風祭文庫・モラン変身の館






「野生勇者・ムオラルンガ」
(第5話:野生の心へ)


作・風祭玲

Vol.972





時はUC(宇宙世紀)

旧世紀末、大国の意地の張り合いから始まった世界大戦は

産業革命以降、人類の活動によって傷つけられていた地球環境に壊滅的な打撃を与え、

それによって発生した大災害・南極大溶融より

人類は経済・産業の拠点としていた平地のほとんどを失ってしまったのであった。

さらに陸地の消失に伴って大気の大循環活動が弱まってしまうと、

残った陸地も砂漠化・サバンナ化が急速に進行。

そのため戦後樹立された地球連邦政府は人類の地球での居住を諦め、

宇宙空間に建設したコロニー群への移住を決定したのであった。

しかし、コロニーという閉鎖的な空間は居住する者達の精神を圧迫し、

それによる社会不安によって数々の凶悪犯罪が多発したために、

地球連邦政府・平和維持省は見せしめ効果による治安維持を目的として、

満18歳を迎えた男女から無作為に【選ばれし者】を選び出し、

ナノマシンを用いた肉体並びに精神の改造手術と併せて女性は男性への性転換手術を行うことで、

全員を原始的な野生戦士に仕立て上げたのである。

そして荒廃した地球上に設置されたカメラの前で野生戦士達は槍や弓、石斧を振り上げ

永遠に続く戦いを行うのである。

すべては人類の平和のために…



はらり…

ひらひら…

ふと気がつけばあたしは舞い散る花びらの下を歩いていた。

何処に向かうわけでもなく、

何か目的を持って歩いているわけでもなかった。

歩きながらと手を差し出してみると、

視界に入ってきた自分の手は雪のように白く、

その手首には慣れしたんだ制服の袖口が覆っている。

「………」

なぜかとても懐かしく感じながら、

袖口から身体の方へと視線を動かしていくと、

そこには制服に覆われ小さく突き出している胸の右側には花が飾られていた。

「…あたし…」

その花にそっと手を寄せながら小さく呟いた時、

「千香ぁ!、

 そんなところでなにボケッとしているの?

 もう直ぐ式が始まるよぉ」

とあたしを呼ぶ声が響いた。

「え?」

その声にあたしは足を止めて振り返ると、

「どっち向かって歩いているのっ、

 講堂はこっちでしょう!」

とあたしに向かって大きく腕を振って見せる制服姿の少女の姿が…

「あっ、

 はぁぃ」

久方ぶりに聞いたように感じるその声に向かってあたしは大きく返事をすると、

プリーツのスカートを翻し彼女の元へと走って行く。

そうだった、今日は卒業式の日だった。

長いようで短かった高校生活。

その締めくくりとなる大切な行事のことをすっかり忘れてしまっていたことに気づきつつ

「ごめんごめん」

と親友に向かってあたしは手を振ってみせる。

そして、

「もぅ、感慨にふけるのは良いけど、

 自分の世界に浸らないでよ」

などと小言を言われ小突かれながら

あたしは包むように舞い散る花は桃の花の中を歩いて行った。



鳴り響く後輩達の拍手と共に

あたしは緊張気味になりながらもクラスの皆と共に講堂へと入っていく。

「うー、だめ…あたしこういうのに弱いの」

「もぅ、式も始まらないうちに泣かないのっ」

そんな声を背中で聞きながら春の陽光が差し込む講堂の中を進んでいくと

自分に割り当てられた席に腰を下ろした。

「今日でお別れか…」

改めて感慨にふけりつつあたしは講堂の中を見回していると、

ツンツン

不意にあたしの背中が突っつかれ、

「ねぇねぇ、

 柚乃ったらね。

 やっと大学に滑り込んだんだって」

と友人の進路について耳元で囁かれた。

「え?

 そうなの?

 良かったじゃない」

その声に向かってあたしは返事をして見せると、

「そういえばさっ、

 千香って何処の大学に進むんだっけ?」

と問い尋ねられる。

「え?

