風祭文庫・異形変身の館






「試練」


作・風祭玲

Vol.038





病室のベッドの上で

人工呼吸器をつけられた幼い少女が苦しそうな息をしている。

その少女の様子を見ている若い父親と母親

「先生、娘の容体はどうなんでしょうか?」

母親がたずねると、

「………」 

医者はしばらく沈黙した後 

「すべてを尽くしました、後はこの娘さんの生きようとする力次第です。」 

とことなげに言い、そして 

「今夜がヤマです。」と言うと病室から出ていった。 

「美帆ちゃん、ごめん、ママがしっかりしてたら」 

と言うとベッドの側で泣き崩れた。 

「直美、

 まだ駄目と決まったわけではない、

 美帆が生きている限り希望はある」 

俺はそう言うと彼女をぎゅっと抱きしめた。 


それから、

俺たちはベッドの両側に座り娘を励ますつもりで、

彼女の手をずっと握っていた。 



どれくらい経っただろうか、

ふとウツラウツラしていた俺の耳に人の話し声が聞こえてきた。 

「あっ、看護婦さんかな?」 

うっすらと目を開けると信じられない光景を目の当たりにした。 

そう絵本に出てくるような天使の姿をした小人が数人、

苦しそうに息をしている美帆の顔を心配そうに覗き込んでいた。 


「なっ」 

俺は驚きの余り声が出なかった。 

「だれ?、あなたは」 

突然直美の声がすると

彼女が信じられない顔をして天使達を見ていた。 


「あっ、みつかちゃった」 

天使の一人が直美を見て言うと、 

「あのぅ、僕たち怪しいものではありません」 

と他の天使が言った。しかし、直美は、 

「まさか、”美帆を天国へ連れにきた。”言うんじゃないでしょうねぇ」 

「駄目よ、この娘は絶対に天国には行かせないから」 

と言うと天使達を睨み付けた。 


「ちっ、違います、僕たちは美帆ちゃんを助けにきたんです」 

「助けに?」

ようやく声が出せた俺が声を出すと、 

「そうです、天国に連れて行く死神なら、ほら、まだ窓の外にいます。」

と言って窓を指差した。 

天使がゆび指した方を見ると、

窓の外には大きな鎌を持った黒頭巾の怪物が、

じっと病室の様子をうかがっていた。 

「キャァ」

直美が悲鳴を上げる。 

「恐がらなくても大丈夫です、

 まだ時間がこないので死神はここには入ってこられません。」 

と天使達は俺と直美を安心させるセリフを言うが、 

「でも、もうすぐその時間が来てしまうんです。」 

と付け加えた。 

「おい、なんでおまえ達は美帆を助けに来たんだ」

俺が訊ねると

「美帆ちゃんには傷ついた仲間を助けてもらった恩があるんです」

「え?」

「そういえば、

 少し前に美帆が”天使を助けた”って言っていたことがあったな

 そうか、おまえ達はあの時の天使か」

「はい」

「ところでいま”美帆を助けにきた”と言ったが、助けられるのか?」 

俺が天使達に問いただすと、 

天使達は寝ている美帆を横目で見ると 

「はい、一つだけ…方法はあります」 

と答えた。

「それは?」

直美が訊ねると、

「それは、

 あなた方が持っている『生きる力』を、

 この子に分けてあげることなのですが…」

「生きる力?」

「そう…です…」

天使はそう言うと彼らの表情が曇った。

「なにか不都合があるのか?」

「はっきりしたことは申し上げられません、

 ただ『生きる力』を分け与えると、

 分け与えた人になんらかの影響がでるんです」

しばらく間をおいて

「で、天使さん、美帆は確実に助かるんですか?」

と直美は意を決したような表情で天使にたずねた。

