風祭文庫・異形変身の館






「缶」



作・風祭玲


Vol.436





ザザザザザザ…

一台のクルマが山道を登ってくると、

キッ

とある貸し別荘の前に停車した。

「へぇぇぇ

 良いところじゃない」

停車したクルマから長い髪を風に流しながら本間弓子が降りると、

「まぁな」

その後に続くように志田貴史がクルマから降りる。

「ねぇ」

「なに?」

「明美と付き合っているってホント?」

車から降りた早々、

トランクから荷物を降ろしている貴史に弓子は尋ねると、

「おっおいっ

 いきなり何を言い出すんだよ」

引きつった笑みを見せながら貴史は返事をした。

「あっやっぱり、本当なんだ、

 ねぇ

 あたしと明美、

 どっちが本命なの?」

貴史の反応に弓子は彼がフタマタを掛けていることを直感すると、

貴史の本意を確かめる。

「そっそりゃぁ、

 弓子、

 お前に決まっているだろう?」

「それ信じて良いの?」

「当たり前だろう、

 俺にはお前しかいないよ」

「ふぅぅん、

 まぁいいわ

 その言葉信じてあげる。

 でも、あたしを裏切るようなことをしたら、

 ただじゃぁ置かないからね」

貴史の頬にキスをしながら弓子はそう告げると、

「さっ、早くしよう

 日が暮れちゃうわ」

と言いながら、

貴史のポケットから別荘の鍵を奪い取ると中へと入っていた。

「やれやれ、

 してやられたな…」

そんな弓子の姿を眺めながら貴史は頭をかくと、

ヨイショ

と荷物を別荘へと運び込みはじめた。



翌朝、

『○×県で多発している、連続強盗事件ですが、

 その手口から警察では外国人犯行グループによるものという見方をし

 捜査範囲を…』

「おいおい

 ○×県言ったらここじゃないか」

弓子が作った朝食を食べながら貴史はそう呟くと、

「怖いわ、貴史さん」

と言いながら弓子は貴史に軽く抱きついてきた。

「大丈夫だよ、

 ○×県と言っても広いから、

 そうだ、
 
 この朝飯を食べたら、海に下りてみよう
 
 ここの海岸って水が奇麗なんだそうだよ」

と貴史は不安がる弓子を安心させるかのようにそう言う。



ザザーン

別荘の下の海岸は夏場の喧騒も無かったのように静かだった。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

泳ぐことは叶わないが

しかし、文字通りのプライベートビーチに弓子は目を輝かせ、

寄せては返す波打ち際で足に絡まる波と戯れ始めた。

「ふぅ」

そんな彼女の様子に貴史は一安心した表情でタバコを吸い始めると、

コロッ

小さな缶が足元で転がっていることに気づいた。

「缶?」

普段なら無視するところであるが、

しかし、貴史はなぜがその缶のことが気にかかり拾い上げる。

「うん、封はしてあるし

 中身が入っているけど

 でも、随分と古い缶だなぁ」

すっかりさび付いた缶を幾度も振りながら、

貴史は缶に中身が入っていることを確認すると、

それをポイッっと背後に捨てた。

すると、

「あっ

 いけないんだ、

 ゴミはちゃんと捨てないと」

貴史のその行動を見ていた弓子が声を上げた。

「良いんだよ」

弓子の非難に貴史はそう返事をすると、

「もぅ、そいう態度が海岸を汚すのよ」

と注意をしながら弓子は貴史が捨てた缶を拾い上げ、

「あら…

 中身が入っている…」

と缶を右の耳元に近づけて振って確かめた。

とそのとき

ブシュー!!

