風祭文庫・モランの館






「ディンガの槍」
(第1話:幸運の槍)


原作・バオバブ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-025





僕と香織は大学のサークルで知り合った仲だった。

趣味も…性格も…

そうお互いに相手に望んだ通りのものだったし、

まさにベストカップルという感じだった。

そんな幸せの絶頂にあるとき、

突如、僕と香織に災いが襲い掛かってきた。



それは…

香織の友達・友子がアフリカの土産にと買ってきてくれた一本の槍のせいだった。



―精霊が宿る幸運の槍―

香織の友人である友子が旅行でアフリカ・ディンガ族の村に訪れたとき、

村人は柄と刃先が分かれた古いこの槍を

「買わないか?」

と言って友子に勧めてきた。

最初、友子は買うつもりが無かったが、

しかし、日本を立つ前、

「…お土産は面白いものを買ってきてね…」

と香織が念を押していたを思い出すと、

友子は村人と盛大な値引き合戦の後にその槍を手に入れ、

さらに、

この手のものの通関が手厳しい成田をどうやって潜り抜けたかのかは、

無論友子の秘術中の秘術だそうだが、

友子は帰国すると真っ先に槍を香織の元に届けてくれた。

「幸運の槍?」

刃先を手に取りながら不思議そうに香織はそれを眺めると、

「そうよ、

 なんでも、柄と刃先を一つにして一本の槍にすることが出来れば、

 ディンガ族の精霊が現れて幸運を齎してくれるんだって」

と友子は自慢げに話す。

「そんなの刃先と柄を合わせて結わげば簡単じゃないか?」

二人の話を聞いていた僕が割って入り、

テーブルの上に置かれている柄と刃先を合わせようとする。

しかし、友子は

「ブー!!」

そんな僕に一言言うと、

「きちんと填めなくてはダメだ。ってディンガの人たちは言っていたよ」

と僕に説明をした。

「きちんと填めるぅ?」

友子のその言葉に驚きながら僕は柄と刃先の接合面を眺めてみると、

「…これをどうやって合わせればいいんだよ…」

と文句を言いながらシゲシゲと見つめた。

そう、確かに柄と槍は簡単に填まるように加工されていないことは一目瞭然だった。

「なぁおいっ

 これのどこが填まるんだよ」

そんな柄と刃先を持ちながら僕は呆れながら言うと、

「あっ、もぅこんな時間!!」

僕の質問には答えずに友子は時計を見るなり立ち上がり

「じゃっ、あたしは明日の支度があるから…あとはよろしく!!」

と言い残して、僕たちの前から瞬く間に消え去って行ってしまった。

「あっ相変わらず

 忙しい方のようで…」

嵐のように去っていった彼女の姿に僕は呆然としていると、

「うっうん…」

香織は素直にうなずいていた。



「お〜ぃ、香織、

 いつまでもやってんだよ
 
 明日にしたら?」

その日の夜遅く、消灯をしよう照明のスイッチに手を伸ばした僕が

刃先と柄を熱心に見つめながら、

あーでもない、

こーでもない、

と柄と刃先を合わせようとしている香織にそう声をかけると、

「うん、ちょっと待って…

 なんだかうまくいきそうなのよ

 幸運の…って言うからにはやっぱりチャレンジしてみなくっちゃ」

と香織は振り向きながら僕に状況を説明する。

「香織ぃ、もぅそんなことは明日にしようよ」

その言葉に呆れた僕が彼女の手から槍を取り上げようとしたとき、

カチリ!!

香織の手中で合わないと思っていた刃先と槍が填まると一本の槍と化した。

「おいっ、マジかよ」

「やったぁ!!」

驚く僕に対して香織が喜びの声を上げると。

キィーーーン!!

突然、刃先と柄が合体し出来上がった槍は金属音のような音を立てると、

フワッ

香織の手から離れ浮き上がり始めた。

「なっなんだ?」

「やだ、怖い!!」

予想もしない事態に僕は驚き、

そして香織はにじり寄ってくる。

ィーーーン

共鳴音を上げながら槍は僕の目の高さまで浮き上がると

スクッ

っと刃先を上にして起立をする。

そして、

「なんだなんだ?」

その槍をジッと見つめていると、

シュワァァァ…

まるでオーラのような発光する霧のようなもの槍から吹き上げはじめ、

シュルルルルル…ブン!!

瞬く間に太いリボンのような帯となって僕たちに迫ってきた。

「うわっ!