「おい、直美、なにを言い出すんだ」

直美に向かって怒鳴ると、

「それは大丈夫、この子が助かるのは保証します…ただ…」

と言うと

「死ぬのか?」

とその答え俺が聞いた。

「いえ、死ぬことは絶対無いと思うのですが」

天使の答えはいま一つ歯切れが悪かった。

すると直美が

「わかったわ、天使さん、あたしの力を美保に分け与えて」

と天使に訴えた。

「おい」

俺が彼女みると、直美は
  
「あなた…美帆が助かるというのなら、これに懸けましょう」
  
「しかし」
  
「大丈夫、

 死ぬことが無いっていうのなら、

 どんな艱難辛苦がきても私は大丈夫よ」
  
っと笑顔で言った。
  
「じゃぁいきますよ…いいですね」
  
そう天使達が言うと
  
「お願いします」
  
と直美は目を瞑ってそう言った瞬間
  
パァッ

っと病室内が光の中に埋もれた。



チチチチ

ハッと気がつくと、

僕と直美は病室内で座り込むようにして寝ていた。

窓の外で部屋を伺っていた死神の姿も、

ベッドの上にいた天使の姿も無かった。

あれは夢だったか?

と思うのと同時に美帆の様子を見た。

美帆は昨日までの危篤状態がウソだったような表情でスヤスヤと寝ていた。


やっぱり、天使は本当だったのか?


僕は信じられない気持ちのまま病室の窓を開けた。


危篤状態を乗り切った美帆は医者も驚くほどの回復力で病を克服して
  
数日後には病室内をパタパタと元気に走り回るほどにまで回復していた。
  
 
 
美帆の退院を翌日に控え、

安堵感も手伝って僕は久しぶりに直美を抱いていた。
  
「直美…天使の言っていたこと覚えているか」
  
僕は彼女に天使のことをたずねた。
  
「えぇ、覚えているわ…でも、天使が言っていたコトって、

 まだおきてないわね、忘れているのかな?」
  
と直美は大して気にしない素振りで言ったが、
  
僕にはこのままで終わらないような気がしていた。
  
 
 
そして翌日、美帆は元気に退院した。
  
部屋の中で飛び跳ねている彼女の姿を見ていると、
  
天使が言っていたことはいつしか忘れてしまっていた。
  
しかし、ひと月後あのとき天使が言っていた懸念は確実にやってきた。
  
 
「あれ?」

「どうしたの?」

何気なく直美の横顔を見ていた時、

ふと初めて彼女と出会った頃のことを思い出した。

「いや、なんでもない」

「なによぉ、気になるじゃない」

「いやなぁ、お前と出会ってもぅ4年が経つんだなぁ、ってな」

「どうしたのよ、そんなこと突然言い出して」

「さぁな、

 ただ、お前の顔を見ていたら、

 ふと昔のことを思い出してしまったんだよ」


俺は彼女を見て気になっていることを口にした。

「なぁ、最近お前若返ってないか?」

「え?」

「なんかこう、昔のお前を見ているようでな」

「まぁ、若く見えるなんて嬉しいわ」

直美は喜びながら鏡を見ていた。

しかし、思えばこれが最初の出来事だった。


「そうだ、あなた、明日からの札幌出張の準備は終わっているの?」

「あっ、まだしていない」

「もぅ、そう言うことはさっさとしてよね」

「すまんすまん」

翌日、俺は直美と美保に見送られて札幌へと旅立っていった。

出張は当初一週間程度のはずだったのだが、

トラブル続きでズルズルと日程だけが過ぎていった。

俺は毎日かかさず直美との連絡をしていたが、

どうしたのか2週間を過ぎた頃から彼女の様子が少し変わってきた。

「どうした?

 なんか元気が無いようだが」

『うん

 あのね…』

「?」

『いいわ、あなたが帰ってきたら話すわ』

「そうか?

