風祭文庫・モラン変身の館






「赤い砂塵」
(第1話:向日葵台へ)


作・風祭玲

Vol.976





それは桜の蕾がほころび、

まもなく春を迎えようとする”とある日曜日”のことだった。

「え?

 向日葵台へ…ですか?」

”とある私鉄”の駅前に広がるタクシー乗り場に運転手の困惑した声が響き渡ると、

「あぁ、そうだ、

 向日葵台まで乗せて欲しいんだ」

季節柄浮いて見える黒く日焼けした顔を晒しながらわたしは運転手に懇願していた。

「お客さん。

 知っていると思いますが、

 いま、向日葵台へは行けませんよ」

そんなわたしを怪訝そうな目つきで見ながら運転手は断わろうとすると、

「クルマで行けないことは判っている。

 行けるところまで乗せてほしいんだ。

 なんなら運賃を倍、いや3倍払うから」

と食い下がるように頼み込み、

そして、

「頼む!」

の一言と共に頭を下げた。

「………お客さん、

 ひょっとしてご家族が向日葵台にお住まいで?」

頭を下げるわたしの姿を見てか運転手は声を小さくして聞き返してくると、

「まっまぁ…妻と娘がね」

やや表情を曇らせ返事をする。

すると、

「…判りました。

 向日葵トンネルの手前まででしたらクルマが登れますので、

 そこまでで良ければお乗せしましょう。

 ただしそこから先へは行けませんよ。

 通行止めになってますから」

それを見た運転手は大きく息を吐き、

注意を一つすると後部ドアとトランクを開けてみせる。

「あっありがとう!

 恩に着る」

自分の願いを聞き入れてくれた運転手に向かってわたしは一言礼を言うと、

手早く引っ張ってきていたカート型の大型旅行ケースをトランクに乗せ、

「よろしく頼む」

の言葉と共にタクシーの乗客となった。



「なぁ、運転手さん。

 向日葵台でなにがあったんです?」

流れ行く街の景色を横目にわたしはハンドルを握る運転手に話しかけると、

「いやぁ、

 わたしもなんと答えたらいいのか」

運転手は困惑した返事をし、

「ひと月前…位ですかね、

 向日葵台で変な霧が湧くようになりましてね。

 最初は冬なのになんかガスって居るな…程度に思っていたんですが、

 次第に濃くなってきてしまって、

 で、さらに砂が……

 そう、赤い砂が飛ぶようになったんです」

と事情を話し始める。

「赤い砂?」

運転手のその言葉を聞いてわたしは聞き返すと、

「えぇ、

 細かい赤茶けた砂が舞うようになって、

 砂塵と言うんでしょうかね。

 そのせいでどんどん視界が悪くなってしまいましてね。

 このままでは事故も起りかねない。って言うことで

 警察の判断でトンネルの周辺を通行止めにしたんです」

と続ける。

「ひと月前…霧…赤い砂…」

運転手の言葉の中にあったそれぞれの文言にわたしは引っかかるものを感じるが、

「ところでお客さん、

 随分と大荷物ですが海外旅行か何かの帰りで?」

と今度は運転手が聞き返してきた。

「ん?

 いやぁ、

 そんなんじゃないっすけどね」

そう言いながら白いシートカバーに覆われた後部座席に身体を預け、

真っ黒に日焼けした顔を少し伏せ気味にしながら片手を横に振ってみせると、

「見ての通り、

 仕事ですよ、

 仕事。

 外国での仕事の帰り…」

と答える。

「あぁ、海外出張でしたか」

それを聞いた運転手は笑顔でそう答えると、

「ご家族が心配ですね」

と一言付け加えた。

「なぁ、運転手さん、

 いまの話でこっちから向こうに行けなくなったのは判ったけど、

 向こうからこっちに誰か降りてきた人はいないのか?