 危ない!!」

まっすぐ僕に向かってきたと思った帯だったが、

しかし、

クイッ!

僕の目の前でその方向を変えると、

そのまま横に居る香織の方へと突き進んで行く、

「香織っ!!」

「キャァァァァァ!!」

それを見た僕が慌てて香織を抱き上げようとするよりも一歩早く、

帯状の霧は香織を閉じ込めるかのように周囲をぐるぐる巻きに取り巻くと、

卵状に香織を包み込み、文字通り閉じ込めてしまった。

『いやぁぁぁ!!

 ここから出して!!
 
 隆弘君っ
 
 助けて!!』

自分を閉じ込める霧を雲霞を散らすようにして、

香織は中から脱出しようとするが、

しかし、

シュルルル…

香織を包み込んだ霧はまるで壁の様に立ちはだかり、

中で暴れる香織を封じ込める。

「待ってろ香織、

 いま出してやる」

外から見ていた僕は慌てて武器になりそうなものを探し、

そして、草野球のバットを見つけ出すと、

「このやろう!!」

と叫びながら振り上げた。

すると、

シュワァァァ

香織を閉じ込める霧はまるで自分の身を守るかのように

さらに霧の密度を濃くしていくと、

中の香織の姿が次第に見えなくなり始めた。

『ちょっと

 隆弘君っやめて』

濃くなっていく霧の様子に香織は驚くと、

「くそっ」

僕は振り上げたバットを下ろしていく、

そのとき、

キィーーーン!!

再び槍の共鳴音が部屋中に響き渡ると、

『やっやだ、やめて!!

 あたしの中から出て行って!!』

突然、閉じ込められている香織が声を上げると頭を抑えながらのたうち始めた。

「おっおっおぃ、

 どうしたんだ!!」

香織のその姿に僕は驚いていると、



メキメキメキ!!

ビシビシビシ!!

香織の体が軋無用な音が響き渡り始め、

『うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!』

悶え苦しむ香織は

痙攣を起こしながら身体を変化させ始めた。

「んな…

 こんなことが…」

『うがぁぁぁ!!』

バリバリバリ!!

呆然と立ち尽くす僕の前で

霧に閉じ込められている香織は痙攣とうめき声を上げながら

着ていた服をひい裂き身体を伸ばしていくと、

同時に手足も細く長く伸びていく、

そして、その白い肌が見る見る黒光りする肌に覆われていくと、

腹筋や胸筋などが盛り上がり、

また手足の筋肉も張り出していった。

「うそっ

 なっなんだこれは…」

身長はゆうに2m以上はあろうか、

アフリカの原住民を思わせる姿に変身してしまった香織がなおも苦しみながら

「うぐぅぅ!!」

再度力むと、

ニュッ

ニュニュニュ!!

股間よりまるでキノコが生えていくように肉棒・ペニスを伸ばし、

付け根には重そうな内容物を取り込んだ陰嚢が下がっていった。

「そんな…

 香織が男に…
 
 しかも…」

黒光りする肌を晒し、

すっかり男性化してしまった香織の姿に僕は呆然としていると、

『あ…頭がおかしくなるぅ〜!!』

香織は再び叫び声をあげると、

ムリムリムリ!!

勃起していたペニスがさらにその長さと太さを増した。

そして、うなされながらも香織の黒い手が極太のペニスにからみつくと、

シュッシュッ

シュッシュッ

手慣れた手つきで手淫・オナニーを始めだしてしまった。

「…そんな…

 かっ香織が…
 
 男のオナニーをするだなんて」

衝撃の光景に僕はただ呆然と眺めていると、

『うっはっ

 はっ
 
 はっ
 
 はぁぁぁぁ!!!』

オナニーを続ける香織は大きく声を上げた後、

ブシュッ!!

シュッシュッシュッ!!!

まるでそのペニスの先から噴出すように射精をし

『あぁ…気持がいい…』

うなる様な声で叫びながらペニスより白濁した精液を垂らす。

「かっ香織…」

土人…

という言葉がぴったり当てはまる姿に変身してしまった香織の姿に

僕は後ずさりをしていると、

『うぅぅ!!』

香織は低いうなり声を上げながら手を伸ばし、

自分を閉じ込めている霧の壁を掴みかかった。

そして、

『うぉぉぉぉぉ!!』

雄たけびを上げながら筋肉を盛り上げると、

霧の壁を前後左右にゆすり、

強引に引きちぎろうとする。

すると、

ピシッ

ピシッ

香織を閉じ込めていた霧の壁に亀裂が入り、

バリバリバリ!!

