから霧のようなものが漂ってきていた。

すると、

ブブッ

ブブブッ

迫っていた蜂の羽音は霧に押される様に遠のき消えていった。

「助かった…のか…

 いや、助けられたな」

気恥ずかしい気持ちになりながら僕は立ち上がり、

転んだ際に衣服に付いた泥を叩き落とすと光へと進んでいく。



光に包まれ視界が開けるのと同時に僕の前に一本の樹が姿を見せた。

大地からスクッと生える色白の幹は目の前で大きく二股に分かれていて、

別れたそれぞれの幹は天の先で枝葉の輪を作っていた。

「久しぶり。

 助けてくれてありがとう」

照れくささを感じながらも

僕は礼を言いつつ樹の幹に手を触れると

ザザザッ

応えているのか幹がかすかに震えた。

そして、

コツン

その幹に自分の額を押し付けて、

「僕がここに来たこと、

 やっぱりわかった?」

と尋ねてみると、

『…うん』

と樹の幹の奥から声が静かに響いた。



20年ぶりの再会。

だが、感傷に浸っている時間はあまりない。

ズシリ

肩に食い込む荷物の重みが僕の背中を押した。

「あのね…」

樹に向かって僕は声をかけると、

『…わかっている』

と返事が返ってくる。

「わかって…いるの?」

『…うん』

「僕が何をしに来たのか」

『…うん』

「それって…どういうことをするのかも?」

『…うん』

樹の返事を聞いた僕は思わず顔を上げると、

クチュッ!