 あたしの大学…

 そういえば…

 あれ、何処だっけ?」

その問いにあたしは自分が進むべく先について何も思い出せないで居ると、

「大体、真波って大学受験したのか?」

と工藤慶介が茶々を入れてきた。

「失礼ねぇ、

 ちゃぁぁんと受けましたよ」

慶介に向かってあたしは口を尖らせて見せると、

「へぇぇぇ…」

と彼は含みを持った笑みを浮かべてみせる。

「なによぉ、

 その顔は、

 言いたいことがあったらハッキリと言いなさい」

そんな慶介に向かってあたしは怒鳴ると、

「おいっ、

 そこ、騒がないっ」

と担任の大山先生の注意が飛んだ。



校長先生の祝辞からはじまった卒業式は、

来賓の挨拶、祝電の披露など順調に進んでいく。

「ねぇ、知っている?

 このスタイルって旧世紀から変わらないんだって」

時間が経つごとに退屈になっていく空気の中、

ふとそんな声が漏れてくると、

「あたしは良いと思うな。

 こういうのって」

とあたしは式の雰囲気を楽しんでみせる。

そのとき、

「ねぇ、何か臭わない?」

と言う声が響くと、

「確かに…変な臭い…」

と漣が立つように式場内にその声が広がっていく。

そして、

「本当だ、くっさぁぃ!」

不意に隣に座る子が自分の鼻に手を当てる仕草をして見せると、

「え?

 何か臭っているの?」

と何も臭いを感じることが出来ないあたしは聞き返した。

「えぇっ?!

 真波さんってこの臭い…感じないのぉ?」

とその子は信じられないような顔をして見せると、

スンスン

スンスン

「おいっ、このくさい臭い、

 お前から出ているんじゃないか?」

とあたしの匂いを嗅ぎながら慶介が指摘する。

「ちょっとぉ、

 それってどういう意味?

 変な言いがかりをつけないでよ。

 大体、どんな臭いなのかあたしにはさっぱり判らないんだから」

その指摘にあたしは抗議すると、

「えぇ…

 なんか、何日も風呂に入っていないような…

 くっさい汗と脂とウンコとションベンが混じったような臭いだぞ」

と慶介は臭いの説明をしてみせる。

「なによっ、

 あたしがお風呂に入っていないとでも言うの?」

その言葉を聞いて頭にきたあたしは怒鳴ると、

「真波ぃっ」

大山先生の呼ぶ声が響いた。

「あっ

 はいっ」

その声にあたしは慌てて椅子に座りなおすと、

「真波ぃ、

 なにをしているんだ、

 さっさと壇上に行かないか」

と先生は校長先生の居る壇上を指差して見せる。

「え?

 もぅ卒業証書の授与?」

その言葉にあたしはキョトンとしながら腰を上げ、

壇上に向かう通路に出ると、

校長先生に向かって歩き始める。

そのときだった。

あたしが横を通った生徒達が皆一様に鼻をつまみ、

そしてあたしを蔑むようにして見たのであった。

「え?

 なに?

 あたしってそんなに臭いの?」

その様子を見たあたしはショックを受けてしまうと次第に足に力が入らなくなってくる。

そして、やっとの思いで壇上に上がり、

校長先生の前に進み出たとき、

「真波千香さん。

 いえ、もうすぐその名前ではなくなりますよね。

 【選ばれし者】として地球に行かれると聞きました」

と校長先生はやさしく話しかけてきた。

「【選ばれし者】

 それって…」

校長先生の口から出たその言葉を聞いた途端、

あたしはガクガクと震え始めると、

ブブッ

ブブブッ

そんなあたしの周りをハエが飛び回り始め、

次第にその数を増してゆく、

「はっハエっ!

 いや、来ないで!!」

飛び回り始めたハエを見てあたしは追い払う仕草をしてみせるが、

そかし、ハエは次第にその数を増し、

やがて無数のハエがあたしの身体に集り始めた。

「いやぁぁぁ!!

 やめてぇ…

 来ないでぇ!!」

十重二十重に集ってくるハエをあたしはなおも手を振って追い払おうとするが、

それでもハエの数は増し、

あたしはそのハエの中へと飲み込まれていく。

そして、

ブワッ!