 そう言えばお前、風邪を引いたのか?」

『え?』

「いや、声の感じが違うからさ」

そう俺が彼女に訊ねると、

『………』

直美は返事をしないまま電話を切ってしまった。

「なんだ?」

俺は彼女の不自然な様子に疑問を持ったが、

しかし、雪崩のような仕事に忙殺され

それから1週間の間、

彼女への連絡も途切れてしまった。

結局、仕事から解放され東京に戻れたのは出発から3週間後のことだった。

羽田で自宅に電話をかけてみるとなぜか留守電になっていて、

俺はちょといやな予感がした。

「何かあったのかな?」

出張の報告は明日にして俺は電車に乗って一直線に帰宅した。



「ただいまぁ」

一月ぶりのドアを開けると

「お帰りなさい」

という直美の声がしたので、俺は

「よかった、何も無かったか」

胸をなで下ろして、部屋に入った。

しかし、出迎えた直美の姿を見て驚いた。

そう、彼女はまるで高校生くらいの姿になっていた。

「なっ、どうしたんだ、お前」

俺が驚きの声を上げると彼女の表情が曇った。

「分からないの」

「え?」

「あなたが出張に行く前

 あたしに”若返ったみたいだ”って言ってたわよね」

「あっ、あぁ」

「実はあたしもそこのことが、ちょっと気になっていたの」

「あぁ」

「それで、あなたが出かけている間、

 ずっと自分の様子を観察していたんだけど、

 そしたら確かに若返っていっているみたいなの」

「それは、俺も驚いているよ」

「ねぇあたしどれくらいに見える?」

「どう見ても学生の頃の自分にしか見えないんだけど」

「そうだな、俺には高校生位に見えるが」

「そんなぁ」

直美はバタバタをその場から立ち去ると

タンスを開け何かを探し始めた。

「おい、直美」

やがて彼女は一冊のアルバムを取り出した。

そして自分の顔を鏡に映しながらページをめくっていった。

「あっ」

小さな声とともに彼女の手が止まった。

「ん?」

俺が覗き込むと、そこは彼女が高校3年の頃の写真が貼ってあった。

写真の中で当時の級友達と笑っている彼女と

俺の目の前にいる直美は全くおんなじ顔だった。

「18歳……」

直美はぽつりとつぶやいた。

そして

「これって、ひょっとしてあの天使達が言っていたこと?」

と俺に尋ねた。

「あっ」

その言葉に俺は声を上げると、

「そうか、影響ってこのことだったのか」

と直美に起きている異変の正体に気付いた。

「おい、今日は天使に会ってから何日目だ」

すかさず俺が彼女に訊ねると

「えぇっと

 ほぼふた月が過ぎたわね」

「ってことは60日か」

俺は計算を始めた。

直美は心配そうに俺を覗き込む

「わかった

 お前、1日にひと月づつ若返っていることになっているぞ」

そう俺が直実にいうと、

「えぇ?」

彼女の驚く声が部屋に響いた。

「そんなぁ」

「計算だとお前は18才を少し過ぎたころだ」

俺の言葉に直美はただ黙っていた。

「そうなると

 来月には中学生、再来月の半ばには小学生ってことになる」

さらに計算を進めようとすると

「やめて」

と直実は叫ぶと俺から紙を奪い取った。

「おい」

「やめて、そんな恐ろしい計算は」

「しかし」

「お願いだから」

と言うと直美は俺に抱き着くと泣き出した。

「すまん、俺が悪かった」

俺はすすり泣く彼女を抱きしめていた。


しかし、直美の若返りは止まること無く確実に進んでいき、

その翌月には中学生と言っていい位になっていた。

「困ったわ」

「どうした」

「明日、美帆の月に一度の定期検診なんだけど」

「あたし、こんな姿では美帆を病院に連れていけないわ」

とすっかり15才程度の姿になってしまった自分の姿にため息をついていた。

「そうだな、中学生は学校に行っている時間だからなぁ」

「この間も、美帆と散歩をしていたら補導されそうになったのよ」

「で、どうしたんだ」

「”今日は病気で学校を休んだんだけど、

 気分が良くなったから妹と散歩をしているんです。”

