風祭文庫・モラン変身の館






「尚子」
(第3話:健一の来訪)


作・風祭玲

Vol.610





ザザザザ…

その時、僕・辰巳健一は

真上から容赦なく照りつける日差しの下、

赤褐色に濁る大河を遡上してゆく船の上にいた。

ザザザ…

ザザザ…

湖などに浮かぶ遊覧船を一回り大きくしたような船に乗り、

この河の河口にある街を出て、

すでに3日が過ぎようとしていたが、

奥地に遡っても河の水は澄むことはなく、

また水深もまだ相当あるようで

ゆったりとしながらも複雑な模様を描く水面は

覗き見るものを引き込んでしまうような魔力を放っていた。

「●●●●●●●●」

突然、僕の傍で男達の会話がはじまるが、

残念ながらその意味はサッパリ判らない。

デッキの手すりに身体を預け

ふと周りを見渡すと、

僕の周囲には同じ色をした肌の人は一人もなく、

皆、高い身長に黒い肌、

そして頭には縮れた毛を抱く現地人であった。

そう自分以外一人も日本人はいない。

そんな異国の船に揺られて僕が向かっていたのは、

この川の上流にある小さな街。

そして、その街からさらに徒歩で約半日近く歩いた所にあると言れる

野生部族・ヌバの小さな小さな集落だった。



それは3年前のことだった。

当時大学生だった僕の幼なじみだった窪川尚子は

専攻していた民族研究の一環として、

仲間達数人と共に貯めてきたアルバイト代をはたき、

この河を遡ってそのヌバの集落へと向かった。

そして、その集落に寝泊まりをしながら、

現地人達の生活習慣などを調査・研究していたのだが、

しかし、ある日の夜、

ヌバ族の秘祭を見に行ったまま

消息を絶ってしまったのであった。

帰国してきた尚子の研究仲間達から話を聞いてみると、

その日の夕方、響き渡る太鼓の音を聞いた尚子たちは

ヌバの秘祭が行われることに知り、

尚子が秘祭を見に一人、出かけていったそうなのだが、

しかし、それっきり彼女は帰っては来なかった。

尚子が帰ってこないことに仲間達は、

ヌバ族達に尚子のコトを聞いて回ったそうだが、

しかし、尚子の消息に繋がる手がかりは得られなく、

それどころか、秘祭を見に行ったことをかがめられ、

”バチが当たったんだ”

”お前達もスグに帰れ”

といわれる有様。

結局、尚子の行方は判らず、

後のことは現地の役人に任せることして

仲間達は日本に帰ってきたのであった。



それを聞いた僕もスグに探しに来たかったのだが、

しかし、貧乏学生だった故になかなかここに来ることが出来ず、

臍をかむ日々を過ごしていた。

そんなある日、僕の元に一通のエアメールが届いた。

差出人は初めて名を聞く米国人。

無論、面識もなく、

また文通をするような心当たりもなかったのだが、

しかし、英文の手紙と同封されていた小さな布きれに

”尚子”

と墨で書いたような文字が浮かびあがっていた。

「え?」

その字を見たとき、

これは間違いなく尚子の字であることを確信するのと同時に、

布きれも彼女が現地に行くときに

尚子が着ていったシャツの切れ端であることに僕は気付いた。

「…尚子は生きている。

 しかも、僕に助けを呼んでいる」

僕はメッセージが込められた布きれを握りしめながらそう思うと、

英文の手紙に目を通した。

無論、僕の学力ではスラスラと英文を読めるわけ無く、

英和辞書を片手にしての翻訳作業を行ったのだが、

そこに書かれているコトに僕は衝撃を受けざるを得なかった。

「本当なのか?」

驚きの文面に僕は何度も辞書をめくり、

幾度も翻訳をやり直すが、

しかし、何度翻訳をしても、

またパソコンの自動翻訳ソフトを通しても

結果はほぼ同じ内容だった。



…尚子はヌバ族の男にされた?