あたしを飲み込んだハエが一斉に飛び立っていくと、

「はぁはぁ

 はぁはぁ」

壇上にはがっくりと両膝と両手を床に着き、

肩で息をしてみせるあたしの姿があった。

けど、

「あっあっあぁぁぁぁ…」

ハエが去ったあたしの姿は痩身ながらも筋肉質の肉体を漆黒の肌が覆い、

縮れ毛が覆う頭、

長い手足、

そして股間からは子供の腕の様なオチンチンが伸びていた。

しかし、そんなあたしの姿を見ても校長先生は顔色一つ変えずに

「逞しい肉体にしてもらえましたね。

 アスメック族の牛飼いになられると聞きました。

 その裸の姿で生きていくことは色々苦労すると思いますが、

 希望は捨てずに生きてください」

と話しかけてくる。

「やっやめてぇ!」

その校長先生の言葉を遮るようにしてあたしは頭を抱えて声を上げたとき、

「!!!」

下からあたしに注がれる無数の視線を感じると、

「ひっ」

この式に出席している全ての生徒と先生の目があたしに注がれていた。

「…道理で臭いわけよね」

「知っている?

 アスメック族って牛と共に生きているんですって」

「あいつ戦士になれなかったそうだよ」

「牛飼いですってぇ?」

「牛のオシッコで身体を洗っているんだって」

「いや、牛のオシッコを食事代わりに飲んでいるって話だよ」

「うっそぉ、

 きもーぃ」

あたしを見つめる視線の下からそのような言葉が聞こえてくると、

「それ以上、何も言わないでぇ!」

胸が張り裂ける思いをしながらあたしは声を上げるが、

しかし、

ムクッ!

そう訴えるあたしの気持ちとは裏腹に股間のオチンチンは硬く伸び、

プリッ!

とその亀頭を晒してみせる。

「あっだめっ」

それに気づいたあたしは慌ててオチンチンに手を当てて押し込んで見せるが、

その途端、

ゾクッ!

っと言い様も無い快感が走ってしまうと、

「あんっ」

思わずあえぎ声を上げてしまった。

すると、

「おーぃ、

 千香ぁ

 せっかく土人になったんだから、

 ここでオナニーをしてみせろよ」

と慶介の声が響く。

「!!っ

 慶介っ

 あなた、なんてことを」

それを聞いたあたしは目を丸くして見せると、

「わぁぁぁぁ、

 オ・ナ・ニ

 オ・ナ・ニ」

と生徒達が一斉に手を叩き囃し始めた。

講堂に響き渡る声の中、

「うぅっ」

あたしは泣きそうになりながらも、

胸の奥から湧き上がってくるモヤモヤ感に突き動かされるようにして、

オチンチンを押し込んでいる手を持ち替え、

そして、

シュッ

シュッ

と長く伸びているオチンチンを扱き始める。

「見ろよ、

 オナニーを始めたぞ」

「あはは、

 やっぱり土人だな」

「おーぃ、

 よく見えないぞ、

 こっちを向けよ」

とオチンチンを扱くあたしに向かって野次が飛び、

「………」

あたしは目を瞑り、

歯を食いしばりながら上半身を起こすと向きを変え、

相撲の蹲踞の姿勢になってオチンチンを扱き続ける。

その途端、皆の声は静まり返り、

壇上でオチンチンを扱くあたしに視線を集中させる。

「はぁ

 はぁはぁ

 はぁはぁはぁ…

 なんで、こんな目に…」

トロリと先走りをオチンチンの先から滴らせながらあたしはそう呟きながら、

壇上よりあたしを凝視する生徒達を見ると、

「はぁん、

 なに、この気持ちのよさは…」

と注視される中でのオナニーの快感を感じ始める。

そして、

「はぁぁん、

 見てぇ、

 あたし、女の子だったのよ、

 でも、こんな姿にされてしまったの。

 みんなぁ、

 あたしのこと忘れないでねぇぇ

 はぁん、気持ち良いよぉ

 気持ち良いよぉ…」

そう訴えながらあたしは臨界点に達していくと、

ビュッ!!!

壇上のあたしは皆に向けて精液を噴出してしまったのであった。

「はぁ…

 みてぇ…

 これがアスメック族の牛飼いのオナニーよぉ」

と訴えながら…



ブンッ

ブブッ!

「うんっ

 うん?」

耳元を飛び回るハエの羽音。

その音に促されるようにしてあたしは目を覚ますと、

ゆっくりと起き上がり、

「あれ?

