風祭文庫・モラン変身の館






「野生勇者・ムオラルンガ」
(最終話:勇者への道)


作・風祭玲

Vol.997





時はUC(宇宙世紀)

旧世紀末、大国の意地の張り合いから始まった世界大戦は

産業革命以降、人類の活動によって傷つけられていた地球環境に壊滅的な打撃を与え、

それによって発生した大災害・南極大溶融より

人類は経済・産業の拠点としていた平地のほとんどを失ってしまったのであった。

さらに陸地の消失に伴って大気の大循環活動が弱まってしまうと、

残った陸地も砂漠化・サバンナ化が急速に進行。

そのため戦後樹立された地球連邦政府は人類の地球での居住を諦め、

宇宙空間に建設したコロニー群への移住を決定したのであった。

しかし、コロニーという閉鎖的な空間は居住する者達の精神を圧迫し、

それによる社会不安によって数々の凶悪犯罪が多発したために、

地球連邦政府・平和維持省は見せしめ効果による治安維持を目的として、

満18歳を迎えた男女から無作為に【選ばれし者】を選び出し、

ナノマシンを用いた肉体並びに精神の改造手術と併せて女性は男性への性転換手術を行うことで、

全員を原始的な野生戦士に仕立て上げたのである。

そして荒廃した地球上に設置されたカメラの前で野生戦士達は槍や弓、石斧を振り上げ

永遠に続く戦いを行うのである。

すべては人類の平和のために…



ンモー…

モォー

モォー

乾ききった灼熱の大地にウシの鳴き声が響き渡ると、

ザッ

ザッ

ザッ

砂埃を巻き上げウシの大群が歩いていく。

そして、そのウシの群れを守るようにして、

黒い肌を光らせ、

男のシンボルを包み込むウルカを猛々しく股間から突き上げて、

槍を手に携えた屈強の男達が無言で進み、

その男達の後を追うようにして、

「しっ

 しっしっ」

あたしは時折手にしている棒でウシにまとわり付く虫を追い払いつつ歩いていた。


ムオラルンガ…

あたしの名前がこの名前に変えられてからどれ位の月日が経ったのだろうか、

それ以前に名乗っていた名前も既に記憶から薄れ、

ハエがたかる黒い体を晒す日々はあたしから知性を奪い取っていった。

野生部族・アスメックの牛飼い男…

戦士ではなく糞尿にまみれてウシの世話をするあたしの知性は小学生にも劣るほどにまで退化し、

文字を書くことも数を数えることも満足に出来なくなっているのである。

”牛飼い男に余計な知恵はいらない。”

確かにその通りである。

槍を手に襲い掛かる敵と戦うことも出来ず、

ウシの世話をするだけの男はウシの尿を啜り、

糞にまみれて生きていくのがお似合いなのである。

ただ平和にその日を生き抜ければそれでいい…



その日のキャンプは何も無い平原の真ん中だった。

日が沈んでしまうと乾き切っている空気は一気に熱を失い、

寒さを防ぐ衣類など身につけていない裸の体は凍えてしまう。

そうなる前にあたしは周辺から燃えるものを集め火を起こし、

一箇所に集めたウシの周囲を茨の木で取り囲むのであった。

どれもこれも牛飼い男の仕事であり、

あたしはその任を黙々とこなしていく。

日が完全に暮れた頃

火を囲み談笑する戦士達とは別にあたしは別のところで火を起こすと、

燃え上がる火に手を向けて暖を取っていた。

とその時、

コツン

不意に頭が小突かれた。

『……』

小突かれた頭を押さえながらあたしは不愉快そうに振り返るって見ると、

いつの間にかあたしの背後に槍を持つ戦士・キムンバが立っていて、

『どけっ』

とあたしにこの場をどくように命じてくる。

はっきり言ってキムンバとは性が合わない。

無論、戦士であるキムンバにあたしは逆らうことは出来ないので、

キムンバからちょっかいを掛けられたら素直に譲ることにしているのだが、

『おいっ

 さっさとどけっ』

何を苛立っているのか、

キムンバは声を張り上げ腰を上げようとするあたしの肩が掴んできた。

『いまどきますよ』

キムンバに向かってあたしは迷惑そうに返事をすると、

その途端、

いきなり拳があたしに目の前に迫り、

ガッ!