得られた結論を僕は容易には信じられなかったが、

しかし、封筒に残っていた写真を見たとき、

「!!」

僕は思わず息を飲んだ。

そこ写っていたのは、

どこかの川の畔だろうか、

光る水面を背にして一人の人物が映っていて、

漆黒の肌に逞しく盛り上がった胸板、

深い溝が刻まれた腹筋、

しなやかであると同時に強靭さを見せ付ける筋肉を纏う

細くて非常に長い手足。

首周りと腰にトンボ球で出来た飾り紐を幾連も下げたその姿から、

ヌバ族の男のように見えるが、

しかし、その男の首から上は、

肌こそは身体と同じような色になっているものの、

その顔は紛れもない尚子そのものだった。

「尚子っ!」

縮れ度の緩い髪をたくし上げながら、

青く輝く腰の飾り紐を恥ずかしそうに抓んで見せているその姿に

僕は思わず尚子の名前を叫んでしまうが、

だが、尚子の股間から伸びる漆黒の肉棒・ペニスの存在と、

その大きさに思わず目を疑った。

トンボ球をつまんで見せながら写真に収まっている尚子は

表情から見て恐らく恥ずかしかったのだろうが、

股間のイチモツはそんな尚子の気持ちとは裏腹に、

力強く反り返り、太く長く伸びていた。

長さは30cmを軽く越しているだろう。

太さも僕の片手の平では回らないほどのサイズであることは間違いない。

ヌバ族とはこれほどの巨根を持っているのか、

僕はそう思いながらも、

こんな巨大ペニスを持たされた尚子の心情を想像する。

今すぐにでも飛んでいきたかった。

けど、資金すら十分でない僕はスグには旅立てず、

悶々とした日々を過ごすことしかできなかった。

そして、エアメールが届いてから1年後、

ようやく準備が整った僕は

尚子の元へ向かうべく成田を発った。



ザザザザ…

ザザザザ…

船は大河を遡り続ける。

「尚子…

 お前、こんな姿にされてどうしているんだ…」

二十歳そこそでヌバ族の男にされた尚子の写真を見つめながら

僕は呟いていると、

船の行く手に数本の煙が立ち昇っているのが見えてきた、

尚子がいる集落へ向かうための中継点である街が見えてきたのであった。

「あそこか…」

煙に気づいた僕は腰を上げると、

ザワザワ

船の乗客達も一斉にざわめきだち、

程なくして船は街の桟橋に接岸すると、

早速僕は足を踏み入れる。

街は黒い肌を輝かせる現地人の他に、

役所の関係者だろうか身綺麗な若干の欧米系の人達の姿も見えた。

そんな人達の中をかき分け、

僕はここから先の奥地へと入る為の許可を得るために、

管理をしている事務所へと向かっていった。



長い審査の後、

担当官から許可のサインを貰うことが出来、

そして、その書類を受け取ろうとしたとき、

『ずいぶん前ですが、

 外国人が行方不明になったことがあります。

 気をつけてください。

 特に、現地人をあまり刺激しないように』

と警告を受けた。

『判っていますよ』

その警告に僕はそう答えると、

事務所を後にする。

「いよいよ、尚子に会える…」

その気持ちがいっぱいになりながら僕は街に出ると、

事務所で紹介して貰ったトラックがあるところへと向かっていった。

奥地の集落を巡り、

医薬品など必用な物資を運ぶトラックに便乗させてもらえば、

通常は半日かかる所要時間が半分程度に短縮される。

こうして、山積みの物資と

その山に張り付く僕を乗せトラックは街を出た。



取りあえず造りました。

と言う荒れ道をトラックは進み、

その上で振り落とされないように踏ん張ること約2時間

トラックは小さな川の畔で停車すると、

このトラックを待っていたのか、

ワラワラ

と人々が集まりだした。

「うわっ」

集まってきた人達は皆裸体で、

唯一服と呼べるものは腰と首に付けたトンボ玉の飾り紐のみと言う出で立ちであった。

また、ここには女性の姿は無く、

皆男性ばかりで無論股間からはブラリとペニスを下げている様子が見て取れる。

「まさか…

 尚子がここに…」

写真に写っている尚子と同じ男達の姿に

僕はこの場に尚子がいるのでは?