 俺の家族も含めて向日葵台には結構人が住んでいるはずだけど、

 トンネルが通行止めになってしまって騒ぎにはならなかったのかぃ?」

わたしにとって最大級の疑問を運転手にぶつけて見せる。

すると、

「こちら側では騒ぎにはなりましたけどね。

 ただ、わたしも何回かトンネルをくぐって向日葵台に行ってましたが、

 街の人たちは慌てている様子が無かったんですよ。

 まるで砂塵に覆われていることを当たり前のように感じている。

 とでも言いましょうか。

 それで、砂塵が酷くなってトンネルを通るのが危なくなった時。

 警察がトンネルを通行止めにすることを向日葵台に通告しようとしたのですが、

 どういう訳か向日葵台と電話が通じなくなってしまいましてね。

 それどころか携帯電話も無線も一切通じなくて…

 無論、警察は役所や消防と共に向日葵台へ人を派遣したのですが、

 なぜか戻ってきてしまうんですよ」

と運転手は砂塵の他に奇妙な現象が起きていることを告げた。

「戻ってきてしまう?」

「えぇ

 砂塵の中を前へ前へと進んで行ったはずなのになぜか出発地点に皆戻ってしまうんですよ。

 トンネルを通らずに直接山を越えてみたり、

 別ルートから行こうともしたそうなんですが、

 なにも見えない赤い砂塵の中でUターンしてしまうんでしょうかね。

 みーんな出発した所に戻ってしまって。

 まったくおかしな話ですよ」

そう運転手は霧の中で起きている怪現象について話した。

すると、

サァーッ

わたしを乗せて走るタクシーの周囲には赤い靄が漂い始め、

見る間に濃さを増していくと、

「あぁ出てきましたね。

 これが砂塵ですよ、

 ほらっ周囲が赤茶けてきたでしょう。

 みんな砂塵の仕業なんですよ」

と運転手はわたしに説明する。

確かに運転手の指摘通り、

タクシーが走る道の両側は赤茶けた砂に覆われ、

まるで異国の景色となっていたのであった。

と、その時、

ガッガガガガ…

ガタンガタン…

小石でも踏んだのかタイヤ辺りから音が響き始めると、

車体が小刻みに揺れ始めた。

「おっと、

 そうそう、

 砂が覆うようになってから石が転がり落ちるようにもなりましてね。

 クルマで走るのも大変なんですよ」

と運転手はハンドルを握る手に力を入れ、

次第に左右前後に揺れを増すクルマを必死になって運転し始める。

そして、しばらく悪路と格闘しながら走ると

行く手を遮るように赤と黄色の回転灯が輝くのが見えてきたのであった。



キッ!

手の先が見えないほどの砂塵が舞う中、

”この先通行止め”

と書かれた規制看板とその両側で回る回転灯のところでタクシーは停車すると、

「いやぁ、なんか段々酷くなってくるな…

 もぅここまでは上がってこられないかもなぁ」

額に滴る汗をハンカチで拭いながら運転手は愚痴をこぼし、

わたしの方を振り返ると、

「申し訳ありません、

 ここがクルマで行けるところなんです」

と申し訳なさそうに告げた。

「なるほど…

 確かにこれ以上は危ないな…」

霧が立ちこめる周囲を見ながらわたしはタクシーから降り立ち、

そして、トランクから荷物を取り出すと、

「ありがとう運転手さん。

 お釣りはいいから」

と礼を言いながら汗を拭きつつ1万円札を運転手に差だした。

「これからどうなさるので?」

驚く運転手が聞き返すと、

「どうするって、

 帰るのですよ。

 わたしの自宅にね」

運転手に向かってわたしはそう答えた後、

わたしは歩きはじめた。

「お客さんっ、

 無理ですって、

 戻ってきてしまいますよ」

そんなわたしに向かって運転手は警告をするが、

「ありがとう」

そう返事をすると、

わたしは前に立ちはだかるようにして立ちこめる砂塵に向かって歩いていく。

ガガガガッ

ガラガラガラ…

悪路に悲鳴を上げる旅行ケースを引きながら一歩づつ前に進むにつれ砂塵はその深みを増し、

わたしを赤1色の世界へと誘っていく。

「しかし、

 なんなんだこれは…」

既に回転灯もタクシーも見えなくなり、

いま自分が何処を歩いているのかが判らなくなるくらいの霧の中を歩きながら、

自分を飲み込むかのように漂う砂塵を見つめていると、

ザリッ!