 ここは?」

と呟いてみせる。

窪地の中を埋め尽くす一面の砂地とその砂地の上でくすぶる囲炉裏。

そして、その周囲に堆く積み上げられている白く輝く灰。

「…夢?」

それらを見ながらあたしは自分の身体へと視線を落とすと、

あたしの手は股間から伸びている黒いオチンチンをしっかりと握り締め、

ドロッ

その先からは白濁した精液が吹き零れていた。

「夢…

 あれは夢…

 ふふっ

 道理で…

 そうよね。

 夢よ、夢よ、夢なんだけど、

 でも、夢を見ながらあたし、

 オナニーをしちゃったんだ。

 あの気持ちのよさは本当だったんだ」

そう呟きながらあたしは

シュッ

シュッ

とオチンチンを握っている手を動かし、

トロォー…

オチンチンの中に残っている精液を絞り出して見せる。

すると、

ブブッ

ブブブッ

黒く輝く肌と

その肌にベットリと付着し臭いを放ちながら乾いてしまった牛のウンチにハエが集りだしたのだ

「ひぃぃぃ!」

それを見たあたしは思わず悲鳴を上げると、

「いやぁぁ

 いやぁぁ

 いやぁぁ」

と叫びながら灰や砂を手で掴むとゴシゴシとこすり始めた。

しかし、それによってウンチは剥がれ落ちても臭いは残り、

その臭いに惹かれてハエが集まってくる。

「来ないで!」

なおも寄ってくるハエをあたしは必死に追い払っていると、

シャァァァァ…

起き上がった牛がオシッコをはじめたのであった。

そして、

「あっ」

それを見たあたしはすかさずオシッコをする牛の下に潜り込むと、

まるでシャワーを浴びるようにして身体を洗い始めた。

「あはは…

 暖かい…

 まるでシャワーだわ…」

牛のオシッコを頭から被りながらあたしはそう呟くと、

「あは…

 あはははははは…」

と身体を洗いながら笑い続け、

そして、そのとき、

ピキッ!

頭の中で何かがはじけた。



それから数日が過ぎ、

「さぁ、

 お前の手でこの牛を寝かせて御覧なさい。

 一応、この試練は戦士になるための一つでもあるけど、

 牛飼いにも必要な技術でもあります。

 果たしてお前ができるかどうか」

あたしの前に立つ正井さんは告げると、

パンッ

っと横に居る牛に首筋を叩いてみせる。

ンモー

牛が啼き声を上げる中、

「えぇ!

 その牛を寝かせるんですか?」

それを聞いたあたしは思わず悲鳴を上げてみせると、

「なんだ、

 その情けない声は、

 良いからやってみろ」

それを聞いた正井さんはあたしに向かって怒鳴り、

牛の傍から離れて行く。

「うーっ」

牛のオシッコを飲むだけで満足な食事を得られず、

空腹でフラフラになりながらも

あたしは牛の首筋に取り付いて見せると、

「えいっ」

の掛け声と共に押し倒そうとするが、

ンモォォォ…

牛は軽く一啼きをすると、

ブルンッ

体を大きく揺らし、

首筋にしがみつくあたしをいとも簡単に振り払ってしまった。

「あぁ」

ドスンッ

見事に振り払われてしまったあたしは尻餅をついて見せると、

「まったく不器用ね。

 こうすれば良いのよ」

と言うや否や正井さんは自ら牛の角に手を掛け、

グイッ!

と牛の首をねじって見せる。

その途端、

モォォォォ!!!