思いっきり殴り倒されてしまうと地面に突っ伏してしまった。

『痛ぅぅぅ』

殴られた頬を押さえながらあたしは起き上がり、

『いきなり何をするんですか』

とキムンバに向かって声を上げると、

『俺に指図する気かぁ?

 この牛飼いがぁ』

と怒鳴りながらキムンバはあたしの上に圧し掛かると、

拳を振り上げ殴りかかった。

『なんで…

 こんな目に』

理不尽な仕打ちを受けながらあたしは歯を食いしばると拳を握り締める、

そして、せめて一発でも殴り返してやろうとキムンバの顔を睨み付けたとき、

ドクンッ!

あたしの胸の奥で中で黒い何かが蠢きはじめ、

それと共に体中の力がみなぎってくる。

と同時に一切の音が消えてしまうと、

キムンバの動きが急に鈍くなったのであった。

『………』

何が起きたのかさっぱり判らない。

ただあたしは胸の奥からこみ上げてくる衝動に突き動かされるようにして、

仰向けの体勢のまま左手を持ち上げキムンバの首を掴みあげると、

右手で殴ってしまったのであった。

一瞬キムンバの顔が左に向かって動いたと思った瞬間。

フッ!

消えていた音が戻ると、

『うわぁっ』

悲鳴を上げてキムンバはあたしの上から転げ落ち、

『痛てぇぇぇ!』

と訴えながらのた打ち回り始める。

『?』

起き上がったあたしは何が起きたのか判らないような顔をしてみせるが、

そんなあたしをキムンバは見ると、

『お前っ

 いま何をした!!』

と文句を言いながら頬を押さえ迫ってきた。

『知らないわよ、

 そっちが勝手に転んだんでしょう』

迫るキムンバに臆することなくあたしは言い返すと、

『なんだとぉ、

 牛飼いの癖に許さなねぇ』

あたしの言葉にプライドを傷つけられたのか

キムンバは見る見る怒り心頭の表情を見せと、

拾い上げた槍を思いっきり振り上げ見せた。

すると、

『いい加減にしろ、

 やめろ!』

の声と共にリーダーであるサタクンガが割って入るなり、

『先に手を出したのはお前だろうキムンバ、

 ちゃんと見ていたんだからな』

とキムンバに注意をしたのであった。



サタクンガ…あたしがお世話になっているこの隊のリーダーであり、

戦士としての実績も、

隊をまとめる知恵も優れていて、

あたしとは違って素晴らしい人である。

『ちっ』

サタクンガの注意に反論できず、

キムンバは舌打ちをしながら離れていくと、

『ムオラルンガ、大丈夫か?』

サタクンガはあたしの怪我の様子を診ながら尋ねた。

『えぇ…

 大丈夫です。

 これくらい』

彼に向かってあたしは擦り剥き血が流れ始めた腕を軽く振ってみせると、

『すまない。

 わたしのせいだ。

 こんな乾ききったところに来てしまって…

 みんな苛立ってしまっている』

あたしに向かってサタクンガは小声で謝ってみせる。

『そんなことは気にしないでください。

 あたし、サタクンガを信じていますから』

そうあたしは返事をすると、

『で、ウシの様子はどうだ?』

と彼はウシの状態を尋ねてきた。

『あっはい…

 やはりここしばらく美味しい草を食べてないせいか、

 ミルクの出が悪くなって…』

知性を失った代わりにウシについての知恵は豊富になっているあたしは

彼に詳しくウシの状態を説明すると、

『そうか…

 とにかく、

 どこか、瑞々しい草があるところに行かなくてわな』

とサタクンガは返事をしてあたしの元から去っていった。

『はぁ…』

そんな彼の後姿を見ながらあたしは胸をときめかせてしまうと、

ムクッ

股間のウルカの中であたしのオチンチンは硬く伸びていく、

そして、

キュッ!