わたしの足下からも赤茶色の砂が舞い上がってくる。

「砂…

 赤茶色の砂か…」

足下で舞う砂を眺めているウチに、

ふと、わたしの脳裏に出張先のアフリカで体験した出来事が鮮烈によみがってきた。

そして、

「あそこもこんな感じだったな」

と呟きながらアフリカの奥地で体験したまか不思議な出来事を思い出しつつ砂塵の中を歩いていく。



遅くなったが、わたしの名前は加悦貴之。

とある商社の課長をしている。

実は数年前よりわたしが勤める商社はアフリカ奥地にある某国で鉱山開発を手がけていて、

わたしは現地にて陣頭指揮を執っていたのであった。

そこは乾ききった長い乾季と激しい雨が降りつづく短い雨季によって緑が少なく

さらに厳しい気候が生んだ険しい地形のために人々が生活していける土地も僅かしかなかった。

しかし、人々は作物を育てることが出来る狭い土地を開梱し、

家畜を育て、

古来からの生活スタイルを頑なに守って暮らしていたのだが、

そんな中に突然鉱山開発が降って湧くと

当然の如く鉱山開発地区を生活の場とする野生部族・ボディ族との間で

立ち退きを初めとする様々なトラブルが巻き起こり、

わたしは文字通り東奔西走する毎日を送っていた。

そんなある日、

出先から事務所に戻る途中のわたしをこの地方特有の赤い砂塵が襲ったのであった。

一寸先も見えない赤一色の中、

「ちくしょう!

 これじゃぁ進む事も戻る事も出来ないか」

山間部を縫うように走る悪路の真ん中でわたしは立ち往生していると、

ンモー…

どこからともなくウシの啼き声が響き渡る。

「ウシ?」

近くにあるボディ族の集落まで相当距離のあるところ聞いたウシの啼き声に

わたしは思わず空耳かと疑ったが、

やがて、

ザザザッ

ザザザッ

濃霧の中より大きな角を振りかざすウシの群れのシルエットが姿を見せると、

ンモーォ…

響き渡る啼き声と共に一頭、

また一頭とウシが行儀良く並んで歩いていく、

そして、その最後部で

『シッ

 シッシッ』

とウシたちを御する声を上げながら、

皮を剥き使い込んだ赤茶色の棒を振って歩く少年が姿を見せたのであった。

「…こんな砂塵の中なのに平気なのか」

一歩間違えれば深い谷底に落ちてしまう荒れた道をものともせず、

漆黒の裸体に碧いトンボ玉の飾り紐がのみの姿をしているボディ族の少年が

わたしが運転するクルマの横に来ると、

『あっ!』

何かを思い出したようにして近づいてくるなり、

コンコン

っとクルマのドアを叩いて見せる。

「なんだ?」

思わぬ少年の行動に周囲に警戒をしつつ小さく窓を開けると、

『なぁ…』

と少年はボディ族の言葉で気安く話しかけてきた。

『なっなにか?』

少年からの呼びかけに

なんとかボディ族の言葉を理解できるようになったわたしは返事をすると、

『あなたたちはここの山が欲しいのか?』

と少年は手にした棒を振りかざし、

砂塵が覆う空間を指し示してみせる。

『え?