ついに引き裂かれてしまうと、

ヌッ!!

その中より黒い肌を輝かせながら、

男となった香織が出てきた。

「香織っ

 僕だ。
 
 隆弘だ、
 
 判るか」

うなり声をあげ続ける香織に向かって僕はそういうが、

しかし、香織はその言葉には返事をせずに

正面に浮かんでいる槍へと向かいだした。

「待て、

 香織っ
 
 待つんだ」

あの槍を香織に持たせてはいけない。

直感的にそう感じた僕は、

オスの臭いを撒き散らす香織の身体を押し留めようとする。

しかし、

「ウガッ!!」

ガシッ!!

香織は一言吼えると、

僕を殴り飛ばしてしまった。



「うわっ」

ドタンッ!!

部屋の中に僕が身体が落ちる音が響き渡る。

「くぅぅ

 痛ぇぇぇ〜っ」

床に背中を打ち付けてしまった痛みに僕が耐えていると、

ヌッ!!

全裸の香織は槍の前に立ち、

そして、槍に向かって手を伸ばし始めた。

「ダメだ、

 香織っ
 
 ダメだ!!」

手を伸ばす香織に僕が怒鳴ると、

シュワッ!!

突如、部屋の中にリング状の光が姿を見せると、

シュタッ!

その光の中から一人の男が飛び出してきた。

「なっ今度はなんだ!!」

突然飛び出してきた男に僕が驚くと、

男はオドロオドロしい仮面をつけ、

黒い裸体に赤い呪文のような幾何学模様で埋め尽くされた肉体を僕に晒す。

「え?

 なっなんだよっ
 
 コイツ…
 
 余計危ないのが…」

その姿に僕がそう思った途端、

『・・・・・・・・・!!!』

どこの言葉か判らないような声を男はあげ、

香織が手に取ろうとしていた槍を

彼女が触るよりも前に取り上げてしまった。

すると、

『うぉぉぉっ!!』

目前で槍を取り上げられた香織は声を張り上げ、

そして、男へと襲い掛かろうとすると、

ヒョイッ!!

男は身軽そうに香織の手を除け、

代わりに香織の額に右手で触れるなり、

『・・・・!!』

っと再び意味不明の言葉を放つ。

すると、

カッ!!

香織の額に光のリングが現れると、

パァァァン!!

部屋中に何かが弾けたような音が響き渡り、

その音共に香織の体はまるで弾き飛ばされたように倒れてしまった。



「だっだれだ?」

しばらくの沈黙後、

倒れたままの香織を横に見つつ僕が尋ねると、

『・・・・・・・』

男は僕に向かって何かを話しかけるが、

しかし、その言葉は僕にはまったく理解できなかった。

すると、

スッ!

男は僕に向かって手を差し出すと、

軽く額を弾く。

その瞬間、

パシッ!!

僕の頭の中に何かが響くと、

『・・・わたし・・声

 聞こえるか』

と男の声が理解できる形で響いた。

『あっ

 あれ?
 
 えっと』

『どうやら・・・

 言葉が通じる様になった見たいだな』

『あっ

 はっはぁ』

男の言葉に僕はそう返事をすると、

スッ

男は奇怪な面に黒い手を当て、つけていた面を外しに掛かる。

そして、面を外すとその顔を僕に向けた。

『あっあなたは…』

『わたし…

 ディンガの…術者』

『術者?』

『そ…

 様々な…
 
 術…
 
 わたし使える』

『術?』

『この世界の…

 理を操る術…

 わたし使える』

『それって、

 ひょっとして、
 
 魔法…
 
 というか呪術とかいう奴か?』

『うん…

 そう、その通り
 
 私…
 
 ディンガ…
 
 呪術者』

と男は自分はディンガ族の呪術師であることを伝えた。

『ディンガ…

 って、その槍のディンガ族か?』

呪術者の言葉に僕は彼が持つ槍を指差すと、

コクリ

『そうだ…

 この槍…
 
 我々ディンガの悪霊を封じた槍、
 
 誰も物でもない』

と僕に言う。

『悪霊だってぇ?