いきなり缶の封が切れ、

中からガスが噴出すと弓子の顔に直撃をした。

「キャッ!!」

突然噴出したガスに弓子が悲鳴を上げると、

「だっ大丈夫か?」

慌てて貴史が駆け寄り、

「見せてみろ」

とガスが掛かってしまった弓子の顔を見た。

「ちょっとピリピリするけど

 だっ大丈夫よ」

間近に迫る貴史の顔に頬を赤らめ弓子が返事をすると、

「うん、別に問題は無いようだな」

貴史は弓子の顔に異常が無いことを確認した後

「とりあえず別荘に戻ろうか」

と言い弓子を庇うようにして別荘へと戻っていった。



夕方、

「あっあれ?」

「ん?

 どうした?」

別荘に戻った弓子が上げた声に貴史が振り返りらずに尋ねると、

「うっうん…

 なんか、眼を瞑っても前が見えるのよ」

そう答えながら弓子は何度も目を擦り続ける。

「どれ?

 見せてみ?」

弓子のその様子に貴史はそう言いながら弓子の顔を見た途端、

「うわっ!!」

と悲鳴に近い声を上げた。

「どっどうしたの?」

「ゆっ弓子…お前…」

唖然としながら貴史は弓子を指差す。

「どうしたって言うのよ」

意味が掴みきれず弓子が痺れを切らすと、

「弓子…お前…痛くないのか?」

と貴史は恐る恐る聞き返してきた。

「痛い?

 ううん…

 ちょっと痺れた感じはするけど

 でも、痛いって程では…」

と弓子は返事をした。

「痺れるって

 その程度か?

 あまりにものの痛さに麻痺しているんじゃないのか?」

「だから、何だって?」

貴史のオーバーすぎるリアクションに弓子が怒鳴ると、

貴史はアタフタと何かを探し、

そして、

「あっこれだこれ」

弓子のバックから手鏡を見つけ出すとそれを差し出した。

「もぅ

 勝手に人の荷物を漁らないでよ」

貴史の行為に文句を言いながら手鏡を受け取った弓子が鏡に映る自分の顔を見た途端

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

弓子の悲鳴が部屋に響き渡った。

「なっなんで

 どうして…」

鏡に映る自分の顔に弓子は信じられない表情で穴が開くほど見つめていた。

そう、鏡に映る弓子の顔の約右半分がまるで皮膚が引き剥がされたようになり、

ピンポン玉を思わせる右目の眼球とその周囲を取り巻く顔の筋肉組織が姿を見せていた。

「うわぁぁぁ…

 これは酷い…」

「ねぇ、

 これってあのガスのせいなの?」

マジマジと見直す貴史に弓子はこれがあのガスのせいではないかと尋ねると、

「そっそうだな…

 とっとにかく医者に診てもらわなきゃぁ、

 このままじゃぁ失明してしまうぞ」

眼球が露出している弓子の顔を見ながら貴史はそう返事をし、

そして、大急ぎで支度をしたのち

「弓子っ行くぞ!!」

と声をかけた、

しかし、

貴史のその声に弓子は俯いたまま返事は返ってこなかった。

「?

 どうした?

 弓子…」

貴史は声をかけても返事が返ってこない弓子の肩を掴もうとすると、

「うっ」

思わずその手を引いてしまった。

「弓子…」

「たっ貴史さん…」

顔を上げた弓子が振り返ると、

「うわっ」

ついさっきまであった弓子の右目の眼球は消え、

それどころか、顔の筋肉組織までも消滅し、

弓子の顔の右側半分が白骨化していたのであった。

「助けて、

 貴史さん」

「ひぃぃぃ!!」

擦り寄ってくる弓子に貴史はへたり込むと怯えながら後ずさりする。

「いや

 死にたくない…

 貴史さん、助けて」

擦り寄る弓子の変化はその間にも続き、

皮膚が消え、筋肉組織が覗いていた顔の左側も

その筋肉組織が剥ぎ取られるように消えていくと、

白い頭蓋骨が姿を見せる。

そしてさらに、弓子の首から下も皮膚が侵食されるように消え、

次第に筋肉組織が顔を覗かせる。

「いやっ

 いやっ

 いやぁぁぁぁ!!!」

姿を見せてきた鎖骨をさらしながら弓子は悲鳴を上げると、

「おっ落ち着け

 落ち着け

 落ち着くんだ弓子!」

何とか立ち上がった貴史が声を張り上げ、

そして、暴れる弓子の腕を取ろうとするが、

そのときには振り回す弓子の腕も白骨化していた。

「どっどうなってんだ?