 いや、山が欲しいんじゃなくて、

 山を掘らせて欲しいんだ』

少年に向かってわたしは判りやすく事情を話そうとすると、

『でも、山が欲しいんだよね』

そう少年は返し、

『なら、別に良いよ』

と返事をしたのであった。

「別に良い?」

その言葉にわたしは呆気にとられながら聞き返すと、

『だけど条件がある。

 あなたのところにも山があるでしょう?

 僕たちをそっちに住まわしてくれるなら…

 だけどね…』

わたしの質問に少年は小首を傾げながらそう告げ、

そして、

『するの?

 しないの?』

と決断を迫ってきた。

「なんだコイツは

 どうもボディ族って何を考えているのかわからないな」

黒い肌から浮かにあがるような目で見つめる少年を見返しながらわたしはそう思うと、

『いいだろう、

 取り替えてあげるよ』

と気軽に返事をしたのであった。

すると、

『うん、判った。

 じゃぁ約束だよ』

それを聞いた少年は満足そうに返事をすると、

『シッ

 シッシッ』

と声を張り上げ手にした棒で立ち止まっているウシを追い始め、

『じゃぁね』

そう言い残して砂塵の中へと消えていったのであった。

そして、それから数日後、

『大変ですっ

 じゅっ住民が…』

血相を変えて現地スタッフが事務所に飛び込んでくると、

開発予定地に住んでいたボディ族達がことごとく姿を消してしまったことを報告してきたのであった。

「ボディ族が消えた?」

服などを身につけず裸体を晒して暮らすボディ族達が

かき消すように消えてしまったことを知ったわたしは背筋が寒くなっていくのを覚え、

慌てて事務所を飛び出すとボディ族が住んでいた集落を一つ一つ周り、

後に人権問題になるような事件があったのかどうかを見て回ったが、

どの集落にも破壊された跡や強引な拉致があったような痕跡は何一つ無く、

家畜やわずかな道具などを手にボディ族は何処かへと引っ越していったような感じであった。

「なにがあったんだ?」

惨劇のカケラもまったくない無人の集落の中でわたしは呆然とするが、

それ以降、鉱山開発は軌道に乗り、

帰国の指示が届いたのはそれからひと月後のことだった。

だが…



「まるであのボディ族の少年に会ったときのような霧だな…」

あの時の悪路のような道を旅行ケースを引きづりつつわたしはそう思うと、

砂塵が薄くなってきたのか、

わたしの目の前に浮かび上がるようにして白亜の向日葵トンネルが姿を見せてきた。

「向日葵トンネルだ。

 なんだここまで来られるじゃないか、

 あはは、このトンネルを抜ければ

 光代と舞子が居る向日葵台にでる」

押し寄せる荒廃をものともせずに聳え立つトンネルのポータルを眺めながらわたしは感慨に噎ぶが、

スグに

パンパン

と両頬を叩くと

「うっしっ」

気合いを入れ直して濃霧が漂うトンネルの中へと入って行く。



『パパにビックニュース!』

鳴り響いていた電話を取ると同時に一人娘である舞子の声が響き渡る。

「んー?

 舞子かぁ、

 なんだよ?」

事務所から居住棟に帰ってくるのを見計らうかのように掛かってきた電話に向かって

わたしはつい鬱陶しく返事をしてしまうと、

『なによっ、

 その口の利き方は!』

と電話口の舞子は拗ねてみせる。

「あぁ、ごめんごめん」

それを聞いたわたしは慌てて機嫌を取ると、

『へへっ、

 パパ、喜んで。

 舞子ねぇ、

 第一志望だった麗華女子に見事合格しました』

と合格の報告をしたのであった。

「本当か?

 おぉ!

 スゴイじゃないか!」

それを聞いたわたしは嬉しそうに褒めると、

『すごいでしょう!