首をねじられた牛は悲鳴を上げるようにして啼き声をあげるなり、

グルリと体を回転させてしまうと、

ズシッ

いとも簡単にその身を横たえてしまったのであった。

「すごい…」

女性でしかも華奢な正井さんが呆気なくやってのけた離れ業にあたしは感心していると、

「牛の弱点は角。

 角の扱い方ひとつで牛を思い通りに操ることが出来るわ」

と涼しい顔で言う。

「正井さんって…

 なにかやっていたのですか?」

そんな彼女に向かってあたしは質問をすると、

「なんでそんなことを聞くの?」

あたしを見つめながら彼女は聞き返してきた。

「だって、

 正井さんは生活アドバイザーだからある程度詳しいのは判りますが、

 でも…

 まるで自分が野生部族として暮らしてきたかみたいにいろんなことを詳しいし、

 それに、どこか普通の女性とは違うような…」

その彼女に向かってあたしは理由を言うと、

「余計なことを口にしないっ」

その言葉を遮るようにして声を荒げた。

「はっはいっ」

思いがけないその言葉にあたしは驚いてしまうと、

「お前のような奴が地球に下りれば数日以内に間違いなく命を落とします。

 変身前からお前を見ているわたしにはそれがすごく辛いのです。

 本来なら戦士として槍や石斧の扱い、

 護身術などを仕込んで送り込みたかったけど、

 お前は戦士としては不適格だった。

 故にアスメック族たちに重宝がられ、

 ずっと守ってもらえるよう、

 牛の扱いを徹底的に仕込んでいるのよ」

とあたしに告げ、

「それから一つ言っておきます。

 お前はこれからさらに色々なことを覚えていきますが、

 それと同時に頭の中から以前のことを忘れていきます。

 アスメック族になる以前のことを

 いつまでも覚えていられたら色々厄介ですからね、

 覚悟しておくんですよ」

と警告をするなりさっさと歩き出してしまった。

しかし、

ウルッ

そのときのあたしは正井さんが告げた警告よりも、

自分のことを心配してくれた彼女の心遣いに感激していたのであった。

それ以降も正井さんはあたしに牛の扱い方を次々と伝授してくれて、

あたしは牛の扱い方に関しての知識を深めていく。

そして、ここにきてほぼひと月半が経とうとしたとき、

あたしは牛の糞を焼いた作った灰で体中に模様を描き、

さらに牛のオシッコと砂で作った粘土で髪を固めるようになっていた。



ある日、

「ふふっ、

 すっかりアスメック族の牛飼いになったな…」

そう言いながら正井さんは砂と牛のウンチで練り固め、

コチコチに固まってしまったあたしの髪を撫でてみせると、

「あぁああ…あの…

 かっ髪…の色は

 なんでこんな…色…なってすか?」

幾度もつかえながらあたしは正井さんに

塗り固めた髪の色がオレンジ色に染まった理由を尋ねる。

「牛の小便で体を洗っているせいよ、

 頭に残った小便が腐り、

 アンモニアとなって髪を焼く…

 それを幾度も続けた上に、

 ここの土が髪に絡まってこのような色に染め上げた。

 別に気にすることは無い」

正井さんは理由を言うと、

「わかったか?」

とあたしに聞き返した。

「うっう……ん。

 わっわかりまし…した」

いまひとつ彼女が言った言葉があたしの頭の中に入ってこなかったが、

しかし、その趣旨は理解できたのであたしは頷いてみせる。

自分の調子がどこかおかしいことに気づいたのは最近のことだった。

調子といっても体調ではなく言葉をしゃべったり、

相手の言葉を理解したりすることだった。

口を開いて正井さんに何かを伝えようとしても、

何を言えば良いのかがスグに出てこず、

つっかえつっかえ正井さんに言うようになり、

そして、彼女からの返答も以前みたいにパッと理解できなく、

なにかで薄い布で隠されてしまったかのようになってしまい、

理解するのに時間が掛かるのである。

「おかしい…

 あたし…

 おかしい…」

牛の世話をしながらあたしは頭を抱えながら、

まるで小学低学年の国語の授業のように声を上げてみるが、

でも、日を追うごとにあたしの発音はおかしくなっていく、

そして、

「あれ…

 あれ

 あれあれあれ?」

ふとパパやママのことを思い出したとき、

あたしの頭にパパとママの名前が思い出せなくなっていること気づいた。

「うそ…

 おっおっ思い…だせ…ない」

絶対に忘れるはずの無い二人の名前が思い出せないあたしは、

幾度も頭を叩いて必死になって思い出そうとするが、

しかし、まるで墨で塗りつぶされたかのように、

パパとママの名前はあたしの頭の中から消え去っていたのであった。

そして、忘れているのはパパやママだけではなく、

学校での友達の名前や、