突然、樹の幹が二股に分かれているところより樹液が染み出し始めると、

白い樹肌が覆う股の部分を黒く染め始めた。

そして、その染まった部分の樹肌が避けるようにして切れ目が入り、

見る間に女性器のような姿へと変貌していく。

「姉さん?」

樹の股に突如合わられた女性器に僕は驚いていると、

『…もぅ

 …そんなに
 
 …じかんが

 …たっているのね。

 …あなた
 
 …いなくなったのは
 
 …つい
 
 …このあいだ

 …だと
 
 …おもっていた』

と樹は話しかけてくる。

「あぁ、僕はもぅすっかり大人だよ。

 結婚をして、

 子供もいる」

『…そう、

 …なんだ』

「あぁ…そうだよ」



20年前、

思春期の入り口に立った僕が最初に意識した異性は紛れもない姉さんだった。

姉さんの寝姿、

姉さんの着替え、

姉さんが見せる様々な仕草が女性を意識し始めた僕の心を惑わし、

僕は姉さんをオカズにして自慰(オナニー)に耽っていた

そんなある日、

オナニーに耽っている僕の姿が姉さんに見つかってしまった。

しかし、姉さんはそんな僕を毛嫌いすることなく、

やさしく抱きしめてくれた。

女性の体の柔らかさに包まれながら、

僕は盛大に射精してしまったのである。

「ごめんなさい」

体を小さくして謝る僕を

姉さんは小さく笑いながら後始末をしてくれた。

その日以降、

僕と姉さんは肌を重ね合わせるようになり、

まるで恋人のような関係へとなって行った。

だが、あくまで姉と弟である。

世間的に許されることではない。

僕と姉さんの親密な姿は近所で噂になり、

両親からも疑念を持たれてしまうこととなった。

そんな時に姉さんのお腹が膨らみだしたのだ。

姉さんからその話を聞かされた時、

僕は姉さんを妊娠させてしまった。と凍り付いたが、

しかし、姉さんは僕を責めることなくハイキングへと誘ったのだ。

そして、逃げるように僕たちは家を飛び出しこの山へと来た。

「ねぇ、

 これからどするの?」

この場所で僕は不安げに尋ねると、

「どうしようなかぁ…」

姉さんはどこ吹く風で返事をしながら、

背負ってきたリュックから木の実を一つ取り出して見せた。

「なにそれ?」

いきなり見せられた実を眺めながら、

この場でそれを見せた真意を尋ねると、

「うふふふ…

 とっても美味しいのよこの実」

そう返事をしながら姉さんは

ガブリ

と実をかじって見せる。

「お腹壊すよ」

姉さんの身を案じながら僕は注意すると、

「大丈夫よ」

と姉さんは返事をする。

「そんなこと言ったって、

 姉さんの体は姉さんだけのものじゃないんだから」

お腹の子を案じながら言うと、

「ちょっとぉ、

 あたしは妊娠なんてしてないよ」

「え?」

姉さんの口から出た言葉に僕は驚くと、

「あぁ、この実を食べたせいかな、

 お腹がもぅこんなに膨れちゃったわ」

と言いながら、

姉さんはまるで臨月の妊婦のようなに膨らみになってしまったお腹をさすり始めた。

「姉さん?

 それ…」

いくら妊娠であってもこの急激な膨らみ方は尋常ではない。

僕は驚きながら声を上げると、

「うふふ…この中にはね。

 特別なものが詰まっているの」

と意味深に姉さんは告げた途端、

ゲフッ!

いきなり姉さんはゲップをすると、

「!!っ」

あわてて口を押えた。

「姉さん?」

口を押える姉さんに問い尋ねると、

ジュルッ

押さえている手の指の間から白い糸のようなものが這い出し、

ゆっくりと伸びていく。

「姉さん?

 どうしたの?
 
 その白い糸のようなものは何?」

僕は姉さんに問い尋ね、

そして口を押えている手をどかそうとした、

すると、

「うごわわないで!!!」

籠った声をあげて姉さんは僕を突き飛ばすが、

同時に姉さんの口からは

髭のような糸があふれている様子がはっきりと見て取れた。

「うわぁぁぁ!!!」

それを見た僕は悲鳴に近い声を上げて、

姉さんを突き飛ばしてしまうと、

姉さんは地面を転がるように倒れてしまった。

「あっ、

 ごめん、大丈夫?」

倒れた姉さんを僕は慌てて抱き起そうとするが、

しかし、

「うぐぅ」

倒れた姉さんは顔を地面から離すことが出来なくなっていた。

ズズズズズ

ズズズズズ

姉さんは口からあふれ出ていた糸が次々と地面の中へと潜っていき、

姉さんお顔はその糸に引っ張られる様にして

ゆっくりと地面へと近づけているのである。

「うぐぐぐぐぐ…」

「うぐぐぐぐぐ…」

口から糸を吹きながら姉さんは両腕を踏ん張って糸の力に抗していたが、

しかし、

引き寄せられる鼻先が地面に触れてしまうと、

ブッ!

その鼻からも糸を吹き、

一気に地面に顔全体を擦り付けてしまった。

そして、

それを合図に、

ズズズズズ…

姉さんの口や鼻から吹き出す糸は次第に量と太さを増し顎を押し広げていく。

その様子を僕は只眺めているしかできなかった。

やがて姉さんはまるで逆立ちするかのように、

足先を上にして体を起こしていくと股を開いた。

そして、地面に掌を付けていた両腕も掌を地面から離して空に向かって掲げてしまうと、

姉さんは顔をで全身の体重を支えてみせるパフォーマーのような姿をして見せた。

しかし、その姿をして見せるのはわずか一瞬の事だった。

「ぐもわぁぁぁぁ!!」

姉さんは獣のような唸り声を上げた途端、

グシャッ!

顔がつぶれるように弾けてしまうと

さらに太さを増した糸…いや”根”が広く深く地面に潜りはじめる。

ズズズズズズ…

ズズッ

ズズズズズズ…

不気味な音を上げながら姉さんの体は太さを増し、

空に向けられた手足は競うように伸びはじめる。



ビリビリビリ

ついに変化についていけなくなった姉さんの服が引裂け、

姉さんの白い肌が山の景色の中にさらけ出されてしまうが、

だが、恐る恐る姉さんの肌に触ってみると、

その肌には柔らかさはなく、

色こそは変わらないものの、

感触は樹の棒にゴムを巻いた感触と対して変わりはなかった。

「姉さん…

 ひょっとして、

 樹になっているの?