 あたしの中学から合格したのはあたしだけだよ、

 もぅ一杯勉強をしたんだから』

と舞子は合格に向けての努力してきたことを最大限に誇張してみせる。

「よくやった、

 じゃぁ日本に帰ったら特大のプレゼントをしないとならないな」

娘の合格を喜びつつプレゼントについてあれこれ考え始めると、

『いいよ、気を遣わなくても

 パパがお仕事をしている国ってとっても危ないんでしょう。

 パパが病気もなく、ケガもなく帰ってくれれば舞子はそれで十分だよ』

舞子はわたしを気遣ってみせる。

「ありがとう」

自分を気遣ってくれる娘の言葉を聞いてわたしは思わず目頭が熱くなってしまうと、

「お母さんに代わってくれる?」

とそれを隠すかのようにして話しかけたのであった。



「舞子に会うんだ、

 舞子に会っておめでとうを言うんだ」

このトンネルの向こうで自分を待って居るであろう娘と妻のことを思い浮かべながら、

わたしは必死の形相で奥へ奥へと歩き続ける。

幸いトンネルの中は電気が通じているらしく、

両側の壁の明かりは点いてはいるものの、

しかし、トンネルの中まで充満している砂塵に反射してしまうと、

まさにトンネル内は赤い光に満ちあふれていたのであった。

そんな中をわたしは旅行ケースを引っ張って歩いていくが、

だが、タクシーを降りてからの道のりと、

次第に厚みを増してくる砂と砂利の層、

そして、一寸先をも見えない状況の中を歩き続けてきたために、

わたしの身体の疲労度は限界に達しようとしていた。

しかし、それでもわたしは自分の身体に鞭打ちトンネルの壁を伝いながら歩き続けていると、

タクシーを降りた頃から上がっていた周囲の気温はさらに高くなり、

ジワッ

わたしの胸元に容赦なく汗が滴り落ち始める。

「ちっさらに暑くなってきたなぁ…

 まだ春なのにどうなっているんだ」

滴り落ちる汗を拭いつつわたしは歩くが、

「だぁぁぁ!」

ついにガマンできずに着ていた背広の上着を脱いでしまうと、

「くそっ何でこんなに暑いんだ!」

と思いっきり怒鳴り声を上げてしまう。

その途端、

ウワァァァァン…

一瞬トンネルの中にわたしの声が木霊していくが、

スグに砂の層に吸収されてしまうと

シーン…

音は一切途切れてしまったのであった。

「ちくしょう!

 なにが、一体どうなって…」

まだアフリカに居るのかと錯覚を与えてしまう気温にわたしは耐えられずに、

バタンっ!

トンネルの中で仰向けに倒れ、

路面に積もる砂を背に砂塵を見つめ始めた。

「なんだよぉ、

 何が起きたんだ?

 本当にここは日本か?

 俺はまだアフリカに居るんじゃないのか?」

両手を頭の後ろに回し、

わたしは1人でぶつぶつ文句を言い続けるが、

しかし、これまでの疲れもあってかそのまま寝入ってしまったのであった。



『パパぁ、お帰りなさい』

『あなた、お帰りなさい。

 砂で大変だったでしょう』

『あはは…

 いやぁ、タクシーから途中で下ろされちゃってね。

 トンネルの中を歩いてきたよ。

 いやぁ、こんなに運動したのは学生以来だな………』

『あはは、パパには良い運動ね…』

『あら、砂…』

『うわぁぁ、凄い砂』

『おっおいっ、

 お前達、何処に行くんだ?

 待てよ、

 おいっ、俺を置いていくな』



「うっ!