 って言ったのよ

 向こうは信じてなかったみたいだけど、

 でも美帆がムズカリだしたのでそのまま無罪放免

 けど、もぅ美帆をお散歩も出来なくなってしまったわ」

と真美は嘆く、

すると、

「ねえ、ねえ」

といいながらいつのまにか直美の横にパジャマ姿の美帆が立っていて

「ねえ、本読んで」

とせがみ始めた。

「ねえ?」

美帆のそのせりふに俺が聞き返すと、

直美は

「まさか、ママって呼ばせるわけにもいかないでしょう

 それに、お姉ちゃんって呼ばせた方が都合がいいしね」

と言うと、美帆と一所に横になって本を読み始めた。

「なるほど、お姉ちゃんだから”ねえ”か」

やがて、寝てしまった二人に俺は毛布をかけると

「さて、直美はどこまで行くのだろうか」

と彼女の行く末を俺は心配した。



次の日の夜、俺が寝ているとなにやら横手ごそごそする音に目が覚めた。

「ん?」

俺が起き上がると

すぐ横に、

スケスケのネクリジェに黒のブラとパンティを身につけた直美が座っていた。

大人の女性が着ると妖美なイメージを与える衣装だが、

中学生位の少女にはどう見てもアンバランスな感じがした。

「おい、どうしたんだ」

声をかけると

「お願い、あたしを抱いて」

と言って彼女は俺に抱き着いてきた。

「おっおぃ」

俺は困惑していると

「恐いの、子供になっていくのは」

「え?」

「あたしが子供になっていって、

 あなたの妻でなくなることが恐いの」

「何を言っているんだ」

「だから、あなたとあたしが夫婦である証をして」

そういうと直美は俺にキスをした。

「そうか」

彼女の頬に流れる涙に気付いた俺は直美をぎゅっと抱きしめると

「いいのか」

と囁いた

「うん、して」

彼女はそう答えると身体を俺に預けた。

俺は彼女のネグリジェをゆっくりと脱がすと、

ブラを丁寧にはずした。

三ヶ月前ならプルンとした乳房が飛び出してきたのだが

今では膨らみかけの処女の膨らみがブラの下から出てきた。

俺はちょっと罪悪感を感じながら、

その乳房になりきらない膨らみをもみ始めた。

くっ

直美の表情が硬くなる。

「やめようか?」

俺はそう言おうとしたが言葉を飲み込んだ。

ちゅ

小さくなった乳首を口に含み舌で転がす。

感じなくなったのか、彼女の表情は変わらない。

乳首を吸いながら、股間に手を持っていくと

パンティ越しに彼女の秘所を攻め始めた。

以前なら、すぐに濡れ始めた秘所もなかなか湿らず、

しばらく経ってからようやくうっすらと湿り始めた。

「これじゃぁ、挿入は無理かなぁ」

俺は挿入抜きで行こうとした時

「お願い、入れて」

と直美は懇願した。

「しかし」

「お願い」

「いいのか」

「うん」

直美は俺の首に手を回すとそっと目を閉じて俺が来るのを待ち始めた。

覚悟を決めた俺は、彼女のパンティをそぉっと降ろした。

すると産毛のような恥毛に覆われた彼女の秘所が露になった。

すでに一回出産しているとはとても思えない

彼女の秘所に俺は自分の一物を当てた。

「じゃぁ、いくよ」

そうつぶやくと、

「うん」

彼女はうなずいた。

ぐぃ

俺は彼女の体内に自分の分身を沈め始めた。

しかし、俺を導く彼女の通路はすっかり小さく、

そして硬く引き締まっていた。

「くぅぅぅぅ、キツイ」

俺は渾身の力を込めて挿入を試みた。

くぅぅぅぅぅぅ

直美の様子を見ると、

激痛のためだろうか口を真一文字に結び何も言わず必死に耐えていた。

やがて奥まで達した時

俺はゆっくりと腰を動かした。

ひっ、ひっ、ひっ

それに合わせて、直美はかすかに悲鳴を上げる。

いつもよりもやや長い時間をかけて俺はようやく射精した。

はぁはぁはぁ

肩で息をしている俺に、

彼女はまだ痛むのかうつろな目をしていたが一言

「ありがとう」

と言うと、すっと寝てしまった。

その日以降、直美からはそれについて俺を誘うことが無くなった。



日曜日、俺は久々にパチンコに出かけた。
  
パチンコの台の前に座っても

僕はただ目の前を走って行く銀色の玉をぼーっと眺めていた。
  
直美はどこまで若返るのだろうか?
  
12歳?
  
10歳?
  
8歳…
  
まさか赤ん坊?
  
さらに…と考えたところで
  
そう言えば天使は「なにが起きても死ぬことはない。」と言っていたから
  
それ以上下がることはないか…っと一安心したものの、
  
仮に直美が赤ん坊になってしまったら、
  
俺が直美と美帆2人の世話をしなくてはならないのか…
  
でも、そうなると直美は美帆の母親ではなくて妹になってしまうな…
  
などとどうしようもない事も考えていた。
  
 
時計をふと見ると、すでに日は暮れの時刻になっていたので
  
俺は重い腰を上げると帰宅の途についた
  
 