と思いながら一人一人男達を見ていくが、

しかし、ここには尚子を思わせる顔は何処にもなかった。

「いないか…」

期待を裏切られ、ややガックリとした気持ちでいると

男達はトラックから降ろされた荷物を手に取ると

そのまま川沿いを歩き始めだした。

すると、

その中の一人に運転手は僕を指さしながらあるコトを告げると

『この者のあとについていくがいい…』

と言われ僕はそこで下ろされた。

「ふぅ」

ここから先は僕の足でしか進むことは出来ない。

西に傾き幾分和らいだ日差しの下、

川沿いに僕は先導する者達を追い歩き続けると、

やがて、その先に集落が見えてきた。

「あそこか…」

船から下りたあの街とは違い、

文明の香りなど全く感じさせない集落が次第に近づき、

そして、僕はその集落に一歩踏み入れた。

すると、先に届けられた荷物に群がり喜びの声を上げていた集落の人達は

予想外の異邦人の訪問に驚き、僕の回りに集まって来る。

集まってきた人達は身なりは、

男達は首に複数の首飾りと腰に紐を巻いているだけのペニスを露にした全裸、

また、女達は腰に皮布を巻いているだけでやはり乳房は露にしている半裸であった。

「尚子もこの人達といっしょになって暮らしているのか…」

そう思いながら僕はその人達をかき分け、

尚子の姿を探求めるが簡単に見つけられるわけ無く、

「まさか、病気か何かで…」

一瞬、イヤな考えが脳裏を駆け抜けるが

「アイツがそんな簡単に…」

とスグに否定した。

集落の長の所に向かうと、

ここでの滞在の許しを得た後、

僕は再び集落の中を歩き始めた。

夕飯の支度だろうか、

方々から立ち昇りはじめた煙に噎せながら

尚子の姿を探して僕は集落のはずれに来ると、

そこは彼らが飼っているウシの放牧地だった。

日本を発つ前、少しでも役に立てようと、

僕はヌバ族の衣食住のことを調べてきた。



…ヌバ族の「衣」は男性は裸体に簡単な飾り物を身につけるだけの

 ほぼ全裸(女は半裸)。

 「食」は集落単位で大量に飼っているウシの乳を加工した乳製品と

 川で捕れる魚類のみ。

 「住」は川の水位に合わせて居住地を移動するため、

 きちんとした住居は作らないが、

 いつでも移動できるように潅木などで小屋を建てるか、

 そのまま野宿をする…

 そして、そんなヌバ族の唯一の楽しみは”戦い”である。

 しかし、集落同士の戦いが否定されている現在では

 男達の力比べという娯楽へと姿を変え、

 新月の日、ヌバ族の男達は昔ながらの戦いの装いを整え、

 近隣の集落も交えて集落の広場で力比べをするのである。


方々で草を食むウシの姿と、

集落を見つめながら、

僕はそのことを実感しつつも、

引き返して集落に戻り再び川に出た。

そして、今度は川伝いをさらに上流へと向かったとき、

「あっここは…」

そう、あのヌバの男と化した尚子が

恥ずかしそうに腰ひもを抓んで見せていた。

あの写真と同じ光景が僕の目の前大きく広がっていたのであった。

「こっここだ…

 ここに、
 
 尚子はいたんだ…」

持って来た写真を見比べ、

その時尚子が立っていた場所を特定すると、

僕はその場所に立ち、

そして、その尚子の姿を撮影したであろう米国人の位置を見た。

「…あの時、

 尚子はここに立ち、
 
 そして、自分にカメラを向ける人に託したんだ」

写真が撮影されてから2年近くが過ぎ、

やっとこの場所に来たことに僕は感慨無量になるのと同時に、

2年も掛かってしまったことを後悔していた。

と、その時、

バシャ!