 夢?」

どれくらい寝ていたのであろうか、

自分の帰宅を待っていた娘と妻に労われるシーンが赤一色に覆われていくところでわたしは目を覚ますと、

その視界は赤い世界が取り囲んでいたのであった。

「トンネルの中…

 はっ、

 そうだ、舞子、光代、

 待っていろ。

 パパはいま帰るからな」

夢に出てきた娘と妻の姿を励みにわたしは立ち上がると、

脱いだ背広の上着を旅行ケースに結んで再び歩き始めた。

だが、トンネルを進む事に気温は高くなり、

夏というよりアフリカを思い起こさせる暑さへと変わっていく、

そして、上り坂だった道の勾配が下り坂へと変わったとき、

わたしの行く手が明るくなったのであった。

「やった、出口だ!」

行く手に広がる光に向かってわたしは旅行ケースをその場に置いて走り始める。

そして明るさが徐々に増し、

ついにわたしを包み込んだとき、

「はっ…」

わたしは長いトンネルから出ていたのであった。



すぅぅぅぅぅ…

トンネルを出た途端、

熱を持った乾いた風がながれ、

立ちこめていた霧を洗い流すかのように散らしてゆく、

そして、わたしの足下には彼が目指していた向日葵台が姿を見せてきたが、

だが、その様子は記憶にある街の姿から遠くかけ離れたものであった。

「なっ、

 なんだこれは…」

周囲の山は焼けたように赤茶け、

その山肌は切り立つように岩が露出し、

それらの岩にあがなうようにして乾ききった樹木が這い蹲るように茂っている。

そして娘や妻が住んでいる自宅があるはずの街は赤茶けた砂の中に埋もれ、

砂の中から円形の小屋がひしめき合うようにして建っていたのであった。

「ちくしょう!

 一体、何がどうなって居るんだ。

 ここは日本のはずだぞ、

 なんだこれは、

 これじゃぁまるでアフリカじゃないか!」

自分が鉱山開発に奔走したあのボディ族の集落とうり二つの姿になっている街を見下ろしながら

わたしは頭を抱えてしまうが、

その足下ももはや道路と言うものではなく、

赤茶けた砂埃を舞上げる荒れた山道に変わっていたのであった。

とその時、

ドォォン!

大きな音が響き渡ると、

ゴゴゴゴゴゴ…

つい今し方抜けてきた向日葵トンネルが大音響と共に崩壊し、

ガラガラガラ…

落ちてきた大量の岩がトンネルの出口を塞いでいく、

「ひっ向日葵トンネルが…

 あっあぁぁぁ…」

トンネルが完全に塞がれてしまった光景を見ながら

わたしはそのままの姿勢で1時間近く立ちつくしていると、

ンモー…

ンモォー…

っと遠くからウシの鳴き声が響いてきた。

「ん?

 ウシ?」

聞き覚えのあるウシの声にわたしは振り返ると、

大きな角を持つウシの群れが砂埃を上げながら一列に並んで山道を登り、

そのウシの列の最後部で棒のようなものを振ってみせる人影があった。

「あれは…」

濃霧の中で出合ったボディ族の少年を思い起こさせるその姿にわたしは愕然とすると、

ンモォ…

モォ

モォ

次々と痩せたウシがわたしの前を通過し始める。

そして、最後のウシがわたしの前を通り過ぎようとしたとき、

ピタッ

突然、ウシの歩みが突然止まり、

ンモォォォ…

とその場で啼き始めたのであった。

「ん?」

わたしは動かなくなったウシから視線を後ろへと動かしていくと、

「パパぁ?…」

わたしに向かって声変わり途中の少年を思わせる声が響く。

「え?

 パパ?」

その声にわたしは驚きながらウシの後に続いていた人物を見ると、

黒く輝く漆黒の肌と赤茶けた縮れた髪を晒すボディ族の少年が立ちつくしていたのであった。

「お前は…」

濃霧のアフリカの奥地で出合ったボディ族の少年かと見間違うほどにそっくりの少年をわたしは怪訝そうに見る。

しかし、わたしが見ている少年は全裸ではなく、

なぜか娘・舞子が通う中学の制服を身につけていたのであった。

「なんだ、お前は…

 それにそれは…

 まっ舞子の制服じゃないか!」

少年に向かってわたしは怒鳴り声を上げると、

改めて少年の姿を見る。

娘の制服を無理して着ているのか、

上着の下からは黒い肌のお腹が丸出になり、

破れているスカートは膝の遙か上までしか届いていなかった。

さらに【3−A 加悦舞子】の名札が胸に光る上着の袖口や裾がすっかりすり切れてしまっていて、

口をあけてる袖口からは黒い肌に覆われた手が飛び出すと、

胸元の引き裂けた部分からが黒い胸板が覗き、

さらにスカートの裂け目からは男のイチモツが顔を覗かせていたのであった。

「お前、

 なんで娘の制服を着ているんだ」

自分とほぼ同じ背丈の少年の胸ぐらを掴み上げてわたしが怒鳴ろうとすると、

ビリィィィ!