部屋に戻ると

「お帰りなさい」

「どうだった?」

と夕食の支度をしながら直美が俺に成果を聞いてきた。

大きいエプロンをしてキッチンに立つ彼女の姿はどう見ても、

風邪で寝込んでいる母親に代わって

娘が台所に立っているようにしか見えなかった

「あぁ、駄目ったわ」

俺が答えると

「パチンコもしばらく行ってないなぁ」

と彼女が言う

「あぁ、連れて行きたいけど、

 中学生がパチンコをするわけには行かないだろう」

「そうだ、5・6歳になれば親同伴ってことで出来るよね」

「おいおい、そこまで若返る気か?」

「冗談よ」

「さっ、ご飯が出来たわ、頂きましょう」

夕食を食べながら
 
「ねぇ、あたしどこまで戻るのかなぁ」
  
直美がそっとつぶやいた
  
「さぁな…、今が15歳位だから12歳・10歳・7歳…」
  
と僕が言うと、
  
「まさか、赤ちゃん?、そしたらその先は…」
  
と直美が言うと
  
「いや、その前に止まると思う、

 ほら、天使達が言っていたろう、死ぬ事はないって
  
 だから、そこまでは行かないと思う
  
 ただ、どこで止まるのかが問題だ。

 今の段階で止まってくれれば、まだなんとかなるけど、

 10歳を下回ると、美帆の面倒を見られなくなるし、

 3歳を下回ったら、もぅ、美帆の母親ではなくて妹になってしまうぞ」
 
僕は思わすため息を吐く
  
「あなた…ごめんなさい」
  
「なにを謝るんだ、

 仕方が無いよ、

 あの時は誰かが犠牲にならなければ、

 美帆はあの死神に連れて行かれただろうし
 
 それに、キミも死ぬわけではない、

 ただ時間が巻き戻るだけだ」
  
と直美を安心させるためのセリフを吐いた。
  
「でも、あなたは大丈夫なの?
  
 もしも、私が赤ちゃんになってしまったら、

 美帆と私二人の面倒を見なくてはならないのよ」
  
「あははは、大丈夫、大丈夫」
  
「たとえ赤ちゃんになったとしても

 君が側にいてくれれば俺は寂しくないよ」
  
と答えた。
  
 
直美は僕の側に来ると顔を僕の胸に埋めて泣いた。
  
僕も、直美をそっと抱きしめると涙を流した。
  
 
それからも、一日が過ぎることに直美はひと月づつ若返っていった。

そして、次の月の半ばを過ぎる頃には彼女はどう見ても小学生の姿となり、

俺のことを名前で呼ぶようになっていた。

彼女の心も体に合わせて子供に戻りつつあることを俺は実感した。



数日後、
  
「弘幸さん、これ」

と言って真美は封筒に入った書類を俺に渡した。
  
「なにコレ」

封筒を片手に訊ねると、
  
「なにって、美帆の幼稚園の書類よ」

と直美は言った。
  
「そっかぁ…もぅそんな時期かぁ」
  
直美の時間ばかり気に取られ、

美帆の時間の事はすっかり忘れていた。
  
直美は巻き戻っているけど、

美帆は進んで行っているのを実感した。
  
「それでね、美帆を連れて幼稚園に書類を貰いにいったら、

『お姉さんではなくって、ご両親が来てください。』

 なんて言われちゃってね、
  
 思わず、

 『あたしがこの娘の母親です。』

 って言いたくなったけど、

 さすがにそれはちょっと言えなかったわ」

と夕食の支度をしながら直美は残念そうに喋った。

しかし、

台所に立つ彼女の後ろ姿はどう見ても12歳の少女と言った感じだった。
  
「わかった、俺がこれを書いて持っていくよ」

と言うと
 
「お願いね」

と直美が言った。
  
 
 
