風祭文庫・モラン変身の館






「大都会の勇者」
(第4話:追放されるもの)


原作・inspire(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-300





ギラ…

地上のすべてを焼き尽くす勢いの日差しが襲い掛かる赤茶けた大地・サバンナ。

生きとし生けるものすべてが身を潜める熱射の中、

ズシンッ

ズシンッ

地面を揺らす地響き渡ると、

ヌッ

砂塵を巻き上げながら小山のような影が姿を見せる。

ズシンッ

ズシンッ

音を響かせる影は巨大な獣・巨獣であり、

巨獣の行く手に障害が見せるや、

『ごわぁぁぁぁぁ』

雄たけび一つでなぎ払って行く。

しかし、

誰の手でも止めることが思われる巨獣の前に一つの影が立ちはだかると、

スチャッ

手にした槍を掲げ、

「うぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉ」

巨獣に向かって雄たけびを上げながら突進を始めた。

『ごわぁぁぁ』

敵意を丸出しにし自分に向かって迫ってくる影に向かって巨獣は吼えるが、

「うぉぉぉぉ!!!」

影は怯むことなく突き進んで行く、

そして、

「うがぁぁぁっ」

巨獣の真正面で影は飛び上がるや、

体を覆う剛毛を駆け登り、

巨獣の頭頂部へとよじ登っていく。

そして、その脳天に手にした槍をつきたてたのであった。



『ごわぁぁぁ』

サバンナに巨獣の断末魔が響き渡ると、

ズーンッ!

何者も止めることができなかった巨獣はその身を横たえる。

「うぉぉぉぉ!!」

身を横たえた降り立った影…それは一人の野生部族の男だった。

男の村は巨獣の行く先にあり、

常に巨獣の脅威におびえていた。

そして、この男の活躍によって村は脅威の消滅と大量の食料を得ることができたのである。


部族の男…名はヌブリといい、

全身を漆黒の肌と逞しい筋肉で覆われ、

さらに40センチはあろうかという巨大なペニスをぶら下る、

まさに勇者という称号にふさわしい姿であった。

村の者達はヌブリを英雄として祭り上げ、

祭り上げられた男は村の中で特別な位置にいることとなった。

村の中で会うものはみな彼に釘付けとなり、

村の子供達は彼に憧れるようになった。

だが、そんな日々も長くは続かなかった。



「な…なんだ?」

ある夜、ヌブリが目を覚ましたとき、

ヌブリの周りには炎が上がっていた。

「なにが、どうなっているんだ?」

理由がわからないヌブリが混乱していると、

村の男達が火を持ってやって来るなり、

「勇者ヌブリよ、お前の時代などとっくに終わった…」

と告げる。

「なに?」

思いがけない言葉にヌブリは怒りの表情を見せると、

一人の男がヌブリの前に立った。

それはヌブリと同じく村の屈強な若者で、

ヌブリに対して対抗意識を燃やしていたものであった。

「俺はいま反乱軍を率いて、

 お前を倒そうとしている」

その男と彼と行動を共にする村の人間はなにやら真剣なまなざしであった。

「村のものはみなお前に対して反感を抱いている。

 殺されたくなければ村から出てゆくのだ」

ヌブリはにわかには信じられない表情をすると、

男と村人達ははヌブリに襲い掛かってきた。



「これでは勝てまい…」

命からがらヌブリは燃え上がる小屋から逃げ仰せ、

夜のサバンナを駆け抜けていた。

サバンナを歩き始めて数日後…

「かつて英雄とあがめられた俺もどこの村でも受け入れられずか…」

サバンナの村は閉鎖的な空間で、

村を追われた男を受け入れるものなどどこにもなかった。

ヌブリは途方にくれながら広大な平野を歩き始めた。

やがてヌブリの周りには白いもやのものが覆い始め、もやから霧へと変わって行く。

「なんだ…霧か…?

 それにしても見えないな…」

部族一の視力をもってしても、

ものが見えないほどに霧はヌブリの周りを覆い始めた。

それでもヌブリは歩き続けていた。

やがて霧が晴れると、

ヌブリの目の前には異様な光景が広がっていた。

「な…なんだ…ここは…」

地面は灰色のアスファルト、

周りには岩よりも高い建物がずっしりと並んでいた。

「どういうことだ…」

ヌブリは周りを見渡すと、

見たこともない文字が描かれたものがあった

「あれは…なに、エキマエドウリ…

 しかし、何故俺にあんな字が読めるんだ?まったくわからない」

ヌブリはさらに歩みを進め、

巨大な建物の影に忍び寄ったヌブリはそこに布で出来た三角形の青いものがあった。

「なんだこれは…」

ヌブリはそれに関して一瞬疑問に思ったが、

無意識のうちに三角形の青い布に足を通し、

ついに自慢のペニスが隠れるほどにまで揚げてしまった

「なぜこれを身につけられるのだ…」

ヌブリは自分が何者なのか…

まったくわからなくなっていた…

ヌブリの目の前を、何人かの少年達が通っていた。

ヌブリとは違い、全身の多くは布で覆われていた。

目の前に裸マッチョ男がいることにも目をくれず、

少年たちは今日の宿題について話し合っていた。

「なあ、a^2+2ab+b^2って知ってるか?」

「なんだっけ?」

ヌブリにはまったく聞いたことのない話であったが、

「(a+b)^2…!?なぜそのようなものを…」

かつて部族の村では10までしか数えられなかったのに、

いつのまにかそのようなことがわかるようになっていたのだ…

「俺は一体…

 俺は一体…

 うぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉ」

ヌブリは頭を抱えてその場にうずくまってしまう。

「そうだ…俺は…ここで生まれた…

  そして…ここの人間だった…」

うなだれるヌブリの前に1枚の新聞紙が風に飛ばされて転がってきた。

そして、目の前の記事には、

「アフリカに出かけた女子高生・中村恵理奈さん、行方不明…」と。

「そうだった…あたしは…」

ヌブリは高鳴る鼓動の中でこのような問いを繰り返していた。

そう、ヌブリは元々は日本で生まれ育った少女・中村恵理奈だった。

夏休みを利用してアフリカに出かけた恵理奈だったが、

野生部族の村に迷い込んでしまうと、

そのまま部族の儀式に借り出され、

部族の屈強な若者・ヌブリへと変身したのだった。

変身してからというもの、

あっという間に部族の魂に染まってしまい、

部族の勇者と呼ばれるまでになったのであった。

ヌブリのなかにさまざまな記憶が舞い込み、

そのまま倒れこんでしまった。

数時間後、

トップレスの姿のまま倒れている少女の姿を通行人が発見したという。

さて、部族の村では反乱軍のリーダーであった男が英雄となっていたが、

その男もまた村を追放されサバンナをさまよっていた。

そしてその男もまたヌブリと同じ運命をたどった。

実はこの村では日本人の女性を何人も部族の屈強な男にしてきたのだが、

そのせいで男性ばかりが増え続けてしまったために

何人か村を追放させなければならなくなったという。

そそれは新入りの中で不自然に目立ったものから順番に…である。



おわり



この作品はinspireさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。