風祭文庫・モラン変身の館






「忘れられた部屋」
(最終話:キャンバス)


原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-153





カラッ、

カラカラ…

こっそり鍵を外しておいた窓を開けると、

わたしは縁に手をかける。

「よいしょっ」

少しもたつきながら足をかけ、

身を乗り出すと静かに部屋の中に降りる。

「ふうっ…」

一息つきながら部屋を見渡す。

窓からこもれる満月の光に照らされた部屋。

その中には何やら怪しげな品物を陳列した棚が数々置いてある。

その片隅に目を置いたわたしはゆっくりとそこに足を運ぶと、

ガサガサと音を立てながら、

そこにある物を取り出し、

あるべき形へと整える。

キャンバスセット、

絵の具と絵筆にパレット、

そして椅子…

誰一人足を運ばないその空間に

絵を描く為のセッティングがなされてゆく。

ドクン、

ドクン、

ドクン…。

月明かりを反射する白いキャンバスを見ているうちに

わたしの胸の鼓動が激しくなる。

「準備完了、あとは…」

フウッと息を吐くとわたしは絵を描く為の最後の画材の準備を行う。

シュルッ、

ススッ、

バサッ、

スルッ…

「…」

わたしは窓越しに満月、

そして窓ガラス越しにうっすらと映し出された

“画材”

−一糸まとわぬ姿のわたし自身を見つめる。

光に照らされたわたしの肌は

あたかも月の光とその力を身に溜めているかのようである。

「よしっ」

一通り裸の月光浴を楽しんだあと

わたしはゆっくりと椅子に座り、

小さな水入れを手に取る。

コトン。

わたしはゆっくりと足を広げ、

そこに空いた椅子の空間にそれを置くと

ゆっくりと椅子に背をもたれさせる。

スッ…。

「あっ…」

静かに両手を胸に当て、

ゆっくりと手を這わせる。

ムニュ、

ムニュ…。

「あん…」

少し大きめの胸をさするように揉む。

月明かりに照らされより敏感になった肌は

より強い快感をわたしの中に注ぎ込む。

ジュン。

「あ…」

ふと股間に何かが湧きあがる。

それと同時にわたしの指はその源に伸びる。

クチュッ…。

そこは既に潤いに満ちていた。

それを見ながらわたしの顔が少しゆるむ。

ムニッ、

クチュッ、

クチャッ…。

「あっ、

 あんっ、

 ああっ…」

部屋の中には粘液が擦れる音と

わたしの声だけが響いている。

擦れる感覚がわたしの快感を刺激し、

そこから漏れるわたし自身の声が更に行為を加速させる。

シュッ、

クチュッ、

ムニュッ…。

「あ…

 もうすぐ…来る…」

恍惚とする意識の中、

わたしはわずかな理性を振り絞りそれを股間に近づける。

それと同時に…。

「あっ!」

ブシュッ!