それからしばらく経ったある日
  
仕事が立て込んで残業をしていた俺のもとに警察から電話が入った。
  
電話に出ると、女性の声で
  
「お嬢さんを保護しているので引き取りに来てほしい。」
  
と言う内容だった。
  
すわ美帆が迷子になって保護されたのか、

と思って警察へ飛んで行くと保護されていたのは直美の方だった。
  
婦警を事情を聞くと、
  
「駅のまえでずっと立っていたので、

 家出少女かと思い保護をしたのですが、

 ただ、ココに連れてきてからも口を開かず

 やっと聞き出した電話番号であなたに連絡をしました。」
  
と言う事だった。
  
僕は婦警に謝ると

「この年頃の娘さんは心が不安定ですから、

 親がしっかりしないとだめですよ」

と言われ、

そして

「怒らないでくださいね」

クギを刺すとようやく俺達は開放された。
  
 
帰り道、
  
「僕を迎えに来てくれたんだ」

と横を歩く真美にそう言うと
  
「あ〜ぁ、とうとう補導されちゃった」

夜空を見上げながら真美は残念そうにそう言った。

「しょうがない、

 その姿で駅の前でずっと立っていれば誰だって怪しむよ」

と言うと
  
「はぁ、この格好ではねぇ」
  
と言う彼女の服装は

丸襟のシャツに赤いジャンバースカートと言うまさに小学生の格好だった。
  
 
 
警察の一件以降、

直美は外出するのを極力控え、

かわりに僕が会社帰りに食材や生活必需品を買って帰るようになった。

また、料理も台所の大きさが直美の手に余るようになった頃から

僕がするようになっていた。

しかし、直美の若返りのスピードは全然減速する様子はなく、

次の月にはそのジャンバースカートも着られなくなった。

 
「ねぇ幸広見て…」
  
突然声をかけられ、振り向くと
  
そこには薄紫色をしたスカートが短いバレエの舞台衣装を

身にまとった直美の姿があった。
  
「どうしたんだそれ」

僕が訊ねると
  
「あたし、10歳頃までバレエを習っていたのよ…

 コレはその時の発表会で着ていた衣装なんだけど、

 またこうして着られるなんて…夢みたい」

と言いながら、器用にクルクルっを回って見せた。
  
「へぇ、うまいじゃいか」

僕がほめると
  
直美はうれしくなったのか、何度も回って見せた。
  
僕はそんな彼女の様子を見て
  
「じゃぁ、落ち着いたらバレエを習ってみるか

 それくらいから始めれば一流のバレリーナになれるかもよ」
 
と言うと
  
「うん」

と直美ははにかみながら笑顔で頷いた。
  
どうも最近、彼女の心も体に合わせて幼くなってきたみたいだ。
  
 
やがて、直美は娘の美帆を抱き上げる事ができなくなった。
  
「やっぱり、赤ちゃんになっちゃうのかなぁ」
  
5歳くらいになった直美はこれからの自分の姿に不安を抱いていた。
  
 
 
そして、美帆と同い年近くになった頃、
  
「ねぇ、ゆきひろにだいじなおはなしがあるの」
  
っと真剣な眼差しで僕に話し掛けてきた。
  
「なんだい?」
  
僕がたずねると、
  
「もしも、わたしがあかちゃんになったら、

 わたしにかまわないで、ほかのひととさいこんして」
  
と言って、一枚の紙を差し出した。
  
それは、離婚届だった。
  
「何、馬鹿な事を言っているだ」
  
僕は離婚届を破り捨てると、
  
「君が赤ちゃんになったとしても22年待ては、元どおりじゃないか?
  
 それに何の問題がある?
  
「だって、22ねんもたてば、ゆきひろは47さいじゃないの」
  
「それがどうした?、

 世の中では60を過ぎても結婚をする人がいるぞ、

 だから何も心配しなくてもいいんだよ」
  
と言うと、直美は下を向いて泣き出した。
  
美帆が心配そうに直美を覗き込む。
  
 
天使達と出会ってから10ヶ月が過ぎ、直美の推定年齢は1歳を切った、

すでに言葉は喋れなくなり、また立って歩く事もできなくなっていた。
  
そしてすっかり美帆の妹になっていた。
  
「パパァ、あのね、なおみがないているよ」
  
と美帆が僕のもとに駆け込んできた。
  
「どうした、直美」

と言ってベビーベッドに寝かせている直美のもとに行くと
  
「あ〜あ〜あ〜」

盛んに僕に何かを訴えかけてきた。
  
「う〜ん、こまったなぁ〜」
  
僕が美帆の時の世話は直美がほとんどしていたので、
  
僕には彼女が何を訴えているのか分からず困惑していると
  
直美は悲しそうな顔をすると、大きく泣き出した。
  
美帆が

「あらら、なおみちゃん、おながかすいているのかな」
  
と言うと器用に哺乳瓶にミルクを入れると

ぬるま湯を入れて僕のもとに持ってきた。
  
なんだか、最近美帆はお姉ちゃんになってきたような気がする。
  
しかし、

彼女には目の前の赤ん坊が自分の母親だってことは判っているのだろうか?
  