あたしは無意識にウルカを抜きオチンチンを握り締めてしまうと、

寝そべっているウシの影にもぐりこみ、

シュッシュッ

シュッシュッ

とあごを突き上げ満天の星を見つめながら

硬く伸びているオチンチンを扱き始めると、

サタクンガに抱かれる自分の姿を想像しながら、

あたしは精を放ったのである。


 
それから程なくして

地平線の先に山の姿が見えてくると、

あの山のにある渓を越えた奥に草が生い茂る草原がある。

と言う情報があたし達にもたらされた。

その途端、

『そこに行こう』

と言う声が戦士達から沸き起こるが、

サタクンガはどこか乗り気ではなく、

その提案を拒否したのであった。

『なんで、行かないんです?』

一旦、散会した後あたしはサタクンガに問い尋ねると、

『ん?

 実はこの近くに凶暴な部族が根城にしている草原があって、

 そこに誘い込まれた部族は根こそぎ殺される。

 って話を聞いたことがあるんだ。

 わたしにはどうもそれに思えて…』

と彼は白い歯を浮き上がらせながらそう理由を言う。

『でも…

 ウシはもぅ限界です。

 早く新鮮な草を食べさせてあげないと、

 倒れるウシが続出します』

サタクンガを説得するようにしてあたしは窮状を訴えると、

『判った…』

しばし考えた後、サタクンガはひざを打つと、

急遽、その草原に行くことが決定され、

あたし達はその草原目指して移動を始めたのであった。



荒野を抜け石ころばかりの枯れ川の筋をさかのぼること約一週間、

両側から迫っていた赤茶けた崖が急に離れていくと、

あたし達の目の前に緑の草が生い茂る草原が広がったのであった。

『うわぁ、

 ここならウシがたくさん草を食べられる』

青々と生い茂る草を見てあたしは喜んで見せると、

『おいっ、

 水が流れている川があるぞ!』

『すげぇ!』

『水だ水だ!!』

『うわぁぁ!!』

他の戦士達も一斉に歓声をあげて水が流れ緑が覆う草の原を駆け回り始めた。

これまでの荒れた世界とは一変した生の世界が皆嬉しいのである。

『さぁ、お前達も好きなところでたくさんお食べ』

草の原に引き出したウシ達に向かってあたしはそう話しかけると、

ンモー

痩せきっているウシ達は一斉に散開し各々草を食み始める。

『はぁ…

 こんなに綺麗なところがあるなんて』

草を食むウシを横目で見ながらあたしは草の原に寝転んで見せると、

青い空と真上から照らし出す日の光を一身に受けてみせる。

『はぁ、

 こんな安らぎ…

 久しぶり…』

体全体で日の暖かさを感じていると、

ふと昔のことが脳裏に浮かんでくる。

この黒い体になる前の昔、

あたしはたくさんの人に囲まれそれが普通に思っていた。

でも、【選ばれし者】となった途端、

全てが一変したのであった。

『はぁ…』

もぅ名前も思い出せなくなっている懐かしい人たちの顔を思い浮かべていると、

ゾクッ

不意に言いようもない悪寒があたしの中を突き抜けて行ったのであった。

『なにか…

 いる…』

胸の奥で感じるこの殺気の様な悪寒にあたしは慌てて起き上がると、

急いでウシに向かって

『ほぃほぃほーぃ』

と声を上げて散らばっているウシを集める声を上げる。

そして、

ンモォ

あたしの声を受けてウシが集まり始めた頃、

『うわぁぁぁぁ!!』

散っていた戦士達から突然、悲鳴のような声が上がると、

ブワッ!