わたしの体は絶頂にのけぞり、

股間から激しい勢いで飛沫が吹き出す。

その飛沫はほぼ全て水入れの中に落ち、

溜まりを作る。

「はぁ…

 はぁ…

 かなり…

 出たけど…

 でも、まだ…

 足りないわね…」

荒い呼吸を落ち着かせまがらわたしはそうつぶやくと

再び股間に手を伸ばす。

「…はぁ

 …はぁ

 …うん、これで…

 OKね…」

何回汲み上げを行っただろうか。

けだるさの残る体をゆっくりと起こしながら

水入れを手に取ると中に溜まる蜜を見て笑みを浮かべる。

そしてわたしはパレットを手に取ると

必要な絵の具を塗りつけ、

絵の具ごとに水入れに溜まった蜜を流し、

かき回す。

絵の具の中にわたし自身が溶けていくかのような錯覚を覚えながら

わたしはさらに蜜を汲み出したい気持ちを押さえて絵筆を取った。

そもそも、わたしがこの部屋でこんな形で絵を描こうと思ったのは、

この部屋にまつわる噂がきっかけである。

わたしがこの学校に入る前の校長が

様々な海外の調度品を展示していたと言うこの部屋は、

同時に「神隠しの部屋」として噂される曰く付きの部屋であった。

その内容はどれも彼氏と一緒にその

…その手のやり取りをしようとしていた女子生徒が

その部屋にあった調度品に手を触れた事で姿を消してしまったと言うのだ。

しかも、黒い筋肉を蓄えた男の姿になって。

その話を聞いた時、わたしの脳裏にあるイメージが浮かんだ。

アフリカの草原を駆ける民族、

その中でモランと呼ばれる存在の姿が。

大掃除の日、

普段は封印されていたその部屋の掃除を受け持つ事になったわたしは

他の生徒にばれないように窓の鍵を開けていた。

そしてその日の夜、

こっそりその部屋に忍び込んだわたしは

その部屋で黒い筋肉に覆われたモランとなった生徒達の事を考えるうちに

いつしか一糸まとわぬ姿であえいでいた。

それ以来、密かにわたしはこの部屋に画材道具を運ぶと

折を見てこの部屋で絵を描き始めた。

漆黒の肉体を輝かせながら草原をかけるモランとなったわたし自身の絵を。

始めは普通に描いていたが、

いつの間にか妄想の末

わたしの中から吹き出したものも絵の具に混ぜて絵を描くようになった。

より強く絵の中のモランと同化出来るように。

しかし、わたしの中で物足りなさが消える事はなかった。

どんなに強い思いを込めて描いてもモランのイメージ、

モランとなった自分のイメージが浮かび切らない。

どうしても漠然としたイメージしか湧かず、

何かが足りないのだ。

そのせいか、

今ではこうして絵筆を取っても何も描けないまま時間を過ごす事が多くなった。

しかし、実はこの部屋は明日、

例の校長の許可を受けて片付けられ、

校舎改装により取り壊される事になっている。

こうして絵を描けるのも今夜が最後なのだ。

やるせない時間だけが過ぎる中わたしは遂に絵をあきらめ、

“思い”に身をはせながら手以外の体の力を抜こうとした時、

コトン。

何かが落ちる音がした。

「なに?」

その音にわたしは椅子から立ち上がり、

音が響いた方向へと足を向ける。

部屋の片隅、

そこに白い、と言うには薄汚れた象牙の様な物体があった。

「これって…」

大掃除の時には影も形もなかったその物体を静かに拾い上げる。

筒状になっていたそれを調べていた時、

その中から何かが転げ落ちてきた。

「?」

それは何やらシワだらけになって干からびていた小さな塊だった。

干からび尽きて匂いさえでないそれをまじまじと見つめる。

そんな時、

ドクン。

「えっ?」

わたしの心臓が強く鳴った。

同時にわたしの中に何かが流れて来た。

おぼろげだが、それでいて強いイメージ。

「はあ…ああ…」

官能に呆けた顔をしながらわたしはそれを窓際に持って行き、

静かに椅子に腰掛ける。

「ああ…ああ…」

“えっ?

 これって?

 なんで?”

恍惚となりながらも頭の中で疑問が浮かぶが、

それをつかんでいたわたしの右手は自ら動かすように股間に運ぶと、

静かに自らを股間にあてがう。

「あっ…」

先程の“汲み上げ”の余韻が残っているのか

わずかながらに潤っていたそこは自然にその物体の侵入を許す

…許す?

“そんな、どうしてこんなものをあそこに?”

自分が行っている行為に思わず慌ててしまうが、

わたしの手はそれを容赦なく中に入れてゆく。

「あっ、

 あん、あ〜ん…」

甘い声を上げながら股間をせり出す。

そこにはわたしの中から出た雫を

かすかにかぶりながらせり出している異様な物体があった。

ピクンッ!

「あっ!」

その正体を確かめようとした瞬間、

わたしの全身を再び何かが駆け抜ける。

そして、わたしはそれにゆっくりと手を伸ばすと、

静かになで始める。

スッ、

スッ、

スッ…。

「あんっ、

 あっ、あんっ…」

物体を刺激する度、

その振動がわたしの中に伝わってくる。

それと同時にシワだらけで

乾ききった感触しかしなかったその物体が

少しずつつややかに、

なめらかになってゆく。

そればかりか、

それはわたしの中でどんどん大きく、

太くなり、

あたかもわたしの“中”と同化していく感覚を与える。

それに伴うかのようにわたしの中の快感も高まってゆく。

「あっ、

 はっ、

 あっ、

 あっ…あ〜っ!」

ビンッ!