バシャ!

シャッ!

突然川に水の音が響き渡ると、

いつの間にか数人の男性達が川に入り、

そして身体を洗いはじめていた。

「いつの間に…」

足音一つ聞こえなかっただけに僕は驚くが、

しかし、灰だろうか、

白い粉まみれだった彼らの身体は川の水でみるみる洗われ

黒光りした肌が夕日を受けキラキラと輝いていた。

「はぁ…

 なんか、綺麗だな…」

そんな彼らの姿を見ていると、

「…確かにデカイな…」

と股間から下がるペニスの大きさに、

思わず自己嫌悪に陥ってしまった。

だが、

どの男のペニスもそれなりの大きさはあっても、

あの写真に写っている尚子ほどの大きさを持つ者は見当たらなかった。

いや、一人いる。

男たちの中で一人だけ、

ブラン…

写真の尚子を髣髴させるペニスの持ち主がいたのであった。

「おっ、

 あいつ、さらにデカイぞ」

ペニスの大きさに惹かれながらその男をよく見てみると、

キラリ!

男性の胸で光る物があるのに僕は気づいた。

「ん?」

他の男達も同じように首に飾り紐を掛けているのだが、

しかし、その男性の胸で光るそれは、

他の男達には無い物だった。

「なっ何かな?」

僕は陽を受けて輝くその光に惹かれるようにして

その男性へと近づいてゆき、

やがて、彼の側まで来たとき、

「?」

彼は僕の気配に気づいたのか、

顔を上げて僕の方を振り向いた。

ツツーッ

川の水が彼の縮れた髪の毛から頬、

そして顎へと伝わり、

川面へとポタポタと垂れ落ちる。

「…尚子ではないか…」

何かで焼いたのか赤く染まった短く縮れた髪、

眼窩が突き出てくぼんだ目、

厚い唇と潰れ横に広がる鼻を持つ男の顔は、

尚子とは似ているわけもなく、

彼の顔を見ながら僕はガッカリしたとき、

『!!!!っ』

何に驚いたのか、

急に彼は自分の手で自分の口を塞ぐと

『アーーーォ!!!』

と驚きの声を上げた。

「なっ」

突然の彼の反応に僕は驚いてしまうと、

彼の声を聞いてか他の男達が続いて顔を上げた。

「え?

 あっいっいや…

 僕は何も…」

”現地人を刺激するな”

と言う街での警告と、

男達の厳しい視線に僕は言い訳をしながら後ずさりすると、

「ウゥゥウゥゥ…

 アアァァァ…

 ア・ア・ア・ア…」

悲鳴を上げた彼は驚いた表情のまま僕を指さし、

そして、言葉にならない声を上げ始める。

「なっなんだ…」

彼が上げ続ける奇声に押されてか、

僕は少しずつ男から距離を開け始め、

そして逃げ出すチャンスをうかがったとき。

ハシッ

一瞬早く男の黒い手が伸び、

僕の腕を掴み上げた。

「しまったぁ」

彼に腕を捕まれてしまったことに僕は後悔するが、

だが、

『アァァァ…

 ウゥゥゥゥゥ…

 アァァァ…

 アゥアウゥ』

彼は目を剥き、

そして、必死に何かを僕に伝えようとする素振りを見せる。

だが、彼が放つ声の意味が判らずに、

僕は呆然としていると、

「アゥ…

 アゥ…
 
 アゥ…」

彼は頭を押さえ、

見る見る苦しそうな表情へと変ると

その場にしゃがみ込んでしまった。

「おっおいっ

 だっ大丈夫か?」

彼の只ならない様子に僕は慌てて声を掛けると、

「ウッ

 ウゥゥ…

 ウゥゥゥ…

 ゲッグッ

 ゲッゲッケ・ケッケ・ケンッ

 ン、ンン…

 イイイチチチ

 ンケンイィチィ…」

と僕の名前なのか、

その様な言葉を発しながら立ち上がると、

「え?」

彼の口から出たその言葉に僕は驚き、

「まさか…君…

 な・尚子…尚子なのか」

と咄嗟に僕は尚子の名前を口にする。

「!!っ」

すると、それが引き金になったかのように

男は表情は変わり、

バッ!