 それは、幸運の槍じゃぁなないんですか?』

『誰がそんな事言った?』

『誰って…言われても…』

呪術師の言葉に僕は返答に困ると、

「(ちょっとぉ

  責任取ってくれよ)」

と槍を持ってきてくれた友子を恨んだ。

『とにかく、

 この槍は我々ディンガのもの…
 
 ディンガの地より持ち去られたので、
 
 わたし、術を使い探していた。
 
 そして、ここにあることを見つけ、
 
 いま、取りに来た。
 
 わたし、ディンガの地に持っていく』

座り込んでいる僕に向かって呪術師はそう告げると、

『いいよっ

 そんな物騒なもの、
 
 さっさともって帰ってくれ』

と言い返した。

すると、

「うっうぅん…」

いまだ変身したままの香織がうめき声を上げると、

『そうだ、

 呪術者なら香織を元の女の子に戻してくれよ、
 
 あの槍のせいであんな姿になってしまったんだ』

香織が変身したままであることに気づくと

その黒い身体を指差し訴える。

すると、

『判った…』

呪術師はそう返事をすると、

再び仮面をつけ

変身したまま倒れている香織の傍に跪くと、

片手で彼女の体に触れ、

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

呪文を唱え始めた。

すると、

シュルシュルシュル…

香織の体からさっき彼女を閉じ込めていたあの霧が立ち上り始め、

呪術師の別の手にある槍の中へと戻り始めた。

ゴクリ…

僕は生唾を飲み込んで事の成り行きを見守っていた。

やがて、香織の体から立ち上っていた霧が途切れ、

無言の時間が過ぎていく。

しかし、幾ら待っても香織の身体は変化することなく、

相変わらず黒い肌を輝かせる。

そして、香織はすいに元の女の子の姿に戻ることは無かった。



『まぁ、そう案ずるな。

 おまえが望む限り、

 満月の夜だけはこの者を元の姿に戻しすことが出来る。

 但し、

 奴の残した呪いの影響がどうお前に作用するかまでは分からん。

 もし運がよければ満月の夜の後も数日元の姿でいられるかもしれんぞ』

正気に戻り、ディンガ族の男に変身してしまったことに落ち込む香織と、

その香織を抱きしめる僕に向かって呪術師は宥めた後、

『ともかく、

 お前は今はディンガ族の勇者だ。

 ここにいることは許されない。

 その肉体をもった以上は私と一緒にきてもらう』

と僕達に言う。

『なんで?』

呪術師の言葉に僕が訳を尋ねると、

『ディンガの者はディンガの地でしか生きてゆく事は出来ない』

と訳を話すが、

「いや、行きたくない」

その言葉に香織は僕に抱きつき、

呪術師の提案を拒否した。

『そうだよっ

 この日本でも香織はやっていける』

香織の言葉に僕も同じように反論すると、

『果たしてそうかな』

呪術師は意味深な視線で僕達を見るなり、

『本当にここで生きてゆけるか?』

と香織を指差し尋ねた。

「うっ」

その言葉に香織は返答に詰まると、

「なっ大丈夫だよなっ

 香織っ」

と僕は香織を正す。

すると、

「うっうん…

 大丈夫だけど…
 
 でっでも」

香織は口をにごらせた。

「でっでも?」

「うん…

 あのね…
 
 本当はここに居たいの、
 
 でも、
 
 身体が…
 
 ダメッっていうのよ、
 
 ディンガの地じゃないとダメって」

僕の問いかけに香織はそう本心を言うと、

「ごめんっ

 隆弘君っ
 
 あっあたし、
 
 ここには居られないの。
 
 ディンガとなってしまった以上、
 
 ここには居られないのよっ
 
 お願い判って!!」

と僕に訴えた。

『そんな…』

香織のその訴えに僕は驚くと、

『では、決まりだな。

 さっ、
 
 私と共にディンガの地へ行くぞ』

立ち上がった呪術師はそう告げると、

『・・・・・・・・』

呪文を唱え、

そして部屋の中に光の門を作ると、

『さっ

 行くぞ』

と言い残して先に光の門の中へと消えていった。

『うんっ

 隆弘君っ
 
 あたし、帰ってくる。
 
 必ず帰ってくるから…
 
 待ってて』

呪術師が消えた後、

香織は僕に抱きついてそういうと、

タッ!!

門の中へと消えて行ってしまった。

「香織…」

その一方で僕はただ呆然としながら

香織の黒い姿が光の門の中へと吸い込まれていくのを眺めていたのだった。



つづく



この作品はバオバブさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。