絶頂に達すると同時にそこから起きる震えが全身を包む。

「んっ、

 んん…これって…」

体を起こし、

股間にあるものを見た時、

わたしの目は大きく見開かれた。

「オ、オチンチン…」

そう、下に垂れ下がるものこそないものの

その形はまさに男のオチンチンそのものだった。

「そんな…

 わたしに…

 オチンチンが…」

目の前でだらりと垂れ下がるそれを見て

呆然となっていたわたしだったが、

意を決して抜き取ろうとする。

しかし…。

「あんっ!」

胎内一杯に膨れ上がったであろうそれはウンともスンともしない。

それどころか動かすたびにわたしの中に快感を流し込む。

そして、いつの間にかわたしはそれを必死に弄っていた。

その形を整えるかのように。

シュッ、

シュッ、

シュッ…。

「はっ、

 はっ、

 はっ、

 はっ…はぁ〜ん!」

ビチュッ!

二度目の絶頂を迎えた時、

物体の先から飛沫が吹き出した。

キャンバスにかかったそれは

いつものわたしのそれに似ていると同時に、

何か別の感覚がした。

そして、それを見た時、

わたしの中におぼろげながら何かが浮かび、

わたしは水受けを椅子の前に置くと、

再びそれを弄り始める。

シュッ、

シュッ、

シュッ、

シュッ…。

「あっ、

 あっ、

 あっ…あっ!」

ブシュッ!

再びそれから飛沫が吹き出す。

水入れの中で元の女の子だった自分の蜜と

男のオチンチンを生やした今の自分の蜜が混じりあう。

ふと股間を見ると、

それは一回り太く、長くなっていた。

それを見詰めるわたしの心には恐怖よりも

好奇心、そして快感がうごめいている。

わたしは三度それをいじる。

今度はそれをつかみ、

牛の乳を搾るように弄る。

ギュッ、

グニュッ、

ムニュッ…。

「うっ、

 あんっ、

 いやっ、あん!」

わたしの奥で何かがかき回される感覚がする。

つかみ取り、絞り出す感覚。

あたかもそれはそれに宿っていた存在が

元のわたしを絞り落とすかのようであった。

「あっ、

 あうっ、

 あおっ…うおっ!」

ブシューッ!

ダランッ。

物体から飛沫が上がると同時にその下から小さな袋が零れ落ちた。

物体がわたしの奥底にあった“女の証”を引きつかみ、

“男の証”に変えて外に出したのだ。

この時点でわたしは「オチンチンを生やした女」から

「女の体をした男」になってしまった。

でも、わたしの心になぜか恐怖感はなかった。

むしろ、もっと変わりたかった。

描きたくても描けなかった理想の姿―モランに。

今のわたしの脳裏にはまだうっすらとだが

このオチンチンの持ち主だったモランのイメージが浮かんでくる。

たくましい肉体を掲げ、草原を走るモランの姿が。

それと入れ替わるようにわたし自身のイメージが少しずつ消えてゆく。

日本人の女の子として生まれ、生きてきた記憶が。

既にわたしの心はモランに侵食されているのだろうか。

それ自体は恐くないが、

それにより今わたしがやろうとしていた事…

モランになったわたし自身の絵を描き上げる事が出来なくなる事が恐かった。

わたしは改めて白いキャンパスを見上げる。

同時にムラムラと闘争心が湧いて来る。

「ハァ…ハァ…」

漏れるトーンは高いままだが、

その勢いは間違い無く得物を仕留めようとするモランのものだった。

わたしはパレットと筆を取り、

女の子のわたしとモランのわたしの入り混じった水を絵の具に溶け込ませ、

キャンパスに叩きつける。

「はっ、

 はっ、

 はあっ、うっ!」

ブシュ!

描いているうちに感じてきたのか、

オチンチンから飛沫が漏れる。

ムクッ!

「あっ!」

快感による衝撃とは違う…痛みを伴う快感が突き上げる。

ふと見渡すと体が一回り大きくなった気がする。

月灯りに照らされた肌も心なしか陰っている。

そしてわたしは再び絵を描き始める。

それと同時に再びオチンチンから何かが吹き上げようとする。

「うあっ!」

ブシュッ!

ムキ!

メキッ!

「あんっ!」

ビチュッ!

ミシ!

メシッ!