両手を広げると、

僕に抱きつこうとする仕草をした。

だが、

「!!」

何かに気付くと躊躇し、

そして、いきなり向きを変えると、

ザバッ!

ザバッ!

まるで僕から逃げるように川から出て行こうとし始めた。

「待て!

 あっ待ってくれ!」

逃げ出しはじめた彼の手を今度は僕が掴むと

「アッ」

彼は硬直したように立ち止まり、

そして僕の方を向くと、

「ンナナ…ナンデェ

 …コ…ココ…キタァ」

と彼は僕を見下ろしながら

片言の日本語で話しかけてくる。

「!!っ

 きっキミは

 ほ・本当に…

 尚子なのか?」

僕は目の前に立つ身の丈2m近い漆黒の巨人が

尚子であることが信じられなく聞き返すと、

ジワッ

急に彼の顔が歪むと、

いまにも泣き出しそうな表情になり、

「ン…ナ…ナンデ…

 キキッ…キタノォ」

とどもりながら片言の言葉を言う。

「だって…」

その言葉に僕は言い返そうとすると、

『○○○○?』

『○○○!?』

川にいた他のヌバ族の男達が不審そうな顔をして近寄って来たので、

「向こうに行こう」

と僕は彼に声を掛け、

その手を引っ張りながらその場を離れた。

そして、その場から少し離れ、

また男達の視線を感じないところまで連れてくると、

「君は本当に尚子…なんだな?」

と改めて彼に尋ねた。

コクリ…

僕の質問に彼は首を縦に振ると、

「そうか…」

ショックを受けながらもそう呟くと、

その場に腰を下ろした。



ハッキリ言ってショックだった。

写真ではまだ尚子としての面影が残っていたのだが、

しかし、いま僕の横に立っている尚子には

かつての面影はどこにも無く、

誰が見てもヌバ族の男にしか見れなくなっていた。

「すっかりヌバになってしまったのか」

そう呟きながら僕はあの写真を取り出すと、

「ア…」

となりに立つ尚子は声を上げた。

「ん?」

その声に僕は顔を上げると、

「シ…シャシン…

 トトト…トドイタ」

尚子は写真を指さしそう言う。

「あぁ…

 サンダースさんはちゃんと送ってくれたよ、

 尚子からのこのメッセージと共にな」

尚子の言葉に僕は墨で”尚子”と書かれた布きれを見せると、

その布きれを尚子は腰をかがめて手に取り、

そして、

ギュッ

っと握りしめると、

「ウゥゥ・ウレシィ…

 デデ…デモ」

と呟く。

さっきからの尚子の言葉遣いに僕はふと疑問を持つと、

「尚子…

 お前…言葉が…
 
 日本語がしゃべれなくなってきているのか?」

と指摘すると、

コクリ…