方々からハエの大群がわき上がったのであった。

『なっなに?』

突然の事態にあたしは驚いていると、

『あそこに死体があるぞ』

『ここにも…』

『ウシが殺されているぞ…』

『おいっ、

 なんだここは…』

と言う声が次々と上がり、

さらに追い討ちをかけるようにしてま黒いカーテンのごとくハエの群れが湧き上がると、

鼻を突く腐敗臭があたりに漂いだした。



ハァハァハァ

『サタクンガっ、

 これは!』

声を上げてあたしはサタクンガのところに向かうと、

『結構な数だな…』

累々と転がっている黒化した骸の数を数えながらサタクンガは緊張した面持ちでいて、

『あきらかに襲われたものですね。

 ほぼ皆殺しでしょうか』

と骸の状態を見た戦士が話しかける。

このような虐殺の現場は何度か見てきたあたしだけど、

あまりにも凄惨な光景に

ガタガタ

と身震いをしはじめてしまうと、

『あはは、

 こいつ震えてやがるの』

そんなあたしの姿を見てキムンバは鼻で笑ってみせる。

そして、

『そんなところで震えていると、

 真っ先に殺されてしまうぞ』

と槍を構え警告をしてきたのであった。

『うっうるさいっ』

キムンバに向かってあたしは声を上げると、

『なんだぁ?

 牛飼いの癖にオレに逆らうのかよ』

キムンバは不愉快そうな顔をしてみせ、

槍の胴突きでまたあたしを小突いてみせる。

『やめないか、

 いまはこんなことをしている場合じゃないだろう』

それを見た他の戦士が割って入ると、

『んだよぉ

 また叱られたじゃないか

 お前のせいだぞ』

窘められたキムンバはあたしに向かって唾を吐き、

ふて腐れながら去っていく。



『やはりここはあの草原だったか、

 とにかく、こんなところは早く出たほうがいい、

 こんな姿になりたくなければな』

と言うサタクンガの言葉に皆はうなづくと、

あたし達は急いでここから離れるべく移動を開始する。

そして、入ってきた渓に戻ろうとした時、

シュッ!

一本の槍が天高く舞い上がると、

シュカッ!

あたし達の行く手に突き刺さったのであった。

『!!っ』

『!!っ』

『敵襲!!!』

それを見たサタクンガを初めとする戦士たちは一斉に声を上げ槍を構え警戒し、

『ひぃぃ』

あたしはウシの群れの中へと潜り込んだ。

すると、

シャッ

シャッ

シャッ

今度は無数の槍が一斉に天から降り注いできたのであった。

『ギャァァっ』

『うがっ』

グモォォォ!!!

降り注ぐ槍は戦士達やウシに容赦なく突き刺さり、

たちまちあたし達は大混乱に陥ってしまうと、

それに驚いた牛達があたしの周りから逃げ始める。

『あっだめっ

 どこに行くのっ

 戻ってきなさい』

逃げるウシに向かってあたしは声を上げ捕まえようとした時、

『うおぉぉぉ!!』

声を張り上げ、

槍を持った裸の男達が周囲から姿を見せ、

混乱しているあたし達に向かって一斉に襲い掛かってきたのであった。

『怯むなぁ!』

『うぉぉ!』

『殺せぇ!』

無論、あたし達の戦士も果敢に槍を構え応戦をすると、

カンッ!

カカッ

ザクッ!

草原の至る所で殺し合いが始まったのであった。

しかし、敵は圧倒的に数が多く、

あたしが知っている戦士達は次々と彼らの前に倒されていく…

散々あたしを苛めていたキムンバが血を吹き上げ倒れてしまうと、

『あっあっ

 そんなぁ…』

あたしは一人、

呆然としながら立ち往生していたのであった。

『ムオラルンガっ

 逃げろ!』

血を流しながらサタクンガはあたしに向かって声を上げると、

『ひっ!』

あたしは1、2歩下がり、

タッ!

踵を返すと彼らに背を向けて走り始めた。

怖い、早くこの場から逃げ出したい。

無我夢中になってあたしは走るが、

いきなり目の前に黒い人影が飛び出すと、

ガァン!

棒のようなもので頭を叩かれたのであった。

ドザッ

『ぐぅぅぅ…』

鼻血だろうか、

口の上辺りからドクドクと生暖かいものが流れ出てくるのを感じながら

あたしは草むらに突っ伏してしまうと、

ズンッ!