哺乳瓶を直美に与えると直美はそれを吸い付くように飲み始めた。
  
「やっぱり、おなかがすいていたんだ」
  
と言うと安心して絵本を読み出した。
  
 
 
その夜、夜中に人の話し声がするので起きてみると
  
あの天使達がベビーベッドで寝ている直美の上でヒソヒソと喋っていた。
  
「あっ、おまえ達…」
  
僕が声を出して言うと
  
「あちゃぁ〜っ、また見つかってしまいましたね」

と天使の一人が言った。
  
「ちょうど良かった、直美はどこまで若返るんだ。

 もぅ赤ん坊だし、これ以上若返ったら大変な事になるぞ」
  
と言うと、他の天使が、
  
「いや、私たちも驚いているんです、まさかここまで若返るとは…」
  
「予想外なのか?」
  
「えぇ、『生きる力』を譲り渡たすと、

 その人の時間軸がある程度ズレるのは分かっていて、

 今回の場合は±10年程度のズレを見積もっていたのですが、

 ちょっとこれは大きすぎますね」
  
と言った。
  
「時間のズレ?
  
 そんな話は聞いていないぞ」
  
と俺が言うと
  
「言ったでしょう、何が起るか分からないよって」
  
「「何が」じゃぁ分からないぞ」
  
そう俺が怒鳴ると
  
「これは、試練の一つでして、

 結果が分かっていての試練では意味が無いでしょう?」
  
「だから、核心部分は隠していたのです。」
  
「………」
  
天子の話を聞いた俺はムスっとした顔をしながら、
  
「で、直美はどうなるんだ?」
  
と訊ねると、
  
「しばし、お待ちください……」
  
ゴニョゴニョと天使達が相談することしばらく、やがて
  
「結論が出ました」

「協議の結果、

 奥さんの時間軸をスタート時から−8年にする事で決定しました。」
  
と告げると、
  
パァッと光りが部屋の中を覆った。
  
 
 
その翌日から、直美の時間は巻き戻しから早送りへと切り替わった。
  
さらに、彼女の成長は若返りの時の2倍のペースで進んでいったので

ひと月後には5歳になり、美帆が退院してから1年が過ぎる頃には

小学6年生くらいにまで戻っていた。

「あなた、もぅ少しすれば、一緒に手を繋いで歩けるね」

成長して胸が膨らみ始めた自分の身体を見て直美が嬉しそうに言う。

「あぁ、そうだな

 また、前みたいに手を繋いで散歩をしような」

しかし、俺にには別の不安があった、

あの天使達のことだ、

早送りはいいんだけどちゃんと止まってくれるのか

逆にそっちの方が心配になって

毎日ハラハラしながら彼女の変化を見続けた。

しかし、天使達が言っていた通り直美の時間は

−8年の16歳位でまで成長したところで

早送りから通常へと切り替わった。
 
 
 
そんなある休日、
  
俺は直美と美帆の3人で近所の公園を歩いていた。
  
「はぁ、なんだかいろんなことがあったなぁ」
  
「そうねぇ…」

直美がうなずく
  
「美帆の病気が治ったし、とりあえず良しよするか」
  
「けど、お前がせめて20歳程度なら良かったんだけどなぁ」

と彼女を見ながらそう言うと
  
直美は

「ふふん」

笑い、
  
「もぅ一回16歳ができるなんて嬉しいわ

 戸籍上は24歳だけど、

 学生時代にできなかったことが色々できるもん
  
 そうだ、日焼けサロンで肌を焼いて、
 
 厚底サンダルを履いて、

 ルーズソックスも履かなきゃ」

と直美はまるで女子高生のようにキャッキャとはしゃぐ
  
「直美ぃ、それだけは止めてくれぇ」

と僕が嘆願すると
  
「あはは、ウソよウソ」

と笑いながら僕の前を歩いていった。
  
その一方で、美帆は浮かない顔をしながら
  
「ねぇ、パパァ、なおみちゃん、どこにいったの」

と僕に聞いてきた。



おわり