 一体…

 既に半分以上骸骨になっているのに弓子奴、

 こんなに暴れられるんだ?
 
 まさか、ゾンビになったのか?」

そのときになって貴史は冷静になって目の前で白骨化していく弓子の姿を見ていた。

しかし、

スゥゥゥー…

「いやぁぁぁぁ!!」

悲鳴を上げ暴れる弓子の太ももの皮膚が消えていくと、

その下の筋肉組織も消え、

程なくして弓子の体は完全に白骨化してしまった。

「おいっ

 ゆっ弓子…」

白骨化してもなおも暴れ続ける弓子の姿に

冒険物のゲームなどで出てくる白骨の戦士の姿を重ねながら貴史は声をかけると、

思い切って彼女の腕を掴んだ。

すると、

ムニッ

「え?」

白骨の腕を掴んだはずなのに貴史の手には以前と同じ弓子のやわらかい感触が返ってきた。

「肉?

 それに暖かい…

 これって?」

そのことに驚きながら貴史は、

「いやっ

 離して!!」

と悲鳴を上げる弓子に

「落ち着け!!!」

と怒鳴りながら身体を抱きしめた。

その途端、

グニュッ

彼の全身に弓子の体の感触が伝わってくる。

「?

 肉があるじゃないか

 骨にはなっていないんだ…」

サワサワサワ…

貴史は弓子の体中に以前と同じ感触を確かめると、

「落ち着け、弓子!

 お前は白骨化していない。

 ただ、骨しか見えなくなっているだけだ!」

と声を張り上げた。

その途端。

「え?」

暴れていた弓子の体がピタリと止まると、

「ほらっ

 よく触ってみろ、

 お前の筋肉は溶けてはいない。

 ちゃんとあるんだよ、

 ただ、理由はわからないが、

 お前は透明人間になっているだけだ」

このときとばかりに貴史は弓子にそう告げた。

「透明人間?

 あたしが?」

「あぁそうだ、

 あのガスのせいなのかわからないが、

 弓子、お前の筋肉や内臓が透明化してしまって、

 透明になっていない骨がこうして見えているんだよ」

「………」

貴史の言葉に弓子は改めて自分の姿を眺め、

白骨しか見えない手で体中を触りまくる。

そして、

「あは…

 本当だ…

 あたしの体…ちゃんとある…」

頭蓋骨しか見えずその表情を見る事が出来ないが、

けど、なにかホッとしたようなその声に貴史は全身の力が抜け押していく、

そんな虚脱感を感じながら座り込んでしまった。



「ねぇ…」

「ん?」

放心している男性とそれに寄り添う白骨が映るガラス窓を眺めながら

かけられた声に貴史が返事をすると

「これからどうなるのあたし…」

と白骨姿の弓子は呟いた。

「さぁなぁ

 とにかく医者に診て貰うか?」

弓子の言葉に貴史は沿う返事をすると、

「いやよ」

弓子は短い返事をした。

「いやって…」

「だって、

 こんな病気聞いたことが無いわ、

 医者に診てもらっても物珍しげに見られて、

 まるで実験動物を扱うようにされるのよ」

「そんなこといってもなぁ…

 俺にはどうすることも出来ないよ」

「これ…貴史があんなものを拾うからよ」

「おいおいっ

 俺のせいにするのかよ、

 俺が捨てた缶を拾ったのは弓子じゃないかよ」
 
「あっ、

 ずるいっ」

「ずるいって」

責任の所在を巡って貴史と弓子の喧嘩が始まろうとしたそのとき、

ダンダンダン!!

玄関のドアが激しく叩かれた。

「なんだ?