尚子は首を縦に振り、

「…シシ…シシ…シャシン、

 アァア…アト、

 ジジジ…ジュツ

 カカッ…カケラレタ、

 アァァ…アタシ

 ヌバッ

 ススス…ン…スル、

 タタタ…タメ

 アァア…アタシ 

 カカッ…カオ

 ヌバッ

 ンナナナ…ナタ

 キキッ…キオク

 ヌバッ

 ンナナ…ナタ

 ンッココ…コトバ

 ヌバッ

 ンナナ…ナタ」

日本語で話すことが苦痛なのか、

尚子は苦るしそうに顔をゆがめながらも、

必死で僕にこの写真が撮られた後に起きたことを話してくれた。

「じゃぁ尚子…お前…

 この罰として身体だけじゃなくて、

 顔や言葉・記憶までヌバにされたのか」

僕は写真や僕に助けを呼ぶ布を渡した事への罰として、

無理矢理、記憶と言葉、

そして顔までも奪われたのかと尋ねると、

コクリ…

尚子は苦渋の表情をしながら頷くと、

「ミミッ…ミンナ

 ワワワ…ワスレサセラレタ

 ンナッ…ナニモ

 カカッ…カモ

 デデデ…デモ

 ケケッ…ケン

 イィッ…イチ

 ンノノ…ノォコト、

 ワワワ…ワスレタク、

 ナナッ…ナカタ」

と言い、

僕を見ながら微笑んだ。

「尚子…」

そんな尚子の姿を見ながら

僕は彼女の名前を呟くと、

尚子は黙ったまま僕に横に座る。

すでに尚子の身体を濡らしていた川の水は乾き、

身体に幾重のもの縞模様を作っていた。

「尚子…」

僕は再び尚子の名前を呼びながら抱き寄せると、

「!!」

最初はビックリした様子だったが、

しかしスグに自分の身を僕へと預けた。



何も言えない無言の時間が過ぎてゆく、

話の切っ掛けが欲しくなった僕は

さっき胸元で光っていたものの正体を知りたくて、

トンボ球の胸飾りが幾連も下がる胸元を見ると、

そこには連なるトンボ球に挟まれるようにして、

夕日を受けて輝く小さなペンダントがあった。

「尚子、それは?」

ペンダントを指差して尋ねると、

「エ?」

尚子は驚きながらも、

「コッコッ…コレ

 ケケッ…ケン

 イイッ…イチ

 クック…クレタ

 ダッダ…ダイジ

 シシシ…シテタ」

と答え、

チャラ…

トンボ球の紐を掲げて見せる。

それは尚子が20歳になったとき

プレゼントとして僕が渡したペンダントだった。

ヌバにされても尚子はペンダントを大事にしていたことに、

僕は思わず涙ぐんでしまうと、

「ドドド…ドウシタ?」

と尚子が尋ねた

「いや」

その言葉に僕は慌てて涙を拭くと、

「ところで聞きたいんだけど、

 なんで、尚子はヌバにされたんだ?