突然、制服はボロ切れの如く一気に引き裂け、

「あっ…」

バランスを崩した少年は蒼いトンボ玉の胸飾りが輝く黒い胸を露出させながらその場に倒れ込んでしまった。

「なっなんだよ

 これは…」

あまりにも呆気なく制服が引き裂けた事にわたしは驚くと、

自分の手に握りしめられられていた制服の端切れがまるで崩れるように散らばっていく。

「あっあっあぁぁぁ…」

飛び去っていくそのクズを少年は這い蹲りながら拾い集めてだすと、

「お前…何をやっているんだ」

上半身裸となってしまい漆黒の肌を見せる少年に向かってわたしは尋ねた。

すると、

「ひ、ひ、ひどい…

 酷いよ、ぱっパパぁ!」

黒い肌から浮かび上がるような目より涙を流して少年はそう訴えた。

「パパ?

 お前、俺のことをパパと呼ぶのか?」

それを聞いたわたしは自分を指さし尋ねると、

ハッ!

少年はイチモツが顔を出しているスカートを恥ずかしげに押さえ、

「ぱっぱっパパ…

 あっあたしよ、

 まっまっ舞子よぉ、

 ぱっパパのむっ娘のまっ舞子よぉ」

と訴えたのであった。

「なにぃ!?」

思いがけない少年からの訴えにわたしは愕然とすると、

「わっわっ判らないの?」

と少年は尋ねる。

「はっ、

 まさかお前、

 本当に舞子なのか?」

それをみたわたしは少年を指さして聞き返すと、

コクリ…

少年は小さく頷き、

「うっうっううう…

 まっまっ舞子…、

 こっこんな姿になっなっなっちゃったのぉ!?」

と言葉を詰まらせながら抱きついてきたのであった。

「なっなっなんだぁ!」

少年の身体から立ち上ってくる強烈な体臭と、

その周囲を飛び回る蠅の羽音を聞きながらわたしは困惑してみせる。

すると、

「ひっくっ、

 ひっひと月前からあっ赤い霧がたっ立ちこめはじめると、

 だっだんだん赤い砂が舞い始めてきて、

 そっそうしたらあっあたしやまっママ…

 ううん、

 まっ街の人たちの肌がだんだん黒くなってしまって…

 そして、へっヘンな夢を見た朝。

 まっ舞子の手首や首、そしてお腹にこんな紐が掛かったのよ」

そう訴えながら少年は手首や首、

そしてヘソの下で輝く碧く輝くトンボ玉で作られた飾り紐を指さしてみせ、

「それで」

トンボ玉の飾り紐を一瞬見た後、

すかさずわたしは続きを尋ねると、

「こっこの紐は舞子だけじゃなくて

 まっママにもつっつっ付けられていて…

 うっううん、

 みっみんなの身体にも付けられていたのよ。

 そっそれからみんな服を脱いで裸になってしまって、

 まっ舞子にも裸になることをきっ強要してきたわ。

 まっ舞子は裸になるのをいっ嫌でふっ服を着続けたんだけど、

 でっでも、さらに肌が黒くなってきて、

 かっ髪も縮れてちゃって…

 そして、

 そして、

 おっオチンチンが生えちゃったの…」

と訴えながら少年は股間を押さえていた手を動かし、

半勃ちになっているイチモツを見せたのであった。



つづく