右の脇に棒が叩くようにして乱暴に当てられ、

グルリ

と仰向けにされる。

同時に眩しい日の光を背にして顔に血をベッタリと付けた男の顔が覗き込んでくると、

その顔に笑みが浮かべて見せる。

まるで殺すことを楽しんでいるような敵の笑顔を見た途端、

『うっ』

あたしの心臓は縮み上がり、

喉はからからになっていく。

ゆっくりと顔が視界から抜けているのと同時に、

キラリ

と光る槍の剣先が向けられると、

『………』

あたしは無言でその刃先を見つめ、

『殺すなら一思いに殺して』

と叫んだ時、

『…ムオラルンガよ、

 黒き心を解き放て、

 モランカーラに入れ!』

と言う言葉があたしの頭の中に響いたのであった。

『え?』

懐かしくも響いたその声に勇気付けられたあたしは、

キッ!

と剣先を睨み付けると、

ドクンッ!

縮み上がっていた心臓が高鳴り、

グワッ!

あたしの胸の奥から黒い感情が一気に吹き上がってきたのであった。

そして、

フッ!

あたしの耳から音が消えてしまうと、

全ての動きが止まったのであった。

『ぐわぁぁぁ!!!』

胸の奥から噴出してくる感情を吐き出すようにあたしは声を張り上げると、

槍を翳す敵を思いっきり突き飛ばし、

近くにあった一抱えもある石を拾い上げながら敵の体の上に馬乗りになる。

そして、敵の体の温かみを股間で感じながら。

『ぐわっ!』

あたしは感情の赴くまま石を振り下ろしたのであった。

1回

2回

3回

返り血を浴び敵の体から力が抜けていくのを感じつつ

あたしは石を振り下ろし続ける。

そして音が戻り、

周囲の景色が動き始めた時、

ハッハッハッ

動かなくなった敵の上であたしは快感を感じながら荒い息をしていたのであった。

『あははは…

 これあたしがやったの…』

体中に浴びた血の臭いを嗅ぎながらあたしはそうつぶやくと、

ヌルッ

ウルカの中を生暖かいものが流れていく。

射精…

そうあたしは射精をしてしまっていたのであった。

『ひっ人を殺しながらあたしは…』

その事実にあたしはショックを受けていると、

『!!!っ』

『!!!っ』

敵の仲間があたしを指差し声を上げ始める。

そして、あたしの周りにその影が迫ってくると、

『モランカーラを解くな、

 黒き心に飲み込まれるな』

とまたあの声が響いたのであった。

『モランカーラって』

声にあたしは戸惑っていると、

ビュッ!

ドスッ!

あたしのわき腹に槍が突き刺さり、

熱い痛みが体中を駆け回っていく。

『ぐわぁぁぁ!!』

傷口を押さえ大声を上げてあたしはのた打ち回ると、

ドスッ

ドスッ

苦しむあたしをいたぶる様にしてさらに槍が突き刺さる。

『ぐぉぉぉ』

体中から血を流しあたしはうめき声を上げていると、

あたしの視界にサタクンガ達の無残な姿が飛び込んできたのであった。

『…そんな…』

まるで戦利品のごとく落とした首を一箇所に集められた彼らの姿にあたしは衝撃を受けると、

ドク

ドクッ

ドクンッ!

湧き上がってくる鼓動の高鳴りと共に黒い感情が胸の奥からこみ上げてくる。

そして、その感情が抑えきれなくなった時、

全てが静止したのであった。

静止した世界の中、

『ぐぅぅぅ…』

痛みを感じなくなったあたしは自分に突き刺さっている槍を引き抜くと、

敵に向かって飛び込んでいく、
 
『ぐわぁぁぁぁ!!!』

何も考えられなくなっていた。

あたしは手にした槍を振り回し、

動きを止めた敵に襲い掛かる。

バキッ!