 もぅ」

その音に貴史が文句を言いながら、

「はいっ

 どちら?」

と尋ねながらドアを開けると、

バッ!!

「なっ」

そのときを待っていたかのようにドアがこじ開けられ、

黒い人影が開けられた玄関から中に飛び込んできた。

「なんだ?」

その様子に貴史が声を上げると、

「サワグナ」

という片言の日本語と共に、

ヒタッ

貴史の首筋にナイフが突きつけられた。

「ひっ」

冷やりとするその感覚に貴史の身体は硬直すると、

「マネー…アルカ?」

と貴史にナイフを突きつけた男は尋ねる。

「マネー

 って金のことか?

 そんな大金はここには無いよ、

 だって、ここは貸し別荘だからな」

冷や汗を流しながら貴史はそう返事をすると、

「ムズカシ、ニホンゴ、ワカラナイ

 マネー、ダセ」

と男は貴史に告げると、

クイッ

仲間がいるのか表に向かって合図を送った。

すると、

ダダダ!!!

外で待機していた男の仲間が玄関に突入をしてきた。

それを見た貴史は

「あっこいつら

 TVで言っていた連続強盗の…」

そのとき貴史はこの男が○×県で多発している強盗団の一味であることを悟ると、

「弓子

 逃げろ!!」

と奥に向かって叫ぶが、

「ナカ!!」

それを聞いた男は別荘の奥を指差して指示をした。

すると、

それに呼応するように黒ずくめの男達は

弓子のいる部屋へと飛び込んでいった。

「弓子ぉ!!」

貴史の絶叫が上がるのと同時に、

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

飛び込んでいった男達の悲鳴が上がると、

バタバタバタバタ!!!

血相を変えて飛び出してくると、

「ひぃぃぃぃ!!!」

皆頭を抱えて別荘の外へと飛び出していった。

「ナニカ」

突然の事態に貴史を拘束していた男は驚くと、

「なによなによ

 いきなり土足で入ってきたと思ったら、

 逃げ出して、

 誰がこれ、掃除するのよ」

と文句を言いながら弓子が部屋から出てきた。

それを見た途端、

ブルブルブル

男は急に震えだし、

そして

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

悲鳴を上げると、

拘束していた貴史を突き飛ばして逃げ出してしまった。

「もぅ!!」

腰に手を当て弓子は怒った口調で文句を言うと、

「あっ

 そうか…」

貴史は白骨しか見えない弓子の姿を見て

強盗たちが逃げ出していったことに気が付いた。



「とりあえずこれで良いかなぁ…」

翌朝、

貴史に買いに行かせた長袖の服に長ズボン、

手には手袋を填め、

そして、顔には濃い目の化粧を施した弓子はサングラスをつけると、

自分の立ち姿を確かめた後、

「ねぇ、おかしくない?」

と貴史に自分の姿を尋ねた。

「まぁまぁかな?」

そんな弓子の姿に貴史はそう返事をすると、

「もぅ

 透明人間になるなら徹底して欲しいわよね、

 骨だけが見えているだなんて、

 お化け屋敷しか行けないじゃない」

と鏡と睨めっこしながら文句を言う、

『…では次のニュースです

 今朝ほど、○×市内の交番に数人の男達が駆け込み、

 居合わせた警察官に片言の日本語で悪魔に追われていると助けを求めると、

 彼らがこれまでに強盗などの犯行を重ねてきたことを自供しました。

 警察では男達が最近○×市内で多発している連続強盗事件の犯人グループであると…』

「あっこれ、

 夕べの男達のことか

 そーか、自首するとはよっぽど怖かったんだなぁ」

点けていたTVからのニュースに貴史はそう言うと、

「失礼しちゃうわね、

 あたしのこと悪魔だなんて」

と弓子はそう言いながら膨れた。

「さて、じゃぁ行こうか」

「うん」

「ねぇ

 なに?」

「責任取ってくれるよね

 あたしを骸骨にした責任」

「え?」



おわり