 僕を置いて、

 姉さんだけ樹になっちゃう。っていうの?」

空に向かって伸びる足先や掌の肌から樹の芽を吹き出し始めた姉さんに向かって

僕は話しかけるが、

しかし、樹になって行く姉さんからの返事なかった。

メリメリメリメリ…

姉さんの顔は完全な根となって地面の中へと潜り込み、

空に向かって伸びる足や手には枝葉が生い茂ていく。

僅かながらも柔らかさが残っていた肌も固い木肌へと変化してしまうと、

その木肌を裂く様にして幾重にも筋が刻まれて行った。

そして、最後に残っていた女性器が木肌の中へと没してしまうと、

姉さんは一本の樹となって僕の前に佇んだのであった。



なんで、姉さんは僕を置いて一人だけで樹になったのか。

僕はその答えを求め続けていた。

けど、いくら追い求めても出てくるものは傍証であり、

真実は姉さん本人しか判らないのである。



「姉さん。

 これって、どういうこと?」

樹の股に再び姿を見せた女性器に驚きながら僕は尋ねると、

『…だいて』

と姉さんは返してきた。

「抱くって?」

『…わたし、

 …あなたのこども
 
 …うみたかった

 …でも
 
 …それ
 
 …ゆるされない
 
 …なら、

 …とおいところで

 …とおいところのやまで

 …きになりたかった

 …だから

 …きになった。

 …でも
 
 …わたし、きられる
 
 …きられてしまう

 …ならば、
 
 …こどもをうみたい。
 
 …だいじょうぶ、
 
 …きがうむこどもは、
 
 …きのみ

 …きのみがうまれたら、
 
 …どこかにうえてそだてて』

姉さんのその言葉を聞いたとき、

僕は姉さんが覚悟を決めていることを知った。

そして、

「…おねがいがあるの

 …きのみをうんでも。
 
 …わたしをきらないで、
 
 …わたしはもりのきとして、

 …きられたいの』

と続けた。

「判ったよ」

その言葉を聞いて僕は持ってきた荷物を解く気が無くなってしまうと、

改めて女性器が浮き上がる樹の股を見る。

そして、

手を伸ばしてその股に触れてみると、

クチュッ

かつて触れた記憶があるその中へと指を導いていった。



『…』

樹になった時に感覚を捨て去ったはずなのに、

樹の奥からあえぐ声がかすかに響き渡ると、

クチュッ

クチュクチュ

僕は樹の股をいじり始める。

『…じらさないで』

「動けないくせに生意気言うなよ」

『…はやく、

 …して」

「しかたがないな…」

樹からの要求に僕は頭を掻きながらズボンを下ろすと、

「どうすればいいんだ?

 樹の股に跨れってか?
 