そして、幼馴染の名前までも消えていたのである。

けど、そんなあたしに追い討ちをかけるかのように

とんでもないことが起きたのであった。

「うー…

 うー…

 か…かっ数が…

 数…数え…られ

 ない」

そう、あたしは数を数えることが出来なくなっていた。

それは指を一本ずつ折って数を数えていたとき

10以上での桁上がりが理解できなくなっていて、

それより先は”たくさん”としか理解出来なくなっていたのである。

「あっあうっ

 あう

 あう

 あたし…

 まるで…

 まるで…ばっばか…に

 なって…いる」

そのことを認識できたとき、

あたしは窪地の中でしゃがみ込みんでしまうと、

いつまでも泣きつづけていた。

そして、泣き続けるあたしの周囲には無数のハエが飛び回ると、

幾重に集り蠢いていたのであった。



「はぁはぁ

 はぁはぁ

 はぁはぁ」

シュッシュッ

シュッシュッ

肌や髪に無数のハエを集らせながらあたしはオナニーをしていた。

そう、伸びて硬くなっている真っ黒なオチンチンをゴシゴシと扱く

男のオナニーをしていたのだ。

「はぁ

 はぁ…

 ははは…」

ウンチまみれ、灰まみれとなったあたしは思い通りに言葉をしゃべられず、

さらに数の数え方を忘れていく恐怖から逃れるために、

オナニーの快楽に溺れるしかなかった。

シュッシュッ

シュッシュッ

オカズとして特別に何かを思い浮かべるわけでもない。

ただ、断片的になっていく昔の記憶をオカズとして、

あたしはオチンチンを扱き、

そして、

「うっ!!」

シュシュシュシュッ

体の中を突き抜けていく快感と共に、

白濁した精液を遠くに向かって飛ばすのであった。

そのとき、

「そんなところで何をしているの?」

と言う声が響くと、

あたしの前に仁王立ちとなった正井さんが姿を見せる。

「まっまっまっ

 正井…さん…」

射精後の脱力感を感じつつあたしは返事をすると、

「牛の世話はどうしたの?」

と彼女はわたしに尋ねた。

「うっうっう…牛…

 せっ世話…」

その言葉をあたしは必死になって復唱してみせると、

正井さんは何かを考えた振りをしてみせた後、

『ほらっ、

 いつまでもそんなことにうつつを抜かしてないで、

 さっさと、面倒を見る。

 一頭、具合を悪そうにしているわよ』

とあたしの頭に響く声で言ったのであった。

「え?」

彼女の言葉にあたしは思わず驚くと、

『最近、言葉遣いがおかしくなってきたので気になっていたけど、

 どうやら、アスメック族の言葉が通じるようになってきたみたいだね』

そう正井さんは言う。

「あっあっあっ

 アスメック…言葉…?」

あたしはそう尋ねながら立ち上がると、

『柴田め…こいつだけ違う処置をしたな。 

 まったく、余計なことをして、

 お互いに混乱したではないか。

 しかし、アスメック族の言葉を話せるようになっていてよかった。

 再度、強制処置をすべきか考えていたところだったし、

 戦士へのキーワードもなにか別のものを仕掛けてあるな』

と呟いてみせ、

『お前も無理するんじゃなくてアスメック族の言葉で話せ』

そうあたしに命じたのであった。

すると、

『あーっ

 あーっ、

 あたし…頭の中もアスメック族になったのですか』

頭の奥から浮かんできた言葉であたしはつかえなく話し始めると、

『うーん、

 いや、まだそこまで行ってはいない。

 ただ、お前の頭を弄った柴田がどうも他の者とは違う細工をした事が判っただけだ』

と呟く。

『他の者とは違う細工…ですか?』

『あぁ…普通はウルカとかそういったものを身に着けた時点で、

 スイッチが切り替わるようにされているんだけど、

 お前はそれとは違うスイッチが施されているみたいだ。

 ってことはお前にも戦士としての芽はあったのか。

 参ったな、

 これでは何を基準として終了を認めるか難しくなったぞ』

そういいながら正井さんは頭を掻いてみせると、

『あたし…

 牛飼いで良いです。

 牛飼いとして地球に下ろしてください』

とあたしは懇願したのであった。

『いいのか?

 それで…

 牛飼いだと戦いになったとき、

 真っ先に狙われるぞ』

それを聞いた正井さんは聞き返すと

『だって、

 正井さんはあたしが牛飼いとして生きていけるようにって、

 これまでいろんなことを教えてくれたんでしょう。

 大丈夫です。

 牛のウンチにまみれてもあたしは生きていけます』

正井さんに向かってあたしはそう返事をした。

『お前と言う奴は…

 判った』

そう言いながら彼女は初めて笑みを見せると、

あたしの肩を叩いてみせた。



つづく