わたしは湧きあがってくる男の性欲に身をゆだねて飛沫を吹き出す。

オチンチンから飛沫が上がるたびにわたしの体は変わって行く。

背はどんどん高くなり、

手足も太く、

長くなってゆく。

腹には深い腹筋が刻まれ、

女の証であったやわらかい乳房は

既にたくましい胸板の中に消えている。

肌も既に月灯りでもはっきりわかるほど黒くなっている。

もしかすると吹き出しているものは

「女の子だったわたし」自身なのかも知れない。

そして、遂に絵は完成した。

荒涼とした草原の中を駆け抜けるモラン。

それは今のわたし自身である。

その絵を見ながらわたしは最後の変身を遂げようとしていた。

シュッ、

シュッ、

シュッ、

シュッ…。

「ああ…わたしが…

 消えていっちゃう…

 でも…気持ちいい…」

女の子だった最後の名残りである顔

―その肌はすっかり黒く染まっている―

を恍惚とさせながら、

わたしはオチンチンを弄っていた。

「ああっ、

 はあっ、

 いいっ、

 んあっ、

 うおっ…」

既に蹴飛ばした椅子の置いてあった場所に

腰を下ろしながらわたしは大きく背をそらす。

そして…。

「ウオォォォォォォーッ!」

と言う絶叫と共にわたしの意志は飛び上がっていった…。

少しの間を置き、

わたし…だったものはゆっくりと身を起こし、立ち上がる。

「…フッ、

 フフッ、

 フハハハハハ…」

体を手に入れ歓喜の声を上げる“わたし”。

その顔も既にモランのものになっている。

既にただ体の中にいるだけになったわたしは

かつてわたしのものだった口から聞こえる

“わたし”の声を聞いていた。

「コレデオレモサバンナニカエレル。

 オレノイルベキトコロヘ…」

そう言うと“わたし”は床の上に落ちていた筒―コテカを

オチンチン…イリガにはめ、

どこからか取り出した槍を手にすると呪文を唱える。

ちょうどキャンバスの前に空間の歪みが出来る。

“わたし”はその空間へと足を運び、

その中へと消えていく。

そして、わたし自身の意識も快感の渦の中に消えていった…。

「……!?」

わたしは全身を照らす熱さに思わず目を覚まし、

ガバッと身を起こす。

青空をバックに太陽が激しく照りつける。

見渡せば一面緑の草原が広がる。

まぎれもないサバンナ。

アフリカの大草原にわたしはいるのだ。

「わあ…」

わたしは立ち上がり歓喜の声を上げるが、

ふと頭の中に疑問符が浮かぶ。

「あれ?

 わたし、モランになって…」

思わず体を見渡す。

同年代では平均的な高さの背丈に細めの手足。

白めの素肌。

胸には柔らかい膨らみが並んでいる。

「…もしかして…」

わたしは全ての始まりだった股間に手を伸ばす。

もちろん触れた感覚も、

そしてそこから来る快感も…。

「あ…」

女の子のものだった。

ふと近くに水溜りが見えたのでそこに顔を映す。

水はにごっていたが、

そこに映し出されているのはまぎれもなく元の自分の顔だ。

「元に…戻った…?」

元の姿に戻れてホッとするよりも先に不安がよぎる。

サバンナに生きる為の肉体を持ったモランならともかく、

もとの女の子の体では…。

その時、わたしの中で何かがひらめいた。

「もしかして…わたしは…

 わたしが本当にやりたかったのは…」

そう、わたしが本当に望んでいたもの。

それは生まれたままの姿であたかも獣のごとく草原を駆け抜ける事。

モランになりたかったのはもしかすると

その過程でしかなかったのかも知れない。

そう思えた時、遠くで獣の雄叫びが聞こえた。

それを耳にした瞬間、全身に強い闘志―がみなぎる。

全身の筋肉がピンと張り詰め、

ついでに股間がジュンと濡れる。

「…やだ…」

わたしは思わず苦笑いを浮かべ、

それを振り払うかのように声のした方に顔を向ける。

「うおーっ!」

わたしは地面に落ちていた槍を手にすると声の限りに咆哮し、

まさに獣の様にサバンナの彼方に走り出していった…。



翌日、資料室に展示されていた備品のいくつかを引き取る為に

その部屋を訪れた黒衣の少女は

その真ん中に置かれたキャンパスに描かれた人物画と、

部屋の片隅にあった何枚もの絵を見る事になる。

その絵に描かれていたのはどれも一糸まとわぬ姿で

サバンナを駆ける裸身の少女の姿であった…。



おわり



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。