 秘祭を見に行ったそうだけど、

 そこで何があったんだ?」

と尚子にヌバにされた理由を尋ねた。

その途端、

「ソソソ…ソレハ…」

急に尚子の表情が曇ると、

「アアア…アタシ

 ンミミ…ミテ、
 
 イイイ…イケナカッタ」

と呟き、顔を背ける。

それから川面に沈む夕日を背に尚子は3年前、

自分をヌバにされたきっかけになった秘祭について

ポツリポツリながらも話してくれた。

「そうか…

 そんな目にあってきたのか…」

この3年間の間に尚子が味わっていた苦難を聞かされた僕は、

そう呟くと

「アアア…アタシ

 ウッウ…ウバワレタ、

 ンナナ…ナニモカモ…

 デッデ…デモ、

 コッコ…コレガ

 アアッ…アッタカラ

 ナッナ…ナオコデ

 イイイ…イラレタ」

と尚子は胸のペンダントを大事そうに握る。

そして、

「デデッ…デモ

 アアア…アタシ

 ヌバッ

 ノッノ…カラダ

 イイイ…イマノアタシ…

 ヌバッ…

 ンナナ…ナノ」

と呟き、

黒々とした肌の自分の腕を見た。




日は既に沈み、

辺りが暗くなってくると、

「ンコココ…ココ

 アアアア…アブナイ

 カカカッ…カエロウ」

と尚子は言うと、

僕の手を引きながら

尚子はヌバの集落へと向かって行く。

やがて、すっかり暗くなってしまうと、

尚子の黒い肌は闇にとけ込んでしまい、

僕には何処を歩いているのか判らなくなったが、

しかし、尚子の手の感触をしっかりと確認して握り締めると、

暗闇の道を歩いて行った。



ヌバの集落は相変わらず牛の糞を燃やす煙で充満していた、

「コココ…コノケムリ

 ンムム…ムシヨケノ

 ケケッ…ケムリ

 ンムム…ムシササル
 
 ビビビ…ビョウキナル」

と煙について尚子は説明をすると、

集落のはずれにある小さな小屋へと案内した。

どうやらここが尚子の自宅であるようだ。

小屋に着くなり尚子は早速乾いたウシの糞を集め、

それに火をつけると僕を小屋の中へと招いた。

僕が小屋にはいるのと同時に尚子は木切れをそこに放り込むと

パチン!

木ぎれは弾けながら火がつくと火勢は強くなり、

小屋の中の様子をぼんやりと映し出す。

中の様子はこざっぱりにまとめられていて、

その隅には尚子の寝床だろうか、

何かを繊維状にして編まれた寝床が敷いてあった。



適当な場所に腰掛けて、

僕は周囲を眺めていると

尚子は瓶の中からある物をすくい上げ僕に渡した。

「これは?」

「ユユユ…ユウショク…

 ココ…コレ
 
 タ…タベテ…」

と尚子の説明する。

どうやら、これがヌバ族の主食である牛乳を固めた乳製品らしい。

そして、再度尚子はそれをすくうと僕の前で美味しそうに食べて見せると、

「うん?」

僕も習って口に運んでみたが

「うっ」

酸味がかった偉容な味にスグに戻しそうになってしまった。

そんな僕の姿を見てか

「ムムム…ムリナラ

 タタ…タベナイ」

と尚子は言うが、

「いや…」

僕はそう言うと無理矢理胃の中へと押し込む。



その夜、

僕と尚子は寝床で並んで横になっていた。

彼女が女の子だった頃はこんなコトすらしたこと無かったのに、

しかし、男同士と言う気持ちからか、

さほど恥ずかしさなど感じなかったが、

しかし、

尚子の身体を触る気がしなかった。

すると、

ススッ

いきなり尚子の手が僕の手の上に乗ると、

そのまま自分の方へも導き、

自分の身体を触らせはじめた。

「尚子…」

彼女からの行為に僕は驚くが、

しかし、尚子は無言のまま、

自分の胸、腰、

そして、股間へと次々と触らせていく。

尚子の身体は女の子としての柔らかさはすっかり失い。

肌を通して堅い筋肉が手に伝わり、

またその肌は灰や砂でザラザラしていた。

そして、触らせることに興奮してしまったのか、

いつの間にか大きく勃起している肉の柱に触ったとき、

「これがあの巨大チンポか…」

と写真に写っていた巨根を思い出すと、

完膚無きに叩きのめされたような気がした。

そして、それを振り払うようとして、

「ヌバの女の子とは寝たのかい?」

と尋ねてしまった。

ピクッ!

その瞬間、尚子の体がかすかに動き、

僕の手を握っていた手が離れてしまうと、

「あっ(しまった)」

僕はとんでもないことを言ってしまったのか

と後悔しながら尚子を見ると、

尚子は首を横に振るり、

「コココ…コノカラダ

 ンナナ…ナッテ

 オオ…オンナ

 キッ…キタ

 デデ…デモ、

 ア…アタシ

 ヌバッ

 ンナナナナ…ナラナイ。

 オオオ…オンナ

 オオ…オイダシタ」

と返事をする。

それを聞いた後、

また無言の時間が過ぎていくが、

「尚子…

 日本に帰ろう」

思い切って僕はそう切り出すと、

「!!!」

一瞬、尚子の身体が動き、

ムクリと起きあがった。

そして、それに合わせて僕も起きあがると、

「なぁ、

 日本に帰ろう」

と再度言う。

すると、

尚子の表情が驚きから安堵したような表情へと変わり。

そして、

「ウウウ…うれ・しい…」

そう言うと尚子は顔を立てた膝の間に埋め、

すすり泣き始めていた。



つづく