 もぅ、めんどくせー」

などと文句を言いながら樹によじ登り、

そして、樹の股と股間を重ね合わせる。

ギュムっ、

「つめてー」

『………』

「おぉっ。

 いっちょまえに締め付けてきた」

『………』

「ぬるぬるだけど、

 気持ちいい…」

ペニス全体で感じる快感に僕は次第に肌を上気させながら腰を動かし始める。

ギュムギュム

クチャクチャ

ミュムミュム

クチャクチャ

世界広しと言えども、

樹とセックスをする男はそうざらには居るはずはない。

僕はそんなことをしてしまった、

いわば希少種なのかもしれない。

「あっ、

 くっ

 でっ出る…」

ペニスの根本が痺れはじめ、

射精が近いことを悟ると、

『…おねがい

 …だして』

と姉さんは話しかけてきた。

「まっ

 まだまだ」

その声に抗するように僕はさらに腰を振るが、

だが、そう長くは持つまい、

「くっ、

 これで射精するのが、

 なんか…あれか
 
 あっ
 
 うんっ、
 
 うっ
 
 うぅぅぅっ」

樹に跨っての樹とのセックス。

端目で見ると滑稽かもしれないけど、

でも、この樹はかつての姉さんである。

「うぅぅぅっ

 あぐぅぅぅ」

声を漏らして僕は射精をしてしまったのであった。



「はぁはぁ、

 はぁはぁ」

全てを済ませた後、

僕は肩で息をしながら樹から下りると

ゴボッ

ゴボゴボゴボッ

樹の女性器から樹液が噴き出し始める。

やがてそれらが終わると、

ニュクッ

女性器の中から芽が飛び出し、

それが、目で見てわかる速で成長すると、

一つの実を付けたのである。

『…おねがい

 …このみを

 …そだてて

 …わたしたちのこどもだから』

「うっ

 うん

 これを僕に託すのか」

樹の股に実った拳ほどの赤い実を手に取って尋ねると、

『…おねがい。

 …します』

と姉さんは返してきた。

「判ったよ」

少し考えた後、

僕は熟した実を千切ると、

「じゃあな」

と別れを告げてその場を立ち去って行った。



あの日から2年近くが過ぎた。

姉さんが残した実を埋めた鉢からは

立派な若木が枝を伸ばし葉を生い茂られている。

誰が何と言おうと僕と姉さんの立派な子供だ。

もしも、姉さんが人間だったら決して生まれるはずの無い命。

その命を僕はしっかりと守り育てている。

そして、姉さんが植わっていた山はその後、

開発によって樹は皆伐採され、

環状高速道路の開通と同時に巨大ショッピングモールへと姿を変えたのであった。

もぅ行くことはないと思っていたそのショッピングモールだけど、

開店からしばらくたったある日、

その駐車場にクルマを止めることになったのであった。

人気のなかった山は開発によって大規模住宅団地に姿を変え、

無論、ショッピングモールは大勢の人でにぎわっている。

その中を僕を歩きながら、

樹となった姉さんが植わっていた場所へと向かっていくと、

「え?」

煉瓦敷きの広場となったその場所に見慣れた樹が植わっていたのであった。

「ねっ姉さん?」

色白の木肌、

大きく開いた樹の股。

間違いない。

伐採されたはずの姉さんが広場を彩る樹木の一つとして

その場に植わっていたのである。

「姉さん。

 伐採されたはずじゃ」

樹に近寄ってそう話しかけようとしたとき、

「あっ」

樹の股には女性器が浮かび上がり、

その股から樹液が滴っていることに気付いた。

「なんだ、

 大勢の人に見られて濡れているのか、

 つくづく淫乱な樹だな、姉さんは」

かつて姉さんが人間だったとき

色々と”調教”をしてきたことを思い出しながら、

僕は樹の肌を叩いて見せる。

樹になっても昔の癖は抜けないか。



記憶というのは厄介である。

一つ思い出すと忘れていたはずのもぅ一つを思う出してしまう。

肝心なことを忘れていた。

そう、僕は姉さんを調教していたのであった。

嫌がる姉さんの服をすべて剥ぎ取り、

全裸にコート一枚の出で立ちで街中を歩かせることもしていた。

最初は嫌がっていた姉さんだったけど、

でも、それらを続けていくうちに当たり前となり、

さらに強い刺激を求めるようになっていった。

そしてたどり着いたのは樹化である。

人間を樹にしてしまう翆果の実を手に入れると、

花見と称してここに連れ出していたのであった。

そして姉さんは僕が見ている目の前で、

実を食し、

樹へと変貌していったのであった。



「運よく生き残れたみたいだけど、

 大勢の人に下半身を見られてそんなに嬉しいのか。

 この変態!」



おわり