途中で槍が折れてしまうと、

敵が持っている槍を奪い殺戮を続けていた。

そして、

『そこまでだ、

 それ以上続けると本物の獣になるぞ』

と言う声が響くと、

『あっ』

体から力が一気に抜け、

あたしは槍を握り締めながら膝を地面についていたのであった。

ハァハァ

ハァハァ

クハァ

呼吸を整え、

気持ちを落ち着けながらあたしは振り返ると、

あたしの後ろにはあたしを殺そうとして逆に殺された敵の骸が横たわり、

そして前を向いたとき、

『え?』

敵に倒された戦士達の骸に手を添えている男が居た。

『だっ誰?』

漆黒の肌に朱色の衣身にまとい、

朱に染めた髪を束ねている男の姿を見ながらあたしは声を上げると、

『ムオラルンガ』

とあたしの名を呼ぶ男の声が響く。

『!!っ、

 なんであたしの名前を知っている』

血糊で濡れている槍をその者に向けながらあたしは声を上げると、

『わたしはオレルサン…

 お前のことは全て知っている…』

そう言いながら朱染めの衣を身にまとう男は立ち上がり、

クルリとあたしの方を向いてみせる。

そして、

『お前がいまここで行ったことは全て記録として”上”に吸い上げられ、

 さっそく、平和を尊ぶ情操教育に使われるだろう』

と告げたのであった。

『何のことを言っている?

 私にわかるように言え』

男の言葉の意味が分からないあたしは声を荒げると、

『そういうことも理解できなくなっているか、

 ん?

 震えているみたいだな。

 そのケガでは無理も無いし、

 もし罪の意識を感じているとしたらそれは安心しろ。

 【選ばれし者】同士が行う殺戮は一切責任は問われない。

 ここは死んだら負けの世界だ』

と男は指摘する。

『なにぃ!?』

それを聞いたあたしは男がサタクンガ達を侮辱したように聞こえてしまうと、

ドクンッ!

たちまちあたしは黒い感情に支配され、

『うわぁぁぁ!!』

槍を振りかざして男に斬りかかった。

しかし、

『ふんっ』

男は易々とあたしの攻撃をかわしてしまうと、

すばやく自分の槍を手に取り、

ドンッ!

その胴突きであたしの胸元を突いて見せた。

『ウグッ!』

響くような痛みに胸を押さえながらあたしはその場に倒れこんでしまうと、

『ムオラルンガ。

 お前には黒き心は根付かず、

 戦士は無理だと判断していたが、

 しかし、黒き心の赴くままの戦い方ではいずれお前は獣となり命を落とす。

 生き残りたければその黒き心に打ち勝ち、

 黒き心を従えるのだ。

 いいか、

 これまでお前を守てきた者達はこの地で皆息途絶えた。

 そしてお前はこの地で槍を携え、

 戦士として生まれ変わったのだ。

 自分の運命は自分で切り開いていくしかない。

 そのこと、忘れるな』

男はあたしに向かってそういうと、

ザッ

背を向け歩き始める。

『待って、

 なんでお前はあたしに味方する』

男に向かってあたしはそのことを問い尋ねると、

『お前は気づかないだろうが、

 わたしはお前をずっと見てきた。

 お前が本当にただの牛飼いだったなら、

 あの場で殺されていただろう』

一旦立ち止まって男はそう言うと、

『さらばだ、

 生き残ればまた会える』

と告げ槍を持ち替え朱色の衣を調えると立ち去って行く。


 
ポツリ…

男が消えた後、

『うぐっ』

あたしは激痛を覚えるとその場に突っ伏してしまった。

見れば体中には無数の傷を負い、

深い傷もいくつも口をあけていた。

『あはは…

 傷だらけ…』

生きているのが不思議なくらいの傷を負っている自分の姿にあたしは笑い、

そして、命を落とした戦士たちの骸へと視線を動かすと、

『ごめんなさい、

 あたしだけ生き残って…』

と呟き頭を下げる。



それからあたしは傷を癒しつつ、

この地で果てた仲間の戦士達を葬り、

立てた墓標に向かって涙を流し続けていた。

しかし、泣き続けるあたしの周囲に逃げていたウシ達が次第に集まってくると、

勇気付けようとしているのかあたしの体を嘗め回し始め、

『そうだね…

 いつまでも泣いていても仕方が無いね』

そんなウシ達に励まされたあたしは涙を拭きつつ立ち上がると、

槍を手に取り歩き始める。

ンモー…

生き残ったウシを引き連れ、

あたしは緑の草原を後に荒涼とした大地へと踏み込んでいく、

そう、あたしは勇者…

心の奥に黒い心を飼っている野生の勇者、ムオラルンガ。



おわり